Lycoris x Recoil x Rogue   作:ハンターキラー(偽)

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4 変化

 

 

 

 喫茶リコリコのブランチタイムは、すこぶる暇である。

 そもそもが和菓子をメインにする喫茶店なので、仕方がない事なのだが、かと言って従業員に退屈を楽しむ時間は無かったりする。

 何故ならば。

 

 

「たきなー、組長さんとこにコーヒー配達に行くよー! ついでに保育園にも顔出して、上谷さん家のワンちゃんの散歩もするからねー! 準備できたー?」

「…………」

「たーきーなー? 聞こえてるー?」

「……今行きます!」

 

 

 看板娘筆頭である錦木千束は、喫茶店外の仕事にも大忙しだからだ。

 たきながそれに付き合わされ始めて、早くも一カ月が過ぎようとしている。

 更衣室で、それなりに着慣れた青い和服を脱ぎ、リコリスの制服に着替えつつ、たきなは思いを巡らせていた。

 

 

(私は、何をしているんだろう)

 

 

 一カ月。一カ月だ。

 喫茶リコリコに配属された初日に、思いがけずローグの足跡を掴んで以来、何一つとして進展がなかった。

 店員としての業務の暇を見ては、街を見回ったり、裏社会の人間とコンタクトを取ったりもしたのだが、全くである。

 DAからも音沙汰がなく、完璧に手詰まりだった。

 

 不甲斐なさ。諦観。閉塞感。

 ネガティブな感情が絡み合い、胸に詰まっているようで。

 無理矢理に吐き出そうと深く溜め息をつき、更衣室を出る。

 同じく着替えた千束の笑顔に迎えられ、そのまま外出しようとする二人だったけれど、それをみずきが呼び止めた。

 

 

「あぁ二人とも、ちょい待ち」

「なに、みずき。お酒なら買ってこないからね?」

「ちゃうわい! 例の金属片、分析が終わったのよ」

「本当ですか!?」

 

 

 待ちに待った吉報が届いて、たきなの目が輝く。

 一カ月前、千束が偶然にも発見した、不等辺六角形の金属片。

 それは喫茶リコリコでの後方支援担当であるみずきに預けられ、分析が行われていた。

 にしても一カ月は掛かり過ぎな気もするが、とにかく話を聞かなければ。

 

 

「やってくれたのはあたしの後輩なんだけど、あの子も楽しんでたわ。んで、彼女が言うには、何かの受信機の一部らしいのよ」

「受信機?」

「通信機やアンテナとか、でしょうか。でも、こんな形で?」

「受信機って言っても色々あるでしょ。これはパラボラアンテナっぽい感じで使われてたんじゃないか……って推測されるわ」

 

 

 三人顔を突き合わせ、印刷された解析結果を精査する。

 材質、強度、構造特質など、多くの項目が並ぶものの、どこか統一性が無いような……複数の検査結果を組み合わせたような印象だった。

 実際、異なる検査を、何回かに分けて行ったのだろう。

 

 

「ただねぇ……。使われてたのが、どうも普通のパラボラじゃなさそうっていうか、形が平面過ぎるらしいのよ。それに見つかった場所が場所だし」

「確かにねー。パラボラアンテナの部品があんな場所にあるとか妙だし。

 というかよくDAが部品戻してくれたね? 研究のため、とか言って返してくれないかと思ってた」

「でしょうね。だから渡さなかったのよ。写真とかのデータだけで解析してもらったわ」

 

 

 みずきの補足によると、DAへの解析依頼は、口の硬い後輩を介してのデータ提供のみ。

 実物を使った測定などは、みずき自身が研究機関に脚を運び、コネやら色仕掛け(本人談)やらを駆使して機材を借りたのだという。時間が掛かるわけだ。

 

 

「DAに渡していればもっと早く、より正確な研究ができたのでは?」

「あのねぇ、たきな。実際に渡して研究したとして、DAがこっちに情報流すと思う? 絶対にないわ。

 need to knowだかなんだか言って、下っ端には何も知らせやしないんだから。そのせいで……」

「みずきさん……?」

「……なんでもないわ。もういいから、さっさと配達して来なさい。“ちゃんと見ておく”から」

 

 

 不服な顔のたきなに、保護ケース入りの金属部品を押しつけ、みずきはカウンターへ。一升瓶を傾けて酒盛りを始めてしまう。

 ダメだこりゃ。と肩をすくめる千束に促され、たきなもこれ以上は諦める。

 そして、受け取ったケースをひとまず胸ポケットに入れた後、喫茶リコリコを後にした。

 

 

「ありがとうございましたー、またのご注文お待ちしてまーす!」

 

 

 数十分後。

 傍目にはそう見えないように装っている某組事務所に、これまた完璧な営業スマイルを残す千束。

 その帰りを待ちつつ、たきなはそれとなく周辺の警戒をしていたが、ポン、と肩を叩かれて意識を戻した。

 

 

「さぁってっとぉ……どう、たきな? 今日も来てる?」

「来ています。確認できているのは、三つ先の角に一人と、南のビルの屋上に一人です」

 

 

 まるで、世間話でもしながら……といった様子で歩き出した二人だが、内容は不穏なものだった。

 それと言うのもこの数日間、千束とたきなは、不審な男達に尾行されていたからである。

 リコリスでなければ気付かないだろう優れた尾行技術が、彼等は本職である事を告げていた。

 

 

「いやはや〜、モテる女は辛いですなぁ〜。とはいえ、尾け回されるのは嬉しくないし、そろそろ処す? 物理的に」

「……何が目的なんでしょうか。彼等は恐らく傭兵です。という事は、仕事を依頼した人間が居るはずですよね」

「だと思うよ。案外、ローグからだったりして。ほら、例の部品を回収するために、とか」

 

