1ヶ月通り越してのテイオー回想回
なげぇなげぇよ。書いてる間にこの小説書き始めて1年経っちまったよ。
あ、もちろん今回で回想は最後ね。
お外はすでに真っ暗。
布団の中で寝返りを打ちながら、ボクは隣を見る。
「スヤァ………」
ボクと同室のマヤノトップガンはもうぐっすりとご就寝だった。
それはもう、見事なまでにぐっすりだ。爽快感すら感じちゃうくらい。
あまりに良い寝顔で寝ていたマヤノを見てボクは思わず今日の出来事を楽観的に振り返ってしまった。
「今日は……色々あったなぁ……」
思い返される記憶の断片。
雨の中無理して走って、それを止められて、いつの間にかあのアストラルウィングのトレーナーの部屋に連れられて、そこで色々話した。
――ボクが思い悩んでいたことも全て。
――全部、ありのまま、さらけ出して……
「…………っ~~!!」
「うるひゃ~い…………」
思い出して、ボクはつい身を悶えて布団の上で足をバタバタさせる。
同室のマヤノがうるさいと尻尾を振って抗議するけど、残念ながらボクの目にはまともに入らない。
いやだってさ……初めて会う人にあんなこと長々と喋って……あんなしょぼけた顔見せちゃって……
恥ずかしい!! 恥ずかしいよ!!
『どう? 少しはすっきりした?』
思い出す、寮に帰ってくるまでに話したアスウィーとの会話。
『まあ、うん。少しだけ。もやもやが晴れたような感じはする』
アスウィーのトレーナーにあんな悩みを打ち明けたのは、他ならないアスウィーからの提案だった。
昔話とか色々喋っているとき、そう提案……というか告げ口をされた。
恥ずかしかった。
正直すごく恥ずかしいと思ったけど、後悔はしてない。
『それはよかった。言葉に詰まった時は一回吐き出してみるのもいいからね。コレ、先輩の私からのアドバイス』
『そう、かな?』
『そうそう。一人で抱えるのにも限度があるし』
私もよくトレーナーと言い合いしてたし、と懐かし気に語るアスウィー。
ボクよりも少し高い身長差。見上げた顔は晴れ晴れしかったりする。
歩くたびに揺れる青色の翼の形をした髪留めは、飛び上がっているアスウィーの気分を表しているように見えた。
『……急にあれだけど、テイオーさ。トレーナーから何か貰ったでしょ』
夜道を歩く中。
ボクはアスウィーから唐突に問われた。
『なんでわかるの?』
『ん~? まあ、なんとなく――って言いたいけどほとんどは確信かな』
片目を閉じてアスウィーは言う。
ボクにはその言葉がトレーナーの行動は分かり切ってるぞ、という言外な言い方に聞こえた。
「……あれ、どうしようかな」
思い出した記憶から現実に戻って、ボクは独り言をつぶやく。
去り際、あの部屋から出る前にアスウィーのトレーナーが渡してきた乾いたボクの服。
畳まれていた服の間に挟まっていた一つの灰色のクリアファイル。
中には一枚の紙。
それはトレーナーとの契約書。
専属トレーナーとの契約に使う、書類だった。
「う~ん……」
場面は変わって、学園の中。
今は一つ授業が終わって休憩時間だ。
そんな中、ボクは昨日もらった契約書をどうしようかと悩んでいた。
「う~ん…………」
「そんなにこめかみを指で押してどうしたんですの?」
「あ、マックイーン」
悩み悩むボクの前の席に座るのは、ボクのライバルことメジロマックイーン。
どうやら神妙な顔をしているボクが気になってきたらしい。
「いやね? 昨日ボク、スカウトみたいのをもらってさ。それをどうしよっかなって」
「? いつもみたいに断ったりはしないんですの?」
「今回のはちょっと特別って言うか……」
「?」
事情を知らないマックイーンが首を曲げる。
まあ、そうだよね。最近のボクってば他のトレーナーのスカウトとかまるっきり蹴ってきたし。今更そこに悩むのはおかしいよね。
「……何か、特別な理由でもあるんですの?」
「特別……っていうのもあれだけど、なんていうか色々とお世話になったから簡単に断れない葛藤がさぁ?」
「事情はよく分からないですけど、取り合えず揺らいでいるのは分かりましたわ」
マックイーンが机の端で頬杖を突く。
「まず
「うっ……。それは……」
返された言葉につい苦虫を潰したような表情になる。
数日前の会話だ。
丁度カイチョーに負けた次の日に、ボクがマックイーンに言った言葉。
「できるところまで一人でやってみる、なんて言ってましたわね貴方は。
私との併走を断ってまで」
ニッコリ笑顔のマックイーン。
ボクの気のせいじゃなかったらなんだけど、なんかこめかみに青筋浮かんでない?
