「ふん、ふんふふ~ん♪パフェ、パフェ、パッフェフェフェ~♪」
「まったく、君は本当にパフェが好きだねえポッケ君。まぁ、このところ研究に付き合ってもらった礼もあることだし……今日ぐらいは奢ってあげようじゃあないか。カフェもポッケ君を見習ってもっと私の研究に協力してくれよ~」
(…………どうしてこんなことに……)
マンハッタンカフェは困惑していた。今日は一人、カフェテリアで昼食をとっていたところ……どこからともなくアグネスタキオンとジャングルポケットが現れ……
「やあやあカフェ!今日はカフェテリアで食事をしていたのかい!水臭いじゃあないか。ちょうどポッケ君も居ることだし3人で卓を囲もうじゃあないか!」
というタキオンの言葉を皮切りとして一瞬で静かな食事が騒がしい場に変わってしまったからである。カフェは心底嫌そうな表情を作りながらも無遠慮に座って来るであろう二人のためにちょっとスペースを空けてあげ、今に至るというわけだ。
「うめェ~~~~~!!! やっぱ、トレーニングした後には甘いパフェだわ! タキオン、カフェ! お前らも頼んでみろよ! やる気も絶好調になって最強だからよ!」
「そうだなァ……私も頭脳労働をしたばかりだし、糖分補給がてらいただくとするか。カフェは?」
「……………………遠慮しておきます」
甘いパフェは食後のコーヒーにも合うだろう……カフェは少しだけ悩んだが、最近ややバ体重が増えてきていることを鑑み、ここは断った。今日はポッケとタキオンは午前中の早い段階からトレーニングをしていたと見える。ポッケは学園指定のジャージ、タキオンはいつもの学生服なので……最近、タキオンが研究していたウマムスコンドリアがどうのという実地研究にポッケが付き合わされていたのだろう。
「なぁんだい、カフェ~……最近妙に私たちを避けるじゃあないか。別段、君のプライベートを邪魔しようってんじゃあないが……おかげで私のQOLの低下が著しい。半分はトレーナー君、四分の一はデジタル君そしてもう四分の一はカフェが私の生活の面倒を見てくれてるんだから~」
「いえ、別に避けているわけでは……」
「たしかに最近、あんまりカフェとタキオンが一緒にいるとこ見ねーよな……大抵コンビでつるんでるのによ。むしろ、カフェがなんか最近いろんなところで『聞き込み』をしてるってのは俺もダチから聞いたぜ。一体何を調べてるんだ?」
既にものすごい勢いでパフェを食べきったポッケが、少し不思議そうに問う。そう、カフェは最近なにかしらの『調べ事』をしておりあまりいつもの理科室にいなかったのだ。
「……そうですね、お二人にも聞いてみてもいいかもしれません。『不幸の飛行機の夢』のこと……」
◆◆◆ マンハッタンカフェは動じない #031 『航路:地獄行き』 ◆◆◆
「ふぅン……見ると不幸が訪れる『夢』の噂ねぇ?」
「ええ……『いつの間にか飛行機に乗っていて、最初は何ともないが最終的には墜落したところで目が覚める』という『夢』……それを見た者は現実でも不幸に襲われる……トレセン学園の一部の生徒の間で、そんな噂がまことしやかにささやかれています」
「……でも所詮『夢』なんだろ……? そんなモン、気の持ちようなんじゃあねーか? 例えば朝のニュースの『十二星座占い』とかでさ。自分の星座の順位がよくなかったからなんとなく気が重いとか……そういうアレじゃね?」
カフェの話に、タキオンもポッケも最初はピンときていないようだった。しかし、カフェはその黄金の瞳で二人を見据えあくまで真剣に話をする。
「はい。最初こそ、私も気にしてはいませんでした……しかし、私の『おともだち』が……言うんです。これはあまりよくないものかもしれないと。ですから、私はこの所、聞き込みを行っていたんです。『あの子』は嘘はつきませんから……」
「う、『おともだち』ってあの……」
瞬間、さっとポッケの顔から血の気が引いた。どうにもポッケはフィジカルでなんとかできない『おばけ』がかなり苦手らしく以前もかなり取り乱していた。尊敬するフジキセキに最強を目指すならだれでも仲間にしていく位でないと、と言われて以降はなんとかコミュニケーションを取ろうとはしているのだがやはりまだ苦手ではあるらしい。
「ふぅ~ン……夢と言うのは古代から『神のお告げ』だとか様々に解釈され、心理学的にもフロイトやユングの研究が有名だが……その『飛行機の夢』をどの程度の生徒が見ているのか、有意なデータは取れているのかい? 一人での聞き込みだろうから、多くの証言を集めるのは難しいだろうが……多数の生徒が見ているのならユングの集合的無意識の概念にもやや似通ったものを感じはするね」
