マンハッタンカフェは動じない   作:むうん

11 / 44
#006『リモートロマンス』

――カタカタカタカタカタ

 

 明かりの消えた理科室の暗い室内にタイピング音だけが響く。三徹目のアグネスタキオンの眼窩には落ち窪むようにクマが浮かんでいたが、そのハイライトのない瞳はせわしなくテキストエディタに高速で打ち込まれる文章を追って左右に動く。

 

「いいぞォ……モルモット君のおかげで最高のデータが採取できたッ!

 日が昇るまでに仕上げて、流石に今日はいくらかでも睡眠をとるとしよう……!」

 

 このところのタキオンは献身的なトレーナーの協力もあり、データの採取は順調。完全に臨床データが出そろい論文の作成にこぎつけることができた。もう一つ、ついでにあの岸辺露伴をカップに仕込んだ薬剤で山吹色に発光させてやったので気分がよかったということもあった。

 

 とはいえ、これは完全なランナーズハイだ。そろそろ睡眠をとらなければまずいというアスリートとしての自覚もある。

 

「できたァッ!」

 

――タァン!!!

 

 徹夜のテンションもあり、タキオンは論文を書き終えると同時にエンターキーを強く押下。その瞬間だった。メール着信のデスクトップポップアップが開き、タキオンは誤ってそのメールに添付されていたファイルを開いてしまう。

 

――ガガガッ!ガガッ!!!

 

 その途端、タキオンのノートPCのHDDが激しく音をたて、大量のコマンドプロンプトが開いてなんらかのプログラムを実行していくではないか!

 

「うわァ!?」

 

 やられた!ウイルスだ!咄嗟にタキオンはPCをシャットダウンさせようとしたが、それすら叶わない!そして……すべてのプログラムが動作を終えたのか、コマンドプロンプトはすべて消え去り事の発端となった、メールだけが開かれていた。

 

「クソッ……何を弄られたんだ!? 論文は消えてないだろうなッ!?」

 

 タキオンは素早く、PC内の重要なファイルなどが破損していないか、ファイアウォールなどを確認し、何のデータが外に流出したのかを確かめる……。

 

「はァー……なんだったんだ……?

 ジョークプログラムか何かか……?」

 

 ……一通りPC内のチェックを行ったが特にファイルが変になったり、外部にデータが送信された形跡はなかった。だが不安なので、自分以上にPCに詳しいエアシャカールにこのプログラムを精査してもらおう。借りを作ることになるが、こればかりは仕方ない。

 

「……件名:『リモートロマンス』。差出人:『ディキシー・フラットライン』……」

 

 タキオンは開きっぱなしになっていたメールを閉じると、はぁとため息をついて自室へと向かった。

 

 

 

◆◆◆ マンハッタンカフェは動じない #006 『リモートロマンス』 ◆◆◆

 

 

 

「ふわぁ~~~~っ……」

 

 タキオンは3時間ほどの睡眠の後、ゆっくりと起床した。今は朝の9時。既に一限目は始まっているが、さっそくエアシャカールに昨日の件を話し、PCをチェックしてもらわねばなるまい。とはいえ、未だ眠気が残り、ぼーっとする頭をキックするためにも糖分が必要だ。自室にもいくらか紅茶の茶葉をストックしてあるし、ケトルに湯も常備してある。

 

「あれ……私のカップはどこに置いたかな……」

 

 普段は同室のアグネスデジタルがいろいろ気を利かせて常に清潔な状態で棚に置いてくれているカップが見当たらない。どこに置いたか……眠気の残る頭では考えるのも億劫だったが……ふいに、誰かがそのカップを差し出してくれた。アグネスデジタルは既に授業に向かっているはずだが……忘れ物でもして戻ってきたのか?

