荒野を抜け、小学校の屋上から見えた高校へと辿り着く。
正門は小学校からみて左方に設置されており、正門を抜けた先には、コの字型の四階建て校舎があった。
小学校同様、人気はない。
ひとまずどこかの教室で腰を休めようということで、校舎の正面入り口へと向かう。
と、おそらくここは来客用の入り口なのだろう、左手に無人の受付カウンターがあり、玄関の隅には大量のスリッパの突っ込まれたコンテナが置かれていた。
それを見た押田がおもむろに革靴を脱ぎ始める。
「……お前は何をしているんだ」
「見ればわかるだろう。スリッパに履き替えている」
「こんな時にまで守るべきマナーか?」
押田は脱いだ革靴を丁重に揃えると、「ふん」と鼻をならして答える。
「いついかなる時でも、守るべきものはある」
「いや、さっきの小学校では履き替えてなかっただろう」
「ば、化物に追われていたからだ! 仕方ないじゃないか!」
滅茶苦茶だな。
「お前がどうしようが勝手だが、私は履き替えないぞ」
「またあの毛玉が現れれば、数秒の遅れも致命的だろうからな」
私が言うと、押田は「好きにすると良いさ」と吐き捨てる。
というわけで、私だけ靴を履いたまま、手近な教室へと入った。
先ほどの小学校と同じく机や椅子は片隅に積まれていたので、その中の一つを取り、腰掛ける。
窓からは荒野を見渡せて、小学校も視界に入っている。
毛玉がこちらへ向かってくればすぐに気付けるだろう。
「……安藤くん、これからどうする?」
押田が窓の外を眺めながら言った。
遠い目で息を吐く押田からは疲れが感じ取れる。
――無理もないな。
私だって、ここへやって来てせいぜい1時間を過ぎたところだというのに、すでに1週間も暮らしたかのような感覚だ。
そのうえ、ここは我々の知っているのとはまるで別の世界で、元の世界へ戻る手がかりは何も見当たらない状態とまでくれば、「さあ、どうするかなあ」と投げやりに返事をしてしまうのも当然というものだろう。
私の言葉に、押田は首をこちらへ向ける。
「君、まるで放心状態じゃないか。さっきまでの勢いはどうしたんだ」
……なあ、押田よ。咎めずにおいてやれば、これか。
まるで救えない奴だな。やっていられない。
「口を慎めよ。貴様の方こそ、他人のことをとやかく言えるほどの気力は残っていないだろうに」
「なんだと? 私を挑発しているのか」
「いいや、挑発ではない、事実を指摘しているだけだ」
いつかの押田の嫌味を意趣返ししてやると、押田は「君の言葉のどこに事実があるっ!?」と憤怒する。
「大体、君にはやる気というものが感じられないっ!」
「のらりくらりと大して意味のない調査ばかりして、本当に元の世界へ戻るつもりはあるのかっ!?」
……やる気が感じられないだと?
「誰があの化物を退治してやったと思ってるっ!?」
「私がいなければ、とっくに貴様など化物の腹の中だ!」
「助けてなどと誰が言った!」
「あいにく、君がいなくとも、私一人であの化物は倒せたのだがなっ!」
「だったらここからは貴様一人で行動しろっ!」
「ああ、そうだな、そうさせてもらう!」
「安藤くん、もう遅いからな、君が協力を申し出ようとも、すべて願い下げだ!」
「あぁどこへでも消えてしまえ! 二度とその汚い顔を見せるなよ!」
「貴様など死んでしまえば良いのだ!」
――――。
「……あ」
掠れた声が、喉の奥から漏れた。
死んでしまえば良い?
私は、何を言っている?
自分の口から飛び出たはずの言葉が、自分のものとはまるで思えず、体の芯まで急激に冷やされたかのような感覚に陥る。
押田は唖然とした表情で、金魚のようにぱくぱくと口を動かしている。
「き、君は、君は――」
押田の震えた声が、耳の奥へと響いた。
どうして、私はあんな言葉を――。
なにか言わなければ、弁明をしなければと思うのだが、唇は動かない。
喉の奥から言葉が出てこない。
押田が、震えを止めるように歯を噛みしめ、こちらを睨む。
「君の方こそ死んでしまえ」
気付いた時には、押田はもう教室からいなくなっていた。
しばし放心して――最初に出てきた感想は『あっけないな』というものだった。
あいつとは、そもそも性根が合わない。
遅かれ早かれこうなっていただろうが、まさかこんなに突然とは。
「別れるつもりなんて、なかったんだけどな」
ぼそりと呟いてみたところで、後の祭りだ。
あんなことを言うつもりはなかった。
まるで体が操られていたかのようだった。
そうやって自分への言い訳を並べてみたところで意味はない。
覆水盆に返らずというし、こぼれてしまった水を掬うよりも、残った水でなんとかやっていく方法を考えよう。
これまでだって押田が役に立ったことがあったか?
私一人で切り抜けてきたようなものじゃないか。
……まぁ、あいつの方は一人ではまずいかもしれないが、こちらも他人の心配をしている余裕はない。
後悔をしている場合ではないぞ。
二人から一人になったのならば、その分、働かなければならないのだ。
さあ、心が決まったのなら、いくか。
やることは山積みだ。まずはこの高校の探索から始めようか。
もしかすると、ここになら一人くらい人間が残っているかもしれない。
立ち上がり教室の扉をくぐる。
と、そこでばったりと押田に出くわした。
「え、いや、お前――」
なんでいるの?
ついさっき喧嘩別れしたばかりだろ?
狼狽える私に、押田はまくしたてた。
「やあ安藤くん親切に私が教えてやろうと思うのだが、そこの廊下を曲がった先で未知の生物を発見したんだ」
「嘘だと思うのなら君も見てくると良いだろうそして追い払うと良いだろう」