トレセン学園の隠れた名店   作:[]REiDo

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最初に言っておく
3日、連続投稿だ。


☆ 後ろを向かず――

 

 さて、遂にその日であるレース本番が来てしまった。

 

 季節は12月の下旬を回ったあたり。

 そして場所はここ、皆々共ご存じ中山競バ場である。

 

 今回、ウィングが出走するのは『ホープフルステークス(S)』だ。

 もちろんグレードはGのⅠ。数々の強者が集まり、互いが互いを追い越し合いただ一つの1番を狙う大決戦の舞台である。

 ……なんか説明が料理番組チックになっちまったな。

 

 まあいい、それじゃ次は出走者の紹介といこう。

 つっても俺らに関係ある奴以外を省いて、紹介者は2人だけだが。

 

 まずはうちの担当こと「アストラルウィング」である。

 

 メインの走法は【逃げ】一択。

 というより、コイツはこれ以外の走り方を知らないから、必然的に先頭を走るのが前提になる。そのため、駆け引きや技術といった介入は戦力換算にしていない。

 勝負を決めるのは、持ち前の身体能力と根性といった精神力だけである。

 

 ウィングの説明は以上だ。最後にトレーナーとして一言添えると、彼女が積み重ねてきたその研鑽が、この舞台で通用することを祈るばかりだ。

 

 

 さて、そんなウィングに相対するのは、彼女の友人(ライバル)こと「ミスターシービー」だ。

 

 メイン走法は判明している現状で【差し】か【追込】の2つ。

 俺としては得意げな【追込】で勝負を挑んでくるとは思うが……まあ、ここら辺は戦術としてウィングと関係が無い。何せアイツは逃げの一手、策も何も逃げ切れたら勝ちというのがまず一の勝利条件。追われる側なのはいつもの事なのだ。

 

 そんなシービーだが――無情にも、力量的にはうちのウィングと一線を画している。

 

 はっきり言おう、圧倒的にシービーの方が上だ。

 体力、技量、どの項目も今のウィングでは勝てる気がしない。まともに勝負ができそうなのは、弱者として這い上がってきたときに身に着けてきた不屈の精神だけだろう。

 

 だが、アイツはこの無謀とも呼べる挑戦に、アイツは瞳を燃やしていた。

 それを成しているのは、交わした約束とやらか。単にアイツがただの頑固者で負けず嫌いなだけなのかは知らんが。

 

 ……はてさて、そんな強者に勝てるとすればご都合主義ならぬ限界を超えるパターンで乗り越えるか。それとも偶然によってできた状況に乗りきるか、アイツと運次第といったところだろう。

 

 

 


 

 

 

 と、いうわけで一通りの紹介終了。そして迎えたレース当日。

 

 既に選手はパドックの入場を終え、控室に身を温めている最中だ。

 因みにウィングは、相も変わらず決めポーズの一つもせずにパドックをやり過ごした。ホント色がねぇ。せっかくの大舞台何だってんだからビシッっとやってやりゃいいのに。なんだ、ペコリとお辞儀一つで済ませやがって。

 ……なんて、言っても無駄なのは分かっているが。まあ、アレもアイツらしくて良いだろう。

 

 閑話休題。

 

 さて、と。

 上記の通り、俺とウィングは控室で待機を強制されてる状況で。

 当然この後はウィングはレースへ、俺はそれを観戦に観客席に直行だ。

 

 だがその前に、俺は俺とてウィングの勝率を少しでも上げるべく、最後の戦術的告げ口や、パドックで見た選手の調子を伝えて押さえておくウマ娘の警戒度の変更などを口頭で行おうとしていた。

 

 

「…………」

 

 

 ……んだんだが。

 

 

「……おい、なんか反応ぐらいしろよ」

 

 

 若干落ちたトーンで俺はウィングにそう言った。

 

 俺がそう言ったのは彼女の反応が乏しかったからに他ならない。何せ目の前でパイプ椅子に座るウィングは……真顔だ。

 それも驚いたように、表情を変えることもない。目を見開いて、今待機室の扉を開けて入ってきた正面の俺と()()()()()()視線を交わしている。

 

 ……そんでもって俺の姿を見るわけだが。

 

 

「……っぷ」

 

 

 随分とまあ、可愛らしい吹き声が聞こえたものだ。

 ははは……はぁ……。まあ、それも何も()()()()見りゃ、吹き出したくのも当然だろうがよ。

 

 

 待機室の入り口でボッ立ちする男。

 前日辺りにネットで注文した『灰色の激長ウィッグ』を被って。

 長い髪は目と顔をできるだけ見せないようにだらっと垂らし。

 いつものパーカーではなく整えたスーツ姿で現れたのは、()()()()()()()()()

 

 

 分かりやすく言うと……あれだ。さながら、日本ホラーの貞子って奴に、灰色髪と黒のスーツを着せた様な姿恰好をしたような感じである。……はは、なんだこれ泣けてくる。これが俺か……?

