歓迎会の時間は十八時から……ならば普通はそれより早くから待機しておくべき。そんなことは俺でも判る。
にも関わらず俺とレンが妖館に戻ってきたのは十七時五十七分だった。あ、八分になった。
「ギリギリ過ぎる」
「そういう日もあるよな」
「レンが途中で色々寄るからだろ!?」
具体的には北海道フェアとか。
わかるよ!? 正直俺も時間があれば寄ってた思うよ!? けど今日は駄目だろ!!
それでもレンを一人にするのもあれなので俺も一緒したが……なんだかんだで楽しんだが! それでも常に時間を気にしてたから疲れたぞ……。
「このままラウンジへ行くか」
「無視!?」
間に合ったのか、これは!?
レンの横に並びつつ急ぎ足でラウンジに向かうと、レンがラウンジの扉に手をかけようとして……離した。
スススと俺から数歩引いたレンは「どうぞー」と細目で扉へと俺を促した。
「はァ?」
なんだこいつ……何か企んでいるのか?
俺はレン訝しみながらも扉に目を移す。
特に変わった様子はない。
……ドアノブに電流が走っていたり、高熱が帯びているかもしれないと指でつついてみるが……何もないな。
中から人の気配はあるし、大丈夫か……?
意を決して扉を開け放つ。
そんな俺は火薬の爆発音に襲われた。
パン! という乾いた音だ。
同時に俺の目が捉えたのは紙吹雪や紙テープ。
「……はい?」
さぞかし俺は間抜けな顔をしているのだろう。
口から出た言葉も気の抜けるような声だ。
扉を開けた向こうにいたクラッカーを持つカルタと
あちらこちらにクラッカーを放った住人達がおり、ほとんどのテーブルには豪勢な料理。歓迎会! とでかでかと書かれた垂れ幕まで下がっている。
「ようこそ! 妖館へー☆」
脇から飛び出して来た残夏が俺の背中をグイグイと押してくる。
されるがままにラウンジに入らされて俺は一言。
「俺の歓迎会なの!?」
こんな言葉が飛び出すのも当たり前だと思う。
全く予想していなかった。そもそも俺は歓迎会に参加していなかった側だし、再び歓迎されるなんて思わないだろう。
「……前の時はいなかったから……」
「感謝しろよな!」
膜が貼ったようにぼんやりとした雰囲気を持つ桃色の髪をした少女・
「意外にも上手く時間を合わせられたんだな」
「でしょ? 俺も頑張ったわけよ」
「ほう? 僕の時から学んだということか」
「いや途中でクロの先輩達と会えたからさー」
「なんだ偶然か……」
レンと凜々蝶も合流している。……やはりレンの役割はそういうことだったのか。最後の方の不可解な時間の浪費にも頷ける。
皆から「ようこそ」と歓迎される俺に、残夏がマイクを手渡す。
「一言お願いしまーす!」
おお?
相も変わらずハイテンションな残夏に言われて少し悩む。その間に妖館は期待するように静かになってしまった。
「……今さらな気はするけど……なんだろう……凄く嬉しい」
俺は照れくさく、頬を掻いてからゆっくりと周りを見渡す。
「――今日はわざわざありがとう」
簡素で誰でも考えられるような拙い言葉であるが、皆が優しい雰囲気で拍手を送ってくれた。
スピーチなんて経験はなかったけど……恥ずかしいなコレ。
再び騒がしくなり始めた妖館ラウンジ。
けれど誰も料理には手を出していないのは何故だろう……って俺が食い意地張ってるみたいだ。それにいない人物もいるし……。
「っていうかさ、新しい入居者が――」
言いかけて、俺が入って来た扉とは違う扉が勢いよく開け放たれた。
その音に場は静まり、視線も必然的に扉へと集まる。
そこに得意げな顔でいたのは……レンのシークレットサービスの雪小路野ばらだった。
「前座は終わったわね!!」
よく通る声だなァ……。
それに上機嫌だ。
