マンハッタンカフェは動じない   作:むうん

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#037『時の断片』

「これなんてどうですか、ウチで一、二を争う逸品ですよ……先生にだけ特別にお見せするんです。ええ、『今井俊満』の絵……アンフォルメル主義の代表作です」

 

「ふーん…………」

 

 東京都M区青山。実のところただの『青山』は正確な行政区分としては存在しない地名であり徳川家康に仕えた青山忠成の江戸藩邸が置かれていたことにちなんだ呼称のこの地区には『骨董通り』と呼ばれる一角がある。御多分に漏れずその中に居を構えた骨董品店で、露伴は店主からカンヴァスに絵の具を塗りたくるようにぶちまけ、厚みがあるといよりはコブのように絵の具の塊が盛り上がった場所さえある……といった風の抽象画を見せられていた。

 

「……いいね。気に入った。ああ、スゴクいい。今まで僕は『骨董品店』というものに嫌われているのか——騙されそうになったり変な品を売りつけられそうになったりしてきたがいよいよもって『傑作』に出会えたって感じだよ」

 

「でしょう。ええ、ウチはそんじょそこらの怪しい店とは違うんですよ……経験と信頼がね……今井俊満だって先生にとっては釈迦に説法かもしれませんが……現代抽象画を語る上では避けて通れない画家でして……紺綬褒章やレジオン・ド・ヌール勲章など錚々たる受賞歴を——」

 

「だが買わない」

 

 

 

◆◆◆   マンハッタンカフェは動じない #037 『時の断片』   ◆◆◆

 

 

 

「違うんだよな……たしかに傑作で……『スゴ味』を感じるものではあった……ド・スタールの画集のように……大枚はたいて手元においてもいいとも思う……が」

 

 今日の目的はそういった過去の名作から得られる『インスピレイション』だとか『蒐集欲』を満たすためではなく、もっと直感的に『漫画のネタ』になる物品を買い求めに来たのだ。担当編集である泉くん曰く、あの骨董品店におもしろいものがある——あたりだった。いつもの理科準備室まで戻ってきた露伴は、早速という風に宝石箱を油紙の袋から取り出す。

 

「——こいつはすごいものかもしれない。あの骨董商、小金持ちの漫画家相手にカネを稼いでやろう、という態度はいけ好かなかったが『眼』は本物のようだ」

 

 『眼』が確かな人物は信頼できる。もちろん視力だとかそういう意味ではなく——経験や知識に裏打ちされた、そして時に感覚やあやふやな『勘』までも動員した『見る目』ある人物は貴重なのだ。その『眼』を持つ骨董商が三百万以上するだとかの今井俊満を売りつけるのを諦め、どこできいたのかは知らないが長い事買い手がつかないから五万でいいといってだしてきたのがこの小さく、なめらかなガラス質の石だった。

 

「複雑に中で反射して光が散るのか……ふむ、万華鏡、あるいはいくつもの銀河団がつらなって輝いているようにも見える」

 

 露伴は手袋をして、5cm程度の塊を宝石箱から取り出し、窓際で日に透かす。すると吊るされたサンキャッチャーと同じくらい鮮やかに、太陽の光がデスクや床に乱反射した。

 

「……そんなに熱心に弄り回すものかい? ぱっと見、何の変哲もない黒曜石ガラスかスノーフレークオブシディアンだろ? そのサイズならそこまで高価なものでもないはずだ。それが五万とは掴まされたねえ……」

 

 その光をうっとおしいという風に、ダボついた白衣の袖で遮りながら言うのはアグネスタキオンだ。彼女のデスクはちょうど窓際にあり、時折そこから外を走るウマ娘などを眺めては被験体にならないか、などと声をかけることもある……

 

「そもそもここは私のスペースだぞ。端的に言って近寄らないでくれないか……?」

 

「フン……陽の光に透かす程度もダメなのか? いつから太陽は君のものになったんだい?」

 

 そのやり取りを聞けば間に入って緩衝材になってくれるマンハッタンカフェは今日はいない。ちょうど今日は同じチームの後輩の選抜レースについて数日、京都レースまででかけているためだ。睨み合う二人の間に剣呑な空気が流れるが……数秒後にはフン、と顔をそらし合う。