 

 本職と言ったが、探偵や興信所などではなく、戦闘部隊の行う尾行であり、ただ姿を隠すのみならず、戦闘で優位の得られる配置を意識していた。

 だからこそ、リコリスには分かりやすかった。今日は上空からドローンでみずきが監視しているため、動きも把握できる。

 問題なのは、この事態にどう対処するか、だ。

 

 

「いずれにせよ、先手を取られるのは危険です。仕込みは済ませていますし、今日、釣り上げましょう」

「ラジャー! 麗しい乙女の魅力で、屈強な傭兵さんも虜にしてみせようぞ! うっふ〜ん」

「…………」

 

 

 千束は唐突に、しなを作って変なポーズを決めた。変としか言いようのないポーズを。

 思わず足を止めるたきな。

 道行く人々が遠目にもクスクス笑っている。

 

 

「すみません、早くツッコんでください、お願いしますたきな様」

「……な、なんでやねん」

 

 

 正直、他人のふりをしたかったけれど、顔を真っ赤に涙目な千束を無視も出来ず、不器用な裏手チョップでツッコむのだった。

 その姿は、これから命懸けの戦いをするとは思えない、ごく普通の女子高生にしか見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「目標は今日も廃墟に向かう模様。また野良猫にエサでもやるんだろう」

 

 

 戯れる少女二人を、レイバン越しの眼下に見ながら、長い髪の男が呟く。

 答えるのは、若々しくも嫌味ったらしい声──ロボ太である。

 

 

『はんっ、見えすいた罠だな。だが丁度いい、奴等の力がどんなものか、確かめておきたいしな』

「……罠と分かっていて踏み込めと?」

『そのために高い金払ってるんだろうが。戦うしか能がないんだ、給料分働け。その代わり情報を引き出したら、後は“好きにしていい”ぞ』

 

 

 ウォールナットの死が噂され始めてから一カ月。ロボ太は必死だった。

 もはや真実として扱われている情報をひっくり返そうと、ネットを奔走した彼は、否応なく人柄を悪くさせられていた。

 荒波に揉まれた……いや擦れたと言うべきか。

 元々、良いとは言えなかったものが更に悪くなり、その言いようはタチが悪い。

 

 ともあれ、下げたくもない頭を下げ、謙ってまで手に入れた情報は、古くは明治政府の時代から続く秘密組織に関するものだった。

 眉唾物であったが、“とある筋”から仕入れた情報によれば、彼等……彼女等が活動したとされる時期と、様々な事故・災害・悲劇の中の美談が起きたとされる時期が付合する。

 

 鍵となるのは、実行部隊であるリコリスと呼ばれる少女達。

 一カ月前に、アングラの盗聴・盗撮マニアが偶然に受信したとされる、とあるビルの監視カメラの映像には、銃撃戦をする制服姿の少女達が映されている。

 そのマニアが「映画の撮影か?」などと得意げに映像をアップし、数十分後にはデータごと消息を絶った事も、ロボ太の確信を深めていた。

 そして、苦労して入手したこの映像に映っていて、かつ拠点が東京に存在するらしい二人が、赤と青の制服を着る少女達なのだ。

 

 プライドと、金と、時間を費やしてここまで辿り着いた。

 是が非でも情報を得なければ、ロボ太の気が済まない。でなければ、自分の苦労が報われないのだから。

 しかし、そんな雇い主の思いを、使い走りの傭兵が知るわけもなく。

 

 

「チッ、クソ野郎が」

 

 

 通信が切れた途端、長髪の男──傭兵達のリーダーを務める男は、悪態をついていた。

 傲岸不遜な依頼主も、自分達が軽んじられている事も、年端の行かない少女を“好きにする”ような連中と思われている事も不愉快だが、何よりも、こんな依頼を受けざるを得ない現状に、腹が立った。

 

 けれども、腹を立てているだけで生活は出来ない。

 愛する家族と、気の置けない仲間達を養う為、男は決意する。

 自分達のために、あの少女達を犠牲にするのだと。

 

 

「全員、配置につけ。廃墟で仕掛ける。実弾を装填しろ。生き残りたかったら決して侮るな。殺し屋が子供を装ってると思え」

 

 

 通信機片手に、男は海岸沿いの商業施設の廃墟へ向かおうと車に乗る。

 中には運転手を含め三人の男が居たが、誰もが無言のまま発車し、ややあって目的地に辿り着く。

 確認を取ると、既に他のチームが二班、遠方のビルに狙撃班が一班、到着していた。

 

 狙撃班が三名、他の三チーム──アルファ・ブラボー・チャーリーが四名の、計十五名による襲撃計画は、リーダー格の居るアルファが正面入り口から突入。

 ブラボーとチャーリーが側面と裏口を固め、建物外は狙撃班が担当……という形だ。

 相手が単なる女子高生ならば、過剰過ぎる戦力だろう。

 しかし、この念の入れようは間違いではなかったのだと、廃墟に足を踏み入れた瞬間、彼等は確信した。

 

 

『あー、あー、テステス。ただいまマイクのテスト中ー。本日はー晴天の霹靂なりー』

 

 

 何故なら、配電盤も死んでいるはずなのに、愛らしい声の館内放送が始まったからである。

 途端、傭兵達は体を低くし、周辺へ気を配る。人影は……無い。

 

 

『傭兵さーん? 二、三日前からわたし達を尾けてるけど、一体なんの御用?

