「ただ、歩いていただけさ。風に誘われるがままにね」
「そんでね! ヒュゴーって、バーンってなってさあっ!」
通訳が欲しい……。
会話を始めてからずっとこの調子だ。
二人の様子は両極端だが、言っていることが理解できないのは共通している。
なんとかこれまでに読み取れたのは『ずっと徒歩で移動していた』『何らかの敵対生物に遭遇した』という二点だけだ。
私は苛立ちを表情に出さないよう努めているが、押田はひどいもので、先ほどから終始苦虫を噛み潰したような表情を浮かべている。
腹の虫もうるさいし、おそらくは空腹による苛立ちもあるのだろう。
「えーっと、そんでなんだっけ。あ、そーだそーだそこであいつがドコーンって――」
ミッコは押田の様子に気付いているのかいないのか、まだ話を続けている。
そろそろ潮時だな。
「いや、もう結構だ。わかった。理解した」
そう言ってミッコの言葉を遮ると、彼女は首を傾げた。
「え、まだ途中なんだけど?」
「このまま続けたら日が暮れてしまうではないかっ!」
押田が立ち上がり叫んだのを、まあまあ、と宥めて私も言葉を続ける。
「ともかく、押田の言う通り、じきに太陽も沈む。そろそろ今後の話をするとしよう」
我々の世界と同じく、天に昇る太陽は徐々に位置を動かしており、空には赤みが差しだした。
日没までは残り1時間といったところだろう。
狼煙をいつまでも上げていては、人型らに見つかる可能性もある。
すでに火は消し止めており、私たちは半ば消し炭と化した枝葉を囲んで座っていた。
我々の座る場所は草原となっており、すぐそこの地面には不自然に荒野と草原との境目がある。
時折、荒野の方へ目を向けているが、幸いにも、今のところ人型らがやってくる様子はない。
押田が「さて!」と大声で口火を切る。
「始めさせていただこう。まず初めに断っておくが、本来であれば、君たちは罪人として裁かれるべき存在だ」
ミカは涼しい顔で聞き流し、ミッコは再び首を傾げる。
押田はこめかみへ青筋を浮かべるが、どうにか飲み込めたようで、言葉を続けた。
「ただ、このような状況だ。少なくともこの世界を脱出するまでは、我々は協力するより他ないだろう」
ミッコが「さんせーい」と手を挙げる。
押田はそれを目にして満足げに頷いた。
「よろしい」
「となるとやはり、円滑なコミュニケーションを取るためには、君たちとの間のわだかまりが邪魔となる」
「このままでは、我々は君たちを許すことはできないし、君たちは我々に対して後ろめたさが残ったままだ」
私が「そんなことはないだろう」と口を挟むと、押田は黙ってこちらを睨んだ。
なんだこの女は。
さらに「おほん」と軽く咳払いを挟み、
「そこで一つ、君たちの罪を償う方法をこちらから提案させてもらおう」
「え? なになに? つみ?」
とぼけるミッコへ向かって、押田はさらに声を大きくして、続きを口にする。
「君たちの持つ食料を、一部我々へ提供していただきたいっ!」
「いや無理」
「なんだと貴様っ!」
あっけらかんと答えたミッコへ、押田が拳を振り上げる。喧嘩っぱやすぎる。
慌てて押田の腕を掴んで止めると、さすがのミッコも押田の気性に引いたのか、苦笑しつつ言葉を繋ぐ。
「だって、持ってないものは出せないからさ」
「ぐ……っ!」
押田が悔しそうに唇を噛みしめる。
いやいや……。
「押田くん、腹が減って苛立っているのはわかるが、これから協力しようという相手にその態度はないんじゃないか」
私が言ってやると、押田はみるみる意気消沈し、跪いて片膝までついてしまった。
「おいおい、押田くん」
私が声を掛けると、押田はぼそりと呟く。
「学園に帰りたい……」
驚いて、私は言葉に詰まってしまった。