ウマ耳も後ろに畳んでない?
「……マックイーン、もしかして怒ってる?」
「ええ、しっかり怒ってますわよ? いきなり一人で勝手に頑張り始めて、ライバルの私を不意にしたことに対してしっかりと」
「ングッ!?」
笑顔の奥に隠しきれてないマグマのようなお怒りに、ボクは思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。
……思い返せば、最近不機嫌が続きっぱなしでいろんな人に辛辣な態度取っていたような気が。
と、とりあえずマックイーンに謝ろう。うん。
心なしか、マックイーンの威圧が教室全体に響いているような感じもするし。速く謝ろう。
一刻も早く、あのすっごい怖い笑みを何とかしないと……!!
「なるほど、アストラルウィングのトレーナーさんが……」
「ホントに居たんだって感じだけど」
「そうですわね。容姿もテレビで見た時と違ったんですの?」
「うん。
ボクがマックイーンに謝って許しを貰った数分後。
ボクは昨日会ったことの一部を喋っていた。事情を知りたいマックイーンのお願いだった。
さっきのこともあるし、これ以上マックイーンの機嫌を悪くさせるのもあれだから、ボクは渋々ながら口を開く。
「……道理で、生徒の間に都市伝説みたいな噂が流れるわけですわね」
「そんなのあるの?」
「ええ。教官トレーニングの時に幽霊のように出てくるとか、夜に外を歩いていると徘徊する姿が見えたとか、そういう類のものが結構」
「それ都市伝説っていうかオバケとかじゃない……?」
髪色が灰色だからそれっぽいかもしれないけどさ……。
ふと
『トレーナーが表に出たがらない理由?
あー、色々あるらしいんだけど。主なのは都市伝説造りかな……?』
『そうそう。噂とかそういうの。私が現役の頃からだよ、あーゆうことやってるの』
『まぁ、どうせ人前に出るのは面倒だっていうのもあると思うんだけどさ』
『目的? あ、それは分かるよ。それはね……?』
アスウィーとの昔話に花を咲かせていた会話の一部がふと頭に浮かんだ。
あのトレーナーが、都市伝説を作りたがる理由。
「
「何がですの?」
「ううん、なんでもない」
「?」
ただ、あった方が面白いから。それだけで。
他の理由なんてあるわけがないと、アスウィーが言っていたことを思い出す。
『あの人の行動理由はそれしかないから。君も
1日では消化しきれないくらいのあまりに濃い出来事の連続で、頭がどうにかなりそうになる。
「それで、どうするんですのテイオーさん。スカウトの件について」
「う~ん……ボク一人で頑張るって決めてたんだけど」
「まだ言っているんですの? 貴方、トレーナーさんに色々言われて考え直したりはしなかったので?」
「考えたよ? 昨日色々考えてみたんだけど……一つ突っかかるのがあってさ」
小首をかしげるマックイーンにボクは一つの紙を見せる。
昨日、帰って灰色のファイルから取り出した契約書。
「……それは?」
そこに付せられていた一枚の付箋を。
「『一緒に楽しみたいと思ったらうちに来い』って……なんですのコレ?」
「それが気になってさぁ。どういうことなのかなって頭回してたんだけど……マックイーン分かる?」
「いえ、私に言われても……」
だよねぇ……。
ボクからしてもまるで意味不明なんだもん。
そもそも契約書を無言で渡してきた上に、そこに付箋貼って誘い文句染みたこと書いているだけなんていう状況なんだし。
トレーナーとして気に入った娘をスカウトするところはよく見るし、ボクもされたけど……こういうのは初めてだからどう対応しようかって。
