ドッペルゲンガー。自分とうり二つの分身でそれと遭遇すると死ぬ――。
もはや使い古されてなんの感慨もわかない陳腐なホラーだが、まぁ、これまた有名な言葉通りきっと世界中探せば三人ぐらいは自分にうり二つの人物だっているだろう……科学的には脳の機能障害によって見える幻覚ではないか、という説がよくあげられるが、これだけだとつまらないのでもう少しドッペルゲンガーというものについて話しておく。
例えば1845年にフランス人のエミリー・サジェという教師が授業をしている際、突如サジェのドッペルゲンガーが現れ、それを40人以上の生徒が目撃しパニックを起こす者もいたという記録があるほか、日本の文豪として名高い芥川龍之介も帝国劇場、そして銀座でおのれのドッペルゲンガーを目撃し、錯覚で片付けられればいいがそうも言いきれない事があるという旨の言葉を残したうえ、それに触発されて『二つの手紙』という短編作品まで書き上げている。
ここまで前振りすればもうわかったよ、と誰でも言うだろうが一応言っておくと。今回のお話は――ドッペルゲンガーについての『奇妙』な物語だ。
◆◆◆ マンハッタンカフェは動じない #030 『摩天楼の幻影』 ◆◆◆
その日、ブリッジコンプとエキサイトスタッフはファン感謝祭の後片付けとして生徒会の手伝いで栗東寮の倉庫にあるパイプ椅子や長机を搬入していた。予想外に時間がかかり既に夜の九時――消灯時間近くまでかかってしまったのだが、途中からマンハッタンカフェが手伝ってくれたこともあり辛うじて時間内に作業を終えることができた。
「カフェさん、手伝ってくれてありがとう~……長机、結構片付けに手間かかるんだねー」
「ほんと~、数もいっぱいあったし私たちだけじゃ絶対間に合わなかったよー! お礼に明日、トレーニング終わりに駅前に最近できたカフェ・ドゥ・マゴってお店にチョコレートパフェ食べに行かない?」
しかし、先ほどまで一緒に長机を運んでいたはずのマンハッタンカフェの姿はない。コンプとスタッフは倉庫の中にまだいるのか? と訝しんだがいつまでたっても倉庫から出てくることはなく……消灯時間も近いし、先に部屋に戻ったのだろう、とアタリをつけて二人も自室に戻ろうとした。その時、廊下を歩んできたのはマンハッタンカフェである。
「あの……ヒシアマゾン寮長から言伝を預かってきたのですが、まだ作業が終わらないようなら明日に回していいので今日はもう休むように、とのことです」
「え? カフェさん何言ってるの? 今終わったじゃない! 手伝ってくれたカフェさんのおかげで!」
「うんうん!」
コンプとスタッフは、少し怪訝な様子でカフェの言に返事をしたが、カフェはその黄金の瞳をきらめかせながら言うのだ。
「……私は、タキオンさんたちと体育館の方でずっと作業をしていて、今、美浦寮まで戻ってきたところですが……」
「「え……?」」
二人の顔が引きつる。これは……うわさに聞く……『美浦寮の幽霊』ではないのか、と。
『美浦寮の幽霊』。それは学園の生徒たちにまことしやかにささやかれる怪談であり、『マンハッタンカフェ』にそっくりな女子生徒が美浦寮には時折現れるが、それはマンハッタンカフェではなく誰もその正体を知らない、という物で……真面目なエイシンフラッシュや、ことオカルトに関しては造詣の深いマチカネフクキタルなどがこれを目撃している。出所は不明ながら天井に逆さに立っていたなどという話まであるものだ。
「………………」
顔を真っ青にして、見合わせるコンプとスタッフ。結局その日は、何とも言えない空気のまま解散したのだが……。
「……何をそんなに考え込んでいるんだいカフェ」
翌日、いつもの理科室でモカ・マタリをちびちびと飲みながら、いつも以上に思索にふけるカフェの姿にタキオンは何とはなしに声をかけた。次いで、自分もサバラガムワを淹れて一息つくことにする。こうしてカフェと一緒に団欒をするのは研究の息抜きとして欠かせないファクターだ。たまに彼女のにがいコーヒーを間違えて飲んで何もやりたくなくなってしまうが。
「いえ……昨日、少し気になる事がありまして……」
カフェはそう言うと、昨日の出来事――ブリッジコンプとエキサイトスタッフが『美浦寮の幽霊』に遭遇した件をタキオンに話して聞かせた。
「ふぅン……『美浦寮の幽霊』ねぇ……私も聞いたことはあるが……例の『おともだち』じゃあないのかい。私には見えないが、君と同じく霊感が強い人間なら見えたりするんじゃあないか?」
タキオンは、カフェの『おともだち』のことを、最近は『奇妙』な事件に巻き込まれすぎたこともあって理屈は分からないが、『存在する』んだろうなと言う風には考えていた。現代科学の敗北を認めるようだが、あるものはあるのだから仕方がない……いつかはその存在にメスを入れることができれば。そんなことを考えていると。
「私も最初は『おともだち』かと思っていましたが……『おともだち』曰く『自分ではない』そうなんです」
「ふぅン? つまり、君の『おともだち』とはまた違う別の『何か』がいる、と?」
「はい。その『何か』は、ブリッジコンプさんとエキサイトスタッフさんと一緒に物を運んだりしたそうなので、恐らく幻覚とかそういったものではないと思います。そもそもこの機に『おともだち』に色々聞いてみたんですが、別に『美浦寮』をうろついたりしていたずらなんかをしたことはない、と……」