 

 んでだ。

 普段の恰好を見慣れたウィングが、こんな奇天烈な恰好をした俺を見てどんな反応をするかなんだが。

 まあもちろん最初は困惑したろうよ。クッソ真顔だったし。

 

 ただまあ、それを過ぎた後だよな。うん。

 

 思考停止から生まれる、普段見慣れない面白おかしいもの見た反応といったら……ねぇ?

 

 

「あ、ははっ!!! 何それトレーナー! 髪、なっがいし! 肌、色白だしっ! 目も隠れて見えないしっ! いやもう、それ……あはははっ!!!」

 

「容赦ねぇなテメェはホントに……」

 

 

 もう、あれだ。珍しく大爆笑だ。

 お腹を抱えて、涙を浮かべて俺の姿を見た途端に笑い続けるウィング。その様子はまさに抱腹絶倒と見てわかる。

 うっかり担当をテメェ呼びしてしまったことは許してほしい。なぁ、許してくれよたづなさん。せめて今だけは。ジト目で暴言を吐くくらいはいいだろ。

 

 

「も、もしかして私のインタビューに出る格好ってソレで!? ホントに言ってる!?そんな貞子みたいな恰好で……!? くっ、あはは!!!だめだ、お腹痛いお腹痛い!!!」

 

 

 どうやら見知らぬツボに入ったらしい。

 ……このまま腹筋でも吊って、レースに支障が出ないくらいには苦しんでくれねぇだろうか、このクソ愛バめが。

 

 

 

 死んだ目をしてボッ立ちをする時間が続く。

 そして3分ほど経った頃だろうか。

 

 

「ひ~っ、あぅ、ゲホッゲホッ!! あー笑った。レース前だって言うのにすごい笑っちゃった」

 

 

 落ち着いたのか、お腹を押さえたままではあるがウィングの笑い声がようやく止まった。

 

 

「へいへい、良い笑いでござんしたね。俺は珍しくお前の大爆笑が見れて満足だよクソが」

「いや、そんな恰好でいきなり出られたら、思わずびっくりするし……っく、笑っちゃうのも無理ないでしょっ?」

 

 

 はいはいそうですか、と軽く半笑いのウィングの問いを受け流す。

 

 因みに俺の目は死んだまんまだ。口の端も引きつっているのが分かる。

 ……当然だ。成り行きと責任感でなった格好とはいえ、全くもって納得はしていないのだから。

 

 

「それで? どうしてそんな、奇天烈な恰好で来たのっ? この前の……出走記念で受けたインタビューは普通の恰好だったでしょ?」

「そりゃ、アレは映像と写真は無しのインタビューだったからな。恰好なんざにする必要は無かったんだよ。ただ、今回はそうとも限らなくてな……」

 

 

 今の所、取材やら記事載せやらの案件は来ていない。

 来てないが……もしも、万が一の場合だ。そういう依頼が来た場合、俺はウィングのトレーナーとして世間に姿を披露する必要がある。

 そうしなければいけない理由も、動機も前日に思いつめた考えに沿っている。

 

 ……端的に言うと、ウィングの連続出走(無茶)やそれに付属する不信的(イカサマ関連)な思惑を追及しようとする輩を、俺が身を挺して庇おうって魂胆なのだが。

 

 まあ、そんなこんなで、俺は重い腰を上げていざとなった時、アイツを守る壁にでもなってやるかと思ったわけだ。

 

 ――付け加えると、俺の体裁も同時に死守したうえで、だ。

 

 

「……え、もしかしてまだ世間に顔出したくないとか思ってるの? この大舞台で!?」

 

 

 普段から、俺のインタビュー出たがりたくない駄々を見てきたウィングは、指を顎に当てて一考したと思ったら俺の意図を瞬で察する。

 流石、伊達に1年ちょっと俺と過ごしてねぇな。

 

