宿した者(仮)   作:雲丹

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授業参観と再会

 授業参観当日はすぐに訪れた。

 

 

「いや、すまないね……こんな雑用まがいのことをさせて」

 

 

 昼休み。

 俺は小猫と共にゼクスに校内を案内していた。……案内と言っても実際どのような作りなのかは知っているだろうから、要は歓談しながら部長さんの教室を遠回りに向かっているだけなのだが。

 ゼクスは気楽そうに振る舞っている。彼は容姿こそ良い意味で目立つが、魔王という役職に就いているのを知っている生徒は多くない。フィルター無しでキャピキャピされるのは新鮮なようだ。

 

 

「謝るならうちの教室に来て、俺と小猫を観に来たなんて言い放った方を謝ってくれ……」

 

 

「あの後、祐斗の方も見に行ったけど、彼は喜んでくれたよ?」

 

 

「……完全に悪目立ちでした」

 

 

「そうは言うが、私にとっては君達も大事な存在だ。本当に他意はなかったんだよ。……それにミス・レディから涼夜君の様子は知りたいと言われていたしね」

 

 

 俺と小猫の批難の視線をのらりくらりと躱すゼクス。

 俺はともかく、小猫は相手が相手だけに強く出られないらしい。

 しかし……あの人の差し金でもあったか。まァ俺に勉強を教えてくれてたからな……気にするのも納得ではある。

 

 ゼクスは一二限目に一年の教室で三四限に二年。で五六限目は三年の教室に顔を出すのか。来週はその噂で持ちきりだろう。

 魔王の気まぐれのおかげで、誰も来ないと思っていた授業参観にはゼクスが俺達を観に来て……歩も結局お兄さんが観に来ていた。非常に愉快なお兄さんだったが、軽薄な態度とは裏腹に警察関係者らしく、少し驚いた。

 

 

「……やけにザワついてるな」

 

 

「さっきすれ違った人達が……魔法少女の撮影会と言っていましたね」

 

 

 部長さんの教室までもう少しという所だったが、今日はいつになく人が多い。

 怪訝な表情を浮かべる俺と小猫に、ゼクスは何か思い当たったようで顔を顰めた。

 

 

「――ここまで来れば大丈夫だよ、ありがとう」

 

 

「は? いやここまで来たら最後まで……」

 

 

 付き合うよ、と言おうとした俺は硬直した。

 階段を上がって三年生の教室の並ぶ廊下に入ったところで、遠い昔に聞いたことのある声が聞こえたからだ。匙先輩が怒鳴り声が聞こえ、生徒が散り始め――そこそこ見通しの良くなった廊下の先に見える後ろ姿。

 アニメのコスプレであろうフリフリしたその後ろ姿が……振り返った。

 

 

「遅かったか……」

 

 

 ゼクスが頭を抑えた。

 コスプレした女が、俺を……視認して、しまった。

 

 

「涼夜ちゃんだ!」

 

 

 そんな叫びが耳に届く。

 近くにいた匙先輩は「知り合いだったのか?」と首を傾げ、イッセー先輩と部長さんは納得顔である。

 ちょうど騒ぎを聞きつけた会長さんが後ろからやってくると……ソーナちゃんもいる! コスプレ女はそう付け足した。

 魔王であるゼクスに挨拶をしようとしたが硬直してしまった会長さん。そして蛇にでも睨まれたような気分で動けない俺。

 こちらに向かって、件の女は軽快にステップを踏んで飛び込んで来る。

 それをどうにかギリギリで回避する会長さんと、ただただ抱きつかれた俺。

 動かなくてはいけない。そう理解しているのに、動けない。体が動いてくれない。

 

「ソーナちゃん、どうして避けちゃうの?」

 

 

「……普通は避けます」

 

 

 頬を膨らませているのであろう会長さんと親しげな女は、その豊満な胸で俺の頭を包み込んでいるが……俺は冷や汗が止まらない。血の気が引いていくのが分かる。

 こちらに先輩達、それに部長さんとゼクスのお父さんが来る。イッセー先輩が俺を見て「羨ましい」と呟いた。

 

 

「涼夜ちゃんは抱きつかせてくれたのにねー?」

 

 

「ウェイ!? そそそ、そうですね! ど、どうしてあ、あなた様がこのような場所にいるのでしゅか!?」

 

 

 噛みまくった俺に突き刺さる冷ややかな視線と生暖かい視線。

 なるほど、と後になって納得した。状況だけ見れば俺がおかしな理由はイッセー先輩よりな焦り方なんだろう。けど違う。違うんだよ。

 

 

「妹の授業参観に来るのは姉として当たり前☆ それよりソーナちゃんったら今日のこと教えてくくれなかっただよ!? ショックで天界に攻め込むところだったの!」

 

 

 昔と変わらずハイテンションで軽いノリ……間違いない、あの時の女だ。

 けど、会長さんの姉……?

