府中、日本ウマ娘トレーニングセンター学園――通称『トレセン学園』は全国のレースに携わるウマ娘の憧れである。
そのことは笠松を始めとして、日本各地に数か所あるトレセン学園のどれもが基本的に地名で呼ばれるにもかかわらず、府中のそれは『中央』あるいは『トレセン学園』と代名詞のように呼ばれることからもわかるだろう。とはいえ、国民的スポーツエンタメであるトゥインクルシリーズにウマ娘たちを送り出すトレセン学園は朝から晩までトレーニングに明け暮れているわけではない。中高一貫校として、ちゃんと英数国社理といった通常の授業もありそれに加えて、スポーツ科学といったアスリートのための座学もあるし、成績が悪ければ補習や追試などを受ける場合もある。
マンハッタンカフェはその日、トレセン学園の『地域貢献』の一環である、『広域地域清掃』に参加していた。学園はこうした地域に溶け込む努力も怠っておらず例えば他にも春の『ファン大感謝祭』、秋の『聖蹄祭』などはトゥインクルシリーズで活躍しているウマ娘に直接会えることからファン垂涎のイベントになっているそうだ。
「……ふう、こんなものでしょうか」
商店街の片隅の年季の入った小さな神社の清掃担当となったカフェは、額の汗をぬぐいながら一息つく。この神社は『縁結び』の神様が祀られているらしいのだが、2年ほど前に宮司さんがお亡くなりになって以来、管理者がおらず商店街の有志で掃除などをしてはいるが、どうしても手が回らない事も多く、草や蜘蛛の巣だらけになっていたのだという。
「しかしやっぱり来ませんでしたね……全くタキオンさんったら……」
黄金の瞳をじとーっとさせて思い出すのは昨日のアグネスタキオンである。広域地域清掃の話を聞いたタキオンは露骨に嫌そうな態度で『行けたら行く』などといっていたが、行けたら行くというのはだいたい来ないものである。最初からカフェは諦めていたもののやっぱりすっぽかされると気分が悪いものだ。
「とりあえず大方終わりましたし。商店街の人に報告しましょう……その前に……」
カフェは、すっかり見違えるようにきれいになった神社の小さなお堂に向けて手を合わせて。
「たしかここは『縁結び』の神様なんでしたね。いいご縁がありますように……」
目を閉じて、軽くそう祈ると抜いた草や落ち葉の入ったゴミ袋と竹ぼうきを両手にこの周辺を清掃するウマ娘の世話係となっている商店街の青年会役員の所に向かうのだった。
◆◆◆ マンハッタンカフェは動じない #018 『人の縁』 ◆◆◆
「あッ、もしかして貴女、菊花賞ウマ娘のマンハッタンカフェさん?」
「はい……?」
青年会の役員さんに諸々を報告し、道具を返却したカフェは学園に戻る途中、ふいに声を掛けられた。それはいかにもパパラッチと言う風なカメラを首から下げた男で、慣れ慣れし気に近づいてきてまずは一枚とばかりにカメラを構えた。
「や、やめてください……!」
カフェが手をかざしてカメラのレンズを遮る前に、パシャリとシャッター音。こういう手合いは、アイドル的人気を獲得する者も多いウマ娘の事、トレセン学園周辺には多くうろついているのだが大抵はたづなさんをはじめとする学園講師陣などに追い返されたり、生徒会にお帰り願われたり、ゴールドシップに吹き飛ばされたりしているのだが……今日は地域清掃にでたところを狙って、写真を撮ろうと張っていたというところか。
「恥じらう顔も可愛らしいじゃあないの……こういうのはマニアに高く売れるよお。もう一枚! ネ、もう一枚くださいよ!」
「本当に、やめて――」
迷惑なパパラッチに困惑したカフェは、その場から走り去ろうとする。しかしその時、パパラッチの後ろから肩を掴む男の姿があった。
「いてえッ!? な、なにすん……だ……」
振りむき、凄むパパラッチの勢いはまさしく竜頭蛇尾が如く、一瞬で消え去った。その人物は身長190cm近い男で、丸刈り、顔中にピアスを開け、喉元には『CUT HERE』のタトゥー。その他、右腕も十字架とドクロのタトゥーでおおわれていたいかにもな人物であったからだ。
「その子よォー……嫌がってんじゃあねえか? エ? オッサンよォーッ……『パパラッチ』ってやつかぁ? 年頃のオンナノコ狙って、『変態野郎』がよ……」
「ひえ……す、スイマセンッ!」
パパラッチは、ヤバそうな男に目をつけられ……平謝りしながら、私のもとから去っていく。私もどさくさに紛れて、立ち去ろうかと思ったが見た目は危なそうでも、助けてくれたのだ。人を見た眼で判断するのは良くない……そう思い、ありがとうございます、と一言言っておこうとした、その時だった。
「わ……!」
――ドン!
