トレセン学園の隠れた名店   作:[]REiDo

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トレセンは婚活会場です
おk?



婚活会場における男たちの叫び

 

 

 今日も今日とて開店日。

 トレセンの就業時間も終わり*1、体を休めるひと時の機会がやってくる。

 

 夜も更け、大人しかいない『ウマ小屋』の中で。

 

 

「トレセンは婚活会場じゃないんだよ!!」

 

 

 ダンッ!と、ビールが入ったジョッキグラスの底を叩きつけ叫ぶ男の姿があった。

 

 

「……おい、アレ一体どうしたんだ?」

「いつもの事だろう? また一人、トレウマの概念に飲み込まれそうなやつが増えただけだ」

「まだ若手だろうに……全く、先が思いやられる」

 

 

 端2つあるテーブル席で荒れている男を、そのまたカウンターに座る男達が眺めてそんな会話が繰り広げられた。

 会話の節目に哀れな感情が混じっているのは……まあ、思い当たる節があるのか。はたまた同情するところもあったのだろう。

 

 彼――否、()()は中央トレセン学園のトレーナーである。

 一人一人の少女達を見定め、見極め、支えていくエキスパートだ。

 この酒場に集まる者、その全てが例外なくその部類に分類される。……そう、例え酒の場で大荒れしていたとしても、職業柄では優秀な人材なのだ。

 

 そして、それはこの酒場の店長にも当てはまる。

 

 

「おーい。別に大声で駄弁るのは良いが、食器を壊してくれるなよー」

「あ、すみません」

 

 

 アストラルウィングのトレーナー。

 一人の少女を栄光へと導いた全身灰色男の注意喚起が、叫んでいたトレーナーに向けられる。

 酒が入り、感情的になっていても、拠り所『ウマ小屋』の店長でもある彼の言葉には逆らえないのかジョッキ男は素直に謝罪をした。

 

 それを見たカウンターに座るトレーナー達が、店長を見る。

 そして、からかうように笑って言葉を吐いた。

 

 

「店長やってるねぇ」

「そりゃまあ、真面目にやってるもんで」

 

 

 食器を洗いながら、あるいは料理を作りながらトレーナーのからかいに笑って対応する店長。

 酒の場の空気感というべきか、初めはこの店長も乗り気ではなかったのだが。店を始めてから慣れたもので、こういう茶化し合いは定番になりつつある。

 ……まあ大抵が、就業態度の悪い癖にこういう時だけ真面目に取り組むことに対してのからかいだが。

 

 と、トレーナーのくせに店長をやってる変人の話はここらで置いといて。

 

 それはそうとカウンターのトレーナー数名は、先程の切実な叫びに対しての話題に移った。

 

 そう、トレセンが婚活会場と化してる件について、だ。

 

 

「にしても()()、担当に迫られてる職員が増えた、か」

「なんかもう……指数関数的に増えてないか?」

「ここまでくると、むしろグラフにして指数を見てみたいですねぇ。こう、新人トレーナーに対する注意喚起も兼ねてですけど」

 

 

 そんな会話を行うトレーナー達は、何故か揃いも揃って遠い目をしている。

 詳細は言わないが、彼らは既に()()()()であり、今もなお担当に迫られている歴戦の猛者達だ。面構えが違う。

 

 

「特に最近は生徒の差し方も異常だ。いや、俺達トレーナーも彼女達に寄り添い過ぎではあるんだろうが……それはそうとして犠牲者が大勢出過ぎてる……!」

「それなんですよ……! こっちも最近、カフェとの距離がやたら近いって言うか……」

「待て、それを言うなら俺もだカフェトレ。タキオンの奴、最近になって睡眠薬を投与するようにまでなってきたんだ。当然、俺が起きた頃には何をされたか分からないし、何をしたか聞いても誤魔化してくるんだ。この前Yシャツがはだけてた時はクビを覚悟したぞ俺は……!」

 

 

 もはやその会話は、会話ならぬ懺悔のような感じだった。

 額に手を当ててうずくまっている感じ、悲痛と葛藤の感情が渦巻いているのが分かるだろう。

 

 決してだ。

 決して、彼女らの愛情表現が嫌と、彼らは言っている訳ではない。

 むしろその逆で、長い間自らの担当した――愛バにそのような感情を抱いてもらっていることは好ましく、受け止めたいとすら思っている。

 

 とはいえ、教育者であるからには、その生徒と恋仲であってはならない。

 ましてやその娘を支えるトレーナーとして、大人としての立場であるからには、それ以上の関係になってはいけないのだ……。

 

 例え、それが頭を悩ます葛藤になっても。

 彼らの精神は『鋼の意思』で強固に固めることを決意しているのだ……!

