マンハッタンカフェは動じない   作:むうん

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#017『ダニエル・J・ダービーは祈らない』

 

「ナーカーヤーマー! 今日は魔改造人生ゲームで遊ぼうぜぇ~~~~!!!」

 

 昼休みのカフェテリア。昼食をとっていたナカヤマフェスタの所に現れたのはトレセン学園一のトラブルメーカーにして沈まぬ黄金船ゴールドシップ。言うが早いが卓上にドン!と無遠慮に置かれたのは、すごろくゲームである。ただしその盤面にはゴルシによって手が加えられており、理不尽だったり奇怪なイベントが少し見ただけでも多く見受けられた。

 

「ほぅ……この前コテンパンにしてやったのにまだ懲りてねえのか、いいぜ……その勝負乗った!

 ……と言ってやりてぇところなんだが、今日は『先約』があってな……」

 

「何……だと……」

 

 勝負師の異名を持つナカヤマは当然の如く、今日もゴルシとの勝負を受ける……かに思えたが、すまねぇな、とニヒルに笑いながらストローで牛乳を飲んだ。

 

「よう、メシも終わったみてぇだな。さっそく行くか」

 

 そこに現れたのは、トレセン学園の中の問題児集団のリーダー的存在であるシリウスシンボリ。その圧倒的なカリスマで不良以外にもファンが多いという彼女の出現に、あたりの生徒がきゃあきゃあと沸いた。

 

「ああ……いつでもいいぜ……」

 

 ナカヤマは空きパックを近くのごみ箱に雑に投げ入れると、シリウスに促されるまま席を立ち二人してどこか立ち去っていく。

 

「アタシを置いてくなよ~!!! どこに行くんだ!? ゴルゴル星か? なぁ、ゴルゴル星だろ? 総員、進路をゴルゴル星にとれ!」

 

「うるせェ……ちげェよ……私たちは……これから『勝負』にいくんだ。邪魔すんじゃねぇ」

 

 ナカヤマはまとわりついてくるゴルシをめんどくさそうに剥がしつつ。

 

「その通り……なんでも最近、駅前に面白い奴がいるそうなんでね……」

 

 シリウスは、ふ……と笑ってお前も興味があるのなら共に来い、と付け足す。ゴルシは当然、二つ返事でOKした。

 

 

 

◆◆◆ マンハッタンカフェは動じない #017 『ダニエル・J・ダービーは祈らない』 ◆◆◆

 

 

 

「で、その『外国人』ってのはどこにいんだ~!!! ここか! ここか! ここかァ!!!」

 

「ちったァ落ち着けよ……そんな石の裏なんかにいるわけねェだろが」

 

「例の『外国人』ってのは……駅前に新しくできた『カフェ・ドゥ・マゴ府中店』のオープン席でいつも暇つぶししてるって噂だ」

 

 道端に転がっている石をいちいちひっくり返しては、『外国人』を探すゴルシをしり目に、シリウスとナカヤマは授業をフケて駅前に向かっていた。発端は、シリウスがネットで見かけた噂である。府中駅前のオープンカフェに最近『奇妙』な外国人の男がいると……なんでも、その男はカフェを利用する客に手品などを見せつつ、ギャンブルでの勝負を時折挑んで『無敗』であるというのだ。

 

「……無敗ねェ……どこまでホントなんだか。だが、ホントだとしたら、おもしれえ……」

 

「その『無敵の男』の初めての敗北相手が私となるってわけだ」

 

 自信満々のナカヤマとシリウス。ちなみにゴルシはハサミムシを捕まえて後ろからナカヤマに投げつけていたが……そんなこんなで、三人は『カフェ・ドゥ・マゴ』までたどり着く。現在、府中駅前は新しい都市計画とかで拡張計画が進んでおり、そこらで工事の音が響いている。ご多分に漏れず、このカフェ・ドゥ・マゴの入るビルもつい最近新しくできたビルのひとつだ。

 

「おい、ホントにいたぜ……」

 

「あぁ、あいつだな……感じるぜ……ギャンブラーとしての格をよ……あいつは『強い』」

 

「アタシもビンビン感じるぜ……あいつの『気』をよ……きっとあいつ、猫派だ」

 

