相変わらず自由奔放な人だ、と彼女は何もない黒の空に独り言ちた。
一寸先すら見えずらい夜の闇。
歩を進めれば、賑やかな人声が一層耳に入ってくる。
その声に釣られるように、共に歩いている2人は気分を少しづつ高揚させながら目的地へ足を運ぶ。
目線を上げれば遠くには、蛍光色の淡い光が多くの人を照らしている。
彼女――アストラルウィングはその光を前にしながら、隣を歩くトレーナーと今まで歩んできた事を考えていた。
(思えば……こんな風にトレーナーと休んだり、遊んだりするのも何回目になるっけ)
長やかな袖を一振りし、視界に入った
草原色の浴衣。お店のおすすめだからとレンタルした一品。
慣れない姿恰好だからか、彼女は身のこなしが少々ぎこちなくなっていた。ライブの衣装の方が数倍動きやすいな……と内心愚痴りながらだが、しかし心の端で珍しい衣装に心を躍らせてもいた。これでも
自分の姿に少し頬を上気させながらも、彼女は隣に立つ人の事について再び思考する。
自由で捉えどころが無く、大人なくせに子供のような。
そんな彼女自身のトレーナーと、一緒に歩いてきたこれまでを。
出会いは本当にただの偶然だったのだろう。
彼女自身も、トレーナーに直接聞いたこともある話だ。
ハンモックを掛けて寝ていたあの木の下に偶然足を運んでから、偶然トレーナーの目に止まって、少なくない程の交流して。
そして、最後には「彼女と遊びたいから」と。そんな自己中的な理由で。
彼女の――アストラルウィングの人生を、トレーナーの趣味の道に巻き込んだのだと。
……当時の彼女の心境はどんなものだっただろうか。
そう問われれば、彼女はそんな落胆染みた反応はなかった、と答えるだろう。ふと浮かべる苦笑がその証拠だ。
才無し、結果無し、加えて度重なる挫折で心をへし折られた当時の彼女にとって、トレーナーの勧誘というのは一筋の光のようなモノだった。あちらから手を伸ばすのに、それをわざわざ手放す理由も無ければ、非を唱える理由もない。
……いや、考える暇もなかったというべきか。
まあ、こうして重くもない経緯から担当ウマ娘となったウィングだが、当然の様に困難は彼女へ降りかかる。
とにかく勝てないのだ。
2回目のデビュー戦で何とか勝てたことは良いとして、そこから先がとにかく勝てない。
彼女にとって、レースでの勝利が全て。その為の努力を惜しんだことも無ければ、これからも惜しむことは無い。
少なくない量のレースに出走し、実践を積んで、特訓を積んで。
積んで積んで、積み続けても――それでも届かない一番という称号。
それでも諦めなかったことは、また彼女らしい所だが。
……それよりも先に彼が――トレーナーが折れかけてしまったのだ。
そしてそれが、彼女の琴線に触れた。
……率直に言えば、ひと悶着あったということである。
『クッソ……』
偶然だった。
単に用があるからと、トレーナー室を覗きに行った時だった。
今でも鮮明に思い出す、トレーナーの顔とその表情。
いつでも子供らしく見せていたはずの、トレーナーが見せた苦悩と苛々しい感情を自分に向けたような、あの辛い表情。
モニターの前で頭を抱え、苦悩を表面に出すトレーナーの姿。
『ダメだろうが……諦めるわけにはいかねぇだろ……』
『まだ、ウィングに勝って満足させることが出来てねぇんだぞ……っ!』
それが少なくない関係を持った彼女の心を刺した。
声を殺して、気配を断って、その場を離れた彼女をどうしようもない不甲斐なさが襲った。
――アレを、いつも楽しそうにしているトレーナーを辛い目に合わせているのは、どうしようもなく弱い自分のせいなのだと。
半年とはいえ、少なくない関係を築いてきたからこそ、彼女はその様子を醸し出す異常さを自覚する。それほどまでに珍しく、悲痛だった。
トレーニングがあるときは、あくまで彼女に苦悩めいた様子を見せないことが、逆に彼女を負の念に引き立てた。
そして、それが3日3晩続いてから。
ふと、いつもの河川敷で横になって休んでいるときだった。
