トレセン学園の隠れた名店   作:[]REiDo

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頑固な少女は胸を弾ませる

 

 

 長々と歩いた先にたどり着いた場所は、一つの空間だった。

 

 木々に囲まれた緑と黒の景色。

 2人の髪を撫でる風が一度吹けば、楽器のように葉音がその演奏を奏でる。

 

 そして、枝葉の切れ目から射す闇夜の光が2人の目に着いた。

 

 

「タクシーの運転手が教えてくれてな。何でも花火を見るときに、夫婦2人でよく来てた穴場なんだと」

 

 

 座ってくださいと言わんばかりに倒れている一本の丸太。それを切れ目から射す夜の淡い光が照らしている。

 お祭りの蛍光色からは、遠く離れたその一帯。

 

 それはまるでスポットライトのように照らす、孤立した空間だった。

 

 

「綺麗……」

 

 

 幻想的なまでの光景に、ウィングの口が思わず開く。

 それに同意するかのように、トレーナーも目を光らせて満足気に言葉を紡いだ。

 

 

「俺も聞かされてはいたが、まさかここまでとはなぁ。絶好の秘密基地じゃねぇかここ」

「……あー、確かにトレーナーってこういうの好きそう」

「そりゃもう大好きだな。ウィングよ、男ってのはこういう隠された場所ってのにロマンを抱く生き物なんだよ」

「いや知らないけど……」

 

 

 ドヤ顔でそんな概念染みたことを立てるトレーナーに、ジト目を向けるウィング。灰髪の彼は、今日も変わらず少年の心を輝かせていた。

 

 気分を高まらせながら倒木に座る2人。

 花火までの時間をトレーナーが携帯で確認してから、まだ時間があるため他愛ない雑談を始めた。

 

 先ほどの思い出話の続きだったり、苦労話だったりを繰り返していく中、トレーナーが一つの話題を口に出す。

 

 

「あーそれと、あの運転手が告った場所でもあるらしいぞ、ここ」

 

 

 ついでのように放ったその言葉に、ウィングの動きが止まった。

 

 

「告……? ってもしかしてこの倒木に座りながら……っ?」

「ああ。嫁さんにプロポーズしたんだと。縁起がいいねぇ」

 

 

 ピーンと伸びたウマ耳、そして少しばかり頬が上気しているのは見間違いではないだろう。

 

 

「……へ、ぇ~? そ、そうなんだ」

 

 

 唐突な話題に言葉を詰まらせながら、隣に座る彼にバレない様尻尾をパタパタ振るウィング。彼女の内心はどことなく挙動不審味だ。戸惑いすら感じている。

 

 ……無理もない。彼女とて一端の女の子だ。

 今自分が座る場所が()()()()()()だと知ったなら、動揺するのは乙女として正しい反応だろう。というか、むしろそうならない方がおかしい。おかしいのは異性が隣にいるにもかかわらず、そういう話題にピクリとも反応しないこの変人()だ。

 

 

「あのタクシーの人、何でここ教えてくれたんだろ」

 

 

 こほん、と少しの咳払いで感情を誤魔化しながら話題をずらすウィング。

 が、しかし。

 

 

「さあな。まあもしかしたら運転手の人には、俺ら2人がお似合いの異性にでも見えたんだろ」

「お似っ!? 異性っ!?」

 

 

 それで無意識の攻撃をやめないのがトレーナーという男だ。羞恥心が壊滅しているノンデリ具合は、まるでとんでもなくデカいナイフをぶん回しているようだ。無論、その被害は隣のウィングへと直撃する。

 ダイレクトアタックをされた彼女は、当然の様に照れており。

 

 その結果として顔面赤面の上、尻尾バタバタ、耳へたりなウィングが完成したのだった。

 

 数秒の間頭上に昇る、上気した頬の見えない蒸気。

 

 通常の少女であるならば『まさかコイツ意識してるんじゃないか……?』案件に突入しかねない一言を放たれたわけだが。

 ただ、彼女もトレーナーとの付き合いで少しは慣れているわけで。

 

 

(……違う違う。そういうのは無いから。トレーナーはただいつも通りなだけ。本心なんだろうけど深い意味とかはないはず。うん。この羞恥心壊滅トレーナーに()()()()()()を期待しない事! はい、終わり!)