一瞬で、その助けてくれた男に壁まで詰め寄られてしまう。私はコンクリート塀を背に、思わず硬直し、目を見開いた。
「ところでよォー……君可愛いねえ? いくつ? マア、マア、マア、マア、そういうのはいいのよ。この後ちょっと『メシ』でも食いに行かない? 丁度昼でしょ? 『助けてあげて』……『恩着せがましい』かもしれないけどさァ?」
早口で話しかけてくる男。混乱した私は、その言っていることの半分は分からなかったが……この男は『ヤバイ』。そう感覚的に感じて、咄嗟に姿勢を低くして駆け出した。
「おい、待てよォ!!!」
後ろで、男の声がする。追いかけてきているようだが、ウマ娘の中でもトップクラスのG1ウマ娘であるカフェに追いつけるはずもなく、その声は空しく小さくなっていった。
「ハァーッ……ハァーッ……全くもう、今日は厄日というやつかもしれません……」
息を整えるカフェ。少し、喉が渇いてしまった。丁度近くにコンビニ『オーソン』がある。トレセン学園近くの、カフェも何度も訪れたことがあるなじみの店だ。安心感を感じたカフェはオーソンに入ると、冷たいお茶のペットボトルを一本購入し、何のこともなく、会計する。
「…………?」
と、何度か見かけたことがある青年店員が妙にきょろきょろとしながらお釣りと一緒に何かの紙切れを出してきた。最初はレシートかと思ったが、それはどうやらメモ帳の切れ端のようであり……
「……『ファンです。ご連絡お待ちしています XXX-XXXX-XXXX』」
どうやら男の連絡先の番号が書かれていたようで、読み上げられた男はアハハ、と照れ隠しの様に笑ってみせたが……さすがにこれはカフェもドン引きである。ファンとして応援してくれるのはいい。だが、連絡先まで渡してくるのは『下心』というモノが見え見えすぎる。
「すいません、こういうのはちょっと……」
「え、あ……そうですよね。困りますよね……ごめんなさい……」
カフェが困ったようにそう告げると、男はそそくさとメモ用紙を取り下げた。げんなりしながらオーソンから出ると、このお店、しばらくは行きづらいな……とため息をついた。とにかく、学園に戻ろう……そう思って、歩き出した時のこと。
――ドンッ!
「わ、すいませ……」
「痛えッ! どこ見て歩いてんだこのスッタコがッ!」
今度は、スカジャンを着て、グラサンを架けたこれまたチンピラ風の若い男でぶつかられたことに腹を立て、唾を飛ばしながらカフェに怒声を浴びせ――
「えーーーーッ! 待ってッ!? マンハッタンカフェさんスかァーッ!?」
「あ……はい、そうですけど……」
男はがらりと態度を変えた。トレセン学園の近くに住んでるけど、初めて本物見たよォーなどと騒ぎながら。
「俺、大ファンなんスよォーッ! 菊花賞も有マ記念も実際に見に行ってッ! 本人に言うのは恥ずかしいンスけど、グッズまでちょっと揃えちゃってね……!」
そう言って男が取り出したスマートフォンにはぱかプチストラップの私がつけられており。
「いきなりですんません、何かの『縁』ですし『写真』いいスか?」
「あ、はい、構いませんけど……」
パパラッチに勝手に撮られるのは嫌だが、ちゃんと申し込まれたのなら悪い気はしない。これも広い意味での社会貢献?になるかもしれないだろうし。とカフェは写真撮影に応じた。実際、撮影と言っても簡単なものでスマホでツーショットを一枚取り、解散というもので。
「次走、いつかまだわかんないんでしたっけ? とりあえず頑張ってくださいッ!」
「……有難うございます」
写真を撮り終えた私は、ぺこりと頭を下げてトレセン学園へと戻るべく去っていく。
「ハァーッ……ますますファンになっちまったよォ……俺にもあんな彼女がいりゃあなあ……」
……男は、スマートフォンの画面を見ながら呟いた。
「……ただいまです」
なんだか清掃以上に対人対応でどっと疲れてしまった私はいつもの理科室に入ると同時に、ぽふ、と。ソファに倒れ込んだ。
「おや、どうしたんだい。お疲れのようだねえカフェ」
「半分は清掃に来なかったタキオンさんのせいですよ……」
冗談交じりに皮肉を飛ばすカフェだったが顔だけをタキオンの方に向けた際に、いつもはいない誰かが部屋にいるのに気づき、わ、と驚いて居住まいを正した。その人物は、たづなさんと中年の身なりのいい男性でいかにも金持ちと言う風だ。
「そうそう、カフェ……君にお客人が来ているそうだよ」
