DAYBREAK'S BELL
◇
「邪念が入っているわ。腰の動きがいやらしいわよ」
「あうっ!」
前者は部長さんだ。
後者は女の子……ではなくイッセー先輩。
「……六十八……部長が俺の上に乗ってると思うと……ろ、六十九……つ、つい」
「腕立て伏せをしながらおしゃべりできるなんて、成長したわね。もう百回追加しましょうか、イッセー?」
現在、公園にてトレーニング中。
イッセー先輩が部長さんを背中に乗せながら腕立てをしている。
そして俺は――。
「隙あり」
「残念、それは気のせいだ」
小猫と組み手中だ。
容赦なく振られた拳をペシッと弾く。
……アーシア先輩を狙った堕天使共をぶちのめして早一ヶ月。
イッセー先輩は基礎能力がものを言うので当たり前だが、小猫も体を鍛えたいと言い出した。あァいや、イッセー先輩は部長さんに言われたからだが。
……で、その小猫。何故か俺に鍛えてくれと頼んできた。
師匠とかいないのか? と聞いたら一気に雰囲気が暗くなり、悲しそうな顔をされてしまった。やっちまった、と思ったが時すでに遅し。
慌ててフォローしようとし、俺が手伝おうと口走ってしまったのだ。
「どうした?」
「いえ……」
一息吐いていると、小猫がイッセー先輩達を見て難しそうな顔をしていた。
「一応言っとくけど、小猫も成長してるからな?」
「でも未だに一本も取れない」
やっぱそういうこと考えてたのな。
確かに最初の頃と比べてイッセー先輩は鍛えられた。
当初はマラソンで体力の限界が来て、休み休みで筋トレをしていたが、今では持久走や短距離くらいならこなせるようになっている。
対して小猫は、当初と変わらず俺から一本も取れていない。
「俺は少しずつ動きのレベルを上げてるんだよ」
「え?」
「最初の頃のレベルでやってやろうか? すぐに倒せるぞ」
小さく口を開け、ポカンとした感じで俺を見つめてくる小猫。
その目は見開かれている。
「……そういうことは言ってほしい」
横に座り、ジトッとした目で俺を射貫く小猫の頭を乱暴に撫でる。「悪かったな」と。
……実際、小猫の吸収力は悪くない。まァ特別良いわけでもないが、時間をかければ前衛としては優秀になるだろう。
俺にできるのは経験値積みくらいだから、戦術や戦略については口を挟めない。そこら辺は小猫自身がどうにかしないといけない。
「遅れてすみませーん……はぅっ」
こっちに向かって走ってきていたアーシア先輩が転んでいた。
「和むけど……不安になるなァ」
ちなみに
あの事件以来、駒王学園の二年生として学校に通いながら悪魔として勉強中だ。そう、あのおっとりしまくっているアーシアは俺の先輩だった。
普通に驚いた。
年下、或いは同年だと思っていた。……いやまァ小猫みたいに小さいのが同い年だし、充分にありえることか。
「涼夜くんもどうぞ」
「ん? あァ、ありがとう」
アーシア先輩からお茶を貰う。
水筒を持参し、更にコップも持ってきてくれていたらしい。準備がいい。
それをちびちびと飲み、小猫との組み手を再開する。
放課後たまに木場先輩とも試合をし、そのうちイッセー先輩にも付き合って欲しいと言われているわけだが……それは俺じゃなくて部長さんが手を出すべきなんじゃないか、と思ってる。
俺は友人ではあるが眷属ではないのだから。……いや、頼まれて、俺も時間がありゃいいけどよ。あまり頼られすぎるのも問題だ。
◇
朝練を終えた俺達は一度解散し、ジャージから制服に着替えて学校へと向かう。
「今朝ぶり」
「……今朝ぶり」
ちょうど信号の所で小猫と出会った。
互いに軽く手を上げてから、並んで歩き出す。
それから数分、今度はイッセー先輩とアーシア先輩と出会った。
「今朝ぶり」
「……今朝ぶりです」
俺と小猫が最初と同じような挨拶をすると、イッセー先輩は同じように返してくれた。アーシア先輩はなんかギクシャクしながら返してくれた。俗語に慣れていないようだ。……知ってたけど。
俺と小猫の前を歩く先輩方。
「今日は体育でソフトボールがあるんです。私、初めてなので楽しみです」
アーシア先輩が楽しげに言う。
「体育……教師が強烈過ぎる」
「あれはおかしい」
俺が思い出したように呟くと、小猫も同じような反応を返してくれた。
「え? そうなんですか?」
「一年の教師って誰なんだ?」
先輩二人が振り返って尋ねてくる。
「「ハム先生」」
それに俺達は間髪入れずに答えた。
イッセー先輩は「ああー……」と納得してくれたようだった。
「小猫ちゃんと黒上はまだいい。けどどうしてアルジェントさんと兵藤が……」
「バカな……何事だ……」
「リアスお姉様だけじゃなく、アーシアさんまで毒牙に……」
「黒上×兵藤?」
「兵藤×黒上でしょ」
そんな観衆の悲鳴にも似た声を聞きながら歩く。
というかイッセー先輩が嫌われまくってて凄い。
そして最後の二人、表出ろ。
そんな会話をスルーして、適当に雑談をしていると「諸君、朝の挨拶。すなわちおはようという言葉を慎んで贈らせてもらおう」と校門前で立っている教師が言った。
「あ、おはようございます」
ペコリとアーシア先輩が頭を下げた。下げてしまった。
「既に私は挨拶をした」
この教師、ドヤ顔である。
「え? えっと……」
「アーシア、この先生はこういう人だから気にしないようにな」
イッセー先輩が困惑しているアーシア先輩のフォローに回る。
「ふむ。転校生か。私はグラハム=エーカー中尉。軍人だ」
「ええ!? 軍人さんなんですか!?」
「先生です」
俺の背中に隠れてしまっていた小猫がツッコむ。
「私は君の着任をどうでもいいものと考える。勝手に学び、勝手に生き、そして勝手に死ぬがいい」
「言い過ぎだよ、ハム先生」
校門の奥から来た別の教師がハム先生の頭に名簿のようなものを落とした。
「……ビリー=カタギリ技術顧問」
「先生だよ」
ハム先生の妄言に冷静にツッコミを入れるカタギリ先生。
良かった。まともな先生が来てくれた。
「ほら、ハム先生は僕が宥めておくから、君たちは行きなさい」
カタギリ先生に促され、俺達は各々の教室へと向かうのだった。
◇