マンハッタンカフェは動じない   作:むうん

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#019『禁止表現』

「読むと様子がおかしくなる同人誌の噂……ですか?」

 

 その日、理科室を訪れていたのはアグネスタキオンと同室のウマ娘『アグネスデジタル』だった。彼女は自身がウマ娘でありながら、学園屈指の『ウマ娘オタク』として知られ、本人曰く趣味で同人誌を出版したりもしているだけのごくごく普通のウマ娘……であるらしいがその実力は生徒会にも知られるほどの折り紙付きだ。

 

「はい……そのう……こういうのを持ち込んでしまうのは、私としても心苦しいのですが……あのう……」

 

「デジタルくん、大丈夫だ。カフェに話してみたまえよ。彼女は君の言うような『奇妙』なものにはめっぽう強いからねぇ……先達やその道の専門家の見解というのは聞いておくべきものさ」

 

 今回、デジタルが理科室を訪れたのはタキオンの勧めも大きかった。デジタルは常日頃タキオンの世話を焼いており、タキオンにとっては彼女のトレーナーと共になにかしら恩を感じている一人でもあった。故に、その悩みを聞き、内容から自分の相方であるカフェを紹介したという訳だ。

 

「は、はい……私、僭越ながらウマ娘ちゃんたちの……『同人誌』を作って、それを即売会などで売らせていただいてるのですが、同人界隈で、最近妙な噂があるのです。いつのまにか、荷物に『変な本』が紛れ込んでいて、それを読むと『おかしくなる』という……」

 

「ふむ、つまりは『知るな』『見るな』といったたぐいの『禁忌』ね……なぜそれが同人誌即売会の場に現れるのか……は分からないが、よくあるタイプのものだな。例えば、詳しい場所は伏すが、かつて僕が取材に行ったところでは『見てはいけない祠』というものがあったよ。しっかりとスケッチをさせてもらったがね」

 

 デジタルの言葉に反応したのは、タキオンの紅茶を分けてもらって飲んでいた露伴である。ネタさえあればどこにでも取材に赴く露伴も、こうした文化や民俗学的な話にはなかなか強く、それに漫画関連文化と言う事もあって興味を示したようだ。

 

「やはり紅茶はアールグレイがいいな。タキオン君の様に砂糖でぐちゃぐちゃにしてしまっては風味も何も……まあそれはいい、『おかしくなる』って……どう『おかしくなる』んだ?」

 

「ひょ、ひょわ……き、岸辺露伴先生に直接お声がけいただけるとはきょきょきょ恐縮の至りでありまして本日はお日柄も良く……」

 

 タキオンの険悪な目つきに気づき、露伴は冗談だよと鼻で笑いながらデジタルに話しかけたが、当のデジタルは緊張のあまり使い物にならなくなっていた。デジタルもご多分に漏れず大御所漫画家である岸辺露伴の大ファンであり、原稿用紙何枚にも及ぶ感想文をたまにファンレターとして送ったりしていたものだからだ。今のデジタルはこっそり活動をやっていたら公式に良い意味で目をつけられ、声を掛けられたファンの挙動であった。

 

「ええと、その……それが具体的には『わからない』のです……ただ『とある大手サークルの代表さん』は、それで活動をやめてしまったんです。なんでも『この世の真理を探しに行く』とか言って……連絡まで取れなくなってしまったそうで……」

 

「要領を得ない話だな……そのサークルの代表とやらもただ単に同人活動から離れたかっただけじゃあないのか?」

 

「いえ! それは考えられません! その代表さんはとても情熱を持って活動されていた方で、既に新刊も書き上げて直近の即売会にも出る予定だったんです」

 

 何とか落ち着きを取り戻したデジタルの言に、露伴はそんなものかね……と返し、とりあえず彼女の証言を何かネタになるかもしれない、と考えてメモにとりつつ。露伴にとっては創作欲の減退というのは未だ感じたことがないためよくわからないが、他の者にとってはそういうものはあるらしく、そういう類ではないかと思いはしたが、きっと彼女が違うというのなら違うのだろう。何しろわからないしな。と露伴は一応納得した。

 

「ということで、だよ……露伴君、次の同人誌即売会に出てあげてくれ給え。

 というよりはもう、こちらで参加申込書を作って送っておいたよ」

 

「……おい、オイオイオイオイオイ。何を勝手に決めてくれてんだァ―ッ!?」

 

 と、ふいに投げかけられたタキオンの言葉に露伴は驚くしかなかった。露伴にとって、同人誌即売会に出るなど全く経験のない事柄だ。と言うより問題はそういう事ではない。『勝手』に『自分の予定』を『他人』に『決められる』のが嫌なのだ。