 お茶のお誘いなら考えなくも……うーん、でもなー、初動が自己紹介じゃなくて尾行なのは大幅減点かなー』

「誰がお前らみたいなガキ……っ!」

「バカ、黙ってろ!」

 

 

 挑発に乗りそうになる仲間を、リーダーが諌める。

 誘い込まれた。やはり罠だった。

 本来、命を奪う側であるはずの傭兵達は今、その立場を逆転されている。

 空になった棚や、倒れたテーブルに自販機など、遮蔽物が視界を遮り、余計な焦りも生まれてしまう。

 

 

『ま、分かりますよ。そっちもお仕事でしょうし、色んな都合がありますよね。かと言って、わたし達も黙って言いなりになる訳にも行かないので……』

 

 

 そんな中、スピーカーから聞こえる声だけが気楽で、自信満々だ。

 リーダー格の男は、嫌な予感を覚えた。

 もしかしたら自分達は、とんでもない人間を相手にしているのでは……と。

 そして、嫌な予感に限って当たるもので。

 

 

「超痛いけど我慢してねっと!」

 

 

 背後からの声。

 スピーカー越しではないそれは、銃声と共に放たれた。

 

 

「ぁが!?」

「ちぃっ、カバーしろっ!」

「了解!」

 

 

 視界を横切る赤い影。

 瞬く間に、二人が背中を撃たれた。

 仲間を助けようと、すぐさまアサルトライフル──AK-47による反撃が行われるも、当たってはいないだろう。

 とにかく、射撃を続けながら負傷した仲間を引きずり、建物の中央部……何かの売店のバックヤードへと隠れる。

 

 

「い、痛え……っ」

「おいしっかりしろ! すぐに応急処置を……あん?」

「どうした、重傷なのか!?」

「い、いや、それが……」

 

 

 手の空いた仲間が、損傷したボディアーマーを脱がすのだが、打撲痕があるだけで、出血は見られなかった。

 つまり、プラスチック弾のような物を使っている。

 殺す気がない。いや、殺されないと思っている?

 どちらにせよ、腹が立つ……!

 

 

「ほらほら、おーにさーんこーちら、手ーの鳴ーるほーうへー」

「クソがぁ……舐めやがって……!」

「冷静になれ! 誘い出されたらヤられるぞ!」

 

 

 仲間も同じ思いなのだろうけれど、仮にも戦闘中。冷静さを欠けば負ける。

 リーダーは怒りを奥歯で噛み殺し、どうにか勝機を見出そうと、レイバンに隠された瞳を細めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちら千束。たきな、そっちはどう?」

 

 

 一方の千束は、彼等の見立て通り、呆れるほどの余裕を持って、DA支給のハンドガンをリロードしていた。

 左耳に付けた小型通信機の先に居るたきなが、それを見越したような溜め息混じりの返答をする。

 

 

『なんとか対処しましたが……やっぱりこの弾、使い辛いです。精度が悪過ぎます』

「まぁまぁ、そう言わないで。無駄な殺生をせずに済むでしょ?」

『私達はリコリスですよ。必要であれば殺人も……』

「許可されている。うん、分かってる。だからこれは、わたしの我儘。付き合わせてごめんね、たきな」

 

 

 今頃、裏口から侵入してきていた(情報源はみずきの操縦するドローン)別チームは、痛みに悶えている事だろう。

 死なないだけマシなのかも知れないが、千束が押し付けた赤い弾頭の非殺傷弾は、その威力と引き換えにしたか、冗談抜きで真っ直ぐに飛ばず、確実に当てたいなら5mから10m以内に近寄らねばならない。

 慣れない近接戦闘を強いられ、若干の苛立ちも感じていそうな声のたきなに、自分でも珍しく素直に謝れば、今度は戸惑ったような息遣いが。

 

 

『……手に負えない状況になったら、実弾に切り替えます。それでいいですよね』

「充分。ありがと」

『裏口のチームは無力化したので、そちらに合流します』

「うん、お願い。多分こっちにリーダーが居る、あの人を抑えれば……」

 

 

 自販機の影から様子を伺うと、長い髪の男が銃を構えつつ、売店のカウンターに滑り込むところだった。

 予断なく警戒を行う動きは非常に慣れていて、それなりの戦闘経験を感じさせる。

 が、千束には別の“感情”も見て取れた。

 

 

(銃口が少しだけブレてる。迷ってるんだ)

 

 

 千束には、相手の動きから次の動作を予測するという特技がある。

 その精度は、前のルームメイト曰く「異常」だそうで、実際、銃を撃とうとする動作から射線を読み、銃撃を回避するのだから、そう言われても仕方ないのだろう。

 そして、これを利用する事により、相手の感情すらも、ある程度なら読み取る事が可能だった。

 

 苛立ち。焦り。困惑。悲しみ。憎しみ。喜び。

 強い感情は、胸の内にあるだけで体の動きに影響を及ぼす。

 銃撃の回避より精度が劣るけれど、千束には確かに感じられるものなのである。

 

 

「ねぇー! さっさと降参しないー? 今なら依頼人について教えてくれるだけで、何も無かった事にしてあげられるよー?」

「バカにするな! そんな事したら商売上がったりなんだよ!!」

「……だよねぇ」

 

 

 試しに声を掛けてみても、返されるのは銃弾。

 苦笑いと共に銃弾を返し、相手のリロードの隙をついて違う遮蔽物へ。

 ちらりと覗くAKの銃身が、色濃く焦りを伝えていた。

 

 

「ブラボー、チャーリー、応答しろ! ……クソッタレがっ、この短時間で、オレ達以外全滅だと……!?」

「……んん? あのー、傭兵さん。今なんて?」

「あ゛あ゛!? おちょくってんのか!?」

「いやいやいや、他が全滅? 裏口のチームだけじゃなくて?」

「…………あ?」

「お、おいどうした……?」

 

 

