マンハッタンカフェは動じない   作:むうん

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取材編
#007『矢蛇村呪い唄事件』


「やれやれ参ったな……ここは本当に日本か? 『電気』と『水道』が通ってないなんて。Wi-Fiはつながるのが唯一の文明との窓口って感じだ」

 

「『電気』は自家発電機、『水道』はそもそも……日本百名水にも選ばれるほどきれいでおいしい水の水源地なので必要がないらしいです……」

 

 私服のアグネスタキオンとマンハッタンカフェは村から宿泊用として貸し出された空き民家の軒下で干し柿を齧りながら、見渡す限り紅葉した山の景色を見る。ここはT県M市矢蛇村。日本百名山およびカフェの言う通り日本百名水にも選ばれる水源――矢蛇湖を擁し、国定鳥獣保護区内ともなっている山間にひっそりと建つこの限界集落。住民は3世帯8人。

 

「……カフェさん。例の『蛇鎮祭』は今晩行われるそうだ。タキオン君、それまでにカメラのバッテリーをちゃんと充電しておいてくれよ」

 

 民家への急な坂道をふう、と息をつきながら上がってきて声をかけてくる一人の男。

 

 岸辺露伴。今回の『取材』の発端となった漫画家。彼は、トレセン学園の部外者ではあるのだが、カフェの事を気に入っており、時折助手として練習や調整に支障が出ない程度の短期日程で自分の取材に付き合わせるはた迷惑なヤツ。タキオンはそう思っていたが、カフェはあこがれの漫画家の手伝いができるのがまんざらでもないらしく、日程が確保できた時はその取材を手伝っている。これをよく思わないタキオンは、何かと理由をつけてそれにくっついていっていた。

 

「……なんで私が。そもそも私は君のお目付け役として付いてきただけだからな。自分でやり給え」

 

「はいはい。そこまでです。カメラとか撮影機材は私と『おともだち』がちゃあんと見ておきますから……」

 

 この辺鄙な集落を訪れた理由は、この村で行われる『蛇鎮祭』という『祭り』が今年で最後の開催であるからだ。前述したとおり、限界集落であるこの矢蛇村は最も若い住人の年齢でも50歳を超えており、もはや祭りの存続は不可能――そう判断したというのを、露伴の担当がどこからともなく聞きつけ『静かに消えゆく土着の文化……最後の祭り』という風な企画はどうかと提案し、露伴は一度それを断った。

 

そんなの僕以外でもできるだろ、というのが当初の理由ではあったが……

 

「……しかし、本当に自然が奇麗なところだな。何もないと言い換えることもできるが」

 

露伴もどっか、と軒下に腰を下ろし盆に置かれていた干し柿を取り……あまりおいしそうに見えなかったのか、戻した。

 

「露伴センセイ! 露伴センセイ!」

 

と、大きいがへりくだるような声色の男の声。

 

「おや、蘿蔔(すずしろ)さん……例の『呪い唄』の件、どうなりました?」

 

 蘿蔔 宗平。50歳。例のこの村でもっとも若い人物であり手延べ素麺づくりを生業とする。今回の露伴達一行の世話役を務める人物だ。露伴はついさきほどまで、この男と取材についての打ち合わせを『村役場』という名の彼の家で行ってきたばかりだ。

 

「いやそれが、困ったことになりまして……今になって、米栂(こめつが)さんの所のお婆さんが、こうしたものが部外者の取材で世間様に出て『矢蛇村』の名に傷がついては困る……そういいだしちゃいまして」

 

「まずい状況ですか?」

 

「ええ、米栂さんのお婆さん……千代さんは村の最長老で『蛇鎮祭』のいわゆる『巫女』を長年続けてきた人物でして元地主でもありますから……どうしましょう」

 

 露伴ははぁ、とため息をついて立ち上がり。

 

「そのお婆さんの所に案内してください。そういえば先に打ち合わせをしてしまって、まだ挨拶もできてませんでしたからね。そういうところで気を悪くされたのかもしれない。これはこちらの無礼です」

