金の華 作:酒池肉林万歳
やはり何もかもが足りない。特に人材の幅の無さが致命的だ。商会で働いている人間、そして八本指の元警備部門の人間と、人数はそれなりに確保できてきたが、人材が豊富かと問われれば、首を縦には振れなかった。
特に自身の側に常にいられる腹心の部下が必要だった。クレマンティーヌは腹心の部下と言っても過言ではない。しかし、法国において情報収集を行っているため、常に側にいるという訳にはいかない。ラナーは自身の頭脳となってくれてはいるが、友人という関係で上下関係は存在しない。
そんなことを考えながら、ハミズはバハルス帝国の首都、帝都アーウィンタールの表路地を歩く。
商売などの関係で何度か訪れたことがあったが、何度来てもここは活気に満ちていると思う。道路の殆どが舗装され、馬車と歩行者でそれぞれ別の通路に分けられていた。
その光景を見てリ・エスティーゼ王国ではなく帝国を拠点にすれば良かったかと後悔が頭に過ぎるが、帝国ではこうも上手く事を進めることは出来なかっただろうと考えを改める。
愚かしい貴族、ラナーという友人、いなくなっても誰も困らない八本指といった存在がいたからこそハミズは短期間で成果を上げることができたのだ。また、帝国にはラナー曰く、中途半端に賢い皇帝がいるとの事なので、目を付けられて初動に支障が生まれていただろう。
「さてはて、彼女は私に
そんなことを呟きながら、歩みを進める。
今回、帝国には表向きは商売の関係で訪ねており、ハミズ一人だけではなく、商品を運ぶための御者や護衛などを連れてきている。その取引自体は既に終わっていたため、本来ならば長居をする必要はないが、別の目的があったハミズはその時間まで帝都をぶらついていた。
そして、とある市場を見つけるとハミズは歩みを止める。
奴隷市場。リ・エスティーゼ王国には存在しない市場に興味を引かれる。王国ではラナーが奴隷制を禁止したため、この手の市場は表向きには存在しない。
奴隷という単語から非道な扱いを受けているというイメージを連想するが、バハルス帝国の奴隷とは身売りではあるものの、帝国の法律によって一定の保護されている。例えば、雇用主には奴隷に大怪我させてはいけないというものが存在し、違反をすれば罰金が生じる。ただし、これは帝国民の奴隷に限る。
「ふむ……」
周りの奴隷のアピールや、ハミズの美しさに惹かれた者たちの熱い視線を無視し、ハミズは周囲の店の中でもそこそこ立派な店へと入っていった。
「いらっしゃいませ」
店には使用人らしき人間が複数おり、その内の一人がハミズへと一礼して対応をし、もう一人が店の奥へと消えていった。使用人の服装、態度もしっかりしており、内装も綺麗に掃除されており、店の景気の良さが窺えた。
「本日はどの様な方をお求めでしょうか?」
「おや、意外ですね。一見様のお断りも覚悟したのですが」
「お客様の仰る通り、この辺りにはその様なお店も存在しますが、当店は一見様のお客様もお受けしております」
格式のある店というのは信用の置ける人間の紹介を貰っていないと入店を断られることがある。ハミズが足を踏み入れた奴隷市場はランクとしてはかなり上の方だったのだが、幸いにもここはそういうタイプの店ではなかった。
「なるほど、そうですか。ではリストを見せていただいても?」
「かしこまりました。ではこちらへどうぞ」
ハミズは使用人の案内に従い、応対用の椅子に腰を下ろす。その使用人は紙の束を持って来るとハミズの対面へと掛ける。
「こちらが当店のリストとなります」
「それでは拝見させて頂きます」
そう言うと、ハミズは使用人から紙の束を受け取ると紙を捲る。そこにはこの店で扱っている奴隷に関する情報がまとめられていた。淀みなく一定のリズムで紙をペラペラと捲っていくが、目当ての奴隷は見つからずに最後の紙を捲り終える。
その様子からハミズが目当ての者が見つからなかったことを察して使用人が口を開く。