遠い目で空を眺めるトレーナーを見て。
――まるで全てを諦めたような。教官付きの娘たちが偶に浮かべていた目が視界に入ったことで、彼女の中の何かがプツリと切れた。
――諦めの悪さは、トレーナーに認めてもらった。
だから折れなかった。
――頑固者だと、
だから自分自身の事を信じられた。
――そして、トレーナーはそんな
だから……だから、彼に『諦め』という思いを浮かばせてしまった私自身の事が、すごく不甲斐なかった。
だから――――
「ねえ、覚えてる?」
お祭り会場の中。
型抜きを営む屋台で、必死に爪楊枝を握りしめるトレーナーに向かって彼女は言い放った。
「何がだっ、今俺これでも割と集中してんだが」
「あ、うんゴメン。タイミング悪かったね」
明らか目が血走っているトレーナーを見て、言い淀むウィング。
今日も今日とて彼とのコミュニケーションは絶好調である。どことなく噛み合わない。
再び、相変わらず自由奔放な人だ、と遠い目で独り言ちたお祭り日和の夜だった。
「……それで、何を覚えてるかって?」
「そんな肩落とさずに言わないでよ……言いずらいじゃん」
屋台の間を二人して歩いている。
花火を見に行くぞ、とそう伝えられたウィングは拒絶する理由なくその足を運ばせていた。
人の波に翻弄されることなく歩くことができているのは、これから行く目的地が人気がつかない場所だからか。その行先はトレーナーのみぞ知るといった感じだ。ウィングはただソレに付いて行ってるに過ぎない。
因みに、彼が肩を落としているのは先程の型抜きを爆笑必須の大失敗で終わらせたからである。
熊型の型抜きだ。難易度はむずめ、あと一歩といった所で脳天からバキッ!と真っ二つという有様でその娯楽を終えたのだった……。
その瞬間ではなくとも、話しかけてしまった彼女としては少し話題を出しずらくなってしまっている、という状況ということである。何せ珍しく、目に見えて相当ガッカリしている様子だ。
話しにくいというのも無理はないが……。
「いや、いい。アレは目先の勝利に甘えた俺の落ち度だ。来年こそは……必ず……!」
「闘志が燃えてる……」
こんなジト目不可避な台詞を吐いた事で、そんな思いは吹っ飛んだのだった。
あまり根に持ってないのだと、年単位の関わりを持つウィングがそう察した。次に向けて根も燃やし尽くしそうな勢いではあるが……。
と、ふと横からの視線を察知するウィング。
「にしても、案外お前の浴衣姿似合ってんなぁ」
「ん? そう?」
「おうおう。死ぬほど可愛いぞ」
「可愛っ……う、うんありがと」
誰かと思えば隣に立つそのトレーナーだ。
彼女と同じ草原色で牡丹模様の浴衣。誰がどう見ても誉め言葉しか出ないそれを、トレーナーは恥ずかしげもなくバカ正直に褒め散らかしていた。
反対にダメージを受けるウィング。どこぞのバカとは違い、人並みの羞恥心を持ち合わせている彼女は、普通に照れていた。
だがしかし、彼女も攻撃を受けたままでは終わらない。
何とかして辱めようと反撃を始める。
「トレーナーも似合ってるよソレ。というか着慣れ過ぎてて
「おう、あんがとな」
返しのターンで攻撃を始めるウィング。残念ながらダメージは見込めないと判断し、彼女は内心で悔しがった。本当に、いつになったらこの男の羞恥心にダメージを与えられるのやら。
……まあ、と言っても、反撃に使った感想としては正直なものだ。
模様の無い、髪色と同じ灰色の甚兵衛姿。
両腕を袖に通して草履をはき、歩みを進めるその見栄えはまるで現代人ではないように見えてしまうくらいの雰囲気だ。
正直、かっこいいかと言われれば、速攻で首を縦に振らざるを得ない風貌である。
余りにも様になっているところが気になり、どうしてそんなに着慣れているのか彼女が問いかけたところ。
「実家が和系だったからな。家の中じゃ風呂上りによく着てたもんだ」
そんな風に彼はあっけらかんと答えた。
詳しくは語りはしなかったが、それでも理由としては十分と言ったところでウィングはそこで食い下がる。
