金の華 作:酒池肉林万歳
スレイン法国においては決して表舞台に現れることのない組織が存在する。
漆黒聖典。
この世界において英雄という相応しい強さを持つ者たちで構成される組織である。その一人である占星千里が一つの占いを示した。
──魔神の顕現である。
魔神、十三英雄の
この魔神の顕現に法国の意見は割れた。神として崇めるか、魔神として討つか。
議論を重ねた結果、魔神として討つこととなった。それを決定づけたのは占星千里の占いに現れるのが、
六大神とその従属神は人類を救済した存在、魔神は世界を滅ぼしかけた存在である。
法国はこの世界において人類を守るために行動をとっている。そのために魔神を討滅すべきだと論じる。が、一つの問題が発生した。導入すべき人員である。
法国では近年、
結果として、魔神への対処は占星千里を除く、第五席次以下の人間を全て動員し、法国最強の存在と漆黒聖典の隊長、第四席次以上は
これは魔神という存在の強さが魔神ごとに大きく異なり、弱いものなら対処が可能であるとした苦渋の判断だったのだが──
結果として、法国の人間はそれが失敗だったと捉えただろう。
そして、魔神とされる者はそれは正解だったと捉えただろう。
リ・エスティーゼ王国、日の沈み切った森の中で漆黒聖典の面々は魔神と思わしき、
もの、というのは輪郭がはっきりとしていないからだ。ピントがずれている、陽炎を纏っている、と言えばよいのか姿形が朧げなのだ。辛うじて分かるのは黒い人の様な姿をしているということだけだ。
異様な存在感を放つ魔神を前に、漆黒聖典は足並みを乱すことなく、そして迷うことなく攻撃をしかけた。
第十二席次、全身を赤い衣装でぴったりと覆うアサシンの容貌する男が気配を殺して襲い掛かった。相手は魔神、これで仕留められるとは誰も思ってない。不意打ちによる攪乱、あわよくば致命傷を与えられれば、と考えていた。
だが、漆黒聖典の想定は悪い方向で破られる。
輪郭は朧げだが、目の前の相手の向いている方向はなんとか理解できる。第十二席次が魔神の背後から攻撃を仕掛けた。
が、魔神は振り返ることなく、横に一歩だけ動いて攻撃を避けた。
攻撃を仕掛けた本人だけではなく、他の漆黒聖典の面々も声を出さずに驚愕する。そんな漆黒聖典が次の行動を起こす前に魔神が動く。
第十二席次は啞然とするが、並みの人間なら一瞬といえる隙でしかない。
しかし、その瞬間に人間には有り得ない異形の爪、【妖異の爪】が第十二席次の胸を易々と貫く。魔神が腕を引き抜くと、そこには鼓動を続ける赤い肉塊があった。
「おやおや、意外と普通なんですね」
愉快そうな声色に漆黒聖典の残りのメンバーの意識は引き戻される。
退くか、続けるか。人の臓物を手にし、愉快そうにする強大な魔神を人の世に出してはならないとして漆黒聖典は戦い続けることを選ぶ。
「ウオオオォッ!!」
白髪に白髭を蓄え、蛮人の様な姿をした第十席次は雄叫びを上げ、魔神へと襲い掛かった。
〈能力向上〉〈能力超向上〉〈戦気梱封〉〈剛腕豪撃〉第十席次の武技が大斧と共に振り下ろされる。
その一撃を魔神は片手で掴む形で受け止めた。
規格外と言っても過言ではない──むしろ、それでは過小評価と言えるような一撃を軽々と受けるその姿に先ほど以上の動揺に包まれる。
「さっきのより丈夫そうですね」
魔神はそう言うと、魔法を発動させる。
〈陽・金行・
「フフフ」
漆黒聖典からは窺えないが、魔神は第九席次を見て、笑みを浮かべる。そして、第九席次の剣による刺突を躱すと、その脚を掴んで逆さ吊りにする。
「とても────」
魔神の言葉は最後の方が聞き取れず、何かを言ったのかと疑問を思う間もなく、魔神は掴んでいない方の膝を【妖異の爪】で切り落とした。
「があああぁぁっ!!?」
第九席次は絶叫を上げ、脚が地面へと落ち、魔神は足を掴んでいる手に力を籠める。残っていたもう片方の足もへし折り、第九席次を放り投げる。
「暫く、そうしていなさいな」
樹木に叩き付けられた第九席次は苦悶の声を上げ、痛みから脂汗が噴き出してくる。そんな第九席次の様子を気にも留めず、魔神は漆黒聖典に向き直った。
白を基調とした鎧を身につけた第六席次は自身のスキルを使用する。【聖光撃】、身の丈ほどのグレートソードに聖なる力を付与して魔神に切りかかるが、魔神は後ろへと跳ぶことで距離をとる。