こいつがここまで弱った姿を見せるのは初めてのことだ。
空腹も疲れも、そして精神的にも、よほど限界が近いのだろう。
私のポケットには非常用にレーションを忍ばせてあるが、それも一食分だけ。押田と分ける程の量はない。
――ここは一旦、食料を最優先で手に入れるべきだろうな。
押田に倒れられても寝覚めが悪いし、彼女へ恩を売っておくのも、まあ、損にはならんだろう。
押田の肩へ手を置きその場へ体育座りをさせると、ミッコとミカの方へと向く。
「すまない。私が話を引き継ごう」
「ともかくこれで、我々が食料を探しているのは伝わっただろう」
「君たちが所有していないのはわかったが、それならどこか、食料のありそうな場所の心当たりはないか?」
ミッコは私の言葉に「んー」と唸ると、
「ていうか食料ならあいつらが持ってんじゃん。盗ったら?」
「……あいつら、というのは?」
「あのー、なんか、人間の形したうねうねした奴。たまにピカピカ光ってた」
「彼らの発する母音はなかなか綺麗だったね」
あぁ、あの人型。
なるほど、この二人が接触した敵対生物というのは、毛玉でなく人型らの方か。
そしてどうやら、すでに奴らから食料を奪っており、しかも全て平らげた後のようだ。
しかしそれは、こいつらが窃盗慣れしているからこそ出来たこと、とも考えられる。
「うーん、良い案ではあるが、少し危険ではあるな」
私が言うと、押田が「窃盗は犯罪だ」と呟く。元気がない。
そこでふいに、ミカがカンテレをぽろろんと弾いた。
「森の中には木の実や山菜があるかもしれないね」
「それだ!」
突然に、押田が立ち上がり叫ぶ。
ええぇ……大丈夫か、こいつ。
「やるじゃないか、なるほど盲点だったな、いやあ素晴らしい」
徐々に笑みを取り戻し、ぶつぶつと言葉を紡ぐ。
「善は急げだ。時間がもったいない。さあさあ、日が暮れる前にかき集めてしまおう」
「少し待ってくれ、押田くん」
そのままの勢いで森の中へ走り出してしまいそうだったので、服の裾をつまみ、押し止める。
首をミッコの方へ向け、
「まあ、こいつがこの調子なので、君の案を採用し、我々はそこの森を探索しようかと思う。君たちはどうする?」
「私はついてこっかな! ミカは?」
ミッコが問いかけると、ミカは微笑み、荷台車の方へちらりと視線を向ける。
その意図を汲んで、言葉を繋げてやる。
「確かに、連中がやってこないとも限らない。荷台車が盗られないよう、一人は見張りとして残る必要があるだろうな」
「ふーん、じゃあいーや、ミカは置いてこっか」
「早くいこう」
そう言って押田がさくさくと歩き出してしまう。
私はミカへ「何かあったら大声で呼んでくれ」と言い残し、慌ててミッコと共に押田の後に続いた。
足を踏み入れた森は、以前この世界で目にした針葉樹林とさほど変わらない様相だ。
異様に背の低い木々が並んでいる。
木の種類はまちまちで、中には広葉樹も見られる。
名称までは特定できないが、私が植物にさほど詳しくないせいなのか、この世界の木々が我々の世界のそれと異なるせいなのかはわからない。
食料という意味では栗の木なんかが見つかれば最高なのだが、望みは薄いだろう。
「じゃ、私はあっち見てくるね」
ミッコが左方向を指さす。
「一緒に行動しないのか。危険だろう」
「こういうの慣れてるし大丈夫」
にかっと笑って、ミッコは森の奥へ消えていく。
……まぁ、彼女自身が大丈夫だと言うのなら、引き留める必要はないか。
せめて、私は押田と行動を共にしよう。
「我々は反対方向だな」
枝葉をかき分け、押田はずんずんと突き進んでゆく。
その背中へ「気をつけろよ」と声をかけ、後を追う。
食べ物らしきものは、程なくして見つかった。
木の枝に吊り下がる形で、蜜柑よりも一回り大きいくらいの赤黒い果実が成っていた。
