◇
数日後、部室にて俺はクッキーを焼いていた。
中々上手くできそうだな。いつもなら鼻歌を歌うレベルだ。
だが今。
部屋中に立ちこめる甘い香りに対して、雰囲気の方はひどく重い。
部長さんは機嫌が悪そうだし、笑顔で冷たいオーラを漂わせている副部長さん。小猫は俺の横でオーブンレンジで焼かれているクッキーを眺めていて、銀髪のメイド――グレイフィアがクールな面持ちで佇んでいる。
そんな中、部室の扉が開かれた。
イッセー先輩と木場先輩、アーシア先輩だ。
「まいったね……」
部室の様子に、木場先輩が顔を強張らせて呟く。
アーシア先輩も不安を感じているのか、イッセー先輩の制服の袖口を掴んでしまっている。
とりあえず俺が手を振ると、新人二人は幾ばくかホッとしたようだった。
「全員揃ったわね。では、部活を始める前に少し話があるの」
部長さんがメンバーの一人一人を確認すると、口を開いた。
「お嬢様、私がお話しましょうか?」
グレイフィアの申し出を部長さんが手で制する。
「実はね――」
部長さんが口を開いた瞬間、部室の床の魔方陣が輝いた。
……転移か。
魔方陣に描かれていた紋様が変化した。
「――フェニックス」
小猫が小さく言った。
フェニックス……不死鳥か。
魔方陣から炎が巻き起こり、室内を熱気が包み込んだ。
これ、電子機器大丈夫なのか?
「教えてくれてありがとさん」
「いえ、言っておかなかったら何をしでかすか分からないので」
なまじ当たっているせいで否定できない。
いやね? こんな攻撃的な登場のされ方をされたら、な? もしも教えてもらっていなかったら、俺は今のを敵襲だと判断していた。
具体的に言うのなら制圧していた。
「ふぅ、人間界は久しぶりだ」
炎の中のシルエットが腕を横に薙ぐと、周囲の炎が振り払われた。
「ああ? なんで人間がいるんだ? ……使用人か」
そこにいたのは赤いスーツの男。
俺を見、エプロンをしているのを確認して一人納得している。
「さて……愛しのリアス。会いに来たぜ」
スーツを着崩した見た目二十代前半の男は、口元をにやけさせて言った。
「さっそくだが、式の会場を見に行こう。日取りも決まっているんだ、早め早めがいい」
軽々しい男を、部長さんは半眼で見つめていた。
その部長さんの腕を男が掴んだ。
「……離してちょうだい、ライザー」
低く迫力のある声で、部長さんは男の腕を払った。
男の方は振り払われたことを気にしていないように苦笑している。
俺はチラリとイッセー先輩を見る。……ムカムカした顔をしてる。
「おい、あんた。部長に対して無礼だぞ。つーか、女の子に対してその態度はどうよ?」
あ、言っちゃったよ。
「あ? 誰、お前?」
不機嫌な口調の男。
判り易い性格だな、こいつ。
「俺はリアス=グレモリー様の眷属悪魔!
言ってやったぜ顔のイッセー先輩に対し、男の方は特に興味なさげに「ふーん」とだけ返した。
拍子抜けなイッセー先輩。
「……つーか、あんた誰だよ」
「あ? リアス、俺のこと話してないのか? つーか、俺を知らないのか? 転生者? それにしたってよ」
こいつらつーかつーか言い過ぎだろ。
流行ってんのか?
「話す必要がないから話してないだけよ」
「相変わらず手厳しいねぇ。ハハハ……」
目元を引き攣らせる男。
「兵藤一誠様」
ここにきてグレイフィアが介入するようだ。
どもりながら返事をするイッセー先輩。
「この方はライザー=フェニックス様。純血の上級悪魔であり、古い家柄を持つフェニックス家のご三男であらせられます。そして――グレモリー家次期当主の婿殿でもあらせられます」
イッセー先輩、軽く処理落ちしてないか?
「つまり婚約者ね」
とりあえず現実を見ないでいるのも問題なので、イッセー先輩に聞こえる声で呟く。
「…………ええええええええええええええええええええええええええええ!?」
イッセー先輩の絶叫。
それはまァ予想ができていたので、俺は耳を塞ぐことで被害を受けずに済んだ。
……しかし純血ね。
つまりこれはその純血を絶やさないための婚約ってわけだ。
今や純血悪魔は少ないって聞くし、七十二柱の悪魔も半数もいないと言われてる。
悪魔も必死だ。
「私は家を潰すつもりはないわ。婿養子だって迎え入れるつもりよ」
男……ライザーの腕を再び払い、部長さんは言った。
ライザーは笑みを深くする。
「さすがはリアス! じゃあさっそく俺と――」
「でもそれは貴方じゃないわ。私は私がいいと思った人と結婚する。それぐらいの権利はあるわ」
ライザーの言葉を遮って部長さんはハッキリ言った。
それを耳にしてライザーの機嫌は悪くなったようだ。目元を細め、舌打ちまでした。
「……俺もな、フェニックス家の看板背負った悪魔なんだよ。この名前に泥を塗らせるわけにはいかないんだ。こんな狭くてボロい人間界の建物になんか来たくなかったしな。というか俺は、妹と違って人間界があまり好きじゃない。この世界の炎と風は汚い。炎と風を司る悪魔としては、耐えがたいんだよ!!」
怒鳴る声と共に炎が駆け巡る。
言う割にしょぼい炎なんですが。あァ流石に加減してるのか。……どっちにしろ別に質の良い炎ってわけでもないが。
「俺はキミの下僕を燃やし尽くしてでも、キミを冥界に連れて帰るぞ」
室内に殺意と敵意が広がる。
アーシアがイッセー先輩の腕に抱きついた。……プレッシャーに耐えられなかったんだろう。そしてそのイッセー先輩にも、この圧力はきついだろう。
小猫と木場先輩もいつでも臨戦態勢に入れるようになっているし、部長さんも紅い魔力を纏い始めている。
「へェ……?」
戦闘開始でいいのか?
「おやめください!」
俺がそう尋ねるより早くに、グレイフィアが静かに怒鳴った。
その視線が最初に捉えていたのは……俺。
はいはい、何もしませんよっと。
「これ以上やるのでしたら、私も黙って見ているわけにもいかなくなります」
一瞬だけ俺に視線を送ったグレイフィアは、すぐに今回の問題の中心にいる二人に言った。
「サーゼクス様の名誉のために、遠慮などしません」
静かに迫力のある声だ。
それを聞き、部長さんとライザーはそれぞれ纏っていたものを霧散させた。
「最強の
それってつまり格上とは戦いたくないって宣言だろ? 別に全然格好よくないのに、なんで格好付けながら
言ってんだ。
「刺激があるから人生は楽しいんだろうに」
呆れるな。
こんなんが純血悪魔か。
せめて何時かは戦いたいくらい言ってみろよ。
「こうなることは両家共に重々承知でした。正直に申し上げますと、これが最後の話し合いの場だったのです。もし決着のつかなかった場合は最終手段をと、皆様方は仰られていました」
「最終手段? どういうこと?」
部長さんは訝しげな表情だ。
「お嬢様、意思を押し通すのであれば、ライザー様とレーディングゲームにて決着をつけるのはいかがでしょう?」
◇