 

「だが……『今回は』君の知見が役に立つ可能性がある。ほら、その反射した部分を見てみるといい。面白いぞ」

 

「はあ?」

 

 しかし露伴から次にかけられた声は意外なものだった。タキオンは最初は無視しようかとも思ったが、嫌そうに自身のデスクに反射する光に目をやった……というよりは嫌でも目に入ってくる。しかし、ほんの少しして不機嫌な瞳には『興味』が宿った。

 

「ふぅン……なにかしらの像……ガラス乾板みたいに黒曜石のガラス質になにかが焼き付いてるのか……? いや……動いている。活動写真……?」

 

 光の像をよく見れば、古いフィルムを再生するかのように何かが動いている。いや、よく見れば……乱反射する光点ひとつひとつでなにかそれぞれ別のものが蠢いているのだ。ウマ娘のレース風景。走行する車の列。どこかの町中の光景。オフィス。聖堂の中のようなステンドグラスと聖職者。どこか海外の庭先。海。ローマ遺跡。これは……見覚えがある。露伴だ。仕事をしている。

 

「幻燈機みたいだが……君がただ面白いからという理由で『人工物』のこういうものを買ったりはしないだろうから、これは『天然物』なんだろうな。レーザーで中に像を焼き付けておいて光の反射で動いているように見える、とかじゃないんだろう」

 

「その通り。これは——店主いわく『時の断片』なのだそうだ。この中には過去や現在、未来が『閉じ込められている』。時間という概念の固形化したもの……とでもいえばいいのか」

 

「随分仰々しいものだねェ……『時間の矢』から剥がれ落ち『固形化した時間』とは。宗教、哲学的、そしてもちろん科学的な角度からも『時間の正体』というのは研究されている。私も『速さ』という概念を追い求める者である以上、時間についての論文などを読んだことがあるが……世界各国の優秀な頭脳がこぞって研究しているのに、その結論は例に出した宗教的角度でも、哲学的角度でも、科学的角度でも端的に言って『時間とは何なのかよくわからない』に尽きる。が、まあ固形化している以上サルバドール・ダリの描く時間とは正反対だということだけはわかったな」

 

 タキオンは興味深そうに顎に手を当て、科学的見地から知見を述べた。一口に『時間』といっても、現代科学において『時間』とはそれほど掴みづらく定義できないものでそもそも『時間』という概念自体が存在しないという説を唱えるものさえいるのだから。

 

「解説をどうも、というついでにぼくも店主から聞いた話を少ししよう。この『時の断片』の来歴についてなんだが、どうやら江戸時代前期にほうき星……おそらく366年周期で観測される池谷・張彗星だろう。それが目撃された数日後に水戸藩で発見されたもので……当時の和歌にもこれにちなんだものが残されている」

 

「……彗星の観測はなんなら紀元前から記録があるからね。ギルガメス叙事詩やらエノク書、春秋なんかにも記録が残されているはずだ」

 

 タキオンと露伴が情報を交換し、正体を考察する間にも光点に投影される像は変化を続ける。飛行機。見たことのない機械。古代の狩猟の光景。空。川。鉄塔が立ち並ぶ光景。ビル群と東京タワー。未成熟な胎児。鶏。人々。なめらかなオベリスク状構造物。入道雲。

 

「……それで、当時の役人がこれを調べたがそのうちの一人が『なにか』を見て正気を失い、それ以降これはとある武士の家の蔵に固く封印されていて……結局その家は次第に没落し、明治期に売りに出されたのを例の古物商の曽祖父が買い取ったんだとさ。なにかをみて正気を失った、のあたりは正直箔付けのマユツバの気配もしないではないがネタとしてはなかなか面白い。ということで君、これを科学的に調べてみないか? 漫画を描くにあたってはそういうバックボーン——モノを理解しているか、は大事だからね」

 

「それで私を巻き込んだのか。まあそうだなあ……たしかになかなか興味をそそられるネタではあるが……できるのは別の大学の研究室を借りて組成を分析にかけてみるぐらいだぞ。彗星の一部……隕石とかであるならニッケルが30%程度は産出するはずだ。見た目的には全く隕石には見えないから望み薄だろうが」