 

「ああ、ありが――」

 

 てっきりそう思って、礼を言いながらカップを受け取ろうとする……カップを差し出している『それ』と目が合った。全身濃い紫色のローブに身を包んだなにか。足元は黒い霧に覆われどうなっているかわからない。大きさは成人男性程度。よくよく見れば『R』の英字の意匠が全身にちりばめられている。

 

「ひえ――」

 

 流石のタキオンも、その異様なモノとの接近遭遇にウマ尻尾をビンとはねあげて心臓が止まらんばかりに驚き、一瞬気をやりかけた。

 

「な、なんだァーーーーーーッ!?」

 

 追い詰められたように壁に張り付き、少しでも『それ』から距離を取ろうとする!だが……『それ』は特段の害意はないようで、むしろ従者かなにかのように従順におとなしくカップを差し出している。

 

「お、お前は、なんなんだ……?」

 

 タキオンがそう問うと、『それ』のローブの中――本来なら顔面があるはずの部位に埋め込まれたモニターに緑色の文字がともった。『リモートロマンス』と。

 

「『リモートロマンス』……」

 

 その言葉には見覚えがあった。昨日、送りつけられてきたウイルスメールの件名だ。それと関係があるのか?もしかして、昨日のプログラムはこいつの……そこまで考えて、とにかくこういうモノは怪異に詳しいカフェに相談した方がよかろう、そう思い立ちタキオンはいつもの理科室へと向かったのだが……

 

「………………」

 

 件の『リモートロマンス』は、ふわふわと浮遊しながら付き従うようについてくる。特段危害を加えてくるでもないが、あきらかに『憑』かれている。もしかするとこの前の『奇跡の人(ミラグロマン)』のような面倒ごとを押し付けてくるかもしれない……

 

「ついてこないでくれたまえ……!」

 

 タキオンは人気のない所を見計らって、振り向き『リモートロマンス』を威嚇するように睨みつけながら語気を強めて言った。しかし『リモートロマンス』はただ、首をかしげるようにしただけでその場から動こうとせず、タキオンが再び歩き始めるとやはり追随してくる。結局、理科室にまで『リモートロマンス』はついてきてしまった。

 

「カフェ~~~~!」

 

タキオンがひいーという風に嘆きながら、理科室に入る。

 

「残念、カフェさんは君と違って真面目だからな……今は授業中さ」

 

 気取った鼻につく声。理科室にいたのはアグネスタキオンの天敵『岸辺露伴』だった。露伴は執筆作業を行っていたのか、Gペンで原稿用紙に下書きもなしに直接絵を描き込んでいる最中だった。露伴はいわゆるスタンド使いであり――カフェほどではないが怪異にもいくつか出くわしているようだ。この際、露伴相手でもいいかとタキオンは思いかけたが、気を持ち直し自分のスペースに歩を進める。

 

「うわッ……なんだそいつはッ……!?」

 

「『リモートロマンス』、だよ。露伴君」

 

 当然の如く、部屋に入ってきた『リモートロマンス』を露伴は二度見し、少し驚いた。タキオンはふぅン? 知らないのか? という風に勤めて冷静さを装ってマウントを取ってやった。

 

「君に見えている、ということはこれは恐らく『スタンド』だな……」

 

「……また、この前のように『憑かれた』のかい? まったく、トラブルを連れてくる才能にかけては天下一品だなきみは……」

 

「しょうがないだろう。わざとじゃないんだから」

 

 タキオンと露伴は今日も小言を言いあいながら、とりあえずこのリモートロマンスについて調べ、考察してみることにした。

 

「タキオン君、今僕はスタンド――『ヘブンズドアー』を出している。それが見えるか?」

 

「いいや、君のスタンドのヴィジョンとやらは見えないね。見えるのはこの『リモートロマンス』だけさ」

 

 まず、タキオンと露伴はタキオンにスタンドの才能が秘められており、この前の『奇跡の人(ミラグロマン)』に『憑かれた』のがトリガーとなって才能が目覚めた可能性を検証した。しかし、これはおそらく可能性は低い。スタンドはスタンドの才能がある者にしか通常視認できない。カフェがスタンドを視認できているのはおそらくはその非常に高い霊感ゆえだ。

 

 となると、やはりこの『リモートロマンス』は『奇跡の人(ミラグロマン)』のように決まった本体を持たず、独り歩きするスタンドであると結論付けられる。発現の『トリガー』はおそらくこの前誤って起動させたなんらかのプログラムだろう。

 

「……スタンドは何らかの特殊能力を持つものも多い。スタンドは本人の精神の形とも言い換えることができ、精神性や欲望が反映されるんだ。この前の『奇跡の人(ミラグロマン)』は無限に金を増やす能力。おそらく最初の本体は相当金にがめついか、何かだったんだろうな……この『リモートロマンス』もなんらかの能力を持っている可能性が高い」

 

「タキオン君。今の本体は君なんだ。感覚でそういうのは分からないかね?

