金の華 作:酒池肉林万歳
……すいません。あの時点では本当に前後だったのですが、7話序盤でまとめる話が長くなったので、6話にまとめて編集し直し、3分割になりました。
帝国魔法学院の生徒であるジエット・エスタニアは放課後にいつも通りに香辛料を扱っている商店でアルバイトをしていた。仕事の内容は第一位階の魔法を使い、香辛料を生み出すというものだ。
「ふぅ……」
ある程度の魔力を残して魔法を使用するとジエットは息を吐く。そして、生み出された香辛料に応じた硬貨の入った皮袋を受け取ると、それを一時的に預けて香辛料を運ぶ仕事へと移る。
ここまではいつも通りだった。
「あれ、ジエット?」
香辛料を持って店への配達を行おうという場面で声が掛かった。だが、その声は聞き馴染みのある人物のものだった。
声の方へ向くと、そこにいたのはやはりジエットの知っている人物だった。
「こんな所で会うなんて珍しいな。ネメル」
幼馴染みである少女にそう声を掛けると、少女はにこやかな笑顔で返す。
「お姉ちゃんにお届け物があってその帰りなんだ。ジエットはアルバイト?」
「ああ。丁度、香辛料を配達するところだったんだ」
「そっか、お仕事の邪魔にならないうちに私も行くね。ジエット、頑張ってね」
「ありがとうな、ネメル」
幼馴染みからの気遣いに感謝しつつ、ジエットは仕事に戻ろうとするが、今度は別の声が掛かる。
「あー……ジエット君、ちょっといいかね」
今度は聞き馴染みという程ではないが、しっかりと記憶している人物の声だった。
そこには自分が働いている商会の長が戸惑うよう表情を浮かべていた。
幼馴染みと喋っていた時間は短かったが、サボりと見られて咎められるかとジエットは懸念してしまう。
「あの、すいません。ジエットには私の方から声をかけたんです」
同じ事を考えていただろうネメルが先に頭を下げた。だが、会話をしていたことが咎められる様なら、その分多く運ぶだけだし、何より女子に頭を下げさせたままというのは男子としてプライドが許さなかった。
「申し訳ありません。全部自分の責任です。会話していた分は急いで運びます!」
そうジエットがはっきりと告げると商会の長の顔がキョトンとした表情へと変わる。その反応に二人は面を食らう。
ここで彼は目の前の少年たちが勘違いをしていることに気付く。
「ははは、さすがに会話の事で咎めたりなんかしないよ。ジエット君の勤務態度は知っているし、少しぐらい個人的な会話をするぐらいならサボりには入らないよ」
その言葉で二人はホッと息を漏らす。ただ、ジエットの心の中で今度は別の疑問が浮かぶ。
「それじゃあ、えーっと……?」
では何故呼び止められたのか、理由が思い浮かばなかったジエットは言葉が続かない。
「実はとある人が君と話をしたいとのことなんだ」
「とある人ですか? でも、この後の仕事は……」
「仕事は別の人に任せるし、その分の給料もこっちで出すから」
商会の長からの自分に都合の良すぎる提案にジエットは少しばかり警戒してしまう。話をするだけで給料を出すと言っているようなものだ。
つい自身の顔を覆っている眼帯を触れてしまう。
ジエットの左眼ある魔眼。自身に特別な価値があるとすればこれくらいのものだった。
どうすべきか逡巡してしまう。
「後は私の方から説明いたします」
そんな言葉と共に商会の店の中から息を吞む様な美女が現れた。
長い黒髪と黒目に肌は色白、赤い花の意匠が施された黒いローブの様な服装に身を包んでいた。ふと、隣にいる幼馴染みの方をチラッと窺う。同じ女性だからなのか、同じ女性でもなのか、ネメルも目の前の女性から目を離せずにはいられなかった。
「ディオナエア殿。中でお待ちいただければ連れて参りましたのに」
「お気遣い感謝いたしますが、やはりこういうのは手ずから話しかけるというのが性に合っています」
そう言うとその女性はジエットへと向き直る。
光を呑む様な黒い瞳で見つめられジエットは緊張してしまう。先程までどうすべきか逡巡していたが、そんな事は頭の中から吹き飛んでしまった。
緊張で体を固めているジエットに女性は微笑む。
「ジエット・テスタニア君ですね?」
「は、はいっ!」
「そう緊張なさらないでください。私は帝国魔法学院の学校生活というものについて話を聞いてみたいだけなのですから」
ジエットは言葉の内容に肩透かしを食らってしまう。魔眼に関すること、若しくは自分には想像のつかないものが目的なのかと思って身構えていたが、聞いてみれば話の内容は学校生活だという。
「良ければそちらのお嬢さんからもお話を伺いしたいのですが」
「はっ、はひ!?」
