トレセン学園の隠れた名店   作:[]REiDo

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出会い編の前編
後編は早めに出す予定



追憶 少女は一体――

 

 少女にとって、走ることとは『娯楽』だった。

 

 ただ走ることが、ウマ娘の本能のままに走ることが楽しくて仕方がなかった。

 

 顔に浴びる風が気持ちよかったこと。

 ただただ何も考えることなく、目の前の風景を堪能すること。

 

 それだけをただ求めて、欲して、走り続ける()()

 

 ――そして()()はいつからか、走る目的が「楽しむこと」から「勝つこと」へと変わっていた。

 

 その理由は、彼女自身理解していない。

 

 徒競走に勝ったことで勝利の味を占めたのか。

 『本物』の走りを見て、その舞台に、歓声に、栄光に憧れたのか。

 はたして、それもウマ娘たりうる本能からか。

 

 ……どちらにせよ、彼女の生きる目的は決まった。いや、決断したのだ。

 

 そして彼女は――

 

 『アストラルウィング』というウマ娘は、『勝つために』走る道を進み始めた。

 

 

 

 

 

 挫折した。

 

 走ることを続けて今に至り、彼女は中央のトレセン学園に居る。

 

 走ることは当然頑張った。

 勉強もそれなりに頑張ってきた。

 何にも負けないように、何もかも頑張り続けてきたのだ。

 

 すべては『勝ちたい』という思いが彼女を支えてきたから。

 だからこそ、彼女は栄光の数歩手前(中央)まで来れた。

 

 そんな彼女でも、どうしようもない壁に当たってしまった。

 ……いや、その道を歩む者にとっては必然的だったのだろう。

 

 選抜レース。

 年に4回ほどでしか開催しない【トゥインクルシリーズ】という栄光の道を共に歩む、まだ見ぬトレーナー達に実力を見せる絶好の機会。

 

 彼女はその重要性を理解して、本気で挑んだ。

 全力で走った。

 自身の限界を引っ張り出した。

 果たして、ギチリッと脚が鳴る感覚を彼女に与えた代償に。

 

 

 ――彼女は『本物(皇帝)』という現実を見せつけられた。

 

 

 ……そして、彼女は挫折を経験する。

 

 視線を下に落とせば、包帯で巻かれた自身の脚。

 限界を引っ張り出した代償にもらった現実は『挫折』と『炎症』という、ロクでもないモノだった。

 

 ……はっ、と黒に染まった空を眺めながら彼女は失笑する。

 

 手を伸ばしても届きそうにない空を憎んで。恨んで。妬んで。

 そして、ふと考えた。

 

 『勝つこと』という生き方を失って

 『楽しむ』気持ちを失って

  自分には――

 

 脇役に過ぎない()には一体、何が残っているのだろう……?

 

 

 

 

 

 一月(ひとつき)が過ぎた。

 

 彼女の足は未だ治らず、起きては松葉杖を片手に学園に行く。

 そして寮に帰っては、夜の帳が下りる光景を見ることを繰り返した。

 

 

 三月(みつき)

 

 脚は完治した。

 とはいえ三月という長い期間だったのだ。

 久方ぶりに脚を全力で動かす為のリハビリがいる。

 

 彼女はその期間中に、年に4回ある選抜レースの一回を逃した。

 

 

 六月(むつき)

 

 走れる。

 医者から告げられたその事実に、彼女は喜んだ。

 体が震える。全身が歓喜で溢れ返っている。

 

 けれど、なぜか。

 

 『心』は全く踊らなかった。

 

 

 九月。

 

 3度目に開催された選抜レースに、彼女は出走した。

 すでに【皇帝】はどこかのチームに所属していたので、選抜レースにはいない。

 ()()は運が悪かったのだ、と。選抜レースを待つ間、彼女は自分に言い聞かせ続けた。そうしなければ、現実に打ちのめされそうだったから。

 

 だから。

 

 今度こそ絶好の機会だ、と。

 

 彼女は『心』の中で何かが詰まるのを感じながら、ゲートを飛び出す。

 

 

 

 ――負けた。ダメだった。

 

 7着。

 1着までとの距離、およそ14バ身差。

 

 運が悪かったわけではない。彼女よりも果てしなく大きな強者がいたわけでもない。

 ただただ負けた。

 

 一度目の選抜レースのような怪物に打ちのめされるのではなく、平凡の中で戦って負けた事実は今度こそ『偶然』だと、彼女は否定することができなかった。

 

 ……彼女の中で何かが折れる。

 

 壊れる。

 

 そんなが奇妙な感覚がありながらも彼女は――

 

 どこか、全力で戦えたような。

 ……そんな『満足感』に近いものが無いことに少し気づいた。

 

 

 

 そして、十二月という時間が過ぎる。

 

 彼女――アストラルウィングは目的もなくコースの外を歩いていた。

 視線を横に向ければゾロゾロを集まるウマ娘(同期)達。

 どこかの教官が開いた模擬レースに、皆して集まっているのだ。

 

 その中には、ひと際目立つ怪物――『ミスターシービー』の姿もある。

 