 

 

 ブンブンと首を横に振り。

 一瞬、教師と教え子のよからぬ禁断の()とやらを想像したウィングだが、たどり着く前になんとか思いとどまる事に成功する。

 

 ……担当となって1年半になるが、こういう事件はよくあるのだ。

 毎日のような添い寝上等に頭の撫で癖に加えて、歯の浮く台詞を当たり前のように吐き出す彼の奇行と素直さには、彼女も多くの痛手を負いながらも鍛え上げられている。

 ……具体的には、突発的な煩悩の発露とダイレクトアタックされたことによる羞恥を、だ。

 

 今の彼女は、粗末な少女漫画程度なら無心で読める。と謎の自信を持っているくらいである。

 

 別に鍛えられたくなんて無かったけどなぁ……と、遠い目をするウィング。

 だがしかし、このトレーナーの担当となったのが運の尽きである。お気に入りと決めたからには、ことごとくを持ってして関わりたがる彼に躊躇など存在しない。

 

 

(あれはもう、トレーナーの在り方みたいなものだし……私じゃどうやっても止められないからなぁ……はぁ……)

 

 

 こうして、既にあの癖を何とかしよう、という領域を諦めたウィングはこうして奇行に当てられ悶え続けている生活を送っているのであった……。

 

 

 

 と、そうこう思考しているうちに――

 

 ドンッっ! と、破裂音と共に大きな火花が上がった。

 

 耳を刺す爆音に思わず尻が上がるウィングだったが、木々の隙間に映る空模様を見てから――あぁと納得した。

 

 満点の夜空に咲き、彼女達を眩しく照らす様々な火の塊。

 十色以上のバリエーションで、空を鮮やかに彩るソレは瞬時に見る者を魅了し、役目を終えたかのように儚く散っていく。

 

 目を開いてそれを眺めるウィングに、さっきまでの余分な思考は浮かんでいない。

 音が、光が、彼女を魅了したその瞬間に、そんなものはどこかへ行ってしまった。

 

 そして――隣で同じモノを見るトレーナー。

 

 子供のような目で、キラキラした目で、宙に割く花火を見る彼女のトレーナー。

 

 

「はっは! たーまやー!!」

 

 

 屋号を叫び、とても楽しそうにしている男の横顔を、不思議そうに眺めるウィング。

 空に色が染まる度、彼の瞳にもその色が反射する。

 それを見ていると、なぜか頬が上気するのを自覚し、意味もなく彼女は再び空へと視点を移した。

 

 ――そして、本日三度(みたび)

 相変わらず自由奔放な人だ、と彼女は花咲く満点の空に独り言ちた。

 

 

(ホント……自由で、気ままで、素直で、どうしようもなく子供なくせに、大人な人)

 

 

 この1年と少しで理解した彼の性格に、彼女は少し悪態めいたものをつく。その中には尊敬ともいえない感情も交じっていた。

 

 ――本当に、こんな人だけど。

 

 彼女は、そんな彼の傍でずっと教えてもらっている。

 自分の存在する意義(レース)に勝つための術。挑むための心構え。

 共に栄光に向かって走ることの辛苦を、苦難を、その()()()()を。

 

 そして、何も持たざる彼女が自覚していなかった、彼女自身の事を。

 

 それだけじゃない。もっともっと、いくらでもある。

 

 ()は、トレーナーに貰ってばっかりだ。

 

 ――だから。

 

 

「ねえトレーナー」

 

 

 数えきれないモノを教えてもらった、そのお礼に。

 私は、素直になれないまま口を開いた。

 

 

「私は、トレーナーに何か返せてる?」

 

 

 ありがとう、なんていう簡単な言葉の代わりに出てきたのはそんな曖昧な言葉だった。

 

 ……ああもう、なんて素直じゃないんだろう。

 そんな一言でもいいから、ただ呟くだけでいいのに。そうすれば彼は……私のトレーナーは全部を察してくれて、いつも通りみたいにサラッと「おう」とでも言って終わるのに。

 