 不意に、奇妙な沈黙が広がった。

 傭兵のリーダーが漏らした情報は、千束達が立てた計画より、大きな被害を教えるもの。不安そうな仲間が顔を出していた。

 たきなは予定外の行動を嫌うため、独断で西口のチームと交戦はしないはず。

 つまり…………第三者が存在する。

 

 

「たきなっ、誰かが紛れ込んでる! 早く合流を──」

「千束さん後ろっ!!!!」

 

 

 たきなの叫び。

 直感に従って地面に伏せ、次いで横へ跳躍。

 スローモーションとなる視界に捉えたのは、リーダーの隣に居た男が、頭に真っ赤な花を咲かせ倒れる姿。

 千束との延長線上に居たから、運悪く流れ弾を受けたのだ。

 

 

(あれが、ローグ)

 

 

 大急ぎで体勢を整え、銃弾が飛んで来た方向を確かめると、そこには一人の人間が立っていた。

 迷彩柄のレインコートに、厳ついガスマスクという不審人物が。

 まるで、最初からそこに立っていたとでも言うべき、自然な立ち姿で。

 ゆらり。

 構えられていた、見たことのない型のハンドガンが動く。

 

 悪寒。

 千束は全速力で走り、傭兵達の隠れるカウンターに飛び込んだ。それを追うように銃弾が弾けていく。

 実はこのカウンター、事前に千束達が強化していたので、防弾性抜群なのである。

 

 

「なっ、お、おい!?」

「あははー、どもー」

 

 

 悪びれもせず微笑む千束に、一人になった傭兵のリーダーは銃を向ける事も出来ない。

 その流れで、代わりにヘッドショットを食らった男を見るが、やはり死んでいない。見た目は派手だが、額が少し凹む程度で済んでいる。

 また銃声。

 すると、次はたきながカウンターへと飛び込んで来て。

 

 

「ぬぉおっ二人目ぇ!?」

「千束さん、ローグです!」

「見りゃ分かるってば。本当にあんな格好してるとは、恐れ入ったわ」

「西口のチームはローグがやったようです。妙な声が聞こえたので確認しに行ったら、全員が拘束されていました。それと、み──“後ろ”と連結が取れません。また妨害されているのかと」

 

 

 もはや驚くばかりの傭兵リーダーを置いて、情報交換する二人。

 試しに通信機を弄ってみるけれど、確かに繋がらない。

 音もなく現れ、横合いから不意を打つなど、これではローグではなくニンジャである。

 この状況は、想定外にも程があった。

 

 

「……どうなってんだ、一体。アレはお前らの仲間じゃないのか」

「うーん、説明したいのは山々なんだけど、とりあえず……共闘しません?」

「…………はぁ?」

 

 

 にっこり。

 千束が笑いながら提案すると、リーダーは大口を開けて固まる。

 寂れた廃墟に、混沌とした空気が生まれつつあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やれやれ。面倒な事になったな』

 

 

 ローグの耳に、幼い少女の溜め息が届く。

 必中かと思われた不意打ちを避けられた挙句、カバーに隠れられてしまった。珍しい失敗だ。

 ひとまず、こちらも遮蔽物に隠れてハンドガン──ケルドカスタムをリロードする。

 45ACP弾を発射可能なグロックの改造銃(アンダーバレル部を大型化して反動を抑えた物)で、小型リフレックスサイトに拡張マガジン、ラウドベントブレーキとレーザーポインターを追加装備した、フルカスタムの武器である。

 

 

『注意しろ、もうILS(アイルズ)は起動している。この分だと、残りの制限時間は20分だ』

 

 

 ウォールナットが声を掛けると、ARコンタクトにカウンターが表示された。

 Instant Lodger System……略してアイルズと呼ばれるのは、一カ月ほど前のDAハッキング時に仕掛けられたものである。

 

 ディヴィジョンエージェントがガジェットを使う際には、高度なAIによる演算処理を要する物が多い。

 本来それを務めるのはISAC……Intelligent System Analytic Computerだが、そのネットワークは米国内でしか運用されていない。

 ならばどうするか。

 日本国内で運用されている、同じく高度なAIを代用すれば良い。そう、ラジアータを。

 

 簡潔に言うなら、ラジアータの演算リソースを拝借しつつ、それを隠蔽する……正規の手続きによる使用と誤魔化すのだ。

 もっとも、あまりに長時間だと流石に発覚する危険も増えるため、あえて制限時間を設けている。

 

 

『ローグ、もっと近づけ。……そうだ、そのまま半径15m圏内を維持しろ。解析を始める。推定完了時間は300秒後』

 

 

 居場所を悟られないよう、遮蔽物と遮蔽物の間を音もなく移動。ローグは標的へ近づく。

 相手の動向は“全て見えている”ので、非常に簡単だった。

 

 

「千束さん、中型の盾と、甲高い音に注意して下さい」

「分かってますって。反射と音響兵器でしょ、分かっていればなんとかしましょうとも」

『ふむ、まだ盗聴には気付かれてないな。それに残念、今日は反射しない』

 

 

 現在、ローグの耳にはウォールナットの声だけでなく、千束達の声も聞こえている。ウォールナットのハッキングのおかげである。

 相手が警戒している物が分かれば、意表を突くのはこれまた容易い。

 左手を後ろにかざすと、改造リコリスバッグの側面が展開。格納されていた装備を起動しながら、ローグは遮蔽物から身を晒す。

 

 

「とにかく、わたしが前に出て注意を引くから、その隙に………………たきなの嘘吐き! あれのどこが中型よぉ!?」

「えっ」

 

 