「……」
「……」
ボクとマックイーンは悩むように口を閉じて考える。
「貴方は、どうしたいんですの?」
数秒の間が開いて、マックイーンが口を開いた。
どうしたい。ボクに問う、簡単な質問だった。
「……わかんない。
ただ正直、あれだけ他のトレーナーの誘いを断っておいて、今更こんな簡単に受けていいのかなって思ってる」
悩んでる大本の原因はこれだ。
多くの誘いを断った、蹴った。
一人で頑張る、と意地っ張りな理由で独りよがりな独走をした。
そんなボクが今更、こうも簡単に受けていいのかなって。
その言葉聞いたマックイーンは、ボクの悩みに言葉を返す。
「簡単……? テイオーさん貴方、今悩んでいるんでしょう?
その答えを決めることは、簡単という言葉でくくっていいものではないので?」
「……!」
続けざまに口を開くマックイーン。
「私の知っているテイオーさんはそんな小心者ではないはずですわよ?
もっと、いつもなら堂々と、はっきりと答えを言います」
「悩みに悩んで決めた答えなら、私は文句も言わないですわ。
どう進んでも、私と貴方はレースで戦うライバルなんですから」
その時は私が勝たせてもらいますけど、とそう締めて言葉を終えて、マックイーンは席を立って去っていく。
去り際にちらっと見えた頬が少し赤くなっているのは気のせいなのかな。
――短い言葉だった。
それでも、心に刺さる。覚悟を灯すには十分な言葉。
「マックイーン……」
ありがとう、そう聞こえない言葉を残してボクは手に持つファイルを見た。
灰色のプラスチックに包まれたその一枚紙は、ボクの答えを待っている。
一日が過ぎた。
考えは纏まっている。
悩むべきものも分かっている。
ボクは、時間を空けて真剣に悩むことに決めた。
そこから出た答えを確実なものにするために。
二日。
選択する覚悟が固まった。
どんな答えを出しても、後悔しないように心を決めた。
だから、あと一つだけ。
あの付箋に書いてあったその真意をボクは――
三日。
いつものトレーニングをしている時にふと考えた。
『一緒に楽しみたいと思ったらうちに来い』
あの付箋に書いてあった言葉の意味を。
……最近のボクはどうだっただろうか。
楽しむ。
走りを、楽しむ。
そんな簡単なことに浸ることができていたか。ターフで走りながら、過去のボクを投影して思い返してみた。
……答えは分かっていた。
ボクはそれができていなかったことに。
そんな考えがどこかに消えてしまうくらい、ボクはトレーニングに夢中だったからだ。
走りたいというウマ娘の本能。
その本能から生まれるはずの、走ることが楽しいという感情を感じる暇すらなかった。
でも、それは勝つための行動だ。ボク自身を鍛えるための犠牲。
仕方なく捨てたものだった。
夢を追うために、仕方なく手放してしまったものだった。
……
…………
…………もしも。
もしも、それを捨てなくていいのなら。
『一緒に楽しみたいと思ったら』という言葉に縋って、夢を追いながら走ることを楽しめるなら。
どんなにいいことだろうか。
それを、実現してくれるのか。
あのトレーナーは、そんなボクの
「ここだよね」
早足で駆けたその場所にボクが来たのは、ボクの意思が固まったから。
目の前には木造の扉。若干斜めに立てつけられた「開店中」という看板。
あのトレーナーがなんでかわからないけど開いているお店。アスウィーの話だと、このお店の名前は『ウマ小屋』のはず。
隣には灰色のコンクリートでできた小屋もある。なんなら昨日ボクが居た小屋だ。