「……そうですね。その夢を見た……というのは私が聞き及んだ中では5人ほどでしょうか……」
「5人かぁ~……さすがにそれではデータの母数としては少なすぎるなあ……」
ううむ、と考え込むタキオン。
「ちなみに……だけどよ。その不幸が起きるってのはどういう感じなんだ? 夢を見たやつは実際に不幸に見舞われたのかよ」
ポッケはうう……と少し顔をゆがめてカフェに問う。こういうオカルト的な話もやはり苦手なのだろうか。
「……それに関してなのですが、夢を見た方が言うには……黒猫に前を横切られたとか、趣味でよく乗ってる自転車がパンクしたとか。一番ひどいので練習で転んでしまってちょっと擦りむいたとか……ですかね」
「……なんだそりゃ」
その話を聞いたタキオンは苦笑し、ポッケははぁ~?と若干気の抜けたような態度を取った。
「俺はてっきり交通事故に遭う! とか呪いで死ぬ! みたいなのを想像しちまったぜ……はー……なんか損した気分だ」
「カフェ~、さすがにそれは『おともだち』の勘違いか、『過剰反応』じゃあないか……? 野良猫なんてよくいるし、自転車のパンクもよく乗ってるなら、そりゃタイヤの摩耗も激しいだろう。転んで擦りむくのなんて、我々は陸上競技者だぞ。たまにはそういうこともあるさ」
「だよな~! なんかいらねー心配したせいで腹がまた減ってきた! パフェおかわりだ!」
「ううん……」
そう言って、おかわりのために席を立つポッケ。カフェも確かに『おともだち』が言っているとはいえ現状そこまでの被害が出ていない事に特段反論できず、結局その日はそのまま解散したのだが……
――キィィィィン
「ン……?」
ポッケはその日の晩、タキオンの無茶な研究……もといトレーニングで疲れがあったこともあって、自室で早くベッドに入った。はずであった。しかし、かすかに聞こえてくる甲高いエンジン音にふと目を覚ますと、そこは明らかに『飛行機の中』であった。
「なんだァ……?」
眠い眼を擦りつつ、辺りを見回す。するとすぐに、隣の座席にある物が目に付いた。スーツを着た男。いや、骸骨。
「う、うわああああああああああ!?」
驚愕のあまり、ポッケは弾かれたように席から立ちあがる。するとどうだ。見渡せるようになった中型の旅客機の客室、その座席にはずらりとあまさず『骸骨』が座っているのだ。服装は様々で、まるで旅行の途中でいきなり乗客が白骨化してしまったかのような印象すら受ける……
「ひ、ひえ……」
ポッケは涙目になり、思わずその場にへたり込んだが……その時、思い出す。そういえば、昼間カフェから変な話を聞かされたっけ。たしか飛行機の夢の話。ふと、気づく。
「なんだァ~~~~~……夢かぁ~~~~~~!!!!!」
そうだ。これは夢だ。そもそも、最後に覚えているのはトレセン学園のベッドに入ったことだ。いきなり骸骨満載の飛行機に乗っているわけがないし、冷静になれば明らかに夢っぽい内容でもある。きっと、昼間そういう話をしたからその影響で自分も『飛行機の夢』を見てしまったのだ。
「夢だと気づくと、逆に楽しくなってきたな……今思えば飛行機に乗るのって俺初めてだし……こう、サービス?でパフェとかでないかね~」
夢だと分かれば怖くなどない。よくできてんな、と骸骨を人差し指でつついてみるポッケ。と……
「あ!? パフェじゃん!!!」
いつのまにか、自分の座っていた座席備え付けの折り畳みテーブルが開き、その上においしそうなパフェが乗っている。
「パパパパッフェ~♪ 便利なもんだなあ。最初はびっくりしたが寧ろこれいい夢なんじゃあねえの!?」
座席にどっかと座ると、さっそくパフェに口をつける。クリームたっぷり、フルーツもぎっしりで、あまい! うまい! 頂上にはいつぞやタキオンに食べられてしまい、食べ損ねたチェリーまで乗っている! まさしく理想のパフェ! そんなこんなでポッケはお気に入りのチェリーを最後に食べようと温存しつつ、のんきに飛行機旅を楽しんでいた。
『本日はサンチアゴ航空513便にご搭乗いただきありがとうございます。当機はドイツ・アーヘン空港からブラジル・ポルトアレグレ空港までのおよそ12時間半のフライトを予定しています。機長は■■■■■■……ザザ……ザザザzzzz』
「ン?」
ふと、聞こえてきたアナウンスにノイズが混じった。最初こそ気にしなかったポッケも、妙だな。とけげんな表情を浮かべる。その時であった。
――ガクン!!!!
