茂みに身を隠して早十数分。
人型の斥候らはいまだ松明を手にして森の中をうろうろと彷徨っていた。
「ぜんぜん消えてくれない……っ(小声)」
焚き火の痕跡と食料の山から、何者かがまだ近くに潜んでいると疑っているのだろう(そしてそれは事実である)。
数は全部で20体程度。
一人一人散開して動き回っているせいで、気の抜けることはない。
松明のおかげで位置は正確に把握できるので、一定の距離は保てるのが幸いだ。
「このままでは、彼女らが戻ってきた時に鉢合わせてしまうのではないか?」
「夢を見るなよ……あの二人はもう戻ってこない」
私が言ってやると、押田はぎりぎりと歯を噛みしめる。
「まったく忌々しいな……。こんなことなら、先ほどの果実を一つくらい持ってきておくんだった」
「連中が去ったらいくらでも食えるだろう」
「それはそうなのだが……」
それまで腹の虫が我慢を出来るかという話か。
「森の中にはまだ例の果実も残っているだろう。最悪、隠れながら食料を捜索することは可能だ」
「なるほど……あと10分待って進展がなければ、その計画を実行に移そう」
思ったよりも我慢がきかないな。
「そういえば安藤くん、君は何も口にしていないが平気なのか?」
押田の言葉に、「ああ」と私はポケットからレーションを取り出してみせる。
「私にはいざとなったらこれがあるからな」
「何故、それを、先に言わない……っ」
目を見開いた押田に、真正面からがっしと両肩を掴まれる。
「いやいや、一食分しかないんだ。君に分けるほどの量はない」
「~~~~~~~~っ」
押田はしばらく黙ってこちらを睨んでいたが、やがて息を吐いて「まぁ君の判断もわからないでもない」と返した。
私の両肩から離した手を膝に乗せて俯くと、それきり黙りこくってしまう。
……残り10分ほどしか保たないというのは、どうやら本当らしいな。
情緒が不安定になっている。
「おういあ」
突然に連中の声が聞こえてびくりと身を潜ませる。
「おおああいあいあ」
――声が遠い。
草陰から覗くと、トランシーバーを手に持った人型が立っている。
どうやらトランシーバー越しに会話をしているようだ。
耳を澄ますと、通信相手の声もかすかにトランシーバーから聞こえた。
と同時に、トランシーバーがぴかぴかと多色に光る。
「いああ、ああおおおああう」
よく見れば、人型は声を発すと同時にトランシーバーに取り付けられたボタンを操作している。
おそらく、互いにトランシーバーを操作することで、相手方のトランシーバーを発光させているのだろう。
通話中、人型自体に、特に発光はない。
「……押田くん。以前、奴らは声を発しながら光っていたよな」
「ああ、そのように記憶している」
「そして、今は代わりにトランシーバーが光っている――」
以前との違いは何か。
声を伝える対象が、目の前にいるか否かだ。
「あの発光は、コミュニケーションの一部なのか」
つまり、声と発光の組み合わせによって、連中は会話を行っている。
自らの発光を相手に見せることができないので、代わりにトランシーバーを発光させているのだ。
ふいに、先ほどミカの言っていた言葉が思い出される。
『彼らの発する母音はなかなか綺麗だったね』
母音。あいうえお。
「まさか、日本語か?」
連中の発する言葉は母音だけ。
子音は利用していないのでなく、別の方法で利用している。
だとしたらその別の方法とは――、
「すまない押田くん、メモをとりたい。奴の発光色を口で伝えてくれないか」
「ああ、任せてくれ」
スマホのメモ帳アプリを開き、奴の声と押田の知らせる色の組み合わせを書き留めていく。
うあえうあ。緑、橙、赤、紫、黄緑。
ういいああえお。橙、赤、黄緑、青、紫、橙、紫。
いえ、おおうお。橙、黄緑、赤、紫、橙、橙。
ううあい、ああえ。無色、紫、橙、無色、黄、空色、紫。
組み合わせを20ほどメモしたところで、声が止んだ。
「動き出したぞ。移動するつもりらしい」
「了解だ。追うぞ」
「……追うのか?」
押田の声に戸惑いの色が混じる。
「当然だ。私は少し考え事をするので、押田くんはすまないが先を歩いてくれ」
有無を言わさぬ調子で私が言うと、押田は渋面を浮かべる。
「今のうちに食料を集めたいのだが……」
「後でレーションを分けてやる」
「仕方ない、従ってやろう」
サンプルとなる文章はこれだけの量が集まれば何とかなるだろう。
まずヒントとなりそうなのは橙が多いこと、あとは無色の場合か。
発光色によって子音を付与すると考えると、無色とは母音を示すと考えるのが自然だ。
無色の多いサンプルは『ううあい』辺りか。
真ん中二文字のみ発光色となっている。
となれば考えられる言葉は――――、
「……うるさい」
「え、ど、どうした安藤くん?」
「いやこちらの話だ」
ひとまずはこの線で進めよう。
紫がラ行、橙がサ行と仮定できる。
次は『おおうお』が良いか。
赤紫橙橙なので、これは推測通りなら『○ろすそ』となる。
そんな言葉すぐには思いつかないな、仮定を外したか?
