宿した者(仮)   作:雲丹

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方程式は答えない

「昔、あの状態のフリードさんと会ったことがあります」

 

 

 切っ掛けはアーシア先輩のその言葉だった。

 あの戦いの翌日、部室で行われた会話だ。

 ゼノヴィアは意識の戻った紫藤を連れて帰国して行った。紫藤には神の不在云々は伝えないことにしたらしい。まずは自分できちんと真実を調べて、その後の身の振り方を考えるのだそうだ。

 俺はケルベロスのことを聞こうと師匠達に連絡をしてみたが繋がらなかった。……ちょうど依頼が重なったのかもしれない。

 大方コカビエルの情報を得た師匠達の誰かが上手いことケルベロスを潜入させていたのだろう。そうすれば俺がケルベロスと出会えると……新たな魔具を手に入れられる。いや……どちらかと言うと一種のテストだったのかもしれない。まァこれは追々判るだろう。

 そしてフリード。

 こいつはゼノヴィア達の帰国の更に二日経ってから意識を戻した。俺の魔人化もそうだが、やはり燃費はかなり悪そうだ。

 入院場所はグレモリー系列の医療施設。その犯罪者病棟とでも言うのだろうか。

 

 

「――俺は確かにアーシアたんと面識がある」

 

 

 その一室のベッドにはフリードの姿。傷はもう大丈夫なようだがベッドの下には拘束用の魔法陣が描かれており、その四肢も鎖に繋がれている。監視の悪魔も配備済みである。……ベッドの上でなら自由に動けるだろうが、これではかなり不自由だろう。

 不機嫌そうなフリードと対面しているのは俺達オカ研の面々。

 

 

「……と言うより、命を救われたってのが正しいかね」

 

 

 どうやらアーシア先輩の言い分は真実のようだ。

 かつてまだ魔女と呼ばれる前に深い森の中で傷だらけの天使にあったのだと。「触れるな!」と威嚇してくる天使を半ば強引に癒やしたのだと。「いつか借りを返す」と言われたのだと。

 その姿が天使化したフリードだったのだと。

 

 

「だったら……だったらなんでアーシアを傷つけるような真似をした!?」

 

 

 イッセー先輩が激昂するが、フリードは小馬鹿にするような笑みを浮かべるだけだ。

 

 

「聖職者だからな、神の元に返してやろうと思ったのよーん」

 

 

「テメェ!」

 

 

 諫めようとする部長さんを振り解き、フリードの胸ぐらを掴み上げるイッセー先輩。

 凄まじい怒気だ。

 アーシア先輩も驚いてしまっている。

 尤もフリードは涼しげな顔だが。

 

 

「……どう思います?」

 

 

 ヘラヘラ笑うフリードに食って掛かるイッセー先輩。その様子を見て溜め息を吐く部長さん。フリードを観察している木場先輩。副部長さんは「あらあら」と黒い笑みを浮かべてフリードを見ている。

 そんな中、皆の一歩後ろで小猫が声を潜めて聞いてきた。

 

 

「嘘くさいな」

 

 

「ですよね……誰かさんの嘘をつく時の顔にそっくり」

 

 

「……。それはともかく」

 

 

 俺ってあんな感じで嘘ついてるのか……。気持ち悪い笑みだな。

 小猫の告白に驚かされた俺は、今後は気をつけようと決めつつも口を開いた。

 

 

「元々なに考えてるのか判らん奴だが、こっちで初めて教会であった時から妙に手緩いとは思ってた」

 

 

「それに意識を失いながらもアーシア先輩だけは攻撃しなかった……それも気になる」

 

 

 どうやら小猫も俺同様に違和感を感じていたらしい。

 

 

「アーシア先輩って教会から見捨てられたんだよな?」

 

 

「はい……そして神器も狙われてた」

 

 

 俺と小猫は顔を見合わせた。

 

 

「「あ!」」

 

 

 今までイッセー先輩の言葉ばかり聞こえていた所に急に俺と小猫が声を上げ、全員の視線が俺達に集まった。

 訝しげな顔。不思議そうな顔。心配げな顔。厄介そうな顔。

 それらを受けて、小猫は俺をベッドの方に押し出した。

 

 

「……ンだよ? ロリッ娘とイチャラブしてたリョウヤくん」

 

 

「野郎とイチャラブしてたフリードくんよォ……」

 

 

 誰がイチャラブだ! イッセー先輩が大声を上げたが無視だ。

 俺が先輩を押しのけると、解放されたフリードはあぐらをかいた。ふてぶてしい。

 

 

「お前、アーシア先輩を助けるつもりだったな?」

 

 