 競走に出るという噂を聞き付けたウマ娘達が観戦に来ているおかげで、コースの脇は既に大勢で満員状態。

 彼女はそんな人混みの中に居るのが耐えられずに、コースの外に身を置いていたのだった。

 

 

「……はあ、どうしようかな」

 

 

 歩きながら彼女は吐き出すように言う。

 ……あれからというもの、レースに出る気が起きない。選抜レースにも出ることすらやめようか、と悩むほどには。

 

 いや、言葉を濁さずいうのなら「諦めがついた」というべきか。

 あれだけ現実を叩きつけられたのだ。数多くの重圧は彼女の精神をすでに擦り削りつくしていた。

 それでも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()が。

 

 

「…………あそこでいいかな」

 

 

 ふと彼女の目に入ったのは一本の立ち木。

 

 

 どこでもいい。

 どこか休む場所を、現実から引き離してくれる場所が欲しかった。

 ――つらい現実から逃げたかった。

 

 そう思いながら彼女は木の根元に近づく。

  

 寄り縋るように木の幹に体の背を寄せる。

 その瞬間。

 

 

「おーい。何やってんだーお前ー」

「!? え、どこからっ!?」

 

 

 どこからか聞こえた男の声に驚き、周囲を見渡した。

 

 ……その時、驚愕で足がつりそうになったことは、()()()()になってでも少々恨んでいる。

 今でも話のネタになるほどに。

 

 

 

 

 

 変な職員に出会ってしまった。

 

 端的に説明すればそんな感じかな、と彼女はその男と話しながらここ最近の事を思い出す。

 

『俺は大体この時間にここにいるから、まあ気が向いたらいつでも来てくれて構わんぞ。話し相手も欲しかった所だしな』

 

 日が出る昼時に、わざわざ木の枝にハンモックを吊るして寝るという、良くも悪くも堂々とした立ち振る舞い。

 出会った当初は、新手の不審者かと思った彼女だったが、見物していた模擬レースが終わり教室に戻ろうとした去り際にそう言われたのが理由で、彼女はその職員とよく顔を合わせるようになったのだ。

 

 ……ある日の事だった。

 彼女は、ハンモックで仰向けに寝ながらタブPCを操作する男に問われる。

 

 

「そういえばアストラルウィング。お前の脚質は? 俺お前のレース一度しか見てないから参考にならなかったんだけど」

「教える必要がある?」

「興味本位だ。他意はない」

「本当……? というかレースを見たって……ああそっか、最近私が出た模擬レース見てたんだっけ」

 

 

 初めて会ったあの日から数週間が経つ。 

 最初は3日に1度程度くらいに出向いていたこの場所も、彼女はほぼ毎日のように来ていた。

 

 ここは、居心地がいい。

 日の光を良い感じに遮って、周囲を歩く人の声も耳障りにならない程度に遠ざけてくれる。

 何より、その場所に先に居座っていた男は彼女自身が話しかけない限り、特段干渉してこないのだ。

 

 彼女は自由に自分らしく居られて、悩みをすべて消し去ってくれるこの木の根元がいつの間にか好きになっていた。

 

 ……だからこそ。

 

 ここだけが、辛い現実から遠ざけてくれるいい場所だったのに、と。

 彼女は不機嫌な感情を顔に出す。

 

 ただ彼女は、少し考えてみると、男が自分から話しかけることが珍しいことだと思った。

 だから、その好奇心からか。

 彼女はスルッとその口を動かしてしまった。

 

 

「……一応、1番前を走るのが好きではあるよ。だけど正しい走り方なんて言うのは……」

「いまだに教官仕込みだから教わってない、と。まあ【逃げ】ってことでいいな。ちなみに理由を聞いてもいいか?」

「聞いて何になるの?」

「いや、今後の参考までに一応」

 

 

 男はあっけらかんといった風に言う。

 何も思わないような男の態度に彼女はフッと目を細める。

 

 

「……あまりいい理由じゃないよ」

「別に気にやしねぇよ」

 

 

 気に入ってたのに。

 勝手に立ち止まったこの場所に入り込み、それでも極力干渉してこない男の事は、彼女はどこか心の中で受け入れていた。

 

 なのに男は――名前も知らない彼は、今更()に踏み込んできた。

 少しの不快感が体を包む。

 

 それでも。

 男と他人とも呼べない関係になったと思い込んでいた彼女は、少しだけ甘えを出していた。

 

(……この人になら、少しは愚痴を吐いてもいいかな)

 

 そう思うたび、黒い感情が彼女の心を渦巻く。

 好奇心とも罪悪感とも似つかないそんな感情。

 

 思考は回り続ける。

 自分で自分を押しつぶす悪循環は止まらない。

 これから放つ自暴自棄を止められない。

 

 ……そして、知ってほしいと彼女は思った。

 

 

「…………1番前を走ってると、後ろのウマ娘を私の下に見ていれる気持ちになるから」

 

 

 これが醜い自分の正体だと知ってほしかった。

 そしてあわよくば。

 

