宿した者(仮)   作:雲丹

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EX.一誠の場合

 本マグロ刺身生クリーム&カスタードバーガーの一件から週を跨いだその日。つまりは月曜日。

 登校中の小猫ちゃんと涼夜を発見。合流した俺は挨拶をしてすぐに涼夜の肩に腕を回した。

 暑いんだけど、とぼやく涼夜。

 

 

「聞きましたよ涼夜さん。貴方、小猫ちゃんと同棲し始めたんですって?」

 

 

「なにその口調……」

 

 

 大事な話です。

 煩わしげな涼夜は、助けを求めるようにチラッと後ろを見た。

 そこでは小猫ちゃんが部長とアーシアに挟まれている。状況はこちらと大差がないだろう。

 

 

「っていうか同棲じゃなくて同居だし。もしくはルームシェア」

 

 

 全然違うからと言うが、第三者からしたらその違いは小さいと思うぞ。

 ってそんなことはどうでもいい!

 

 

「で、実際のところどうなんだ? 年頃の男女が二人きりで一つ屋根の下……ってことはやっぱり――」

 

 

「年頃の女の子二人と一緒に住んでる先輩はどうなんだよ?」

 

 

 熱く語ろうとしたら遮られた。

 まぁまだ朝っぱらだし、少し自重すべきか? いや、そんなの俺って言えるかな? 言えねぇなぁ!

 

 

「俺なんか一緒に寝たり一緒に風呂に入ったりしてるぜ!!」

 

 

 ドヤ顔で答えてやると、涼夜は「あー……そッスか」と乱雑な対応である。

 声が大きすぎたのか町行く人達の視線が俺達に集まる。次いで少し後ろで「は、恥ずかしいですっ!」と頬を染めるアーシアと、「全くイッセーったら……」と頬を赤らめながら呆れる部長へと移り、俺達に……というか俺に視線が刺さる。

 嫉妬と怨念に満ちた殺人的な視線だ。

 

 

「だが俺は屈しない!!」

 

 

「屈してくれ、俺のために」

 

 

 なんだよ、涼夜。お前は冷めてるなぁ……。

 ま、こいつは女子からにしろ男子からにしろ侮蔑の視線にも慣れてないだろうからな。少しは周りを気にしてやるか。

 

 

「それでどうなんだよ?」

 

 

 俺のしつこさに折れたの涼夜である。

 深く息を吐くと口を開いてくれた。

 

 

「別にどうもない。シェアし始めて翌日には使用中とか書かれた立て札の類は買ったから、気を抜いて風呂場でエンカウントなんてこともないだろうし……」

 

 

「勿体ないな!」

 

 

 そこかー、と涼夜はツッコむ。が、俺からしたら正気の沙汰じゃない。折角女体を見れる可能性があるというのに……いや、まさか!

 

 

「お前もしかして巨乳好きか!?」

 

 

「本当にやめてくださいお願いします」

 

 

 ハッ!? またしても声を荒げてしまった。……けどいいだろ。どうせ苦情は俺にしか来ないだろうしな! 仮にお前が酷い扱いを受けるようになったら俺が……というか俺達がフォローするし。

 俺が加害者でお前が被害者の構図は既に学園中で完成してるから、簡単に俺に非を集められるだろ。自分で言ってて悲しくなってくるな。

 こう考えてみると、俺の中でオカ研の面々がどれだけ大きな存在なのか実感させられる。最初は女の子以外どうでもいいって思ってたのに……あー、なんか自分で恥ずかしくなってくるな。

 そんな照れを隠そうと口を開いた俺は、無意識に地雷を踏み抜いた。

 

 

「確かに小猫ちゃんは胸が小さ――ガッ!?」

 

 

 俺の後頭部を鈍痛が襲い、上から落ちてきた鞄を涼夜が難なくキャッチした。

 ……ナニガオコッタノデスカ?