「お目当ての者がいなかったようにお見受けしますが、どのような方をご所望ですか?」
「エルフです」
ハミズの間髪のない答えに使用人が一瞬固まってしまう。別にエルフの奴隷の売買は禁止されていないし、この店でも扱ってはいる。しかし、エルフの奴隷はとても高価であり、一見様のお客に売るような存在ではなかった。
「申し訳ございません。エルフの奴隷は当店で扱ってはいるのですが、在庫がないうえに一見様のお客様には……」
「でしょうね。こちらも商売に携わっていますから、そちらの事情も理解できます。なので、それ以上は言わなくても結構ですよ」
「ありがとうございます」
ハミズの配慮に使用人は頭を下げる。ハミズも商売を行っている以上、一見様と常連のどちらに商品を流すかと問われれば、余程の事情がない限りは後者を取るだろう。ただ、奴隷市場の情報がある程度欲しいと考えて目の前の使用人に尋ねる。
「差し支えなければ教えて欲しいのですが、エルフの奴隷はどれくらいの頻度で入荷しているのですか?」
「そうですね。今はスレイン法国がエルフの国と戦争している真っ最中ですから、結構な頻度で入荷します。うちでは十日ぐらいですね」
「なるほど、なるほど、では──『失礼します。ディオナエア様』」
ハミズと使用人が会話に別の人物が入ってきた。その声を見ると、使用人とは明らかに異なる立派な身なりをした男がいた。その男が現れると、眼前の使用人は目を見開き無言で驚いていた。
「後は私が応対するので、君は下がっていなさい」
「か、かしこまりました……っ」
失礼いたします。そう言うと使用人は二人にそれぞれ礼をすると、足早に店の奥へと消えていった。
そして、それまで使用人が座っていた位置に男が座る。
「まずは謝罪を、商談の最中に口を挟む形になり大変申し訳ありませんでした」
「構いません。こちらとしては一見様の私を通してくれただけでも感謝しています」
「そう言って頂けると、こちらも幸いです」
そう言うと目の前の男、この店の主が自身の紹介をするが、ハミズはその名前に覚えはなかった。しかし、目の前の人物はダリア・ディオナエアの名前を知っている。
「失礼ですが、どこかでお会いしましたか?」
「いいえ。ディオナエア様とは初対面です。ですが、あなたの容姿は有名ですから」
王国だけではなく、帝国でもダリア・ディオナエアの美貌の噂は広がっていた。
名刺の無いこの世界でこの容姿がその代わりになるのであれば、そう悪いものではないのかとも考えるが、元の世界では社会人でもなかったハミズには実感は湧かなかった。
「それでディオナエア様は聞くところによるとエルフがご所望だとか」
「ええ。ですが、エルフの入荷は先の話になると聞いていたところです」
「そうですね。しかも、既に予約をしているお客様が多数いるのが現状です」
先程の使用人と話していた内容と同じものを目の前の店長からもハミズは聞く。しかし、それだけをするだけなら、先の使用人にも出来ただろう。目の前の男の真意を直に問い質す。
「回りくどい会話は好かないので、単刀直入に尋ねましょう。何が目的ですか?」
「分かりました。ではこちらも単刀直入に。ディオナエア殿とラジアータの作品を取引したいのです。ラジアータの作品は帝国でも高い評価を受けているというのに、作品自体が流れてこないので、この機会に是非にラジアータの作品を手に入れようかと思っております」
様から殿という敬称になったことから、自分の扱いがお客様から対等な取引相手になったことを認識したハミズは目の前の男の弁に一応の納得をする。
確かにラジアータの作品の大部分はハミズしか取扱っておらず、加えてハミズは王国を拠点にしているため、どうしても作品の流通のメインは王国となっていた。
そして、奴隷という存在は高価であり、買える人間は貴族や大商人などの富豪もしくは一部の冒険者といったところだ。その奴隷を扱っている商人ならば貴族と繋がりがあるというのはおかしな話ではない。