 シリウスとナカヤマ、ゴルシの視線の先にいるのは、カフェ・ドゥ・マゴのオープンテラス席でグラスを傾ける初老の男の姿。気取ったスーツに身を包み、頭髪などもきれいに整えた如何にも伊達男と言う風のそいつは、一手でテーブルに円形にトランプを並べるとその端を人差し指で弾く。するとトランプは波打つように反転し、すべてのカードがオープンされる。

 

「ヒュウ……見せつけてくれるじゃあねえか」

 

 シリウスは口笛を吹くと、さっそくとばかりにオープンテラスにあがり威圧的に男の対面の席に腰を下ろした。

 

「まずは自己紹介をさせてもらおうか。私はシリウスシンボリ。

 日本トレセン学園の生徒で……世界を獲る女だ。覚えときな……」

 

 男は、いきなり現れたシリウスに驚くことなく、カードをまとめるとそれを差し出してどうぞ、カットをと言う風に。

 

「では私も名乗らせていただこう。ダニエル・J・ダービー。

 ディー、エー、アール、ビー、ワイ。ディーの上には´が付く。

 以後お見知りおきを、ウマ娘のお嬢さん」

 

「ダービーね……なるほどな、それを聞いて安心したよ。

 私はダービーには『勝った』事があるもんでね……」

 

 シリウスは、当然という風にトランプを受け取るとこちらも手慣れた様子でカットしていく。

 

「『ゲーム』は何にします? ポーカーやブラックジャック、ちょうどお連れさんもいるようですしバカラだとか……ああ、サイコロなんかもありますから。お好きな物をおっしゃってください」

 

 ダービーと名乗った男は、シリウスを値踏みするような視線で見ながら話しかける。どんなゲームでもいい、とはなかなか大胆な物だ。

 

「……ファロなんてどうだい。シンプルで好きなんだ」

 

「ファロ? なにそれ、ガーデニング器具か?」

 

 カフェ・ドゥ・マゴの植え込みの中になにか虫がいないか探していたゴルシは、ファロという聞きなれないゲームに疑問符を浮かべる。

 

「ファロ! なかなか渋い所を突く。あの好色家カサノヴァが好んだという逸話で有名ではあるが……おもしろい。私もファロをプレイするのは久しぶりでね……」

 

 ファロは18世紀ほどにヨーロッパおよびアメリカで流行したカードゲームである。簡単に言えば、親が山札から引く2枚のカードのうち自分の右側に置かれたカードと同じランクに賭けていたものが負け、左に置かれたカードと同じランクに賭けていたものが勝ち。それ以外は引き分けとなる。かなり運要素の高いゲームだ。

 

「では、私がバンカー(親)ということでかまいませんね?

 勝負の公平性を期すために、賭け方も一枚賭けのみ……スプリット(左右のカードが同じランク)の場合は賭け金のやり取りはなく、完全に引き分けということで……」

 

「かまわねえよ、どちらにせよ勝つのは私だからな……」

 

 クク、と攻撃的な笑みを漏らしながらダービーが場を作るのを待つ。ファロでは、スペードの13枚をベット用のコイン置き場として使い、さらにソーダとよばれる勝敗に無関係なカードが一枚場に置かれる。ジョーカーも使われない。

 

「で、ここからが本題ですが……『あなたは何をお賭けになりますか』?

 ああ、嫌だって言うならいいんですよ。ただこういうのはちょっとした刺激になるでしょう?

 どうです? 負けた方が相手にこの店のコーヒーを一杯奢るというのは……」

 

場を作り終えたダービーは、ふと、思い出したようにシリウスに問いかける。

 

「そうだな……といっても、噂になってるぜ。あんた……

 本気のあんたに負けると『大切な物』がなくなるんだろ?」

 

 シリウスがそう問いかけると、今までどこかニヤついていたダービーの様子が、少し変わった。

 

「……なるほどね、私と『本気』の勝負をしたいと?」

 

「あァ、アンタのさっきからの態度……気に入らなかったからな。ウチの生徒会長サマ並みに気に入らねえよ、アンタ。『小娘』相手か……って態度がありありだったからな」

 

 シリウスはピンと挑発するように人差し指を立て、その指でダービーを煽るように指さした。

 

「私はそういうナメた態度をとる奴が許せねえ。

 来るなら黙って本気で来いよジジイ。あんたも本気の勝負がしたいだろ……?