 こんな遠回しな言い方をしてしまうから、トレーナーに私の意図を深堀りさせてしまう。

 

 

「なんだ急に、日頃の感謝のつもりか?」

「うん。あはは……ありがとうなんて言葉で終わらせても良かったんだけどね。ちょっと、うん……」

 

 

 それだけじゃ納得できないと、私は言葉を詰まらせる。

 足りない。全然足りるわけがない。

 

 彼に貰ったモノはそれほどに大きいんだから。

 

 私は本当に、どこにでもいる普通の女の子だ。

 才能なんて羨ましいモノに縁があるわけが無い。私にあるのはただの意地と、頑固さと、少しだけ頑張り屋な所。

 

 ――そしてこれも、トレーナーから教えて()()()私自身の事。

 

 そんな私をここまで育ててくれて、こんなに勝たせてくれて――。

 遂にはGⅠなんていう、夢の舞台にまで立たせてくれた。

 

 だから、ありがとうなんて言葉だけじゃ全然足りるわけが無いんだ。どうしようも納得がいかない。

 

 だから……返せるものは返したくて。

 でも、それを返せるものは私には無い。あるとすれば、ここから先のレースで掴み取る栄光ぐらいしかない。

  

 今すぐには渡せない感謝の印が無い事に、私は不甲斐なさを感じて――

 

 

「――まず、お前からトレーナーって新しい趣味を貰った」

 

 

 急に。

 

 はっと呟くように放たれたそれに、私の意識が向いた。

 目を見開く私に対して、トレーナーは笑いながらその続きを綴る。

 

 

「レースっていうクッソ熱い娯楽を教えて貰った。夢を支える楽しさを教えて貰った。暇なときにグダグダ喋る相手を得られた。んで一緒に戦った栄光を、それから――くっはは、言い始めたらきりがねぇなこりゃ」

 

 

 ずらずらと並べていったソレを、トレーナーはキリがないと笑う。

 ソレは、トレーナーが私と関わっていく上で得られたものだと、あっけらかんに笑って言い切る。

 

 そうして、トレーナーは茫然とする私を見て苦笑で頬を歪ませてから言った。

 

 

「何考えてるか分かってるよ。どーせお前のことだ。感謝するにはどうとか、量が足りないとかそんな子供っぽくもねえことをグダグダ考えてたんだろ?」

 

 

 お見通しだと。手をひらひらさせながら吐き捨てるように言う。

 

 

「まあ、大人の考え方としちゃ良いがな。与えたら貰う、娯楽には対価を、等価交換の法則……てのだっけ? まあ、色々例えはあるだろうが。

 ――ウィングよ? 生憎だが、俺はお前からもう色々貰ってんだわ」

 

 

 私からはもう、その重さに匹敵するモノを貰っているんだぞと。

 相変わらず、笑いながらそう言った。

 

 無理やり納得させるために吐いたソレに、私は……どうしても納得がいかなかった。

 

 

「で、でも、そんな形のないものじゃ……っ!」

「ばっかお前、無形の財産って言葉を知らないのか? 貰ったモノ全てが形あるものとは限りゃしねぇよ」

 

 

 それでも、トレーナーは譲ってくれない。

 間髪無く放ったその言葉には私の言葉と詰まらせるだけの、絶対の自信が込められている。

 

 これはもう決めたことだからと。

 貰ったものだからと。

 私から受け取れるものは全部受け取っている、とトレーナーが私を諭す。

 

 

「あ、う……ん……」

 

 

 それを真っ向から受けた私は、どうしても言葉が出なかった。

 声を上げないと、そんな考えが頭をよぎるけど肝心の言葉が浮かばない。

 反論はしなきゃいけないんだ。だって納得しているわけではないんだから。

 

 でも、私には分かっていた。

 あれだけ、彼の隣で歩んできた私には、もう分かり切っていた。

 

 トレーナーがこうやって自信を持って言う信条は、絶対に曲げることは無いんだって。

 

 

(…………っ)

 

 