 

「あったりまえだろ。俺にだって気にする体裁ってのはあんだっての」

「だとしても、普通こういう時は出すでしょ!? GⅠだよ!?私の・初の・大舞台だよ!?」

「HAHAHA、悪りぃな。……俺はこれでも命が惜しいんだ」

「指名手配でもされてるのかなぁ!?」

 

 

 口に手を当てて有り得ない、と怒声を上げる目の前の少女。

 

 吐き出される返しはごもっともな正論だ。こちらとしては反論の余地はない。別にする気も無いが。

 その後も次々と向けられるど正論を身に受ける俺。

 一方的に殴られる言葉の正論に身を預けている最中、ふとウィングが発した言葉に思わず反射的に言葉が出てしまった。

 

 

「ていうか、変装するにしても限度があるでしょ。そんな貞子めいた格好なんかじゃなくて、せめて分かり難くメイクだけとかさ?」

「バッカお前、最近のネットの身元特定技術の精度を知らねぇのか? あそこに住んでるロクデナシ共、顔立ちやらなんやら死ぬほど細かい特徴だけで住所当てれる狂人ばかりなんだぞ? そんな奴ら相手にするってなんなら、もうガチ変装しかねぇだろ」

「…………あ、そう」

 

 

 つい早口で述べた弁明に、ウィングが圧に押されたか一言で押し黙る。

 その反動で、マジかコイツ……視線を向けられてしまうが、コイツと俺にとっては日常茶飯事なやり取りだ。こんなモノ、すでに両手の指が20倍になろうとも足りないくらい向けられてきたわ。

 

 そうして数秒、静寂が流れる。

 

 俺は俺で、扉の前に立つのはなんだかと思ったんで部屋に入ってそこに置いてあるパイプ椅子に座った。

 んで、さっき訝しげな視線を向けてきたウィングはといえば。

 

 

「…………」

 

 

 なんか、もじもじしてた。

 尻尾をフリフリして、ウマ耳をへたらせたり動かしたりしながら、両手の人差し指をつついたりで何処かもどかしい。

 

 そして、もう数秒経ってから。

 ようやく意を決したのか、何か言葉を出そうと口を開いた。

 

 

「でも、私はちゃんと一緒にトレーナーと映りたかったかな~」

 

 

 台詞を聞いた瞬間、俺は氷の矢で射抜かれた感覚を覚えた。

 

 その言葉には、流石に弱る。

 そんな寂しそうに……いや、からかっているのか? いや、どちらにしろそんな心残りのように言われると、俺の信条と矜持をひっ叩かれるみたいできつい。

 

 

「いや、何つーか、あれだ。……すまんな」

 

 

 申し訳ないと、割と本音で謝罪をする。

 俺のくだらない意地に付き合わせてしまった事と、せっかくの大舞台にウィングの不満を買ってしまった事に対する謝罪だった。

 

 

「……ふふ、いいよ。どうせトレーナーにとってもやりたいことだったんでしょ?」

 

 

 だが、ウィングはそれをよしと優しい笑みを返してくる。

 珍しく向けられるそれに、俺は少々目を開いて驚いた。

 

 

「だったらお相子。私もここまで、トレーナーにやりたいことを無理言って通してきたんだし。そんな恰好をしたのも多分、私の事を何か考えての事だっていうのは分かってるから」

 

 

 ……どうやら、俺の意図は若干見通しているらしい。

 

 

「でも、文句が無いわけじゃないんだからね? ていうか、トレーナーに言いたい事なんて両手の指が足りないくらいあるんだから。今まで溜まってきた私の鬱憤はそう少なくないんだよ?」

「ぐっ……」

 

 

 不満げなジト目を向けられ、思わず身を引く。

 そう言われるとなんも言えない。こればかりは俺の普段の行いの結果だ。というか奇行と悪行のせいだ。

 だがしかし、俺もこればかりは譲れない。趣味時間をなんやこうや言われて、ただ黙っていられるかと言われれば別の話だった。

 

 ので、弁明をしようと口を開こうとしたのだ、が。

 

 先に、失笑ともいえない笑みを浮かべたウィングが言葉を発したことで、止まる。

 

 

「ま、今日はその鬱憤をレースで晴らしてくるからいいんだけどね。せっかくの舞台なんだし、ここで溜まってたものを吐き出すのもいい機会でしょ?」

 