 ひょいっと顔を出した千束が、こちらを見た瞬間に引っ込んだ。ついでに、たきなと傭兵リーダーもチラ見して青ざめていた。

 それもそのはず。ローグが構えているのは、頭から爪先までを防護できる大きさの、 ブルワーク・シールド(大楯)なのだから。

 通常時はタブレット端末ほどの大きさまで折り畳む事が可能で、なおかつ軽く、高い携行性を有していながら、貫通力のある銃弾を弾くだけの硬性も維持。上部には複合強化アクリルを使用し、視界も確保できる優れ物である。

 

 

「し、知らない、私あの装備知らないですっ」

「って事は別の装備? どんだけ持ち込んでるのよ、んもう!」

「……あんな盾、持ってなかったよな。ってことは、折り畳めるのか。……どこで売ってるんだ? うちにも欲しい……」

「んなこと言ってる場合かぁー!?」

『なんなんだアイツら、コントでもしてるのか? ……っと、来るぞ!』

 

 

 どこか気の抜けるやり取りだったが、鋭い声が気を引き締めてくれる。

 勢いよくカウンターから飛び出した千束は、ローグへと走りつつ、独特な構えでハンドガンを乱射。

 対するローグは仁王立ち。大楯で銃弾を防ぎ、その脇から銃だけを出して応戦するも、放ったうちの一発すら当たらない。

 いや、正確に表現するならば、銃をポイントし、引き金を弾いた瞬間、あるはずの千束の体がそこに無いのだ。

 明らかに、避けられていた。

 

 

「こなくそっ!」

 

 

 そんな千束は、ローグの数歩手前で低い遮蔽物を踏み台に跳躍。飛び越しながら撃ち下ろす。

 体を低く、大楯を上に向けてそれを凌ぎ、着地を見計らって大楯ごと体当たりするローグだが、これもヒラリと躱されてしまう。

 すれ違う時の、ほんの一瞬。

 視線が交錯した。

 

 ローグは体当たりの勢いのまま、近くの遮蔽物へと回り込む。

 千束も同様に距離を取り、斜めに倒れたテーブルの裏へ。

 

 

「っくー、やっぱダメかぁー」

「……千束さん、ローグの銃声も違います。前のよりも軽いような……」

「ありゃあ45だろう。うちにも好き好んでつかってる奴が居るから、間違いない」

「ってぇ事は、大口径をあれだけ連発して、なのにあの精度? オリンピック選手かっ──てぇの!」

 

 

 ホッと一息ついたのも束の間、千束はまたローグへ突撃する……と見せかけて、回り込もうとする。

 その動きを先読みし、今度は鼻面を掠めるつもりでケルドカスタムを連射するが、驚いた事に全く怯まず、こちらを見据えたまま左右に動きまくっている。

 ここまでされれば予想がついた。

 どんな理屈かは不明だが、彼女は射線が見えている。それに基づいて、どう動くか決めている。少なくとも、ローグはそう判断した。

 が、荒事に慣れていないウォールナットには、やはり異様に見えるらしく。

 

 

『おい、なんだアイツの動きは。一発も当たらないなんて……! それにこのデータ──っ、右だ!!』

 

 

 反射的に体を捻る。

 連なる銃声。大楯の下部に衝撃。

 同時に、カウンターへと引っ込む頭が二つ。脚を狙われたようだ。

 

 

「クソが、防がれた!」

「完全に不意打ちしたと思ったのに……っ」

「あの盾、見た目より遥かに軽いぞ。しかも7.62mmを防いでヒビすら入らん、あり得ねぇ強度だ。……クソ、やっぱ欲しいぞっ、50万、いや100万くらいまでならっ」

「そういうのは後にしてください」

「あ、はい」

 

 

 どうやら兵器マニアらしい傭兵リーダーも、たきなの冷たい声には大人しい。

 危うく機動力を奪われるところだった方としては、別の意味でヒヤリとさせられるが。ウォールナットに助けられた形だ。

 ひとまず、天井を支える太い柱の影に隠れて数秒。解析可能距離を維持しつつ、たきな達と千束、両方を正面に収められる角度で、また大楯を展開。

 ジリジリと距離を詰める。

 

 

『解析終了まで、残り150秒』

 

 

 手をこまねいている。

 千束達からすれば、まさにそんな状態だろう。銃撃はない。

 また、数秒。

 

 

「いいわよいいわよ、そっちがその気なら……たきな、Pボール!」

「はい!」

 

 

 すると、なんらかの符号を使った合図で、二人の少女が同時に顔を出す。

 二方向から投げつけられたのは、小さなカラーボール。

 それは大楯の上部……アクリルの透過部分に命中し、赤と青の二色で塗り潰された。

 これでは視界が確保できない。

 

 

『ほほー、考えたな。確かに、普通ならそれで視界は塞がる。“普通なら”、だが』

 

 

 ……が、ローグにもウォールナットにも、焦りはなかった。

 理由は一つ。

 塗り潰されたアクリル越しでも、いや、その他の障害物越しでも、彼女達の姿はハイライトして見えたからである。

 

 

「よしっ、これで──ぅわわっ!?」

 

 

 喜び勇んで飛び出す千束の足元を、ケルドカスタムで撃ち抜く。

 そして、こちらのリロードを狙って顔を出そうとしたたきな達へは、足元にあったゴミ箱を蹴り飛ばして牽制。その間にリロードを済ませる。

 耳には動揺した声が届いていた。

 

 

「ちょ、な、なんでぇ!? なんで見えてるのよぉ!?」

『すまんな。こっちにはタクティシャン・ドローンがあるんだ。そっちの動きは丸分かりだ。……残り120秒』

 

 

 タクティシャン・ドローン。

 遠隔操作可能な飛行ドローンにスキャナー・パルスの機能を搭載した、索敵ドローンである。

 走査信号の物体を貫通する特性を利用し、一つ上の階で定期的にパルスを放射。建物内に存在する物体、その動きの全てを把握していたという訳だ。

 なお、このドローンの制御はアイルズではなく、ウォールナットが直接行っている。

 