まさか自分にも会話が向いて来るとは思いもしていなかったネメルは思わず変な声を上げてしまった。
だが、ジエットにもネメルの気持ちは理解できた。それほどまでに目の前の女性の佇まいは優雅なものであり、見る者の姿勢を正してしまうのだ。だからこそ、気になってしまう。この女性がいったい何者なのかということを。
そんなジエットの内心を察して女性は片手を胸に当て、自己紹介をする。
「初めまして。私の名前はダリア・ディオナエアと申します。リ・エスティーゼ王国を拠点に活動している商人です」
以後お見知りおきを。そう言って、静かに礼をした。
「ジエット・エスタニアです」
「私はネメル・クシィネ・リイル・グランと言います」
「ジエット君にネメルさんですね。それで私のお話にお付き合いして頂けますか?」
その言葉でジエットとネメルは顔を見合わせる。
ジエットとしては大変な肉体労働から会話をするだけで給金を貰えるなら、断る理由はない。ネメルも用事を済ませているので時間に余裕はあった。
「俺は大丈夫です」
「私も長い時間でなければ」
「そうですか、そうですか。ふふ、それは良かったです。安心しました」
二人の答えに安堵してダリアも機嫌を上げる。
「では商会の一室をお借りして、そこでゆっくりとお話しましょうか」
ダリアがそう言うと三人は商会の中へと入っていった。
商会の長が予め用意をしていてくれた部屋へと案内する。商会の長が直に案内するとは目の前の女性はいったいどの様な人物なのかと、ジエットは関心を抱く。
「この部屋をお使いください」
「ありがとうございます」
商会の長がドアを開けると、ダリアは入室していく。それにジエットもネメルも続く。
「では私はこれで」
そう言うと商会の長はドアを閉めて退散した。
ごく普通の応接室。そのソファーにダリアが腰を下ろし、対面にジエット、その隣にネメルが座ると、ダリアが口を開く。
「まずは今回の会話を受けて頂いた事に感謝を申し上げます」
「い、いえ……」
目の前の女性の雰囲気に飲まれて二人は畏まってしまう。このまま萎縮したままでは会話が進まないと考えたジエットは口火を切る。
「それで先程、帝国魔法学院について聞きたいことがあると伺ったのですが」
「ええ、実はお二人には帝国魔法学院の学生生活がいったいどの様なものなのか教えて頂きたいのです」
ダリアから告げられた言葉に肩透かしを食らってしまう。
確かに自分たちは帝国魔法学院の生徒であるため、それぐらいのことを話すのは事は簡単だ。先の好条件と相俟り、簡単過ぎて何か裏があるのでは勘ぐってしまう。
そんなジエットの内心を露知らずにネメルが口を開く。
「えーと……。そんな簡単なことでいいんですか?」
「はい、そんな簡単なことでいいのです。守秘義務のような口外できないことではなく、何気ない学校生活を知りたいのです」
「じゃあ、登校風景からでいいですか?」
「ええ、ええ、いいですね。登校、何とも懐かしい響きです」
戸惑うネメルと対照的に楽しそうなダリアは会話を交わしていく。だが、ジエットには気になることがあった。
「懐かしいということはディオナエアさんも帝国魔法学院の生徒だったんですか?」
ジエットはそう疑問を口に出したが、違うような気はしていた。帝国魔法学院の生徒だったのなら実際に学院に赴くだろう。そもそも、学院について知りたいなど思わないだろう。
「いえいえ、違いますよ。まあ、学び舎の様なものに通っていた時期はありますが」
帝国には帝国魔法学院という教育機関が存在するが、周辺諸国においてそのような機関は存在しないため、私塾や魔術師組合である程度の学問を学ぶと聞いていたジエットはダリアがその様なところの出なのかと思う。
そんなことを考えているとダリアの瞳が自分を覗き込んでいた。そんなダリアを見て、ネメルもジエットの方を見ていた。
「何をそんなに考え込んでいるのですか?」
「え? あっ、会話の途中にすいませんでした。ならどうして学校について知りたいんですか?」
「逆に問いますが、その質問にはどの様な意味が?」
そうダリアに尋ねられるとジエットは口ごもってしまう。
この美味い話には何か裏があるんじゃないんですか、などと表立って言う訳にはいかない。
そんなジエットの内心を知ってか知らずかダリアは笑みを漏らす。
「ふふふ、今の質問の意図については追求しないでおきますよ。それで学校について知りたい理由についてですが、新しく教育機関を作ろうと考えているので、その参考にしたいのです」
ダリアが自身の質問の真意について追求してこなかったことに安堵するが、続いて発せられた言葉にジエットだけではなく、ネメルも驚く。
「ダリアさん、学校を創るんですか!?」