 

 

「んぐ……そういえばファイントレは? 今日来るとか言ってなかったか」

「……アイツなら、今外泊中だ」

「? 明日就業日だぞ、一体どこに……まさか」

 

 

 だがしかしそんな『鋼の意思』を持ってなお、抗えないものは存在する。

 

 流し込むように酒を呷るタキトレ。

 『ウマ小屋』に集まらなかったトレーナーの事を聞いてみると、次の瞬間絶句したように手に持ったグラスを静かに落とした。

 

 

「ああ。……今、ファイントレはアイルランドに連行されてる。つい6時間前の事だ。

 いい加減、ファインモーションの気が切れたんだろうな。遂に実力行使に出たらしい」

 

 

 身内の職場仲間がまさかのタヒ刑執行宣告。

 カフェトレともう一人のトレーナーは事情を知っていたらしい。そして唯一事情を知らなかったタキトレは一つ、大きな深呼吸を挟み頭を抱えた。

 

 

「そうか……遂にか」

「まあ、あの娘とアレは大分、他の娘と比べても特に距離が近かったからなぁ」

「温泉旅行の時はベッドインまでされたんだっけ? 今更ではあるけど、よく耐えた方ではあるよな。うん」

 

「前々から、スタイリッシュ国際問題を起こしかけていたが……とうとうあれが公式になるのか。喜ぶべきか憐れむべきか……」

「学内でのイチャつきが国を超えた問題にならない点で言ったら、まあ喜ぶべきなんでしょうけどね。

 それ以上に、将来が約束されてしまったことを自分は憐れみたいですが……」

 

 

 総勢、国境を越えてしまった同士を想って遠い目をしていた。

 起こってしまったことは仕方ない。子爵だか侯爵だか、強制『お前は家族だパンチ』を食らうであろうかのトレーナーを待つしかないのだ。

 結果としてそれが己の将来を決めるモノであっても、長く寄り添うことを選んだトレーナーだ。覚悟の上だろう。

 

 むしろ、ガチのお嬢様を相手によくぞここまで持ちこたえた、と彼らは敬意を表す。

 

 

「勇敢な彼に、乾杯」

「「乾杯」」

 

 

 酒の入ったグラスを持ち、遠くへ行ってしまった彼に乾杯を捧げるトレーナー達であった。

 

 

「なんなんすか一体」

 

 

 鬼気迫る表情の彼らを見て、店長は訳も分からずドン引いていた。

 

 

 


 

 

 

 先刻の台詞である『トレセン学園は婚活会場じゃない』は、トレーナーの掟の様なモノだ。

 

 新人としてトレーナーになった者に対し、言い聞かせられる内容でもある。

 どんな助言よりも真っ先に。

 それも念入りに、染み込ませるように。言い聞かせるのだ。

 ……そうでもしないと、平気で貫通してくるのだ。彼女達は。

 

 ――麗しな乙女の攻撃力を甘く見てはいけないのである。

 

 

「彼女らの『独占力』に抗う術なんて、俺ら持ち合わせてないでしょ。ただでさえ身体能力で勝てないのに」

「言うなタキトレ。日頃実験ばっかりされてるお前がそれを言うと、余計諦めが出てくる」

「分からせ、って奴ですかねぇ……」

 

 

 日々『鋼の精神』で愛バらの誘惑に耐えきってる彼らは満場一致でそんな感想を抱く。

 

 抱き着き、恋人繋ぎから軽いデートまで、形式はそれぞれとはいえ少なからずそのような経験をしてきた彼らの事だ。ついでのように身体的に差を見せつけられたことも多い為、もしも特攻された時は受け止めるしかないことを覚悟しているのである。

 

 その言葉に反応して、皿を洗っていた店長も反応する。

 

 

「ああ、やっぱタキトレさんでも抗えないんっすね」

「……てことは、店長さんも」

「体は鍛えてるつもりなんですけど。いかんせんやっぱヒトミミ族とウマ娘じゃ差が……ウィングとテイオーに力負けしてるってのは、男としちゃ結構悔しいもんですよ」

 

 

 人並み程度には体を作っている店長の戯言ではあるが、それもまた他のトレーナー2人にはショックの一言ではあった。

 

