金の華   作:酒池肉林万歳

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2話

 リ・エスティーゼ王国の倉庫が多く存在する区画、とある倉庫の隣りに一軒家にしては大きく、屋敷にしては小さい建物が存在した。そこの中で椅子に座るハミズの姿があった。

「ふむ、中々の出来ですね」

 片腕に紙をかけ、もう片方の手で紙を撫でながらハミズが言った。

 そんなハミズの様子を対面にかける中年の男は見て、深々と頭を下げる。

「ありがとうございます。奥様」

 それを介することなく、紙の質を確認していく。現在の製紙技術ではトップクラスと言える品質だが、第二位階の魔法を使用して生み出した紙には少し劣ってしまう。

「この品質なら市場に流通しても、十分通用することでしょう。量産化の効率のほどは?」

「はい。魔法に比べて高い効率で生産することができます」

「それは素晴らしい。では量産化を進めましょう」

 かしこまりました。という男の声を聞きつつ、ハミズは目の前の広めの机の脇に紙を置くと、改めて口を開く。

「さて、製紙業の方は順調のようですが、糸の方はどうですか?」

 男はその言葉を聞くと固まってしまった。その様子にハミズは小首を傾げる。

「もし? どうかしました?」

「…………申し訳ございません。糸の方は奥様の求めるほどの物はまだ」

 そう言うと男は先程よりも深々と頭を下げた。

 言葉と態度で男の内心をハミズは察する。

「ああ、あまり責任を感じる必要はありませんよ。紙が既存の物に追いつくのに対し、糸の方は既存の物を追い越し、より良い物を創るというもの。これには途方もない時間がかかることを私は理解しています」

 これは紛れもないハミズの本心だ。彼が製紙に求めたのは現在の最高の水準。製糸に求めたのは現在の最高を超える水準である。前者にしても高いハードルである。

「ありがとうございます。奥様により良い報告ができるように誠心誠意、努めさせていただきます」

「期待していますよ。それで、そこにある生地の束は?」

 そう言って、男のそばに置いてある様々な色の生地の束を見る。

「実は新しい生地を作る過程で、奥様が求める品質のほどの物ではありませんが、いくつか新しい生地の開発に成功しました」

 男は立ち上がり、ハミズのそばに生地の束を置くと、ハミズが手に取った生地から説明をしていく。

 ハミズが求めている生地は美しく肌触りの良いものだが、報告にあるのは庶民の間で流通している物に比べれば美しく、撥水性が良いなど、利便性に富んだ物だ。

 それらをハミズは相槌を打ちながら聞く。

「先の紙と同様に素晴らしいものですね。これらの量産化のほどは?」

「開発したてで、そこまでの目途は立っておりません。ただ、将来的にはそれも可能かと──全て量産化しますか?」

 ハミズは全ての生地に触り終えると、それぞれを畳み直し、重ねて自身の前に置く。

「いいえ。コストの高い物と品質の低い物、このどちらかに抵触するものを排除していき、最後に残った二、三種類のみを量産化します」

「かしこまりました。そのように取り計らわせていただきます」

 そう言うと、男は生地の束を回収していく。

「これで報告は終わりですか?」

「はい。本来であれば私が奥様のもとまでお伺いしてご報告を『世辞は結構。工場の様子も見たいからと、この場所を指定したのは私なのですから。それで? 報告がないようでしたら私はこれで』あの、奥様!」

 男の言葉を遮り、捲し立てるとハミズは席を立つが、男が声を上げる。

「ご報告とは異なるのですが、少々気になることが────」

 

 

 ラッテ・オプファ・リイル・アーマイゼは下級貴族の出身であり、メイドでもある。というよりも、下級貴族であったからこそ、メイドとしての礼節を学ぶ機会に恵まれ、メイドになることができた。

 だから、この先に待つであろう人物の下でも問題なく働けるだろうと考えていた。

(おっきい家…………)

 ラッテは自分がこれから仕えることになる人物の邸宅と自身が生まれた家と比べて、気後れしてしまう。

 ラッテの家は下級貴族とはいえ、貴族は貴族である。しかし、その自分が気後れしてしまう邸宅の人物はどれほどの財力をもつのか、改めて戦々恐々する。

 だが、後に引くわけにはいけないと、意を決して扉を叩く。

 

 反応がない

 

 不自然に思い、ラッテは再度、扉を叩く。

「あのー、ラッテ・オプファ・リイル・アーマイゼと申します。ダリア・ディオナエナ様の下で働きたく、参ったのですが」

 

 やはり反応がない

 

