Lycoris x Recoil x Rogue 作:ハンターキラー(偽)
「面目丸潰れ、だな」
夜半過ぎ。
報告書を執務机へと放り投げ、楠木は革張りの椅子に肘をつく。
ローグとの初交戦以来、これでもかと突き上げを食らってきたが、事実、そうされても仕方のない顛末だった。
それにかこつけて、憂さ晴らしをする羽虫が鬱陶しいけれど、甘んじて受ける以外にない。
屈辱ではあったものの、それはそれ。仕事は待ってはくれないのだ。
「ハッカーの件はどうなっている」
「つい先程、後始末が完了したとの報告が。上からの指示があったようです」
続けての報告に、片眉を上げる楠木。
助手が差し出す新たな報告書には、日本国内のあらゆるインフラに対して優先権を持つ超高性能AI──ラジアータをダウンさせたハッカーの、詳細な情報が記載されていた。
「
「ダークネットで有名な人物だったようです。小柄で痩せた眼鏡の男だったとか」
「老人か。本物だろうな」
「回収したPCなどは全て破損していましたが、かろうじてタブレット端末からツール類が検出、ルートも割り出されました。確度は高いかと」
「そうか」
助手に対する返事は短い。
興味がないのではなく、その逆。言葉が少なくなるほど、楠木は考えている。考え続けている。
それを踏まえた上で、助手は邪魔にはならないだろう質問を投げた。
「ローグ化した元エージェントについて、上層部はなんと?」
「総力を上げて討伐しろ、だそうだ。随分と焦っているらしい。らしくもなく、な」
皮肉屋な笑みを浮かべ、楠木がまた報告書を投げ出す。
自身の苦境よりも、上の騒ぎっぷりが楽しいようだった。
楠木も楠木で、これまでの鬱憤が溜まっていたのかも知れない。
なお米国は、自国の工作員が不正規に他国へ侵入事実を受け、一応の情報提供をしているが、同時期に行方不明となった人員が複数名存在するため、個人の特定には至っていない。
白人、黒人、黄色人種、男に女。
全てが異なるのに、示し合わせたように似た体格なのは、果たして偶然だろうか。
「あの店に遣いを出せ。千束を使う」
「……命令なら、通達を出せば良いのでは」
「それだと無視する。実際に誰か出向けば無下にはしないだろう。そういう奴だ。人選は任せる」
話は終わりだ、と言わんばかりに椅子を回し、背後にあった窓を見やる楠木。
助手も無言で頭を下げ、執務室を後にする。
花散らしの雨は、少し長引いていた。
同じ頃。
DA本部内に存在する、リコリス達の住む寮の一室にて。
「経過はどうですか、フキさん」
「大丈夫なわけないだろ。肋骨にヒビ入ってんだぞこっちは……オマケに鼻がダメで飯が不味いったらありゃしない……」
自分の机に向かいながら気遣いの言葉を掛けるたきなと、ベッドに横たわり答えるフキ。
一応会話は成り立っているが、部屋着姿の二人は、互いの顔を見ていない。
かたや、机の上でバラバラになっている銃の部品を、一つ一つ丁寧にメンテナンスしていて、もう一方は絶不調といった感じで横向きに寝ている。
付かず離れず。
不用意に踏み込まず、踏み込ませないこの距離感が、このルームメイト達の最適距離だった。
「そういや、エリカが感謝してたぞ」
「……はい?」
「見捨てないでくれてありがとう、だとさ」
が、今日に限って、フキは無愛想な背中に言葉を続けた。
それは、あの戦いでチームを組んだ、引っ込み思案なリコリス──エリカからの伝言。
正確に言うと、エリカに頼まれたヒバナが、ヒバナとそれなりに親交のあるフキにまた頼んで……という具合いである。
そんな経緯で伝えられた感謝に、しかし硬い声で返すたきな。
「敵は私達を殺すつもりがありませんでした。結果として無意味な行動だったと思いますが」
「かもな。しかし、あの時はまだ分からなかった。なら無意味ではないだろ。少なくともアイツはそう思ったんだ」
確かにあの時、非殺傷弾が使われている事は知らなかったし、そんな中で救助はした。
だとすれば、命懸けで助けたと言えなくもない……のだろう。