 研究に付いてく為、そして趣味の為に体を作ってる2人。

 この中で頑丈に最も鍛えてるだろうタキトレと店長が、諦め片手に言うのだ。

 日頃机と向き合ってるデスクワーカーにはどうすりゃいいねん。と心の中で吐き捨てながら絶望するのも無理はない。

 

 

「アストラルウィングか……」

「ウィングがどうかしました?」

 

 

 ため息と同時に、カフェトレが吐き出す。

 

 

「店長さん……ていうかアストラルウィングのトレーナーとしてですけど、彼女とはその……今でも健全なお付き合いを?」

「ん? まあ、不純ではないだろうが」

 

 

 急な問いに疑問符を浮かべるウィングのトレーナー。

 だが即答したその解答に、他2人のトレーナーが苦言を呈す。

 ダンッ!と、勢いよくおかれたジョッキには、少しの怒りと殺意がにじみ出ていた。

 

 

「嘘八百も大概にしろよ……!」

「あれだけ日頃イチャついてて『健全』って言うかお前……!」

 

 

 彼は知らぬことではあるが、彼と彼の元担当のイチャつきは、トレセン屈指の惚け話として有名なのだ。

 

 そりゃ、河川敷で寝てたり、ターフで寝っ転がったりなんてしてりゃ目撃者も多数いる。それをこの店長は気にしていないだけで、確かにその『トレウマ』という馴れ初めの光景として登録されてしまっているのだ。

 因みに余談だが、どこぞのウマ娘ヲタク(アグネスデジタル)の薄くない本の材料にもなっている。

 

 

「え、なんすかいきなり」

 

 

 急に殺意をむき出しにして変貌した2人に思わず引いてしまうウィングのトレーナー。

 

 ……しかし悲しきかな、こればかりは価値観と感性の違いだ。抱きしめや恋人繋ぎを、ただの友好的なスキンシップとしてしか見ていないこの趣味人野郎には、彼ら2人が放つ殺意の意図は理解できないだろう。

 

 純粋な男なら緊張や恥じらいを覚えるはずの事をされても、平然としているのだ。

 普通の人なら悶々としてしまうその気苦労を、このバカはストレスにも思わない。歪なすれ違いが発生してしまっているのである。

 要は、だ。

 

 

――お前のイチャつきのせいで俺らのメンタルぐちゃぐちゃなんだよ! この程度のスキンシップならやっていいんじゃねぇか?って歯止めが利かなくなることがあるんだよ、さっさと自分がやってる恥ずい行動自覚しろ!! そして自制しろ!!

 

 

 と、要約するとこういうことである。

 しかしそれでも趣味人。それを気にもせず平然とする一途を辿っていることもあり。

 

 だからこそ、こんな衝撃的な台詞も平然と吐けるのだ。

 

 

「いや、不健全も何も、俺と彼女(ウィング)はまだそういう関係にはなっていないっすよ。

 まあ、アイツは()()()()()()()()()()()ようですけど……俺にも体裁ってのはあるんで、そういうのはちゃんと大人になってからって()()()()()()()()

 

 

 赤面もせず、さらっと吐いたその台詞に周囲のトレーナーが絶句する。

 割と大きめな声で言ってしまったのか、カウンターに座るトレーナー以外にも、テーブル席で談笑している他数名にも聞こえてしまったらしく、衝撃的な台詞に店内が静寂に包まれてしまった。

 

 数秒、ザワザワとした状態が続き。

 

 

「おま、ソレ意味分かって言ったのか?」

 

 

 戸惑うように震えた声色で切り出したタキトレの台詞が、ウィングのトレーナーに向けられた。

 

 

「……? そりゃまあ。一生俺の隣に付いてくことを認めたって事ですよ?」

「違う、ああいや違くないが……あれだ。その関係をなんて言うのか、その意味が分かってるのかって話だ」

 

 

 難しい表情をして、言葉を少し詰まらせながら問うタキトレ。

 それに対し、ウィングのトレーナーは相も変わらず当然そうな表情のままだ。赤面も戸惑いも無く、いっそ不気味ですらある。

 

 そんな顔で吐き出された回答はシンプルだった。

 

 

「さあ?」

「さあ、っておい……」

「ただ意味だけは何となく。付いてくってからには、まあ後々付き合ったりもするんですかね? 結婚とかも……あるのかは知りませんけど。

 ああ、約束はもちろんアイツがちゃんと成人してからっすよ? 体裁気にしてるってのは、ウィングが大人になったら()()()()()()()()()()()()って意味なんで」

 

 

 苦笑しながら長く語られたソレに、周囲のトレーナーは動揺を隠せない。

 