 

「……そ、そうですよねェ―ッ! プロの! 公式様に! 勝手に即売会に出ろなんてッ! ああっ恐れ多い! 恐れ多い! なんということを! ファンの立場から公式に働きかけるなんて! なんとおこがましい!」

 

 などと、デジタルはその場に土下座を繰り返していたが、タキオンは特段慌てた様子もなくむしろニヤついて露伴にこう返すのだ。

 

「これは取材と考えるべきだよ露伴君。同人誌即売会、そして謎の怪異……立派な取材テーマになりそうじゃあないか?」

 

 タキオンにとってはむしろ、以前勝手に本にされたことやなにかにつけてカフェに絡んでくる露伴に対する嫌がらせのようなものであったが、一応はルームメイトの悩みを解決してやろう、という考えもありはした。

 

「そういう問題じゃあないッ! わざわざ出る必要はないだろッ! それに勝手すぎるぞ。この僕はプロの漫画家……つまり『社会人』なんだッ! その日に出版社なんかとの予定が入っていたらどうするつもりなんだッ!?」

 

「予定の点については君の担当と既に確認済みさ。泉君だっけ? その日入ってる予定はない。寧ろ彼女は、最近はプロでも同人誌即売会に出たりすることがあるし、意外性で逆に普段ピンクダークの少年を読まない層へのPRになるかもしれない、と乗り気だったが……編集部的にも、特に問題はないそうだ」

 

「何ィ―ッ!!?」

 

 自分を蚊帳の外にして勝手に物事が進められていく。これは露伴の嫌いな展開に他ならない。露伴は、あとで担当の泉に説教の一つでもしてやろうと思いながらも、直近の即売会をスマートフォンで調べてみる。おおよそ1か月後。

 

「……クソッ、もうネットで話題になってるぞッ! 『岸辺露伴、同人誌を売る』とかなんとかッ!」

 

「全く、君は往生際が悪いねえ。ここまで来たんだから出てあげればいいじゃあないか。それともアレかい? もし同人誌が『売れない』とか……そもそも『間に合わない』なんてのが怖いのかい?」

 

 タキオンは、露伴を煽っていく。露伴はかなり負けず嫌いなタイプで……ある意味では子供っぽい所がある。それに斜に構えた態度をとりがちで人見知りもするが、善意などがないわけでもない男だ……ここまで追い詰めてやれば……

 

「……こと漫画に関してこの岸辺露伴を舐めるなァーッ!!! この僕が連載を落としたことは、腕を負傷したとき以外無いッ! たとえ一日で原稿を仕上げろと言われたって、間に合わせて、その上で『面白い』と言わせてみせる自信があるッ!」

 

 そう言うと露伴は、不機嫌さを隠さず自分の執筆スペースに向かうと、すさまじい勢いで原稿を書き始めた。

 

「と、いうことで露伴大先生の新刊がきまったようだよ、デジタル君」

 

 デジタルからの返事はなかった。申し訳なさと自分のスペースで公式である露伴先生が同人誌を売るという僥倖の板挟みになり、口から魂がはみ出ていたからである。

 

 

 

◆◆◆ マンハッタンカフェは動じない #019 『禁止表現』 ◆◆◆

 

 

 

 その日、ウマ娘の聖地とも言える府中で長い歴史を誇る同人誌即売会『府中ウマ娘ごった煮ステークス第48R』はかつてない盛り上がりを見せていた。

 

「えー……岸辺露伴先生、アグネスデジタル先生の合同サークル『リアリティ』の最後尾はこちらになります~」

 

 会場の外まで突き抜けてしまう程の長蛇の列。これらは当然、超人気漫画家である露伴の特別描き下ろし同人誌である『ピンクダークの少年#EX ウマ娘の秘密特別編』が目当ての列。『あれ』から、一時間もかからず露伴が書き上げた同人誌は全編カラーで、本誌掲載分と寸分変わらぬクオリティのすさまじいものであり……見本カットをデジタルが己のサークルの宣伝用ウマッターアカウントで投稿したところ数万RT、十万以上のウマいねがつく大バズりとなった。

 

「ひ、ひええ……えらいことになってもた……」

 

 そもそも売り子を務めていたアグネスデジタルもあまり自覚はないが一線級のG1ウマ娘であり、オタ活も活発なことからファンも多く、その相乗効果で今までにないほどの人数が集まった格好だ。

 

「すいませェーん! 露伴先生、ついでにこれにサインいただけませんかァ~ッ? 音石くんへ、って入れてくださいーッ」

 