 

「一体なんなの……? 状況的にはこっちが有利なはずなのに……っ」

 

 

 千束の声から、余裕が消え始めていた。

 数は三倍。二方向から一人を囲んでいる。

 常識的にも有利は確実だろうけれど、しかし攻めあぐねて。

 戦闘は膠着状態に陥っていた。

 ローグとしては歓迎すべき展開だ。

 

 

「恐らく、こちらの動きが把握されていますね。そういった装備を持ち込んだ、とか。一体どんな……?」

「どういう事だ、監視カメラでも見ながら戦ってるってのか」

「分っかんないわよそんなの! ただ……」

 

 

 おもむろに、千束が言葉を区切る。

 遠く、スカスカに見えて鉄板で補強されている陳列棚の後ろで、様子を伺う素振りが見えた。

 

 

「たきな、その傭兵さんを退避させて」

「え。千束さん?」

「多分、ローグの狙いはその人。一定の範囲から出ていこうとしない」

「は? な、なんでオレが……」

『おっと、勘の鋭いヤツだな。バレたぞ、どうするローグ。残りは85秒』

 

 

 どうやら、高いのは回避能力だけではないらしい。

 気取られたからには、ローグも別の手札を切るしかなかった。

 静かに、ケルドカスタムを太腿のホルスターへ戻す。

 

 

「わたしが全力で食い止める、行って!」

「で、でもそれじゃあ……」

「いいから。ちょっとは先輩を信じなさいって。これでも、東京で一番のリコリスだぞぉ?」

「お、おい、仲間を見捨てては……!」

「大丈夫。あの人はきっと、貴方の仲間を殺したりしないから。実際、そうだったでしょ?」

「…………っ」

 

 

 右手を後ろに。

 バッグの右側面が展開し、大型の信号拳銃──信号弾や発煙弾などを射出するための単発式拳銃──にも見える射出機、SB(Sticky Bomb)ランチャーが現れた。

 ローグは、赤いラベルのカプセルの装填されたそれを、たきな達へと向け……。

 

 

「分かりました。行きましょう」

「……オレの仕事は、オマエらを拉致する事だったんだがな」

「では、今からでもしてみます?」

「やめておく。どうせ気に入らない仕事だった」

「そうですか。では──っ!?」

 

 

 彼女達の視線が向いた先……バックヤードではなく、カウンター脇の奥へ続く通路に向け、発射。

 べチャリと音がして、わずかに一秒足らず。爆炎が広がった。

 

 

「た、たきなぁああっ!?」

 

 

 絶叫する千束。

 二人が燃やされたと思ったのか、息を呑む音を通信機が拾う。

 が、程なく返事は返された。

 

 

「だ、大丈夫です……でも、通路が燃えて……ごほっ」

「なんだ、この燃焼速度。新種の焼夷グレネードか……!?」

「…………っはあぁぁ…………良かったぁ…………」

 

 

 咳き込む声に、大きく安堵する千束。

 と同時に、彼女はローグを睨んだ。

 遮蔽物越しではあったが、それは確かに、ローグの姿を捉えているように見えた。

 

 

「……………………」

 

 

 ローグの使った爆薬……炎上粘爆の炎は、もう消えている。

 しかし、二発目を警戒してか、たきなと傭兵リーダーは動けない。

 当たってしまえば、それだけで焼け死ぬだろうから。

 事実、次弾は既に装填済みだった。今度は違うラベルだ。

 

 

『残り60秒』

 

 

 ローグの視界で、タイムリミットが一分を切ったのと、千束が動くのは、ほぼ同時。

 

 

「ふっ」

 

 

 投擲される円筒形の物体。

 反射的に大楯で防ぐと、ヘコんだそれからプシュー! と霧状の何かが撒き散らされる。

 タクティシャン・ドローンの分析は……香料とその他の存在を示す。

 

 

「残念、ただの制汗スプレーでしたぁ!」

 

 

 その隙に、千束はローグへと肉薄。跳躍からの飛び蹴りを決める。

 ……かと思いきや、なんとそのまま大楯に抱き着く。

 

 

「ぬぉりゃあああっ!!」

 

 

 大楯を引き剥がそうというのだろう。およそ婦女子らしからぬ掛け声で、思い切り後ろに体重を掛ける千束。

 このままでは腕が捻れる。ローグは大楯を畳む事でこれを回避した。

 そしてこの隙にSBランチャーを格納。ケルドカスタムを抜く。

 

 

「っわっとと、まだまだぁ!」

 

 

 支えを失った千束だが、スカートを翻しながらバク転。大楯が再び展開される前に懐へ飛び込む。

 けれどローグも行動を読んでおり、近づく影に向けて直角に大楯を展開。その勢いでの打撃を加える。

 いや、加えたつもりだったが、これも寸手の所で避けられてしまった。しかもその隙に一撃、胴体へと被弾。アーマー越しに重い衝撃が襲う。

 

 が、ローグはよろめきもせず、千束と対峙し続ける。

 左右を入れ替え、円を描くように互いを追い、格闘戦を続けながらも目を離さない。

 タクティシャン・ドローンが送る、“バイタルサイン異常・心音無し”という情報を、確かめるように。

 

 

「千束さん、ローグと渡り合ってる……?」

「……凄え。嬢ちゃんも凄えが、あの盾の展開スピードも凄え……マジで欲しい……」

「…………」

 

 

 一方のたきな達は、二人の戦いに見入っていた。

 あまりにも入れ替わりが激しく、援護射撃すら行えない。

 ひたすらに見つめ合うその姿は、まるで踊っているようにも見えて。

 たきなは見ているだけなのに、自分の心音が高まっていくのを感じた。

 なお、子供みたく目をキラキラさせている傭兵リーダーはガン無視である。

 