 ……軽蔑してほしかったのだ。

 

 現実から目を背ける自分自身を。

 他人を見下すその心構えも。

 

 知ってほしくて――罰してほしかったのだ。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

 静寂が走る。

 正確には周りの音が、風の音が、人の声が聞こえてはいるのだが今は男と彼女の世界の中。

 当人たちの耳には、何一つ音など届いてはいなかった。

 

(……あーあ、これでこの場所にも居づらくなるかな)

 

 言っちゃったな、と。

 自分を卑下するような言葉を言い放った当人は、目を伏せながら思う。

 少しは感じていた幸せだった。けれど、自分の自虐的なわがままでそれを手放してしまうだろう、と。

 

 

 なんて、考えていた彼女――アストラルウィングの思いを的確に無視するかのように。

 

 

「で?それだけ?」

 

 

 その男は、先ほどと同じようにあっけらかんと言った。

 

 

 

 

 

「え、な、何も言わないの? 私結構最低なこと言ってる自覚あったんだけど」

「いやだから気にしないって言ってるし。人なんざ考えて生きる生き物なんだからそういう走る理由もあるだろ。で、それだけ?」

「そ、それだけって……」

 

 

 予想だにしてなかった返答に、彼女は戸惑い、焦る。

 否定してほしかったのに。軽蔑してほしかったのに。

 醜い()を見て突き放してくれればいっそのこと楽に……

 

 

「俺の知ってる限りじゃ、勝ち確になった途端に「テメェら全員俺の下だぁ!」とか言うくせに、負けた時は「F○ck!!○に晒せやゴミカスがァ!!!」なんてムーブする狂人がいるし別になんとも思わねぇよ。ああ、ちなみにそいつ俺とよくFPSってジャンルのゲームを一緒にする知り合いな。マジで人間性終わってるから」

「え、ええ……?」

 

 

 早口で言う男の言葉に、彼女は絶句を強いられざるを得なかった。……というより戸惑いの方が大きいモノだったが。

 実話感があるような声色に驚いたというのもあるが、なにより一番驚いたのは自分が放った考えがさも『当たり前だろ』というような落ち着きと発言だったからだ。

 

 そして数拍。

 

 

「くっはは。ていうかあれだな。お前、意外と考えるタイプだったのな」

「……悪い?」

「いや別に。ただ、良い感じに()()()()()()()()()から気分が上がっているだけだ」

「?」

 

 

 戸惑う彼女を横目に、男は笑いながら言う。

 

 会話の脈絡がつながらない。

 尖っている? 気分が上がった? 言葉の意図も理由も難解すぎてわからない。

 彼女はここ最近で一番の困惑を頭に抱えかけ、ふと思う。

 彼とまともに会話をしたのは出会いの時を合わせて2度目のはずだ。なのになぜ?

 

 

(なんでこんなに抵抗感がないんだろ……って)

 

「わっ!」

「うっしょッと。ふぁ~……よく寝た」

 

 

 突然、ハンモックから降りて彼女の隣に立つ男。着地の行動は手慣れた感じだ。

 唐突な行動に彼女は驚き、なんだと思ったがそんな思考は一瞬で吹き飛ぶことになる。

 

(え)

 

 男の胸元。

 灰色のパーカーに着けられたあるバッジが目に入ったからだった。

 

 

「それ、トレーナーのバッジ……?」

「おう」

「……ねえ、もしかしてだけど……万に一つもないと思うんだけどさ。トレーナー、なの?」

「その言い方に含みがあるのは俺の気のせいか? いやまあ日頃の俺見てるお前からすると疑問視するのは分かるけども。そこまで言う?泣くぞ??」

「だって! トレーナーっていうのはあーいうすごく真面目な人が多いって聞いてたし!」

 

 

 傍で開催されている模擬レースを観戦するどこぞとわからないトレーナーに指をさすウィング。

 

 この瞬間、彼女のイメージする【トレーナー】の固定概念が崩れ去った。

 なぜ、どうして今まで知らなかったと問われるのなら、これはまあ……仕方ないと言わざるを得ないだろう。

 

 ――そう、なぜなら

 

 毎度のこと木の上のハンモックで寝ているトレーナーの胸元など見えるわけがないのだから!!

 

 

「あ、ああ、あああ……。私、トレーナーにあんなこと言っちゃったの……?」

「おーい。目が虚ろだぞー。帰ってこーい」

 

 

 一般の職員だと思っていたのだ。

 レースとは無縁の、そんな一端のただの職員だと思っていたのに。

 無縁どころか、足先から頭の先までそれに関係しているトレーナーという存在に。

 

(あんな最低なことを言っちゃった……)

 

 その事実だけが彼女の思考を埋め尽くす。

 

 そんな朧気状態の彼女が現実へと戻ってこれたのは、模擬レースが終わった数分後だった。

 

 

 






 拝啓、親愛なるバカ親父と母さんへ。
 俺、最近クッソ面白い奴を見つけました。
 今日からコイツと全力で遊んでいきたいと思います。

 ひやお。



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