 ギターを携えた青年が、購入したばかりの露伴の同人誌を差し出し、頭を下げる。オタ活において、後が空いているときに多少の会話だとか、あるいはサイン承りますとかサークル側で書いているならまだしも、この満員状態でこの申し出はいただけない……とはいえ、相手はあきらかにこうした場になれていなさそうな人間だ。デジタルはやんわりと、後が詰まっておりますので~と断りの意を示そうとしたが……

 

「サインなら描いておいたよ、スデにね……はい、次……」

 

「ド、ドヒャアーッ!?」

 

 露伴が言う通り、男が差し出した同人誌にはピンクダークの少年、岸辺露伴という名前、そして音石君へという希望のメッセージ入りの完璧なサインが書き込まれているッ! 見えなかったッ! このアグネスデジタルの眼をもってしてもッ! さすがは露伴先生……デジタルは畏敬の念を改めて強くした。

 

 結局、用意していた1000部の同人誌は、午前中のかなり早い時間に完売。

 

「さて……これで『時間』ができたな。なんだかんだ即売会と言うのには初めて参加したんだ。どのような同人誌があるか、少々興味というモノもある……」

 

 撤収前に少し会場を回っていくか、と露伴がつぶやく。

 

「あ、では……サークル撤収の準備は私がしておきますので……露伴先生はぜひとも……あれ?」

 

 デジタルがぜひぜひ、と露伴に会場の見回りを勧めようとしたその時……デジタルは段ボールの中に、一冊本が残っているのに気づいた。同人誌はすべてハケたはず……それを拾い上げて、デジタルはヒョッ!と声をあげた。

 

「……『世界各地に伝わる馬の伝承』?」

 

 拾い上げたそれは、同人誌というよりはしっかりした装丁が施されたちゃんとした本であり、赤茶色の分厚いカバーでおおわれている。

 

「もしかして……これが?」

 

「――それが例の、読むと『おかしくなる』書物というやつか?

 確かにいつの間にか紛れていたという点については例の噂通りだが……」

 

 デジタル、そして露伴はどうしたものか、と言う風にそれを観察する。外見的には前述したとおり、しっかりとした本という印象以外露伴には感じられなかったが。

 

「この『ウマ』の字、点々が『二つ』じゃなく『四つ』ありますね……」

 

 デジタルは気づく。この『馬』の字は常用漢字ではない。が……これ自体は『馬偏』として普通に存在はするものだ。なんでも、全力で走るウマ娘の足が多く見えることを現した物で、江戸時代の歌人があえて使った事から例えば『騎バ戦』だとかの『騎』などは普通にこう書くのだ。

 

「……とりあえず、中身を見てみない限りはどうもこうもないな……デジタル君、もし危険な物なら二人で見る必要はない。『僕』が見よう。噂通り、僕がおかしくなるようなら適当に止めてくれ」

 

「あッ……」

 

 言うが早いが、デジタルが止める間もなく露伴はその本を開いた。ふむ、ふむ、と内容を一通り確認していく露伴。そして、露伴は笑みを浮かべて。

 

「はははっ……」

 

「どどどどどどど、どうしたんですか露伴先生!?」

 

「いや、これはただ『馬』と人間がどのように関わってきたかの研究書だよ。例えばラスコー洞窟の壁画だとか、ベリー公のいとも豪華なる時祷書の写真の一部に……こりゃ蒙古襲来絵図の騎馬武者……ダヴィッドの有名な『ナポレオンの峠越え』なんかもある……」

 

 露伴自身は、特段違和感を感じなかった。デジタルは……露伴がテーブルに置いたそれを取り、自分でもぺら、ぺらと読むと……

 

「……この見かけない『動物』。なんなのでしょうね? 全部のページの絵とか写真に載ってますけど……なんか、見てると『不安』に……あ、う、ぁ……?」

 

 その瞬間だった、頭を押さえてデジタルは本を取り落とし……突如『嘔吐』した。

 

「ど、どうしたッ、デジタル君? デジタル君! しっかりするんだッ!」

 

「ハァーッ……ハァーッ……ガボッ……ぐええ……露伴せん、せ……気持ち悪いです……わからないけど、絵を見ていると……ぐ、ぎ……!」

 

 デジタルはひどい頭痛と眩暈に襲われ、その場に立っていられなくなり冷たい地面に体を横たえるしかなかった。体がまるで熱病にかかったかのように熱い。心臓が爆発しそうだ。それなのに魂そのものが恐怖を叫んでいるかのような冷たい汗が背筋にぶわっと噴き出してくる……

 

「担架だッ! 誰かッ……医務室へデジタル君をッ! いきなり倒れ――」

 