というかやっぱり新しいひとは来るのね。
まァそれでも嬉しいものは嬉しいので全然構わない。ついでという形なのかも知れないが、それでもいい。
「この歓迎会は新しい子が来るって決まる前から考えられてたものだよ♪」
残夏が俺の耳元でそっと告げた。
「発案者はレンレン~」
耳元の振動が気持ち悪く残夏の方に視線を向けるのが遅れてしまった。……既に背を向けられている。
流石は百目。感情の機微に鋭い。
俺は息を吐いてレンの方を見る。俺は残夏ではないので何を考えているのかはわからない。けれど……後で礼を言わなきゃなァ……。
「そこ! ちゃんと注目しなさい!!」
「あ、はい」
野ばらに怒られた。
大人しくそちらに体を向けると、最初にラウンジに入った時とはまた違う衝撃が俺を襲った。
……最初に俺が開けた扉は玄関よりの扉。野ばらが今開けたのは内部の廊下側の扉。俺と新しい入居者さんを別々に配置する。それは別にいい。
けれどそこに……俺が視線を外していた隙に野ばらの横に並んだ人物から俺は目が離せない。
「……小猫ォ!?」
今日一番の驚きが俺の口から飛び出した。
その声はラウンジ中に響き渡ったが、誰もがその声に驚かなった。
「――今日からお世話になります塔城小猫です……よろしくお願いします」
俺の声で静まり返っていたラウンジにそんな澄んだ声が通り、拍手が木霊する。
姿の似通っている上に声までそっくりだ。
「ランダ……シェイプシフター……チェンジリング……いや……単に人の姿を演じられる存在なんて腐る程いるぞ……!」
特定の誰かに化けることなど、それこそ卍里にも可能な筈だ。
俺が頭を回転させている間にもこちらへと歩み寄ってくる少女。その顔は無表情で、しかしどこが怒っているようにも見える。
「そうか! ドッキリか!!」
合点がいった!
その瞬間目の前にまで来ていた少女の拳が腹部にめり込んだ。
肺の中の空気が押しだされ、口から吐出される。
「さっきから失礼過ぎる」
腹部を抑えて蹲る俺の頭上から落とされる淡々とした言葉、普段と変わらぬ甘いお菓子のような香り……俺は少女が小猫なのだと認めるほかない。
短い現実逃避だった。
「私は魔女でもないし、脱皮して人に化けもしない……そして子供でもない」
知ってるのか。流石は悪魔。そういう連中の知識はあるのね。
どうやら本日の小猫は白と薄い黄色の合わさったワンピースを着ているようで、肩に小さなカバンをかけている。……まァ似合っている。
「……妖館に?」
「そう。部長にも言われて」
……聞くと移住の案を出したのは部長さんなんだそうだ。
きっかけは俺の食生活がひどかったのを話したことで? それなら自分がイッセーの家に住み始めたように小猫も涼夜の家に住めばいい! と言われたとのこと。
あのひとは一体何を宣っているのか。
それで元々俺の住居は割れているので話を聞きに尋ねると、そこで偶然にも野ばらに会ってしまったらしい。
「で色々と話を付けた挙句、あのバアサンと直接話す機会も設けたと……暇なのか?」
「こんな可愛い子のこと放っておけるわけないでしょ!?」
ワロス。
野ばらの言い分を鼻で笑うと逆に嘲笑された。
「見なさい! 小柄な体! 慎ましいボディライン! 感情の抑えられた表情! 何よりもこのカバン! 紐が胸の間を通ることでその主張が大きくなっている! そしてそれが気になり位置を無意識に直してしまう!」
メニアック! と激しい息遣いの野ばらに釣られてついつい小猫の胸元に目を向けてしまった俺は悪いのだろうか。
ガシリと両手で俺の目を隠すように掴まれた。当然小猫に。
手のひらが瞳に当てられ、掴むように指が頭の両サイドに添えられてしまった。……これ下手やると万力みたいに潰されないか?
