相変わらず亀更新ですが、今年もよろしくおねがします。
昨日、俺達オカ研は生徒会よりプール掃除の任を任されていた。
掃除をしたら、部員達だけでプールを一番最初に使っても良いということだったので、部長さんは快諾したらしい。
まァ掃除の後の余った時間ではなく、翌日の放課後を丸ごと使えるとのことだったので良い取り引きだったもだろう。
イッセー先輩が部長さんと副部長さん、アーシア先輩に捕まっているのを横目に俺は大きく体を伸ばす。
俺も今日は水着だ。
アーシア先輩のように学校指定の水着でもなければ、部長さんと副部長さんのように布面積が異常に少ない水着でもない。
先日、オカ研男衆で買い物に行った際に買っておいた膝下程の長さの短パン型である……七分丈とでも言うのだろうか? とにかくメインカラーは黒で、所々に赤や青で模様が施された……一般的なものだ。
上は一応一枚羽織っているのだが、特に意味はない。せいぜい背中が見えないといいなレベルだ。
皆が気にするとは思えないが、見て気分の良いものでもない。そんな配慮である。
「……卑猥な目つきで見られないのも、それはそれで複雑だった」
小猫が、何とも言えない声音でぼやく。
彼女の水着はアーシア先輩と同じで学校指定の物である。それは別に構わないのだが、何故名前の刺繍がひらがななのか。しかも苗字ではなく名前。
向こうのアーシア先輩も"あーしあ"と書かれていたが、やはりというか同じ水着の小猫も"こねこ"と胸に書かれている。
「乙女心ってやつ?」
イッセー先輩の視線の話なんだろうが……俺は苦笑するしかない。
マスコットらしさ全開だ、と告げておく。
「乙女心です……実際どうですか? この水着は」
「俺に訊くのか」
それは学校の指定だろ。大して気にしている風ではないが、せめて自分で見繕ったものを着て見せてくれと言いたい。
「とりあえず……撮る?」
「変態」
手元の防水カメラを掲げるとゴミを見るような目で見られた。
しかも一蹴である。
予想通りの対応に「あっはっは」と俺は笑う。
とはいえカメラ自体は俺が用意した物ではない。
「プールで遊べるのが野ばらにバレて渡されたんだよね、これ」
苦笑すると、小猫は納得したように「ああ……」と零して遠い目をした。まァ会う度に過度に構われていればこういう反応になるだろう。
「撮るんですか?」
「いいんですか?」
「ないです」
ですよねー。
けどまァ最後に集合写真くらいは撮っておきたいと思ってしまう。後でダメ元で提案してみよう。……祐斗先輩は今日来れてないけど、用事じゃ仕方ない。
ポンポンと軽く上に投げてはキャッチを繰り返されたカメラをプールの縁に置いて、ほぼ直立のまま中に落ちる。
冷てェ!
「……それは脱がないの?」
小猫は目で羽織ってるパーカー示しながら、ゆっくりとした動きでプールに入ってくる。
「まァ脱いでもいいんだけどな」
水に入ってしまえば服は浮いてしまうので傷を隠しきることは出来ない。前のファスナーを閉めてしまえば話は別だが、プールに入ってそれはどうかとも思う。
そんな着こなし方をしているので、オカ研の面々は俺が傷を見られることに対して抵抗が少ない。そう思っていることだろう。
「授業用にはラッシュガードも買ってあるわけだし」
そもそも水着を買うことになったのが男性の先輩達に「プールの授業が始まるじゃん? 傷多いし見学したいんだけど、なんか言い訳ない?」と聞いたことが始まりである。
言い訳を色々と出し合う俺とイッセー先輩に祐斗先輩の言った「ラッシュガードって言う水着として使える上着があるよ」はまさに天恵だったと言える。
ラッシュガードの使用許可は「体質的に日光が云々」で一発だった。これでも普段の授業態度は悪くないしな。
「俺の体見たいか?」
「自意識過剰」
ツッコみが冴えてるなァ……プールのみたいだ。と言ったら「別に上手くない」と一撃で轟沈した。
Oh……と口から漏らしながらも、ゆったりとした動作でプールに体を落とした小猫に両手を差し出す。
その手を小猫はとった。