それから、他愛のない話が再び始まって。
数分ほど経った時だ。
トレーナーのモノではない一つのため息が、会話を割いた。
「全くもう……トレーナーといるとシリアスなんて無くなっちゃうよ」
「あ?」
「何でもない。思いつめていた私がおかしいなって思っただけ」
「くだらないなぁ……」と、苦笑を浮かべるウィングがそこには居た。
「さっきまで、トレーナーを尻尾で往復ビンタした時の事を思い出してたんだけどね」
「おいおい。屋台での『覚えてる?』ってそれかよ」
「まあ、それもあるんだけどっ。あれだよ、ほらトレーナーがちょっと頭抱えてた時期があったじゃん」
「あーあれか……。今でも俺らしくない黒歴史認定してんだが」
苦虫を潰したように、トレーナーが顔をしかめる。
確かにいい思い出というものではない。彼女の停滞期というモノは、辛苦な記憶が多かった。
「日が暮れるまで、日頃の不満とか色々吐き出されたからな。今でこそ思うが逆に爽快だったよ」
「私だって爽快だったよ。溜まってたものぜーんぶ出せたんだし」
「ははっ、ホント元気なかったくせにあんときだけはハキハキ喋りやがって」
互いに遠慮を知らない、本音だらけの会話。
ただ、そこに不快感は一切ない。むしろ居心地がいいと2人して思っているくらいだ。
1年半という年月が生んだ優しい関係性が、そこにはあった。
「終いにはなんだぁ?
『私を楽しませるんでしょ……っ! 無茶でも何でもやって見せるからっ、私もトレーナーに付いて行くからっ!
だから――諦めない私より先に、諦めたりしないでよ』
なんてよ、お前覚悟ガンギマリすぎだろ」
「う、うるさい! トレーナーだって――
『舐めんな。その思いには絶対応えてやる』って言ってたじゃん!」
ほんの1年前の会話を引き合いに出しておちょくり合う2人。
ただ、羞恥心が無いトレーナーに対し、普通の女の子であるウィングの方が引き合いに出された台詞にダメージを受けていた。
それが分かって、悔しさと仕返しに隣に立つトレーナーの腰を尻尾ではたくウィング。
ちゃちな小突き合いで、灰色の甚兵衛と草原色の浴衣が揺れる。
それから数秒の間。
足取りの音が静寂を占める中、ウィングが口を開く。
「……はぁ、あれから1年かぁ」
「なんだ、今更感傷に浸ってんのか?」
「いや、随分と遠くまで来たな~って思ってさ」
歩きながら黒の空を眺めるウィング。
横顔からは覗けないその表情は一体どんなものだろうか。
「あの木の下で
弱弱しく吐いたその言葉にトレーナーが一瞬戸惑い、そして苦笑する。
「……やっぱ、次のGⅠ出れるのが嬉しいのか?」
「それもあるけど。それまでの道のりも思い出深くてさ。
「そうか」
簡潔的な肯定一つで、その会話を流す。
相変わらず薄めの自己肯定感だ、とそう思いながらもトレーナーはそれを口にしなかった。両方とも、分かっていることだったからだ。
それでも、1年前程の重症具合ではない。
まるで痛めつけるように、その体を無理に酷使してた頃とは。
全てを自分の能力不足だと嘆いていたあの頃と比べたら、彼女にも刻相応の変化というモノがあったのだろう。
「まあ、負けて負け尽くした気がするけどなお前の思い出。あと可愛げもなかなか無ぇし、俺も大分苦労した思い出で埋まってるよ」
「……ノンデリ」
「これも判定あんのかよ……!?」
当然の様に感傷に浸らせてくれないトレーナー側に、変化があったのかは神のみぞ知ると言ったところではあるが。
ため息をつくウィングに、頭を掻くトレーナー。
足を運ぶ先の目的地までは、あと少し。
他ウマ娘との絡みもっと欲しい?
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くれ
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いらん
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どうでもいいからイチャイチャ見せろ