◇
「――なんて言ったはいいけど、木場先輩は納得してるのか?」
俺が来てからまだ一度も口を開いていない先輩に尋ねる。
木場先輩は俺に話しかけられて露骨に驚いていた。
「――……まあ、エクスカリバー使いに聖剣の破壊を承認されるのは遺憾だけどね」
「聖剣計画は確かに残酷なものだったわ。ただ、それでもそれなりの成果を上げているの。その成果というのが私やゼノヴィア」
「だから計画失敗の烙印を押された被験者達の処分は仕方がないとでも?」
木場先輩は憎悪の眼差しを紫藤に向ける。
「まァ……そういう隠れながらやってる実験ではよくあること、だけど」
「許されはしないだろう。……現にその事件も、私達の間では最大限に嫌悪されたものだ。処分を決定した当時の責任者は信仰に問題があるとされた異端者で、今では堕天使側の住人さ」
「堕天使に? 名前は?」
木場先輩も興味を持ったようだ。
「バルパー=ガリレイ。皆殺しの大司教、と呼ばれた男だ」
「……堕天使を追えば、辿り着くかな」
先輩の瞳には新たな決意が生まれていた。
仇敵が判っただけでも大きな前進なのだろう。
「僕も情報を提供しよう。先日、とある神父に遭遇した。それもエクスカリバーを持った、ね」
三本目!
もう既に接触してたのか!
子猫たちの反応を見るに、木場先輩は黙っていたみたいだな。
「名前はフリード=セルゼン……聞き覚えは?」
ゼノヴィアと紫藤が目を細める。
「元ヴァチカン法王庁直属のエクソシスト。十三歳の時点で多大な功績を残していた天才」
「だが奴は異常だった。獣以上の戦闘執着。信仰心なんてものは皆無で、いつでも自分勝手な行動をとっていた」
イッセー先輩も苦い顔で俺を見た。
「涼夜も知り合いだったよな?」
頷く。
「あいつは狂犬なんて言われてるけど、実際のところ冷静な部分もある。冷静に狂ってるのか、狂ってるフリなのかはともかく……何を考えてるのか判らないし、戦い難い」
それでも天才なんて言われてるだけあって、その戦闘能力は折り紙付きだ。
「っと、俺も一応報告。先日に魔物と遭遇した」
全員が頭に“!?”を浮かべ、俺を見る。
「……種類は?」
「カットラス」
「カットラス……魚と剣を合わせた人工悪魔……おっと失礼、人工魔物か」
ゼノヴィアが先輩達を見て言葉を改める。
そもそも人間からしてみれば悪魔も魔物も同じようなものだ。それ故に、長い間同一視していたと聞く。……悪魔が魔物と呼ぶ存在は、はぐれ悪魔と呼ばれている存在に見た目の近いモノも多い。
そして人を襲う悪魔は、大概がはぐれ悪魔だ。
そう考えると仕方がない。
ちなみに魔物という呼称を使い始めたのは悪魔だ。
その魔物の方は、自分を悪魔と呼称するモノも多い。
「詳しいのね、ゼノヴィア」
「昨日話しただろう? これでも関わりはあるんだ」
そんな話もしたのか。そう呟くと、イッセー先輩が気まずそうに頭を掻いた。
「お前のことも聞いた」
それは知ってる。部室の前に行った時、ちょうど話してたし。
俺も……話さないといけない、よなァ?
先輩達は俺を信じてくれてるし、説明をしないっていうのは……気が引ける。
「飛行機に魔物がいたんだろ?」
「な……」
驚いた。いや素直に驚かされた。
なぜ知っている? 紫藤が知っていた? いや、ない。
だとすれば――。
「君が偶然にも気が付いた魔物、それを私も追っていたのさ」
俺の視線を受けたゼノヴィアが言った。
「昨日はイリナが色々と暴露してくれたからね。君の知人として、必要最低限の情報は伝えておいた……と言っても、想像でしかない部分も多かったわけだが」
「……想像かよ」
「あの事件の後、キメラシードが人間に寄生したという情報が出回った。それらを踏まえてみると、なんらかの理由で貨物室に運び込まれていたキメラシードが、人間に寄生してキメラとなってしまっていた……そう考えるのが妥当だと思うのだが?」
俺のツッコミを無視して持論を展開するゼノヴィア。
あの飛行機に乗っていたのがキメラシードなのを知っているということは、彼女は本当に俺の事情を大方理解していそうだ。
心なしかドヤ顔をしている。
俺は溜め息を一つ。
「――俺が気配に気が付いて、離陸した飛行機に追いついた時には……惨状だった」
キメラシードは名前の通り巨大な種の形をした魔物で、別の魔物に寄生して
故に
今の今まで人間に直接寄生するという例はなかった……というのも、人間自体が魔物と比べると脆いからだ。
キメラシード自体が他の魔物と比べると脆弱とはいえ、普通の人間では太刀打ちできない。そんな相手に寄生をする必要はない。……そう。普段、他の魔物が多くいる場所にいるキメラシードは、人間に寄生する必要がないのであって、寄生することは可能だったのだ。
それが人間しかいない飛行機に積まれ、人間に寄生するという結果を招いた。