 

『注意しろ。アーマーにダメージが蓄積してる。非殺傷弾のクセに、エゲツない量の火薬を使ってるらしい。……残り30秒!』

 

 

 もう30秒。まだ30秒。

 その間に、ローグは更に数発を被弾している。

 どちらを正しいと思うかなど、きっと今は考えるべきではない。

 と、そこでようやく状況が動く。

 不意にローグが、千束へ銃を放り投げたのだ。

 

 

「ぅええっ!?」

 

 

 明らかに意表を突かれた彼女の動きが、瞬きの一瞬だけ止まり、首を傾けてそれを避ける。視線が銃に向いていた。

 刹那の隙でも、それで十分。大楯を捨てたローグの左手が、銃を握る千束の右手を掴んだ。

 

 ケルドカスタムはまだ宙を舞っている。

 

 改造バッグ上部から手斧を展開。振り抜かれるローグの右手を、今度は千束の左手が掴む。

 均衡は数秒足らず。

 地面にケルドカスタムが落ちる頃には、千束の首筋に刃が迫っていた。

 

 

「“貴方”は、どうして殺そうとしないの。“貴方”の目的は、何?」

 

 

 ところが、不思議と千束は落ち着き払っていた。

 ミラーシェードを挟んで、視線が絡む。

 手斧は止まり、けれど返事もない。

 

 誰もが呼吸を忘れたような、静寂。

 

 

『解析終了! 撤退しろ、ローグ!』

 

 

 それを破ったのはウォールナットの声。

 ローグは直ちに千束を跳ね飛ばし、再びSBランチャーを展開。通常の粘着爆弾を天井へ放ち、起爆する。

 脆くなっていた天井は見事に崩落、破片と粉塵を撒き散らす。

 

 

「うひゃあああああっ!?」

「千束さん!?」

 

 

 思わず飛び出そうとするたきなだったが、ローグの存在を警戒して、視界を塞ぐ粉塵に銃口を向けるだけに留まる。

 数秒も経てば粉塵も晴れ、埃まみれとなった千束が現れる。

 ローグの姿は……ない。捨てたはずの大楯も。

 

 

「ぶへぇ、ゴッホ、ペッペッ……うひぃ、油断したわぁ」

「千束さん、怪我はっ?」

「平気平気ー、ちょい口の中ジャリジャリするだけ」

「……なんにせよ、追い返せて良かったです」

「追い返せた、のかな」

「え?」

「んーん、なんでもないないっ」

 

 

 たきなは、唯一残されたローグの銃を回収しつつ、千束に駆け寄る。

 本当に怪我はなさそうだった。

 ローグの目的はなんだったのだろう。それが仮に傭兵のリーダーだったとしたら、諦めた? ……分からない。

 ひとまず危機は去り、問題となるのは、気まずそうに頭を掻く、件のリーダー。

 

 

「さてと、傭兵さん。これからどうするの?」

「…………」

 

 

 その手に小銃を持ってはいるけれど、もう千束達に向ける気はなさそうだ。

 やがて、気絶したままの仲間を担ぎ、背を向ける。

 

 

「家に帰るさ。依頼は失敗、ヤキが回ったもんだ」

「そっか。ね、和菓子好き? 今度、うちのお店に遊びにおいでよ。喫茶リコリコって言うんだけどさ。美味しーよぉー?」

「ちょ、千束さん!?」

 

 

 いきなり本拠地をバラすという暴挙に、狼狽えるたきな。

 リーダーもまた同様であり、千束だけが得意満面で。

 それに釣られるように、彼は苦笑いを浮かべる。

 

 

「変わった嬢ちゃんだな、本当に」

「へへへ、よく言われる」

「……気が向いたらな」

 

 

 リーダーは、やきもきしているだろう狙撃班に連絡し、迎えを頼む。

 千束達が止める事はなく、彼女達も廃墟を後にする。

 ようやく繋がるようになった通信機から聞こえる、みずきの大声に顔を顰めながら。

 そして、笑顔を浮かべる千束の胸に、小さなしこりを残しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんなんだよ……。なんなんだよあのローグってヤツはぁぁああああああっ!?」

 

 

 同時刻。

 都内某所の隠れ家で、ロボ太が絶叫していた。

 

 

「なんでボクの計画を邪魔するんだよっ、そもそも何者だよアイツ! いやリコリスとか名乗った女もそうだけど、なんだよあの異常な戦闘力はっ!?」

 

 

 元々、ロボ太はドローンでこの作戦を支援するつもりであり、廃墟の近くまでは監視できていたのだが、突然、制御不能となってしまった。

 慌てて予備のドローンを飛ばし、ようやく辿り着いた時には、ほぼ全てが終わりかけていた。

 

 

「半グレとかヤクザのゴミ共なんか目じゃない……。素人のボクでも分かるぞ、アイツらは高度な訓練を受けてる、確実に」

 

 

 裏社会の人間なのだから、ある程度の実力はあるだろと予測はしていた。

 が、これほどとは思っていなかった。

 女子供の殺し屋なんて、素人に毛が生えたレベルだと思っていたのに、これはまるで特殊部隊である。

 

 加えて、全く情報のない“ローグ”と呼ばれる男。

 いや女かも知れないが、その装備は明らかに通常兵器を上回っているし、戦闘レベルはリコリスよりも高い。ロボ太の見立てでは、いくらでも殺せたはずだ。

 こんな奴らがゴロゴロしているなんて、いつから東京は魔境になったのか。

 

 