 または強い意志でなにか命令をするんだ。スタンドに対して。そうすれば何か起こるかもしれない」

 

「ふぅン……」

 

 タキオンは露伴から教えられつつ、『リモートロマンス』の方を見ながら『何かやってみろ』と念じてみた。すると……

 

「ウワッ!?」

 

「ど、どうした……ッ!?」

 

 『リモートロマンス』の姿が突如、掻き消え、直後、頭の中に映像が流れた。その映像にはカフェが映っている……学園の教師の講義を真面目に聞きながら、ノートを取るカフェの姿が。さらに、少し聞き取りづらいが、講義をする教師の声やカリカリというペンの走る音、不真面目な生徒のひそひそという内緒話の声までも聞こえてくる。

 

「あ…………」

 

 と、カフェと目が合った。一瞬きょとん、としたカフェの顔。これは……『リモートロマンス』の視界が、脳内に流れ込んでいる……?

 

「なるほど、理解したぞッ……このスタンドの使い方がッ……!」

 

 にやり。タキオンの口元が危険に歪んだ。

 

「……また、『覗き』ですか? タキオンさん……やめたほうがいいですよ。悪趣味です」

 

「失礼な。情報収集と言ってくれたまえよカフェ~」

 

 それからというものタキオンは『リモートロマンス』の能力――好きな場所にワープし、その場所の映像や音声を中継するというものを完全に悪用し、様々な生徒の秘密を集めまくっていた。

 

「いやあまさかシャカール君が×××で〇〇〇で△△△だったとは……

 人は見かけによらぬものだねえ……」

 

「それ、本人の前で言わない方がいいですよ……絶対口封じされます」

 

「いや言う。彼女が赤面するところが見たい」

 

「はぁ……」

 

 もはやあきれた様子でカフェはコーヒーをちびちびと飲んでいる。さすがに霊感のあるカフェの日常を覗くことはできないが……というより覗こうとしたら『おともだち』が感づいたらしく研究書類の一部を燃やされてしまったのであきらめた。

 

「とにかく、これは日ごろの行いがいい私に与えられた『ギフト』さ。

 いつ、使えなくなるかわからん力だし、使えるうちは使い倒しておく」

 

「どうなってもしりませんよ……」

 

 カフェはそう言いながら、『ピンクダークの少年』の最新話が乗った雑誌をぺらぺらとめくり始める。

 

「といっても、さすがに大方知りたい秘密は知ってしまったしなァ……

 『リモートロマンス』でどう遊ぶべきか……なぁ、『リモートロマンス』。

 なにか、面白いものがあるところに適当にワープして私にみせてくれよ。ほら」

 

 タキオンの指示に従って、『リモートロマンス』は軽く会釈をすると瞬時にどこかへワープした。

 

「ほぉ、こんなアバウトな指示でもやってくれるのか……こりゃあしばらくオモチャには困らないな」

 

 ハハハッ、と邪悪な笑いを浮かべるタキオン。ちなみに、露伴もこのところ別の取材で忙しいらしく学園に姿を現していない。タキオンはこのネタ集めにうってつけの『リモートロマンス』がうらやましいからではないか、とちょっと考えたが、そこまで邪推するのは流石に性格が悪すぎるな、とも思った。

 

「お、見えてきたぞ……これは……」

 

 脳裏に浮かんだ映像は、どこかの地下のようだった。古く人気がないその空間は、かすかにではあるが、自動車のエンジン音などが聞こえてくることから恐らくはどこかの都会の地下空間。

 

「おおッ……秘密の地下通路かァ~~~~? エリア51とかかな?」

 

 タキオンは『リモートロマンス』を操作し、地下空間の階段を下りていく。すると、そこには壁にペンギンやゾウの古い壁画があったり、そして日本語での落書きが多数。どうやらここは日本らしい……。

 

「ふゥン……? なんだこりゃ、変なオブジェまであるぞ」

 

 どうやら、降りていった先は廃駅のようだった。駅名までは分からないが、廃止された地下鉄駅のようだ。どういうわけか巨大なウサギがモチーフのオブジェが置かれている。だが、それらは……異常性においては『その後に見つけたもの』の比ではなかった。

 

「こ、これは……ッ!?」

 

「どうしたんです……?」

 