 あんたの背中、退屈で泣いてるぜ。なら私がアンタを楽しませてやるよ」

 

 自分よりも3、4回りは若いシリウスに挑発されたダービーはフ、と笑みを浮かべてみせた。

 

「なるほど……さすがはG1ウマ娘『シリウスシンボリ』さん……

 申し訳ないね……正直に白状させてもらうと、あまりにも若いものでただのはねっかえりの小娘だと……思ったことは否定しない。だが、なかなかいい『眼』をしている……」

 

「フン、あんた私の事を知ってたのか。まあいい。そんなことは……それに、あんたこそ、やっと『本気の眼』になったッ! そういう奴を叩き潰さない限り本当の勝ちじゃねえ……!」

 

 フー、と息を吐き出すとダービーの瞳は、完全に獲物を見る猛禽のそれめいてスゴ味を宿し、シリウスをまっすぐに先ほどの値踏みする視線ではなく乗り越えるべき『敵』として見据えた。当然、シリウスもそれを真っ向から受けるように、目をそらさない。まるで二人の間でバチバチと負けん気のぶつかる音が聞こえてくるかのようだ!

 

「では……君には『魂』を賭けてもらう……それでいいね?」

 

「キザな野郎だ。いいだろう、私の『魂』を賭けるぜ!」

 

「グッド!」

 

 シリウスの言葉に、ダービーは嬉しそうに応えた。

 

「このダニエル・J・ダービー……若い頃は世界を回り、ありとあらゆるギャンブラーや金持ちをカモにした。命がけの無茶なギャンブルもした……だが、敗北は……『一度』。『一度のみ』だ。精神的に敗北したあのみじめなダービーには絶対に戻らないッ! このダービーのすべての経験を以て、叩き潰させてもらうッ! オープン・ザ・ゲームだ……!」

 

「老人は話が長いぜ……御託はいい……かかって来いよ」

 

 あくまでダービーを挑発しながら、シリウスは『A(エース)』にコインを置きベットの意志をしめす。

 

「『A(エース)』……一等星は揺るがねえのさ」

 

「では、バンカーのターン……そしてカードオープン……」

 

ダービーはそういうと二枚のカードを山札から引き、左右に置き、オープンする。左のカードはダイヤの7、右のカードはハートの『A(エース)』。

 

「おっと……私の勝ちだ。お嬢さん悪いね……勝利の女神は今回も私に味方してくれたようだ」

 

「チッ……」

 

今回のゲームはバンカーであるダービーの勝利。とはいえ、ファロは運要素の強いゲームであり……確率的にバンカー側が有利とは言われるが、当然有効な勝ち筋などは存在しない。

 

「では払っていただきましょうか……ベットした物を。あなたの『魂』をね……」

 

「あン?」

 

 シリウスは己の『魂』を賭けると宣言した。それは紛れもない事だし、敗北した以上ベットした物は払わなければならない。シリウスはそれで『納得』はするが……魂をどう払えというのだろうか。この場で情けなく土下座して敗北宣言でもしろと? その時だった。

 

「う……?」

 

 シリウスはまるで自分の魂の一部が切り取られるような感覚を覚え、思わず額を右手で押さえた。自分が自分でなくなるような、冷たい喪失。シリウスには近くの工事現場のガンガンと響く杭打機の耳障りな音すらもはや聞こえなかった。

 

「どうしたってんだ……シリウスの奴……」

 

 勝負を静かに観戦していたナカヤマもシリウスの異変に思わず口を開く。

 

「私には生まれつき特殊な能力があってね……『相手の魂を奪う』ことができるのさ。

 だが、それには『魂』に『隙』が必要でね……『敗北しダメージを負った人間は心に隙ができる』……ギャンブルというのは人間がもっとも勝ち負けに一喜一憂する物の一つだ」

 

「くだらねえヨタならよその奴にやってな」

 

