記す歴史の疵
それは無地の金貨だった、まだ何の模様もない。
「あれ、金じゃん。
どしたのそんなの、何に使うの?」
「例のお嬢様が、記念硬貨を作って欲しいと頼んで来てな、嫁入り道具の一つにしたいと」
「ああ、東に行くんだっけ。
っていうか、仕事は僕を通して欲しいんだけど……」
「別に、俺の耳に届けば問題ない」
「それはそーだけどさぁ」
魔術師は細工道具を取り出すと、無地の硬貨と向き合い、模様を掘り始めた。
「掘るの? 手作業で?」
「記念硬貨で、嫁入り道具なら、一枚あればいいだろうよ。
図案は相談してあるし、彫るだけでいい。
まぁ、まじないくらいはかけてもいいが」
「ふーん、何にしたの? 図案」
「秘密だ」
「けち!」
「あのお嬢様、今度は幸せになれるかなぁ」
「さぁな、相手は幼い頃から交流があるらしいが、だからといって幸せになれるかはわからないが」
「だねぇ、ま、アレより酷いのはそういないでしょ。
彼、男爵令嬢以外にも手を出してたみたいで、子沢山になったらしいよ」
「すごいな」
「第二王子は投獄されたってさ、良かったよね」
「謹慎から抜け出して、街で騒ぎを起こした挙句、異民族に手を出したとなれば、まぁ妥当だな。現王がまともで良かった」
「なんであんなまともなのから、あんなんが出てきたんだろ」
「さぁ、母親が違うからじゃないか?」
「ああ、そっか、そういうのもあるのか」
「お嬢さんの話だと、第一王子は王になるのは確実だと、たかをくくっていた節もあるようだな」
「……たぶん、公爵家がついてたからだよね?
それを自分でふりはらったんじゃ世話ないね」
「それでなくとも、即位もしないうちに種を振りまくのは王族として……
ちょっとどころでなく難がある」
「ちょんぎっちゃえばいいのに」
「ひどいな、いや……気持ちはわかるが」
「僕、東の国は詳しくないんだよね、どんなとこ?」
「昔の話だが……なかなか風情がある場所だ。
排他的だが、馴染めばさほど悪くない。
暫くその国で知り合った侍と行動していた」
「侍?」
「刀を履いた……まぁ、剣士だ。
そいつと国々を渡り歩いて……最後は老衰だったな、戦って死にたかったと言っていたが、無理な相談だろう、強敵と言える強敵は倒しきってしまったのだし」
「……あー、成る程ね、わかった。絵本になってる人だ」
「絵本?」
「太陽の剣士の冒険シリーズ。
結構ロングセラーで、タイトルや内容を少し変えて全世界に広まってるよ。
ラストが今言ったのとおんなじ感じ。隣に謎めいた魔術師も描かれてるし」
「なんで太陽なんだ?」
「作中で、太陽が登る場所から来たって言ってるからじゃないかな」
魔術師はしばし思案し、納得がいったように頷いた。
「ああ、間違いないなそいつだ」
「太陽が登る場所ってどういう意味なの?」
「太陽は東から登るだろう?
昔はあの国は今よりずっと閉鎖的だったからな、出身を話したくなくて誤魔化していたんだ」
「そんな理由で……色々夢が壊れそう」
「ふむ、あいつもそうだが、あの国は食にうるさくてな、しょっちゅうあの国の調味料を恋しがっていたよ」
「ふーん、そんなに美味しいの?」
「私には味噌汁もブイヤベースもボルシチも豚汁もコーンスープもクリームシチューもクラムチャウダーも汁は汁だ」
「ええ……」
「全部美味いんだから、どれか一つが恋しいということはない」
「アンタは故郷の味とか無いの?」
「ふむ……緑色のドロッとした栄養だけ入ってる、みたいな味のものがそれにあたるかもしれないな。
また食べたいとは思わん。
たまに食べた人間が死んだり、変異したりしていたし。
ああ、色が赤い日は当たりだったな、たぶん有機物が入っていたんだろう」
「いやどこの国の話⁉︎」
「もう無い、いつかまた来るかもしれないが」
「そんな未来はお断りだよ!」
・・・
「あ、出来たの」
「ああ、形はな。さて、どうしたものか……」
「ん? 付与しないの?」
「うーん、どこまでかけるか迷っていてな」
「知り合いのお祝いなんだし、たまにはバッチリ決めちゃえば?」
「成る程、それもそうか"seal it..."いや違うな…」
魔術師はしばし考え込むと、杖剣を抜き、金貨の上で印を刻み、呪文を口ずさんだ。
「"preia. pira. preia. prelia. reject oll sealer omni budel ommi villiv, aqas gadeas, sealer feele halt, preia en yosher pool tatac tatac prelia"」
杖剣で刻まれた印が眩く光り、砕けたかと思うと破片が金貨に吸い込まれていった。
すると金貨が淡く光り始め、神々しい雰囲気を放つ様になる。
使い魔はしばしドン引きしていたが、ハッと我にかえり魔術師に一歩詰め寄った。
「えっそれ呪文⁉︎ なんか聖句っぽくない?」
「混ぜた」
「混ざるもんなの?」
「どっちも自然にあるものだからな、混ぜようと思えば混ざる。水と油だって、石鹸水を混ぜたり乳化させれば混ざるだろう」
「ええ……そういう問題なのかなぁ」
「まぁ混ぜたからな、並の魔術師や神官にも打ち破れないだろう。俺も正直わからん」
「ええー……」
使い魔は更に引いた、確かにたまには本気が見たくて発破をかけてみたが、まさかこんな、変態的な方向で本気を出されても困る。
何より、そんな凄いことをしても、できるからやったと言わんばかりの姿に、呆れた。
実力も実績も確かだし、ひけらかさないのは美点でもあるが……少しはひけらかして欲しい。
あなたは凄い人なのだから。
・・・
「お嬢さん、なんて言ってた?」
「神々しくて震える、と。あと家宝にするとも」
「あー、なんか想像つく。
そういえば、裏に彫ってあった三角のアレ、何?」
「チーズケーキだ。
よっぽど気に入ったらしいな、俺はどうかと思ったんだが、強い要望で入れた」
「うーん、話を聞くと益々変な模様」
「本人が満足ならそれでいいじゃないか」
魔術師は実に満足げな顔で、ジャムクッキーを齧る。
上手く焼けたとドヤっていたものだ。
魔術に関してもそれくらいドヤればいいのに、と、使い魔は残念な気持ちでそれを眺めていた。
こういう呪文ってわかりそうでわからないくらいがロマンな気がする。
適当だからあんまり意味とか深くないけど、無意味ではなく、言葉にはなってます。
文法は自由なものとする、ただし私は日本人なので、意識しなければ日本語と同じになっているかもしれません。