「な、なんだァーッ!?」
乱気流に巻き込まれたかのように、機体が揺れた。思わず食べかけのパフェを取り落としそうになるが、チェリーがどうしても食べたいポッケはウマ娘の強い体幹と気合でそれに耐える。
「そ、そういえば……カフェが言うには確かこの後……」
――ガクン!!!!!!!
再びの衝撃! 同時に機体が45度は傾いた! さすがに耐えきれず、パフェのチェリーが転げ落ちていく!
「ああっ! 俺のチェリー!」
『本日は本日は本日は本日zはサンチアゴサンチアゴzzありがとうごzざいますありがとzzzzzうありがとう当機当zzz機当機zzz当機当機――』
なんとか座席にしがみつきながら、辛うじてシートベルトで体を固定したポッケの耳に、ノイズ交じりのアナウンスが響く。それはまるで狂ったカセットテープレコーダーのように同じ文言を繰り返そうとしているように思えた。そして。
『――当機はこれより進路を変更いたします。目的地は地獄です。ご搭乗ありがとうございます。さようなら』
「なッ!?」
――ギュオオオオオオオッ!!!!
異様なアナウンスの後、いきなり機体が急速に高度を下げ始める! 夢の中だとけっこーのんきしてたポッケもさすがに、これにはビビった!
「う、うおおおおおあああああ!!!!?」
機首を真下に、半ば90度になった機体! ガコン!と天井から酸素マスクが飛び出してくるが、それが重力に逆らうように上に浮き上がる! それでも、シートベルトと自身の力で、辛うじて椅子にしがみついていたポッケであったが……
「あああああああああああああ!!!!!!!」
バキン、と音を立てて椅子自体の金具が外れ、分解。その拍子にポッケの身体も椅子から投げ出される。しかしどうすることもできない。ポッケは無重力の中でもみくちゃにされながら、落ちていく。落ちていく。落ちていく……
……………………
…………
……
「うわーーーーーーーっ!!!!!!!?」
がば、とシーツを跳ねのけ、絶叫しながらポッケは覚醒した。目の前にあるのは見慣れた自室の光景。だが、ポッケは落ち着きそれを認識するまでに10秒程度を要するほど、動揺していた。寝汗が酷い。なんて夢だ。チクショウ。
「ハァーッ……ハァーッ……変な夢を見たせいか、寝過ごしちまった……」
額の汗をぬぐいながら、なんとなく時間を確認する。もう昼過ぎだ。完全に午前の授業をすっぽかした。午後からのトレーニングももうすぐ始まる。ポッケは息を整えるとそのままジャージに着替え、部屋を出た。昼食をとっている時間もないが幸いと言っていいのか悪いのか……夢のせいか、今日は食欲がわかなかった。
「…………ぐへぇ」
とはいえ、やっぱりすきっ腹は堪える。トレーニング直前に食うと気持ち悪くなるが、それでも軽くエナジーバー程度でも腹に入れておくべきか?などと考えつつ、ポッケは自分の部室へと歩を進めていた。その時である、ポッケの半ば野性的な勘とでも言おうか。それに殺気めいたものが一瞬、ひっかかる。思わず、歩を足を止めるポッケ。
――ガシャアアアアアアン!!!