 ダービーの言葉を、ナカヤマは笑い飛ばすようにハッ!と声を出したが、シリウスは……

 

「いや……わかる……私の『魂』の一部がどこかに消えちまった……クソ……

 どういうことだ……私の中で、何かが消えたッ! わからない……なんだ……これは……」

 

「お、おいおい、冗談だろ……」

 

 常に本気で生きており、ウソもハッタリも用いないシリウスの言葉にナカヤマは驚愕した。彼女がそういうなら……きっと嘘ではない。大切な物を……魂を奪う? そんなことが本当にあるのか? そう、ナカヤマが考えた時、ダービーは右手の上で輝くような金貨を弄んでいた。それには……シリウスの顔が刻印されている。

 

「とはいえ、年頃の娘さんの『魂』をすべて奪ってしまうというのも忍びない……

 だから、『魂』の一部だけをこうして奪い取らせてもらった……君は……なるほどシンボリルドルフというウマ娘に対して執着しているようだな……」

 

その瞬間、シリウスはハッとしたように顔を上げる。しかし、思い出せないのだ。いくら考えようと、ダービーが言った人物の事が。

 

「シンボリルドルフ……私は……だめだ、思い出せない……なぜだ……」

 

 シリウスと生徒会長シンボリルドルフの確執は学園で有名だ。というよりはシリウスが一方的にルドルフを嫌っているのだが……シリウスは冷や汗をかいて、シンボリルドルフの名を呼んだ。普段は決して口にしない、その名を。やはり異常だ。本当に、『魂』を奪われたとでもいうのか?

 

「今回ばかりは君の敗北だよお嬢さん。敗北者は……『大切な物』を失う。

 君もわかったうえでの勝負のはずだ。これに関しては一点の曇りもない。

 ……席を譲り給え。どうやらお連れさんが仇を討ちたがっているようだ」

 

「ク……」

 

 席を立つシリウス。そこに入れ替わりに座ったのは……ゴルシだった。

 

「爺さん、猫派だってのにシリウスを負かすとはやるじゃあねえかよ……燃えてきたぜ」

 

 ゴルシは、そういうとどこから取り出したのか犬のぬいぐるみを二つテーブルの上に取り出し、置いた。

 

「……アタシはアンタに『犬ゲーム』で勝負を申し込むぜッ!」

 

 同時、場によくわからない沈黙が流れ……

 

「……なんだねそれは。ふざけているのかね?」

 

 ダービーは怪訝な顔でゴルシに問いかけたが、ゴルシは真面目も真面目、大真面目であった。ゴルシは常に……真面目にふざけているのである!

 

「……どんな『ゲーム』でも良いって言ったのはあんただぜ……ドルビー……」

 

 ゴルシは、真剣にダービーに向けて挑戦的に言葉を放つ。その言葉には確かに勝負師としての矜持が感じられる……ような気もした。

 

「ダービーですよ、お嬢さん……しかし、私は『犬ゲーム』とやらのルールを知らない。

 それではさすがの私も遊びようがないな……」

 

 と、ダービーが漏らせば次の瞬間、ドンと取り出されたのは『犬ゲームのルール』と書かれたノートである。

 

「こいつが『犬ゲーム』のルールブックだ。時間はやる。それを読んで、アタシと勝負しろ。

 アタシの『魂』をかけてやるからよ……そのかわりアタシが勝ったらシリウスの『魂』を返せ」

 

「なるほど、面白い。このダービーにとっても初めてのゲームだ……犬に『スキル』を装備させ勝負をするのか」

 

 ルールブックを、速読するようにパラパラとめくるダービー。ほんの数分、工事現場から聞こえる物音だけが、その場を支配したが……ふいにフ、と笑みを漏らし彼は言うのだ。

 

「グッド。では勝負を始めよう。私の先行で構わないね?」

 

「もういいのか? じゃあよォ……来いッ! オービーッ!!!」

 

そして二人の『魂』をかけた『犬ゲーム』が始まった!

 

「オービーではないッ! ダービーだッ! 私のターン! まずは行動『散歩』を選択!

