トレセン学園の隠れた名店   作:[]REiDo

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前回のあらすじ

ウィングがレースをめちゃくちゃ楽しんだ。


満足に走り切った後の

 

 

 青色の空を眺めていた。

 この綺麗で、透き通った、どこまでも続いていそうな空を。

 

 周りからは割れんばかりの声の波が。

 このレースで1番になれたことと、友人との闘いに勝てたことの喜びがあったけど。

 

 私は、ズキズキ痛む脚を放ってまで、この光景を眺めていたかった。

 

 

「やほっ、ウィング」

「シービー……」

 

 

 隣に、その友人がやってくる。

 シービーは少し悔しそうな表情だったけれど、どこか晴れやかな感じにも見えた。

 

 

「あーあ、負けちゃったかぁ……まさか、あそこから巻き返されるなんてね。アタシ結構驚いたよ」

「あはは、私も。自分がここまで無茶するとは思わなかった」

 

 

 苦笑交じりに肯定してみる。

 電光掲示板をふと見てみると、その差はあとクビだけ。油断の隙を突いて勝ったといえど、限界ギリギリまで詰められていたんだと思うと、少しだけゾッとした。

 

 最後の最後、一歩目を全力で踏み切って加速したあの走り方。

 私が……多分、一番やってみたかった走り方だった。子供の時に……私が一番走ることを楽しんでいるときに思い付いた走り方。

 確か、その後に思いっきり転んでお母さんに叱られたんだっけ。あはは、あの頃は結構やんちゃだったな私。

 

 

「……脚、大丈夫?」

「ちょっと……いや、大分痛むかな。でも今こうして立ててるから、多分大丈夫だと思うよ」

「そう? よかった」

 

 

 心配そうに、私の脚を見つめるシービーにそう言葉を返す。

 実際大丈夫ではある。安心させるとか、そんな考えなしに出した言葉ではあったけど。

 

 シービーは、ふと顔を落としていて……。そして上げた。

 私と視線が交差する。

 

 その水晶色の眼には……少しだけ、元気がないように見えた。

 

 

「正直に言うとね……アタシは最後の直線、キミは立ち上がれないって思い込んでた」

 

 

 そして、いつものシービーとは思えないほど弱弱しい声色でそんな言葉が放たれた。

 

 

「失礼なことを言ってるのは分かるよ。でも言わせて。これはキミが全力で応えてくれたことに対して、アタシが応えられなかった罰みたいなものだからさ」

 

 

 急にそんなことを言ったシービーに、私は少し戸惑った。

 だって、謝るのは私の方なのに。その言葉を先に取られたんだから。

 私が壊れかけなのを見せつけて、その隙をついて勝利をもぎ取ったのは私の方。

 

 だから、せめて謝るのは私の方だと思ってたのに。

 

 

「キミが最後まで全力で私と戦ってくれたのに、アタシは最後に緩んじゃった。

 全力で君の走りに応えられなかった。だから……ごめん!」

 

 

 私が言葉を出す前に、シービーが謝ってくる。

 自分勝手というか、謝り方までシービーは()()()()()

 そんな彼女を見て、私はフッと笑みを浮かべる。

 

 許すも何も、私はもう十分満足だ。

 だからシービーが悪い事をしたとかなんだとかは、全然気にしてない。

 

 むしろ、私が感謝したいぐらいだった。

 これだけ最高のレースが出来たことに対して……

 そして子供の時以来忘れていた、一緒に楽しく走れた感情を思い出させてくれたことに対して。

 

 だから――私はその謝罪を受け取らない。

 

 否と言った上で、私は感謝を伝えよう。

 一緒に走ってくれた、ただ一人の友人(ライバル)に。精いっぱいの言葉を伝えよう。

 

 

「ううん……それでも──ありがとうミスターシービー。あなたと一緒に走れたから──あなたと一緒に戦えたから。私は、私が一番大事にしていたはずの楽しさ(こころ)を思い出すことができた。だから、ありがとう」