 不気味なほど静か邸宅の前で、ラッテはどうすればいいのか困惑してしまうが、自分がここの人物の下で働きたいと願い出た理由の一つを思い出す。

(そういえば、ここの邸宅には──)

 誰も使用人がいないんだった。そう考える間もなく扉が開いた。

 

 中から絶世の美女が現れた。

 

 屋敷の主の容姿は何度も目にする機会は何度もあったが、同性から見ても魅力的で美しい人だなと呆気にとられる。

 ラッテは自分の容姿は贔屓目に見ても、可愛らしいものだと思っていた。女性としては比較的背が低いが、その背の低さに似合う愛嬌のある顔をしていた。

 しかし、目の前の人物は女性としては背が高く、姿勢がスラリと伸びていて、手足も身長に対して均整のとれた長さである。何より、顔立ちが人間離れした美しさと、リ・エスティーゼ王国ではまず見受けられない黒髪が目を引いた。

(ここまで差があると人間、嫉妬すら起こらないんだなー……)

 ラッテが呆けた目でダリアを見ていると、ダリアは小首を傾げる。

「ラッテさん」

「えっ? ──あ、はいっ、なんでしょうかっ!?」

「どうかしましたか?」

 ラッテの内心を分かっているのか、わざとらしい口調でダリア尋ねた。

「あの……えと、美人だなと思いまして!」

「ふふ、ありがとうございます。立ち話もなんですから、中へ」

「はいっ、失礼します!」

 ダリアは扉を開け広げて、ラッテを招き入れ、ラッテも鞄を持って邸宅に入る。

 邸宅に入るとそこには邸宅の広さに引けを取らない調度品があった。中には見たことのない変わった類の物もあったが、奇抜にならないように上手く配置されていた。見た限り、掃除もされている。だからこそ、ラッテは気になった。

「とりあえず、これからラッテさんが過ごす部屋まで案内しますね」

「はっ、はい!」

 先に進むダリアの後ろをラッテはついて行く。

 やはり、掃除は行き届いている。しかし、気になる。

(いったい誰が掃除しているんだろう……?)

 目の前の人物が掃除をしているというのはいくらなんでも無理があるだろう。かといって、誰か他の使用人がしているというのも違和感があった。静かすぎるのだ。邸宅の中はラッテとダリアしかいない、と物語るほど静寂に包まれている。

 ダリアがとある部屋の前で立ち止まると、ラッテも立ち止まる。

「さて、ここがラッテさんの部屋になります」

 そう言うとダリアは扉を開けて入り、ラッテも続く。

「わぁ……!」

 ラッテは思わず、感嘆の声を漏らした。

 そこは通常の邸宅の客間といった部屋だったが、ラッテは客ではなく、メイドだ。そのメイドに対しては異例の好待遇である。

「あの……この部屋を使って本当にいいんですか?」

 日の差し込む部屋を見渡してラッテは暫し呆然とした。

「ええ、構いませんよ。荷物を置いたら、他の部屋も紹介しますね」

「はい! ──あの、ディオナエア様」

 ラッテはこの部屋に来たことで深めた疑問をダリアにぶつける。

「この邸宅って、やっぱり他に誰もいないんですか?」

「ふふふ、それは後で教えてあげますよ」

 

 

 ダリアが様々な部屋を案内していくのをラッテは後ろについて見ていく。

 どこの部屋も廊下も見事な調度品に置かれており、掃除も行き届いている。

 その中で気になる部屋もあった。キッチンだ。

 調理器具の類があるのにも関わらず、使われた痕跡がなく、整然と並んでいたのだ。

「ここが最後の部屋ですよ」

 ダリアの言葉で意識が引き戻される。ダリアが扉を開けてラッテを促すと、ラッテはその部屋に入っていく。

 最後の部屋はこれまでの部屋とは異なる装いだった。

 ダリアの邸宅は斬新な物はあったが、部屋全体は落ち着きのある部屋がほとんどだった。だが、この部屋は違う。

 真紅──真っ赤な部屋だ。

 壁紙は赤、天井も赤、家具も赤である。辛うじて、天井に存在する光を生み出す魔法の道具と、その道具が生み出す光は赤色ではなかった。

(あれ?)