「うおっ!?」
その直後、目の前をひゅんとなにかが通過し、地面で砕けた。
「が、ガラス窓……?」
そう、校舎のガラス窓がフレームごと脱落し、ひとりでに落ちてきたのである。もし、ポッケが立ち止まらなければ頭から直撃していたであろう。すぐさま、他のウマ娘や学園講師陣、そしてヤジウマなど人が集まってくる。ポッケは怪我はないか、と聞かれたが偶然、直撃を避け破片などでも怪我をしなかったため、本当に良かったね、という形で時間的には十分程度の拘束で済んだが……
(……飛行機の夢を見たやつには不幸が起こる。まさかな。それに不幸って言っても自転車がパンクするとか最悪転ぶとか、そういうののはず……)
「チッ、厄日だな。今日は……くわばらくわばら」
妙にうすら寒いものを感じながら、ポッケは部室でトレーナーと合流。既に聞いていたのか、さっきの窓落下の件で心配されたものの、過度にビビッて肝心のトレーニングをおろそかにしたくない、というポッケ自身の意向もあり、まずは学園外周のロードワークからいつも通りトレーニングを始めた……
「ふっ……! ふっ……! ふっ……!」
校門を出て右回りに、学園沿いに数kmを流す。それが通常のポッケのルーチンの始まりだった。今日はこの後、スプリント中心の足のキレを活かすためのメニューだったか……などと考えているうちに、商店街脇を通り過ぎ、公民館のそばを越え、神社の境内横の道に差し掛かった。おおよそここが半分くらいの地点。体も温まってきた……その時だった。
――メキッ!
神社の境内側からふいに、なにか折れる様な音。鋭敏なウマ娘の聴覚はそれに気づき、ふとそちらにポッケが視線を向ければ……
――バキバキバキバキッ!!!
境内に生えていた、ブナかなにかの木が真ん中あたりから折れ、ゆっくりと歩道側に倒れ込んでくるではないか!
「ゲッ……!?」
思わず、ポッケは走り出した。別段、避けずとも自分には当たらなさそうではあったが……何かヤバイ……理屈でないものを感じたからだ。とにかく、今日はヤバそうな物からは全部距離を――
――バリッ!!!ピシャアアアァッ!!!
「えっ!? あ!!!」
その予感は、当たっていた。ブナの木は『電線』を巻き込み……それをひっぱって電柱ごと、歩道側にドミノ倒しめいて次々と火花を散らしながら倒れてきたのである! まるで、ポッケを追うように次々に『電線』が垂れ下がってくるッ!
「な、なんだとォーッ!!!!?」
一瞬で、ポッケの脚がトップギアに入る。ギチッ! バキッ! ガガガガッ!!! 背後では次々電柱が傾き、地面と接触した電線が火花を散らした。電線との距離、5m……4m……3m……! 日本ダービーを制覇したポッケの脚でも、逃げ切れないッ!