枝からもぎ取ってみると、見た目の印象よりも実は軽い。
皮は厚いように見えて、少し指先に力を込めただけで傷がつくくらいには柔らかかった。
「これは、食べられるのか……?」
「空腹で死ぬよりはマシだ。いただこう」
「押田くん、その前に毒で死ぬ可能性があるぞ。あの二人が何か情報を持っているかもしれない、彼女らに見せた後でも遅くはないだろう」
「…………わかった」
しばしの沈黙の後、苦渋に満ちた表情で押田は頷いた。
ポケットに入れて持ち運べる量はたかが知れている。
私はミリタリージャケットを脱ぐと、端を四カ所適当に結んで風呂敷に仕立て上げた。
押田は渋っていたが「背に腹は代えられない」と呟き、私に倣ってジャケットを脱いだ。
探せば食料らしきもの(あくまで『らしきもの』だ)は見つかるもので、目に留まった山菜やら茸やらを片っ端から放り込んでゆくと、簡易風呂敷はものの数分で一杯になった。
カエンダケのように触れるだけで危険な茸なんかも考えられたが、そこを懸念している余裕はない。
今のところ手の平に異変はないし、問題なかったということだろう。
「さて、戻ろうか、押田くん。これだけあれば十分だ」
「それは良いが、安藤くん……なにか聞こえないか? エンジン音のような――」
「……ん、言われてみれば」
ぶぶぶ、と遠くから聞こえてくる音がある。
――まさか。
「押田くん急ぐぞっ!」
「え、安藤くんっ!?」
風呂敷を背後に抱えて走り出す。
多少は零れてしまうだろうが、そんなものに構っている場合ではない。
森を抜け、焚き火のあった場所へ戻ると、荷台車が遠ざかっていくのが見えた。
車体の上には、二つの人影がある。
「冗談だろう……」
人影の片方――ミッコがこちらへ手を振る。
「ごめん、ちょっとこれ借りるねーっ! すぐ返すからーっ!」
「▽●◎□○※★#▲~~~~~っ!!」
押田が日本語では表現できない声を発した。
追っても無駄なのはわかっているようで、「●◇※~っ!」と続けて崩れ落ちる。
荷台車は、すでに米粒ほどの大きさまで遠ざかっていた。
日が暮れつつあるのも相まって、1分も経たないうちに完全に視界から消え失せる。
油断したな……。
反省していないのはよしとして、まさか再犯に及ぶとは。
「★#▽●☆…………」
地に両手をついた押田が、ぽろぽろと涙を落とす。
思わずぎょっとしてしまう。
「ま、まぁまぁ、押田くん。そう落ち込むなよ。食料は手に入ったんだ。何はともあれ、まずは食事にしようじゃないか」
そう言って、先ほどの赤黒い果実を差し出してやると、押田は無言で私の手から奪い取って、皮ごと齧り付いた。
あまり美味くはなかったのか一瞬だけ顔をしかめるが、そのままの勢いで完食してしまう。
「だ、大丈夫か……?」
私が声をかけると、ようやく零れっぱなしだった涙をシャツの袖で拭う。
「……今のところ、大丈夫だ。みっともないところを見せてしまったな、安藤くん」
「いや、それは良いのだが」
――と、答えたところで、視界の端で光が揺れた。
森の奥に、光が見える。
「押田くん、申し訳ないが、食事の時間はここまでのようだ」
言って、光の方向を指さす。
揺らめくその光は、おそらく――、
「火……松明か」
「――斥候だな」
森の奥には、松明を手にした複数の人型らの姿があった。
「まったく、次から次へと……っ」
「不幸は決して一つでは済まない……」
そこまで言葉を続けると、口を閉じ、互いに顔を見合わせる。
考えは一致している。
食料を置き去りにジャケットを回収すると、我々は人型らに見つからぬよう、再び森の中へと入った。
この辺りで折り返し地点です。
最後までお付き合いいただけますと幸いです。