「そうですよ」
「私塾とかじゃなくて……?」
「はい。さすがに国家規模のものは無理ですが、それなりのものは創る予定ですよ」
ネメルの質問を明確に否定したダリアにジエットは改めて目の前の女性はいったい、何者なのかと感じてしまう。
規模は大きくないと言うが、教育機関を一から作ろうとしているのはそこいらの商人や商会に出来るような事ではない。金だってそうだが、人脈も必要になるだろう。それが理解できないような人物ではないだろうと短い時間ではあるが、ダリアと会話を交わしたジエットはそう思った。だからこそ先の疑問が強くなる。
「あの…………どうして俺たちなんですか?」
そう、人脈があるだろうに何故わざわざ自分たちから話を聞こうと思ったのか。もっと都合の良い人間がいるだろう。
「ああ、偶々です」
「た、偶々ですか?」
「気まぐれと言ってもよいですね。この商会で商談を終わらせた後、ぶらりぶらりとこの辺りを散策しているとアルバイトをしている制服姿のジエット君を見て前々から興味をもっていた学生生活について尋ねてみようと思ったのです」
これまでの経緯を淡々と語るダリアに対してジエットは益々目の前の女性が分からなくなった。
学校を創るという計画性が必要となるのに対して、それと反比例するかのような行き当たりばったりの行動だ。しかし、自分が働いている商会の長が直に応対するような程の商人に計画性がないとは思えない。
天才というのがこういうものだと言われれば納得もできなくはないが、自身の知る天才と呼ばれる女性とは全く性格が違った。警戒心は薄れたが、やはり目の前の女性が不思議だという印象は変わらない。
「これで疑問の回答になりましたか?」
「あっ、はい。ありがとうございます」
ジエットはそう言葉を返すしかなかった。
疑問が氷解してからも暫くはぎこちなかったが、徐々に緊張が解けると、その後の会話はスムーズに進んだ。
「なるほど、教科書は貸し出しという制度があるのですね」
「はい、俺みたいに金銭的に余裕がない家庭は図書館で貸し出している教科書で予習復習するんです」
「ふむふむ。確かに紙は値が張りますからね。────そう考えると先行投資は間違っていませんでしたね…………」
最後の方は何を言っているのかジエットとネメルにはよく分からなかったが、ダリアは何か納得しているようだ。
ジエットはふと時計の見ると、そこそこの時間が経過していた。
「あの、すいません。そろそろ家に帰らないといけない時間に…………」
「もうそんな時間でしたか、学生をこれ以上引き留めるという訳にはいけませんね」
「ありがとうございます」
そう言うとジエットとネメルは立ち上がる。そして、ネメルは満面の笑みで礼をする。
「ダリアさん、お話し楽しかったです!」
「私も楽しかったですよ。ネメルさん」
呼び方から想像できるように、ネメルは最初の緊張が噓のようにダリアと会話をしていた。この光景から短時間で二人の仲が良くなったことが伺えた。
ダリアも腰を上げると、何かに気付いたように口を開く。
「ああ、そうだ。会話に付き合ってくれたお礼に何か差し上げるべきですね」
さて、何がいいでしょうか。そう言ってダリアは腕を組んで頭を悩ませる。
「そんな、いいですよ! ただ学校の話をしただけですから」
本当に学校の何気ない話をしただけで、お礼を貰うようなことはしていないとネメルは断ろうとして、ジエットも同意する。
「俺もです。商会の方から給金が出るようですから大丈夫ですよ」
「そういう訳にはいけません。私から時間を取らせたのですから」
この手の話はどちらかが折れるまで続くなと思ったジエットは先に折れることにした。頑なに厚意を受け取らないというのはそれこそ目の前の女性に失礼だと思ったからだ。
「そうだっ、あれをあげましょう!」
そう言うと楽しそうにパンっと手を合わせる。そして、右腕を何もない空間へと沈み込ませた。
「えぇっ!?」
「なっ!?」
少し早くネメルが驚き、同じようにジエットも驚いて声を上げた。
学生であるジエットたちでも実際に見た事がなかったため、知識の中にしか存在しなかったが、それは〈
異空間に一定のサイズまでの物体を収納することができる魔法である。ダリアは何事もないように発動させているが、高位の
信じられないもの見るかの様にダリアを見つめるが、そんな視線を意に介さずにダリアは目的を探す。
「ああ、ありました」
そう言うと、ダリアは腕を引き抜くとそこには布に包まれた分厚い板のよう物があった。
それをジエットの方へ差し出す。
「はい、これをお礼に差し上げます」
『……………………』
「もしもし、どうかしましたか?」