 会長さんは、シトリー家の次女……ってことは……。

 一通り俺を撫でて満足したのか、セラは標的を会長さんに移している。その間に俺は錆びた歯車のように首を動かして縋るようにゼクスを見た。

 

 

「……マジで?」

 

 

 深く頷くゼクス。

 周囲の人達は俺の不審な行動に、漸く首を傾げ始めたようだった。

 

 

「魔お……セラフォルー!?」

 

 

 セラへと視線を戻した俺の口から飛び出す言葉。この場で魔王様やらレヴィアタン様やらと言わなかった俺を誰か褒めてくれ。

 その叫びに皆がビクッと肩を震わせた。

 

 

「……言ってなかったけ?」

 

 

 セラが俺に意識を向け、拘束が緩くなったのか会長さんが逃げてきた。

 

 

「じ、自己紹介はされてないです……それに師匠がずっとセラって呼んでたし……別にセラって名前は珍しくもないし……」

 

 

 

 そう、あの時師匠は「こいつと戦ってみろ」としか言わなかったのだ。

 それに俺が直接会ったことがあった魔王はゼクスのみで、他の魔王との面識はない。

 

 

「あ、そうだ!」

 

 

「ごめんなさい!!」

 

 

「なんで謝るの!?」

 

 

 脊髄反射だった。

 何か思いついた様子のセラに、俺は全力の謝罪をしてしまった……無意識に。

 どうやらそれはそれで不満だったようで、「なんか距離が遠いなー」とセラは頬を膨らませてしまった。悪意は無いのかもしれないが、俺の思考は既にパニック状態だ。

 

 

「――セラフォルー、君は五、六年ほど前に涼夜君と戦っているね?」

 

 

「うん! ダンテちゃんに調子乗ってるからボコッってやれってお願いされたからね☆ ……ハッ! 確かに私も師匠かもしれないけど、敬語とか使わなくていいよ!!」

 

 

 再度飛び込んで来たセラに、俺はつい近くにいた人物を壁として割り込ませた。その女性徒は「ひゃっ」と小さく悲鳴を上げたが、俺は彼女の背を掴んだまま逃がさない。

 

 

「涼夜ちゃん?」

 

 

「……。……ひ、秘技、会長シールド」

 

 

「勝手に盾にしないでください!」

 

 

 会長さんに怒られた。

 だが俺の手の力は緩まない。背を掴むと言っても制服だが、強引に逃げ出せば破れてしまう恐れもある以上、会長さんはそんな真似はしないだろう。

 

 

「……何かあったんですか?」

 

 

「……そうだね」

 

 

 小猫がゼクスに問うと、ゼクスはパンパンと手を叩く。

 集まる視線に口を開くゼクスは、真っ直ぐにセラを見ていた。

 

 

「――」

 

 

「お前、まだガキだった涼夜のこと達磨にしたんだろ? そりゃトラウマになってビビられるわ」

 

 

 ゼクスが言葉を発するより早く、その横からひょっこりと顔を覗かしたのは……なんと堕天使総督だった。

 アザゼルはこともなく言ったが、その呆れた視線はセラに向かっていた。珍しく本気で呆れた様子だ。

 

 

「……驚いた、まさか君が来るとは」

 

 

「なに……こっちにも、そこの馬鹿の様子を知りたがってる連中が多いんだよ」

 

 

 気配を極限まで人間に近づけるという芸当をこなしているのは、ゼクスとセラだけじゃなかったらしい。

 アザゼルは顎を振って俺を指し、ゼクスは「ああ、涼夜君は人気者だからね」と微笑んだ。

 そんな中、会長さんは首だけ回して俺を横目に見る。 

 

 

「……達磨と言うのはまさか」

 

 

「……氷で、左腕を砕かれて……魔人化つかって再生させたら……両腕持ってかれて……段階上げて腕再生させて……今度は四肢を……また段階上げて……フ、フフフ……俺の手足がたくさん転がってる……けど氷ってるから腐る心配はないね……フフフ……」

 

 