あぁ、いや、濁点を表現していないのか。
おそらく最後の一文字は濁って『○ろすぞ』が正解だ。赤はカ行だろう。
――この調子で続ければ、残りはパズル形式で解きほぐしていけそうだな。
歩を進めつつ、解読に没頭する。
――――。
――――。
――――。
最後はマ行だった。
どれだけ時間が経ったことか、私は連中の言語を全て解き明かし終えたのだ。
達成感に打ちひしがれる私の頭には、鈍く痛みが走った。
「んいたっ」
「痛いのはこちらだ、君はまったく」
どうやら立ち止まった押田の背中へ頭をぶつけたらしい。
「目的地のようだぞ」
目の前にそびえるのは、またしても学校だった。
すでに日は沈みきっている。
夜闇にぽつぽつと灯る校舎の明かりが郷愁を感じさせる。
戦車道の訓練後は、こんな景色に見守られながら帰路についていた。
ふいに感情の波がせり上がってくるのをぐっと抑え、押田の顔を見る。
「さて、それじゃあ、忍び込むか」
「安藤くん、中には奴らがわんさかといる。見つかるに決まっているだろう」
「ふふん、それがな押田くん、私は奴らの言語を完全に理解したのだ。先ほどの会話も解読を終えている」
「解読?」
「ああ。曰く、これから体育館で奴らの集会があるらしい。校舎の中はおそらく無人となるだろう」
「……ほう、それは好機だな」
押田と顔を見合わせて、口の端をつり上げる。
「悪くなったものだ」
「互いにな」
行動は迅速に。裏門から校内へ侵入し、手分けして物資をかき集める。
収穫は大量となった。
赤黒い果実を初めとした数日分の食料。
手砲弾の筒を10個。
タオルや毛布などの布類。
紙や懐中電灯など細々とした道具。
それらを格納するコンテナを二つ。
極めつけは荷台車だ。
さすがに荷台車のエンジンをかければ音に反応されるだろうから、コンテナで倉庫の中の荷台車へと荷物を運ぶ。
全ての作業は、ざっと15分ほどで完了した。
「押田くん、出発の前に門を開けておこう。この前のように手砲弾で破壊するリスクを冒したくない」
物資を集めるついでに、職員室から鍵の束を持ってきておいた(杜撰な管理だ)。
門の鍵はこの中にあるだろう。
私が声をかけると、押田は荷台車の上から言葉を返した。
「私はここで待っている。君が行ってくれ」
「それは構わないが……、どうした、具合でも悪くしたか」
「何でもない。少し疲れたから、食事をしたいだけだ」
――まあ良いだろう。
「わかった。ここで待ってろ」
この学校の脱出口は二カ所、正門と裏門だ。
裏門の方が目立たないのだろうが、厄介なことに人型らが集会を行っている体育館が裏門のほど近くにある。
正門から出るのが正解だろう。
正門にかけられた錠前へ鍵を次々と差し込むと、三つ目で当たりを引いた。
錠前が外れる。
門を左右へ開く。
ざりざりと音がしたが、大きなものではない。
体育館にいる人型らの耳には届かないだろう。
「このまま戻っても良いが……」
少しだけ、少しだけだ。
そう肝に銘じつつ、体育館へ向かうと、扉の隙間から中を覗く。
アリーナでは、無数の人型が並んでステージ上へ目線を向けていた。
その数は、ざっと数えるだけでも200――いや、300を越えている。中隊規模だ。
ステージ上では、一体の人型が、マイクへ向かって言葉を放っている。
「いあ、おおいおあいあいあおおあおう、あえあえいうういあ、あああうあ、えうおあえ――」
同時翻訳はまだ難しい。発色をスマホで動画撮影しながら、母音をメモしてゆく。
数十秒ほど続けたところで、アリーナの人型らがなにやら叫びながら片手を掲げだした。
ステージ上の人型の声は遮られ聞き取れなくなる。
――この数の人型に襲われたら一溜まりもない。この辺りにしておこう。
動画を止めてスマホをポケットへ入れる。
あの騒ぎだから気付かれないだろうが、なるべく音を立てないように体育館を離れ、倉庫へと移動した。
「押田くん、正門を開けてきた。出発するぞ」
荷台車を見上げてそう声をかけると、上から「遅かったな」と言葉が降ってくる。
「君が手伝ってくれたらもう少し早く済んだのだがな」
嫌味を一つ返してやると、荷台車の後ろへ周り、勢いよくスターターロープを引く。
ぶぶぶ、と騒音が鳴り響く。
「さあ行くぞ!」
跳躍して荷台車へ乗り込み、尻の部分に設置されていたレバーを引く。
押田は、レバーの隣でぐったりと腰を下ろしていた。
やはり調子が悪いのか、もしくは眠たいだけなのか、ともかく運転をするつもりはなさそうなので、荷台車の前方へ移動して、私がハンドルを握った。
荷台車にはライトが設置されていない。
代わりに学校から持ち出した懐中電灯で前方を照らす。
倉庫を出て正門へ向かっていると、体育館からわらわらと人型が湧き出てくるが、間に合う距離ではない。
そのまま正門を抜け、荷台車は荒野へと飛び出した。
「うまくいったな。次はどこへ向かう?」
「しばらくはこのまま走り続ければ良いんじゃないか。夜も更けるし、今日はもうどこかで休む他ない」
「なかなか建設的な意見だな、押田くん。同意するよ」
「それでは、決まりだな」
「ああ、さすがにお腹が減った。私もその果実が食べたい」
「――君にはレーションがあるだろう。先にそちらを口にしたらどうだ」
押田の言葉に「それもそうか」と返し、それで会話は打ち止めとなった。
道という道もないので、ハンドルの操作は必要ない。
スマホを操作してメモ帳を開くと、先ほどステージ上の人型が発していた言葉の翻訳を開始した。
一文字一文字、翻訳した言葉を書き留めていき、数分して文章が出来上がる。
それは、いともおぞましい、人型の司令塔による演説だった。
『みな、この日を待ちわびたことだろう』
『我々人類は、更なる発展のため、奴らから世界を奪い返す』
『必ず成し遂げろ。そのための手段は問わない』
『欲望のままに暴れろ。目的のためには、貴様らは何をしても許されるのだ』
『さあ、さあ。欺せ。脅せ。犯せ。殺せ――』