 

 

 はっきりとした笑みで。

 そう言い切ってから、私は立ったまま右手をシービーの前に出した。

 

 

「応えられなかったって言うなら、次は今度こそ。お互い全力で走り合おうよ」

「私も、その時を楽しみにしてるからさ」

 

 

 シービーは私に虚を突かれたのか、少し呆けていた。

 だけど、それも一瞬。感謝を伝えられたと理解したらしく、少し笑って私と向き合う。

 

 

「ズルいなぁ、ウィングは。そう言われて受け取らないわけにはいかないじゃん」

「まあ、私はズルい子だからね。シービーみたいに強い人と戦うなんて、そんな小細工を混ぜないとやってられないよ」

「あはは、よく言うよ。始まってからずっと、ものすごい力技で走り抜けた癖にさ」

「……それもそうだね」

 

 

 互いに笑ってから、シービーは私の手を取った。

 

 そして瞬間、歓声が増した。

 割れんばかりの声の波が、もっと大きくなる。

 1番を取った時に聞き慣れたはずの声。その全てが、この大舞台で戦った私とシービー達を称えていたんだと分かった。

 

 

「……どうしよ」

「あれ? 慣れてないの?」

「まあ、ね? こういう時、大体スーって帰ってたからさ」

「っふ、あはは! ウィングらしいね」

 

 

 改めて意識した急な歓声に、ちょっと戸惑ってしまう。

 シービーはシービーで、そんな私を見て楽しんでいるように見えた。

 もう、他人事だと思って……。

 

 

「こういう時はねウィング、手を振ればいいんだよ」

「手を?」

「そうそう。見てくれた人にありがとうっていう感じでね。そうしたらみんな喜んでくれるから」

「ふ~ん……?」

 

 

 シービーの一言を聞いて、私はそれを実践してみた。

 

 ……んだけどその結果、さっきよりも大きい歓声が轟いてびっくりしちゃったってさ。

 

 隣ではびくってした私を見てシービーが笑ってた。

 そして、シービーも観客の人たちに手を振ってから、二人でターフを出る。

 

 ちょっと締まらない終わり方だったけど、満足感がずっと胸の中にあったから、こういうのも良いなって私はなんとなく思ったのだった。

 

 

 



 

 

 

 灰色の通路をただ走っている。

 

 色褪せない光景を横目にもせず、俺はただ直線状に走り続けていた。

 

 

「……はっはっ」

 

 

 いつもの早朝ランニングと同じように感じる、誇張した胸の鼓動。

 ……いや、いつものとは言い難いか。

 訂正。いつも以上に、跳ね上がる鼓動を胸にしまいながら、俺は一人の少女の元へと走っていた。

 

 その原因の元が、心配という念だということも分かっている。

 

 間違いなく故障した脚で走り切ったウィングを。

 そんな脚で、無茶をしながら。

 ――最後には、1番にテープを切ったウィングの事を、滅茶苦茶心配していた。

 

 俺自身、こんなにも心配性な一面があることには驚くばかりだったが……まあ、それはそれでいいと思えた。

 少なくとも不快感などないし、これもまたアイツを大事に思って考えている証拠だからだ。

 

 そして、遂にそこに着いた。

 

 

「ったく……」

 

 

 吐き出す息と共に、ふとこぼれる一言。

 

 再度言うが、不快などは一切ない。

 むしろ好意的に呆れるくらいには、アイツの事を優しい目で見ていた。……てか俺、今も走りながら苦笑交じりだが普通に笑み浮かべてるし。

 

 目先の光景。

 多分あっちから俺の姿は見えてないだろうが、こちらからは歩いてくるシービーとウィングの姿が見えた。つっても、ウィングはシービーに肩を貸してもらって、故障してないだろう脚でけんけん歩きだった。

 

