歓声が一体に轟く。
大地を唸らす轟音に負けない人の声。
ソレは全て、埒の外から鳴り響く魂の咆哮だ。
熱気が、見えもしない圧が、そこに立つ者たちを叩く。
この一瞬、レースという一つの事象に誰も彼もが虜になる。
『伸びる! 伸びる伸びるアストラルウィング!? その末脚に後続が付いていけないぞ!?』
天の声が全体に響くと共に勢いを増す歓声が奔った。
先頭を駆けるその少女が、観客の目を奪う。
アストラルウィングと呼ばれた少女に、全身全霊を賭けて走るたった一人の少女に、此処にいる全ての意識が向けられる。
かくいうウィングは、そんなのは気にしないと全力疾走の心得だ。
いや、気にする余裕が無いのか。こればかりは当人の感性なので断言はできないが。
……いや、今考えることではない。
そう断言し思考を止め、前を見る。
最終コーナーを抜け、後は直進のみ。
持ちうる全てを消費して、一番という称号をもぎ取ろうとする怒涛の数秒が始まった。
『残り300を切りました! 先頭は依然アストラルウィングが独占中!』
逃げ足を発揮しているウィングは今までと変わらず先頭を駆け続ける。
目の前に誰もいない、とっておきの光景を独占し続ける。
ただそれを許さない者も、確かに居るのだ。
『しかし後続も総じて負け怖じない! 4番手リーフベルトが抜け出してくる! 負けじと3番手テルミアレールが加速を始めた! おっと2番手ヘルメスミリヤが減速!? スタミナ切れか!? その隙に4番手と3番手が這い上がってくる! 残るは先頭のアストラルウィングだけだ!』
距離およそ150。
実況の声にもどんどん熱がこもり、観客のボルテージも上がっていく。それぞれが思い思いの声を出し、夢を掴もうとする
「――行け、ウィング」
一人、さり気なく短い声援を送る。
視線はウィングに向けたまま、腕を組み、大声など出さず静かな声で魂を込めた言葉を放った。
勝利の確信など在りはしない。
アレはどこまで言っても平凡で、脇役で、負けに負けて偶に勝つ普通の少女だ。
天才など、常勝などに縁が無い。努力で頑張り続けるただの少女だ。
このレースも、先における一進一退の一勝負に過ぎない。
ソレに挑んでいるウィングの目は――
『先頭のアストラルウィングが逃げる! 2番手テルミアレールが追いすがるがアストラルウィングが逃げる! 内からリーフベルトが追い込んでくるが届く――いや届かない!』
――依然として燃えていた。
草原色の瞳を赤熱させている。
いつもと変わらず、たった一勝負に全力を振り切るウィングがそこには居た。
そして――
諦めの悪いその足取りが、栄光の境目を踏み抜く。
次々に踏み抜く少女たちよりも先に、最初に、一番にその線を超えていく。
『アストラルウィング! アストラルウィングが後続を振り切って今ゴールイン! 続いてテルミアレール! 遅れてリーフベルトがゴール!』
尽きたスタミナとアドレナリンが、疲労を示す様にウィングの膝を地に着かせた。根性で支えてきた体に力が入らなくなったのだろう。
そのまま肩で息をしながら、目線を背後に向ける。
限界が来たと倒れ伏す者、悔しがる者、涙を浮かべる者。1番を取り切れなかった少女たちの姿。当たり前に広がるその光景に俺は目を細めた。
勝者と敗者は常に対立だ。
勝負の世界に蔓延るその絶対的ルールは、例外なく当事者たちに降りかかる。
そしてそれは、ウィングもまた同じ。
いつあの敗者の輪に混じってしまうのかと考えると、気が気ではないが……
そうさせないのが、今トレーナーとして俺が全力でやるべきことだしな。
歓声が爆発すると同時に、俺は彼女らの勇姿を見届けてからその場を後にする。
最後にターフの内で見たウィングの表情は、少しの笑みと満足げな表情だった。
「おー、お疲れさんウィング。今日は快勝だったな」
レース後、俺が寄ったのはウィングが待つ控室だ。
GⅡ デイリー杯Jrステークスで勝利を収めたウィングだが、勝利者は勝利者で予定があるのだ。
あと数分後には、ウィニングライブと記者のインタビューが待っている。その為、ここに来た俺の用事はその事前確認とコンディション確認である。
変哲ないパイプ椅子に座るウィングが視界に入る。