 そんな思いを込めて涼夜見ると、ちょいちょいと後ろを指さした。

 

 

「何の話をしていたんですか、先輩?」

 

 

 無表情の小猫ちゃんが立っていた。いや、いつも無表情なのだが……なんだろう、凄味があるというか……端的に言って凄く恐い。

 部長達はまだ少し離れているし……えっと……。

 

 

「鞄投げてこっちにダッシュして来た?」

 

 

「走ってません。速歩きです」

 

 

 アッハイ。

 …………ヤバイ。無言で睨まれている。

 涼夜、俺を助けて――って今度は部長達に絡まれてやがる。

 

 

「え? 一緒に眠ってないんですか?」

 

 

「ベッドとソファーを交互にってことで話はついたんだって……」

 

 

「お互いにベッドの所有権を譲り合った結果がそれなのね……」

 

 

 驚くアーシア。疲れきった涼夜。呆れた部長。 

 そうだよね。速歩き程度の速度なら二人もすぐに合流できるよね。元々そこまで離れてたわけじゃないもんね。

 

 

「それで先輩。今いったい何の話をしていたんでしょうか?」

 

 

 鋭い視線の小猫ちゃんを前に、俺は大人しく歯を食いしばることにした。

 後から聞いた話によると、涼夜と小猫ちゃんの関係は今までとなんの変化もないらしい。

 二人らしいと言えばらしいが……いや、俺もあまりひとのことは言えないけども。涼夜達の場合は本当に何もないらしい。

 交互にベッドとソファーで眠り、交互に朝食を作り、交互に夕食を作る。風呂やトイレで鉢合わせもないし、着替えを覗いてしまうこともない。

 ……け、健全過ぎて自分が本当に汚い物のように感じるレベルだ。

 こうやって聞いてみると、どっちが普通なのかなんて明白だ。……待て。そもそも健全な男子高生ならもっと積極的にいくべきなんじゃないのか?

 

 

「その辺りはどう思います?」

 

 

 俺は自分を呼び出した男とゲームをしつつ尋ねた。当然だが名前や詳しいことは省いて。

 

 

「ま、男子高生なら手を出して然るべきだな」

 

 

 ゲームが無駄に上手いイケメンちょい悪な男は快活に笑って言い切った。

 ですよね! とはしゃぐ俺。

 自分なら確実に襲うと断言する男だ。

 

 

「けどま、その男の子にもなんかあるんじぇねーか?」

 

 

 だが男は唐突に笑みを消し、声のトーンも少し下げた。

 え? と零す俺。

 

 

「あー……あれだよ。病気……いや、トラウマ? 的な感じで女の子が苦手とか?」

 

 

 言われてみれば……でも涼夜ってそんな感じは全くないんだよな。

 部長や副部長にスキンシップもされてるし、学園の女子生徒にも慕われてる。羨まし……じゃない、ありえないだろ。

 アザゼル――後でそう名乗った男の意見を、俺はバッサリ切り落とした。

 その翌日の放課後。

 まさかの魔王様が……それも部長のお兄様が部室に来られた時は驚いた。が、涼夜のやつが魔王様と友人のように接していたのにはもっと驚かされた。

 いや、関わりがあるのは俺達も知ってたけども。

 あだ名で呼ぶは、ため口だわで……魔王様が楽しげで良かったけどさ。

 結局あの後ずっと話すわけにもいかないので、早々に解散することになったのだが。

 魔王様が宿をとっていないと言うではないか!

 俺としては部長のお兄様を無視するわけにもいかないし、フェニックスの件ではお世話になった上に迷惑をかけている。

 そんな諸々の理由で我が家にどうかと誘ったのだが……思いの外快諾された。しかもうちの両親と物凄く打ち解けてたし。

 そして現在。

 両親も既に寝静まった深夜帯だが、俺と部長とアーシアの三人はリビングのソファーに腰掛けていた。対面しているのは魔王サーゼクス様。キッチンにはグレイフィアさんもいる。

 

 

「そういえば小猫ちゃんを涼夜君の元に行かせたらしいね」

 

 

 今夜は俺と魔王様……じゃない、サーゼクス様だ。そう呼ぶようにって数時間前に言われたんだった。

 俺とサーゼクス様が同室。アーシアと部長はそれぞれの自室で眠ることになったのだが、その時に結構話をしたのだ。

 部長の部屋に泊まることになったグレイフィアさんが飲み物の入ったグラスをテーブルに置くと、サーゼクス様が少しばかり真面目そうな声音で言った。

 

 

「え? ええ、そうですけれど……」

 

