マンハッタンカフェは動じない   作:むうん

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#026『悪魔が来りて……』

 

 府中、浅間山公園。既に日は沈みかけオレンジ色に染められた木々の間を歩き回る二つの影法師。

 

「キタサン。そっちにはあった?」

 

「いえ……ないです……というか、もうそろそろ夜になっちゃいますよスイープさん。そろそろ寮の方に帰ったほうがいいんじゃ……」

 

「や~だ~!!! 黄色い『ニワトコ』の実が絶対に次の使い魔召喚の呪文には必要なの! 見つかるまで帰らないんだから!」

 

 府中トレセン学園所属のウマ娘スイープトウショウとキタサンブラックはその日、言葉通りスイープの魔術に使うための『ニワトコ』の実を探しに来ていた。スイープは『魔女』であったという自身の祖母の影響から自身も魔女を目指しており、魔法少女スイーピーと名乗ることもあるほど魔術に傾倒しているのだ。ちなみに本当に使い魔召喚に必要かは別としてニワトコには実際、魔よけの効果や薬効があると信じられている。熟したニワトコの実は通常赤いが、まれに『キミノニワトコ』といって黄色になるものがあり、それがどうしても必要なのだそうだ。

 

「困ったなぁ……うう、西日で目が痛い……これじゃ、ニワトコどころか赤も黄色もよくわかんない……」

 

 駄々をこねながらあちこちを探し回るスイープを見ながら、キタサンはさすがにため息をついた。この時間帯を過ぎれば、一気に日が落ちて暗くなる。本来ならもう引き上げて次の休みにでも改めてきた方が良いのだが……スイープは頑固であり、一度こうと決めたらそれを曲げない。その気質を良く知っているキタサンはとにかくスイープがはぐれて奥の方まで行ってしまわないようにだけ注意しながら、彼女と共にニワトコを探す。

 

「あ……」

 

「あった!? キタサン」

 

 そうしているうちに、キタサンは地面にキノコが生えているのを見つけた。赤く染まった林の中でより赤く、白い斑点めいたものがあるそれは明らかに有名な毒キノコ……

 

「あ、いえ、キノコが生えてるなと思って……『ベニテングタケ』ですよねこれ」

 

「え!? それって『幸運のキノコ』じゃない!」

 

「そうなんですか?」

 

 日本では典型的な『毒キノコ』として有名なベニテングダケだが、欧米ではその見た目のかわいらしさなどから『幸運を呼ぶ』とされているのだ。また北米や北欧のシャーマニズムなどとも関わりがあるとされている。ご多分に漏れず、スイープはそのことを知っており……

 

「これなら、黄色いニワトコの代わりにできるかもしれないわ! でかしたわよキタサン! なでなでしてあげる!!!」

 

「わーいやった!!! って、大丈夫なんですか!? 毒キノコなんですよねこれ!!!」

 

「大丈夫よ。たぶん……ベニテングダケは毒キノコといっても、毒性がそんなに強くないから。塩漬けなんかにして食べる地域もあるなんてのは魔女の中では当たり前の知識よ」

 

「へ、へえ~……」

 

 キタサンはたぶん、と言う言葉にメチャクチャ不安を感じたが自信満々なスイープに押されて頷くにとどまった。なお、ベニテングダケを食用とする地域があるのは確かであるが数少ないとはいえ死亡例もある毒キノコであり、同種のキノコにはかなり強い毒性を持つ物もあるため、キノコ採り初心者の採取および興味本位での食用は避けるべきである事をここに記しておく。

 

「今日はこれでいいわ。じゃあ帰りましょ」

 

 スイープはベニテングタケをビニールのパックに入れて回収すると、用は済んだとばかりに帰っていく。

 

「あ、スイープさん! まってください! 折角ですし、帰りにラーメンでも食べて帰りません!? 最近、トレセン学園の近くに新しくできたラーメン屋さん、行ってみたかったんですよ」

 

「確かにお腹もすいたし……いいわね! じゃあそこに案内しなさい、キタサン!」

 

こうして、その日は二人して帰りにラーメンを食べ、問題なく寮へと門限までに帰りつけたのだが……

 

 

 

◆◆◆ マンハッタンカフェは動じない#026 悪魔が来りて…… ◆◆◆

 

 

 