口をあんぐりと開ける二人の姿をダリアは怪訝そうに見つめる。
ふぅ、と溜め息を吐いて改めて手に持っているものを差し出す。
「ジエット君?」
「…………あっ、はい」
「これをどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
ジエットは上の空のまま、差し出されたそれを受け取った。
布に覆われているため中身が何であるかは分からない。分からないが、それよりもダリアにぶつけたい質問があった。
「…………あの、ディオナエアさんは
「ふふふ、そんなところです。あ、これ秘密ですよ」
そう口元に人差し指を当ててお茶目にそう言うが、本当に何者なのだろうかと思う。
同じように布に包まれた何かをダリアは取り出すとネメルに差し出す。
「はい、ネメルさん」
「あ、ありがとうございます」
普段明るい幼馴染みも魔法を扱えることから、むしろ魔法に深く関わるからこそ、目の前の女性が
お礼を先に受け取ったジエットは逸早く気を取り直して布に包まれた物品を見るが、外側から中を覗き見ることができない。これが何なのか、壊れやすい物なら取扱いに気を付けてはこばなければならないので、直接ダリアへと尋ねる。
「あの、ディオナエアさん。これっていったい……?」
「ただの絵です。ちなみにネメルさんのも絵ですよ」
普通の人からそう告げられたなら、ジエットもそうなんだ、というぐらいにしか思わなかっただろう。しかし、目の前の女性の底知れなさから絶対にただの絵ではないと思った。
そんなジエットの疑念を知ってか知らずか、ダリアは面白そうに言う。
「その絵ですが、売るなり物々交換するなり渡すなり、好きなようにしてください」
「えっ、そんな失礼なことできませんよ!」
正気に戻っていたネメルが強い口調で言った。
それはそうだろう。お礼に受け取った品をそんな風に扱うのはさすがに躊躇われる。だが、ダリアは不思議そうに首を傾げる。
「そうですか? 個人的にはあなた方がそれを面白く使ってくれる事を期待しているのですが」
やっぱり、ただの絵ではないのかとジエットは思った。何か特殊なマジックアイテムなのかと、手に持っている絵を見つめる。
そんなジエットを見て愉快そうに微笑む。
「深読みしているところ申し訳ありませんが、本当に普通の絵画ですよ」
「じゃあ、物凄く貴重な絵とかですか……?」
そうネメルが言うとダリアは益々笑みを深めた。
その表情からそれがネメルの推測が正解なのだと、ジエットは思ったが、そうだとしても意味が分からなかった。自分たちは本当にただの雑談に付き合っただけなのだから。
ここに至ってジエットは自分たちが知らない間に何かされていたのでは、という疑問にかられる。自分たちよりも明らかに高位の
「その絵の価値をどう見定めて、どう生かすのか、お二人にまたお会いする時までの楽しみにしておきますね」
結局のところ、ジエットには最初から最後までダリアの意図を読むことはできなかった。
日が沈んだバハルス帝国でジエットとネメルとの会話を思い出し、ハミズは一人物思いに耽る。
高校生だった頃の記憶を思い出し、ここの学生生活に興味を惹かれたため、気紛れで彼らから色々と聞き出した。その結果、どこの世界も学校というのは同じようなものであることが分かった。
授業を受けてチャイム音が鳴り響き、休み時間に昼食を食べる。ごくごく普通の生活を想起して懐かしい気持ちになると、少しばかり郷愁の念にかられる事となった。
ただの学生だった自分がまさか文字通り人間をやめる事になろうとは誰にも想像がつかなかっただろう。想像がついていたとしたらそれは中二病患者か誇大妄想狂のどちらかだろうなと、心の中で苦笑いをする。
そんなことを考えながらハミズは皇城を歩く。
皇帝の居城ともなれば、むしろ夜間という時間帯だからこそ、警戒は厳重になる可能性があったが、この世界では高位を通り越して神の領域とされるような幻術を扱えるハミズには関係ない。【
その歩みに迷いはないが、ハミズは皇城を内部構造を把握している訳ではない。
ハミズの歩く先にはトコトコと可愛らしく歩く管狐がいた。
日が昇っている間に複数の管狐を侵入、内部構造や配置されている人間を把握させておき、現在はその内の一匹に道案内を任せていた。
目当ての人物は何処かと進む。今回この皇城を訪れたのはとある人物を勧誘するためだ。その人物は皇帝の下で働いてはいるが、ラナー曰くかなり高い確率で引き込めるとのことだった。
そして、唐突に先を進んでいた管狐が止まる。どうやら仲間の一匹が彼女を見つけたようだ。
〈
ネメルちゃんの名前の一部も独自設定です。家名の方は家族がいるので、同じものをそのまま。