「ぼちぼち始めるか」
「……よろしくお願いします」
小猫は泳げないのだそうだ。
本人からそう聞き、これまた本人に練習に協力してほしいと頼まれたのだ。
俺が後ろに少しずつ歩き小猫の手を引き、小猫はバタ足をしながら時折息継ぎをしている。
辺りを見ると部長さんと副部長さんは何やら競争をしているみたいだ。速い速い、流石に基礎スペックが一般人と比べると圧倒的だ。
ちなみに、イッセー先輩はアーシア先輩の練習に付き合っている。
「男冥利につきるなぁ……!」
俺と同じで後ろに歩くイッセー先輩とすれ違うと、そんなことを言われた。普段道りの先輩である。
ぷはー、と息継ぎをしながらバタ足をする小猫。
小動物的で、凄く一生懸命だ。……つうか俺、別に泳ぎが得意ってわけじゃないんだけどな。いや泳げるけどさ、誰かに教えてもらったとかじゃないんだよ。
「――っと、着いたぞ」
二十五メートルを泳ぎ切った子猫は、止まるのが間に合わずに勢いのままぶつかって来る。
「……ごめん、言うの遅かったな」
「……いえ」
反省した。
偶然とはいえ、抱き合うような形になってしまったからである。
すぐに離れたし、「お気になさらず」と小猫は言うが、その白い頬はほんのり赤くなっている。……多分俺も同じであろう。
家でもイッセー先輩曰く「嬉し恥ずかしイベント」が起きることはなかったので、小さなことにも関わらずガラにもなく照れてしまった……のだが、イッセー先輩が何故か神器を発動させたのでそちらを見……割と本気で冷めた。
いま先輩は潜っているのだが、その視線の先は部長さんと副部長さん。
部長さん達、今度は戯れ始めたようなのだが……イッセー先輩は視力強化してやがるな?
「なんて無駄な使い方を……」
「あァ……赤龍に同情するわ」
良い感じに空気が変わり、俺達も冷静さを取り戻したので練習を再開することにする。
プールを数往復した後、先に上がっていたアーシア先輩とイッセー先輩の側で俺達も休憩することにした。
四人で数枚の写真を撮ってすぐに、アーシア先輩はビニールシートの上で眠りに落ちてしまったみたいだ。
「……絶対に嫁にはあげられない」
……イッセー先輩がもらってやるんじゃないのか。
ここでそう言うと小猫を使ったカウンターが来そうなので言わないが、そんなことを思う。
先輩は俺と小猫がどうこうと言うが、俺に言わせれば「なんでイッセー先輩はアーシア先輩か部長さんと関係を持たないんだ?」である。
ハーレム王を目指しているなんて言いながらも、同居し、一緒に寝、風呂まで一緒、それでなんのアクションもとらないイッセー先輩は中々に不思議だ。
今だって先輩は反対側の部長さんに呼ばれて……肌に直接オイルを塗り始めている。
「あー……超平和」
「眠くなりますね……」
夏なので気温は高いのだろうが、さっきまでプールに入っていたし、風も少しある。パラソルの下は気持ちの良い空間だ。
小さく欠伸をする小猫に「寝ちゃえよ」と告げ、俺もシートに寝っ転がる。
倣うように小猫も仰向けに体を倒した。
アーシア先輩、小猫、俺がシートを占領である。
そのまま眠りに落ち……落ち……落ちれない。
反対側が騒がしくなってきている。
「――貴女だって処女じゃないの!」
「――なら今すぐにもらってもらうわ!」
部長さんと副部長さんが、なんか凄いこと言いはじめた。
しかも後者に至っては素が出てきている。
「……退避しましょう」
「だな……アーシア先輩よろしく」
小猫が起こさないようにアーシア先輩を抱き上げ、俺は置いてあったカメラやペットボトル、そしてビニールシートを抱えてプールサイドを離れることに決定した。
いやだって魔力高め始めたし。巻き込まれたら危ないし。
イッセー先輩がこちらに助けを求めている気がしたが、とりあえず二人揃ってスルーすることにした。
猛獣が二匹いる檻に放り込まれた肉を回収するのは危険なんだ。
「人避け人避けっと」
