ほんの、少し前の会話だっただろうか。
『シンボリルドルフをライバル視してるだぁ?』
こんな会話があったことを覚えている。
何のために勝ちたいか、誰に勝ちたいか。称号の為か、栄光の為か、もしくは自分自身の為か。
いつも通りの他愛ない会話で。そんな流れで出した言葉だったはず。
『……ほぉ、昔選抜レースでボコボコにされてそれからずっと敵視してると。はは、そりゃ初耳だ』
カラカラと。
私の苦い思い出を語れば、嬉しそうに笑うトレーナー。
軽い感じだが、こんなのは良いモノでもない。嫉妬や挫折に心を折られた昔話だ。
何が面白いのさ、と恨めし気に睨めば。
『育ててる
へたったウマ耳を巻き込みながら頭を撫でて、抽象的でよく分からないことを口にした。
手のひらの暖かい温度とくすぐったい感触は、思い出しただけで胸の奥を熱くさせていた。それがただの羞恥だったのは言わずもがなだけど。
そうして、数分と頭をいじられ続けてから。
ポンポンと、いきなりというかなんというか、トレーナーは頭を軽く叩いてこんなことを言い出した。
『ただまあ、ライバル視ってのは言い過ぎだな。お前の
ライバルではなく、ただの強敵だと。
その違いが分からないと、問いかけたことも記憶に残っている。
『あー、ライバルってのはあれだ。なんつーか、
頭を捻って彼の口から出されるのはそんな教えの言葉と問いかけ。
それは事実だ。現に彼女との接点は選抜レースの一件以外に一つもないのだから。
問いに答えるように首を縦に振れば、トレーナーはその続きを雄弁と語り始めた。
『俺の持論ではあるがな。そーいう関係だってのが分かりやすい例えが一つある』
何? と聞けば。
『素手でぶん殴り合える仲だ』
『えぇ……?』
返ってきた答えに私は本気で引いた。もう、ドン引きした。
急に真面目な話をしたと思えば、何をドヤ顔で面白おかしい事を言い始めるのか。思わずジト目を返してしまった私は悪くないと思う。
『持論つったろ、モノの例えだ例え。少なくとも、そんくらいのことができる関係がライバルってもんなんだよ』
実体験でもあるのか、堂々と語る姿に思わず納得しかけてしまった。
ただ、はいそうですか、と簡単に分かるかと言われれば別の話だ。既に、私の嫉妬心と敵視は彼女に向かってしまっているのだから。
受けた傷はそう簡単には癒えない。やられたからにはやり返したいという思いが少なからずある私は、彼女をライバル視する考えを変えられずにいる。
『随分と片思いな想いだな。乙女かお前は』
……まあ、否定はしなかった。
乙女にしてはヤミヤミしい感情ばかりだけどね。こんなの褒められたものじゃないし。
私がそう言うと、返しに人間味があっていいじゃねぇかって言うのもまたトレーナーらしいんだけどさ。
『ま、ちゃんとライバルってのが出来ればお前も分かるようになるだろ。割といいもんだぞ? 茶化し合いながら競い合える相手がいるってのは』
これ以上は実体験でないと学べないと察したのか、こうしてトレーナーはこの話題を締め切った。
……たぶん、最後の助言を聞いてもこの頃の私にはよく分からなかっただろう。
競い合える相手がいることの闘争心の向上も。
茶化し合える相手がいることの有難みも。
強敵とライバルの違いが。
――きっと、閉じた思考では思いつかなかったに違いない。
『じゃあ、トレーナーはどう? そういうライバル? みたいな人っていたりするの?』
『あー、いるっちゃいるよ。さっき話した持論通り、
『……え、あれ実話なの!?』
その先に続いたトレーナーの友達の話もあるけど、こっちはまた今度にね。
それはいつもと変わらない学園生活のお昼休みだった。
朝起きて、走って、勉強して、ターフで走って、お昼にトレーナーから貰ったお弁当をクラスの友達と食べる。そして、放課後には体を痛めつけながらレースの為にただただトレーニングをする。凡人には凡人らしい、そんな普通な日常だった。
……その筈だったんだよ。
「え、ちょ、シービー!?」
「ん? あ、ウィング」
教室を出た瞬間、窓に腰を掛けて外に身を乗り出しかけているシービーに出くわさなきゃ、至って普通の日だったんだけどね……。
はぁ……と内心で一つため息。
……ホントにどうしてこう……トレーナーに似た趣味人って人種は奇天烈な人が多いんだろう? もうあれかな?そういう呪いか何か掛かってるんじゃないのかな?