聖属性は有効なのか、漆黒聖典がそう考えた瞬間、辺りに朱い羽根がいくつも生まれた。
〈陰陽・火行・朱雀の羽炎〉、羽根が弾けて朱い爆炎がいくつも昇る。
その一撃で第六席次が消し炭になるだけではなく、周囲にいたモンスター、ギガントバジリスクの全てが消え去った。
残る漆黒聖典の中で継戦可能なメンバー、第五席次、第八席次、第十一席次は爆炎の衝撃と煙で魔神の姿を見失う。
判断を見誤ったという後悔に支配され、撤退を行おうとするが、魔神の次の一手が襲い来る。
【上位妖異創造】
両の手に大楯をもった強固な壁である第八席次が呆気なく死に、第九席次を除いた全ての漆黒聖典のメンバーが死に絶え、その事実に第十一席次は怯える。辛うじてもった戦意から魔法を詠唱しようとする。
魔神はそんな第十一席次に一瞬で近づくと顔を近づけ、【吸精】を発動させる。
「えっ!?」
そのスキルで第十一席次の二つ名、無限魔力と足りえる源、魔力が根こそぎ吸収された。その事実によって第十一席次の戦意は完全にへし折られ、腰を抜かす。
「ひっ」
恐怖に染まった表情の第十一席次を魔神はまじまじと見る。
肌が露出した気だるげな服に、目線を隠すほどに大きいとんがり帽子をした女性だ。
「ああ、貴女もとってもいいですね」
なにが、目の前の存在に気に入られたのか、第十一席次に疑問が生じる。しかし、目の前の魔神はそんな彼女をお構いなしに腕を掴むと引きずり始め、倒れている第九席次のもとまで連れていくと無造作に放つ。
何の抵抗することなく、第十一席次は第九席次の隣りに倒れると、脚をもがれた彼女を見る。幸か不幸か、英雄級と評される者の生命力のお陰で第九席次は生き延びていた。
(ちょっと、てめぇが一番軽傷なんだから、少しは抵抗ぐらいしろよっ)
(無茶言わないでよっ、アイツに魔力をすっからかん一歩手前になるまで吸われたんだからっ)
息も絶え絶えの第九席次が小声で第十一席次を非難するが、第十一席次にはもうどうしようもないことだった。
魔力が相手に吸われたということ以上に、自身の系統と異なる──恐らく精神系だろうが、第五席次が召喚したギガントバジリスクと第六席次を消し炭にした魔法からして、どう考えても自身とは桁の違う
それこそ、神と見紛う程の────
その思考が頭に過ぎった瞬間、第十一席次に戦慄が走ると、全身から冷や汗が噴き出した。自分たちが相手にしていたのは本当に魔神だったのか?
魔神などが及びもしない領域に存在する者なのではないか、そう考えると目の前の存在の強さも納得がいく。同時にそんな存在が目の前にいるという絶望感も生まれる。
「おやおや、喧嘩ですか?」
そんな二人のやり取りに魔神が愉快そうな声で話しかける。それに第十一席次はびくりと肩を震わせる。
「あ、えっと……そういうわけではないです」
「そうなのですか? あまり長話されても困りますが、多少であれば別に構いませんよ」
「お、お気遣いありがとうございます。あの、大丈夫です」
第十一席次の媚びを売るような卑屈な態度に第九席次は呆れかえるが、声を発するのもしんどいのだ。口を挟むようなことはしない。
「ところで、あなた様は、えーと……どなたなのでしょうか?」
(馬鹿正直に答えるわけないじゃん)
「私ですか? そうですねぇ────とりあえずはダリアと名乗りましょうか」
(答えんのかよ)
阿保らしい会話に第九席次は心の中で悪態をつく。
「ダリア様はど、どうしてここに?」
「それが私にも分からないのです」
「…………はい?」
第十一席次が間抜けな声を上げるが、第九席次も余裕があれば同じような声を上げただろう。姿形が朧げなダリアから表情を窺い知ることはできないが、声色は真剣なように感じられた。
「それはどういうことでしょうか……?」
「いつの間にか、というより少し前から? こんな所にいて私も困っているのです」
やはり、ダリアが本当のことを言っているのか、判断できない第十一席次は第九席次に助けを求める様に視線を移すが、第九席次は睨み返す形で答える。
「どうかしましたか?」
「い、いえ!」
第十一席次はダリアへと向き直ると、今度はダリアから尋ねる。
「逆に問いますが、貴女たちはいったい何者なのでしょうか?」