オカ研がプールを使うことは他の生徒達に知られていないので人は集まっていないが、派手に暴れてしまえば否が応にも目を引く。まァ部長さん達も加減はしていたようだが……保険というやつだ。
一時的な避難場所として入ったのは用具室。
俺達は男女だ。更衣室に入ると、どちらかが異性の方に入らなくてはいけなくなる。それは互いに抵抗があったのだ。
中に入ると同時に俺は人避けの術を使いシートをしき、小猫はそこにアーシア先輩を優しく寝かせてから腰を下ろした。
「――おや、三人揃ってどうした……っと、外が騒がしいな」
奥からゆらりとゼノヴィアが現れた。
……いやなんでだよ。
「部長達がイッセー先輩を
小猫はそのまま「逆に先輩はここで何をしているんですか?」と続けた。
まァ当然の疑問である。俺も疑問だったし。ずっとここにいたのか、ゼノヴィアは。
「うん? ああ、水着を着るのは初めてでね」
んん? 着るのに時間がかかったとかそういう話なのか。
でもだからなんで更衣室じゃなく用具室なんだ。
「着るのに手間取ったんだが……似合うかな?」
そう言ってその場でターンして見せるゼノヴィア。
部長さん達とは違い、普通の露出度のビキニである。
こうして見ると、彼女も体は引き締まっている。この学園でも男子から人気は高そうな気がする。学年が違うから余り話は聞かないのだが。
「やっぱり……大きい……」
小猫が掠れる程の声音で呟いていた。横目に様子を窺うと、目が死んでいるようにも見える。
……確かにビキニは体の凹凸がよく分かる。ゼノヴィアも……部長さんや副部長さんには劣るだろうが、それでも大きい。何がとは言わないが。
小猫には触れないでおこう。
「似合ってる似合ってる。制服ん時も思ったけど、ゼノヴィアがそういう格好なのは新鮮だな」
「まぁ……私自身もファッションには興味がなかったしね」
褒められて気分をよくしたのか、少し照れたようにしながらも苦笑いのゼノヴィア。本当に新鮮である。
「けど私も身の上が変わったし、女らしい娯楽を得たいと……最近は思っている」
へェ……あのゼノヴィアが、ねェ? 戦士としてはマイナスなのかもしれないが、俺からしたら今の方がよっぽど好感を持てる。
いいじゃん、と相づちをしながら俺はペットボトルに手を伸ばした。
「それで黒上涼夜……頼みがあるんだ」
「んー?」
かしこまった顔を作ったゼノヴィアに対して、俺はペットボトルに口を付けていたので雑な返事をしてしまった。
なんだ、真面目な話か?
「私と子供を作って欲しい」
ぶっはァ!! と勢いよく俺の口からスポーツドリンクが霧状に噴射された。
アーシア先輩は後ろ、小猫は横にいてくれて良かった。
「大丈夫か? ほら、タオルだ」
「……お、おう……さんきゅ」
ゲホゲホと噎せ返りながらも俺は、近くにまで寄ってきたゼノヴィアからタオルを受け取る。
口周りを拭き、呼吸を整え、今度はこちらから問いかけた。
「で、なんだって?」
「私と子作りをしよう」
んん?
首を傾げる俺は悪くないだろう。
「涼夜、私と子供を作ろう」
……横の小猫が凄い形相になっている。具体的には「この先輩は何を言っているんだ」「イッセー先輩と同類なのか」といったドン引きしている顔付きである。
「あー……ちょっと待て。俺が知らないうちに言語の形態が変わったのかもしれない。お前の言葉が変に翻訳されてそうだから、悪いんだけど英語で言ってみてくれ」
「子作りしよう」
あァそうか、こいつ最初っから英語話してるから翻訳結果は変わらないのか。
フリードが当たり前のように日本語を話してたから、普通に勘違いしていた。
俺は大きく溜め息を吐いた。
「――お前、馬鹿だろ?」
そんな言葉しか出なかった俺を許してほしい。
ゼノヴィアは「失礼な」と言うが、これ俺がおかしいの? 言ってること完全に痴女だよ? 知り合いじゃなかったら通報レベルだろ。
などと思っている間に、ゼノヴィアはその理由を話し始めた。
「神に仕えている間は女の喜びを捨てていた。けれど今は悪魔だ。悪魔は欲の生き物、好きに生きてみなさい……とは現主の言葉だ」
あ、また部長さんの差し金?