 新月の日、事前に3日の間肉食を禁じて身を清める。樟脳、そして乾燥させたベニテングタケの粉末を混ぜ合わせたもので魔法陣を描く。魔術的な法則に則って配置した祭壇には羊の血(市販のラム肉から滴ったもので代用)を黄金の杯に入れて生贄として備える。そしてグランマから教えてもらった特別なブレンドの香を部屋の四方で焚き、精神を統一させる。完璧だ。今回の儀式は間違いなく成功する。

 

「アガパンサス・ゼラニウム・キブシ・ハーデンベルギア!」

 

 高らかに、スイープは呪文を叫ぶ。使い魔招来の呪文を! その時であった! がらら、と儀式の部屋として使っていた空き教室の扉が開き中に誰かが入ってくる! まさか使い魔!? しかしこんな登場の仕方は……

 

「げほっ、げほっ!!! やっぱり! スイープさんここにいたんですか!

 と言うかなんです? この煙は……! げほーっ!!!」

 

「げっ!!! キタサン!!?」

 

 人払いの結界の魔法を使っていたにもかかわらず、見知った顔であるキタサンが部屋に入り込んできた。

 

「い、今は使い魔招来の儀式の途中なのよ! 邪魔しないで、危険だわ!」

 

「そんなことより、先生が探してましたよ! 今日、数学の補習の予定だったのに来ないって! 補習を受けましょう!」

 

「ヤダ! というかそんなことよりって何よ!!!」

 

 スイープはもはや慣れっこではあるが、部屋に立ち込める香……というか煙は妙な刺激臭を伴っており既にこの空き教室周辺ではちょっとした異臭騒ぎになっている。このままでは、スイープは補習どころか生徒会のエアグルーヴ先輩あたりに大目玉を喰らわされる結果に終わるだろう。

 

「と、とにかく換気を……わあああっ!!!?」

 

「あ゛―ーーーーーッ!!!!!!」

 

窓を開け、換気をしようとしたキタサンが部屋の中央に置かれていた祭壇につんのめり、盛大にそれを破壊しながらずっこけた。さすがのスイープトウショウもこれには大激怒……する暇もなく。

 

「げほっ!!! げほっ!!! なんなのよもうーっ!!!! げほーっ!!! ごほがほ!!!」

 

「何ですかこの煙……げほっ、げほっ、頭がくらくらする! それにやっぱり咽るーっ!!! げほほほほーっ!!!!」

 

 なんらかの反応が起こったのか、香炉からすさまじい量の煙が吐きだされ、目の前が見えなくなる。キタサンは、このままではまずいとスイープを連れて一旦部屋を出ようとした。

 

――ザァアァァァァッ

 

 しかし、次の瞬間二人が立っていたのは赤黒い土に覆われた無限の焦土めいた場所。

 

「「え……?」」

 

 二人はきょとん、としたのち顔を見合わせる。そして。

 

『共に来なさい。われわれは伏して罪なき者をねらい、血を流し、彼らを生きたまま喰らい、健やかなる者を、冥府にたつ者のようにしよう。われわれは、宝玉と金子、奪い取った貪婪なる物で、われわれの家を満たそう。あなたも我らの仲間に加わりなさい、われわれは兄弟姉妹。共に一つの金袋を持つ者』

 

 スイープとキタサンに声をかけるものがあった。古風なローブを身にまとった人物で、荒野にぽつんと立ち、それでいて顔は影に覆われ得体がしれない。声は男のようだったが若くも、老いているようにも感じられる。そして言っていることの意味は分からないが、それに含まれる剣呑で邪悪なニュアンスは二人には理解できた。

 

「え、あ……あの……」

 

 思わず気圧されるキタサンだったが、スイープは何よ、意味わかんないこと言ってんじゃないわよ、とばかりに両手に腰をあてて強気に前に出て。

 

「あのね、アタシは使い魔が欲しくて儀式をしてたのよ! それなのになによこれ! めちゃくちゃだわ! アンタ何者なのよ!!!」

 

「下僕を望むか? 我は城壁の頂で叫ぶ征服者にして、門の入り口で叫ぶ扇動者である。あなたが災いに会うときに笑い、あなたが慌てふためくときに嘲り誹るものである。だが、よかろう、それを従者として従えたいのであらば、後は阿鼻である。貴様はダビデではないのだから。では一時の戯れではあるがあなたの兄弟姉妹となってさしあげる」