「なるほどねェ……しかし、だとするとますます不思議だ。『おともだち』ではない別の存在――そしてそれがカフェ、君とうり二つとなるといよいよわからないね」
カフェによると、『おともだち』の顔はカフェをもってしても追いつけないので見たことはないらしいのだが『おともだち』の後ろ姿などはほぼカフェとうり二つであり、恐らくは顔も似ているのだろう、と言う事だが。例の『美浦寮の幽霊』が『おともだち』でないなら、これは一体? と言うほかない。
「ですから、気になって……少し、調べてみようと思うんです。別に悪さをするとかではないですが、一体それが何なのか気になってしまって……」
「ふぅーーーーン……なかなか面白そうだ。その件、私も一枚噛ませてもらおうじゃあないか。別に構わないだろう?」
タキオンは、好奇心に目を輝かせながら言った。カフェはそんなタキオンを見て苦笑しながら。
「……はい、構いませんよ。そう言うと思っていましたから」
それからさっそく、カフェとタキオンは行動を開始した。まずは、美浦寮の廊下に定点カメラを仕掛ける。タキオンはめんどくさがったがこういうのはちゃあんと許可を取らないと、というカフェの言もあり、生徒会に届け出て(エアグルーヴはまたタキオンが妙なことをし始めた、と嫌そうだったが真面目なカフェからの話もあり辛うじて許可は通った)何か所かにカメラを設置する。おおよそは廊下などのあまりプライバシーにかかわらない場所だ。
「さて、これで最後かな……どういう映像が映るか楽しみだ」
「結構大量にカメラを設置しましたから、何かしら映るといいですね……生徒会の許可は一週間だけ、ですから一週間後に回収してみましょう」
「ま、例の『幽霊』がカメラに映るかどうかは分からないが、目撃者が多いんだ……実際、心霊現象をとらえた映像なんかは……たいていがフェイクではあろうが多く出回っているし、そういう類のものであることを祈ろうか、カフェ」
それから、カフェの霊感だよりに少しだけ美浦寮を調査してみたのだが別段何かおかしい所が見つかるでもなく。
そして次に、カフェとタキオンは図書室に向かった。この学園の『歴史』を調べるためだ。例えば『美浦寮の幽霊』の類似の事例が起こった記録はないかとか……幽霊が出るというのなら、美浦寮で事故か何かで死んだ生徒が過去にいないか、などだ。仮説ではあるが、例の幽霊は地縛霊と言うやつで、未練を残した生徒が霊となり寮そのものにとりついているのではないか……ということをカフェが思い当たったのだ。
「……うーん、こっちは手掛かりなしだ。学園史を調べてみたが、美浦寮で事故があったとかそういう記録はない。ネットも漁ってみたが今のところそんな重大事故などは起こっていないようだ。学園はやはりスポーツ校だけあって、こういう事には神経質だからな。設備が整っているのはいい事だが」
「私も同じような感じですね……ううん、ますます『幽霊』の正体がわからなくなってくる」
タキオンとカフェは肩を落とした。『幽霊』の正体を突き止めるべく、美浦寮の歴史を洗おうとした二人であったが、結果は芳しくなかった。とはいえ、研究や調査はトライアンドエラーがつきものだ。調査も、カメラの録画も始まったばかり。諦めるには早すぎる。ブリッジコンプとエキサイトスタッフに話を聞いたりもしたが、特にこれまた芳しい結果は得られず、それからカフェとタキオンは同時偏在説、タイムリープ説など様々な仮説を練ってみたが、結局仮説の域を出ず、ずるずると時間は過ぎ、一週間を経過してしまった。
「さて、何が映っているかな……」
タキオンはカメラを回収すると、理科室備え付けのプロジェクターでスクリーンに録画映像を投影し確認作業を始める。まだカフェは理科室に現れていないが、なにせ一週間分の映像だ。早送りで中身を確認してもカフェがこの理科室にやってきて尚お釣りがくるほどの長さがあるだろう。むしろ今日中に終われば御の字だ。
「…………」
すぐさま、『奇妙』な点は顕在した。そこに映っていたものに思わずタキオンは言葉を失う。
『さて、これで最後かな……どういう映像が映るか楽しみだ』
そこに映っていたのは、カメラを設置した際の録画映像。
『ま、例の『幽霊』がカメラに映るかどうかは分からないが、目撃者が多いんだ……実際、心霊現象をとらえた映像なんかは……たいていがフェイクではあろうが多く出回っているし、そういう類のものであることを祈ろうか、カフェ』
そこには、まるで『カフェ』がいるかのようにどこへとなく話をしながら、一人カメラを取り付けるタキオンの姿が映っていた。
「バカな……あの時カフェは確かに、確かに私と一緒にいたはず。気配があった。空気感があった。息遣いがあった……!」
タキオンは震えながら呟く。これはなんだ。どういうことなのだ。
「カフェは、カフェはどこにいるんだ……?」
「……私なら、ここにいますよ」
と、その時、タキオンの背後で見知った声がした。見知った気配がした。見知った空気感があった。息遣いがあった。それは紛れもなく、タキオンのよく知るカフェのものであった。あったが、タキオンは確信が持てなかった。あれほど共に時間を過ごしたはずの『おともだち』が……とても不気味なものに感じる。意を決してタキオンを振り向き、『カフェ』に向けて問うた。
「……君は一体、何者なんだ?」
「……私は――」
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