 会長さんに問われて無意識に言葉を吐き出し続けた俺は、これまた無意識のうちに会長さんの背に顔を埋め、両手でその背を縋るように掴んでいた。

 自分の両手が震えているのは気のせいではない。

 

 

「……手足のあった場所は凍ってるから血は出ない……失血死はしない……」

 

 

「ごめんなさい! 分かりました! もう大丈夫ですよ!! 何も言わなくて大丈夫!!」

 

 

 焦燥した会長さんの声で、俺は僅かに正気に戻れた……気がする。

 

 

「不死殺しに精神破壊がパッと出てきた理由を垣間見た気がするわ……」

 

 

「精神がやられたらマズいって実体験だったのかよ……」

 

 

 部長さんイッセー先輩の心配している声。

 

 

「あの姿でセラフォルー様、そんなに恐ろしいのか……」

 

 

 困惑している匙先輩の声。

 

 

「……エグいですね」

 

 

 顔が引き攣ってるんだろうなと想像出来る小猫の声。

 そのどれもがセラに対する批難の色を宿していた。

 

 

「ちょっ、ちょっと待って! 戦い自体は合意の上だよ!? それに保護者が容赦なくって言ってたし、怪我だってすぐに治せる準備があったの! 実際に後遺症もなく治ったし! 本当だよ!? ねっ、涼夜ちゃん!!」

 

 

「はい! その通りです!!」

 

 

 必死な呼びかけに、またもや俺は脊髄反射してしまう。

 

 

「誰の目にも脅されたように映るな」

 

 

「アザゼルちゃんは黙ってて!!」

 

 

 セラに一喝され、笑っていたアザゼルは「おー恐!」と両手を上げてみせた。

 

 

「今の“黙ってて”で涼夜君がまた震えたよ、セラフォルー」

 

 

「ああ! 違う! 大丈夫……じゃなくてごめんね! 別に怒ってないよ? だからお姉さんと少し話を――」

 

 

 ……?

 セラ、どうして急に黙ったんだ?

 

 

「ソ、ソーナちゃん?」

 

 

「レヴィアタン様、この場は一度流した方がいいと思います」

 

 

 顔を上げると、壁役にしてしまった会長さんが真っ直ぐにセラを見つめていた。……いや、雰囲気的には睨んでいる、というのが正しいだろう。声のトーンもそうだが、姉に対する呼び名も「レヴィアタン様」な辺りに距離感を感じさせる。

 当のセラはと言うと……顔を見る勇気はないので、足下しか見られないが、完全に動きを止めているようだ。

 

 

「あ、あのね――」

 

 

「事情はともかく、幼い子供に植え付けたトラウマがそう簡単に治るとは思えません」

 

 

「実際その一件の後はグラスの氷にすら怯えてたらしいからな、そいつ」

 

 

 捲し立てるような会長さんと、横のアザゼルからの一言に「ピッ!?」と声にならない叫びを上げるセラ。

 いや……いい加減俺も貴女をフォローしたいのでけれど……どうにも体と心が過剰になってしまうんだ……すまない……本当にすまない。

 

 

「涼夜、謝る必要はないわ」

 

 

「そうだぜ、それだけ震えながらフォローしようとしてるだけ立派だと俺は思う」

 

 

 ……?

 

 

「口に出てました」

 

 

 近くに来ていたイッセー先輩と部長さんの優しい言葉に首を傾げると、小猫が説明してくれた。

 ……じゃあ俺はひたすらに謝っていたのか……恐いな。

 

 

「ほら、大丈夫だからソーナを放しなさい」

 

 

「部長、私達は一度教室に戻ってもいいでしょうか?」

 

 

 ゆっくりと優しい手つきで俺の手を解いた部長さんは、そのまま俺の手を小猫に繋がせた。

 

 

「それなら俺も行くよ、小猫ちゃん」

 

 

 そしてイッセー先輩も俺の腕を掴んだ。

 

 

「いえ、それなら部室に行って涼夜を休ませてあげてちょうだい。……かなり参ってるようだし、二人も看ていてあげてくれる?」

 

 

「ならリアスも行ってあげたらどうかしら? 先生方には生徒会から話をしておくわ」

 

 

 そこからは余りきちんと記憶に残っていないが、五限目をまるまる休んだ俺は六限目に授業に復帰した。

 つきっきりでいてくれたオカ研の仲間達もそうだが、融通を利かせてくれた会長さん達にも感謝しなくてはならない。

 が、当面の問題は――。




11月もでしたが……12月も忙しいので、今年最後の投稿になるかもしれません。
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