Sympathy
◇
俺は教室の窓ガラスにより掛かりながら昼食を食べていた。
正面の席で弁当を食べている茶髪のクラスメイトは鳴海歩。
耳にピアスをしているクールなやつで、小猫の前の席……つまりは俺の左斜め前の席の友人だ。
ちなみに小猫は学食なので不在。
「それ全部手作りなのか?」
「ああ」
短く返事をした歩。
彼が食べている弁当箱にはトマトケチャップで味付けされたライスに、細切れの鶏肉やグリンピースの混ざった料理が詰め込まれていた。
チキンライスだ。
更に別の段にはハンバーグとエビフライ。
小さいパックにはフルーツが入っている。
「凄いな……冗談抜きで」
「……少し食べるか?」
「……いいのか?」
意外な誘いに、俺はつい聞き返してしまった。
「パンと牛乳だけで昼を済ませようとしてる輩が横にいると、俺が食べづらいんだよ」
……俺の昼はコロッケパンと紙パックの小さいフルーツ牛乳だ。
どうやら心配されたらしい。
歩の言い方は判り難いが、そういう性格をしているのだ。
「……手で食べれるよな?」
「おー。サンキューな」
弁当箱の蓋に、歩が作った料理の大半が少しずつ乗せられる。
その中でも掴みやすかったハンバーグを一口食べる。
「――超美味ェ……!」
大げさな、と歩は一蹴するが、これは本当に美味いぞ。
お高いお店のものと比べても遜色ないんじゃないのか? これでデザートやお菓子も作れ、家事全般をこなせるのだから、とんでもなくハイスペックだ。
「そんなことより、今日は塔城と一緒じゃないんだな」
「あ? あァ。なんか誤解されてるみたいだけど、俺と小猫も四六時中一緒なわけじゃあ――」
ない、と言おうとしたところで小猫が戻ってきた。
彼女の目が捉えているのは俺。
「四六時中なんだって?」
「……なんでもねーです」
ヘッ、っと歩が小さく笑う。
小猫はまっすぐこちらに歩いてきて、自分の席に座った。
「涼夜」
すぐに声を掛けられ、二尾のうち一尾まるまるくれたエビフライを食べながらも小猫を見る。
「今日の部活はイッセー先輩の家で行われる」
「は?」
「旧校舎は掃除」
いや知ってるけども。
俺が疑問に思ったのは、部活が何故に先輩の家で行われるのかだ。
「……部長命令」
納得した。
あの一件以来、どう見ても部長さんはイッセー先輩に好意を寄せている。……ってあれ? 既に同居してるのに、イッセー先輩の家に行きたいのか? あ、先輩達が帰る家がイッセー先輩の家だからか。
勝手な気もするが、まァそれくらい構いやしない。
……そして時は流れて放課後。
場所は兵藤宅。
「で、こっちが小学生のときのイッセーなのよー」
「あらあら、全裸で海に」
「ちょ、朱乃さん! って母さんも見せんなよ!」
会議を行うという話だったのだが、先輩のお母さんが持ってきたアルバムによって、会議をするという考えは崩壊した。
ある意味でいつも通りと言える。
「……イッセー先輩の赤裸々な過去」
「元気っ子だなァ」
「二人も見ないでぇぇぇぇぇ!」
最悪だ! と叫ぶイッセー先輩。
確かに先輩のお母さんが勧めてくる写真は、大概が写っている本人にしたら恥ずかしそうなものだ。その分、客受けはいいけど。
「こうやって女の子の友達がたくさん来たら、イッセーのアルバムを見せたかったのよねぇ」
イッセー先輩とは対照的に、心底嬉しそうな笑みを浮かべるイッセー先輩のお母さん。
「そういうもんかねェ」
俺は親になったことはないから、よく判らないが。
……母親、か。
「……どうかしたの?」
なんとなくイッセーのお母さんを見ていたら、隣に座っている小猫が訝しげに尋ねてきた。
「いや……ちょっと昔を思い出したというか」
歯切れが悪くなってしまった。
小猫は気を使ってくれたのか、「そう」とだけ言い、アルバムに視線を戻した。
なんだかんだでアルバム楽しんでるんだな。
……まァ俺もそれなりに楽しんでいる。