 はァ? と反応したフリードだが、小猫を除く他の部員達は硬直してしまっている。

 

 

「何を根拠にンなくだらねーこと言ってんだ? バグったか?」

 

 

 鼻で笑ったフリード。

 バグったとか言うな。本当のバグはうちの師匠達みたいのを言うんだ。

 

 

「レ……レ……レイ……」

 

 

「レイナーレです」

 

 

 俺が件の堕天使の名前を引っ張り出そうとしていると、横から小猫が呟いた。

 

 

「あァそうだ、レイナーレ。あいつん所にお前が身を置いたのはアーシア先輩が来日した四日前なんだってな」

 

 

 それはアーシア先輩がレイナーレの元を訪れた時、フリード自身から聞いたのだと言っていた。日常の雑談の一つだが、アーシア先輩にとってフリードは記憶によく残っていたのだそうだ。なんでも教会のオルガンを一人で弾いていたのが印象的だったとか。

 

 

「お前は仮にもエクソシスト。堕天使の下っ端が何か企んでいること……いや、お前のことだ。アーシア先輩が狙われていたのにも気が付いていたな? だからこそ急いで日本に向かい、その堕天使に接触を試みた」

 

 

「……貴方は狂犬なんて呼ばれているはぐれエクソシストです。利用価値があると踏んだレイナーレは簡単に貴方を雇いました」

 

 

 フォローのように小猫が付け足す。 

 

 

「神器を狙われた者を助けるにはどうしたらいいか? アーシア先輩は教会を追い出されている。故に天使連中は頼れない。かといって企てているのは堕天使だ。なら――悪魔はどうだ? 偶然にもこの地はグレモリーの管理地で、そのグレモリーは身内に優しいと来た」

 

 

「だからソレを利用してアーシアたんを助けさせたってか? 妄想もそこまでいくと立派だな」

 

 

「ならどうしてアーシア先輩だけは傷つけられなかった?」

 

 

 間髪入れずに言葉で切り込む。

 決めの一言だ。

 

 

「――それは……」

 

 

 それまで俺と小猫を馬鹿にするように見ていたフリードが、その一言で言葉に詰まった。

 どうせ自分でも理解してはいないのだろう。かくいう俺も、そんなこともあるのかと随分と驚かされた。

 

 

「……本当、なんですか?」

 

 

 ふらりとアーシア先輩がよろよろと躍り出てくる。その目を涙に滲ませて。

 フリードは黙っていたが、やがて舌打ちをした。

 

 

「……気が利かない連中だな」

 

 

 そう吐き捨てて、ベッドにどかりと仰向けに寝っ転がった。

 

 

「――確かに俺の目的はアーシアのことを救うことだった。最初はかっ攫って、どこぞの魔人にでも押しつけようと思ったんだがな。師弟揃って注目の的だったからやめた」

 

 

 観念したように言葉をひねり出すフリード。

 その判断は正しかったと言える。俺達は確かに魔王や堕天使総督ともつながりはある。が敵も多い。まァその敵の中に、師匠達の敵と成り得る奴がいるのかどうかは別問題なのだが。……それでも誰彼構わず救えるなどと俺達も思い上がってはいない。

 

 

「グレモリーの眷属にしたのは良いアイデアだと思ったんだが……まさか赤龍帝がいるとは予想してなかった」

 

 

 それに初めての口調だ。恐らくこれが本来のフリードの口調なのだろう。

 

 

「……俺がいたらなんだよ」

 

 

「二天龍は争いの種だ。魔王の妹ってだけならまだしも、そんな大きな火種があるとは思わなかったんだよ」

 

 

 事情を察し始めて気まずげなイッセー先輩を余所に、フリードは事も無く言い放った。

 

 

「で、今度はコカビエルのことを嗅ぎ付けたわけだ」

 

 

「リョウヤがいる時点でコカビエルなんぞは問題ないだろう。だが万が一がある。いざって時の為に協力者を装ったが……まさか俺がいいように使われるとはな」

 

 

 腹立たしいと目元を右手で覆うフリード。

 誰もが予想していなかった事実に困惑する中、その右手に手を伸ばした者がいた。

 

 

「――ありがとう、ございます」

 

 

 アーシア先輩だ。

 

 

「ずっと……ずっと心配して……守ろうとしてくれていたんですね……」

 

 

 涙を流してお礼を告げるアーシア先輩を一瞥したフリードは顔を背ける。

 

 

「……借りは返した。後はもう知らん」

 

 