 スキル『忠誠心』によって『散歩』の効果が増加ッ!」

 

そういうスキル構成で来たか……ゴルシは相手のデッキを考察する。初手散歩……しかも忠誠心スキルを取っているという事は、かなり基本にオーソドックスに犬ポイントを積み重ね上げていくタイプのデッキと見た。そういう『型』に囚われたデッキは扱いやすいが、ゴルシの好む破天荒なデッキの最も得意とするところッ!

 

「じゃあアタシのターンだ! いきなりだが勝ちに行かせてもらうぜ!

 スキル『脱走』を発動! さらに『どろんこ遊び』+『くっつきむしまみれ』のコンボだ!」

 

「何だと……!」

 

「それだけじゃあねえぜ……私の犬は『帰巣本能』を持っているッ! これがどういうことか……わかるよな?」

 

 わからねえ……勝負を見ていたシリウスは、そう思った。いったい私は何を見せられているんだ……?

 

「フ……ゴルシの奴最初から初心者相手に飛ばすねえ……だがありゃ必殺のループコンボ……こりゃもう勝負は決まりだな……」

 

 一方、ナカヤマはルールがわかるようで。えげつねえな、などと漏らしながら勝敗を見守る。実際ナカヤマも『犬ゲーム』のプレイヤーであり、ゴルシの脱走を主軸としたデッキには何度も苦杯を飲まされているのだ。

 

「そしてッ! とどめだ!『土足で室内突入』を発動!これであんたの……」

 

「おっと……それは通さないよ。スキル『お風呂』を発動させてもらう」

 

勝負がひっくり返ったのは、その瞬間だった。ゴルシのデッキは奇襲性と爆発力にはすぐれるが、同時にそれを一旦防がれると弱いという欠点があった!

 

「何……じゃあアタシの『泥んこ遊び』と『くっつきむしまみれ』のコンボは無効化される!

 むしろ、『帰巣本能』で家に帰るたびに『お風呂』に入れられちまうじゃねーか!」

 

「フフフ……さらに『トリミング』および『恐怖の獣医師』発動……」

 

「な、何ィ―ッ!!!!」

 

 なんだかわからんがピンチなのか? シリウスはもう訳が分からんと言う顔で『犬ゲーム』の顛末を見守るがナカヤマなどは詳しく解説をしていた。

 

「……オーソドックスなスキル構成と見せかけて、防御寄りのトラップスキルデッキか……野郎、たったすこしルールブックを読んだだけでアレを思いついたってのか……!」

 

「『犬ゲーム』……最初こそ胡乱な響きに騙されそうになったが、よく練り上げられたデッキ構築ゲームだ……グッド、面白い」

 

で、どうするね、とダービーはゴルシに問いかける。ゴルシはぐぬぬ、と悔しそうに歯をかみしめたが……

 

「アタシの五目半負けだ……」

 

 その瞬間だった。

 

「グワーッ!!!」

 

 ゴルシも、シリウスと同様『魂』の一部を奪われてしまう。奪われた物がよっぽど大切だったのか、机に突っ伏してしまうゴルシ。

 

「ほおう……なるほど、この娘の大切なものは『メジロマックイーン』か……お友達が最も大事とは……なんとも美しい友情じゃあないか。さて、残りは君だよ……お嬢さん。ゲームを続けるかね?」

 

 シリウスの時と同じく、ゴルシの顔が彫られた金貨を弄びながら言い放つダービーの声色には、おじけづいたのなら逃げ帰っても良い、という風が言外に含まれていたが……ナカヤマはすっかり色を失ったゴルシを別の席に座らせると、凶暴な笑みを浮かべて席に着いた。

 

「上等じゃあねェか……勝負師の血が騒ぐぜ……当然『続行』だッ! だがッ!」

 

 といいつつ、ナカヤマは卓に残されていたカードを拾い上げる。一戦目のシリウスとの勝負のときのものだ。

 

「やはりな……『ワックス』と……それに『ストリップ』か……?