 

 何か問題があったのだろうか。

 唐突でもある話題に疑問符を浮かべる部長。

 俺とアーシアもだ。

 だってあの二人に何か問題があるとは思えないし。実際なにもないらしいし。

 

 

「涼夜君があそこまで女の子と親しくしているの、見たことあるかい?」

 

 

「私の記憶にはありません」

 

 

 グレイフィアさんに確認をとると「だろうね」とサーゼクス様は頷いた。

 放課後、涼夜と小猫ちゃんは特売日だからと仲睦ましげにスーパーへと向かって行った。そんな様子を見れば、お互いに多少なり想い合っていると考えてもおかしくはない。というか何で二人が恋人同士じゃないのか、それを不思議がっている生徒は多いと聞く。

 

 

「何か問題があったでしょうか?」

 

 

 部長の表情が僅かに強張った。

 ……そう言えばイリナも当初は涼夜に良い感情を抱いていなかった。まさか――ってそれはないか。

 俺から見た涼夜とサーゼクス様は悪友、或いは年の離れた兄弟。そんな風に写った。

 グレイフィアさんも涼夜の魔法、幻影剣の練度が上がっていたのを嬉しうそうに褒めてたもんな。

 

 

「良いことだとは思う」

 

 

 サーゼクス様は言うが、どこか難しそうな顔だ。

 

 

「だが同時に――残酷でもある」

 

 

 え? と俺達全員から零れた。

 グレイフィアさんはサーゼクス様の言葉を理解しているのか、苦々しげだ。

 

 

「涼夜君にとっても、小猫ちゃんにとっても……大事な経験になる。それは間違いないだろう」

 

 

 確か涼夜も妖館のオーナーがそんなことを言っていたから納得したって言ってたな、小猫ちゃんとの同棲。

 大人の人達は涼夜と小猫ちゃんのことを深く理解している。

 

 

「思紋とて考えがあってのことだろうけど……」

 

 

 シモン? って……妖館の偉いひと、だっけか。

 顎に手を当てて小さく俯き呟いたサーゼクス様は、ゆっくりと俺達に向き直った。

 

 

「――我々悪魔と彼ら魔人、その差はなんだと思う?」

 

 

 それは唐突な問いだった。

 その言葉が指し示すのが小猫ちゃんと涼夜なのか。俺達と涼夜達なのか。それすらも分からないままに俺達は頭を捻る。

 そんな俺達の様子に「どんな小さなことでもいいよ」とサーゼクス様は付け足した。

 

 

「種族、ですか?」

 

 

 部長の言葉に「そう、そういう違いを出してごらんなさい」とサーゼクス様。

 

 

「……悪魔は基本的に姿が変わらないですけど、魔人は変わりますよね?」

 

 

「えっと……悪魔は太陽等が苦手ですけど、涼夜君はそんなことないって言っていました」

 

 

 俺やアーシアの言葉にもサーゼクス様は頷く。

 それからも三人でポツポツと意見を出しては、それをサーゼクス様が肯定するという繰り返しだ。

 ……悪魔より魔人の方が再生力が高いことなど、俺が知ってるのは涼夜から直接聞いたことだけなんだけど。

 

 

「やっぱり結構知らされてはいるみたいだね」

 

 

 ふぅ、と小さく。けれども深い溜め息を零したサーゼクス様。

 

 

「リアスは二人を恋人にでもしたいのかな?」

 

 

「え?」

 

 

 またしても唐突な問いかけに、部長はしどろもどろになりながらも口を開く。

 

 

「その……二人の相性は誰の目にも明らかですし……小猫があんな風に心を開いたのは男の子は涼夜が初めてで――」

 

 

「涼夜君にとってもあそこまで親しくなった同年代の女の子は初めてだろう」

 

 

 部長に少し被せる形でサーゼクス様が口を挟んだ。

 部長はまるで叱られているかのような様子だ。けれど……それの一体なにが問題なんだろうか。

 涼夜は普通に人気だ。しかし一般人と関係を持つわけにはいかない。それは俺でも理解出来る。しかし小猫ちゃんは悪魔で、いうなれば涼夜とは似たようなものだ。

 互いがどういう存在なのかも知っている。

 ――そんな風に考えていた俺達の思考は、次のサーゼクス様の言葉で凍り付いた。

 

 

「……魔人の寿命は人間のそれと大差がない。それこそ百年も生きられれば大往生だ」

 

 

 は、い?