 そして、ライバル同士戦った2人は笑っていた。

 まるでプール帰りの夕方に、疲れきった友人を労るような光景だった。

 

 

「あいたた……」

「ウィング、大丈夫?」

「全然大丈夫じゃないけど……うん、大丈夫。むしろごめんねシービー? こっちが肩を貸してもらっちゃってさ」

「アタシの肩くらいなら全然貸すよ。ウィングって結構軽いし、持ちやすいよ?」

「それ遠回しに、私の事ずっと重そうって思ってたって事……?」

 

 

 さっき、俺が苦笑していたのはこれが見えたからだ。あんな激闘繰り広げといて、帰り道にこんな雑談されちゃ、傍から見た関係者は笑っちまうっての。

 

 あとウィング。お前は割かし重い方だぞ? レースにかける情熱は特にな。

 

 ……と、閑話休題。

 

 

「はは、アイツら……」

 

 

 少し遠めで見た2人を確認して、俺は走りから歩きへと変え。

 俺はさらっと、いつものように。要らぬ心配をかけぬように。

 

 コツコツと、2人の元まで歩いて行って。

 

 

「あ、トレーナーだ」

「ん、店長さん?」

 

「よう、良いレースだったな」

 

 

 普段のように、あのレースを走り切った2人に労いの言葉をかけたのだった。

 

 

「「……ぷっ」」

 

 

 ……んだが、いきなり口を押さえて噴き出しかけた2人を見て、俺は思わず目を細めた。おい、なんだその面白芸人でも見るような目は。

 なんだ、と一瞬考えて頭を掻いてみると……

 

 ……あ。しまった。

 この貞子みたいなウィッグ(かつら)、外してくんの忘れてた。

 

 

 

 

「…………いい加減落ち着いたか?」

「っく、ふふっ。うん、ちょっと落ち着いてきたかな」

 

 

 あれから数分後。

 

 お腹を押さえたシービーが笑い涙を拭きながら俺の隣を歩いている。

 何があったかって? ……そりゃもちろん、こんな仮装大会開いてる俺を見て大爆笑祭りしてたんだよ。主にシービーがな。クソが。

 

 

「トレーナー、髪くすぐったいんだけど」

「仕方ねぇだろうが、控室着くまでは我慢しろ」

「は~い」

 

 

 背に感じる重み。

 流石に笑い倒れたシービーにウィングを任せるのは危ないと思ったんでな、ウィングは今俺の背中におぶっている。もちろん故障したらしい右足に負担はかけないようにだ。

 あとどうやら、俺のウィッグの長髪が鼻に入ったりでくすぐったいらしい。

 

 ついでになんか……やけに機嫌も良さそうだ。

 ウィングの声色からは、なんとなくそんな感情が含まれているように感じた。

 

 

「トレーナー大丈夫? 私、重くない?」

「はっ舐めんな。こんなんで参るような鍛え方はしてねぇよ」

「おー、男の人って感じだね」

 

 

 そりゃ男だしな。

 ……いやていうか、お前らの方が俺よりも圧倒的に身体能力高いだろうが。人間が500kgの鉄塊を簡単に持ち上げられると思うなよ?

 

 などとジト目で言ってみたが。

 

 

「米俵を2つ持ち上げられる店主君に言われてもなぁ~*1

「普通って言われても、説得力ないよね」

「今すぐブッ飛ばしてやろうかテメェら……」

 

 

 あまりに心外な台詞に思わず暴言を吐いてしまった。

 遠回しに「テメェ人間じゃねぇ!」って言われたんじゃツッコミたくもなる。許してたづなさん。

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 こうして、歩きながら雑談を広げた俺たちは控室へ戻ってきたのだった。

 

 今、目の前には椅子に座って、右足を俺の手のひらに乗せているウィングが。

 レースによって故障した部分を判別するために、直接触って確かめる……触察をしているところだ。

 

 