 

 タキオンはそう言うと、貸してみたまえという風に手を出す。露伴は商談成立だ、という風にニヤリと笑って、ケースにしまった『時の断片』を手渡した。その日は、結局それで何事もなく、後日タキオンからの報告待ち、ということになる。

 

「ふぁぁ……」

 

 次の日、タキオンはデスクに突っ伏した状態から目を覚ました。しまった、午前四時くらいまで起きていた記憶はあるのだが寝落ちしてしまったか。ピーをポーしてペーする研究がいいところまで進んでいたのでこのところ寝不足気味だったからな……と、くしゃくしゃあたまを掻きながら大あくび。スマートフォンで時刻を確認する。14時18分……14時18分!?

 

「げっ……しまったァ~~~……思いっきり寝過ごしてしまったぞ……T大学には昼前には研究室にお邪魔させてもらうと連絡したのに……」

 

 優秀な研究者であるタキオンは学生ながら、大学の教授や各研究室とつながりを持っている。昨日も露伴に約束したように、大学の機材を借り『時の断片』の組成分析を行うための約束を取り付けていたのだがすっぽかしてしまった。約束した以上、先方に詫びを入れなければならない。クソ、安請け合いをするんじゃなかったな……とぼやきながらスマートフォンで大学に連絡をいれるタキオンであったが……『奇妙』であった。

 

「え、タキオンさんが来るのは明日では? それといつも通り大学門までセミナーの生徒を迎えに行かせるのでよかったね? 車椅子は介助が必要だろう?」

 

(……明日? いや、約束は今日のはず……思い違い……? それに車椅子、どういうことなんだ?)

 

 話の要領を得ない。たしかに約束は今日であったはずだ。露伴から話を持ちかけられ、その日のうちに連絡をして『明日』なら空いているから急だけどそれでもよいなら、という返答を確かに覚えている。

 

「……妙だ。なにか……ハッ!」

 

 その時だった。スマートフォン以外にもテーブルに置いておいた『目覚まし時計』に目をやる。13時46分……?

 

「ちょっと待て、おかしいぞ……さっきスマートフォンを見たときには……え——」

 

 スマートフォンに目をやる。10時55分。おかしい。先ほどスマートフォンは14時18分の表示だった。アナログ目覚まし時計ならまだしも、インターネット経由で常に時刻を同期しているであろうスマートフォンの時刻表示がいきなりこれほどズレるものか? なにかおかしい。なにかが。

 

 ——ザシャッ

 

 タキオンは咄嗟に窓のブラインドを開く。そこには——既にとっぷりと日が落ちて、電灯が灯った夜のトレセン学園の景色。消灯時間が近いのか、寮の灯りももはやまばらになっている。時間が……時間がおかしい……なにもかもが辻褄が合わない! いや、もはや夜ですら無い。昼。夕。夜。昼。夜。朝。昼。夜。朝。夜。夕。夜。目まぐるしく時間が『変わる』。それだけではない、トレセン学園の『景色』も変わる。木造の粗末なあばら家めいた古い過去の校舎。更に洗練され、設備の整った未来の学園。見知った風景。なにもない、かつての時代。

 

「時間が『断片化』しているのかッ……!?」

 

 咄嗟に、デスクの端にある宝石ケースに目をやり、それを開く。『時の断片』はまるで空気の中に溶けかけているかのように輪郭を失い、蜃気楼めいてゆらゆらと蠢きながら、ハッブル望遠鏡で観測したラニアケア銀河がごとく妖しく光彩を輝かせ、自分の面影のある自分とは別のウマ娘の姿を見せた。これは——自分が『得たもの』が受け継がれていく先の光景なのか!? それとも多岐にわたって分岐していく別の時間軸——。

 

 とにもかくにも、これだ。これをなんとかしなければッ! 断片化した時間軸の中に取り残されれば……どうなる!? 確かなのはそれが『私』にとってろくでもない結果を招くということだけだッ!