「……えっと、とりあえず降りよ? このままだと先生に見つかっちゃうから」
「んー、まあそれもそうだね。また怒れちゃうのもあれだし」
もはや窓際に身を乗り出している事にすらツッコミを入れず、私はシービーとの会話を続ける。どうせ理由も、やりたかったから~とか理性を弾き飛ばしてる感じのやつだろうから。
もうね……なんていうか悟ったんだ。こういう手合いにいちいちツッコミを入れたら身がもたないって事をね。誰かさんのせいで身に染みたよ(疲れ
私の指摘を聞いたシービーが窓から降りてから、私に挨拶がてら手を振ってくる。
「やっほー。学内で話すのは久しぶりかな?」
「あぁうん、最近は私もずっと走りっぱなしだったから」
「あはは、放課後とか全く見ないしねー」
さっきの行動を全く気にする素振りも無く振舞う、相変わらず浮いた態度のシービー。
学生服を揺らして長い横髪を上げる様は本当に綺麗で、遠目でも
……うん、悔しいけど美人度で私じゃ勝てないし、話が逸れ過ぎだ。戻そう。
ウマ小屋での顔合わせから一月くらい経つけど、シービーと校内で話す機会は中々少ない。
どうしてって言われれば、そもそもシービーと私の学年の違い*1とか教室の違いとかはもちろんあるんだけど……。休み時間とか放課後、すぐにターフに直行するのもあるかもしれない。
一応教室に友達は少なからずいるんだけどさ? 時間になったら私、走ることで頭がいっぱいになるから……まあ後はお察しだよね。
けどクラスの友達も、そんな私の悪癖を分かってくれてはいるから、深くは干渉してこない。多分優しさからだとは思う。
「ウィングはまたすぐにレースが?」
「うん3日後にあるよ。まあ、その半月後にももう1レースあるけど」
「うわあ、相変わらずすごいね。過密スケジュールだ」
少し引いてるのか、それとも単なる称賛なのか、開いた手を口元に当てて驚いた様子を見せるシービー。
こんな死に物狂いな連続出走も、時が経ってしまえば慣れるものだ。因みに反応も見慣れた。だって私の友達にこれ言うと大体ドン引きされるからね……。
「そういうシービーは? 最近の活躍、すごいって聞いたよ?」
「んー? アタシはまあまあかな。レースはすごく楽しいんだけど胸が躍るようなレースにはまだ出会えていないっていうか、ね?」
「いや、私は戦績の話をしてるんだけど……」
というか、楽しいけど胸が躍らないってなに。言葉の矛盾生まれてない?
最近の近況を聞いてみると、返答に噛み合わない答えが返ってきて私は若干戸惑っちゃった。
「え? でも大事でしょ、そういうの」
「そんな純粋に首を傾けて『なんで?』って顔されても……。そういう感性、私には専門外過ぎるっていうか」
「そうかな、キミのトレーナーと一緒にいるなら分かると思ってたんだけど」
コテっ、と可愛く首を傾げるシービーが告げた返しに、思わず肩を落とした。
「私とアレを一緒にしないで……」
アレって言い方もなんだけど……いやいいや、もうトレーナーに遠慮なんて感じてないしさ。
私が肩を落とした理由なんてもう言わなくてもいいよね? いいね? うん、だから察してね。
……正直、もう1年以上一緒にいるけど相変わらずトレーナーの自由奔放ぶりには振り回されてる毎日で疲れてるんだ。
ま、まあ? 強くなってきてる自覚はあるし、一緒にいるのが嫌いってわけじゃないんだけどさ? それでもトレーナーの諸行にツッコんでたりしてると疲れたりはするんだよね……。
それに最近、トレーナーの事を考えると胸が熱くなるような感じがして――
……いや、やめやめ。この続きを口にするのはダメだ。なんか自爆する気がする。
シービーとの会話に集中しよう。そうすればこの思考も止まるだろうし。
「はぁ……それは良いとして。シービー、デビューしてからずっと勝ってるらしいね。もうすぐにでもGⅠに出れるんでしょ? どう?楽しみだったりする?」
「まあね。正直、一昨日から体が疼いて仕方ないんだ。今までよりもっと楽しいレースが待ってると思うとさ……!」
切り替えた会話でそんなことを問うと、ムズムズとウマ耳をピコピコ動かして体を動かしたそうにするシービー。……目を離したら今にも走っていきそうだ。
そうして呆れな視線で、楽しそうにしているシービーの様子を見てた私だったけど……。
「それに、キミと一緒に走れるかもしれないんだよ。心が躍らないわけないよ」
シービーが放った次の言葉に思わず、私は言葉を詰まらせた。
「……あ、うん。そう、だね」
ぎこちなく、開いた口は偽りの同意を言葉にしていた。
きゅっと締まる私の心臓。さっきまで自然体で接していたはずの私の明らかに隠せない動揺は、シービーのセンサーに引っかかっているかもしれない。
「ん? どうしたのウィング」
瞬間、私の芝色の目と、水晶のような色合いのシービーの目が交差する。
……シービーは強い。
