用具室の件から数日が経過した。
あれから俺自身は特に変わりなく過ごせている。
イッセー先輩はヴァーリと出会ったようだが、それも部長さん達が気にするほどのことではない筈だ。
ヴァーリは強者と戦いたいのであって、今のイッセー先輩には興味ないだろうしな……尤も今後どうなるかは分からないが。
大きな問題だったのは、やはり俺と小猫とゼノヴィアの関係だろう。あの時――俺が自身の寿命や考えを打ち明けた後、イッセー先輩が部長さんと副部長さんの弾幕と共に用具室に突貫。その場は有耶無耶になってしまっていた。
とは言え、その日のうちに部長さんと話す時間は作れている。何せ眷属二人の様子が可笑しかったのだ、主である部長さんが気がつかない理由はない。
「そう……お兄様の言っていたことは本当だったのね」
事のあらましを聞いて部長さんの表情は陰った。話を聞くに、サーゼクスから多少は聞いていたらしい。
……その日、小猫とゼノヴィアは部長さんの家に泊まることになった。アーシア先輩と副部長さんも集合の、女の子のお泊まり会だ。
俺は俺でイッセー先輩宅に泊まることになった。祐斗先輩も呼び、男だらけのお泊まり会である。
俺はイッセー先輩達に事情を説明したが、部長さん達も色々と小猫達をフォローしてくれたのだろう。
翌日には元の生活に戻ることができた。これに関しては俺と小猫とゼノヴィアが、互いに気を遣っただけの可能性が高いのだが、特に何か言い合うことはなかった。
俺の事情を話してくれていたゼクスにも感謝である。
「もうすぐ授業参観か……歩んとこは誰か来るのか?」
昼休み。
窓際に席ののある小猫を中心に、本日は教室で弁当をつついていた。
メンバーは俺と。
「授業参観のお知らせのプリントは、貰ったその日に処分した」
鳴海歩。
「ふふ、何ですか、それ?」
転校生の黒城みう。
長い黒髪と大和撫子な雰囲気が特徴的な彼女は、イッセー先輩曰く「ダイナマイトボディ」である。転校して来たばかりにも関わらず、既に多くの男子から告白を受けている……らしい。
俺や小猫、歩は初日からみうに気に入られたらしく、是非とも名前で呼んでください、とお願いされている。俺と小猫はともかく、歩は一貫して苗字呼びだが。
そんな美貌と人当たりの良さを兼ね備えた少女……黒城みうは、いつも通りのクールな素振りで発せられた歩の言葉に、愉快げに返した。
「……小学生の頃、授業参観のプリントを兄貴に見せずに隠しておいたら……当日の朝に発見されてな。わざわざ仕事を早退して参観に来られたんだ。それ以来この手のプリントは即刻捨てるようにしてる」
歩は心底から忌々しげに零す。
「……お兄さんですか?」
当然ながら小猫も一緒である。
うちのクラスでは、お馴染みの四人組で認知されているメンバーだ。
初めて上がった歩の家族の話題であったが、なんとも複雑そうな対応だったために小猫が首を傾げた。
「……俺は兄貴と、その奥さんの住んでる部屋に住まわせてもらってるんだよ。だからってわけじゃないんだろうが、その手のイベントは兄貴が嫌がらせのように参加してくる」
歩は何かを思い出したのか疲れの含まれた無表情で、その雰囲気は既に諦観の域である。
「え? それ気まずくないんですか?」
「出てくって言ったのに兄貴がさせなかったんだよ……」
驚いた様子のみうに、歩はやはり諦めの混じった雰囲気だ。
――俺、歩、小猫、みう……最近はこの四人で昼食を共にすることが多い。
っと、歩が俺に視線を送って来ている。質問攻めをやめさせてほしいんだろうか。……そうなんだろうな。元々、長い会話を楽しむようなタイプでもない。
「けどあれか、歩んとこは誰も来ないのか」
「来ないし、極力来させないように務める」
みうが僅かに上がったテンションで小猫に絡みに行くのを見て、女の子って三角関係とか気まずいネタが好きだよなァなどと思う。
話しかけられれば言葉を返すし、時折ひとの会話にツッコみを入れる歩は、話題の中心になっていたからか既に疲れ気味だ。そんな歩へのフォローのつもりで、俺が適当に振った話題だったが……以外にも続けられそうだった。みうが乗っかったのだ。
「あ、私も来ないと思います」
「……私もですね」
ついでとばかりに小猫も、普段通りの表情で乗ってくる。
「……まァ俺もだけどさ」
どうやら全員の共通点だったようだ。