「す、すいません……! 変なところをお見せしてしまって……!」
タキオンさん早くいってくださいよ! と内心カフェは思った。
「お疲れのところすいません! タキオンさんの言う通り、カフェさんにお客様がお越しになっています。こちら『シュンエイ芸能プロダクション』の根岸さんです」
「ご紹介にあずかりました……『シュンエイプロ』の根岸です。よろしくお願いします」
『シュンエイ芸能プロダクション』……私でも知っている超大手の芸能プロダクションだ。引退後のウマ娘のプロデュースなども多く扱っていることからトレセン学園ともパイプが太い、と言う話も聞く。
「早速ですが、用件を申し上げますと……マンハッタンカフェさんは『女優業』にご興味はありませんか?」
「え……はあ……『女優』ですか」
芸能プロダクションの人が来ているのだ。当然、タレント活動とかそういう話だろうとは思っていたがいざ持ち掛けられると我ながらなんとも要領を得ない返事しかできないものだ。
「『シュンエイプロ』ではウマ娘さんたちの『タレント活動』のサポートを行っているのですが……今回はどちらかといいますと、『映画』の『出演交渉』と言う形ですね。ウマ娘をモチーフにしたとある映画のキャスティングで、『主演』をぜひお願いできないかと……」
「ま、待ってください……『映画』の『主演』!? 私、演技の経験とかは全くないんですけど……」
流石のカフェも驚いて、根岸という男に聞き返してしまう。なんでも根岸はシュンエイプロ映画部門のスカウトでこの前の『有マ記念』を見たとある監督が、カフェのミステリアスな雰囲気にほれ込んでぜひとも主役のウマ娘役に抜擢したい、と話しているそうなのだ。
「大丈夫です。ウマ娘さんたちは常日頃ウイニングライブの練習などでボイストレーニングなどもしてますから、声に張りがあって演技もすぐにうまくなるんですよ。ウチは引退ウマ娘を何人もタレントや女優として育て上げているノウハウもありますし……」
「うーん、ちょっと考えさせてください……」
さすがにいきなりこういう話を持ち掛けられては、返事に困ってしまう。受けるにしても断るにしても、これはトレーナーと相談すべきだろう。カフェは、その場で返事をすることは控えとりあえずこの話は持ち帰ってもらう事にした。
「さすが、有マを獲ったウマ娘は違うねえ……ふふ」
タキオンは我々が話をする間背を向けたまま実験を続けていたが、その言葉には喜色があった。彼女は気難しい変人と言う扱いをされがちだが、こと私の事に関しては自分の事のように喜んでくれる。これで日常生活ももう少し真面目ならなあ……と思いつつ。
「評価されることはうれしい事ですね……でも、びっくりしましたよ。『映画』だなんて……」
その日は、そんな事を話し合いながら何事もなく、過ぎていったのだが……
「……取材の申し込みが9件、グラビア写真集の撮影というのが2件、TV局からのオファーが4件、CM出演依頼が5件、イメージキャラクター就任依頼が2件……大手シューズメーカーからマンハッタンカフェイメージモデルのシューズを作らせてほしいという依頼も……その、どうしましょう?」
「ええ……」
日刊トゥインクルやその他ウマ娘系雑誌のインタビューは菊花賞や有マ記念後にはよくあったものだが……それも落ち着いてきたタイミングでいきなりなぜ? というのがカフェの正直な感想だった。たづなさんもこれには困惑気味で、どうしたんでしょう……と疑問符を浮かべる始末。とりあえずグラビアは即、断った。
カフェはトレーナーとも相談し、とりあえず当面のトレーニングに影響のない短時間で済む取材やイメージキャラクター就任だけを受けて、他は断ることにした。
(本当に、急に何で……)
学園の外周を軽く流すジョグで周回していたカフェは昨日からの急な取材攻勢に少し、不気味な物を感じて。信号待ちの間に、そう考えていた時だった。
「あぁ……!」
「危ない……!」
隣にいた老婆が、青になった信号を渡ろうと踏み出した際、段差に躓いて転びそうになる。カフェは老婆を咄嗟に支え、抱き起こす。
「す、すいませんねえ……」
「いえ……大丈夫ですか? お怪我などは――」
その時、今度は後ろから来ていた歩行者が、スマホのながらみをしていたせいかカフェにぶつかる。カフェは小柄ながらアスリートであり、ほんの少しふらついただけで態勢を立て直した。
「アッ!? すいません! 不注意で……!」
「ああ、いえ、お気になさらず――」
次の瞬間!
