◇
「あァ……?」
放課後にエクソシストと邂逅があると言われたその日、俺は携帯に届いたメールに注視した。
そのメールが届いたのは俺が学校に着いてすぐ。
それもクラスメイトからだったので、なんとなしにメールの送り主を見る。……その女の子は視線に気が付き、ウィンクをしてきた。
放課後、極秘に時間を作って欲しいという旨のメールだったので、俺は小猫には先に部室に行ってもらうことにする。
「……どうして?」
「なんか呼び出された、教師に」
放課後始まって直後のそんなやりとり。
昼食は別々だったから、昼休みに教師に言われたという設定で話をしてみた。
少し疑っていたようだが、なんとか誤魔化せた。
そしてまたメール。
朝に俺に送ってきた女性徒からだ。
なんでも、人通りの少ない方の中庭に来て欲しいとのこと。
まァ俺も部室に行かないといけないし、とっとと済ませるか。
「――く、黒上くん!」
そこで待っていたのメールの送り主である女性徒と……見覚えのない女性徒。
名前を呼んできたのは見覚えのない方。
「あの……私とお付き合いしてください!!」
「……はい?」
お付き合い?
……気合い充分。けれど頬を赤らめて、期待と不安の入り交じった表情の見知らぬ女子。どう考えても買い物に付き合ってほしいとかじゃない。
「いきなりごめんね。この子、同じ部活の友達で……前から黒上くんのこと気になってたみたいで」
「球技大会、かっこ良かったです!!」
面喰らっていた俺に、クラスメイトさんが補足してくれた。
球技大会ね……俺、そんなに目立ってのか。
けど、そうか。
それで接点のない彼女は、わざわざ友達に頼んだってわけね。
「あー……」
俺は頭を掻く。
「――ごめん。気持ちは嬉しいんだけど、俺ってそういう余裕なくて」
こういう経験は生れて初めてだから、なんて言ったらいいのか判らないな……。
「そ、それはやっぱり、塔城さんとお付き合いが……?」
「いや、俺と小猫は普通に友達ってだけだけど……」
俺がただの人間だったなら――……あァ、木場先輩の言っていた「一定の距離」ってのはそういうことか。
俺は、自分が魔人だからって理由で、皆から一歩引いていたんだ。……悪魔に対して距離をとっている自覚はあった。けど、人間に対しても距離をとっているのは……無自覚だったな。
線引きはしてるつもりだったから、それに紛れて余計に気が回らなかった。
「気持ちは本当に嬉しいんだけど……まァ俺もさ、色々と大変なんだ」
ごめん、と頭を下げる。
「……あ、ありがとうございましたっ」
俺が頭を上げるより早く、少女は駆けて行ってしまう。
慌てて頭を上げると、無駄に良い視力が、肩を振るわせながら走る少女と宙に散る水滴を捉えた。
「……ごめんね、あの子もすぐに冷静になると思うんだけど」
「あァ……いや……その」
俺を気遣う彼女はいま何を思っているのだろうか。
「……人気なのも考えものだね?」
言葉の意図が判らず、つい少女を見る。
「告白されて、断る……言葉にするとそれだけなのに、黒上くん、凄く辛そうに見えるから」
人が良すぎるよ、と続けたクラスメイトは、「そろそろ追わないと追いつけないかな」と言って駆け出した。……と思ったら、途中で止まって振り返った。
「良かったら、あの子とも仲良くしてあげて!!」
虚を突かれた。
一瞬遅れて頷くと、笑顔で手を振ってから走り出す。
……良いやつだな。
「――もう終わったぞ」
息を吐き出しながら後ろを振り返って言うと、物陰から一人の少年は気まずそうに顔を出した。
「いや、ちゃうねん。ジュース買いに来たら、な?」
ミントグリーンの髪をした男子生徒は言い訳をしながらも手を合わせて謝ってくる。
見たことのある生徒だ。
彼は本当にジュースを買いに来たのか、俺の横を抜けて自動販売機に硬貨を投入した。
「これで勘弁してくれへん?」
「っと」
投げ渡されたのは、たった今買われた飲料だ。
「……ヨーグルッチ?」