鏡に面を合わせて、髪の手入れをしている所を見ると今はレース後の身だしなみを調整していたらしい。既にライブ用の衣装にも袖を通している。
若干の疲労感を醸し出しながらも、ウィングは俺に目を向けた。
「ん、トレーナー。快勝……とまでは思わないけどね。最後の最後でちょっと折れかけたから」
靴紐を結んで、パイプ椅子に縋るウィングから出たのはそんな言葉だ。
レースの最後の方、俺からは見えなかったが何か自身で思う所があったのだろうか。
「折れかけた? 根性が?」
「うん」
「ああ、なるほ。つってもまあ、4バ身差離してあそこでの減速なら1バ身くらい残して勝てる。どの道ゴールテープを切ったのはお前になるだろうよ」
「それ結果論? スタミナ切れて手いっぱいの時に、持ち合わせの気合まで尽きちゃったらどうしようもないでしょ。私に余力なんて無いから、反省点は反省点だよ」
「たくっ、素直じゃねぇな。もうちょい目先で獲った1着に喜んで浸れって」
「そんな暇ないの。知ってるでしょ?」
そりゃぁまあな、と椅子に座るウィングの横に立ってそう呟くと、いきなり脇腹を小突かれる。人差し指で。トスッという音と同時に響く感覚に思わず息が出そうになってしまった。
「くすぐってぇ」
急にどうしやがった、とジト目でウィングと視線を合わせる。
「……最近、私のトレーニングに顔出してくれない仕返し」
「それはすまんて再三言ってんだが」
「お店の開店で忙しいのは分かるけどね。それならそれで趣味時間減らして、私に構ってほしいのが要望なんだけど」
トストストスッ、と突っつく速度が指数関数的に上がっていく。よく見ればウィングが若干むっすり顔になっていた。日頃の不満を晴らさせろ、と言外に伝えに来てるようだ。
不機嫌の時は物理的に当たってくるのが問題点だが……まあ、ソレを込みでコイツのことが気に入ってるのもあるし。余程のことが無い限りは、こういうコミュニケーションは受け止めている。
くすぐったい感覚をよそに、俺は無造作に頭を掻く。
「へいへい……善処するよ」
「返事に重みが無いけど~?」
「善処っつったからな。まあ、この一週間で仕事の方も落ち着くだろうから、顔出せる日は増えるかもしれんし。そん時は直接言う」
よろしい、と返答に満足したのか脇腹を突っついてた人差し指を引っ込めた。
それと同時に椅子から腰を話して立ち上がる。
ライブの衣装を体ごとくるっと回して身だしなみの確認をしてから。
笑顔の練習か、フッと微笑んだウィングの表情は、1年前よりも数段柔らかく感じた。
ただ、普段は見せない表情だったため、違和感を感じてしまったのもあって。
「随分と上機嫌だな」
「ん? そう見える?」
「ああ、珍しいほどにな」
腕組をしながらつい、そんな言葉をかけてしまった。
いつものレース後だと背伸びくらいの上機嫌気味で終わるが、こうやって笑顔を見せてまで体を動かすとなると、割と物珍しいのだ。
いやまあ、楽しそうなその姿を見たくないかって言ったら、俺は特等席で見たいわけだが。
「まあ、
一人思考していると、ウィングから上機嫌の理由が放たれる。
あー、そういう。流石先頭民族、既に頭の中がレースでいっぱいなご様子で。
今更報告になるが、今コイツが言ったとおりである。
1年と数ヶ月をかけて、遂にウィングのGⅠ出走権を獲得できたのだ。
クラスの高いレースに出走するとなると、ある程度の基準を満たしたファンを満たさなければならない。このくらいは普段レースを見てる皆々共の知識からしたら釈迦に説法だろう。
順調に行って約1年、早くて数ヶ月。
それが現役ウマ娘がGⅠに出れるまでの平均である。
しかして、ウィングはそれよりも遅れて遅めの出走になってしまった。
理由は不明確だが……まあ1年目は敗走が多かったのもあるかもしれない。その分の時間をロスしたとなればこの遅れも納得なのだが。
問題は2年目だ。
なんか知らんが、GⅡに出始めたあたりからいきなりファンが急増しやがったのだ。
丁度、掲示板の方で【奮励の化身】なんてあだ名が付けられた頃だっただろうか。とにかく、ファン数が異常な伸び方をし始めたのである。
俺がスレ張りとかもしたからだろうか、民衆の認知度も上がっている気がするが……。
ま、まあ、その甲斐あってか遂にウィングも夢のレースの仲間入りである。
