その瞬間は、荷台車を走らせ始めて20分ほど経過した頃にやって来た。
「あー……」
スマホのバッテリーが切れてしまったのだ。
とはいっても、支障はメモ帳アプリを失うことくらい(メモした内容は紙へ書き写しておいた)だが、いざ文明の利器であるスマホを失うと、とてつもない心細さを感じてしまう。
「押田くん、君のスマホはまだ充電が残っているか?」
振り返り押田の方を確認すると、彼女はのそりとスマホを取り出し、その画面をぼうっと見やった。
「残り20%だな。明日の朝まではもたないだろう」
私の口から、自然とため息が漏れる。
「……先ほどの学校からはかなり距離は取った。今日はこの辺りで停車して、眠るとするか」
「ああ、そうだな――と、おい、安藤くん、前」
押田に指摘されて首の向きを前方へ戻すと、数メートル先に何やら板きれの山のようなものが転がっていた。
「ぉおおうっ!?」
慌ててハンドルを切り、板きれの山を避ける。
その間にも押田が後方のレバーを引いてくれたのだろう、急ブレーキがかかり、荷台車が停止する。
「なんだなんだっ!」
「人影があるな」
そう言って押田が指さす先では、見知った姿が見知ったポーズを取っていた。
左手にカンテレを抱え、右手でサムズアップ。
先ほど我々の荷台車を奪っていった、ミカだ。
「殺してやる……」
胡乱な目つきでミカを睨む押田を「いやいや気持ちはわかるが殺すな」と制止する。
「私が話をする。お前は荷台車の上で待ってろ。良いな」
荷台車を飛び降り、ミカへ歩み寄ると、言葉を放る。
「何の用だ。我々も仏ではない。あれだけのことをしておいて、潔く水に流すつもりはないぞ」
「気を悪くしたのなら謝るよ。ミッコが言った通り、車は借りただけ、本当に返すつもりだったんだ」
「……ではまず荷台車を返せ。それから話を聞いてやる」
私の言葉へ返すように、ミカは右手をすっと横へ伸ばす。
人差し指を立て、何かを指し示しているようだ。
その視線の先へ目を向けると――、
「マジかあ……」
先ほどの板きれの山は、破壊された荷台車の残骸であった。
「気を悪くしたなら謝るよ」
「そりゃあ悪くするだろ。当たり前だ。どうしてこうなったんだ。説明しろ」
今度は、右手を反対側へ向ける。
そちらにあったのは、両手両足を縛られ、猿ぐつわを噛まされたミッコの姿だった。
「……え、どういうこと?」
意味がわからない。二人は仲間ではなかった? ミッコが裏切ったのか?
状況の説明としては不十分だと理解してくれたのか、ミカはミッコへ近付くと、その猿ぐつわを解く。
瞬間、噛みつこうとするミッコを、ミカはさっと避けた。
「……殺してやる」
先ほど押田が言ったのと同じ言葉。
しかし今度は、ミッコの口から発せられた。
「殺してやる。八つ裂きだ。手足をもぎ取って引き回してやる」
「耳を焼き、目を潰し、鼻を切り取る」
「殺してやる、殺してやる殺してやる――」
私は、何も言うことができなかった。
先ほどの快活な少女とは、まるで別人だ。
悪魔が乗り移ってしまったかのように、ミッコは呪詛の言葉を吐く。吐き続ける。
「もう十分かい」
ミカはそう言うと、手慣れた様子で猿ぐつわを再びミッコの口へ噛ませた。
「本当にごめんね。全部、説明する」
「だから君たちさえ良ければ、ここでしばらく私の話を聞いてくれないかな?」
断ることなどできるはずがない。
ミカの言葉に、私は黙って頷いた。
----------------------------------------------------------------------
【幕間】
おいし~い!
するする飲んで、もう紅茶は四杯目。
ぱくぱく食べて、もうケーキは三つ目を平らげたところ。
マリーさんのお話はよくわかんないところも多いけど、優しいし楽しいし、もう最高!
私も、ミッコのこととかミカへの文句とか、ここに流れ着くまでの旅のこととか、いっぱい話して、マリーさんにも満足してもらえたみたい。
ずっとここで暮らしたいな、なんて思いつつ――ぶるりと冷えた感覚に襲われる。少し飲み過ぎたみたいだ。
「ごめんなさい、ちょっとお花を摘んできたいな」
「ええ、そこの扉を出て右へずっと行ったところよ」
言われたとおり、なが~い廊下を右手に歩いていって用を足すと、食堂に戻ってくる。
マリーさんは、いつの間にかパンツァージャケットに着替えていた。
「さあ、そろそろ行きましょうか」
「え、ど、どこへ……?」
「決まってるじゃない。四人を捜しに行くの」
――確かにそんな話もあったけど。
「マリーさん、とっくに忘れてると思ってた……」
「しっかりしなさい。仲間と二度と会えなくなっても良いの?」
「えぇー……お茶にするって言い出したのマリーさんだよ……」
私の言葉を無視して、マリーさんはすたすた歩き出す。
慌ててその後を追いかけて、私もお屋敷を出る。
石畳を歩いて、左手の海の方へ。
「ねえ、そっちは海しかないよ?」
背中を向けたまま、マリーさんが言葉を返す。
「良いの、こっちで」
「えぇ~……」
「大丈夫、準備は終わってるわ。貴女にも手伝ってもらうわよ」
「もちろんそのつもりだけどお」
ふいにマリーさんが立ち止まる。
……え、これって。
「さ、乗って」
「マリーさん、ホントに、どこへ行くつもりなの?」
私の見上げた先にあったものは――。