 違和感だらけの邸宅だが、この部屋は他の部屋と色を除いて、何かが違った。

 何が違うのだろうか、そう考えるも──

「さあ、かけてください。今、お茶を入れますから」

「うぇっ!? あの、ディオナエア様がお座りになって下さい! 私が入れますので」

「でも、茶道具がどこにあるか、あなたは知らないでしょう。今回は私が入れますから、貴女はかけてなさい」

 そう言われるとラッテは返す言葉が見つからず、言われるがままに部屋の中央部にあるソファーに腰を下ろす。

 ダリアのラッテに対する扱いはメイドに対するものではないため、ラッテの調子は崩されっ放しだ。落ち着きのないラッテは部屋を見渡す。

 部屋が真紅であることを除けば、ローテーブルを挟む形で広めのソファーが二つ向かい合っている。他にはダリアが茶道具を取り出そうしている棚が一つ。

 そこでラッテは途切れた思考を再開させる。

(この部屋は何なんだろう……)

 パッと思いついたのは応接間だ。だが、ラッテはそれをすぐに否定する。

 まず、派手すぎる。目の前の人物ならもっと落ち着いた内装できるだろう。事実として他の部屋は落ち着いたものだった。

「まあ、リラックスしてください」

 そう言うと、ダリアは風変わりなティーポットとカップを乗せたお盆をテーブルに置きつつ、ソファーへと腰を下ろす。

「ディオナエア様の邸宅って、このティーポットみたいに変わったものが多いですね」

「これは急須というもので、こっちのカップは湯吞み茶碗というのですよ」

「ふぇー……」

 ラッテが茶道具をまじまじと見つめる中、間抜けな声を上げるとダリアは微笑みながら、湯吞み茶碗にお茶を入れていく。

「本来なら温かいお茶を入れるのが良いのでしょうけど、私は熱いお茶が苦手なので、今回は冷茶で」

 そう言うとダリアは湯吞み茶碗を乗せている茶托をラッテの前に置いた。

「ありがとうございます。いただきます」

 ラッテは礼をして、お茶に口をつける。

「すごい美味しいです!」

 渋みを残しつつもスッキリとした味わいのお茶に頬を緩ませる。が、とあることを思い、ラッテは真顔になる。

「あ、あの……ディオナエア様?」

「どうかしましたか?」

 目の前の人物は涼しい顔でお茶を口にしているが、ラッテの内心はそれどころではない。

「このお茶って、物凄く高いんじゃ……」

 ラッテに茶葉の種類は知らないが、良し悪しぐらいはわかる。この茶葉は絶品だ。いくらくらいの物なのか、恐る恐る尋ねた。

「いいえ、そんなことはありませんよ」

「そ、そうですか」

 ホッと一安心するラッテ。

「茶道具がマジックアイテムだから茶葉は実質タダですね」

 ラッテは吹き出しかけたのを堪える。

 この人物はなんでもないように言っているが、高価どころではない。超高価な一品だった。

「まあまあ、気にせず飲んでください。お代わりし放題ですから」

 そんなこと言っているが、ラッテは湯吞み茶碗をビクビクしながら触る。

 いったい、この人の財力はいったいどれほどのものなのか、改めて驚く。

「そういえば、ラッテさんはどうして、ここで働きたいと願い出たのですか?」

 仕事に関わる質問にラッテは姿勢を正す。それを見てダリアは苦笑いをする。

「そこまで気を張らなくてもいいですよ。ただの雑談の延長線上のようなものですから」

「いえ、やはりこのようなことはしっかりと答えておくべきだと思います」

 ラッテは息を整える。

「以前の仕事の際にディオナエア様の姿を拝見する機会があって、そのときにすごい美しい人だなぁー、と憧れてディオナエア様の下で働きたいと思ったんです」

「ふふふ、ありがとうございます」

 ダリアは優雅に一礼する。容姿だけではなく、所作の一つ一つも美しいな、と感じつつ、ラッテは続ける。

「それで、そのうちにディオナエア様の邸宅に誰も使用人を置いていらっしゃらないのを知って、一人で困っているのではないかと思い、メイドとして働けないか、尋ね回ったんです」

