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昨日、祐斗と涼夜が部活に来なかった。
祐斗は……一応事前に言ってあったけれど、涼夜からは何の連絡もなかった。というか学校自体を休んだのだそうだ。
小猫が電話をしても通じず、放課後になってようやく通話が繋がった。
「寝坊した」
それが涼夜の言い分だったそうで、小猫は随分と怒っていた。
涼夜の身に何かあったんじゃないかと心配をしてしまったのでしょうね。
話を聞いて、朱乃は楽しそうに笑い、イッセーは呆れ、アーシアはホッとしていた。
……みんなの気持ちはわかるわ。
かく言う私も、四人と同じような思いを抱いたのだから。
その当人である涼夜は――今日もまだ来ていない。
小猫が言うには、誰かに呼び出されたそうだけど……。
代わりにいるのは、教会に属する二人の少女。
それぞれが強い聖なる力を放っていて、本能が危険を訴えてくる。
「――先日、カトリック教会本部及び、プロテスタント側、正教会に保管及び管理されていた聖剣エクスカリバーが奪われました」
警戒心に加え、祐斗の怨恨の眼差しを受けながらも、現役の信徒である紫藤イリナが言った。……けれどイッセーは理解できていなさそうな顔をしているわね。
「エクスカリバーそのものは現存していないわ」
そう言ってあげると、イッセーは色々な意味で驚いたようだ。
ふふ……何を考えているかなんて、すぐにわかるわ。
「ごめんなさいね。まだ悪魔に成り立ての子がいるから、エクスカリバーの説明込みで話を進めてもいいかしら?」
こちらの申し出に紫藤イリナは頷いた。イッセーとは知り合いだったようだし、不満はなさそうね。
「イッセー君、エクスカリバーは大昔の戦争で折れたの」
「今はこのような姿さ」
髪に緑色のメッシュを入れている女性――ゼノヴィアだったわね。
彼女が傍らに置いていた、布に巻かれた長い物体を解き放つ。現れたのは一本の長剣。
「これがエクスカリバーだ」
っ……!
まさかとは思ったが、こんな場所で……それもこのタイミングで聖剣を見ることになるなんて……。
ただでさえ、今にも彼女達に斬り掛かっていきそうな祐斗の目に宿る闇が燃え上がる。
「大昔の戦争で四散したエクスカリバー。折れた刃の破片を拾い集め、錬金術によって新たな姿となったのさ」
……祐斗もさすがに、この場で何かする気はないみたいね。
それにしても、聖剣エクスカリバー……本当に大きなプレッシャーだ。涼夜が放つ圧力とは全く別のものだが、この場の悪魔全員を気圧せる程の聖なる力。
それを今見せた理由は――牽制、かしらね。
「私の持っているのは
そうして聖剣を布で覆うゼノヴィア。
あの布は封印布だったのね。
続いて紫藤イリナの方も懐から紐のようなものを取り出した。
その紐は意思のあるかのようにうねり……日本刀と化す。
「私の方は
悪魔に対して必殺たり得る聖剣が二本も……。
「イリナ、わざわざ能力まで説明することはないだろう?」
自慢げに言った紫藤イリナに、ゼノヴィアが呆れたように言った。
これにはゼノヴィアに賛同ね。……嘗められているのかしら。
「あら。いくら悪魔だからって、信頼関係は築かないといけないでしょう? それに知られたからといって、この悪魔の皆さんに遅れをとったりしないわ」
「……それが慢心じゃないといいな」
自信満々に情報を流してしまう紫藤イリナに対して、ゼノヴィアの方は堅実な考えの持ち主のようだ。
とはいえ、感情的になってしまっている祐斗では、仮に戦っても勝つのは難しいかもしれないわね。だから祐斗、その鬼の形相はやめなさい。睨むのは……いいとしても、殺気立ちながら今にも飛び出していきそうなのは困る。
過去に何があったのかはわかっているけど、エクスカリバーを相手に戦う展開に持って行きたいとは思わない。……でも、祐斗には我慢できないわよね……。
それだけの理由がある。
「……その奪われたエクスカリバーと、極東の地方都市に一体どんな関係があるのかしら?」
「カトリックに残っている聖剣は二本。プロテスタントも同じ。正教会もだ。残りの一本は行方不明。そのうち各陣営の一本が奪われた。奪った連中は日本に逃れ、この地に持ち込んだのさ」
私は額に手を当てて、息を吐く。
「まぁそうでしょうね。……言い方から察するに、犯人達にも目星は付いているのでしょう?」
ゼノヴィアが感心したように唸る。
「中々に頭が回る。……奪ったのは
話が大きくなってきた。
「失態どころではないわね。でも奪う理由があるのも堕天使ぐらいなのかしら? 上の悪魔は聖剣に興味は薄いものだし」
「奪った連中のトップも把握している。グリゴリの幹部であるコカビエルだ」
「……古の戦いから生き残る堕天使の幹部」
思わず苦笑が漏れる。
聖書にも記された者の名前が出てくるなんて……。
「私達からの依頼は、悪魔側がエクスカリバー争奪戦に介入してこないことよ」
紫藤イリナの――いや、教会側の勝手な言い分に眉がつり上がってしまう。
「つまり私達が堕天使と手を組んでいる、そう言いたいのね?」
「本部はその可能性があると判断しているのよ。それにこの街には――魔人がいるから」
ピクりと小猫が僅かに反応し、イッセー達も解せないという顔だ。
「……魔人がいたらなんなのかしら?」
「そちらこそ、あんな危険な存在を放置して、どうするつもり?」
確かに魔物の力を持つ人間は危険とも言える。それに情報そのものも少ない。けれど――。
「随分な言い方ね」
「大量殺戮を犯した者を庇うから、上は悪魔を信用しないのね」
ゼノヴィアに同意を求める紫藤イリナの言葉は、私達に大きな衝撃を与えた。
大量殺戮を犯した? 魔人……涼夜が?