 デジタルが意識を失う前に聞いたのは、露伴の声と周囲の騒然としたざわめきだった――

 

 その後、デジタルは医務室に運ばれて駆け付けた救急車によって府中の中央病院に運ばれ、とりあえず症状自体は落ち着いたがデジタルの意識は薄弱で、会話こそは辛うじてできるものの、私は大丈夫です、としか喋らない。医師の見解では身体的に異常はなく、詳しいことはわからないとのことで……考えられるなら強い精神的ショックを受けたのではないかとのことだった。

 

「クソッ……!」

 

 露伴はそんなデジタルの病室で、己の膝にこぶしをたたきつけた。

 

「この『僕』がついていながらッ……!」

 

 『呪いの本』をまんまとデジタル君に読ませてしまった……その不甲斐なさに、露伴は自分に腹を立てていた。『呪い』ならばそのデジタル君を『ヘブンズドアー』で本にしてその部分を『忘れる』ように記述させることで打ち消すことができる……露伴は実際にデジタルにそれを試そうとしたが、特におかしな点はデジタルの記憶には見つからなかった。例の本を読んだ、という記憶さえもショックか何かで吹っ飛んでいたので『本を読んだことを忘れる』とも記述できなかったのである。

 

(これは僕の責任だ……デジタル君を元に戻すにはどうすればいい? 原因があるなら、それに対処してやればいいが……!)

 

 原因はあの本だ。もう一度あの本を読めば何かわかるかもしれない……そう思い、既に即売会の運営に連絡を取り、自分のサークルスペースにあるはずの『世界各地に伝わる馬の伝承』を持ってきてもらおうともした。しかし、例の本はどこを探してもない、というのが運営スタッフからの報告だった。

 

(冷静になれ……なぜ、デジタル君だけがこうなった? ウマ娘は感覚が人間と比べて全般的に鋭敏だ。例えば『隠し絵』のようにウマ娘だけが判別できる微妙な色やデザインなどで『催眠』の類が仕組まれていたとか……)

 

 露伴は、とにかく原因を探ろうと考える。その時だった。

 

「調べなきゃ……私の『原典』を……」

 

 うつろにぽつり、と呟いたデジタルが体を起こす。しかし露伴はその声を掛ける事すら躊躇するような異様な雰囲気に、気圧されるしかなかった。デジタルは、点滴などを乱雑に引きちぎると、パジャマのまま病室を出ようとする。

 

「待つんだッ、デジタル君ッ……!」

 

 ようやく、露伴も声を掛けるが瞬間デジタルはすさまじい勢いで走り出したッ! 露伴も病室を飛び出す! しかし相手はG1ウマ娘アグネスデジタルである……スピードがあまりにも……違いすぎるッ!!!

 

「な、なんて速さだッ!!!」

 

 露伴は病院のホールから夕闇に支配されつつある府中市内に飛び出していくデジタルの背中が小さくなるのを、見送ることしかできなかった。しかし……

 

「デジタル君の様子は……?」

 

「あっ、岸辺露伴……先生!? お待ちしていました!」

 

 図書委員ゼンノロブロイは不安そうに露伴を出迎える。そう、デジタルはトレセン学園の『図書室』に来ていたのだ。露伴も、『調べもの』をするならば今のデジタル君なら『本』をあたるだろう、と府中の図書館とトレセン学園の図書室に連絡を取り……案の定、デジタルは学園の閉架にロブロイの制止を押し切って無理やり入っていったのだという。

 

「……閉架で、ひたすら『禁書棚』のあたりで本を読んでいるみたいです。

 止めようとしたのですが、あまりにも鬼気迫る表情をするものですから……」

 

 ロブロイは少し怯えた様子で、がさがさと音のする閉架方面を見やる。

 

「……ここからは僕に任せてくれ。これは僕の責任でもあるんだからな……」

 

 だが露伴は、まるで虎穴に入るかのように意を決してその扉を押し開けた。

 

 『ウマ娘という神秘』『スーフィズム』『モンゴル帝国』『ペルシア王朝のシャー』『スキタイ族の文化風俗について』『ヴォイニッチ写本を読み解く』『オランダ東インド会社のとある秘匿』『近現代アメリカ史とウマ娘』『スティールボールラン全記録』『江戸時代の狂歌』『物理学からみるウマ娘の謎』『ペーパークリップ作戦』『エドガー・フーバー・ファイル』『ダービー伯爵の回顧録』『英国競バ史』『金枝篇』『レキシントン・コンコードの戦いとポール・リヴィアの騎行について』『ストア哲学』『メソアメリカ諸文明とコンキスタドール』『鉄仮面』『中世ヨーロッパと神秘主義』『星を見る』『サマルカンド』『後漢書にみるウマ娘の記述』『鐙の発明』『古生物史におけるウマ娘の特異性』『東方見聞録』『大プリニウスと博物誌』『ローマ諸州総督についての記述』『金床戦術』『カスター将軍』『兎と亀のジレンマ』『女子陸上史』『トルマキオの饗宴の散逸した部分についての考察』『フランス革命の謎』『ハンガリーのフサリア』『アリストテレス』……