 

 ウィングが発したその台詞に、俺は思わず面を食らう。

 

 あのウィングが、ただ勝ちたがるだけの頑固者が。

 勝つことを目的だけにせず、別の事を目的に加えて、レースに臨もうと言ったのだ。

 

 今まで1年とちょっと。つい最近までそんなそぶりを見せることもなかったウィングを見て、有り得ないと思った俺は思わず疑問を口にしてしまった。

 

 

「……どうしたんだおい。明日、蹄鉄でも降ってくるんじゃねぇのか」

「トレーナーがなんか失礼なことを考えてるのは分かったよ。そんなに変かな、私が言った事?」

「いやお前……マジでどうしたんだよ。変なモノでも食ったか? それも体調が悪いとかか? 思う所があったらなんか一言くらい言えよ?」

「そんな天変地異が起こったかのような顔で言う!? トレーナーって私にどんなイメージ沸いてるのさ!?」

 

 

 そりゃお前、勝ちたがりの努力家で頑固者で、聞き分けの無いレースバカとしか。

 

 などと反射的に口を開こうと思ったが、すんでの所で止めることに収まる。ピキッてるウィングを見て、なんか余分な反感でも買いそうだと思ったのだ。

 ついでに、言ってウィングのコンディションを悪くするのもあれだ。この間1秒にも満たない時間、思考をまとめた俺は出そうとした言葉を飲み込むことに成功した。

 

 その代わり、話題をずらす為に俺は別の台詞を口に出した。

 

 

「……そんな事よりウィングよ、その勝負服いいじゃねぇか。似合ってるぞ」

「無理に話をずらさないでよって……いやもういいんだけど……。ああうん、着心地はいい感じかな。デザインも私好みだし、結構気に入ったよ」

「そうか。そりゃよかった」

 

 

 俺の台詞を聞いて肩を落とすウィングだったが、諦めたように追及をやめる。

 そして、腰を掛けていたパイプ椅子から立ち上がって、着用している衣装をひらひらと体ごと回す。

 

 勝負服。

 それはウマ娘がGⅠに出走となって着用することが許される、文字通り戦いに向けた勝負の為に着る服だ。

 例に漏れず、ウィングもその恩恵を受けている。

 

 

 全体的に芝の明るい緑色をベースに、所々に白と暗い緑を混ぜ込んだ色合いと。デザイン的には中間色と言われる構成になっている。

 布地は、ウィングの要望で動きやすいよう少なめに。主に腹部周りと利き脚である右足は布地を省いてほしいとのことだった。

 

 結果、出来上がったのが目の前でくるくる回る軽めの衣装。

 腹部と袖だけを切り落としたのワンピースの衣装をメインとして、長いスカート部分は膝の辺りまで短く――そして、邪魔にならない様スカートの前面部分を大胆に切り取った衣装に仕上がった。

 見るところは多くあるが……目立つポイントは、やはりスカートの部分だろう。

 前面だけを切り取ったため、足を出しやすくなるのはもちろんの事、ウィングが走ればその残した後ろ部分が、マントのようになびくのだ。

 

 しかも、布地を半分に両断したからか、まるで空を羽ばたかんとする翼のように広がるソレは。

 レースの時だけまたたく、その両翼は――

 

 ――まさに、アストラルウィング(星のような翼)。その名前にふさわしいと思えた。

 

 

「お前のデザインセンスが天才的だったな。俺じゃこれは思い浮かばん」

「だろうね。ていうか、普段からパーカー生活のトレーナーにそんな期待してないから」

「ひでえ」

 

 

 じっくりと正面の少女の衣装を見まわしながら、俺は腕を組んで頷く。

 軽やかに衣装を着こなすウィングは、苦笑気味に笑った。それに対し俺も苦笑した。

 

 そう、今回勝負服のデザインを考えたのは他でもないウィング自身だった。

 始めはビビったものだ。俺が白紙の内容書をウィングに持ってくと、何を思ったのか「私が考えていい?」などと言いだしたのだから。まあ、結論を言うと了承したわけだが。

 

 んで、そこからは議論の連続だった。

 話し合い、デザイン決め――は俺が役に立たなかった為、仕方なくスレの民の力を借り、専門の人も呼んだりもした。

 

 

「どう? 似合ってるかな?」

「さっき言ったろ。似合い過ぎて笑っちまうレベルだっての」

「ふふ、ありがと」

 