たきなは、妙な感覚を覚えた。
胸の奥がくすぐったいような、むずむずするような。あまり得意ではない感覚だ。
「にしても……あああああ糞ムカつくっ──あだだっ」
「……無理しないで下さい」
ところが、唐突にフキが吠えた事によって、その感覚も霧散してしまう。
溜め息混じりに振り返れば、フキも顔を顰めながら体を起こす所だった。
「お前は腹が立たないのか! こっちは殺すつもりだったってのに、向こうは舐めプしてたんだぞ!?」
「腹立たしいに決まっています。あんな負け方をして、悔しくない人間なんて居ません」
怒り心頭なフキに対し、淡々と告げるたきな。
すると、話を振ったはずのフキが目を丸くしていて。
「なんですか」
「いや……。お前ってもっと冷淡っつうか、無感情な奴かと思ってたんでな。なんというか…………色々と誤解してた、な、と……」
「はぁ……」
何やら頭を掻きむしっているフキだが、たきなとしては率直な意見を述べたに過ぎない。
たきなは自分に自信があった。
射撃の腕は同期の中でも上位だったし、体力はもちろん、模擬戦でも、実戦でだって優秀な成績を残してきた。だからこそ、DA本部のある東京へと配属されたのだ。
……なのに、来て早々これ。
表情には出さないけれど、自分に不甲斐なさを感じていたり、地味にヘコんでいたりもするのである。
「あああもうっ! とにかく怪我が治ったら再訓練だ! それまで現場には出られない。気張れよ、たきな」
「……はい」
無理矢理に話題を変え、キッと睨みつけるフキ。
いや、ただ目付きが悪いだけで、激励しているつもり……なのやも。
と、そんな時、たきなの携帯端末がメールの着信を告げた。
「どうした」
「呼び出しです。行ってきます」
「おう」
内容を確かめ、ほんの数秒で制服へと着替えるたきな。
フキはその背中をぶっきらぼうに見送った後、「あ痛たた……」とベッドに蹲る。
格好悪い姿を見せないよう、実は痩せ我慢を続けていたフキなのであった。
一方、東京市街。
DAの不倶戴天の敵となった元エージェント──ローグが一人、薄暗い廃倉庫にいた。
廃倉庫なだけあって、ある物といえば金属の骨組みとなった棚くらいだが、ローグはそこに小さな球体を固定させる。
手の平サイズのミラーボールにも見えるそれは、微弱な磁気を帯びているため、ただ触れさせるだけで済んだ。
同じように場所を変えてもう一個、そして最後に、今度は天井の鉄筋に向けて投げた後、右腕のSHDウォッチを介して操作。ミラーボール……リモート・パルスを起動した。
すると、リモート・パルスから放たれた走査信号が倉庫内を駆け巡り、ほんの数秒で解析は終了。
得られた情報はAR画像であるECHOとして、ローグの眼に──ARコンタクトレンズに投影された。
『見事な物だな。これが米国秘密機関の技術の一端という訳か』
同時に、その場には似つかわしくない、幼い少女の声が響く。
彼女こそが今代のウォールナット。
ラジアータをハッキングしてのけた天才ハッカーである。
実はあのハッキング、ローグが依頼して行われたものだった。
元々、先代の時代から、とあるSHD上級エージェントと親交のあったウォールナットだが、名が売れ過ぎて活動に支障をきたす事が増えていたため、その死を偽装する事を条件に、日本国内での情報支援を担っていた。
SHDからの、最初で最後の援助だった。
『何かの取り引き……引き渡し? 金銭が絡んでいる雰囲気じゃないな』
ローグのコンタクト経由で情報を得ているウォールナットは、オレンジ色の複数の人影を見るに、そう判断した。
作業着姿の男が数人と、アフロヘアにコートを着た男が一人。間に置かれた小型コンテナ。
これらの映像は、倉庫内に残された足跡の数や、埃の跡、地面の擦れ具合いを視覚化した物だ。
普通なら、どれだけ腕の立つ技術者が集まっても数日は要するだろうに。
ウォールナットは内心で舌を巻く反面、未知の技術にすこぶる興奮していた。
もっとも、それを声には乗せないが。