「野郎ォ―ッ……!!!! う、うおおおおおおおッ!!!!」
瞬間、ポッケは体勢を低くし、走る勢いとウマ娘の怪力を合わせて……無理やりに『マンホール』を引きはがし……それを円盤めいて回転させながら空へと投げた! ひゅんひゅんと高速回転するそれは、未だ倒れていない電柱につながる電線を切断……数十m先にひしゃげながらがらん、がらんと音を立てて落ちる。そう、電線に引っ張られて電柱が倒れているのなら、途中で電線を切断して『ドミノ倒し』の波及を止めればよい。
「ハァーッ……ハァーッ……か、感電黒焦げになるとこだった……」
さすがのポッケもこれは肝を冷やした。しばらく動けず、地面に大の字になり息を整える。
「……ポッケさん! よかった! まだ無事のようです!」
「おいおい、こりゃ……ポッケ君大丈夫か!」
と、聞き覚えのある声。
「……カフェ、それにタキオンか?」
……それから、ポッケはカフェとタキオンに付き添われ辛うじてトレセン学園――カフェとタキオンのいつもたむろする理科室まで戻ってきた。
「まさか短期間にこれほど力を増すなんて……何故……?」
カフェは、ポッケを見ながら険しい顔で思案する。そう、カフェはポッケから例の『飛行機の夢』の怪異の力を感じ取っていた。しかしおかしい。昨日までは些細な不幸を起こすだけのそれが、たった一日でなぜここまで? 怪異は噂の蔓延などで力を増すこともあるため、カフェ自身聞き込みの際には細心の注意を払っていたものだが……
「やっぱあの『夢』のせいなんだな……?」
未だやや心拍が上がって息が荒いポッケ。顔面は蒼白で、今にも吐き戻しそうにも見える。
「はい……おそらくは。ポッケさん、質問なのですが見た『夢』の内容は覚えてらっしゃいますか? もし、可能であればできるだけ詳しく教えていただきたいです。もしかすると夢の内容になんらかのヒントがあるかもしれません」
カフェは、ポッケにあえて無理を承知で質問してみた。本来なら今すぐにでも休ませてやりたいが、これほどの『害』をもたらせるようになっている以上、時間がない。早く何とかしないとまたポッケが狙われてしまう可能性が高い。
「……夢、昨日の夢か……そうだな、気づいたら飛行機に乗ってた……んで、骸骨とかパフェがでてきて……そういや、なんだったか。アナウンスがしたんだ。サンチアゴ? とかなんとか……それから……いきなり飛行機が変になって、それで……」
ぽつ、ぽつと話をするポッケ。おおよそ話が終わるころ、いつのまにかスマホを弄っていたタキオンが声を出す。
「……ポッケ君の話を元に、少し調べてみたんだが……類似の事件があった。『サンチアゴ航空513便事件』だ。ウマペディアや怪奇現象をまとめるwikiなんかにも載ってるぞ。結構有名な事件みたいだな」
「サンチアゴ……そうだ! それだ! サンチアゴ航空513便! 確かにそういうアナウンスがあったと思う!」
ハッとポッケが顔を上げ、タキオンを見る。タキオンは要約しよう、というとその『サンチアゴ航空513便事件』のwikiを読み上げ始めた。
「1989年10月12日、ブラジルのポルトアレグレ空港に中型の旅客機が管制塔からの呼びかけに応じず、無許可で無理やり着陸した。不審に思った空港職員が機内を改めると、乗員乗客はすべて白骨化しており……さらに機体を調べると1954年9月4日にドイツのアーヘン空港から飛び立ち消息不明となったサンチアゴ航空513便だった……という事件だ」
「ひ、ひえ……や、やっぱ、あれは……おば、おばけ……」
顔を蒼白にして、震えだすポッケだがタキオンはハハハッと笑い出し。
「怯える必要はないよポッケ君。なんたってこの事件は『起きてない』んだから」
「は?」
疑問符を頭の上に浮かべるポッケだが、タキオンは話を続ける。
「これはいわゆる『嘘』のニュースなんだよ。それが事実確認されないままTV番組なんかで放映されて、真実だと誤解されたんだ。それっぽく作られてはいるがサンチアゴ航空という航空会社も、アーヘン空港も、ポルトアレグレ空港も実際には存在しない。今でいうところのフェイクニュースの先駆け的な話だなこれは」
「な、なーんだ……でっちあげかよ……ビビらせやがって……で、でもよォー……カフェの霊感? には何か感じてるんだろ。そこんところはどうなんだ?」
ウソのニュースと聞くと、ポッケも落ち着いてきたのかはぁーーーーーっと長い溜息をついた。しかし、そうするとあの『害』は一体?