 

「うおおおあああッ!」

 

 その時だ。露伴が原稿用紙片手にペンを走らせながら理科準備室に飛び込んできた。

 

「この岸辺露伴を舐めるなよ……! 僕が締め切りを落とすなどという素人くさいミスをするものかァーッ……!!!」

 

 そう、『時の断片』に興味を持った露伴もタキオンと同じく『断片化』に巻き込まれていたのだ。締め切りの時間がいつのまにか変わって漫画を掲載できなくなったり、書いたはずの原稿がゼロに戻ったり……とったはずの取材メモが別のものに変わっていたり。なんとか間に合わせるために『走りながら』原稿用紙に漫画を書き殴り、インクや道具が足りなくなる前にそれらがおいてあるここに戻ってきた、というわけだ。

 

「君のせいでまた妙な事件に巻き込まれたわけだが、言い訳を聞こうッ! 岸辺露伴ッ! といいたいところだが……『よく戻ってきた』ッ! 今回ばかりは『露伴君』がいるからこそいいッ! 『漫画』を描くぞッ! 『露伴君』ッ!」

 

………………

 

…………

 

……

 

「……只今戻りました。喧嘩はしてない……わけないですよね」

 

 マンハッタンカフェは京都レース場からいつもの理科準備室に戻るなり、今回ばかりは絶対に許さないからな、とぶつぶつ呟くタキオンと僕だってこんな事態が予測できるわけがない、むしろ君も乗り気だっただろと言ってイライラした様子でコーヒーを飲む露伴。そしてできあがったばかりの『ピンクダークの少年』の原稿を見た。

 

「……付き添い遠征、おつかれさまカフェ。ところで聞いておくれよ~~~~~!!! 露伴くんが~~~!!!」

 

「露伴先生、それ……新作ですよね。その、ほんの少しだけ見せていただいても……」

 

「ああ、いいよ。いつも協力してもらっているからね……むしろこれにはタキオン君の指示も入っているからな。僕の作品に不純物が混じっているわけだから少し不安な点もあって見てほしいと思っていたところだったんだ」

 

 カフェはもはや飛びかからんばかりの剣幕で露伴を睨みつけつつ自分にダル絡みしてくる器用なタキオンを半分無視し原稿に目を通す。ストーリーはこうだ。『時の断片』という時間が結晶化した未知の物質のせいで『今』を失い、バラバラに細分化していく『時間』の中に取り残されそうになったピンクダークの少年。『時間とは何かの答え』『自分という存在はどこへ繋がっていくのか』などという哲学的な問いを繰り返しながらも、それらを経て最終的に確固とした自分を確立することで……今を取り戻す。という筋書きだ。さすがは露伴と言うべきか、難解だがメッセージ性のある作品に仕上がっており、格調高く、それでいてエンタメ性も忘れていない。忘れていないのだが……なにかちがう。

 

「うーん先生、面白いんですけど……失礼かもしれませんが、ここのところの台詞とか説明調じゃないです? あとこことか……絵がへちょい……というかこれ先生の絵じゃないですよね。一体?」

 

「そこはタキオンくんが考えたからな……これには理由があって、『二人で脱出』するためにはどうしても合作しないといけなかったんだよ」

 

「?」

 

 そう。タキオンは解決策として、露伴とともに『時の断片』を漫画の題材として『物語』にすることで、断片を一つのストーリーにまとめ、漫画として『完成』させたのだ。『完成』ということは……それ以上変化しない。時間は断片化せず『固定』される……。

 

「ま、このクオリティのものは雑誌には載せられないね。今から僕は改めて新作を書くとするか……」

 

「え、間に合うんですか? いえ、間に合うんでしょうけど……」

 

 驚いた顔のカフェだが、露伴の仕事速度をいつも見ているのだ。すぐさま間に合う、と確信してしまう。本気を出せば一日かからずあの凄まじい物語が生み出されていくのだから。

 

「宇宙の果てから来たものだとしても、時間の果てから来たものでも、僕にとってはページを埋める『かもしれない』ネタのひとつにすぎないってわけだ」

 

「時間の迷路の中で締切を落としてたくせにな……」

 

 嫌味めいて言うがタキオンだが、露伴が無視してGペンを滑らせはじめるとため息を吐いて自分のデスクへと戻っていく。そしていつも通り……カタカタというタイピング音と紅茶、珈琲の香りが混じり合った。今日の豆はエチオピアだ。

 

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