そしていつか来る季節。
「ん?」
「ノック? めずらし、客が直接来るなんて」
「開けてくれ」
「はいはい……ってナニコレ、葉っぱに包まれたお金?
イタズラかなぁ」
「……いや、心当たりがある、受け取っておこう」
「えっなになにそれ」
「秘密だ」
「ええ〜!」
それは、寒い冬の日の事だった。
「ん? ノックか、誰かな? 外は寒いだろう、中へ入るといい」
「お邪魔、します」
そう言って魔術師の住処に足を踏み入れたのは、年端もいかない少年だった。
少し震えているのは寒さのせいだろう。
ここ最近のそれは、たとえ立派な毛皮を持った狐や熊でも堪えるものだった。
「ふむ……坊や、ここがどういう場所かわかって来たのかな、それとも迷い込んだのかな?」
「あ……ぼく、その……手袋がほしくて」
「手袋?」
「はい……あの、お母さんが、むかし作ってもらったと」
そう言われて、思い出す。
確かに昔、似たような事があった。
だとすると、手袋というのはアレの事だ。
「……ああ、あの子の。
成る程ね、わかった、いいだろう。あの子は元気かな?」
「あ、はい。
もうこれなくなった……んですけど、あなたの事をずっと気にしています」
「そうか、もうそんな年か……
っとすまないが、そこの、白い革を取ってくれないか?
今は助手が留守でね、手伝ってくれると嬉しいのだが」
「えっ、いいんですか!
喜んでお手伝いします!
ふふ、母に自慢、できますね」
「そんなに、喜ぶ事なのかな?」
「もちろん、あなたは英雄ですから」
「俺はただの魔術師のつもりなのだが」
「ふふ、僕たちにとっては、特別なんです」
何かをした覚えはないが、経験上、口で否定してもわかってくれた事はない。
俺は、生きたいように生きているだけなのだが。
「さて、手を見せてごらん。
……おや、怪我をしているね」
白い肌に赤い生傷が目立つ。
傷自体は治りかけではあるが、恐らく毒を受けたのだろう、化膿している箇所もある。
「あっ、その……」
「矢が掠めたのかな。
君達にあまり毒は効かないが、君のような子供はやられてしまう事がある。
解毒剤と傷薬を塗布するから、動かないでくれ」
「えっ、そんな、大丈夫です!
治りかけですし……」
「気にする必要はない、今後の作業に支障をきたすかもしれないから、俺が勝手にやるだけの事」
「そ、そういう訳には!
お礼は必ずします。 僕たちのルールですから」
「ああ、確か、良き人には良き物を、悪き人には報復を。
と、君の母も言っていたな」
「はい!
だから、矢を放った人はまだ森で迷っているはずです」
「そうか……よし出来た、布を合わせて、型をとる、と」
「ちょっとくすぐったいです」
「ハサミで切って……」
「えっと、どうして作業の工程を口に出すんですか?」
「うん? 出ていたか。
いかんな、癖になっている。
助手にレシピを作りながら教えているんだが、それがもう、ここ何百年の事だから、すっかり癖になってしまったんだな。
うるさかったかい?」
「い、いえ! もっと聞いていたいです」
「うん? 面白くは無いと思うのだが……」
「いえその、安心できるというか、会話がないよりリラックス出来るので、よければお願いしたいくらいです」
「そうかな、まぁ、私は構わないのだが」
作業工程だなんて、逆に退屈ではないだろうか。
あのバカが、ただ教えるだけでは退屈そうだったからこういう形にしたのだが……楽しいのなら間違ってはいなかったのだろうか?
俺としては、座学もより多く学んで欲しいのだが……
「革と布を縫い合わせるのだが、革は硬いから、先に千枚通しで穴を開けておく」
「わぁ、大変ですね……ぼくにもできますか?」
「やってみるかい?」
「はい!」
「では、間隔はこのくらいで……そうだ、いいぞ。
その間に、私はもう一つの素材を用意しよう。
確かこの棚に、ジェルボールが……あった」
「できました! どうですか?」
「いい感じだ。では縫っていこう」
するすると糸を躍らせて、布を繋ぎ合わせていく。
他の魔術師なら魔法で合わせるのだろうが、俺は料理でも裁縫でも、手で出来る事は手でやるのが好きだ。
「わぁ、手袋の形になった! 完成ですか?」
「いや、ここから、魔術師にしか出来ない仕事をする」
「魔法だ!」
「その通り。"comixe by leat in gel"」
「わっ、すごい!浮かび上がって、くっついた!」
合成魔法、流石に、クッション剤であるジェルをつけるには、魔法を使うしかない。
「完成だ。つけてごらん」
「わ、すごい、ピッタリです!」
「よかった」
それは白く、丸い手袋だ。
ピンクのジェルが、にくきゅうのようにくっついている。
あらゆるものにピタリとくっつき、人ひとり程度なら支えられてしまうが、反対方向に力をかければ、簡単に剥がす事も出来る。
彼らのような、ヤギ形の獣精霊たちにも人気の品だ、代替わりの年が近づくと買い求める事が多い。
「これで母さんみたいに崖をすいすい登れます!」
「あまり慢心しないように。落ちる時は落ちてしまうものだからね」
「はい! ありがとうございました!」
・・・
「アンタが秘密にしたがる事ぉ? はっ! 隠し子!」
「そんなわけないだろう」
「ですよね。 あっ、そういえば、人探し用のペンデュラム、ちゃんと人、見つけられたみたいですよ」
「そうか、三百年ぶりに作ったから、ちゃんと動くか心配だったのだが」
「ま、探し人はカチコチだったんですけどね。
母親なんか、わんわん泣いちゃって」
「この極寒の森の中、三日も彷徨えばそうなるか」
「あれ、なんで三日ってわかるんです?
僕、いついなくなったかとか言いましたっけ」
「さぁな」
魔術師ははぐらかすように、ホットワインを一口、口に含んだ。