尋ねるならそっちの方の扉を叩くでしょ?と思うかもしてないけど、トレーナーに用があるときはお店の方を訪ねてね、とアスウィーに念を押されたことを思い出し、ボクは木造の扉に手をかけて――
ボクは固唾をのんでその扉を開いた。
「お邪魔しま~す……」
木造で出来た扉は、ガチガチに固まったボクの覚悟に反して以外に軽く開いた。
カランカラン、と誰かが入店した時に分かりやすいようにかベルの音が鳴り響く。開いた扉をよく見れば上の方に小さいベルが付けられていた。
扉を閉めてボクはお店の中に入る。
周囲を見渡して覚えた感想は『ちょっと大人なお店』って感じだ。
厨房の前に並んだ4席くらいのカウンターと、2つあるテーブル席。お酒とかはない。けど、ろうそくの形をしたライトがお店と壁と席を照らして、何とも言えない薄暗さになっているのがお店の大人な雰囲気を引き立たせている。
そして、厨房の正面には。
「お、いらっしゃいトウカイテイオー」
今日は何の用かな? と、食器を洗いながら意味深な笑みで挨拶をするトレーナーの姿があった。
「ほいよ、にんじんジュースだ。冷えてるぞ」
カウンターの前に置かれたフワフワの椅子。
そこに座りながら、お店の雰囲気に若干緊張をしていたボクであった。何気にこういうお店に入るのは初めてなのである。
そして緊張していると、目の前から差し込まれる一杯のコップ。
透明な容器に入ったオレンジ色の液体。ボクも、というかウマ娘が好んで飲むにんじんジュースだ。
……ていうか、ボク頼んだ覚えないんだけど……?
「え、いいの?」
「なに、初回来店サービスってな。遠慮なく受け取っとけ」
「それじゃぁ……」
遠慮なく、と細い言葉を言ってボクはコップを手に持つ。
容器を傾け液体を口元に近づけてからソレを含んで。
「……! おいしい!」
あまりの美味しさに思わず耳を立てて、大きく目を開けた。
口当たりはホロホロで、ザラザラと下に纏わりつくような違和感は全くない。というかむしろ心地いいくらい。
そして味は奥深く、すっごく味わいがいがあるし何杯でも飲めそうで。
まるで、紅茶のような一品だ。
「トレーナー、これ市販のモノじゃないでしょ?」
厨房にたたずむトレーナーに問う。
確信に近い解答だった。
ボクはこれでも、紅茶の味がなんなのか分かるくらいには舌が肥えている自信があるんだ。マックイーンとよくお茶するからね。
だから一口飲んだだけで分かった。
スーパーとかで売ってるものじゃこの味わいは絶対に出せないよ。
「お? よくわかったな。さては相当舌が肥えてるな?」
「まあね。ボク様ってばこれでも天才だから!」
「ほう。それは至極光栄だ。天才様の味覚に刺激を与えるモンが出せたようで」
不敵に笑うトレーナーと堂々と胸を張るボク。
何でだろ、やけにあやされている感じがする。いや、本心から言ってるのは何となく分かるんだけどあまりにもボクみたいな人を相手にするのが慣れているっていうか。パパと話している感じがする。
ジュースの話に戻ると、このにんじんジュースなんとお店の自家製なんだって。
2年くらいかけて作ったらしくて、アスウィーとカイチョーに試飲をお願いしたこともあるらしい。
その甲斐あってか、今ではたまに来るウマ娘のお客さんにも好評な一品になってるとか。
ごくごくと喉に流し込んで、美味しさを堪能するボク。
いい飲みっぷりだ、って言葉が厨房に立つトレーナーから聞こえた。片目を開けてちらっと見てみると、満足気にほほ笑むトレーナーの表情にボクは一瞬目を奪われた。