「全く、無茶しやがって」

「あーうん、ごめんね? 頑張りすぎちゃった」

「別に攻めちゃいねぇよ。お前にとって限界以上に頑張ることなんざいつもの事だからな。ただ、今回に限っては、お前の無茶に脚が耐えきれなかったってだけだ。……ったく、どうやったらこんな頑丈な脚をぶっ壊せるのやら」

 

 

 半ば呆れながら、俺はウィングの事をジト目で視線を返すと、何気に、ウィングは申し訳なさげにしていた。

 ……俺の予想だと、現役引退までは故障無しで通ると思ってたんだけどなぁ……。

 

 まあ、それも確率論だ。

 結果、こうして問答無用でぶっ壊してしまったのだから、俺の裁量ミスとして受け止めるしかない。コレを糧に、今後の再発防止に努めるしかないだろう。

 

 

「んじゃ、触るぞ? 多分いつもより痛むと思うが、我慢は?」

「できるよ。もう慣れてるから」

「俺としちゃ、慣れてほしくないんだがな……。まあいい、まずは――」

 

 

 内心でそう結論を付けてから、俺はウィングに一言入れて触察を始める。

 

 最初は痛みが少ないであろう場所から順に、太もも辺り、膝の部分から次は反転。

 足の指先、足首と続けざまに触って異常がないかを確認していく。

 

 

「ん……」

 

 

 ウィングのくすぐったそうにしている様子から痛んでいる感じはない。つまりここまでは大丈夫と言うことだ。

 だが問題はここ、俺が予想を立てた場所。

 脛骨、もしくはその周辺の筋組織が断裂の可能性を危惧している部位。

 

 分かりやすく言うと、(すね)全般の故障という所である。

 

 

「触るぞ……?」

「うん……」

 

 

 もう一度、確認を取る。

 夜伽(よとぎ)染みたその声色には、多少の緊張がこもっている。

 恐らく、コイツもこの部分がマズイと感覚で分かっているのだろう。

 

 そして、限界まで安全を配慮してから、悪化させないように極力優しく、俺はそこに触れた。

 

 

「……っ!」

 

 

 さする、押し込む、と確認の方法を取る度に、歪んでくウィングの表情。

 下唇を噛むまで痛んではいないが……だが、コイツの場合痛みへの耐性が常人とはかけ離れているところがある。何せ頑固者で我慢強い奴だ。それだけで症状の判断を下すのは安直ではあるか。

 

 一瞬、内心で深呼吸。

 

 ――今まで、それ以上に俺は精神を研ぎ澄ます。

 一片の異変も取り逃がさない。ウィングから得た感じる全てを、判断材料として刻み込む勢いで次々と触察を続けていく。

 

 ウィングが、あの大舞台で戦ったというなら。これは俺の、トレーナーとしての戦いだ。

 

 (おご)りは許されない。絶対に。

 

 

 

 

 

「…………っと、応急処置はこれで終わりだ。どうだウィング、まだ痛むか?」

「……少しマシになったかな。ありがとトレーナー」

「おう」

 

 

 気の遠くなるような数分を過ごした。

 

 触察は無事に終えることができた。

 俺ができるのはその場での応急処置だけ。後は正規の施設で預かってもらってから、ちゃんとした診察を受けてもらう。

 

 右足にギブスとテーピングを巻いたウィングが、脚を少し動かして調子を確認する中。

 

 俺は俺で、滲み出た汗をタオルで拭いていた。

 3()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()以来の疲労感が体全体を襲っていたのだ。むしろ今回は汗が滲む程度でよかった。あの時は限界超えて鼻血まで出てたからな。

 

 ほんの数ヶ月前にこなした俺の無茶を思い出しながら、凝った肩を伸ばす。

 ポキポキッと心地よい音が鳴る。

 いや、もっと正確に表現するならバギガゴゲッ!! みたいな音だったが。

 

 

「えぇ……?」

 

 