 廃地下駅の何かの拍子で崩れたコンクリート壁の奥。そこにあるのは、さびた黒い寸胴の半球体。十字型のある種、魚のようにも見える尾っぽ。それが露出した地層から半分ほど覗いている。これは……

 

「……不発弾!?」

 

「えっ……? 不発弾ってどういうことですか、タキオンさん!」

 

 言葉通り、タキオンは『リモートロマンス』を通じて『不発弾』を発見してしまった。しかもこれは……地下鉄があるということは、都会のど真ん中であろう。地下にあるとはいえ、不発弾が都会で爆発するなどあってはならない事だ。もし、爆発すればどれだけの犠牲者が出る事か。早急に除去を頼まなければならない。

 

「カフェッ、消防に連絡してくれッ……不発弾を見つけた、と!」

 

「ええっ、タキオンさん! 場所!場所はどこですッ!?」

 

「まってくれッ……!」

 

タキオンは、『リモートロマンス』を操作し、それらしき表示を探そうとした。しかし……

 

「な、なんだ……動きが、鈍い……ぞ……?」

 

 『リモートロマンス』をうまく操れない!それどころか、電波状況が悪化しているかのようにどんどんリモートロマンスから送られてくる映像に『ノイズ』が混じり……ぷつん。ふいに、テレビの電源が切れるかのように、映像が途切れた。

 

「まさか……」

 

 タキオンは慌てるカフェをしり目に、自分のノートPCを立ち上げる。新着メールが一通。差出人は……『ディキシー・フラットライン』。件名『byebye』。本文無し。

 

「クソッ、スタンドがッ……スタンドが誰かに移ったッ!

 こんな状況でッ! わからないッ! カフェ、不発弾はどの駅にあるか『解らない』ッ!」

 

「な、なんですってッ……!」

 

 最悪の状況だ。こんなことなら、くだらないデバガメに時間を割くのではなかった。

 

「とにかく連絡だ……恥をかいてもいいッ!

 地下鉄沿線に不発弾があるぞと連絡するんだッ……!」

 

「タキオンさん、無理です……それだけでは恐らく『子供のいたずら』と処理されるだけッ!

 せめて正確な場所さえわかれば……何か思い出せませんかッ!?」

 

「……私は見たのは、『ペンギン』と『ゾウ』の壁画……それと『ウサギ』のどでかいオブジェだ。待てよ……なんで、『動物』ばかりなんだ? そうした物が名物……つまり『動物園』かッ!? そもそも、冷静になれば『廃地下鉄駅』なんてのはかなり数が少ないはずだ。」

 

 タキオンは立ち上げたノートPCですぐさま「廃地下鉄駅」「動物園」と検索する。

 

「……これだッ!『博物館動物園駅』!上野公園のすぐ近くにあるぞッ!」

 

 すぐさま、ウマペディアの記事が検索にHITした。記事内にはさらにはダメ押しとばかりに2018年に芸術作品としてウサギのオブジェが設置されたとある。

 

「すぐ連絡してくれッ!」

 

「はいッ!」

 

 ……こうして、迅速な通報により『博物館動物園駅』の『不発弾』は消防および自衛隊によって半日をかけて撤去されるに至る。博物館動物園駅は廃駅となっているが、線路自体は通っており、現在でも列車が通過していることから、もし発見が遅れれば列車の振動によって地層が崩れ、不発弾の信管が作動する危険性があったかもしれないそうだ。

 

「『表彰』ッ! 二人ともどうやったのは分からないが、よくぞ『不発弾』を見つけて地域の安全に貢献したッ! レース外のこととはいえ、私も鼻が高いぞ! はーっはっはっは!」

 

トレセン学園理事長秋川は快活に笑いながら、二人に賞状を手渡す。

 

「はっはっはっ、いやあこれも普段からの洞察のたまものかな」

 

「……ありがとうございます」

 

 二人はこの件で消防、およびトレセン学園から表彰され、金一封を賜った。新聞にもG1ウマ娘のお手柄!と取り上げられて。しばらくの間、ふたりは内外でちやほやされる日々を過ごすのだった。

 

←To Be Continued?




スタンド名:『リモートロマンス』
本体:『ディキシー・フラットライン』あるいは『選ばれた誰か』

破壊力:E スピード:D 射程距離:∞
持続力:B 精密動作性:C 成長性:E
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。