 

「つまり……なんなのよ! 私にもわかるように言いなさいよ!」

 

「思慮なき者。愚かなるもの。知識を憎むなかれ。だが、ひるがえって、それもよかろう。我は聖フランチェスコ、あるいはビザンティンの金口イオアンが如くあなたに平易な姿言葉で説法を行うものである」

 

謎の人物がそういうと、再び煙が立ち込める。

 

「げほっ! げほっ!!!」

 

「がほっ! ごほごほ!」

 

 二人は息苦しさについに意識を失い……

 

「ハッ!」

 

 キタサンが意識を取り戻した時には、真っ白い天井とシーツが目に飛び込んできた。ここは……どうやら学園の保健室のようだ。スイープは……!

 

「ううん……グランマ……寂しいよ……」

 

 スイープは、キタサンの隣のベッドに寝かされ、未だすうすうと寝息を立てている。

 

「はぁ、よかった……」

 

「本当によかったです」

 

 キタサンの言葉に追随するような声。見れば、ちょうど汗拭き用のタオルを変えていたのか見知らぬウマ娘が水の入った盆を運びながら、近づいてくるところだった。褐色のエキゾチックな肌とかなり白色化が進んだ芦毛のコントラストが美しい。

 

「あなたが……運んでくれたんですか? ありがとうございます。ええっと、お名前は……」

 

「私はスイープトウショウさんの下僕にして従者にして使い魔です。名をダイモニカス。全能の権能を持ちます」

 

「え、あ、はあ……」

 

 キタサンはずいぶん変わった子だな、と第一印象を持った。スイープトウショウの知人なのだろうか。

 

「使い魔!?」

 

 と、スイープがそれを聞いて跳び起きた。ベッドわきに置かれていた帽子をかぶりなおし、どこ!? どこ!? と周囲を探すスイープに対し、ダイモニカスと名乗ったウマ娘は恭しく礼をして。

 

「お目覚めになられましたか、我が主。使い魔に何なりと御命令をお申し付けください」

 

「え? あんたが使い魔!? どうみてもウマ娘――」

 

「先ほどの問答から平易な言葉と姿で接するのが良いと判断しましたので、今はこの姿を取っています。もし他の姿が良いなら」

 

 ダイモニカスがそう言うと、瞬時にその姿が液体めいて溶け、それから銀毛の猫の姿をとった。

 

「あ……!」

 

 キタサンは思わず、息をのむ。トリックなどの介在の余地がない、完全な魔法にしか思えなかったからだ。

 

「………………やった」

 

 だが、スイープはそれを見てぐっと、こぶしを握り、そして少しだけ涙を流した。

 

「ついに……成功した。やったよ、グランマ……」

 

 しかし、すぐにキタサンが近くにいたのを思い出したのかごしごしと乱雑にそれを擦り、ふふんと得意な顔を作るスイープ。

 

「そうね、学園はペット禁止だから……ウマ娘の姿でいなさい。あ……でもそうなると、先生やたづなさん、フジキセキ寮長なんかをごまかさないと……うーん」

 

「問題ありません。私はあなたの使い魔ですので、他の誰にも知覚できないようにする程度でしたら……」

 

「あれっ!? いなくなっちゃった!?」

 

 ダイモニカスがそう答えた瞬間、キタサンが素っ頓狂に驚き声を出した。キタサンはどこにいったんだろ、と呟きながら周囲を見回すがスイープには依然としてダイモニカスがそこに立っているように見える。

 

「いかがですか?」

 

「……さすが私って感じね! 魔法少女スイーピーにふさわしい使い魔よ! ふふっ!」

 

 それから……夕方を迎えるころには、問題なしと言う事で保健室から退出した二人。待ち伏せをしていたエアグルーヴにスイープはそのまま生徒会室に連行され、キタサンは自室へと戻ることになったのだが……

 

「ねえ、ダイモニカス……なんとか逃げ出せないかしら? このままじゃ、説教が待ってるわよ……」

 

「かしこまりました」

 