「恐らく、これは『嘘が怪異になったもの』でしょう。たとえ真であれ。偽であれ。なんらかのストーリーと言うのは『力』を持ちます。そしてそれが神秘性や説得力を獲得したとき……そうなってしまうことも、あります。たった一日でこれほど『力』を持ったのは異常ですが……」
「それについても、説明がつく。まったくネット万歳だねえ。ほら……」
そういうと、タキオンは弄っていたスマホでSNSのトレンド分析サイトを見せてきた。表示されているのは『昨日の夜』のトレンドだ。
「どうやら大手の『オカルトサイト』で『サンチアゴ航空513便事件』が取り上げられてバズったみたいだな。タイトルは『逆バミューダトライアングル!?30年前から現れた死の飛行機!』。一応記事ではこの事件が架空事件であるということは最後に解説されてるんだが……煽情的な記事のタイトルと概要だけみて内容を精査せずにニュースを語る人間なんてごまんといるだろ? このトレセン学園にもそういうのは多いってことさ」
「なるほど……トレセン学園で誰かが言い出した『飛行機で墜落する夢』の噂……最初は無害で力の弱い怪異だったそれが、昨日バズった情報と結びついて、一気に力を増した……というわけですか……」
カフェは考え込む。おそらくこれは対話が不可能なタイプの怪異だ。となればどうにか力を弱め、無害なものにするほかない。といっても……どうすればいいのか。とんと、見当がつかない。このままでは、ポッケさんがあぶない……
「………………ん?」
と、ポッケが声をあげた。
「あ、あー……だいたい分かったぜ。うん。なるほど」
「?」
カフェはなにがわかったのか、わからなかったが……
「なんつーか、たぶん、勝てるかも。俺。こいつに」
ポッケは、ニカッと笑ってそう答えるのだった。
――キィィィィン
「ふぁぁぁぁぁーっ……」
ポッケは甲高い飛行機のエンジン音を聞きながら、ゆっくりと目を覚ました。やはり、いつのまにか飛行機の座席に座っている。そして隣には、白骨化したスーツを着た骸骨。
「おはよーさんっと……おーい、誰かいるかーっ!」
ポッケは、座席から立ち上がると機内に向けて叫ぶ。反応はない。
「ンだよ、俺が『最初』かぁ……パフェでも食いながら待つか……」
ポッケは何やら不満げに座席に座ると、以前と同様既に出現していたパフェに口をつける。やはりおいしい。最高のパフェだ。
『本日はサンチアゴ航空513便にご搭乗いただきありがとうございます。当機はドイツ・アーヘン空港からブラジル・ポルトアレグレ空港までのおよそ12時間半のフライトを予定しています。機長は……』
と、ふいに機内アナウンス。『サンチアゴ航空513便』。例の事件の名前だ。
「ちょーっと待ってくれ。まだ『乗ってない』奴がいるもんでね……おーい『タキオン』『カフェ』よぉ~っ!」
「ふぁぁぁぁ……う~ん、眠い……ポッケ君もうちょっと声のトーンを落としてくれ……寝起きにガンガン響く……」
「ふぁ……すいません、おまたせしました……」
と、座席から声。それは当然、タキオンとカフェのもの。しかしそれだけではない。
「ポッケさん! これがポッケさんの夢の中なんですか!? すげえ!」
「ポッケさん、幽霊までぶちのめしにいくなんて! すごすぎっす!」
「遠慮なくかましてやりましょうぜ! ポッケさん!」
わあわあ、といきなり一気に機内が騒がしくなった。ポッケのダチ――可愛がられている後輩や群愚丹瑠の面々、フリースタイルレース時代から付き合いのある学外のウマ娘まで。座席の半数以上が、白骨死体ではなくウマ娘で埋まった! そう、これはタキオンがカフェの夢の中に入り込むという実験をした際につくった薬剤の効果である。タキオンはそれを増産し、ポッケの友人に配ったのだ。カリスマ性があり人脈も広いポッケの事、あれよあれよと協力者が集まりむしろ薬が足りないほどであった。ちなみに以前カフェの夢に入り込んだときは、『現れた物』のせいでなんともいえない結果になったのだが…………
「んじゃはじめっぞーっ!!!」
「「「「はーい!」」」」
ポッケの号令一下、全員が行動を始める。
「そうだなぁ……やっぱりまずは紅茶が欲しいな。サバラガムワに角砂糖をドバドバ入れてくれ。ドバドバ」