 典型的な『イカサマ』野郎だな……『無敗』が聞いてあきれるぜ……

 ま、『セカンドディール』をかましてる時点でそうだろうなとはおもってたが……」

 

「おや……」

 

 ほう、とダービーがナカヤマの言葉に感心したように声を上げる。ナカヤマが指摘したのはすべてトランプでのイカサマである。『ワックス』はトランプの一部にワックスを塗り、その質感を指で確認することで特定のカードを識別する事。『ストリップ』はカードを事前にカットして大きさを変え識別しやすくする事だ。そして『セカンドディール』は山札からカードを配る際、最も上のカードではなく二枚目やさらに下のカードを密かに配る事である。

 

「山札の一番上は……ダイヤの『A(エース)』……いきなりサマをかましたのは、一発でシリウスが勝っちまうからか……」

 

「なん……だって……!」

 

 そう、本来なら『ファロ』ではシリウスが勝っているはずだったのだ。だが、ダービーはイカサマによってその勝敗を捻じ曲げた。

 

「まさか卑怯とは言うまいね? ばれない『イカサマ』は『高等技術』だよ……

 ギャンブルは泣いた人間の敗北……見抜けなかった人物が悪い……それが私の考えさ」

 

「いや……ただ、あまりにもセコくて笑いそうになっただけさ……だが、これでわかったろ。

 私にゃ、サマは通用しない。あんたの『実力』をみせてもらおうか……!」

 

 ダービーは傲慢にチョコレートを齧りつつ、ナカヤマの啖呵にフンと鼻を鳴らす。対するナカヤマは、テーブルの上のイカサマトランプを腕で払い落し、ドン、とグラスをテーブルに置くと、そこにコーヒーをなみなみと注いだ。

 

「私とはこいつ……『グラスとコイン』で勝負してもらう。知ってるだろ……水の表面張力ってのは結構強力でね……満杯だとしても……いくらか余裕があるのさ。そこに交互に『コイン』を入れていき、あふれさせた方が負け……私はこいつで『魂』をかけてアンタと勝負をする」

 

 勝負師ナカヤマの言葉に、間髪入れず、ダービーは言い放つのだ。

 

「グッドッ! 強気なお嬢さんだ……だが、これは私も得意でね。昔にはギャンブルにも百戦錬磨のニューヨークの不動産王を負かせてやったこともある……」

 

 と、ダービーはグラスを持ち上げ、検分するように観察をし始める。コーヒーを注いだポットなども同様だ。

 

「当然だが、これは君が持ちかけてきたゲームだ。イカサマを警戒させてもらうよ……いいだろう?」

 

「勝手にしろ……」

 

 ダービーはおおよそ5分もの時間をかけてグラスとポット、そしてテーブルを点検し終えた。その間ナカヤマは工事現場から聞こえてくるドリルの音にうるせぇ……とぼやいたのみ。

 

「異常がないのは確認させてもらったよ。ではオープン・ザ・ゲームだ……。

 そうだな、先行と後攻はどうする? このゲームにおいてはこれも重要な要素だが……」

 

「サービスだ。好きな方を選びな……」

 

 ナカヤマはダービーにそう言い放つ。勝負師にとっては、どちらでも関係がないとでもいう風に。

 

「では、私が後攻で入れさせてもらおう……まずは君のお手並み拝見だ」

 

 ダービーは、背もたれに体を預け、チョコレートを齧りながらナカヤマの行動を見守る。ナカヤマは、フン、臆病だねェ……と笑い……用意したコインを一気に5枚取ると、それを慎重にグラスの中に落とし入れた。

 

「……ふゥ、たまらねぇな。スリルってのはよ」

 

「……初手から大胆にプレッシャーをかけてくるものだ。では私は一枚だけにしておこう……ギャンブルは時に臆病すぎるぐらいがちょうどいい」

 

 ダービーも一枚だけのコインをナカヤマ以上に慎重に、グラスにゆっくりと落とす。とぷん、とコーヒーが音を立て、しずかにコインを飲み込んだ。再び、ナカヤマのターンだ。

 

「もう五枚……」

 

「何ッ!?」

 

 ナカヤマは、さらにコインをひっつかみコーヒーの中に入れる。こいつ……相当リスクを度外視したヒリついた場が好きと見える……とダービーは思考を巡らせたが、同時に、こいつは勝負師と言うよりスリルジャンキーの類だ……とアタリをつけ、勝利を確信した。

 