「……すけべ」
小猫の言いたいことは分かる。冷めた視線になるのも分かる。けれど俺は咄嗟に「待って」と口走った。
「あんなこと言われたら自然と目で追っちゃわないか? 悪意はないんだ、分かるだろ?」
「ホント最低ね、男って」
「ちょっと黙ってもらえる?」
野ばらまで責めてくる。二対一かよ、誰か援軍を……。
とは言え小猫は解放してくれたので周りを見渡すと……各々楽しみ始めていた。
例えば凜々蝶は双識に執拗に世話を焼かれているし、その近くで卍里とカルタも仲睦まじくしている。
双識以外の三人と俺は同級生なので一緒にいることは少ない……のだが、こちらを助けてくれる気はなさそうだ。
「はいはいーい! 野ばらちゃんはちょっとこっち来てよーね♪」
「はぁ? ちょっ、触んないでちょうだい」
……今度は取り残しですか。
悪態を吐く野ばらの背中を押している残夏は一度振り返りウィンクを飛ばしてくる。
「……挨拶とかは?」
「終わってる」
やっぱりか。
普通なら皆して小猫に絡みに来る筈なのに、全然その気配がない。住民の中には小猫と目が合うと手を振る者もいる。
とりあえず俺も色々と話をしておけってことなんだろう。
まァ聞きたいことは大方聞いた感があったが、とりあえず今週数日学園を欠席したのは引っ越し関連だったらしい。そのお土産がゲテモノってどういうことだ。
――妖館の入居にはいくつか条件がある。
条件の一つは普通の人間ではないこと。妖館は力の弱い者達が互いに身を守る為のコミュニティだからだ。協調性が大事になってくる。
戦える者はシークレットサービスになったりする。SSになるのも雇用するのも強制はないが、基本的に一室に一人のSSがついている。……俺はSSでもなく、つけてもいない少数派だ。一応その辺について聞いてみるか。
「私もSSはいらないし、なるつもりも……あるような、ないような……」
どっちなんだ。
小猫ならSSにはなれるだろうけども。
真面目な話、経験も増えるかもしれないし、給料も入るから悪い話ではない。……逆を言えば大なり小なり危険も増すが。危険に遭遇する可能性は低いけども。
「まァ部活もあるしな」
SSならそれなりに警護対象に着いていなくてはならない。なのでやはり、入部しているとどちらかが疎かになってしまう。
つうか腹減ったな……なんか適当に食べ物を見繕うか。
本日はバイキング形式である。
まるで高級ホテルの食事場のような状態になっているラウンジで俺と小猫は食事を摂り、色々と会話交えつつもデザートを頂く。
そうしている間に解散となり、何も用のない者達は俺と……小猫に声をかけてからラウンジを去って行く。心配はしていなかったが小猫もすぐに妖館に馴染めそうだ。
片付けを始めたメイド達を見て、邪魔にならないようにと俺達もラウンジを出る。すると出てすぐの所にテーブルが置かれ、そこにいくつか箱が並べられていた。
取っ手の付けられた……細長く清潔感のある色合いの箱だ。
これは……。
「――翠屋の?」
「引っ越し挨拶兼お礼」
小猫が横で呟いた。
あァ本当だ。テーブルの手前に置かれた紙……そこにも書いてある。
塔城小猫から皆さんへ、と書かれた紙だ。
簡単な自己紹介が書かれており、どうやらお一人様一枚一箱らしい。
「しっかし翠屋のシュークリームか」
「? ……涼夜も好きでしょう?」
「あァ、好きだな」
小猫からしたら俺の反応は妙なのだろう。
俺の好物とも言える甘味、その中でもかなりの美味しさを誇るお店の看板メニューを前に苦笑しているのだから。
「おっ! これってクロの時も買って来てくれたやつじゃん」
ちょうどラウンジから出てきたのはレンと野ばらだった。
レンは小猫の手紙とメッセージを見て嬉しそうだ。
「……そうなんですか?」
「ええ。……駒王では有名なの、小猫ちゃん?」
「隣町のお店です」
「わざわざ遠くに行く必要なんてないのに……もう! 本当に良い
嬉々としている野ばらが小猫とキャイキャイしている。……いやテンションが異様に高いのは野ばらだけだけど。小猫との対比が凄い。
「良い子だってさ、クロ」
「あれだろ、今のは娘と書いて"こ"と読む感じ」
「でしょーね。……ありがとうね、これ」
我ながら野ばらのキャラにも慣れたものだ。
レンは箱と手紙を手にとり、嬉しそうに小猫に告げた。
「あ、いえ……すいません、まさか被っているとは思いませんでした」
「気にしなくていいのよ! 全く気が利かない男共ね……」
「「どうしろと」」
一括りってことはあれかな。俺が最初に別の持ってきておけば! とか思われているのだろうか。レンは……小猫を謝らせるなって感じか。
ひっどいなー、と俺とレンが苦笑いでぼやく。
「仲良いですね」
「でしょー?」
小猫の評価が嬉しいのか、レンは俺の首に腕を回してくる。……身長差がある。レンの方が大きいのでどうしてものし掛かられるような錯覚を受けてしまう。
「……お二人もそうですが……三人共」
……そうかァ?