「に、逃げよう。なんかあの傭兵、ボクを裏切りそうだし。そしたらメールから居場所を辿られる可能性もあるし。ウォールナットを見つけ出すまで、ボクは死ねないんだ!」

 

 

 人間、追い詰められた時の行動は様々だが、ロボ太に関しては早かった。

 東京脱出を決めた彼は、大急ぎで荷物をまとめ始める。

 

 ……のだけれども、いつの間にかリュックにも収まり切らない程に増えてしまい、データの消去も必要だったため、小一時間ほど掛かってしまった。

 いくら行動が早かろうと、中身が伴わねば意味がないというのに。

 ともあれ、荷物はまとまった。後はこの隠れ家から逃げるだけ。

 

 

「よ、よし、必要最低限……にしたつもりだけど、けっこう多いな。まぁとにかく、さらば我が城! ボクは安住の地を求めて旅立ぶふぇ!?」

 

 

 ところが、玄関に立った途端、外側からドアが蹴破られ、ロボ太はその下敷きに。

 やっとの思いで這い出すと、ロボ太の上に影が差す。

 厳ついマスク。

 迷彩柄のレインコート。

 ローグだ。

 

 

『やっと会えたな。ロボ太』

「な……お、オマエは……ローグ……!?」

 

 

 ボイスチェンジャーを使っているのか、男女の区別もつかない声だった。

 咄嗟に逃げようとするロボ太を、しかし突きつけられた拳銃が押し留める。

 アンダーバレルが真っ赤なデザートイーグル。

 側面に『LIBERTATEM AUT MORTEM』とペイントされていた。

 

 

『腕を上げたのは良いが、探すのに苦労したぞ、全く』

「なん、なんでオマエがこの場所を……どうやって……っ?」

『ん……? なんだ、まだ分からないのか。喋ってるのはそこに居るローグじゃない、僕だ、僕』

「は…………? ……いやまさか、その喋り方……ウ、ウォールナットぉ!?」

 

 

 驚愕に、ロボ太の頭のランプが激しく明滅する。無駄に凝っていた。

 それはさておき、ロボ太とウォールナットは、同じハッカー同士という事もあり、以前に何度か話した事があった。

 その際に、自信満々な口振りや、決して敵わないと思わされる実績などを突きつけられ、ロボ太の腐った小根に火をつけるのだが、まぁそれも今はどうでもいい。

 次にウォールナットから発せられた言葉は、ロボ太の思考を、より深い混沌に落とすのだから。

 

 

『正解だ。喜べ、ロボ太。オマエに仕事をくれてやろう』

「へぁ……?」

 

 

 間の抜けた声が、隠れ家に響く。

 こうして、ローグの目的は達せられたのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し時を戻して、ローグが廃墟から脱出した直後。

 その姿を、遥かに高いビルの上から、双眼鏡で覗く人影があった。

 

 

「ふん、あいつが例の奴か」

 

 

 黒いコートとアフロ頭を風に靡かせ、男は呟く。

 その口元は歪に上がって、同時に楽しげな声も漏れ出す。

 

 

「いいねぇ、やっと面白くなって来た。そうでないとバランスが取れないもんなぁ? っくっくっく……」

 

 

 誰に聞かせる訳でなく、ただただ、思うままに紡がれる言葉。

 いかにもな雰囲気を醸し出す男だったが、同じように隣で望遠カメラを構えていた作業着の男が、呆れ顔で大きな溜め息を。

 

 

「お前、いい加減に真島さんの真似やめとけよ。しまいにゃ他の奴らにブン殴られるぞ。つーか殴られろ」

「真似じゃねえよリスペクトだよ! ほら見ろこの髪! いい具合いにモッサモサだろ? それに本人も似合ってるって言ってくれたし!」

「だから、真島さんのは天パでアフロじゃねえよ……」

 

 

 気心の知れたやり取りが、男達の互いへの信頼をうかがわせる。

 この瞬間にも、誰かの目的が達せられたのだろう。

 それが何をもたらすのか。

 当事者達だけが、何も知らない。

 

 

 

 







  ブルワーク・シールド
  シールド系装備のヴァリアントで、携行時はコンパクトながら、展開すると全身を隠せるほどの大楯となる。
  小銃程度の銃弾なら正面から受け止めて、上手く使えば対物ライフルによる射撃も弾く。
  最上部には複合強化アクリルが使われており、視界を確保しつつも強度を落とさない設計となっている。
  高速展開に演算処理が必要だが、いざとなれば手動でも展開が可能。
  なお、非常に硬いが重量が軽いため、爆発物などの強い衝撃には比較的弱い。

  タクティシャン・ドローン
  飛行ドローンとパルススキャナーを組み合わせた、索敵兵装。
  追従させて周囲を索敵する他、場所を指定してその地点を索敵するなど、使い勝手が良い装備である。
  この装備にも演算処理を要するが、それは戦闘中にエージェント本人が操作する場合であり、作中のウォールナットのように別人が操作するなら、アイルズの起動は必要ない。

  SB(Sticky Bomb)ランチャー
  特殊なケースに充填された、粘着質の爆薬を射出する装置。
  爆薬と共に遠隔信管も射出され、離れた場所から起爆が可能。また、即座に起爆させず、時間経過で起爆するように設定もできる。
  基本となる粘着爆弾、威力を落としつつ燃焼効果を付与した炎上粘爆、炸裂した周辺に電磁妨害を発生させるEMP 粘爆、一切のダメージを与えない代わりに強烈な閃光を発するフラッシュバンなどが存在する。

  アイルズ(Instant Lodger System)
  米国内でディビジョンエージェントを支援するAI……ISACの代わりを、ラジアータに代行させるプログラム。
  最初の使用はたきなとの初戦闘であり、あの戦いはアイルズの試験運用でもあった。
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