なんとも言えない空気の後、自然と笑みが漏れた。
「同盟だな」
「授業参観に誰も来ない同盟ですか?」
「……寂しい同盟」
「そこに一緒にされるのも嫌だな」
俺の言葉にみうが楽しげに笑い、小猫が便乗して、歩がツッコみめいた言葉を入れる。全く噛み合わなそうな面々で、こうも会話が弾むのは楽しいものだ。
今日も今日とて平和な一日が過ぎていく。
その日の放課後。俺達オカ研の面々は、旧校舎の開かずの間となっている教室の前で、一人の悪魔と初の対面をしていた。
名前はギャスパー=ヴラディ。
部長さんの
金髪と赤い双眸、人形のような端正な顔立ちの……女装少年だ。
部長さんを通して自己紹介をしたまでは良かったのだが、部屋から出たくないと駄々をこねているのが現状だった。
「眼、か……」
俺は小さく呟くが、イッセー先輩のギャスパーが男だという事実に対する驚きからの絶叫にかき消された。
彼……ギャスパーの眼は普通のものではなさそうだ。魔眼の類……いや、神器だろうか。どういったものなのかは置いておき、かなりの代物っぽい。
あ、イッセー先輩が業を煮やしてギャスパーの腕をつかみ取った。美少女なのではなく美少年なのが分かって、少しばかり遠慮がなくなったようだ。
「ヒィィィィ!」
ギャスパーの中性的な声で絶叫が上がり――!
「時を停めた……!?」
未だに響く絶叫を無視して、俺は覚えのある感覚に驚愕した。
ひとの時は停められていないように見えるが、そうでなくとも強力過ぎる能力だ。
「な、なんで動けるんですかぁぁぁぁぁぁぁ!?」
その言葉に「は?」とイッセー先輩が首を傾げたが、俺が不意を付くようにイッセー先輩の腕を捻ると、ギャスパーは解放され……叫きながら教室の奥へと走り去って行く。
「涼夜ー……少し痛いぞ」
「あァ、ごめん」
なんなんだよ? と俺を見るイッセー先輩に苦笑いを返すと、部長さんが「驚いたわ」と呟いた。
聞くとギャスパーの眼は神器で、
停止世界の邪眼は、視界に入ったモノの時間を停止させる強力かつ凶悪な代物。
それを制御できないという理由で、ギャスパーは深夜帯以外は封印されていたらしい。
しかし今回、部長さんはフェニックスやコカビエルの一件を評価されて、ギャスパーの封印解除が許されたとのこと。
部長さんが驚いた理由については。
「いまギャスパーの視界には皆が入っていたわ……にも関わらず全員が動けていたから」
今までは小猫と祐斗先輩、副部長さんも停められてしまっていたらしい。
部長さんは何処か誇らしげで、停められていたという三人も驚きながらも嬉しそうだ。
「涼夜は……まぁ平気だろうとは思っていたのだけれど」
「まァ師匠がな……」
停めるからね、時間。
昔は周囲の時間だけを緩やかにして自分だけ高速化とか言ってたけど、それはそれで異常だろうに。普通は魔力で強引に時間を停めるなんて事できないのだ。
「まさか貴方も……」
「ないない……」
部長さんは俺が時間停止を可能なのかと疑ったが、俺はキッパリと首を横に振る。
俺も憧れたことはあるが……無理。感覚が鋭敏になりすぎて周囲がスローモーションに見える、なんて経験はあるけれど……実際に時間を停めるなんてことは経験がない。……停められた経験は何度もあるけどな!
「敢えて動ける理由を上げるなら……皆俺が会った時よりも魔力は上がってるし、対魔力が高まってるんじゃないのか? 他なら……赤龍とか、聖魔剣とか、聖剣とか?」
「後者だと含まれない子もいるから……前者でしょうね」
だろうね、と部長さんの分析を肯定する。
結局その日、ギャスパーが部屋から出てくることはなかった。
部長さんは眷属の成長が嬉しいが、同時に引きこもりの終わらない眷属もいて複雑そうである。
とりあえずということで、俺はギャスパーのことを頼まれた。
それから一夜明け、一先ず旧知の仲であるという小猫に任せてみたが……どうやら失敗だったようだ。
ニンニクを持ってギャスパーをおっかけ始めたからである。
今ではゼノヴィアまでもが、聖剣片手にギャスパーを追いかけ回している。
場所は人避けの結界の張られた旧校舎、その裏なので人目につく心配はないが……。
「ギャーくん、ニンニクを食べれば健康になれる」
「デイウォーカーなら本当に日中も元気なんだな……ほら、急がないと聖剣が当たるよ」
鬼か!
