かれこれ、30分ほど荷台車を走らせている。
途中で一度、押田から停車を提案されたのだが、私が拒否したのだ。
折角なのでこのままこの世界を見物しようじゃないか、と。
「なんだと貴様」「貴様こそ」と多少揉めはしたものの、結果、押田の方が折れ、しばしのドライブと相成った。
相変わらず景色は面白くもない、西部時代のような荒れ地が続いていたが、一つ気付くことがあった。
中学校、高校、大学――荒れ地に点在する建造物の中で、明らかに学校の数が多いということだ。
雑草も生えぬ荒野にでんと学校が建っている様子には違和感しか覚えない。
平屋のようなものもぽつぽつ見受けられるが、人型が住んでいる様子はない。
商店街やら居住区やらも見当たらないし、連中は一体どうやって生活しているのか。
他の場所には草原も森もあったことだし、居住に向かないここら一帯には住んでいないということなのかもしれないが、だとすればより一層、学校の存在に疑問を覚える。
教育機関として利用しないのであれば、そもそも建設の必要がなかろう。
考えれば考えるほど、連中に関する疑問は湧き出てくる。
食料はどうしている? 睡眠は必要なのか?
言語は使うのか? 個体数はどの程度だ?
連中に司令塔はいるのか?
水や電気などのインフラはどのように整備している?
「……いや、そもそも疑問に思うこと自体が間違いなのか」
元の世界へ戻るには情報収集が必要。それは確かだ。
しかし、仔細まで明らかにしようとすれば途方もない時間がかかるに違いない。
そんな余裕が、はたして我々に残されているのだろうか。
この世界において我々の衣食住は保障されていない。
手に入れられたとしてもごく僅かだろう。
……押田の言う通り、疑問を解消するよりも、ひたすらこの世界を探索する方を優先すべきなのかもしれないな。
「おい、安藤くん、あれを見ろ」
と、ふいに声をかけられ、腰を持ち上げてハンドルを握る押田の元へと近付く。
「――狼煙だな」
遠く広がる森林を背に、もくもくと白煙が上がっている。
「連中だろうな、迂回するか?」
「いや、近付こうじゃないか」
「何を馬鹿な」
そう言って鼻で笑う押田は、表情を切り替えて「――と言いたいところだが」と続ける。
「確かに今は、安全策をとっている場合ではないな。とにもかくにも、情報が欲しい」
言い終えた直後、押田の腹がぐるると鳴る。
「欲しいのは情報でなく、食料ではないのか?」
「うるさい」
押田は短く言って頬を赤らめる。
そうしてハンドルを回すと、車体を煙の方角へ向けた。
「距離は――2キロくらいか?」
「そのくらいだろう」
狼煙の根元に大きな建造物はない(少なくともこの距離からは見えない)。
狼煙に近付いて人型らに突然囲まれる――ということはさすがにないだろう。たぶん。
進むにつれ、徐々に白煙が大きくなる。
そしてそれに比例して、私の表情は和らいでいった。
「我々の判断は間違っていなかったようだな」
「まったくその通りだ」
狼煙はかき集められた枝葉によって上げられていた。
火の周りには、二人の人間が立っている。
この世界のでなく、見慣れた、我々の世界の人間だ。
荷台車を止めると、小さな赤髪の少女は元気にぶんぶんと両手を振り、もう片方の黒髪の女はカンテレを抱え、右手でサムズアップを形作った。
「やあ、こんにちは。私たちも旅の仲間に加えてもらえないかな? ヒッチハイクさ」
「あのさー、ミカ。こういうのヒッチハイクとは言わないんじゃないの?」
赤髪の少女は黒髪の女へ突っ込みを入れると、私たちの方へと向き直り、笑顔で右腕を差し出す。
「ま、ともかくよろしく! あたしはミッコ、こっちはミカね!」
私は荷台車を降ると、彼女へ歩み寄り、その手を握った。
「よろしくお嬢さん、私は安藤、あちらでハンドルを握っているのが――」
「押田だ」
私の紹介を遮り、まだ警戒を解いていないと思われる声色で押田が名乗る。
――押田に倣うわけではないが、私もそう簡単にこの二人を信用するわけにはいかない。
彼女らが我々と同じ道筋を辿ってこの世界へやって来たと考えると、おそらくは――、
「つかぬことをうかがうが、君たちは屋敷に忍び込んだ経験はないだろうか?」
「え、や、屋敷に忍び込む? え~、なんのことだろ~。ねえ、ミカ、わかる?」
「さあ」
わかりやすすぎる……図星だな、これは。
もう少しつついてやるか。
「そういえば屋敷のレーズンパン、美味かったな」
「私もいただいたが、特にあの練り込まれたラムレーズンが堪らなかった」
「そうそうっ! さいっこうだったよね!」
「それに一緒に盗ったミルク!」
「あんなに美味しいミルクは、北海道の牧場に忍び込んだ時以来――――あ」
思いのほか簡単に乗ってくれた。
「押田くん。どうやらそういうわけらしいぞ」
「………お、おおお」
私が声を掛けると、押田はわなわなと体を震わせる。
「お前らが盗人かぁあああっ!」
荷台車を降り二人へ飛びかからんとする押田を、私は背後から羽交い締めにした。
----------------------------------------------------------------------
【幕間】
薪を抱えて洞窟の中へ戻ってくると、ミカとミッコがいなくなっていた。
「えぇ~~……。待っててって言ったのに、ホントに他人の言うことをきかないなあ」
なんてぼやきつつ、いつものことだしあんまり気にしない。
焚き火はちゃんと消していったみたいだけど、荷物はそのままだ。
たぶん、その辺を少し散歩してるか、パンをもらいにいった(婉曲表現)かのどちらかだと思う。
肌寒いし、もう一度焚き火を起こしてしばらく待とうかな。
――15分経過。早く戻ってこないかな。
――30分経過。この様子は散歩じゃなさそう。
――1時間経過。ちょっと時間かかりすぎじゃない?