 スイープはエアグルーヴに連行される途中、ひそひそとダイモニカスに話しかける。スイープはただでさえ、校則破りやサボり、トレーニング拒否などの素行不良の常習犯だ。最近はうまくエアグルーヴやフジキセキから逃げのびていたこともあり、今日のお説教は長くなりそうな予感がする。場合によってはルドルフ会長まで出てくるかもしれない……大人の常識、大人の都合を押し付けられるのはまっぴらごめんだ。

 

「おい、何をこそこそしている?」

 

 エアグルーヴが、スイープに注意しようとした時であった。

 

「エアグルーヴ、ちょっと来てくれるか……ルドルフが呼んでる」

 

 と、声をかけてきたのは生徒会のNo.3であるナリタブライアンである。といっても、さほど生徒会の活動に熱心ではない彼女がわざわざ出てくるということはそれなりに重要か事態がひっ迫している証左だ。

 

「会長が……? わかった、すぐ行くが……このたわけはどうするかな……。しかたない、いろいろ言っておきたかったが、明日の数学の『再補習』には必ず出ろ。それで不問にしてやる。もし出なかった場合は始末書の提出をさらに追加で申し渡すからな」

 

「たわけって何よ! もうー!」

 

 むうーっ、と頬を膨らませて抗議するスイープに取り合わず、エアグルーヴはそう言って、ブライアンと共に会長室に駆けていった。

 

「これでよろしかったですか?」

 

「えぇ?」

 

 と、スイープの側にひかえていたダイモニカスが声をあげた。何かをやったようなそぶりはなかったが……

 

「エアグルーヴさまの作成した書類に『不備』が出るよう細工をしました。今頃、彼女は書類の修正に追われてもうご主人様の事を忘れているはずです」

 

「それって……魔法でやったの!?」

 

「はい」

 

 端的な受け答え。先ほどの猫に変身したのもそうだが、この使い魔はやはり『本物』だ。どう考えても不可能なことを涼しい顔をしてやってのける。そして、それを鼻にかけることもなく従者然として自分に従う。完璧だ。エアグルーヴには少し悪い気もしたが、それ以上の興奮がスイープを満たした。やっと魔術が成功したのだ。これで、グランマにも顔向けができる。

 

「じゃあじゃあ、ついでに『再補習』も魔法でどうにかならない? 明日は魔法の触媒になる素材をまた取りに行く予定なの。くだらない補習に出てる暇はないんだけど、でないと意地悪な副会長や寮長に始末書を書かされちゃうもの!」

 

「かしこまりました。手配しておきます」

 

「やったあ!」

 

 本当に有能な使い魔だ。この使い魔さえいれば何でもできるのではないか? そしてそれを呼び出せる自分は何と優秀な魔法使いなのだろう! スイープはその日、上機嫌で自室に戻りそのまま明日の予習も何もなく、眠りについた。

 

「………………」

 

 次の日、外は土砂降りでとても素材を獲りに行くような天気ではなく。結局スイープは気が乗らないながらもやることがないので、再補習に出ようと、教室を訪れたのだが……そこにあるのは『講師急病のため休講』の張り紙。

 

「なんなのよーっ!!! せっかく人が来てやったのに!!!」

 

 スイープはぷんぷんと怒りながら、こうなれば美味しい物でも食べようとカフェテリアに向かう。と、そこで目にしたのは一人食事をとるキタサンの姿。

 

「あら、キタサン、今日は一人?」

 

 スイープは売店で購入した焼きそばパンを片手に、キタサンの座る席に自分もついた。

 

「あ、スイープさん! ちょうどよかった!」

 

 キタサンがスイープに挨拶をする。そして、キタサンはもぞもぞと教科書や筆記用具などが入った自分のカバンを探り、はい。とスイープに紙袋に入ったプリント集を差し出した。

 

「なにこれ」

 

「今日の再補習で出る予定だった問題集です! 先生が急なご病気で中止になったでしょう。じつは……へへ、私も補習だったんですけどエアグルーヴ先輩が問題集をくれて、スイープにも渡しておけって」

 

「やだーっ!!!!!」

 

 再補習は逃れたが、結局問題からは逃れられなかった。その二段構えに、スイープは悲鳴を上げる。しかし、すぐさま自分には有能な使い魔がついている。それを思いだし……こういったのだ。

 

「使い魔、わたしが勉強しなくてもいいようにしてちょうだい! ずっと成績が一番になる魔法とかで!」

 