元々は魔界の森にしかいないタイプの魔物だったせいで、人間しかいない閉じられた空間における行動がイマイチ予想されていなかった。
……俺や師匠達も可能性としてはあると思っていたし、想像もできた。きっと多くのデビルハンターがそうだ。
ただ、今回のような件が初だっただけ。
「……飛行機に追いついたのか?」
「条件次第で俺も飛べるよ」
少しホッとした様子のイッセー先輩に苦笑する。
誤魔化すような問い方だが、何に安心したのか丸判りだ。
「……生き残りはいたのか?」
「いた」
「そうか……。……え!?」
深刻そうな顔から打って変わり、驚愕の表情を浮かべるイッセー先輩。
キメラシードにも数がある。
乗客全員には寄生できない。
その子は……既に息絶えた父と思われる男性に、守るように強く抱え込まれていた。
「小さな子供が一人だけ、だけどな。……俺はその子を抱えて、飛行機の外に出、爆破した」
飛行機自体の高度が下がっていたので、気圧漏れによる空気の輩出は問題なかった。
というか。
海面数十メートルの位置で飛行機を浮かばせて、固定していたのだ。
アラストルを用いれば、電磁力を操り、飛行機なんて巨大な鉄の塊でも浮かばせるのは容易い。
爆破は……マイクロ波。つまりは電子レンジの容量だ。
電磁力にしろマイクロ波にしろ、普通の状態の俺では操るのは難しいことだ。が、魔人化していれば話は別だ。
「流石は雷刃魔神の宿りし魔剣、と言ったところか」
魔人化云々以外を説明すると、ゼノヴィアが納得したように頷く。
「……その子供はどうしたのかしら?」
「そっち系の孤児院に預けた」
初めて紫藤に話しかけられた。
彼女の方は、木場先輩とは別の意味で気まずそうだ。というか、小猫とイッセー先輩が軽く睨んでいる。何をしたんだ、お前。
「イリナ」
「う……わ、わかっているわ」
イッセー先輩に名前を呼ばれた紫藤が、まるで叱られた子供のような目で俺を見る。
「ご、ごめんなさい!!」
ガバッと勢いよく頭を下げられた。
……ここ数日で面喰らうことが多い。
「……えっと、俺らって初対面だよな?」
別に謝れる理由は――。
「昨日、何も知らないで貴方のことを批難したの……」
あァー……昨日のか。
忘れていたわけではないが、そうか。昨日の「大量殺戮を犯した者を庇うから、上は悪魔を信用しないのね」などの発言をしたのは紫藤か。
考えてみれば判ることだ。ゼノヴィアの声は知っているし、信徒が二人しかいないのだから。
「それも本人がいないのをいいことに――」
「いいよ、別に」
長くなりそうだったので割って入らせてもらう。
「そっちも色々とあるだろうし。エクソシストの仕事ははぐれを狩ることであって、魔物を狩るのはデビルハンターの領分だ。まァそこの例外もいるけど」
チラリとゼノヴィアを見る。
得意げな顔をされた。
お前、フォルトゥナで死にかけたの忘れてねェだろうな?
「デビルハンターにしろエクソシストにしろ、互いの情報交換は雑だろ? 俺はそう聞いたし、事実まともに関わった事の方が少ない」
デビルハンター同士やエクソシスト同士なら問題ないのだろうが、デビルハンターとエクソシストは相容れない者同士が多い。
「ああ、未だに上層部はその手の情報を一部の人間にしか話さないね。はぐれや魔獣、その辺りと魔物を一緒くたにしている連中も多い」
淡々と明かされるデビルハンターとエクソシストの関係に関する話を聞き、小猫達は目を丸くしている。
けど珍しくもないんだぞ? ゼノヴィアと紫藤もそうだが、エクソシスト側ですら一枚岩ではないのだ。狩る対象が変われば意見や思想、主張も変わるのだ。
「つまり、俺の事情を知らないのも仕方ないんだよ」
それに恐らく、知っていて知らせていない連中も多い。
「だけど……!」
面倒だな、こういうの。
そりゃ見方によっては美徳なんだろうが、俺からしたら厄介極まりない。
そんな俺を見かねたのか、外野が口を挟んできた。
「イリナ、本人が許すと言っているんだ。もういいだろう?」
「だな。正直そうだろうとは思ってたけど」
「……そんな繊細じゃないです」
前半二人はいい。
けど小猫、俺は結構繊細だぞ。……。場を和ませる冗談? あァ、そう。
「そう……そうね。それじゃあ改めて、プロテスタント教会所属の紫藤イリナよ」
よろしくね、と微笑む紫藤。
「デビルメイクライ所属デビルハンター、黒上涼夜」
同じように「よろしく」と言い、ここに来て漸く俺と紫藤は自己紹介をしたのだった。
……名前を知ってた理由? 小猫達に聞いた。
しかし思ってたよりフレンドリーだ。
イッセー先輩と昔馴染みらしいから、悪魔側に対して寛容になっているのか。
それとも通常時の魔人が人間にカテゴライズされるのを知っているのか。
まァ俺も無駄に敵対したいわけじゃないし、その方が助かる。
◇
改稿14/09/13