うん、絶対におかしい。トラブルに巻き込まれたのかも。
……パンをもらってた(婉曲表現)のがバレたのかな。
ミッコだけならともかく、ミカもいるんだからそんなことないと思うけど、さすがにこれは私が捜しに行くべきだと思う。
「ホントに世話が焼けるんだから」
焚き火を消して、腰を持ち上げる。
洞窟を出ると、潮が満ちて、もう少しで海水が入り口に入り込みそうになっていた。
この様子だと、二人を連れて戻っても、洞窟の中へは入れそうにないかも。
しばらく船へ戻って時間を潰すしかない。
砂浜を抜けてお屋敷に到着する。
大きくて真っ白で立派な屋根があって、絵本とかおとぎ話に出てくるようなお屋敷だ。
耳を澄ませてみても、物音は聞こえてこない。
このまま正面のドアから入るのは……やめておいて、裏口を探そう。
ミッコの話だと使用人さんもたくさんいるみたいだし、油断は禁物だ。
お屋敷の周りを右方向へぐるっと回る。
あった。正面のよりも二回りくらいサイズの小さいドアだ。
近付いてそーっとドアノブを回してみると、鍵はかかってないみたい。
お邪魔します、なんて間違っても口にしないように、隙間から顔を覗かせると、中の様子がうかがえた。
裏口から通じる部屋はお屋敷のキッチンになっていて、おっきな冷蔵庫とか流し台とか、ガスコンロとかが並んでた。
たぶんミカとミッコもここからお屋敷の中へ入ってたんだと思う。
キッチンの中へ体を滑り込ませて、そっとドアを閉める。
腰を屈めながらキッチンの奥を見ると、廊下へ通じるドアが開けっ放しになっていた。
あっちが本来のキッチンの入り口なのかな。
入り口近くの木製の棚には、レーズンパンがぱんぱんに入った籠が置かれてる。
一目見ただけで、あの甘酸っぱくて美味しいレーズンの味が口の中に広がってくるみたい。
うん、なるほど、これはきっと私たちのために快く用意してくれてたに違いない。
「少しもらっちゃおう」
そっとレーズンパンへ手を伸ばす。
「ねえ、あなた」
「うひゃぁああっ!?」
背後から声をかけられてばっと振り向くと、お姫様が立っていた。
「え、えぇっと」
「ここで何をしているの?」
真っ白いブラウスに真っ赤なスカート。ふんわりした金髪ににこやかな表情は、お姫様の休日って感じだ。
「と、友達が二人いなくなっちゃって、捜しにきた、みたいな」
「そう。でもそれで他人のおうちにまで入ってくるのは……どうなのかしら?」
あ、これ、実はけっこう怒ってそう……?
「ご、ごめんなさいっ! 悪気はなかったんです!」
勢いよく頭を下げる。するとすぐに後頭部に向かって「ううん良いの」と言葉が降ってきた。
もう一度頭を上げてお姫様の顔色をうかがうと、彼女はにこやかな表情のままで続ける。
「でも奇遇ね。こちらも、私の可愛いナイトさんが二人揃って消えてしまったところなの」
「な、ナイト……?」
ナイトっていうのがどんな人かはわからないけど、それってけっこうやばいんじゃ……。
この人のお友達も消えちゃったってことは、揃って事故に巻き込まれてるとかって可能性もある。
パンをもらってたのがバレたんならいつものことだし正直あんまり心配してなかったんだけど、二人とも大丈夫かな……。
いきなりお姫様がくるっと身を翻して、すたすた歩き出す。
「ちょ、あ、あの……っ!」
その背中へ声をかけると、お姫様は首だけを回して、
「ケーキが食べたいわ。ひとまずお茶にしましょう」
……えぇー。
正直そんなことしてる場合じゃないと思うんだけど。
でも断ると何されるかわかんないし怖いなあ……。
仕方ない。ついてこう。
私は「ごちそうになります」と返して、その背中を追った。