 心地よい快感に身を預けていると、ウィングが若干引いた眼で俺を見ているのが分かった。

 ……おい、なんだそのうわぁって視線は。誰でもなるだろこんくらい。

 

 鳴らない? そう……。

 

 

「んん゛っ! 無茶と言えばあれだ、ウィング。お前最後の最後で見せたあの加速は一体なんだ? あんなもん、教えた覚えはねぇぞ?」

 

 

 ビミョーになった空気を換えるために、ウィングに一つ問いを投げてみる。

 つっても、ちゃんと疑問に覚えたことをだ。なにせトレーナーの俺だって思いつかねぇよ、あんな無茶苦茶な走り方。

 

 

「あーあれ? いや、私も全然考えずに走ったからあんまり……。ただ、やってみたかったからやったって感じなんだけど」

「……んで、あんな加速の仕方になったのか?」

「まあ、うん。……アレってそんなにヤバイ?」

ヤバイ。むっちゃ頑丈なお前じゃなかったら問答無用で担架運びからの病院行きだわ」

「だよねぇ……」

 

 

 俺の返答にウィングが遠い目をする。

 それに対して俺も細い目を返した。それくらいやばいのだ。ウィングがやった走り方は。

 

 最終直線、残り100mでウィングがしたことは説明しやすい。

 最初の加速、そしてスタミナが切れた後に故障を招いた2段目の加速。

 そして、それを無視した3段目の加速の正体は……。

 

 簡単に言うと、大股を開いて()()姿()()()()()()()()()だ。

 

 子供の頃、一度はやったことがあるのではないか?

 高く飛びたいからと、思いっきりジャンプをしてみる。そのために利き脚を軸に、全力で踏ん張りをかけて上に飛ぶ仕草を。

 

 それをウィングは、ただ上に飛ぶのではなく前方に飛ぶことを目的に実践したというだけの事。

 そう、ただそれだけの事なのだが……

 

 問題は、その姿勢と脚にかかる負担だ。

 まずは姿勢、大股での前傾姿勢……これは準備運動にするアキレス健伸ばしを想像したら分かりやすいだろう。足を前後に、両のかかとを付けて健を伸ばすあれだ。

 当然先レースで見せたウィングの場合、前に出すのは右足。利き足になる。

 そこから踏み込んだ姿勢と見てほしい。

 

 そして……問題の右脚に掛かった負担。これが大分エグイ。

 前提として、踏み込み方は大股の前傾姿勢。それに加えて2回目の加速分の故障。3度目の加速は壊れかけの脚で行っていることを忘れないでほしい。

 

 

「大股から、飛ぶように前に加速する走り方、か……。

 確かに、1歩目がちゃんと出来りゃ相当な加速にはなるだろうよ。お前の場合、加速さえ出来りゃ後は気合で速度を維持するだけでいいからな」

「うん。ていうか、ずっとそうして走ってきたからね」

「そうだな。ただ……」

 

 

 少し言葉を詰まらせた。

 ここから先は、ちょっとした叱咤になってしまうと思ってしまったのだ。

 

 ただ、俺はその悩みを頭を振って振り払う。

 トレーナーとして、怒るべき時は怒らなければいけない。それがウィングの為になるのだから、と俺は俺に言い聞かせた。

 

 

「ただ……最初の1歩目がしんど過ぎたな。

 大股、加えて前傾姿勢となりゃ、お前の体重と踏み込みの圧力が全部右脚に乗ったはずだ。ついでに怪我のペナルティの上乗せ。そりゃ、ぶっ壊すのは残当だ。

 ……お前のトレーナーとしてキチンと言わせてもらうと、あまりに考え知らず過ぎだ。

 とても褒められたレース展開とは言えねぇだろうよ」

 

 

 俺は心を鬼にして言い切った。

 あんまり、走り終わった後にこんなこと言いたくはねぇんだがな……。

 まあ、これも責任を背負う役目だ。今言った言葉を、俺も考慮不足のミスとして魂に刻んでおく。

 