「ラッテさん」

 大きい声でも、鋭い声でもなかったが、透き通るような声にラッテは身構えてしまう。

「どこで私の邸宅に使用人がいないことを知ったのですか?」

 湯吞み茶碗に注がれたお茶の水面に目を落とすダリアが湯吞み茶碗を軽く遊ばせる。

「他の貴族の下で働いているメイドの友だちに聞いたんですよ」

「なるほど、そうでしたか」

「はいっ」

 ラッテは満面の笑みで答えるが、ダリアはそんなラッテに目もくれない。

「ちなみに、あなたはこんな邸宅の仕事を一人でやるつもりだったのですか?」

「えっ? ……あの、ディオナエア様の邸宅は手入れがなされていると聞いていたので、一人でも大丈夫かと思ってました」

 実際、ディオナエアの邸宅は綺麗に手入れがされていた。

 何か問題なのか、ラッテはなんとなく気まずい雰囲気を感じる。

「それでは最初の理由とは矛盾が生じますね」

「え?」

「だって、あなたは私が()()()困っているのでないかと思っていたのでしょう?」

 ラッテは顔には出さずに、心の中で冷や汗をかく。

「ディオナエア様、穿ちすぎですよ」

 ダリアは湯吞み茶碗からラッテに視線を移す。それまで朗らかだった表情は消え失せ、妖しい表情が現れる。

 どこまでも深い闇のような瞳に覗き込まれて、ラッテの体に緊張が走る。が、すぐに張り詰めた空気は霧散する。

「────ふふふ、そうですね。ごめんなさいね、変なことを聞いてしまいましたね」

「そんなことありません! 私の説明が下手だったのが悪かったんです」

「じゃあ、お互い様ということで、お茶を続けましょうか」

「はい!」

 ダリアはラッテの湯吞み茶碗にお茶を注ぐと、残っていた自分のお茶を飲み干す。

「そういえば、先ほど茶葉に関する話題が上がりましたが、ラッテさんは茶葉に関する知識があるのですか?」

「あ、いいえ。あまりにも美味しいお茶だったので、良い茶葉だったのかと思ったんです。ダリア様はやっぱり、お詳しいのですか?」

「そうですね……やはり、商談のうえでそういう知識は必要になります。が、私は草花が好きなので、その過程で茶葉の知識も身につけたというのが正しいでしょうね」

 茶葉そのものを調べて知識を得たのではなく、草花に関する知識を得るうちに自然と茶葉に関する知識を得たというダリアに、優雅な人というのはこういう余裕を持ち合わせいるんだなと、ラッテは羨望の眼差しで見つめる。

 ダリアは茶托に湯吞み茶碗を置く。そこには先の妖しい雰囲気は微塵もなかった。

「そういえば、貴女が先ほどから呼んでいる私の家名も植物の名前が由来なのですよ」

「えっ、そうなんですか?」

 自分は農家や薬屋などの植物を扱う仕事とは無縁だったが、ディオナエアという綺麗な響き。ましてや、目の前の人物の家名となるような草花なら何処かで聞き覚えがありそうなものだが、ラッテには心当たりがなかった。

「はい。私の故郷の、もう存在しない草です」

 どこか寂し気な、遠くのことを想うようなダリアの言葉にラッテは踏み込んでみる。

「故郷って、ダリア様はやっぱり、異国の出身なのですか?」

「おや。なぜ、そう思うのですか?」

「なぜって、リ・エスティーゼ王国では黒髪黒目は珍しいですし、そのお召し物もこの国では見たことはありませんし」

 ラッテの言葉に嬉しそうに立ち上がり、腕を広げて、その場でクルリと回る。

「これは着物という服なんですよ」

「キモノですか、とても美しいですね。……あっ、そのキモノに描かれた花がディオナエアなんですね!」

 その答えにダリアは口元を隠す。

「ふふ、残念。この着物の花は彼岸花というのですよ」

 ヒガンバナ、これも聞いたことない花だった。

 不思議そうな顔をするラッテにダリアは笑みを深める。

「ディオナエアというのは私の故郷の人間でも、ディオナエアと言っても通じないでしょうね」

「そうなのですか?」

「ええ。通称の方なら大体の人に通じるでしょうけど」

 そう言うとダリアは扉の方へと歩いていく。

 突然、部屋を出ようとするダリアに続こうとラッテも立ち上がろうとする。

「私の故郷ではこう言うのです──」

 

 ──蠅捕草と

 