……少しだけドキッとしたのは内緒。
「ぷはぁっ……」
「お粗末さん。……なんか顔赤いが大丈夫か?」
「う、ううん大丈夫。何でもないよ」
「そうか」
赤面してたらしい顔をごまかす様にコップをカウンターに置く。
置いたコップはトレーナーが手に取って厨房の端っこに移動させた。どうやら後で洗うらしい。
「それで、今日はなんの用で……ってのは野暮か?」
「あはは……まあ、そうなのかな」
数秒の間があってから、空気が変わる。
話の本題って感じだ。トレーナーもさっきとは違って少し真剣みを見せている。
……ボクの背中に隠した一つのファイル。
3日間かけてボクが出した答えを、今日は言葉にしようとここに来たんだから。
改めて、ボクはトレーナーの目を見て言い切る。
「コレの答えを出しに来たよ。トレーナー」
そう言って、ボクはカウンターに一つの書類が入ったファイルを置く。
目線を下に向けたトレーナーは、少し目を細める。
何を思っているのか全く分からないその眼。
冷たくも暖かくもなさそうな、そんな粘土のような固まった眼。
ギャップ萌えとでもいうんだろうか、それとも解釈不一致?
とにかく、さっきまで笑っていたトレーナーとは思えない雰囲気が体から出ていた。
「そうか。……いやすまん。要件の内容は察していたんだが、いざとなると真剣になってな。
……少し怖いだろ?」
「……ううん。ちゃんとしたお話をしに来たんだもん。それくらい、ボク我慢できるよ」
ボクが感じていた
確かに、少し怖い。冷房の空気とかじゃない、全く違う寒気が背筋を走るくらいには今のトレーナーは大人のような雰囲気だ。
……いや大人なんだけどさ。
さっきまでそんな感じなかったからちょっと怖くなっちゃっただけで。
頬を掻いて申し訳なさそうにするトレーナーには、ボクに対する気遣いが目に見えて分かった。
「それで? 答えは得たか?」
「まあ、ね。すごく時間がかかっちゃったけどさ」
「しっかり悩んだ証拠だ。お前にとっちゃ誇らしくはないだろうが、それをみっともないと思う事は無ぇよ。今は答えを出すまでに至った過程を受け止めるだけでいい。遠い未来に、その道のりが経験として役立つこともあるだろうよ」
しっかりとした大人としての助言。
3日前に聞かされた内容が最後の一文に当てはまる。
進んだ道を偶に思い出し、振り返って、それを経験に変えること。
どんな辛いことがあっても、拒絶しないで受け止めた時にできる、もう一歩と
ボクが今一番足りないもの。足りない経験だ。
その名前が『挫折』からの立ち上がりだということを、ボクはこの3日間で導き出した。
「ねえねえ、アスウィーはどうだったの? やっぱりすごく強かったからこういう悩み事には縁が無かったりしたのかな」
ふと気になってそんな質問を口に出してみた。
カイチョーと競い合った彼女が、どんな思いで栄光を駆けぬいたのか気になってしまったのだった。
一瞬瞼を閉じて考え込むトレーナー。
質問を聞き届けて数秒経ってから、腕を組んでボクの問いに答えてくれる。
「アイツは……はは、まあ別に大して変わんねぇかもな。悩みもあったし、葛藤も多くあった。
……てか、そもそもお前とウィングは別種の部類だ。悩みの数なんて星の数ほどあったろうよ」
「へぇ~……ん?別種ってなに?」
「残酷に突き詰めて言えば『天才』と『平凡』って奴だな。もちろんお前が前者でアイツが後者だ」
「えっ!?そうなの!?」
予想外の解答にびっくりするボク。
いや、だってあのカイチョーと張り合ってたくらいだから。てっきり、カイチョーと同じくらい走る才能があったと思ったんだけど……。