 

「……やっぱ、怒ってる?」

 

 

 言い切った俺に向いてくるのは、ウィングの悲しそうな表情だ。

 ……あー、だから嫌なんだよ真面目に怒るのってのは。楽しそうにしてる顔見るのは良いが、反面悲しそうにしてる顔なんざ俺は嫌いなんだよ。

 

 

「少しな。俺としちゃ帰ってから小一時間くらい問い正したいところだが……」

 

 

 だから、俺はレースが終わった直後のウィングの表情を思い出してみた。

 あの満足そうな顔を。

 友達と走り合って、楽しそうにしてた表情を。

 

 そんな、子供のような感情を見せていたウィングを思い返せば。

 

 

「……ま、お前も滅茶苦茶楽しそうだったし。

 これ以上はなんも言わねぇ事にするよ。レースの勝者に、文句の一つも無粋だしな。

 

 それに、お前も楽しそうだったからよ」

 

 

 別に。

 怒りだか何だかはどうでもいいと思えた。

 

 お叱りはこれで終わりか、と想像してたらしいウィングがきょとんとしている。

 そして、俺の言葉に疑問を覚えたのか口を開く。

 

 

「楽しそうって……私、そんな顔に出てた?」

「気づいてなかったのか? お前終わった後の顔、今までで一番晴れやかだったぞ」

「え、そうだったの」

 

 

 嘘でしょ、と少し顔を赤くして両手で頬を押さえるウィング。

 どうやら無意識に出ていたらしい。それはそれで、正直な感情だから俺としては良いのだが。

 

 

「はは、なんだ。

 んな恥ずかしがらんでいいだろうに。お前もあのレースが楽しくなかったわけじゃねぇだろう。

 それともあれか、表情を意識する暇がないくらい楽しかったとか、そんな感じか?」

 

 

 からかい半分で、そんな台詞を吐いてみる。

 ただまあ、こんな台詞を吐いたところで帰ってくる言葉は知れているが。

 今まで通りなら、まあまあとか、ちょっとね、とか言って返してくるのがウィングだ。

 

 全く、正直者じゃないにしろ楽しかったら楽しかったでいいだろうに……。

 

 

「う~ん……そうだね。

 

 楽しかった。今までで一番、楽しかった。

 ホントに、シービーと走ってるのが、前の景色を見るのがすごく楽しかった。

 ただただ走るのが、本当にすごくすご~く! 楽しかったよ!」

 

 

 …………。

 ……。

 

 開いた口が閉じない。

 今俺は、実に間抜けズラをしてるに違いない。

 

 返ってくる台詞が違ったとか、そんなんで混乱してるんじゃなくて。

 ウィングが放った言葉が、普段なら有り得ないものだということへの混乱だった。

 

 

「…………は?」

 

 

 いかん。思考が止まってた。

 

 なんだ。今ウィングはなんて言った?

 楽しかったと言ったのか? あのウィングが、正直に。勝つためだけに走ってきたウィングが、レース狂いのウィングが。

 

 走ることが楽しかったと。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と、満面の笑みで?

 

 

「……何? せっかく正直に言ってあげたのに、そんなあり得ないみたいな顔しなくてもいいでしょ」

「……いや、お前。えっと、何で」

「そんな困惑するくらい、私おかしいこと言ったかな……」

 

 

 まあ、珍しいトレーナーの困惑顔を見れたし良いけど、とジト目ながらウィングが独り言を駄弁る。

 

 俺は俺として未だに、混乱の渦の中だった。

 満面の笑みで言ったこともそうだが、こうも正直に言い切ったウィングの心境の変化についていけなかったのだ。

 

 

「……先に言っとくけど、ホントに楽しいって思ったのは今回のレースが()()()()だから。

 今までは……なんていうか。そういう所に考えが寄らなかったからさ。ちょっともったいなかったって、少し思ってるよ」

 

 

 続いて語られるのは、ウィングの補足めいた言葉。

 

 久しぶり、とはどういうことか。

 考えてみるが、それはウィングの過去に由来するモノだろうと察した。

 初めて強敵に負けた時か、あるいはその前か。ウィングは走る目的が「楽しむこと」から「勝つこと」へと変わっていたらしい。

 

 それが……今回のレースで変わった? 何がきっかけで?