普通の家庭に生れた子供の、普通の人生。それがこのアルバムには詰め込まれているから。
「……幼い頃のイッセー幼い頃のイッセー幼い頃のイッセー幼い頃のイッセー幼い頃のイッセー……」
楽しんでると言ったが、呪詛のように呟いている部長さんほどじゃあないがな。
頬を真っ赤に染めてなかったらホラーだろ。
「私も部長さんの気持ちがわかります!」
アーシア先輩が部長さんの手をとる。その瞳はランランと輝いていた。
「そう、あなたにもわかるのね。うれしいわ」
判り易い二人は、二人だけの世界に入ってしまった。
木場先輩もニコニコとアルバムを見ているし、イッセー先輩は公開処刑でも受けてる気分なんだろうか。
「木場! お前まで見るな!」
「ハハハ、いいじゃないか。もう少し楽しませてよ」
飛びかかるイッセー先輩を木場先輩はひょいひょい避ける。
アーシア先輩と部長さんがちょっとしたライバル関係のように、イッセー先輩は木場先輩をライバル視している節がある。
きっと同い年で、同じ男同士で、同じ主だから……思うところがあるんだろうな。
「……涼夜はアルバムとかないの?」
「! そうだ! お前もアルバムを献上するべきだろ!!」
小猫の言葉に反応したのはイッセー先輩だった。
先輩、貴方あっち行ったりこっち行ったり大変だな。
「悪いけどアルバムなんて持ってないな」
写真なら撮ったこともあるけど、と付け足す。
「あ、お前いま一人暮らしだっけか」
そうだけど、そういうことじゃない。
実家と呼べるのは海外にあるDevil May Cryの事務所だが、そっちにアルバムを保管しているから、今俺の住んでいる部屋にないのではない。
そもそもアルバム自体が存在しないはずだ。
「そもそもアルバムが必要になるほど写真撮ってるもんなのか?」
「あー? どうなんだろうな。母さん」
「私は普通だと思うけど……黒上君のお家は余り撮らないのかしら?」
「え? あァー……」
俺の家族と言えるのは師匠達なわけだ。
ずっと俺の面倒を見てくれてたわけだし。
ただやっぱり俺達は一般家庭とは違うわけで。
「さっきも言ったけど、写真を撮ったことはある……ただ数える程度だなァ」
集合写真なんて一枚しかないんじゃないか?
気にしたことはなかったけど、考えてみると淋しいような気もする。先輩のアルバムを見ていたせいもあり、余計に。
「ならきっと黒上君の家族は、"切り取られた時間"より"今"を大切にしようって思っているのかもしれないわね」
難しい顔をしていた俺に、イッセー先輩の母は朗らかな表情で言った。
そういう風にも考えれるのか。……それともこれは先輩のお母さんが出来た人なのか。
「なんだよ」
ふとイッセー先輩を見たら目が合った。
「……や、お母さんは素敵な考え方ができる人なのになァって」
「おい。言いたいことはわかるが……おい」
「……涼夜に同意します」
「小猫ちゃんまで!!」
だってイッセー先輩はいいやつだけど、性欲まみれだし。
「仕方がないだろ」と小猫を見ると、何度も頷いてくれた。
「否定はできないけどよー」
少し傷付いたのか落ち込んだ様子のイッセー先輩は、ふらふらしながら木場先輩の近くに腰を下ろした。
その木場先輩、アルバムをまじまじと見つめていた。
どうも雰囲気がおかしい。
さっきまでの楽しんでいた視線とは違い、予想外のものを見つけてしまったといった顔だ。
写真を食い入るように見ている木場先輩を妙に思ったのか、イッセー先輩は木場先輩が見ているアルバムをのぞき込んでいる。
「――これ、見覚えは?」
アルバムを指さしてイッセー先輩に問う木場先輩。その声は真剣そのもので、トーンもいつもより低い。
「悪い、子供の頃すぎて覚えてないな……」
「……こんなところ見かけるなんてね」
一人ごちる木場先輩。
「これは聖剣だよ」
苦笑した木場先輩の目は、憎悪という感情で彩られていた。
◇