「つっても、歩んだ道はありきたりなもんだよ。大きな壁にぶち当たって、超えて、また当たって超えてを何度も繰り返した。『才能』なんて便利なもんを持ち合わせてない分、アイツはスタートの出遅れ具合がすごかったがな」
違いがあるとすればそれくらいだ、とそう言い切るトレーナー。
一方のボクは告げられた言葉に茫然としていた。
憧れの相手と競い合った人が、まさかボクよりも遠く後ろのスタートラインから走り出したという事実。
気が遠くなるほどの距離から、才のあるものに追いついたというのだ。
……天才だと自負しているボクですら、3日前までずっと悩んでいた苦痛。
それを何度も、多分気が遠くなる程味わってきたことを想像することは容易かった。
「……すごいんだね、アスウィーって」
「まあな。才の無い奴がひた向きに努力し続けることを無謀って言われることは多々あったよ。
だが、アイツは止まらなかった。苦汁を飲みながら走り続けた。……まあ、時折俺が発破をかけてやったってのもあるが、意志を貫いたのはウィング自身の力だ。
――だから、走り終えた今でも、アイツは俺の最高の愛バだと思ってるよ」
目の前には少し苦笑して、誇るように語るトレーナーが居た。
(いいなぁ……)
語り終えたトレーナーの姿を見て、ボクは思わず羨ましいと思ってしまう。
思えば、この感情は3日前から……ううん、もしかしたらアスウィーと
担当ウマ娘と専属トレーナーという関係に、ボクはまだ縁がない。
数日前までは、そうなることを自分自身で拒んできた。蹴ってきた。
だけど、二人を見ていると、今までそんなことをしてきたボク自身が惜しくなるくらい。
あんなに誇らしいと思ってもらって、あんなに一緒に居ることが楽しいと、共に想い合っている。
そんな関係が羨ましいと、ボクは少し思っちゃった。
「ねえねえ」
だからかな。
口を開けて、次の言葉を言おうとする自分が抑えきれない感覚が生まれる。
なんかこう……ムズムズって感じで、ウズウズってして――まるで、欲しいオモチャが欲しいような感覚。
アスウィーとトレーナーみたいな関係が、すごく羨ましいって欲求。
――そして、それが欲しいっていう。
「ボクもさ、それに混ざりたいって言ったらさ。トレーナーは良いよって言ってくれるの?」
そんな、子供みたいな駄々な言葉。
出会って1日しか経っていないはずの、ボクの無茶苦茶な言葉に。
「……ははっ! いや、お前に関しちゃ大歓迎だ。
可愛い後輩ができたんなら、ウィングもさぞ喜ぶだろうしな」
笑顔で、笑って右手を差し出してくる。
カウンターの机を挟んだ向こうに立つトレーナーと、椅子に座っているボク。
「長い道なりだぞ? 大人の確認だが、本当にいいんだな?」
「……この3日間ずっと考えてたんだ。
──ボクは夢を諦め切れない。憧れたものをボクは簡単に諦め切れない。これだけはどうしても譲れなかったんだ。
だって、それがボクの全部だから。
でも、その道を目指すのに、笑って走れないのは嫌なんだ。
これが、ボクが3日間で出した答えだよ」
手を差し伸べるトレーナーに目を合わせて、ボクはハッキリと言い切る。
欲深くて、ごーまんで、どうしようもなく無茶な覚悟。
ボクが、前に進むための覚悟で。
『一緒に楽しみたいと思ったらうちに来い』って付箋が書いてた言葉に対してのボクの答えだ。
「絶対の1番を目指す道に、楽しみを求めるか」
「ワガママなのはわかってるよ。それが叶うことすら分からないのもさ。