私なんかより圧倒的に、同期の誰よりも抜きんでて。私のトレーナーが一目を置いて、有用物件などと言うほど。
――――多分だけど、私が敵視してるシンボリルドルフと同じくらいに強い、かもしれない。
その強さの証明として、GⅠの出走可能が私よりも1年以上早いのが分かりやすいだろうね。
GⅠの出走ができるようになるには、それまでのレースで功績を上げながらファンを集める必要がある……ていうのは常識かな。
そして、私が必死で走り尽くしてきた
シービーは、デビューしてからたった
そんな軌跡を知るだけで、彼女は私よりも格上な存在だと分かる。
というより、実際分かってしまった。シービーの走っているレースの動画を見て、実際に友人として触れてみて、分からせられた。
目の前にいる私の友達は、本当に手の届かない存在なんだって。
……けど無慈悲な事か、私とシービーの得意距離は中距離と長距離で同じだ。
だから、もしかしたらレースでぶつかるかもっていう期待がシービーにはあったんだろうけど。
けど……。
私は、レースで勝つこと以外のことは頭にない。
だから、レースに楽しさを見出したことなんて無くて。
だから、彼女と一緒に走りを楽しむなんて感情は無くて。
――だから、殆ど負けが分かっているシービーとの闘いに応えられるなんて、言い切れなかった。
「……ううん、何でもないよ」
応えることができない私は、ごまかす様に首を横に振った。
直視していた水晶のようなシービーの目を、逃げるように逸らした。
うん、これで終わりだ。後はうやむやにして、私は次のレースの事を考えるだろう。
私はいつもこうする。
走りでも、今こうして強者の誘いも、見苦しく躱そうとする。
私のトレーナーはそんな【逃げ】るを受け入れてくれたけど、本当に拒絶したくなるほど、いやな自分の一面だ。
「うーん、何でもなくはないと思うんだけど」
けど、そうして逃げようとする私の事を、捉えてくる影が一つ。
「ねえ、もしかしてウィング、アタシと走るの嫌だったりする?」
「……なっ」
ナンデ分かった、と内心で動揺が走る。
顔には出してない筈なのに、何故か私の真意はシービーに見透かされていた。
反応から察していたのか、それとも趣味人ならではの……トレーナーに似たような敏感な感性を持っているのか。
どちらにしろ、私に残ったのはバレたという事実だけ。
再び視線を交わす。
真っすぐ覗いてきた水晶色は、私を逃がすことを許さない。
……そういえば、シービーは【差し】が主体の走りをするんだっけ。
【逃げ】てる私が捕まるなんて……あはは、なんだか皮肉だ。
「…………」
だんまりを続けても意味はない。
シービーはもう、私の真意を見透かしている。シュン……と畳んだウマ耳が心情を表してしまっている。
だから、私は正直にその先の言葉を口にした。
「まあ……うん。正直言うと、シービーと走るのは怖い」
真っすぐ、直接面を向かって口に出すとこんな言葉になってしまう。
そう、怖いんだ。
ほぼ絶対に負けてしまう経験が。
――
――まだ、私の心にへばりついてるんだろうね。
独白のようなその言葉を吐いて、私は目線を落とす。
廊下の木目の地面が見える。純粋に私と走りたいと言ってくれた彼女を……前を見ることができなかった。
今目を閉じれば、自己嫌悪的な何かが私を襲ってくる。
でも、ソレを受けるには十分すぎる拒絶をしたんだ。と、そう思えば目を瞑るのも億劫だと思わなくて。
私は目を閉じようとして……。
「それでも――アタシはウィングと、友達のキミと走ってみたいな」
彼女が放った言葉に、思わず目を開くことになった。
視界が開くと、正面に立っているシービーがふっと微笑んでいる姿がいる。
あんな拒絶の仕方をした私に、それでも柔らかく笑ってくれていた。
私と、ただ一緒に走りたいと言ってくれる。
「ウィングが何を思って、アタシを怖がってるのかは正直分からないけどさ」
目を見開く私は、彼女が告げてくれる正直な言葉をただ聞き入っていた。
「アタシは一緒に走ってみたいよ」
「レースの風も、芝の感触も、何もかもをキミと一緒に楽しんでみたい」
聞いて、胸に詰め込む。
彼女が私と、ただやりたいことを思い描いている事を、私も脳裏で描く。
「友達同士でライバルで、青空の下を風と一緒に走り抜けるんだ」
「それってきっと、忘れられなくなるくらい、とびきり素敵なレースになると思うんだ」
そう言い切って、私に伝えたいことを言って。
「ねえウィング」
彼女は私に手を差し伸べてくる。
無邪気に、まるで子供のような純粋な笑みで。
「余計なものは全部捨てて、思いっきり走ってみようよ」
「アタシと一緒に、レースの風を感じてみない?」
私を、魅力的な遊びに誘うのだった。
「……あはは」
――それを受けて、ふと頭に浮かんだ河川敷の記憶。
『だからよウィング。お前はお前のまま、ただがむしゃらに、子供のようにさ』
『俺と一緒に楽しいことをしようぜ?