「せや。駒王学園だと、ここの販売機にしか売ってないねん」
確かに他では見たことがない。
「――俺は気にしないけどよ……広めるなよ?」
「そない悪趣味あらへんて」
俺が販売機の横の壁に背中を預けて、紙パックのヨーグルッチにストローを刺すと、少年も隣で壁に寄り掛かった。
「俺、ミズシロ火澄」
そう名乗った少年は、笑顔で自分の顔を指さしている。
「あァ、俺は――」
「黒上涼夜やろ? 知ってる知ってる」
知ってるって……俺はお前をそこまで知らないぞ。
精々が前の球技大会で活躍していた、他のクラスの生徒ってくらいだ。
「俺ってそんな有名か?」
「せやで。マスコットちゃんと一番一緒におるし、黒上も黒上でオカ研部員やし」
そういえば球技大会の影響もあるみたいだったな。
ってそうか。
小猫が人気だからか。
それにオカ研のメンバーも有名だし。
そこに入部したら、俺も奇異の的だ。
「名前でいいぞ?」
「さよか。なら俺も名前で」
裏表のなさそうな笑顔を向ける火澄。
「あとは……俺と歩って幼馴染みやねん。そんで色々と話を聞いててな?」
「それは……初耳だ」
歩の口から火澄の名前が出たことはない。
それが判っているのか、火澄は苦笑いを浮かべた。
「ほら、歩て照れ屋やろ?」
「あー……確かにそういう感じがする」
本人がいれば否定をするのだろうが、言われてみればそういった節がある。
「それが皆に伝われば
「……」
なんだろうか、俺も似たような感じなのだと自覚したせいか、火澄にノり難い。
「そっちのクラスではまだマシみたいやけど、他だと“態度が偉そう”とか“怖そう”とか言われてんねん」
「……結構酷いな」
ならば俺は擬態が上手いんだろうな。
そう心の中で自嘲してしまった。
「普段から愛想良くせなあかん言うてるんやけどなぁ……」
それから暫く会話をしていた俺だが、今日は大事な集まりがあるのを思い出して火澄と別れた。
何とも言えない心境で部室へと向かう俺。
……告白してくれた子に悪いことしたな。
でもやっぱり断るしかない。
俺の感情もそうだが、デビルハンターであり、魔人である俺が、誰かの想いに答えるわけにはいかない。これは徹底していかなくてはならないことだ。
「――大量殺戮を犯した者を庇うから、上は悪魔を信用しないのね」
部室の前で足が止まる。
聞こえたのは聞いたことのない声だった。
十中八九、教会の者だ。
室内から聖なる気が漏れているし、そもそもそういう話だったし。
……大量、殺戮。
間違っちゃいない。
否定してもいけない。
……俺の、背負うべき罪。
「基本的にお人好しな涼夜が、理由もなく命を奪うとは思えません」
扉の前で俯いていた頭が、バッと上がった。
……小猫か。
それにイッセー先輩も俺を信じてくれてるのか。
でも、部長さんはどうだろうか。
一つの街を管理し、眷属達の主である彼女は――。
「仲間を売るのはごめんよ」
それ以外の答えはないかとでも言うようなハッキリとした口調。
……あァ、もう。
部屋の雰囲気が軽くなったのを感じる。
部員は誰も文句がないってか?
くそ……俺よりお前らの方がよっぽどお人好しじゃないか。
気恥ずかしくなった俺は、部室から離れる。
もう今日はこのまま帰ろう。
色々ありすぎて、どんな顔をして会えばいいのか判らない。
「……ゼノヴィアもいるみたいだったな」
旧校舎から離れて、夕日を浴びながら部室のある方を見やる。
ゼノヴィアがいるのなら、あの場で何かあるということはない筈だ。仮に木場先輩が仕掛けてしまっても……命まではとるまい。
……魔物の件についてはまだ部長には伏せている。
昨日一日かけて街周辺を調べてみたが、特に何もなかったからだ。魔物に関しては俺の考え過ぎな可能性もあるし、最悪一人でもなんとかなる。というかする。
……それに木場先輩のこともある。
余り負担をかけたくない。
あァでも、生徒会長さんには連絡しておくか……。
◇
……話が前に進んでいない。