流石にそれは意外なのかレンも驚いている。
とりあえず俺とレンはそれぞれ手を広げて野ばらを見ることにした。
きっとレンの目は巫山戯た調子でキラキラしているに違いない。
「心底やめてちょうだい」
絶対零度の視線で返されてしまった。
……こういうノリがいつものことなので、俺とレンは大人しく離れることにする。
「きょうだいみたいですね」
消え入りそうな程の小ささで小猫が呟いた。
寂しさと悲しさを含んだ表情を一瞬だけ作っていたのも……俺は見逃さなかった。野ばらもそうだろう。だからこそ今レンに対して悪態をつき始めた。
そんな野ばらに倣って、今の小猫は俺も見なかったことにする。
「そういや小猫の部屋は?」
「……。……七号室です」
言い淀んだな。
七号室なら七階か……七……号室? 聞き覚えのある部屋だ。
「七……? 確かにフロア半分残ってたけど、改装なんてしてなかったと思うんだが……勘違いしてないか?」
八階の方は何か改装していた気がするが……。
そんなこと思っていると、出入り口付近にいると邪魔だとメイドの一人……座敷童の先祖返りに注意を受けてしまった。
仕方がないので各々移動することに。
レンと野ばらは俺達より早くにエレベーターから降りたのだが、小猫が降りることはなく……七階まで来てしまった。
二人でエレベーターから出、部屋の前まで来たのだが……俺は我が目を疑った。
段ボールの山である。
……いや……いやいやいやいや! 待て、待ってくれ、待ってください!
足下に三つだけ積み重なった段ボール、そこに貼られた紙に書かれた名義……リアス=グレモリーから塔城小猫。
「――俺退去!?」
七号室は俺の部屋だ。
七階半フロアと八階半フロアとでも言うのだろうか? とにかく二フロアを半分ずつ使った部屋の作りだ。
妖館は一部屋が一フロアなんてザラな作りだから、他の入居者と俺の部屋の広さに大差はないが……いや充分すぎる広さだが。
それでも家族でもない男女を同じ部屋には……しない、よな?
ならば俺は路頭に迷うことなるのか……いやそれも経験済みではあるけど。可能ならもう勘弁願いたいものだ。……とりあえず一日二日くらいならイッセー先輩を頼れるかな?