 

 すぐさま、アグネスデジタルは見つかった。前述した大量の本に埋もれながらも、なおかつひたすら貪欲に本を手を取りその記述を読み漁るさまは何かに憑りつかれている、というのが正しいだろう。

 

「デジタル君……」

 

「露伴先生……えへ、えへへへ……私……もう少しでわかりそうなんです。『全て』が……古代の哲学者すらわからなかったウマ娘とは何なのか? という問いが」

 

 デジタルは、完全に据わった目で露伴を見るとひきつった笑みを浮かべながら、書物の記述を指で確認しつつひたすらに読み進めていく。

 

「ウマ娘はね、別世界の存在の名前と魂を受け継いで走る存在なんです。わかりますか? ねぇ、私たちにはおそらく『オリジナル』がいるんです。つまり、そうか、私たちは。ウマ娘は。なにかの模倣――」

 

「『ヘブンズドアーッ』!」

 

 露伴は、その異様な様子のデジタルにヘブンズドアーを発動させた。それ以上言葉を聞いていると、自分すらその狂気に飲まれてしまうのではないかと、恐怖したからだ。

 

「ハァーッ……ハァーッ……」

 

 しかし、本と化したデジタルは……それでも意識を失わなかった……!

 

「そうだ……『ウマ』じゃない……『馬』なんだ……わかった、わかったぞ、わか――はははは!」

 

 あはは、あはは、と狂喜したように笑みを浮かべるデジタル。同時に、露伴も以前これに似たものを目にしていることに気づく。

 

「そうだ……これは『くしゃがら』のようなッ……こちらもわかったぞ……デジタル君は、この世の中の『禁止事項』……いや、『禁止表現』を知ってしまったんだッ!!!」

 

 瞬間、露伴はデジタルの顔面に乱暴に手を掴み入れ……ページを引きちぎったッ!!!

 

「……こういう乱暴な手段はとりたくはなかったんだが……志士十五と同じようにさせてもらう。君はこの一か月間の『記憶』を失った……少々生活に支障が出るかもしれないが、そこはもう、勘弁してくれ……」

 

 どさ、と本の上に倒れ伏すデジタル。露伴も、少し疲れてその場に座り込む。とにかく、これで終わりだ。終わりなのだ。この件に対して考えるのは、今は無しだ……そう自分に言い聞かせ、デジタルを抱え上げると、未だ狂気の残留するような閉架から露伴は脱出した。

 

 ……結局、デジタルは一か月間の記憶を失ったことで『同人誌の噂』を相談してきた頃のデジタルにまで戻った。医者もなんらかの強い精神性ショックを受けての記憶喪失ということでカルテを書き、身体的に異常がなかったことでこの件は一応の解決を見た……が。

 

 露伴はひとつ、どうしてもつじつまが合わない事に考えを巡らせる。

 

「……なぜ僕には、あの『本』の『呪い』が発動しなかったんだ?」

 

 そもそも最初に本を読んだときに、何の違和感も感じなかった……というよりは。いや、まったく『奇妙』なことなのだが『違和感を感じなかったこと』に我ながら『違和感』を感じてしまうのだ。確かにあの本には見慣れない獣が描かれていたが、アレに違和感を感じない。どういうことなのだ……?

 

 そこまで考えて、露伴は意識的に思考を止める。これ以上深入りして僕までデジタルやかつての『くしゃがら』のようになってはたまらないからだ。

 

「あぁ~……一か月間の間のッ、ウマ娘ちゃんたちや露伴先生とのいろいろを忘れてしまうなんて……デジたん一生の不覚……これは、今まで以上に目を皿のようにしてウマ娘ちゃんたちを観察して取り戻さないと!」

 

 幸い、デジタルは持ち前の気性でさほどショックを受けていないように思える……それだけが、露伴にとっては慰めとなる要素だった。これで意気消沈されていてはさすがの露伴も罪悪感を覚えるというモノだ。

 

「今日は、本を読むのはやめにしておくか……」

 

 露伴はそういうと、いつものように理科室へと向かうのだった……

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