(スリルジャンキーは……勝負ではなくスリルを楽しむ……ギャンブラーとは呼ばない。

 こういう手合いはギャンブルで破滅する自分に『酔える』タイプ……)

 

とぷん、と音を立ててグラスの中に大きな波紋を生じさせつつ、辛うじてコーヒーがコイン五枚を受け入れる。

 

「なんて心臓だ……自滅しかねないというのに……」

 

「必ず勝つ勝負なんてつまらねェだろ……こういうギリギリの手が私は好きなのさ」

 

 本来なら、もはやこれ以上表面張力は持たない。あと一枚でもコインを入れれば、グラスの縁からコーヒーは溢れるだろう。だが、ダービーには秘策があった。

 

「ここからでは太陽の光で少し入れにくい……場所を変えても?」

 

「いいぜ……あんたのやりたいようにやればいい」

 

 そう言って、ダービーは場所を移動する。そして、イカサマがないか検分すると言ってグラスを調べる際に、密かにグラスの底に貼り付けておいた『チョコレートのカケラ』に太陽の光を当てた。そう、三十年まえ、エジプトで例のニューヨークの不動産王にして策略家『ジョセフ・ジョースター』に勝利したときと同じイカサマ。チョコレートを溶かして、傾きを調整することによりグラスの表面張力に余裕を持たせる作戦。

 

「……フン、やっぱりな。しかけてくるとおもったよ……だがいいのか。そんなにチンタラしててよ……」

 

 その時だった。

 

 ――ガァン! 大きな音が工事現場から響き……グラスが揺れた! 瞬間、コーヒーがグラスの縁からわずかにこぼれる。

 

「な、何ィ―ッ!!!?」

 

「……ばれなきゃイカサマじゃあねえなんて言い放つ相手にイカサマを警戒するのは当然のこったろ……チョコレートの仕掛けなんざバレバレだよ。ウマ娘の嗅覚なめんじゃねえぞ……」

 

 そう、ナカヤマはダービーの気性を読み、何らかの罠を仕掛けてくると考えて、それを逆手にとったのだ。

 

「近くの工事現場にゃ、デカい杭打機なんかもあったからな……チンタラ溶けるのを待ってりゃ、それで地面が揺れるか……あるいは砂利満載の10トントラックでもそばを通ってこれまた揺れるだろ。それだけのハナシだ……」

 

「グ……」

 

 悔し気にテーブルをたたくダービー。瞬間、テーブルに置かれていた金貨からシリウスとゴルシのレリーフが消え去り……

 

「お、思い出したッ!!! 野郎、思い出したら逆にムカッ腹たってきたぜ……!」

 

「あー! マックちゃん! そうだ、アタシの大切な物……!」

 

 二人の失われた魂の一部が戻ったのか、ハッと気がついたように顔を上げるシリウスとゴルシ。

 

「……これでイーブンと言うわけだが……ゲームを続けるかね?」

 

 雪辱に震えながら、ダービーは当然、ゲームを続行するだろう?と言う風に聞くが……

 

「『だが帰る』」

 

 ナカヤマは興味を失ったかのように、席を立ち踵を返した。

 

「何ッ!? 臆したのかッ!」

 

「あのなァ……あんたの『持論』……そりゃたしかにそうだよ。

 『イカサマ』を見破れねー奴が悪いってのはな……だが、私は『ヒリつくような勝負』が好きで

 『勝負師』をやってんだ。『勝ち負け』だけが問題じゃあねーんだよ……」

 

ハァーッ、とため息をつきながらぐしゃぐしゃとニット帽越しに頭を掻くナカヤマ。

 

「『自分の実力』で『勝ってこそ』……『勝負』はおもしれェんだ……。

 ここんとこは意見の相違ってやつさ。あんたは『イカサマ』も『実力』だと考えてるんだろうが……私は違う……それだけのハナシさね」

 

そう言って、去っていくナカヤマにシリウスとゴルシも追随する。後に残されたのは、雪辱に震える老人が一人。

 

「やっぱ、私と『ダービー』ってのは相性悪ィみたいだなァ……」

 

そうつぶやくナカヤマは、ひりつくような勝負を探し……トレセン学園へと戻るのだった。

 

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