 

 ダンスのようにくるりと一回転して、見せつけるウィングに俺は正直に感想を返した。

 

【挿絵表示】

 

 若干頬を上気させて微笑むその姿に、数秒ほど目を奪われる。

 ……が。

 

 

「トレーナーも似合ってるよ? その、っく、貞子姿っ」

「……そうかよ、そりゃどうも。なんならこの格好で今度仮装大会にでも出てやろうか、期待以上の結果が出るだろうぜ?」

「ぷっ、あはは!」

 

 

 思わぬ形で俺の恰好をからかわれたことで、魅了していた視線が冷めた。

 

 部屋の中で我慢の限界が迎えたらしく、ウィングの笑い声が響く。

 ……コイツ、今がからかうチャンスだからって面白がってんな?

 

 

 

 レース前で気分が上がっているのか、それとも単にこの格好がツボに入り過ぎたのか。

 それも分からず、ウィングの可愛らしい笑い声が耳を通る。

 

 レース本番まではあと数分。

 

 緊張とも言えない空気の中、俺とウィングはその時を待っていた。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 時間は止まってなどくれず、遂に始まるウィングの大舞台。

 

 灰色のコンクリートで囲まれた通り道を、2人で歩く。

 俺が同行できるのは道中までだ。ここを抜ければ、ウィングが一人で戦うターフへと出るだろう。

 

 カツカツと響く2人分の足音は、誰もいないレールを独占しているようだった。

 しかし、舞い上がることなく心が冷える。隣で歩くウィングも同じだろう。

 2人して道中、一言もしゃべることは無い。

 

 精神統一というべきか、さっきまで緩んでいた空気が一変し、集中している彼女の姿が大きく映った。

 

 ――本当に、大きく映った。

 確かな自信はないだろう。負けるかもしれない恐怖に少しはおびえているだろう。それは彼女が、強者との対決で得た捨てても捨てきれない経験だから。

 足がすくむ、心が冷える、身を引きかける。そんな姿が横眼に映る。

 

 だが、それは。かつて見せていた、しおらしい姿などでは断じてない。

 

 それは、全力を賭して、この勝負に挑もうとする戦う少女の表情だった。

 

 後ろを向きたくなるような恐怖を。

 そんな恐怖を正しく受け止め、それでも前を向かんとする少女の、勇敢な表情だった。

 

 

 

 ……思えば、よくもまあここまで来たものだ。

 らしくなく、そんな感傷が頭をよぎる。

 

 ただの凡人だった。

 ただの、努力したがりな少女。自信など、実力も、才能も縁遠い彼女がこんな大舞台にまで上るなど、過去の俺では頭の隅で思う程度の未来だったろうに。

 彼女もまた、違う才能を持ち合わせたからこそ、この高見まで上ってこれたのか。

 

 などと考えたが、俺は否定するよう内心で首を横に振る。

 

 違う。

 

 ここまで来たのは、来れたのは――

 

 彼女が、アストラルウィングが『頑固者』だったからだ。

 

 諦めようとも、諦めたくないと心が否定する性格が。

 努力が足りないと、その許容を超えた努力を無理にでもしようとする精神力が。

 

 ここまで、ウィングを至らしめたのだと、俺はそう確信した。

 

 だとすれば、これは。

 ここまでたどり着けたウィングの軌跡を『奇跡』や『偶然』と片付けるには程遠い。

 

 そしてもしも……もしもこの一戦を勝つことができたなら。

 それは、アストラルウィングが起こし得る。

 

 ――起こるべき奇跡だったに違いない。

 

 

「ねえ、トレーナー」

 

 

 ゲートを抜けるまであと数メートル。

 前を向いていたウィングから言葉が向けられた。

 

 

「私、このレースにさ。勝てるかな」

 

 

 最後の不安だったのだろう。

 身を震わせて、拳を握る彼女は震えた声で俺にそう問いかける。

 カツカツと足を止めることなく、2人してその静寂を抜けながら、俺はその間考えていた回答をウィングへと向けた。

 

 

「……正直に言うと、9割は負けるだろうな。比喩でも何でもなく、俺がたたき出した最低限の数値がこの割合だ。

 初のGⅠ、驚異的な選手たち、そしてお前のライバルのミスターシービーの存在。

 その全てを加味した結果、俺が見て取れる予想の勝率は1割に満たねぇ」

「…………っ!」

 