「では私はコーヒーを。夢の中ですし高いのを頼んじゃおうかな……ブルーマウンテン、いやクリスタルマウンテンにしようかな……迷いますね……」
「俺はやっぱ肉だな!骨付き肉くれや!!!骨付き!!!」
「人参ハンバーグ特盛!ポテトサラダも!」
「駅前のウマ味軒の特製スタミナラーメン!」
「せっかくだし普段食べられないフレンチなんていいかもなァ、おい幽霊! フランス料理をなんかくれ!!!」
『!?』
あちこちから、食事のリクエスト。夢の中ということでかなり無茶なものをリクエストしている者もいる! しかし、夢の中のせいか……それらはいつのまにかウマ娘たちの前に供され、すごい勢いで食べ尽くされていく。
「飯だけじゃアレだな……おーい、幽霊! なんか宴会芸やってくれ!」
「いいぞーっ!!!」
『!?』
さらには、無茶ぶりめいた宴会芸をしろ、との声まで上がる始末。
『お客様に申し上げます……機内ではお静かに、おねがいします』
「オイオイ、ここは夢の中なんだろ。俺たちゃ普段、きつーいトレーニングしてがんばってんだぜ? 夢の中ぐらい好き勝手してもいいだろ?」
状況を見かねたようなアナウンスに、ポッケは口の中にチェリーを放りこみながら反論する。そう、ポッケは最初に『パフェが欲しいな』と思ったら『パフェが出てきた』……つまり、夢と気づいていれば自分の意志で好きなように内容を操作できることに気づいたのだ。
『――当機はこれより進路を変更いたします。目的地は……じご……』
怪異側もこれ以上付き合っていられない、と思ったのか地獄行きだと宣言しようとする。しかし。
「よっしゃ、このままハワイ行こうぜハワイ! ブラジルもいいけどよーっ!」
「いいっすね! ハワイ!」
「やった! 夢の中とはいえハワイにいけるなんて!」
「「「「「「「「ハーワーイ! ハーワーイ! ハーワーイ! ハーワーイ!」」」」」」」」
ウマ娘たちの大合唱が始まる。ハワイ! 南国の楽園といえばやはりハワイなのだ。
『も、目的地は……じ、じご、じ……じごく……じ…………ハワイとなります。当機をご利用ありがとうございます』
「「「「「「「「やったーっ!!!!!!!!!!」」」」」」」」
ポッケ、カフェ、タキオン、そしてその他ウマ娘たちは集団で夢を捻じ曲げ、ハッピーエンドにすることによって『怪異』を陳腐化させてしまったのだ。こういった『怪異』は『不気味』『恐怖』『怪奇性』といったもので『神秘』を保つ。逆にそれがのほほんとしたハッピーエンドな夢ならば誰もそれを不吉だとも怖いとも思わない。力は半減する。『見ると不幸が訪れる飛行機』の夢は『食べ放題の後ハワイに行く夢』に塗り替えられてしまった。
『……サンチアゴ航空513便はハワイに到着いたしました。長時間のフライト、お疲れ様でした』
「よっしゃー!!! まずどこ行く? 海? 海だろ? なあ!」
「カメハメハ大王の像みたいっすね!」
「ウミガメとダイビングとか!」
先を争って、無事着陸した機体から外に駆け出していくポッケ達。
「日差しが強いのは苦手ですけど……夢の中ですし、折角のハワイですからコナ・コーヒーとか飲みたいな……」
「私はどうするかなぁ……まあ夢の中だし、なるようになるだろう」
カフェとタキオンもそれを追って、外に出る……
……………………
…………
……
「ふぁぁ~っ!!! よく寝たっ!!!」
起床すると同時に、伸びをしながら元気よく声を出すポッケ。時間は6時30分。
まだ少し暗いが、午前の授業前に軽く朝のジョギングを開始するにはうってつけの時間だ。
「よっしゃ、身体も調子いいしな! 昨日トレーニングが中途半端になった分とりもどすぞ!」
さっとジャージに着替え、軽く体操をしたポッケはトレセン学園から飛び出していった……当然、もう昨日のような明らかな『害』が起こるようなことはなく。トドメに、ポッケの友人連中が武勇伝として『ポッケさんが幽霊をブッ倒した』とか『食べ放題飛行機でハワイにいくめっちゃ縁起のいい夢』をみた、などと噂を広げたおかげで、やがて『不幸の飛行機』の夢の話はトレセン学園から忘れ去られたのであった。
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