「いやああああああああああああ、いじめないでえええええええええ!!」
ニンニクは……まァ良いとしても、制御できてない聖剣は問題だろうに。当てないようにしているのだろうが、それでももし当たってしまえば死ぬぞ、それ。聖剣云々はともかく、剣の腕という意味ならゼノヴィアも素人ではないので、早々当てることはないんだろうが……。
何が問題って、小猫とゼノヴィアの二人が至って真面目にやっているということだろう。
「涼夜……あれは大丈夫なのか? いやお前も大概酷い鍛え方をしてくれたけど、一応木刀とかゴム弾とかだったろ?」
「えっ、そんな特訓受けてんの?」
横のイッセー先輩が半ば引き攣った顔で俺に問い、匙先輩がなんとも言えない表情を浮かべた。
「脱引きこもりと神器制御が目的なんだし、意味はないだろ。……しゃーないか」
溜め息を吐いた俺は、トントンと数度地面を蹴ってから……追われる側と追う側の間に割り込んだ。
足下に溜めた魔力を爆発させた移動術だ。瞬間的な加速が凄いので、戦闘で使う者も多い。
「まァ待てって」
デュランダルをアラストルで受け止め、小猫を体で受け止める。
甲高い金属音と、ぼすっと体に小猫がぶつかる音が耳に入った。
「「む……」」
遮られた両者は不満げである。
ゼノヴィアは中途半端な終わり方で、小猫は……同学年で遠慮のいらない相手との戯れに邪魔をされたから辺りが妥当かな。
ちなみに俺の持つ魔剣アラストルは、先ほどまではネックレスになっていた。
そのままの形でサイズだけ小さくなったネックレスだ。
前々からアザゼルに相談していた魔具の持ち運びは、ここに来て漸く解決した。
ちなみに魔剣自体が小さくなったのではなく、アラストルのデザインのネックレスに空間収納機能が付いているというもの。
収納先はアラストルの希望で雷の迸る空間になっているので、なんでもかんでも収納はできない……というより最早アラストル専用である。
腰のベルト通しには、小さくなったケルベロスもぶらさがっている。こちらはケルベロス本人……いや、本犬か。
「――大丈夫か?」
剣を持つ腕を下ろし振り返ると、既にギャスパーは木陰に隠れてしまっている。
「……参ったな。ここまで怯えられるとは思ってなかった」
ついついそんな言葉を零してしまう。
恐怖の視線で俺を観察しているのを見るに、彼は俺を……魔人という種を恐れているようだ。
ネットか何かで変に情報だけを知っていたのか……いや、悪魔なら魔人の存在を知っていてもおかしくはない。現に部長さん達は、僅かではあるが知っていた。そして彼女達から俺が魔人だという説明はされている、か。
とりあえず魔剣は消そう。
「別に敵対の意思はないぜ?」
アラストルを仕舞い、両手を開いて無害アピールをするも、ギャスパーは俺の言葉が発せられた時に体をビクつかせただけである。一見しただけでも小猫とゼノヴィアを遥かに上回る恐怖の宿る目で、俺を見ているのが分かる。
うむ、これは駄目だな。
俺がいるのはよくない。
何をしても怯えられてしまうが目に見えている。
「……匙先輩に手伝ってもらえば神器の力を弱らせることができるだろうから、それで制御の感覚を覚えるのが一番てっとり早いと思うぞ」
そうイッセー先輩に告げ、俺は旧校舎の屋上まで一気に跳躍した。
少し驚いた様子の匙先輩、複雑そうなイッセー先輩の顔は視界に入っていたが、下を確認することなく部室に戻ることにする。
匙先輩の神器については多少であはるが知っている。ギャスパーの魔眼を制御させるのには、それがベストな筈だ。そこまで言っておけば、俺が付きそう必要もない。
珍しいことに部室には誰もいなかった。
……そういえば会長さん達と会議があるとか言ってたっけか。
俺は徐ろに冷蔵庫を漁り始める。
こんな気分の時は、お菓子作りに没頭するに限るのだ。
それからどれだけ時間が経っただろうか。
一度見知った気配……アザゼルが学園に来たのは感じたが、俺は特に害がないのを知っているので無視して、お菓子作りに集中していた。