 言い返すことすらできない私は、思わず目を伏せた。

 花火の散らす光が、今は眩しくすら思える。視線は地面に向けているはずなのに、視界の端から入り込んでくるソレは曇っているだろう私の草原色の瞳を、嫌味のように照らしているかもしれない。

 

 手のひらをぎゅっとを握る。

 どうしようもないごちゃごちゃした感情に、体を震わせた。

 

 そして花火が2輪ほど咲く時間が過ぎてから。

 

 ――そんなみっともない姿の私に訪れたのは、頭に触れた柔らかい感触だった。

 

 

「あ……」

 

 

 大きな左手で、私は髪を撫でられている。

 

 安心するような、そんな感覚。

 照れくさいからと、いつもの河川敷では避けてきたトレーナーの手のひらの感触。

 ただ、私の一部に触れるだけのその行為に、頬が思わず上気する。

 

 その手を差し出すトレーナーに目を向けた。

 苦笑と微笑が入り混じったような表情が私の目に映る。どうしようもなく手のかかる子供を眺めるように、トレーナーは私の事をそう見ている。

 

 そして、撫でる左手を収めないまま、彼は右手で胸板を叩いてこう言った。

 

 

「安心しろウィング。もらったモノは全部、俺の()()にある。どれもこれも価値あるモンだし誰にも渡すつもりはねぇさ」

 

「だからまあ、そんな心配そうな顔すんなよ。なんなら形あるものなら今手元にあるんだし」

 

 

 グラグラと揺れる視線。

 微笑みながら言うトレーナーの顔が直視できない。

 上気した頬を見られたくないのか、こんなことを堂々というトレーナーに照れてしまっているのか、混雑した感情で答えが出せないけど……

 

 それでも、トレーナーと視線を無理にでも合わせる。

 疑問を含んだ目を向けて、私はその答えを知りたがる。

 

 そして、ふっと優しく笑ったトレーナーはその続きを口にした。

 

 

「お前だよウィング。お前っていう大きな財産がまだ俺の手の中にある」

 

 

 ――その言葉と共に、私の中の何かがトクンッと弾んだ。

 

 一瞬、息継ぎの1秒ですら長く感じた。

 

 言い切ったそれに、トレーナーは赤面もせず私の頭を撫で続ける。

 分かっている。この一言も、トレーナーにとってはただの本音で、恥ずかしくなんて思ってすらいない堂々とした宣言だってことくらい。

 

 だけど――

 本音だって分かっているからこそ、この鼓動が止まらない。

 

 

「…………っ!?!?」

 

 

 永遠に感じた時間が元に動く。

 瞬間、ブワッ!!と膨れ上がった熱が、私の内を侵食した。

 

 私は恥ずかしさから、バッと飛びのいて、さっきまで座っていた場所から離れる。

 

 

「え!? あ、うっ!?」

「……ははっ」

 

 

 当然の様に頭から離れる手のひらの感触。

 ちょっとだけ寂しいと思った感触を少し惜しみながら、あたふたとした私に待っているのはトレーナーの肩を落とした姿。

 

 緩んだ表情と、微笑を浮かべながらトレーナーは私を待たず、言葉の続きを口に出す。

 

 

「日頃の感謝つうなら、俺は既にお前がいるだけで十分受け取ってんだよ。……なんせ暇しねぇからなぁ、お前といると」

 

 

 告白のようなそんな言葉が、再び私の頬を赤く染めた。

 

 

「……え、ちょ、もうっ。告白みたいになってるって!」

「あ? あーまあ、言葉単体で聞くとそうなるのか。いやまあ、別にそんな意図はないわけだが。てかそんくらいお前も分かってるだろうに」

 

 

 内心バクバクしながら私は、トレーナーにさっきの言葉がどんな風に思われかねないのか口に出す。

 

 でもやっぱり、トレーナーに()()()なんて無い。

 いつものようにあっけらかんとした反応。

 私の事をどう思っているか、ということだけ考えてから突発的に出した言葉なんだと理解した。

 

 そんな彼は、変わらず冷静に倒木に座りながら、花火が咲く空を眺めて言う。

 

 