 ダリアがそう言い終えるとガチャンという音が部屋に響いた。

 その音にラッテは思わず、硬直してしまう。一瞬、何の音かと困惑するが、何の音かは明白だ。──扉に鍵がかかった音だ。

 そうすると今度はなぜ、目の前の人物が鍵をかけたのかという疑念が湧いてくる。しかし、ダリアはラッテから背を向けており、その表情を覗うことはできない。

 場の雰囲気が確実に変化したのを感じたラッテは唾を飲み込む。

「ハ、ハエトリグサという名前はディオナエア様と、イメージがかけ離れていますねっ!」

「そうですか……自分では結構、ピッタリだと思っているのですが」

 ダリアは残念そう言うと顔だけを動かし、ラッテへと振り返る。

「蠅捕草の葉は二枚に分かれているのですけど、虫がこの葉に止まると、蠅捕草は葉を瞬時に閉じて、その虫を養分にするんですよ。とっても興味深いでしょう?」

 満面の笑みで放たれたダリアの言葉にラッテは頬を引き攣らせた。

「わ、笑えない冗談は、やめてくださいよ……っ!」

「笑えない冗談とは?」

 ダリアは完全にラッテに向き直ると小首を傾げる。

 先程までなら、なんと可愛らしい仕草なのだろうとラッテも思ったのだろうが、この異様な雰囲気の中では不気味にしか感じない。

「その……虫を養分にするとか、です」

「おや、そのことを持ち出すということはもう自覚があるようですね」

 心底、可笑しそうな表情でダリアはラッテに近づいていく。

「こ、来ないでくださいっ!」

 目の前の人物の異様な雰囲気に、恐怖を感じたラッテは壁まで下がる。すると、ダリアが嬉しそうな声をあげる。

「ふふふ、鬼ごっこですか。嫌いではありませんよ」

「────っ」

 幸いにもダリアは動きずらそうな服装だ。意を決してダリアを躱して扉へと走り、ドアノブに手を掛ける。

 押しても引いても、扉が開くことはない。

(そうだ、鍵っ……!)

 ドアノブ付近にある鍵を捻ろうとするが、部屋の内側にあるべき鍵のノブがなく、あるのは鍵穴だけ。

「鍵がない?!」

「鍵ならここですよ」

 ラッテが振り返るとダリアが人差し指で鍵のかかった紐を揺らしていた。

 なら別の所から逃げようとして、この部屋に感じた違和感の正体に気付く。

 この部屋だけ窓がないのだ。

 魔法の道具で照らされているから気づかなかったが、この部屋は扉以外に出入り口がない。逃げ道がないことを察したラッテは扉をあらん限りの力で何度も叩く。

「誰かっ! 助けてくださいっ!! 誰かぁ!!」

 恐怖に駆られてラッテは叫ぶが、その声に応える者はいない。

 完全な孤独にラッテの目に涙が溜まっていく。

「ふふフフフ…………」

 いや、一人だけいた。ダリア・ディオナエナである。

「随分と可笑しな真似をしますね」

「な、なにがですか……?」

 目に溜まっていた涙が溢れ、ラッテの呼吸は荒くなる。

「だって、貴女も私に尋ね──いえ、というより知っていたじゃないですか」

 

 この屋敷には誰もいないって──

 

「あっ…………」

 この邸宅にはダリアと自分だけ、この事実に気付いたラッテはへたり込む。

 ゆっくりと近づいて来るダリアをラッテは怯えながら見上げる。

「ひっ……」

 ラッテのすぐそば来ると、目線を合わせるようにダリアはしゃがみ込み、ラッテの顎に手を添える。

「いい表情ですね」

「い、命だけは助けてください……っ!」

 ダリアはラッテの顎に当てていた手を放し、その手で自身の顎に人差し指を当てる。

「んー…………?」

「全部、全部話しますっ! 貴女の下で働きたいと思った本当の理由も『はい、そこまで』──えっ?」

 ラッテが言いかけた言葉をダリアは遮ると、今度はラッテの唇に人差し指を当てる。自身の本当の目的を語ろうとしたラッテはその行動に困惑してしまう。

「勘違いしているようですけど、別に貴女を殺すつもりは毛頭ありませんよ」

 そう言うと、ダリアはラッテの腕を掴み、自身が立ち上がるのと一緒に引き上げる。

「そ、そうなのですか?」

「はい」

 じゃあ、何を────とラッテは口を開こうとしたが、ダリアに顔を手で挟まれる。

 

 そして、唐突にダリアからキスをされた。

 

(──ッ!!??)

 ダリアの行動にラッテの思考は完全に麻痺するが、次の瞬間にダリアのスキルが発動する。

 

 吸生

 

 それと同時にラッテから手を放すと、ラッテの体は地面へ糸の切れた人形のように倒れ込んだ。その眼に生気は見られず、口はだらしなく開いて涎が垂れる。

 そんなラッテを見下ろしながら、ダリアと呼ばれた人物は嗤う。

「そんな簡単に全てを話されるなんて、興醒めもいいとこ……。まあ、じっくりと愉しもうじゃありませんか」

 




展開が強引なうえに、これだけ書いてスキルを一回しか使わないとか……
派手な展開がお好きな方はもう少しだけ辛抱を

なお、ディオナエアは蠅捕草の学名の一部で、正式にはDionaea muscipulaといいます
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