俺も全力を持って退屈はさせねぇからよ』
何かと内心で首を傾げて思えば……ああ、そうだ。トレーナーとの記憶だ。
私を私のまま受け止めてくれると宣言してくれたあの日。
レースという趣味に私を誘って、巻き込んだあの日の光景が脳裏をよぎる。
……あの時は思い出すのも恥ずかしくなるくらい、大泣きながら手を取ったんだっけ。
「無理強いだよシービー。それ、断れるわけないじゃん」
「ふふっ、キミと走るためなら無理もするよ」
だったら、今回は笑って手を取ろう。
いつの間にか覚悟は決まっていた。
確かに、躊躇はある。レースを気持ちよく楽しむなんてよく分からない感覚も。迷いも、
けど、それはシービーが出してくれた手を取らない理由にはならないのかもね。
これだけ私と走りたいって言ってくれた彼女の意志を。
だから、私はまた一歩を踏み出す覚悟を決めた。
「うん分かった。いつかは分からないけど、もし一緒に走る時が来るってなったら全力で応える。
――だからその時は、ちゃんと肩を貸してね。シービー」
「あははっ、ウィングらしいね。……それじゃ、私もその時は全力で応えてあげるよ」
そうして、私たちは一つの約束を交わした。
互いを認め合い、時が来たら全力で立ち向かうなんていう、子供じみた素敵な約束を。
それが、ほんの少し前にトレーナーが言ってた、ライバルっていう存在だと理解するようになるのはもうちょっと先の話だけど。
それでも私は、このライバルっていう関係を誇らしく思うようになる。
「……でさ、ウィング。アタシ、ちょっとレースの話したら走りたくなってきたんだけど」
「…………うん?」
「今からさ、授業抜け出してターフで走りに行こうよ。キミのトレーナーも呼んでさ、トレーニングもかねて運動しよ」
「……え、ん? ちょっとどういう……ってシービー!? ねえ待って、本当に授業抜けるのー!?」
大声を出しながら廊下を走った私は、訳もなくそんな予感を感じたのだった。
そうしてやってきた12月のある日。
「おうウィング、次のレース決まったぞ」
「あ、トレーナー。ありがと」
いつものトレーナー室。
コタツでくるまって休んでいる最中、デスクから腰を離したトレーナーが一枚の紙を渡してきた。
それは出走表。
私の、初めて挑むGⅠ戦の出走表だ。
A4の用紙を固唾を吞みながら横に眺める。
先に見える色々なウマ娘の名前。誰も彼も見たことがあるような名前に戦慄しながらも、私は。
「…………っ。
意外と、早かったかな」
並べられた多くの枠中に、2つ。見逃してはいけない名前を確認した。
ドクドクと心臓の音が止まらない。
緊張と武者震いが、止まらない。
止めることができない。
「……約束は守るよ」
ミスターシービーと、私ことアストラルウィングが。
あの日の約束を果たすレースが。
「全力で、勝ちに行くから」
すぐそこまで近づいているという事実が、私の体を震わせていた。
他ウマ娘との絡みもっと欲しい?
-
くれ
-
いらん
-
どうでもいいからイチャイチャ見せろ