「なるほど、確かに私ならばラジアータの作品をそちらに流すことも可能です。こちらとしてはエルフが数人、手に入れば問題ありません」
「なら、最優先で回しましょう。奴隷に何か条件はありますか?」
男の即断即決にハミズは少々面を食らってしまう。可能ですと言っただけで、優先するなどとは一言も口にしていない。
そんなハミズの様子を男は察して苦笑いを浮かべる。
「それほどまでに需要と供給のバランスが取れていないのですよ。こちらとしては時間がかかっても流してもらえるだけで御の字なのです」
男としてはエルフ数人でラジアータの作品が手に入るだけでかなりの利益が上がる計算となる。作品自体にも価値が存在し、その作品を扱えるというだけで自分と関わろうと思う人間が増え、商売の手をさらに広げることができた。
「そうですか。なら女性で────」
ハミズは女性ということに加えてとある条件を口にしようとして、言葉を詰まらせた。
そんな様子を見ていた店主は不思議そうな顔をする。
「どうかなさいましたか?」
「いえ、女性で年若い者を希望しようしたのですが……」
そう言い淀むハミズだったが、店主はその言葉でハミズの言いたいことが理解できた。
「エルフの年齢のことですね。それでしたらディオナエア殿が求めるのが人として若い見た目をしているのか、エルフとして年を経ていないそれこそ若い者なのか、どちらなのかによります」
店主の説明にハミズはホッと息を吐く。懸念していたのはエルフの年齢のことだった。
エルフは長命の種族であり、年若い見た目をしているというとハミズは聞いていた。しかし、そのエルフの年若い存在とはどの基準で、どんな見た目をしているのかということは知らなかった。幼女などを紹介された日にはどうすれば良いのか、それこそてんやわんやになっただろう。
「前者です」
「分かりました。ではそのようにお取り計らいさせて頂きます」
その後、二人は細かな条件を詰めると、店主の用意した紙面にまとめる。その紙にハミズがサインをすると、商談は終了した。
ハミズは機嫌を上げつつ、帝国の路地を歩いて行く。
金は掛かったが、思いのほか簡単にエルフの奴隷が手に入ることになったハミズだったが、エルフという種族そのものに興味を引かれているという訳ではなく、興味があったのは奴隷となっているエルフたちの国についてだ。
先の使用人が言った通りスレイン法国とエルフの王国の間では戦争が起きており、バハルス帝国にいる奴隷はそのエルフの王国にいた者たちがスレイン法国によって捕らえられ、奴隷として売られた存在である。
エルフの王国。ハミズが気になる人物と関りがある国であり、事が上手く運べば近い将来に赴くであろう国。そのような国であるからこそ事前の下調べというものは必要だった。
ぶらりぶらりと歩いていると、ハミズは表向きの目的の商談、その相手の商会の拠点に戻って来ていた。ただ商談自体は既に終わっているので、特にすべきことはない。そこには商会の長と先程までいなかった少年がいた。
「ディオナエア殿」
遠目で見つめていたハミズに気付いた商会の長が近づいて来た。
「先程ぶりですね」
「ええ。…………もしや、何か商品に問題がっ?!」
「ふふふ、安心してください。ただ暇を持て余してぶらりぶらりと歩いていたら、ここに戻ってきただけですから」
商会の長の頭に嫌な想像が過ぎり商談の破綻が浮かぶが、ハミズの言葉で安心して息を吐く。自分の商会と目の前の女性の商会の規模は圧倒的に相手の方が上に加えて、今回の商談ではかなり利益が上がったのだ。破談となったときの損失は計り知れなかった。
そんな商会の長の姿に同情しつつ、ハミズは遠くで少年が何やら見覚えのない魔法を使用していた。
少年の方をジッと見つめているハミズの視線を追い、商会の長もそちらに目を向ける。
「彼がどうかしましたか?」
「彼の使っている魔法が気になりまして」
「香辛料を生み出す第一位階の魔法のことですね」