掲示板という魔境にウィングというウマドルをぶち込んだことに対して、若干心の中で冷や汗をかきながら、苦笑で目の前で喜ぶ少女に目を向けた。
「まあ、ソレに付いちゃ俺も喜ぶべきだが……にしてもGⅡ出れるってなった時はクッソ平常心だったくせに、GⅠになったらなったでその喜びぶりはなんなんだ」
「それはまあ、今日の奴と違ってGⅠは私にとって夢のステージだもん。それに、私の喜ぶ姿が見れてトレーナーもまんざらでもない癖に」
「いや否定はしねぇがな……」
――つか、そんな感じで毎回楽しそうにしてくれりゃ、俺も満足なんだが。
無駄に嬉しそうに体を跳ねるウィングを見て、俺もつい苦笑する。
それと同時に、パーカーのポッケに入れた携帯が振動する。甲高い音が部屋に響くその正体は俺が設定したアラームだ。
どうやらライブの時間が迫っているらしい。
「ってもう時間か。それじゃ、私はライブに行ってくるから。トレーナーもちゃんと見に来てよ?」
「いつも通り、後方腕組勢に紛れるとするわ」
「む、関係者に言ってステージ前に席を置いてもいいんだけど?」
「HAHAHA……んなことしてみろ。俺お前を会場に置いて退散するからな?」
俺の冗談を真に受けたのか、ふくらはぎ辺りを軽くローキックされてしまった。普通に痛てぇ。
……いやまあ、冗談でもないんだがな。
明確な拒絶に意味はある。
確かに、楽しんでる姿を特等席で見たいとは言ったが、それはコイツの人生における
出来れば周囲に怪訝な目を向けられるほど、物理的に接近などしたくない。
ただでさえ灰色の髪にパーカー姿の異常者だぞ? トレーナーらしからぬ姿恰好をさらして、コイツの現役人生に悪影響を与える可能性を残すような真似だけは絶対したくない。
情報の錯綜と虚偽が油断ならないのは、ネットの海に身を投じている経験から習得済みだ。
特に掲示板やマスゴミ。こいつらにだけは一層気を付けないといけない。マジで。
「過保護すぎるって」
ウィングの神妙なジト目な視線を受ける俺。
うるせぇ。お前もネットに身を浸してみろ。少しは気持ちがわかるだろうよ。
さて、無事にライブも終わり、インタビューも済んでと。(俺不在だが)
「トレセン学園までお願いします」
「お願いします」
「はいよ」
現在、俺達は帰りの車にタクシーを呼んで帰宅途中のところだ。
俺の自家用車?
無い無い。だって俺無免許だし。ガキの頃に友人のバイクに無断で乗ったくらいしか運転経験なんかないぞ。
つか、地方民の交通手段なめんなよ。自転車さえあればどこへだって行けんだからな。県の端から端までなら余裕だ。
……とまあ、流石にレース後の凱旋を自転車で帰らせる暴挙はしたくない為、こうしてタクシーを拾って帰宅中という流れになる。
「ふぅ……今日も疲れた~……」
「お疲れさん。帰るまで2時間はかかるから今のうちに休んどけ。明日休日だけど」
「ん~、ううん。今日の反省会、ここでしちゃおうよ。どうせ寮に戻ったら倒れるように寝ちゃうんだから」
「そうか? んじゃ……」
乗り込んで、数分経った後の会話。
車の座椅子に背を預ける向上心高めなウィングを横に、俺は携帯用のタブPCを用意する。今日のレースの録画等分析結果などは、コイツに全部ぶち込んである。
そうして始まる会議のような反省会。
まずは俺から目に見えた反省点を言って、それにウィングが問う流れ。
内容はありきたりなモノだ。差し合いの警戒だったり、体の動かし方、脚の入れ方……と。心理戦から肉体的な反省点までの数々を述べる。
あくまで論理的に、分析した結果とレースの動画を見せることで、分かりやすく納得させ、理解を促す様に誘導させる技術も組み込む。ここら辺は俺の得意部門だ。
――そうして、一連の流れを小1時間ほど行ってから反省会を終える。
後はもう自由時間だ。
タクシーの車内で、ウマホを手に持ってウマッターだかエゴサやらしているウィング。
「?」
と、俺も俺とて今日のレースの結果、及びファンの反響のエゴサを同時進行で確認しているときだ。
ふと目の端で広がる光源が視界に入った。
「なんだあれ」
「ん?」
タクシーで下道を走っている最中、淡い光が……常夜灯のような光が社内を照らした。
携帯をいじっていたウィングまでもが、視線を窓の外に向ける。