「は? お前何を言って……」
「もしかして知らない? イッセー君、魔人・黒上涼夜は飛行機を一機墜落させたのよ。乗客諸共ね」
「な!?」
予想していない言葉に目を見開く。
「……それは四月に起きた事件ですか?」
「ええ」
朱乃の言う四月の事件……確かにニュースにはなっていた。
生存者は零で、未だに墜落した理由も明らかにされていなかったはず。
不意に先日、祐斗が言っていた言葉を思い出した。
誰に対しても一歩距離をとっている――その理由は、他人には言えないことがあるから?
「それで平気で過ごしているんでしょう? なら――」
「イリナ、よせ」
追い打ちめいたことを言おうとしていた紫藤イリナを止めたのは、意外にもゼノヴィアだった。
「余計なこ――」
「理由はなんですか?」
そのゼノヴィアが言葉を続けようとしたけど、今度は小猫が遮る形で口を挟む。
怒っているわけでもなく、悲しんでいるわけでもなく、ただ真剣な小猫。
「理由? そんなの――」
「何か理由があると?」
再び遮られた紫藤イリナ。
ゼノヴィアは彼女に「喋るな」と行動で示しているわね。
「基本的にお人好しな涼夜が、理由もなく命を奪うとは思えません」
ハッキリと言い切る小猫。
「仮に理由があったとして、許されると思う?」
「そんなの、聞いてみなきゃわかんないだろ」
紫藤イリナにイッセーが食ってかかる。
どちらの言い分もわかる。勿論、個人的には涼夜を支援するけども。
ただやはり、理由は聞いておきたい。
「……知られていないわ」
「……なんだよ、それ」
イッセー……そんな「話にならないだろ」みたいな言い方をしないの。
私も動揺はしてしまったから偉そうには言えないけど、冷静に思考巡らせなくては。
「……それでも危険な思想を持っている可能性は拭えないわ。なんなら、こちらで処断してもいい」
「きょ、教会が涼夜君を追っているのですか?」
アーシアの問いには、首を横に振るという返事が返ってきた。
「昔は追っていたようだけど、今は追っていないわね」
「じゃあやっぱり、捕まえるだけの理由がないんじゃないのか?」
イッセーの言う通りだ。
もし本当に惨劇を招いているのなら、指名手配されていないのはおかしい。
「彼の魔人は既に多くの実績を立てている。捕らえるよりも、流していた方がいいと言う判断じゃないかしら?」
涼夜を自由にしていた方が効率いいというわけね。
確かにそれだけの戦闘能力がある。……が、今の言葉は紫藤イリナの想像の話であって、結局真実がわかっていない。
……こういう時に限って、
「そう……けれど涼夜を貴女たちに引き渡すことはないから、魔人の話は終わりにしましょう」
紫藤イリナが目を細めた。
……彼女はイッセーと知り合いだったようだし、友人が危険人物と一緒にいるのは嫌なみたいね。
「……魔人を信用すると?」
「会ったばかりの敵方を、貴女は信用するのかしら?」
今まで黙っていたゼノヴィアに答えると、何かを考えるように瞳を閉じる。
「それに――仲間を売るのはごめんよ」
そう、涼夜は仲間だ。
例え眷属でなくとも、何度も私達を助けてくれた。……ってイッセー、それにアーシア、そんな「感動しました!」なんて風に見ないでちょうだい。
朱乃も「微笑ましい」とでも言うみたいに笑わないで。
小猫、貴女はどうして扉に意識を向けているのかしら? てっきりもっと涼夜を擁護すると思ったのだけれど……。
祐斗は……聖剣に憎悪を向けながらも、一瞬気まずそうな顔をしたわね。
「仕方がないな」
少しの間、何かを考えていたゼノヴィアがゆっくりと目を開いた。
「ゼノヴィア……?」
唐突な発言に、紫藤イリナも疑問の目を向けている。
「黒上涼夜が飛行機を落とした理由を話そう」
何故それを彼女が知っているのかを含め、黒上涼夜が背負っているものの一部。
それを、今日私達は――知った。
◇