 寿命が……人間? 百年生きられれば良い?

 まるで鈍器で頭を殴られたような衝撃を味わった。

 部長は目を見開き、アーシアは驚きに開いた口を両手で隠している。そんな二人の目には、すぐに悲しみの色が映った。

 

 

「現存する魔人は皆が皆、強大な力を持っている。それは涼夜君を知る君たちならば自ずと理解できるね?」

 

 

 サーゼクス様は俺達の様子を見、心情をも察したのだろうか。痛ましいものを見ているかのようだ。……いや、サーゼクス様は涼夜と小猫ちゃんを思っているのかもしれない。

 

 

「彼の師であるダンテとバージル。彼らも魔人で、その実力は……魔王や堕天使総督、大天使ですらも優に上回る」

 

 

 それってつまり……今度の会談に集まる誰よりも強いってことじゃないか……。

 そんな存在の寿命が……人間と同じ?

 いや待て……なら……!

 

 

「まさか……それだけの存在を無視する理由は……!!」

 

 

 部長も俺と同じことに思い至ったようだ。

 拳を握り、声と共に振るわせている。

 

 

「放っておいても、近いうちに死ぬからだよ」

 

 

 悪魔の寿命は百年二百年なんてものじゃない。天使や堕天使もそうだろう。なのに強大な力を持つ魔人は人間と同等の寿命。

 長い時を生きる悪魔達にとって百年なんて一瞬の出来事。そういうことかよ……。

 

 

「魔人を討とうとすれば甚大な被害を及ぼす。けれど少し時間が経てば勝手に死ぬ。ならば手を出す必要はないだろう?」

 

 

 けど! と部長は声を荒げた。

 

 

「悪魔に転生させれば……!」

 

 

 そうだ! そうすれば寿命だって……!

 

 

「悪魔の駒は魔人には作用しない。何故なら魔物は未だに未知数な生命体だからだ」

 

 

 アーシアが涙を流す。それは涼夜との別れを明確に感じてしまったからなのか。それとも涼夜と小猫ちゃん、二人の未来に悲しんだのか。俺にはわからない。

 ただ俺は……どうして涼夜が小猫ちゃんとの仲を否定するのかを知ってしまった。二人の仲のことで、俺は何度も涼夜を茶化している。

 あいつは……一体どんな気持ちで……!

 くそ、なんで俺は、あんなこと……。

 

 

「それに……魔人というのは揃って人間であることに誇りを持っているんだ。仮に悪魔の駒が使えたとして、簡単には了承してはくれないだろう」

 

 

 だからこそ私達も彼らに惹かれたのかもしれないね。

 そう言ったサーゼクス様は、とても儚げで、悲しそうで。

 ……そうだ。サーゼクス様は俺達よりも早くに涼夜と知り合っている。そしてその師匠とも。

 人間であることが誇りならば……人としての生を全うしたい。

 それが分かっていても……やりきれないのだろう。俺だってそうだ。

 

 

「君たちを責めるつもりはない。そもそも妖館側も許可を出しているわけだしね」

 

 

 自責の念にとらわれている俺達を慰めるようにサーゼクス様が微笑む。

 

 

「あそこのコミュニティのリーダーはサトリ妖怪だから……何か理由があってだとは思うが」

 

 

「……それも全く想像ができないわけではないですけどね」

 

 

 黙っていたグレイフィアさんの言葉に、意外にもサーゼクス様は驚いたように目を見開いた。

 そのまま見つめられたグレイフィアさんは「この場では……」と言葉を濁す。

 俺達も気になりはしたが、特にそのことを追求する者はいない。が今までの話題が少し……衝撃的過ぎた。

 グレイフィアさんが言わないってことは、俺達には教えられないということで。そのことを涼夜の意思抜きに俺達に伝えることが憚れたってこと。

 信用云々の話ではないんだろう。

 ――でもやっぱり……本人からちゃんと聞きたいなぁ。そう思ってしまうのは俺の我儘なんだろうが、それでもそう思わずにはいられなかった。

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