「うわッ!?」
これまた、スマートフォンを運転中にながら見していたマウンテンバイクがカフェに激突寸前で急停止!
「スイマセンッ! 怪我とか! してませんかッ!」
乗っていた青年は、カフェを気遣い、声を掛けてきたが……
(な、なんです……これ……おかしいッ! 何かがッ! 『奇妙』だッ……!)
カフェは、違和感に気づく。まるですべてのものが『自分』に引き寄せられているようだ。偶然なのか! それとも何らかの意思が働いているのか! 『人が寄ってくる』ッ! そう気づいた瞬間だったッ!
「ハッ!!!」
――プアーーーーッ!!!!!
青信号になった直線を、自分に向けて恐るべきスピードで『軽トラック』が突っ込んでくるッ! 運転手は恐怖にひきつった表情でクラクションを連打! ブレーキは……効かないのかッ!
瞬間、カフェの時間が鈍化した。極度アドレナリン分泌。どうすべきか。逃げる。一人で? ダメだッ!!!
――カフェはまず蹴ったッ!マウンテンバイクをッ!まるでドロップキックの様に両足でッ!
当然、マウンテンバイクは跨っていた青年ごと吹き飛ぶッ!これで青年は轢かれることはないッ!そのまま、三角飛びめいてカフェは反動跳躍! 右手にぶつかってきたスマホの男、左手に老婆を抱え――横っ飛びにジャンプ! その後方3㎝の距離を、ガオオンと猛獣めいた危険なエンジンのうなりを響かせながら軽トラックが通り過ぎ、茂みに突っ込んでなお数m進み……止まった。
「ハァ……ハァ……ハァ……」
擦り傷程度はあるが、マウンテンバイクの青年も、ぶつかってきた男も、老婆も大きなけがはしていないようだ。軽トラックからも男がよろよろと降りてくる。
「『ブレーキ』が急に効かなくなってッ! 大丈夫かッ! 怪我無いかッ!」
その言葉を聞く前に、カフェは弾丸のように駆けだしていた。
坂を駆け下り、交差点を右に曲がり、幼稚園の側を通り抜けて、住宅街を通り過ぎ、公園を突っ切って――カフェは『商店街』を目指す。そして、人気のない路地に入った時だった。ふいに、目の前を塞ぐものがあり、カフェは立ち止まる。
「けっへへ……やぁっと見つけたぜェ……アンタ、有名なんだって? マンハッタンカフェ、さんだよな、ヒヒ……なア?」
それは昨日、パパラッチから最初に助けてくれた『ピアス男』だった。改めてカフェは思うが、こいつは――イカれている。完全にヤバイ。その証拠に、片手には抜き身の大きな『軍用ナイフ』。
「これから付き合ってよ……『助けた』ろ……『パパラッチ』からよォォォォ……行こうぜ? ナア? 悪いようにはしねえからよお。かっこいいだろ? このナイフだって趣味なんだ。『米軍』の払い下げ品でさア……脅そうなんて気はこれっぽっちも……」
ウマ娘がいくら身体能力が優れているとはいえ、あんなナイフで刺されてはひとたまりもない! だが、幸い逃げ道はある。今から全力で後ろに走って『通報』――
「オイオイオイオイオイオイオイオイ……」
と、後ろからも声がした。そこには、スマートフォンで昨日写真を撮った大ファンだ、と言う男。これまたその手には――スタンガンが握られていた。
「俺の彼女になにしてんオラーッ!!!?」
「は!?」
開口一番、言い放つ男にカフェも目を点にしてしまう。
「やっぱさァ、昨日の『出会い』は『縁』だと思うんだよね。こういうピンチに出会ったのも……俺って『白馬の王子様』みたいだろォ? だからよォ、付き合ってくれよォ!!!」
ヤバい、こいつもいろんな意味でヤバい奴だ。それにこのまま放っておけば、確実にここで刃傷沙汰が起こってしまう!どうすれば……!?