のだが。
「――全く、まさかこんなことになるなんて……」
目の前で部長さんが呆れ半分に苦笑いである。
時刻は十九時過ぎ。
部室内には甘い匂いが立ち籠めていた。
「ケーキにクッキー……それにこれらはジャムですわね」
テーブルや椅子など、いたるところに並べられた皿や瓶。
そこには多数のお菓子が、色とりどりに盛られている。
副部長さんがジャムの詰められた瓶を興味深そうに覗き込み、次いで俺を見て「あらあら」と仕方なさそうに微笑んだ。
「クラッカー……これにジャムを乗せて……」
「わぁ! とっても綺麗です!!」
小猫がクラッカーに赤いジャムを乗せると、アーシア先輩が嬉々とはしゃぎ、それを見たイッセー先輩は破顔していた。
「しかし随分と作っているが……」
最初こそ目を輝かせていたゼノヴィアも、一拍おいて訝しげである。
「……いつの間にこんな増えたんだろうなァ」
俺がしみじみと言うと部長さんがコケた。
いや本当に無心でお菓子を作り続けていたからな。まさか部室に置き場が無くなるほどになっているとは思わなかった。……部室にそれだけのお菓子を作れる材料が常備されているのも驚きだが、これはほぼ完全に俺のための備蓄なので何も言えない。
「買い置きしておいた材料を一日で使い切るのは予想外だわ……」
部長さんが頭を抱えていたので、そこはきちんと謝罪しておく。
というか俺、使い切ってしまったのか。
「うお、冷蔵庫まで瓶ぎっしりだ!」
驚くイッセー先輩。そこに入ってるのは作りかけのジャムとかプリンが大半だな。
「ソーナ達もまだいるでしょうから、お裾分けしてくるわ……朱乃、イッセー」
「では残る皆さんは、互いに持ち帰る物を選んでおいてくださいね」
そう言って三人は適当にお菓子を選別して生徒会室をへと向かった。
……小猫達はこちらに戻ってくる途中で部長さん達と合流。部室に戻ると俺がひたすらにお菓子を作っていたそうだ。しかも声をかけるまで気が付く気配がなかったらしい。
どうした俺。
我がことながら、らしくないと呆れてしまう。
「涼夜君、大丈夫ですか?」
「うぇ? な、何が? いや確かに駄目っぽい感じだったけども」
いきなり目の前に現れたアーシア先輩の不意打ちに、俺は狼狽えながらも首を傾げた。
「いえ……その、凄く怯えられてしまったから先に戻っていたってイッセーさんが……」
今日は部長さん達に随伴していたアーシア先輩の、こちら案じる視線。
あー……と呟き、俺は気まずげに頭を掻いた。
「そういうのには慣れてるし……大丈夫だ、問題はない」
俺はアーシア先輩を安心させるという意味でも微笑んだ。
それに……不謹慎な話だが、こうやって心配されるってのも嬉しいものである。おかげでガラにも無く、優しく微笑んでしまった気がする。
……っと?
アーシア先輩が俺の両手を取った。
ん? なんだ?
「――私達は涼夜君がとっても優しいのを知っています……だから、絶対に分かってもらえます!」
両手を優しくを包み込まれ、ただただ真摯に、そして心なしか力強く断言された。
今度こそ俺は間抜けな顔をしたと思う。
だってこの時、俺は生まれて初めて聖女を見たと錯覚したのだから。
これだけ他人を想えて、他人事で真剣になって、尚且つ癒やしの神器持ちなら、そりゃ聖女とも呼ばれるわ。そう納得してしまった。
「基本的に無害且つお人好しなんだ、あの吸血鬼も直に気が付くだろうね」
「とりあえずは、このお菓子をギャー君の所に持っていってみましょう」
ゼノヴィアと小猫が和気藹々とお菓子の選別を始め、やっと俺は正気を取り戻した。
ポリポリとクッキーを頬張るゼノヴィアと、お皿にお菓子を取り分ける小猫を横目に、俺はまっすぐにアーシア先輩を見つめた。
「……ありがとう、元気出た」
「はい!」
花の咲くように笑顔を見せてくれたアーシア先輩。
これは人気なのも頷けるわ。……イッセー先輩は頑張らないとだな。
活動報告にも書きましたが、チラシの裏へと移動しました。