あれがそうなのかと、ユグドラシルには存在しなかった魔法をハミズは興味深そうに見つめる。知識として覚えてはいたが、魔法という技術が発展にしていないリ・エスティーゼ王国では実際に見ることはなかった。
リ・エスティーゼ王国で魔法が発展していないのは王国が魔法を軽視しているという一点に限る。これはこの世界においてかなり致命的なことだ。しかも、このことを理解している人間が王国には殆どいないという状況が王国の寿命は末期であると示しているようなものだった。
王国の魔法軽視を知ったときはハミズもこの世界に来て間もない時期だったが、絶対に遠くない未来、この国は滅びるなと確信したものだ。
そんな愚か者ばかりなら簡単に誑かせるのではと思って商売を始めたのだが、それは長期的な視点で見れば失敗とも言えた。目論見通りに利益を出すことには成功したが、愚か者が多すぎた結果として最初に述べた通り、現在では深刻な人材不足に悩まされていたのだ。
「彼は貴方のところの従業員ですか?」
「一応、という形になりますかね。臨時で働いてもらっているのですよ。こちらとしては正規の形で就職してもらいたいのが正直なところなんですが……」
「何か問題でも?」
「問題というよりも、彼の進路の都合ですね。彼は卒業後、騎士団に入団したいそうなので」
卒業。随分と久しぶりに聞く単語にハミズは懐かしい記憶を思い出す。この世界に来て初めて聞いたかもしれない。その言葉で目の前の少年の出で立ちにも納得する。
「彼は帝国魔法学院の生徒ですか」
「はい。ディオナエア殿は彼らを見るのは初めてですか?」
「耳にしてはいましたが、実際に生徒を目にするのは初めてですね」
先程、リ・エスティーゼ王国は魔法を軽視しているとしたが、バハルス帝国はどうなのか。帝国は王国の逆、つまりは魔法の知識をかなり重視していた。しかも、それ以外を軽視しているという訳でもない。その良い例が帝国魔法学院の存在だ。
周辺諸国で学問を学ぼうとするなら、高額な金銭を支払うことで家庭教師を雇うか、魔術師組合などが経営している学び舎などに入ることが挙げられる。しかし、これらの教育を受けることのできる人間には限りがあり、優秀な人材が世に埋もれてしまうことが往々にしてあった。この問題を解決するために設立された機関が帝国魔法学院である。
この学院では通常の学問とは別に魔法の知識の習得が必須となる。これは魔法という存在を様々な分野に応用するためであり、同時に魔法が人々の生活に大きな貢献をもたらす事を認識していることを示していた。
王国とはえらい違いだと心の中で呟き、ハミズは溜め息を漏らす。
「そちらは人材の豊富さに比例するように先行きが明るそうですね」
「ええ、まあ。ディオナエア殿も拠点を帝国に移されてはどうです?」
商会の長としては皮肉や嘲りのない善意による純粋な提案だった。ダリア・ディオナエアという名前は帝国でも知られているし、信用を得るのは難しいことではない。さすがに移転に掛かるコストは馬鹿にならないだろうが、王国という沈み行く船に乗ったままでいるリスクに比べれば安いものだろう。
ハミズもそれが理解できたので、苦笑交じりに答える。実際、久方ぶりに訪れた帝都を歩くことでその思いも強くなっていた。
「そうですね。沈み始める前に行動を起こせるよう、準備は怠らないつもりですよ」
「でしたら、その際には是非にこの商会を訪ねてください。力になりますから」
善意もあるのだろうが、ちゃっかり利益を得ようとしているのが垣間見える言動から目の前の男もやはり商人だなとハミズは思う。自分も商人として活動している以上、別段不快に感じることはないが。
「ちなみに彼はこの後、仕事の予定が入っていたりしますか?」
そう言って、ハミズは帝国魔法学院の生徒を指差す。
「香辛料を運ぶ仕事がありますが……」
ハミズの目的が読めない男は後が続かない。
そんな商会の長に有無を言わせないようにハミズが満面の笑みで尋ねる。
この話だけで1万字越えなので、前後に分割。