「まあでも、そう言うことだ。感謝なんて無理にしなくていいし、お前も別に気にしなくていい。お前が気づいてないだけで、俺はもうお前を育てるに足りる理由と対価を貰ってる」

 

 

 そして、トレーナーはさっきの告白の真意を私に語った。

 私が意図してない貰い物で満足してるから――そして、私と一緒にいる事だけで、それだけで満足だと。

 

 青色の花火が、私達を照らす。

 トレーナーの遠くを見るような横顔を眺めながら。

 私は鼓動を落ち着かせるために、一つ深呼吸をした。

 

 

「……それでいいの?」

「何がだ?」

 

 

 再び、冷静になった私はトレーナーの隣に座ってそう問いかける。

 鼓動の鳴りはまだ収まらない。それでも、問いかけずにはいられなかった。

 

 

「私は、もしかしたら望める結果も出せないかもしれないのに。そんな私でも、トレーナーは私と一緒に歩いた事を堂々と『よかった、一緒にいて楽しかった』って、そう言ってくれるの?」

 

 

 そう問いかけた私に、再びトレーナーは大きな失笑をした。

 まるで愚問だと。

 躊躇いの無い声色で、その答えを綴った。

 

 

「当たり前だろ。

 俺はお前と一緒に、この道のりを楽しめてる。その事実だけあれば、俺は堂々と『楽しかった』ってこれからいくらでも笑って満足していけるっての」

 

 

 ――そして今度こそ。

 私の胸に秘める鼓動が、臨界点を超えた。

 

 ドクンッと脈打つ()()が、私の内を染めていく。

 

 

「……欲が無いね」

「そうかぁ? 俺はこれでも十分、欲をかいてると思うがな。お前の人生の傍らを一緒に歩きたいって言ってんだしよ。そんくらいの重さは結構あると思うぞ?」

「それもそう……なのかな?」

 

 

 言い得て妙だが、それもまた告白の――いや、これじゃ一種のプロポーズだ。もちろん彼にその気はないのは分かってるけど。

 

 

「あー、今だからついでに言っとくが、俺は自分で磨いたものには愛着が湧くタイプだからな。お前の意思以外じゃ、手放すつもりなんざ毛頭ないぞ?」

「急な独占宣言はやめてくれない? すごくドキッてくるから!」

「知らねぇよ。つか元はと言えば、この話題お前が持ちかけてきたんだろうが」

 

 

 続けられる彼の台詞に、どんどん広がる私の()()

 答えが分からない、熱い感情めいたものが、否応なく全身に広がってくる。

 

 ……ホント、私が切り出したとはいえ、こんな少女漫画でよく見るような言葉をトレーナーはサラッと吐いてくるのだからホントに……もう……

 

 

「はぁ、トレーナーはさ、なんでそう……()()なの?」

「言語化出来てねぇじゃねぇか。罵倒するならせめて例えを見つけてくれ」

 

 

 ジト目で無理な相談を向けてくるトレーナーに、私は内心で少し悪態をつく。

 できるわけがないでしょ。少なくとも今は。

 この心臓を押さえつけるのと、冷静を装うことと、この感情の答えを見つけることで精いっぱいなんだから。

 

 

 

 ……そうして、数秒の時間が流れた。

 

 花火が何輪も咲いてる中、私の気持ちは未だに落ち着かないままだ。

 胸の鼓動こそようやく落ち着いてきたけども、高鳴りから生まれた感情は未だに不透明で答えが分からずにいた。

 

 でも、それが。不快なものではないことは何となく理解している。

 

 

(……いや、でも。ううん、違うはず)

 

 

 まさかと、安直な答えにたどり着こうとする思考に、私は蓋をした。

 

 

(好意的だっていうのは……認めるけど。それでもこれはそんなのじゃ……)

 

 

 彼のことは人として好きだというわけであって、決してその先が……と、ごちゃごちゃした思考が頭を埋めている。

 

 ……ああもう、今のこの状況が恨めしい。

 

 祭りというイベント。前任者の夫婦が残したこの幻想的で綺麗な場所。ここで告白(プロポーズ)をしたという過去。

 そして、今さっきの少女漫画のような台詞の応酬。

 それに感化されて、高鳴り続ける私の鼓動。

 