「デビルハンターとしての太成は謂わば仕事の目標。ならプライベートの目標は何か?」
「それが、子供ですか……」
小猫を肯定するように頷くゼノヴィア。
だが結局意味がわからないんだが。
いやプライベートの目標が子供って……。
「それはもしかしてプロポーズですか?」
小猫の言葉に「うん?」と零す俺。
「いえ……将来子供を授かりたいという意味にもとれるかな、と思いまして」
あァ……あァ! そうだよな! 何も今すぐにほしいとかじゃないんだったら、そういう考え方もあるのか!
流石は今をときめく女子高生! 俺にはそこまで考えることなんてできなかった。
「なるほど、そういうのもありか……」
お前も考えてなかったのかよ!
あー……もう、全く。
一周回って冷静になってきたぞ。
俺はガリガリと乱雑に頭を掻く。
「俺は子供を作る気はない」
こんなこと口にするのは生まれて初めてである。
会話を続けていた小猫とゼノヴィアの視線が俺に集まる。
「万が一のことを考えて、そういう行為をするつもりがそもそもない」
イッセー先輩は「夏! 童貞を捨てられる可能性の大きな季節!!」とはしゃいでいたが、俺は生涯を童貞で終えたい。というか終える。そう決めている。
「自分の子供が、孫が、ひ孫が……魔人になってしまった時、俺と同じように……いや、俺より凄惨な運命を辿ってしまうかもしれない――そんなのは嫌だ」
ハッキリと口にすると、二人が息を飲んだ。
「自分の手で護ればいい……なんてことは言うなよ? 俺なんてすぐに死ぬ」
「なっ! お前は魔人だろう! それも高位の――」
ゼノヴィアの顔色を読んで先手を打つと、思っていた通りの反応が返ってきた。
声を荒げたゼノヴィアと打って変わって冷静に、淡々と小猫が呟く。
「寿命、ですか……?」
こちらを悲しそうに見上げる小猫に、俺は少し困ってしまう。けれど……言うのは早い方が、いい。俺にとっても、彼女達にとっても。……いや、既に遅いかもしれないくらいだ。
「小猫は写真でダンテを見てたもんな……ゼノヴィアも師匠は知ってるだろ?」
「あっ……」
思い至ったようだ。
俺の師匠にして魔人であるダンテは、既に老化が始まっている。いや、生まれた時から老化は始まっているのだ。
成長していくが、それは同時に老いていくことでもあるのだから。
「俺はお前達より先に死ぬ、ほぼ確実に。……それが老いなのか、戦死なのかは分からないけどな」
前者の理由なら確実だ。
それに一説によると魔物と人間の間で身籠もる確率は人間同士の半分以下なのだという。そして生まれた魔人が子を成そうとすると確率は更に下がる。
生まれて来た子供がひとの形をしていない等の理由で体内機能が滅茶苦茶になり、生まれ落ちると同時に息を引き取る可能性も高いらしい。
考えてみれば当然なのだ、どちらも違う存在なのだから。
スパーダが双子に恵まれたのは、その奇跡と呼べる事象を引き当てるために入念な準備をしていたからというのは、よく聞く話だ。
「だからさ……ごめん」
俺は身勝手なんだ。
そんな思いを俺がしたくない。そんな理由で未来を賭けることができない。
誰かを愛して、結婚して、子供が生まれて、そんなありふれた未来を想像したことがないと言えば嘘だ。
初めて学校に通って、色んなひとに会って――忘れかけていた"普通の生活"というものに触れた。
人並みの幸福に、憧れた。
憧れたけど、手は伸ばさない。
手は……伸ばせないのだ。