「かしこまりました。ずっと成績が一番になるよう手配いたします」

 

………………

 

…………

 

……

 

 

 それから、一週間がたった。

 

「どういう、こと……?」

 

 トレセン学園の中等部で風邪が流行し、スイープのクラスの半数ほどが軽度の症状ながら授業やトレーニングを数日、休む事態となった。幸い、まだ本格化前の者ばかりでありレースに支障を来すことがなかったのが救いと言った所か。

 

 そして、スイープは答案の結果が60点のテストを返却され……その点数で1位を取ってしまった。学業が優秀なものが大半風邪でテストを休んだため、ほとんど消去法でスイープが成績一位になったのだ。瞬間、スイープはぞっとした。

 

(私がダイモニカスに、ずっと成績が一番になる魔法をかけてって言ったから……?)

 

 今思えば、最初のエアグルーヴの説教を逃れたのもエアグルーヴの書類に不備を作ったからであり、彼女にとっては『災い』だ。そして二回目、『補習に出たくない』と言えば担当の先生が『急病』に掛かる。今回は一位になりたいと言ったら、クラスの半分が軽い風邪で休む……

 

(こんなの……ち、ちがう……ちがうわ。魔法はこんな使い方をしちゃ、いけない。グランマの魔法はもっとキラキラしていたのに……!)

 

使い魔(ダイモニカス)ッ……!」

 

 スイープはいてもたってもいられず、教室を飛び出して自室に飛び込むと、姿こそ見えぬがいるであろうその名を呼んだ。

 

「お呼びですか」

 

 あくまで端的に、そして瀟洒な態度でダイモニカスがどこからか現れる。

 

「エアグルーヴ先輩の書類に不備、あなたがやったと言ってたわよね。数学の先生の急病も今回の風邪騒ぎもあなたがやったの……?」

 

 震えながら、スイープはダイモニカスに問いかけた。

 

「はい」

 

 ダイモニカスはそれだけを答えた。

 

「なんでこんなことをしたのッ!!! 私は、こんなの望んでない!!!!」

 

「いいえ、あなたの望みです。あなたの望みを叶えたのです。私は。怒られたくない。面倒なことをしたくない。一番になりたい。どれもあなたの望みです、違いますか?」

 

「ッ……!」

 

 スイープはぐうの音も出なかった。言い返せなかった。これは自分が招いた災いだ。自分の心が招いた災いなのだ。それは……スイープにも理解できた。故に、罪悪感がその心を蝕む。

 

「もういい!!! 帰って!!!! あんたなんか私の使い魔じゃない!!! あんたなんかいなくなっちゃえ!!!」

 

 癇癪めいて爆発するかのようにスイープは涙を流しながら、ダイモニカスの胸に飛び込みどん、どんと拳をたたきつけた。はずだった。

 

「え、あ……スイープ、さん?」

 

 しかし……ダイモニカスがいた場所には、いつのまにかキタサンが立っていた。おもわず、ぎょっとしてよろめくように後ろへと下がるスイープ。キタサンはスイープがきっと急に教室を飛び出したことから、心配して追いかけてきたのだろう。ご丁寧にスイープの教科書や筆記用具が入ったかわいらしいカバンまで持ってきてくれている。

 

「違う、違うの……!」

 

「かしこまりました」

 

 その瞬間だった、いつも通り、端的な受け答えのダイモニカス。しかしその顔は喜悦に染まり、これから訪れる絶望を前に恐怖に染まるスイープの顔を覗き込んでいた。そして、まるで初めからそこにいなかったかのようにキタサンの姿が掻き消えた。どさり、とカバンが落ち教科書や手つかずの問題集、プリントが部屋に散らばる。

 

「あ……」

 

スイープは……その場に崩れ落ちた。

 

「これもあなたが望んだことです。キタサンブラックさんはもはや存在しません。『全能』ですので、私はなんでもできます。ただ、それにはご主人様の意思が必要です。ご主人様の意思さえあれば、私はなんでもできる。あなたは私を使いこなすだけでいいのです」

 

ぎり、とスイープは奥歯をきしませた。どうすればいい。どうすればキタサンを救える? このアタシの身から出た錆から、どうやって皆を救える? このまま一生、言動に気をつけながらびくびくして生きるのか? まっぴらだ。そしてそれでは何の解決にもならない!