──でも、欲張っていたいんだ。カイチョーに負けたあの日から続いたモヤモヤなんて、あんなのはもう嫌だからさ」
トレーナーは、ボクの目を見て逸らさない。
こんなボクのお願い事に、耳を傾けてくれている。
そんな真剣なまなざしに応えるように、ボクは言葉を紡いだ。
「だから、お願い。ボクのトレーナーになって欲しい。
誰でも無い、一緒に楽しい事をしようって言ってくれたキミに、ボクの事を支えて欲しいんだ」
言い切って、ボクはトレーナーの右手に両手を重ねながら目をぎゅって瞑って頭を下げる。
真面目なお願いだからさ。ていうか人生に1度しかない決断だし、あんまりボクらしくは無いけどこれが目いっぱいの誠意?ってやつだ。
少しの間。
バクバク鳴り続けてるボクの心臓の音が聞こえていないか心配になるくらい、静かな数秒。
「俺の方こそ」
そんな、静かな空気を破ったのはトレーナーの一言だった。
顔を上げたボクの目の前には、微笑みながら出したボクの両手の上から左手を重ねるトレーナー。
少しひんやりとした体温。
大人っぽい、ごつごつした感触。
それでも、どこか温かくて、優しくて。
「ウィングから聞いてるかもしれんが、俺ってアイツからしても
そんなことをちょっと申し訳なさそうに、気恥ずかしそうに言って。
「だからまあ、なんだ。
――俺の方こそ、よしなに頼むよ。トウカイテイオー」
トレーナーはまるで子供のように、男の子みたいに笑ってさ。
ボクもそれに応える様に、満面の笑みで返したんだ。
「うん! よろしくねトレーナー!」
「って感じで、ボクはトレーナーの担当ウマ娘になったんだよね」
「へー」
「そうなんですのね」
「そうそう……って、アスウィー知らないの?」
串焼きのお肉をプラプラと揺らしながら語りを終わらせたボク。話結構長くなったかな?
忘れてないと思うけど、今は<スピカ>に誘われたBBQの最中だよ。
両隣にアスウィーとマックイーンが座ってて、一緒にむしゃむしゃとお肉を食べてる最中だ。
ボクが放った疑問に、アスウィーは呆れ顔で言葉を返してくる。
「詳細はね。経緯自体はトレーナーから聞いてるけど、それ以上のことは一切聞かされてないよ」
串焼きのお肉を丸一片に放りこんだアスウィーはどこか不機嫌そうだ。
「教えてくれたっていいのにさぁ? 全く……」
「あのなぁ、そもそも聞かれてねぇもんをどう教えればいいんだよ」
そんな不機嫌満載なアスウィーの横顔を眺めていた時だった。
背後から男の人の声。
誰とも言わず、普通にトレーナーの声だった。
「トレーナー?」
「おう、串肉のおかわりは要らないかってな。聞きに来たんだよ」
そう言ったトレーナーの指の間には4本の串焼き肉がある。
黒色の瞳が横に薙ぐ。
ボクとアスウィーと、マックイーンを見る目。
「よう、メジロマックイーン……でいいんだよな。いつもうちのテイオーが世話になってる」
「ええ、こちらこそ初めまして。テイオーのトレーナーさん」
あ、そういえばトレーナーってマックイーンと面識ないんだっけ。
お互い、初の自己紹介を始めたトレーナーとマックイーン。
当然、ボクとアスウィーは蚊帳の外。会話の間には入れない
「あ、トレーナー。お肉頂戴。テイオーの分も」
「ん? おう」
はずなのに、堂々と割ってお願いごとをするアスウィーである。
ほれ、と2本の串を投げて渡すトレーナーに、見事にそれをキャッチするアスウィー。
「はいテイオー」
「ん、ありがとー」
渡された一本の串についてるお肉をガブリと頬張る。
「おいし~!」