答えづらい質問が飛んできた。
漆黒聖典は秘匿とされている存在であり、六大神の血を引く神人と呼ばれる強者たちが所属している。神人なら目の前の強大な存在を打倒しえるのか、だとしたら沈黙を貫くか、惚けるか、若しくは全てを諦めて質問に答えるか。
視線を泳がす第十一席次に、ダリアは人差し指を顎に当てて思案する。
「答えられませんか? なら、どうしましょうか」
ダリアは二人を見て、どうすべきか考える。
魅了してしまおうか、支配してしまおうか、それとも人形にしてしまおうか。いっそのこと記憶を弄り回すのも面白いかもしれない。
そうして目の前の女たちの肢体を改めて眺める。
(あぁ……やっぱり、とても────)
────とても美味しそうだ。
「ふふフフフ……」
ダリアの妖しげな笑いを第十一席次は不気味に、第九席次は気色悪く感じた。
「決めました」
なにを、と二人が口を開く前にダリアが言う。
「貴女たちを食べることにします」
その言葉で第九席次は全てを諦め、第十一席次はなけなしの気力を振り絞り、ダリアから逃れるため、駆け出そうとする。
「フフフ、逃がしませんよ」
ダリアは第十一席次の長い髪を掴むことで捕まえる。第十一席次は自ら髪を引っ張るような形で転んでしまう。
逃れられないだろう死を前にして第十一席次は目に涙を溜めて叫ぶ。
「死にたくないっ!」
「えっ? 死にませんよ」
ダリアの一言で場が静まり返る。
「でも、食べるって……」
「私、貴女たちを頭からボリボリ食べるような、そんな見た目してます?」
その見た目が分からないんだよっ、と二人は心の中でツッコんだ。
ダリアの姿形は最初、出会った時と変わらず、朧げなままだ。そんな二人をダリアは不思議そうに見て、そして気付く。
「そういえば、スキルを使っていたのですから、貴女たちには私の姿がよく見えないのですね」
いけない、いけない、と言ってダリアは【月下美人】を解く。
そこにいたのは美女だ。整った顔立ちに、この辺りでは見られない黒髪黒目がその美貌を際立たせている。
しかし、その容姿の中でも、頭に生えているピンっと立った短めの獣の耳に、腰から生えている二本の黒い尾が目を引いた。
「ねっ、頭からボリボリ食べるような見た目はしていないでしょう?」
ダリアはその場でクルリと回ると、茶目っ気たっぷりに言った。だが、幻術で人の姿をとることもできれば、人間種の姿を真似る異形種も存在することを二人は知っている。
しかし、ダリアは二人を殺すつもりはないと言う。
「じゃあ、食べるって……?」
「食欲を満たす以外の行為ということですよ」
そう言うと、ダリアは舌なめずりをして笑みを深めた。
口をだらしなく開けて舌を出し、涎を垂れ流す。目は白目を向いて涙を流し、頬は緩み切って鼻からはみっともなく鼻水が垂れている。そんな快楽に溺れ、どうしようもない、蕩けきった顔を自分はしているのだと、クレマンティーヌは思った。
鏡でも見ている訳ではないので実際のところは分からない。しかし、自分の隣で同じ様に裸で横たわる第十一席次が浮かべる表情から、自分も同じ表情をしているのだろうと思った。
先程まで声を馬鹿みたいに張り上げて喘ぐ第十一席次を見て、最初は生娘かと呆れたが、その理由も今なら理解できる。こんな極上の快楽を与えられれば、誰だって善がる。
天にも上がる想いなのに、ズブズブと沼に嵌っていく自分に気付く。この沼から抜け出すことはできないだろうと思った。いや、そんなことはどうでもいいことだ。ただ、何時までもこの悦びに浸り、沈んでいたかった。
快楽から体の力が抜け落ち、横たわっている自分の首が少し横を向く。視界の端、遠くに優秀な兄だったものがいたが、そんなもの最早どうでもよかった。女としての悦びを教えてくれた
ああ、女に生まれてきて、本当に良かった。
自分が女でなければ、こんな悦びを知る機会はなかっただろう。
その悦びを与えてくれた目の前の男に全てを捧げようと誓った。
自分の知りうる全てを伝え、自分の力の全てを以って応えよう。
そうすれば、きっとこの人はもう一度、与えてくださるだろう。
極上の快楽を、天にも上がる想いを、そして甘く蕩けた悦びを。
法国が活躍すれば、独自設定や細かな描写を変更するでしょうが、大まかな流れは変えません。