 

「……私の意思さえあれば、なんでもできるのね」

 

「はい、ただし『私との契約の解除』や『私やご主人様』に『危害』を加えることは致しかねます。私はあなたの忠実な『使い魔』であり、『契約』は『あなたがこの世から去るまで』です。それまでは滞りなく『契約』を遂行します」

 

「…………」

 

その時、ふと部屋に散らばった『数学』のプリントが目に入った。『三角形』とは3つの内角の和が『180度』になる図形の事を指す。

 

「これだ……」

 

「何でしょう。私は『全能』です。なんでもかなえてさしあげます」

 

ダイモニカスが特に感慨もなく、頬に手を当てながら次の指示を待つ。

 

「……内角の総和が『360度』になる『三角形』を書いて頂戴」

 

「はい。わかりました」

 

スイープが、ペンと適当な紙を拾い上げてダイモニカスに差し出す。ダイモニカスは、言われたとおりにそれを書こうとした。が……

 

「ハッ……」

 

そのペンを持つ手が止まる、すすまない。書けない。何故なら――

 

「書けないわよね。『三角形』の『内角の総和』は180度。それ以上になる場合、それは論理的に『不可能』ッ……!」

 

 ダイモニカスはその言葉を聞きながら、びくりと震える。それを否定するかのように何とかペンを走らせるが、できたのは三角形とはとても言えない線を書きなぐったモノだった。

 

「じゃあ、次は『あなたの力でも持ち上げられないダンベル』を作って頂戴。そうねあんまり大きくても邪魔だから小さいのでいいわ」

 

「ハァーッ……ハァーッ……」

 

 ダイモニカスは、震えながら何もない空間に手をかざし、言われた通り小さなダンベルを作り出した。そしてそれを見たスイープは勝ち誇ってこういうのだ。

 

「じゃあ、それを持ち上げなさい。何でもできるんでしょう。まさかできないって言わないわよね『全能』なんだから」

 

「あああッ!!!!」

 

 ダイモニカスは自身の頭髪を掻きむしりながら叫び、膝をついた。もし、これを持ち上げてしまえば『自分の力でも持ち上げられないダンベル』を作れなかったという結果になり、持ち上げられなければ『何でもできる』という自分の言が証明不能になってしまう。

 

「続けるわよ。次は2+13=7だと証明――」

 

「ぐ、げ……」

 

 ダイモニカスが、もだえ苦しみながらその場に手を突く。

 

「いくらでもこんなの、思いつくんだからね。いい? アンタは『全能』じゃない」

 

「ARRRRRRRRRRRRRRRRRRGH!!!!!!!!!!!!!!」

 

 断末魔の悲鳴めいて、ダイモニカスは掻き消えた。それがあっけない、使い魔(ダイモニカス)の最期だった。そう、怪異は……その『神秘性』だとか人々からの『畏れ』を失えば力を失う。スイープは本質的にそこを……いわゆる『全能のパラドックス』の問題点を突いて怪異を陳腐化させてしまったのだ。

 

「あれ?」

 

 怪異が力を失ったことで、消え去っていたキタサンもこの世に戻ってきた。彼女は何が起こったのかわからない、という表情をしていたが……

 

「あああッ……キタサン! キタサン! よかった、ほんとうに、よかった……!」

 

 涙を浮かべるスイープに抱き着かれ、本当に何が何だかよくわからないまましばらく、スイープを撫で続けることになったのだった。

 

……それから。

 

スイープは自発的に生徒会室に赴き、エアグルーヴに謝罪した後、一週間の清掃やボランティアを申し出た。さらには、キタサンに今まで以上に世話を焼く(といっても、実際はキタサンが大抵スイープに世話を焼いている)ようになり、また病欠した先生や他の生徒たちにも困りごとや頼まれごとはないかと親身に接するようになった。

 

この変化に最初こそエアグルーヴやフジキセキは驚いていたが、良い変化であろうとほほえましく見守るようになり。実際元々リーダーシップがあり面倒見の良い彼女は、今回の一件がいい薬となり『多少』は、その気難しい気性にも変化が出たようだ。

 

とはいえ、それがいつまで続いたかは……読者の皆様の想像におまかせする。

 

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