やがて満たされる気持ち
「クッキーを軽く砕いて、バターと混ぜる。
食感を残したいから、あまり細かくなくていい。
それを型に敷き詰めてくれ」
「こう、ですか?」
「ああ。
その上にラムレーズンを散らす。
苦手なら他のドライフルーツでもいいし、なんならなくてもいいだろう。
個人的にはジャムとか入っていてもいいと思うが……
俺用にしか作った事がないから、それに関しては味は保証出来ない」
「色々あるのですね……できました、次は何を?」
「生クリーム、卵、小麦粉、砂糖を混ぜる。
その間にチーズを熱石のプレートに乗せて温めておこう。
卵の割り方は……教えた方がいいな」
「お願いします……」
「君は知らなくて当然なのだから、そう落ち込むことはない。
卵を持って、机に軽くコンコンとぶつける。
ヒビに親指をかけ、食い込ませるように開けば、ほら」
「分かりました……あっ、殻が……」
「ふむ、凄いな、黄身が無事だ。
俺は最初の頃は何度も潰したものだが……器用なのだな」
「えっ? いえ、そんな。
あ、ありがとうございます」
「殻は指を水につけると簡単にとれる。
この程度は今でもよくやる。
よくやる失敗なら、カバーする方法さえあれば気にする必要はない」
「……そうですね。
取り返しのつかない事もありますが」
「そうだな。それより、手が止まっているぞ?」
「あっ、すみません……」
「これから、その細腕が悲鳴をあげるまでかき混ぜてもらう。
さ、がんばれ」
「は、はい!」
「で、出来ました。本当に、腕がもう……」
「じゃ、チーズを入れてもう一度」
「えっ、は、はい……」
「重たくなっているし、メレンゲ作りではないからそんなに早く動かす必要はない。
……まぁ本当は、卵白はメレンゲにしてから混ぜた方がふわっとするんだが、初めてでそれはな、俺は鬼じゃない」
「色々な、やり方が、ふぅ、あるんですね」
「ああ、今回は底にクッキーを敷き詰めたが、本来ならタルト生地になるかな。だが、それだと手間がかかる。
初めてなら、お手軽な方がいい。
……最初から、魔術の奥義を教える先生はいないだろう?」
「なるほど、確かにそうですね」
「うん、いい感じだ。その生地を、型に流し入れてくれ」
「はい」
「それを、温めておいたオーブンに入れてくれ。
火は中程に設定してある。今度は自分でやるように」
「はい、出来ました」
「砂時計をひっくりかえして、砂が落ちたら焼けた頃だろう……おいおい、気持ちはわかるが、あまり凝視するな。
紅茶を用意したから、飲みながら待とう。
君の家のものには劣るだろうが」
「そんな事はありませんよ、いただきます」
「それで……何故君がここへ?
しかも料理を教わりたいなどと……
公爵令嬢なら、そんなスキルは意味がないのではないか?」
私の目の前にいる人物は、とある公爵令嬢。
あのバカがこの話を持ってきた時はどうなる事かと思ったが、彼女は、さっぱりとした格好で、匂いや見た目の違う香水もなく、髪も纏めて、ちゃんと料理を習う、という意志でやってきた事がうかがえた。
印象はいい。
「私は……いえ、私の侍女が、ストレスが溜まるとよく料理をすると言っていたもので」
「ああ……成る程な。
では、あまりお役には立てなかったか」
「いえ! 魔術師様の香水はとても役に立ちました!
禁じられていた魅了効果のブレスレットを持ち込んだり、作ったものも捕らえられたのは貴方様のおかげです!
これは、それとは関係なく……
端的に申しまして、私はフラれてしまったのです」
「そうか……それは、辛かったな」
「いえ、いいんです。
今ではあんなのに嫁がなくてよかったとさえ思っています。
問題は、アレが言い放った言葉……」
・・・
「君は妹としか思えない、同い年なのはわかっているが、その、小さいし、顔も体も幼いだろう?
僕にそういう趣味はないし……地位が欲しいなら側妃になればいいだろう?
公爵家だって、その方が喜ぶさ」
・・・
「私の外見が幼く見えるのは、母が東の国から来た姫で、その血をついだからです。
あの発言は我が家と彼の国から王国に対し厳重に抗議し、私は彼の国の華族と婚約を結び直しました。
だいたい、勝手な憶測で我が公爵家を貶めるような……
そもそも前の婚約は王国から!」
確かに彼女はその、小さいが、だからといって第一王子の発言は……少なくとも公爵令嬢に対するものではない。
黒髪の彼女は凛として落ち着いた雰囲気を持っているし、何よりとても淑女だ、品がいい。
人を見る目が無かったのだろうな。
怒る気持ちは非常にわかるが、今は怒りを抑えてもらおう。
「うん、落ち着いて、過去のことなのだろう?
しかし、うん、噂以上だね」
「噂?」
「第一王子は頼りない、第二王子は戦争好き、次の王は第三王子になればいいのにって庶民は囁きあってるよ」
「そうなのですか……
あの、一体どうして、庶民は王族の事情を知れるのですか?」
「簡単だ、第一王子は無意味な炊き出しばかりしていただろう?
それだけしてあとはほったらかし、街の人は白い目で見ていたよ。
時折、街で女性といちゃついてもいたらしい。どう思う?」
「見た目だけ、ポーズだけと思われても仕方がない……
しかも遊んでばかりいる遊び人?」
「第二王子は簡単。
街の治安維持活動と言って出歩いては、ごろつき相手に喧嘩三昧。
流れの移民を斬り殺したって話もあったな、盗賊と見誤ったと……
普段の粗暴な態度も相まって、彼自体が蛮族にしか見えんがな」
「事実、怖い人でした、今は謹慎していますが」
「第三王子は俺にも会いに来たことがある。
曲者だが、為政者なら妥当だろう。
彼がやったのは、街道の整備。物流がよくなり、仕事も増えた。」
「成る程、行動を見られているのですね。思ったよりもずっと」
「そういう事だ。
さ、出来たみたいだぞ」
「わぁ、いい匂いですね!」
「君が作ったんだぞ?
しかしそうだな、いい匂いだ。
出来立てを食べる機会はないだろう、さっそく食べようか」
ケーキを切り分け、一欠けを彼女に差し出す。
「いいのでしょうか?」
「いいもなにも、君の好きにしなさい。
毒味も必要ないだろう? それとも私が先に」
「い、いえ、食べます、いただきます!」
そう言って慌てて彼女は、できたてのチーズケーキを口に運び入れた。
「お、美味しい!
サクサクのクッキーにふわっとした生地、チーズの香りがして、レーズンがアクセントになっています!
これが、チーズケーキですか!」
「ん? 食べたことがないのか?」
「ありません。
私の家は彼の国のものを中心に食していました。母が好むので。」
「ああ、あの国は食に五月蝿いからな。
だが、こちらの料理が嫌いなわけではない。
少なくとも、私が知り合った者はそうだった」
「そうなのですか?」
「コツは、彼の国の調味料を少し足すことだ。
甘いものには……黒蜜をかけたり、豆を甘く煮て加えたり。
チーズケーキに合うかはわからないが」
「成る程、今度試してみます!」
「ああ、うまく出来たらレシピを教えてくれ。
今日のレッスン料、という事でな」
「もちろん、ありがとうございました!」
Q:なんでチーズケーキ?
A:俺が食いたかったから。
こっちだと文字数が少し減っている気がするのは何故だろう……