何かのイベントだろうか、人気も多いのか賑やかな雰囲気まで感じた。
「ああ、お客さん。アレ気になります?」
「え? はあ、まあ」
「ははは、お客さんすごいキラキラした目ですよ」
おっと、つい子供の心が浮き出てしまった。
こういう楽しそうな雰囲気を感じてしまうと、童心に戻ってしまう。悪い癖だ。
話を聞くと、どうやらタクシーの運転手さんはこの地元の出身らしい。
あそこで行われているイベントにも知識があるのだとか。
「丁度この時期になると、神社を借りてお祭りをするしきたりでしてね。なんでも神様のお参りがどうとかなんとか……詳しくは知らないんですけど、昔から続く伝統行事になってるって話です。神楽とかも人気がありますし、終わり際には大きな花火も上がりますから。人の集まりは毎年いい感じらしいですよ」
「ほうほう……」
運転手さんの綴る地元談に、顎に手を当て聞き入る俺。
因みに、流石に運転させながら長話させるのもあれかと思い、近くのコンビニに車を止めてもらっている。
正直こういうイベント事には、耳が立つ。
年に何回かの記念日と同じ感覚だろうか、子供の心で居続けている俺は物珍しいものに目が無いのだ。
「近くで浴衣のレンタルもやってましてね。結構大きな店なもので、私もよく嫁と行くときに使わせてもらったものですよ」
しかも、イベントにふさわしい恰好を用意してくれる場まであるという好条件。
ふむふむふむ。いいな。行きたくなってきたぞ。
「……トレーナー」
「お?」
そんな思考が頭を埋める中、いきなりパーカーの袖を引っ張られる。
誰かと思えばそれはもちろんウィング。
「なんだ、どうした?」
「あーその、ね……?」
ちょちょんと、袖を引っ張るウィングはどことなく挙動不審だ。まるで、今からやりたい事を我慢するかのような挙動を醸し出している。俺も覚えがある雰囲気で、よく見た動悸だ。
……ん? あーまさか。
「祭り、行きたいのか?」
「………」
ふと浮かんだ予想を口に出せば、頬を赤くして小さく首を縦に振るウィング。
その小動物みたいな挙動を見て、思わず抑えた笑いが出てしまったことを誰が攻めれるだろうか。耳もヘタレて可愛いし。
「……くくっ、別に恥ずかしがることないだろうが」
「う、うるさいノンデリトレーナー。こういう時は首を縦に振るだけでいいんだよ」
「へいへい。んじゃ、そーいうことでいいな」
写真を撮ってやろうか……なんて思ったが、後の物理的制裁が恐ろしい為諦めた。
青鹿毛の髪を揺らしてジト目で俺を睨むウィングを横に、タクシーの運転手に振り返る。
丁度、俺も
運転手さんも、俺らの会話が聞き届いていたのか察しているっぽいし。
「すみません、運転はここまででお願いします」
「いえいえ。お祭りぜひ楽しんできてください」
「どうも」
ポケットから財布を取り出し、ここまでの運賃を支払う。
……ああ、そうだ。後一つ聞いておくとするか。
「あと、浴衣のレンタルをしてるってお店、出来れば教えてくれませんか?」
目ぼしい情報を予め収集してから、まずは姿恰好を適したものにするためレンタルをしてくれる店を目指して歩く。
足取りは軽く、楽しいことを目前に俺とウィングは心を弾ませていた。
こうして、レースの終わりに。
どこともわからない、地方の祭りに参戦することになった俺とウィングであった。
11月11日に知り合いから質問されたんでちょっと答えようかと。
Q.ウィングとトレーナーがポッキーゲームをするとどうなるの?
A.トレーナーは羞恥心が地の底に沈んでるから、遠慮なくポリポリ食べ進めるのが大前提の流れ。
問題のウィングだが、昔のウィングなら止まらないトレーナーに動揺して即バキ折り大逃げ確定コース。
因みに今だと両方ともポリポリ進めていって、それを見ていたテイオーが手のひらで目を隠そうとするも指の間から見てる上、ド赤面しながらその様子を眺める光景の完成。
最終的に「ん…」ってウィングが残りわずかなポッキーをテイオーに見えないよう隠して、食べきったのかきってないのか、唇が触れたのかという結果をうやむやにしてしゅーりょー。その後色々からかい合戦が始まるよ。
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