 フリードの手を握り、静かに涙を流しお礼を言い続けるアーシア先輩。

 口調の荒っぽいフリードだったが、終ぞその手を振り払うことはなかった。

 その日のフリードとの面会はその真実を知るところで終わった。

 翌日に俺が尋ねると口調も態度も普段のものに戻っており腹立たしかったが、そこでやっと知りたかったことを聞くことができた。

 それはフリードの天使化の話だ。

 纏めると俺がガキだった頃、ほんの僅かな期間だけ捕らえられていた研究所の実験データを元にフリードは天使化する能力を与えられたらしい。

 それがクレド達の扱う帰天……天使化のベースとなった。つまりフリードはプロトタイプなのだそうだ。

 初期型の弊害か。内なるデビルの影響が色濃く、戦闘欲が強くなったのだと。戦闘中は自分を保っているのが楽だと。数日前に天使化した影響か今は落ち着いているのだと。フリードは言った。……俺を責めることはなかった。

 ただまァ――。

 

 

「――落とし前は付けないといけないよな」

 

 

 フリードとの話を思い出して、俺はソフトクリームの盛られたホットティーに口を付ける。

 ドリンクバーから出てきた紅茶は熱々だったが、ソフトクリームのおかげでかなり冷めてくれている。

 今日は休日、場所はカラオケ店。

 イッセー先輩に誘われていたイベントだ。

 メンバーはイッセー先輩、アーシア先輩、木場先輩、小猫に俺のオカ研メンバー。そしてイッセー先輩の友人である松田先輩と元浜先輩、桐生先輩だ。

 少し離れた部屋からはイッセー先輩の歌うアニソンが聞こえてくる。

 

 

「難しい顔をしているね」

 

 

「木場先輩……おかわり?」

 

 

 うん、と肯定しドリンクバーのホットコーナーからコーヒーをカップに注いでいく木場先輩。熱々だ……俺にはすぐに飲めそうにない。

 

 

「何を考えていたんだい?」

 

 

「んー……自分が知らない所で色々起こってたんだなってさ」

 

 

 コーヒーの注ぎ終わった先輩が俺の横で壁に寄り掛かる。

 

 

「君にも、きちんとお礼を言いたかったんだ」

 

 

 コーヒーを一口飲み、神妙な顔つきで木場先輩は切り出した。

 

 

「――ありがとう」

 

 

 ……その為にコーヒーなんて口実を作って追ってきたのか。

 微笑む先輩に俺は少し呆ける。

 

 

「別にいいよ、礼なんて」

 

 

「全部が終わったら受け取ってくれるって」

 

 

 ……言ったな。

 それは確かに俺が言った。

 あれから日が経ったのによく覚えてるもんだ。

 

 

「……どういたしまして」

 

 

 負けたとばかりに苦笑しながら言うと、先輩は笑った。まるで悪戯が成功した子供のように。……きっとこれが先輩の本当の笑顔なんだろう。

 そのこと指定して更に俺達は笑い合う。

 まるで子供だと。

 君だってコート貰った時は子供のようだったと。

 そうしているうちに少し時間をかけすぎたのか、小猫がドリンクバーまでやってきた。彼女は俺の持つ二杯目のソフトクリーム盛り紅茶を見て「いいですね」と一言。

 

 

「……先輩達が二人がいないと騒いでいます」

 

 

 温かい紅茶にソフトクリームを盛りながら小猫が教えてくれた。

 木場先輩は「長く話しすぎたね」と苦笑。釣られて俺も苦笑。そんな様子を小猫はどこか不思議そうな目で眺めてくる。

 

 

「んじゃ、小猫も注ぎ終わったし……戻ろうぜ、祐斗先輩」

 

 

「そうだね。行こうか、小猫ちゃん、涼夜くん」

 

 

 少し歩くが小猫が追いついてこない。

 俺と祐斗先輩は振り返って同時に言った。

 戻ろう、と。

 

 

「いま行きます……!」

 

 

 小猫は楽しそうに、嬉しそうに、俺達の間へと収まる。

 ご機嫌だな。そんなにソフトクリームな紅茶が美味かったのか? まァミルクティーに近いものだし、美味いよな。……カラオケのドリンクバーにソフトクリームが含まれているなんて、いい時代だなァ。

 

 

「……てか狭いな」

 

 

「でも、こういうのもいいよね」

 

 

 カラオケ店のとても広いとは言えない通路を三人で独占して歩く。

 今でこそひとがいないからいいけど、他人から見たら迷惑だろうに。

 ……ただまァ確かに。

 

 

「悪くはない、かな」

 

 

 俺の小さな呟きは個室の扉を開け放ったイッセー先輩達の声にかき消されたのだった。




とりあえず一段落。
書き溜めた分がなくなったのでまた暫く更新が遅くなります。
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