ちなみに、このECHO作成技術、本来なら専用ネットワークを介して、SHDテック単体で完結する。
わざわざスキャナーを使ったのは、単に正確性を高めるためで、本来は不要なのだ。
この事実を知らないまま興奮しているウォールナットに、しかしローグは口をつぐむ。
どういう理屈だ、詳しく教えろ……と、面倒な事になりそうだったからである。
『周辺環境に目立った変化はない。ハズレではないが、当たりでもないようだな』
さて。技術そのものは素晴らしいけれど、得られたのはここが何かの引き渡し現場だったという事だけ。
その物品がなんであるか、判断するには情報が足りない。中途半端な結果である。
しかし、ローグは他の何よりも、アフロ頭の男に注視していた。
『どうした、その男が気になるのか。確かに目立つが……』
ウォールナットは訝しむ。
このご時世にアフロとは変わった趣味だが、まぁ個人の趣味嗜好なんて千差万別。
気にするほどではないと思う。けれども、ローグのマスク越しの視線は揺るがない。
『……分かった、要警戒、だな。顔認識の為に情報を取得する』
恐らく、元エージェントとしての勘……なのだろう。
理解できなくとも納得したウォールナットは、ECHOを保存するのと合わせて、アフロ頭の詳細情報を別途記録する。
得られるものは全て得たと判断したのか、ローグはリモート・パルスを回収(天井の物は自壊させ破片も拾い)、倉庫を後にした。
雨が降っていたが、いつも通りレインコートを着ているので問題ない。
『あ、帰りに甘い物を買ってきてくれ。そうだな、プリンがいい。上に生クリームが乗ってるやつ』
唐突なおやつの要求に、思わず足が止まった。
この時間にプリンなど食べては虫歯が気になる上、若くして糖尿病まっしぐらだろうに。
そんな考えを察してか、ウォールナットはもっともらしい言い訳を続ける。
『頭脳労働には糖分が必要だ。必要経費と思うんだな。その分、しっかり働いてやろう。じゃ、早く帰って来いよ』
言い終えると、一方的に通信は切られた。
ローグは大きく肩をすくめ、リコリスの鞄を改造して作ったリュックにマスクなどを仕舞い、コンビニへと向けて歩き出す。
雨脚が、ゆっくりと弱まりつつあった。
パルス・スキャナー(リモート・パルス)
周囲の様々な情報を瞬時に測定する。得られた情報はARコンタクトレンズへと投影される。
アクティブソナーのような使い方も可能で、敵性存在はコンタクトにハイライトされ、例え壁越しでもその行動を視認できる。ただし、効果時間は短め(10秒前後)。
基本射程は自分を中心とした半径100m程の円で、リモート・パルスの場合はかなり低減するものの、一定時間測定を続けるため、効果時間が長くなる。
なお、リモート・パルスとバンシー・パルスは、パルス・スキャナーのヴァリアント……別機能であるため、複数同時に使用する事は出来ない。
他にも電子機器を妨害・致命的な電磁効果を与えるジャマー・パルス、対象の構造的欠陥・脆弱性部位を鑑定、ハイライトするアキレス・パルスなどが存在する。
改造型リコリスバッグ
リコリスの使用する多機能バッグを、ウォールナット協力の元に改造、大型化したもの。
武器弾薬の瞬時格納・展開、各種装備品の収納はもちろん、様々な隠し機能が追加されている。
素材は防弾仕様の合皮と、ハニカム構造の極薄チタンメッシュシートを組み合わせており、軽量ながら防弾チョッキ並みの強度を実現した。
各部位にこの素材が二重に備えられ、必要時には脱着、体にベルトで固定し、簡易防具とする事も可能(鞄の角部分はニーパッドや肩パッドといった感じ)。
街中で背負っていても違和感のないデザインに仕上がっているため、非常に携行性も高い。
しかし、職務質問からは全力で逃げましょう。
という訳で続きました。リコリコもキチンと続いてるんだから無問題。
設定の不確定な部分は妄想で補完してますが、タグにもあるように作者は頭マッシヴなので、色々とご勘弁ください。
ではでは。