 

 正直にそう告げると、ウィングの震えが少しだけ増す。

 今、彼女を襲っているのは未知数の恐怖だろう。

 敗北と、敗走の恐怖。強者との闘いに怯える震えを、その脚に宿そうとする、が。

 

 だが、それを受け止めると、今度はふっと苦笑する。

 

 

「……もうっ、そういう時は勝つっていうのが普通でしょ。

 戦う前にそんなことを言って、私がやる気を無くしたらどうするの?」

 

 

 苦笑と共に、その震えは抑えられていた。

 受け止めたのだろう。その恐怖を、どんな結果になろうとも受け止めようとする。そんな覚悟が燃えるように、俺と視線を交わした彼女の草原色の眼に写っていた。

 

 

「……はは、悪い。これでも現実主義(リアリスト)なもんでな。正直に言わざるを得なかったんだよ」

「ふふ、知ってる。だってトレーナーだもん」

「お、よく分かってるじゃねぇか」

「まあね。これでも、伊達に長く接してないんだよ? 私もね」

 

 

 柔らかく、からかうように会話を繋ぐ。

 脚は止まらず、出口へと向かいつつも、張り詰めた空気を解こうとなんてことない会話が優しい色で染める。

 

 

 

 そうして、遂にたどり着いた。

 

 すぐ前を向けば、歓声が聞こえる舞台上の光。

 後は、ウィングがその一歩を踏み出すだけだ。それだけで、彼女の勝負が始まるだろう。

 

 隣を見れば、眼を閉じて集中しているウィングの姿。

 思う所でもあるのか、胸に手を当て、深呼吸をしている様は、彼女の緊張具合を示しているのが分かる。

 

 そして、眼を開けて。

 その一歩を踏み出そうとするとき。

 

 俺は思わず、口を開いてしまった。

 

 

「確かに、お前は負けるかもしれないけどな」

 

 

 意図せず出してしまった声に、ウィングはその脚を止め俺に振り返る。

 俺も俺で、どうしてこんな時に言葉を発してしまったのか分からなかった。

 

 ……だが、思い残すことはあったことは、どこか分かっていた。

 思い出されるのは先の会話。

 負けるなどと正直に宣った俺の分析結果だ。

 

 俺らしく、現実主義らしい俺のあんな台詞が、コイツの激励であっていいのか。

 

 いや、良い訳が無かったんだろう。

 だから俺は呼び止めてしまったんだ。

 

 

「……けどな。俺が出した下らねぇ可能性と」

 

 

 なら、言葉を出そう。

 改めて、現実主義の俺ではなく。

 

 

「お前を信じようとする、俺の心は別の話だ」

 

 

 せめて、アストラルウィングのトレーナーとして。

 そして、コイツと肩を並べるただの友人として。

 これまでの努力を、重ねてきた頑張りを見てきた生まれた、俺の感情そのものを。

 

 ――せめて、いつものように笑いながら。

 

 

「勝ってこいッ!! 俺は、お前の勝利を信じてる!!」

 

 

 突き出した右拳と共に、全てを乗せてウィングの前へと差し出した。

 

 それを見たウィングはきょとんと、呆け面をしたと思えば、何度目か分からない苦笑を浮かべた。

 俺らしくないとでも思ったのか、呼び止められた理由が、そんな激励だったことに呆れたのかは分からない。だが、その笑みに間違いなく失笑めいたものは無かった。

 

 だから、だろうか。

 

 彼女は、俺の差し出した拳に自分の左拳をぶつけてきた。

 それはきっと、俺の激励を受け取った証とでもいうのか。

 まるで約束を交わす様に俺とウィングの拳が交差する。

 

 

 そして、ウィングは再び前を向く。

 後ろは向かなかった。

 薄暗闇から続いた、その先の輝きに目を逸らさず。

 

 彼女は一歩を踏みしめてから、大きな声で言ったのだ。

 

 

「いってくる!」

 

 

 踏みしめた一歩に、迷いはなかった。

 真っすぐ見据えた先に浮かぶ、その光景を前に。

 

 アストラルウィングは、いつの日からか閉じたままのゲートを開いたのだ。

 

 

 

 





 遂に始まります。
 あと、ウィングの勝負服はこれです
 
【挿絵表示】

 
 制作に30時間かかりました、誰か褒めて(瀕死)


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