 その全部が合わさって、私の煩悩を助長しているんだ。

 

 ……頑固者だっていうのは分かってる。認めちゃえば、楽になるのはわかってるけど。

 それでも、私とトレーナーはあくまで()()()()()()()()()っていう立場だ。

 

 その先の関係は考えちゃいけない。認めちゃいけない。求めちゃいけない。

 

 そうしたら私は……今目指している栄光(モノ)を、眩しく見れなくなっちゃう気がしてしまうから。

 必死に目指しているレースの栄光だけに、目を向けれなくなる気がしたから。

 

 

 

 それでも、弱った私の正常な判断に、心の中に住まう私の悪魔が囁き続ける。

 

 ……認めちゃえば楽なのに。

 私がトレーナーの事をどう思っているのか、簡単で素直になればすぐに()()()()()()()のに、と。

 

 耳を塞ごうにも、心の中での蹴りあいだからどうにもできない。

 否定しようにも、その悪魔は何度も同じ問いをかけてくる。

 何度も。

 

 何度も。

 

 ――その止まらない心臓が、その証拠だと。

 

 

(――――っ~~~!!!!)

 

 

 声にもならない悲鳴を、つい上げてしまう。

 上気した頬が、温度をグングンと上げていく。

 どうしようもなく止まらない自分の身体を両手で抑えながら、隣を見る。

 

 

「おぉ~」

 

 

 恥ずかしい悲鳴は、花火の音にかき消されたのか彼の耳には届いていない。

 赤く染まっているだろう私の頬は、花火に夢中なトレーナーの目には映っていない。

 

 悶えている私を隣に置いて、キラキラした目で花火を見ているトレーナーを見て。

 

 私は――

 

 

(ま、た……!?)

 

 

 今日で3回目の、心臓の心拍が上がったことを自覚した。

 

 隣が見えない。

 彼の横顔を見るだけで、鼓動が上がる。

 さっきのキラキラした目をしていたトレーナーの光景が目に焼き付いたように離れない。

 

 

『お前っていう大きな財産がまだ俺の手の中にある』

 

 

 瞬時にフラッシュバックする、トレーナーが吐いたさっきの言葉。

 

 私のすべてを受け入れてくれた、この人の横顔が本当に――

 

 

(――っ!)

 

 

 そこまでで、私は何とか思考を閉じる。

 これ以上は後戻りができなくなる、とそう直感したからだ。

 あの先の、私の独白を一言でも聞いてしまえば、私は決定的な何かを認めてしまうと思った。

 

 ブンブンと、首を横に振って。

 心の小悪魔が私と誑かす前に、逃げるように私は視線を空へと向けた。

 木々の間から見える大きな花火が咲いている、まばゆい空に。

 

 

 ――眩しいくらい、私の視界を埋め尽くす虹色の光。

 真っ赤に染まった私の頬を誤魔化すように、その色が染めてくれた。

 

 ――心の思考を止めてくれる、大きな破裂音に耳を傾ける。

 私の内で起こる大きな波を沈めてくれなくとも、その音を聞いているだけで落ち着きを取り戻す。

 

 

 でも、ふと横目で見るトレーナーの横顔を一瞬見ただけで。

 

 その全部が反乱を起こしてしまう。

 落ち着きが動揺に、静かな波は荒波に、思い出すように鳴る鼓動を感じながら。

 私は、思わず胸に手を当てて。 

 

 この鼓動の答えは一体なに……? と、私は光り輝く虹色の空に独り言ちた。

 

 

 私は、もう一度空を見る。

 

 答えを求めるように覗いた空は、からかう様に大きな音で私を震わせている。

 結局、花火が終わるその時まで。

 この渦巻いた感情の名称は、わからずに終わってしまった。

 

 見収めた儚い最後の一輪を見て。

 いつか、この答えを知れたらいいな、とそう思ってしまった。

 

 

 

 

 





その答えを知るのはそう遠くない話だろうけどね。

次回は、ちょっと羽根休みな話になるかな。お楽しみに。


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