 今になって、ウィングが走ることの楽しさを思い出した理由を。正直に楽しかったと言い切った心境の変化を、少しだけ考えてみるが。

 

 ――いや、そうじゃない。

 

 そう言い聞かせ、俺は思考を閉じる。

 それを内で秘めらすのは、ウィングの特権だ。俺が触れていいモノではない。

 感傷も黄昏もコイツが味わうべきものなのだ。だから、俺はそれ以上の思考を閉じた。

 

 だとすれば、俺がすべきことは?

 

 コイツを育てた者として、忘れていた感情(もの)を取り戻したウィングに出来る事。

 走ることを(趣味)楽しんでほしい、と。俺の我儘に付き合わせた俺がすべきことは……。

 

 

「なあ、聞かせてくれ」

「な、なに? 急に真面目な顔で改まって」

 

 

 確認と。

 

 

「走るの、楽しかったか?」

「さっきも言ったでしょ……? 楽しかったよ。こればかりは私の正直な気持ち」

「……そうか」

 

 

 しっかり育ってくれた。

 成長を果たしてくれたウィングを褒める事。

 

 

「そうか……よかった」

「わっぷ……。ちょっとトレーナー、頭を撫でる時は言ってっていつも……」

 

 

 そして、その成長を喜ぶこと。

 

 ウィングの言葉が少し小さくなって、視線が俺の顔に向けられる。

 驚いているのか、それとも珍しいとでも思っているのか。表情には戸惑いと驚愕の感情が浮かんでいた。

 

 そりゃそうだ。何せ今の俺ってば……

 

 

「トレーナー、泣いてるの?」

 

 

 頭を撫でながら、歓喜と共に一筋の涙を流している。

 

 意図せず流した雫が、膝下に落ちる。 

 冬場で冷たいはずのそれが、なぜか暖かく感じたのは俺の錯覚か。

 でも、例えそれが冷たくとも俺は、この湧き上がる感情を抑えきれはできなかっただろう。

 

 

「……ははっ。教え子が成長するってのは、案外感傷深くなるらしい」

 

 

 正直な感想だった。

 あれだけ楽しさを忘れ切っていたウィングが、楽しいと一言。言い切ってくれたことが、俺にとっては大きな成果だった。

 

 そして、ウィングにとっては恐らく大きな成長だった。

 それが単純で当たり前なはずなのに、なのにとてつもなく……涙が出るほどうれしかった。

 

 

「……トレーナー、意外と熱血系だったりする?」

「かもな。俺も、まさか久方ぶりに泣くとは思わなかったよ」

「あははっ、意外だね。トレーナーってそんな一面があったんだ」

「俺も今知ったよ。ったく、お前といるとホントに色々面白いことが起こるわ」

 

 

 茶化し合う台詞。

 流した涙はスーツの袖で拭いた。流石に大人の泣き顔を、子供の前にさらし続けるのもなんだと思ったからな。

 

 

「それは、うん? ……どういたしまして?」

「こちらこそ、だよ。俺の最高の愛バめ」

 

 

 ウィングは困惑顔で。

 俺は、隣に寄り添ってくれる最高のパートナーに感謝を込めてそう言った。

 

 端然としたその台詞は、案外スッと出てくれるようだった。

 

 

 

 

 

 

*1
1つ60kgです





愛バ宣言キタコレ。
育て親の、ここぞという時に見せる涙ってなんか熱いんだよね。
分かる人いない? (ほぼ自分語り

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