 何せ、それは先程のファイントレ問題――将来の約束と同じだ。

 しかもこの変人野郎に関しては突発的などではない、既に本人との同意が取れてしまっている。

 

 

「……もう一回確認させろ。『恋人』じゃないんだな?」

「いやだから違いますって。ウィングも多分否定しますよ? 『恋人』()()()じゃありませんって感じで」

 

 

 ()()()

 はてさて、将来を――それも隣に居座ることを互いに許したその関係を何と呼んだらいいのか。

 

 問いかけたタキトレと、周囲のトレーナーを含めその問題に頭を悩ませる。

 

 この趣味人兼店長が言ったことが本当なら、確かに『恋人』などではないのだろう。

 交わしたのは将来の約束だけ。恋人になるとも宣言した訳でもない。

 まして、本人達は『恋人』であるという気すらない。

 

 今の関係は、ただの(いち)生徒とトレーナーという関係で済む。

 確かに不純ではない。健全な関係だ。白か黒で言ったら真っ白だろう。

 

 ……ただもし、その約束が叶う時が来たのなら。

 

 そう、もしも彼女が卒業した後、約束を違えず本当にそういう関係になるというのなら。

 生徒をやめて、ただの一人の女と男の関係になってから、その約束を叶えるというのなら――

 

 

 ――そりゃもう、『恋人』飛び越えて『夫婦』の関係になるだろ!?

 

 

 この瞬間、このバカ店長を除いた店内にいる全ての人間の心境が寸分違わず一致した。

 付き合う付き合わないとか、そういう問題を超越してしまっている。

 

 まさに『トレセンは婚活会場』という不名誉な称号通りの事が起こってしまっているのだ。

 

 彼氏彼女『恋人』やどうこうを飛び越えて、生徒とそのトレーナーが生涯の伴侶を約束しているなどと誰が思うだろうか。今現在進行形でトレーナーを連れ回して、親紹介をしているファインモーションじゃあるまいに。

 

 

「……ウィントレ、この世には『友達から始めよう』という言葉があってだな」

「? 知ってますよ。実際俺とウィングもそこから始めましたし」

「それが何をどうやったら3年そこらで『夫婦』モドキな関係になるんだよ……!?」

「しれっとした顔しやがって!」

「やっぱおかしいってこのトレーナー!?」

「マジで貞操観念どこに逝ってんだ」

「俺達が毎日どれだけ誘惑に耐えてると思ってやがる……!」

「ああ、今日も酒が美味い……」

 

 

 爆発するように殺到する店長への文句。

 

 ……余談ではあるが、ここにいるトレーナーは大体『好意を理解した上で回避しようと頑張るトレーナー』に分類されるタイプだ。

 

 そりゃ毎日、担当の魅惑的な誘いに耐えてる中、隣で当たり前の様にイチャつかれていては文句の1つや2つや3つは出てくる。

 初手で「トレセンは婚活会場じゃない」宣言をしていたトレーナーなど、今にも店長に組みかかって行きそうな勢いだ。周囲の男が止めなければその惨状は現実になっていただろう。

 

 

「俺だってな……! あの()とどれだけ一緒に居たいと思った事か……!」

「おいやめろ、その先は地獄(掛かり)だぞ!」

「『鋼の意思』が崩れかけてる! 誰かコイツに酒飲ませろ!」

「意識を保てっ!!」

「抜け駆けは許さねぇぞ! 俺達だって同じ思いなんだ!!」

 

「うるさ」

 

 

 婚活会場(トレセン)における男たちの叫びを端的に片付ける店長(ゴミ)

 阿鼻叫喚に包まれる店内で、趣味趣向に正直なこの男は非情なまでに冷静だった。

 

 

 さて、今日も今日とて開店中の『ウマ小屋』

 

 しかして今日は大人の時間。

 普段は言えないあれやこれや、他言無用な愚痴や惚けの数々が吐き出されることが許される酒の場で。

 

 トレセンという婚活会場に、頭を悩ますトレーナー達の一面をお届けした一幕であった。

 

 

 

 

*1
一部終わらない者もいる模様





付き合いだとか結婚だとか、そういうのってただの形式じゃん。
別にそんな形作った関係にならなくても、ずっと好きな奴の傍にいりゃそれだけで幸せなんだからそれでいいじゃん(トレーナー談)


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他ウマ娘との絡みもっと欲しい?

  • くれ
  • いらん
  • どうでもいいからイチャイチャ見せろ
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