「ま、まてぇ!!!」
更に路地の横道から現れたのは、あの連絡先を渡してきたコンビニ店員だ。その手にはピアス男のナイフには劣るが、これまた鋭利そうな包丁である。
「ま、マンハッタンカフェさんは僕のものだ! 僕のものだぞ!
恋人になってくれないなら……君を殺して僕も死ぬんだ!!!!」
「ええ……」
カフェはこの状況に、空恐ろしさを感じながら……同時にドン引きした。まさかこれほどの『悪縁』を引き寄せてしまうとは。どうすればいい? 本当に、どうすればいい……? そう、この結果は昨日の『縁結び』の神社の仕業だ。きっとカフェはそこの『神』に目をつけられてしまったのだろう。
きっと『神』からすれば、久しぶりに奇麗にしてもらった『恩返し』のつもりなのかもしれない。しかし『良縁』も『悪縁』も関係なく……兎にも角にも『人の縁』を結び付けようとするのは勘弁してもらいたいッ!
「なんだァーてめェらァ―ッ!!!」
ピアス男が激昂し、ナイフを振り上げる。その目標は――
――バラバラバラバラ。
その時だった。ナイフを振り上げたピアス男は顔面を『本』と化して崩れ落ちる。同時、あの大ファンの男も、コンビニの店員も、同様に。
「間に合ったようだねェ……」
「ああ……全くだ……僕が近くに偶然いなければどうなっていたものやら」
当然、そこにいるのはアグネスタキオンと、岸辺露伴! そして、マンハッタンカフェのトレーナー! タキオンは……カフェの様子……というよりはいきなりの大取材攻勢を不審に思い、少し後をつけていたのだ。そして、露伴はいつもの取材のためにトレセン学園に丁度向かっていたところを、タキオンに呼び出されただけに過ぎない。トレーナーも、タキオンが呼び寄せたものだ。
「なるほど……『悪縁』だけではなく『良縁』も呼び寄せる……」
「ふぅン……その様子じゃ、すでに原因にはアタリをつけているようだねぇ」
カフェは、三人に自分の考えを説明する。この近くにある商店街の『小さな神社』のご利益のせいではないか、と。
「なるほどね……『神道』の考え方では『神』は『荒魂』と『和魂』の二面性があるとされているし……民俗学では……例えば河童などは落ちぶれた水神の末路であるとする資料もある……もともと『神』なんてのは人間の都合を考えないものだ。どういう理由で『加護』を……あるいは反転して『害』を成してくるかは人間には分からない領域……まさしく神のみぞ知るという訳だ」
露伴は、襲撃してきた男たちの記憶を読みながらついでに『マンハッタンカフェへの執着を失う』と書き込んでおいて。トレーナーはその間に、警察へ連絡しておいた。すぐさま警察がこの場に来るだろうが、その前にこれ以上『悪縁』を呼び寄せられてはたまらない、とカフェは商店街の小神社を目指す。幸い、今回はこれ以上の『悪縁』が訪れることはなかった。
カフェは、小さな本殿の前で再び手を合わせて。
「……もう私には十分に『良縁』がありますから、無理に願いをかなえようとしないで。あなたの気持ちは十分伝わりました」
瞬間、その言葉に答えるように、さあ、と清い風が吹いた。
それから。
「………………」
カフェは静かな理科室で、コーヒーのかぐわしい匂いを楽しみながらピンクダークの少年を読んでいた。今日の豆はカロシ・トラジャ。タキオンさんの実験で沸き立つビーカーのこぽこぽというおとに、露伴先生のGペンが原稿の上を滑らかに滑っていく音も、今となってはもはや日常の一部で心地よい。
もはや取材攻勢は収まり、こうしてカフェは普通をとりもどしたのだ。午後には、トレーナーの次のレースに向けての特別メニューも待ち受けている。
「非日常を味わってこそ、日常の大切さがわかる……といいますが、本当に」
カフェはそう呟くと、ううん、と腕と背を伸ばしコーヒーをもう一杯啜った。
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