「違う。……詳しくは中で」
小猫は当たり前のようにカードキーを取り出し部屋の鍵を開け、三箱積み重なった段ボールを抱えて中に入っていく。
……冷静な対応を取られて俺も頭が冷えてきた。
段ボールを外に出しておいても問題はないだろうが、それでも放置ってのは気になる。なのでまずは段ボールの運び込みを済ますことにする。
部屋の廊下やリビングに段ボールを並べ始めて十分。部屋の外にあった段ボールは姿を消していた。
数は多かったが三つ四つならまとめて持てるので意外と時間はかからなかったのだ。
「――ほい、アイスティー」
リビングのテーブルを囲うソファーの一角に腰掛ける小猫の前にグラス。そしてポーションミルクとガムシロップ置く。
小猫のお礼を聞きながら俺は向かい合うソファーに座り、自分のアイスティーにミルクとガムシロップを溶かす。
「で、だ。……この流れだとアレか? 俺はイッセー先輩と同じような状況になるのか?」
「端的に言えば……そうなる」
そうなるのか……。
イッセー先輩を頼ろうと思った時に思い出したけど、あのひとも大概おかしな状況なんだよな。
親族でもない女性が自身の家族と共に暮らす……うん、普通じゃない。
まァイッセー先輩にしろ俺にしろ、普通とは言い難いんだけど。
「悟ヶ原さんと面談をした時にイッセー先輩の家庭事情を読まれてですね……ならば涼夜もそうしよう! と言い出して――」
「納得した」
小猫の言う悟ヶ原とは名の通りサトリの妖怪の先祖返りで、名前を
遠い昔に妖館を創立しSSというサービスも取り入れた尼僧姿の女の子だ。死んでも時をかけて転生し、その能力故にかつての記憶を継承している。だから精神年齢は老婆なんてレベルじゃないので、師匠達はバアさんと称していた。
それは置いておき。
サトリというのはひとの心を悟る妖怪であり、彼女の場合は能力が強過ぎるために外出すると情報を得すぎてパンクしてしまう。だから家の中から出ることが、ほとんど出来ないのだが……いや、だからこそ。
「娯楽に餓えてるからなァ……」
ひととの関わりを最低限にしている上に自宅に籠もりっぱなし……そら退屈だわ。
そういや思紋バアさんの護衛……あいつは相変わらずバトルフリークなんだろうか。前に会ったときも随分と喧嘩をふっかけられた。
「でも」
んん?
「お互いに良い影響を与えるって」
アイスティーを無意味にかき混ぜる小猫の言葉に俺は少し考え込む。
どういう意図だろうか。
サトリは心を悟る……精神感応系にカテゴライズされる能力だ。思紋バアさんの場合はオンオフが利かない分、悟れる幅は広く深い。それこそ俺や小猫が悟られれば、どちらも自覚のないところまで悟られるだろう。
「俺が思紋バアさんに会ったのはこっちに来て少ししてから……で、小猫が先日。なら的外れな言葉じゃないんだろうな」
俺が初めて思紋バアさんに会ったのはもっと昔だったが、当時からそういったアドバイスは的確だった。
「うん……どこか納得させられる……優しい声音だった」
そう。
思紋バアさんは相手のことを考えて言葉を告げる。
だからこそ先祖返りだけでなく、普通の人間にも。俺の師匠達にも信用されている。……俺自身、あのひとのことは嫌いじゃない。
「じゃあその……小猫は……いい、のか?」
歯切れの悪い俺に首を傾げる小猫。
本気で何の話かわかっていないようだ。
「だから……あれだよ……俺と一緒に住むわけだろ?」
イッセー先輩は歓喜したと聞いたし、アーシア先輩も部長さんも同じだろう。……ぶっちゃけ後者二人は感性が少しズレているので参考にならない。前者? 欲望に忠実なんだよ、わかるだろ。
ガリガリと頭を掻いて告げると小猫は「ああ」と理解した様子だ。
「大丈夫……涼夜だし」
どういう意味だ。
そう思ったがすぐに「それに」と言葉が続けられた。
「――雪小路さんに何かされたら時間は問わずに連絡しなさいって言われてる」
「……何かしたら氷漬けだな、俺」
なんか……肩の力抜けたわ。
俺が気にし過ぎていただけか。……逆か? 先輩ら含め小猫が気にしなさ過ぎなのか?
まァ俺にしろ小猫にしろ拒否権はないようなものだから、お互い特に文句がないに越したことはない。
ただそれでも他の生徒達には知られないようにすべきだな。小猫、人気だし。
幸いトイレは一階二階両フロアにある。二階にはシャワールーム、一階は浴槽付きなので二カ所汗を流せる空間もある。間違ってもそれらでエンカウントはしない筈だ。
いやでも万が一が恐いな。自分の家だし、無意識に気を抜きすぎていることもあるかもしれない。小猫とは一度は浴場で鉢合わせてしまっているが、だからといって二度目が許される事でもない。
仮にそんなトラブルが起きた場合、部長さん達に知られても面倒だ。
……一応、使っているかどうかわかるようにドアノブに付けられるプレートを買っておこう。
俺は密かにそう決めた。
16/07/14 投稿