溢れる肉汁、濃すぎず薄すぎない塩の味、炭火で焼いてる風味。
BBQらしいすっごく美味しいお肉に、ボクもつい頬を緩ませる。
「そういえば、このお肉トレーナーがわざわざ買ってきたやつだっけ」
「うん。わざわざ5km離れた住宅街まで行って買ってきたらしいよ。しかも精肉店まで走っていったって」
「……苦労がすごいね」
「今更じゃない?」
確かに。やりたいこと全力マンのトレーナーなら今更かな。
日の光がボクを照らす炎天下。目の前で鳴り響く波の音。
夏らしい光景の中、ボクはそんな苦労と汗の結晶で生まれたお肉を頬ぼるのだった。
──ボクは夢を諦め切れない。
そう言った少女の表情はどこか悲痛だった。
「憧れたものをボクは簡単に諦め切れない」
一度手を伸ばそうとしたものを、最後まで諦めきれないという。そんな意地。
「これだけはどうしても譲れなかったんだ。
だって、それがボクの全部だから」
何言ってやがる。
それがお前の全部なら、それをさらけ出さないでどうする。
夢に手を伸ばすなら、そんなだけ意地っ張りな方がお似合いだろうに。
(…………っ)
世界を回すめまいが俺を襲う。
3日前から続く体調不良を足に力を入れて何とか耐える。
コイツのトレーニング姿を見るために雨に打たれた弊害か、俺は3日前に体調を崩している。
少しは良くなったにしろ、まだまだ回復段階。自業自得から生まれたバカみたいな症状だが。
あの経緯が無ければ、俺はこの少女と対等に話している今の状況はなかった。
一人の少女が、自分の覚悟をさらけ出しているこんな状況を間近で見ることはできなかっただろう。
気を入れやがれ。
目の前の少女に、一瞬たりとも目を逸らすな。
体調不良がどうした。この一瞬の光景の1コマを見逃すことは、少女の覚悟に対しての冒涜だ。
「でも、その道を目指すのに、笑って走れないのは嫌なんだ。
これが、ボクが3日間で出した答えだよ」
後悔? あるわけないだろ。
一人の子供が、やりたいことを楽しくやりたいと。そう表明したんだ。
不安に、気弱に。
それでも覚悟の決まったその眼。
「ワガママなのはわかってるよ。それが叶うことすら分からないのもさ」
舐めんな。ここはそういう場所で、俺は
「──でも、欲張っていたいんだ。カイチョーに負けたあの日から続いたモヤモヤなんて、あんなのはもう嫌だからさ」
苦難上等。こちとら好きで人生謳歌人間やってんだ。困難なんざ、こっちから願ったり叶ったりだっての。
だからもっと。もっと欲張っていいんだ。
ただの
自分の夢をかけるために欲張って見せろ。
「だから、お願い。ボクのトレーナーになって欲しい。
誰でも無い、一緒に楽しい事をしようって言ってくれたキミに、ボクの事を支えて欲しいんだ」
差し出された両手。
それを払う気はそうそう無く。有り得なく。
俺はこの瞬間に、立ち会えること。
その気持ちを引き出せたことが、ただ嬉しく感じる。
十分だ。心の中からひねり出した言葉を――
コイツの本心をこの耳で聞き届けることができた。
ならば、聞き届けたものとして行うことは一つしかないだろう。
少女が求めた思いを、一片の後悔もないよう、笑って走り抜けるように導く。
二択の解答。
それは、目の前の少女が悩んだ数倍よりも遥かに楽であったろう。
だから、俺は。
「――俺の方こそ、よしなに頼むよ。トウカイテイオー」
多くのことを悩み抜いた頑張った少女に、せめて。
――不安にならないよう、不格好な笑みで俺は答えたのだった。
他ウマ娘との絡みもっと欲しい?
-
くれ
-
いらん
-
どうでもいいからイチャイチャ見せろ