 

「いえそんな……」

 

「……カフェさん。それとタキオン君もだ。君たちも僕についてきているし……挨拶をしておいた方がいいだろう。食事中にすまないが、その米栂さんとやらのところに挨拶に行こう」

 

「あっ、はい、わかりました。」

 

 カフェはもちょもちょと食べていた干し柿を急いで口に放り込む。

 

 こればかりはうっかりしていた。土着の祭り――つまり文化に足を踏み入れさせてもらう側の人間なのだから、ちゃんとした敬意が必要だろう。とくにこうした田舎の細々と続いてきた村にとっては、我々のような異分子は見慣れないものだ。先方の不安を取り除くためにも、あいさつ回りぐらいはすべきだったな……そう考えた露伴はカフェとタキオンと共に、例の米栂のおばあさんの所へと向かった……

 

 

 

◆◆◆ マンハッタンカフェは動じない #007 『矢蛇村呪い唄事件』 ◆◆◆

 

 

 

「挨拶が遅れて申し訳ございません。東京から取材にやってきました。漫画家の岸辺露伴と申します」

 

「アグネスタキオンだ」

 

「マンハッタンカフェです」

 

 集落で最も大きい茅葺屋根の建物――その古風な囲炉裏付きの居間に通された露伴たちは、まず、米栂家の人たちの歓待にあった。

 

「東京から……ほんに遠いところからいらっしゃいましたねえ」

 

「なんもない村でもうしわけないですけんど、せめてゆっくりしていってください」

 

 米栂幸(84)と米栂健一(86)の二人はこのあたりの山の権利をかつて持っており、国定鳥獣保護区に認定と共に県にその土地を売却し、その金を切り崩しながら晴耕雨読自給自足の生活を気ままに送ってきたのだとか。なんとものんびりしていそうでちょっとうらやましいなあ……カフェはそう思った。この二人は、例の千代さんとは違い我々に対しては悪感情は抱いていないらしい。

 

「姉はねぇ、ちょっと気難しいんですよ。昔なんかしょっちゅう取っ組み合いのケンカしてねえ……」

 

 米栂健一……例の千代お婆さんの弟にあたる人物は囲炉裏で焼いた味噌餅を露伴たちに勧めながらそう話す。

 

「今でもケンカできるよ。健一。したろうか?」

 

 と、カタンと勢いよく襖があきそこから深いしわが刻まれた厳めしい顔の老婆が顔を出した。名家の子女を思わせる姿勢よくぴんとのびた背筋。整えられた結い髪。彼女こそこの村の最長老……米栂千代(92)であった。

 

「お邪魔いたしております……漫画家の岸辺露伴です」

 

 露伴たちは、いかにも礼儀に気位が高く、厳しそうな千代に対しそれぞれ挨拶を行う。

 

「……ようやっと挨拶しにきたんやねえ。米栂の家も低く見られたものやわ。それに……蘿蔔さん、来るのは漫画家さん一人や言うとりましたのに若い女の子連れで……あのね、『蛇鎮祭』は観光祭りやないんよ。伝統的な祭りなん。そこのところ、どうかんがえてますのん」

 

いかにも不愉快だ、という風の千代はカフェとタキオンを見て露骨に顔をしかめてみせた。

 

「彼女たちは僕の助手でして……撮影機材なんかの管理をしてくれています。事前にお知らせできなかったことは申し訳ない。こちらの手落ちの一言に尽きます」

 

 露伴は内心、フン、例の『祭り』などどうでもいい。例の『呪い唄』の方が本命なんだがな。と毒を吐きながら頭を下げる。

 

「妙なものがでてきて村の人みんな気持ち悪がっているのに……取材やなんて……『呪い唄』なんて縁起が悪い」

 

「その……お伺いしますが『呪い唄』についてなんですが、どういうものなのですか?」

 

 露伴は、ここぞ、とばかりに千代の発言に踏み込んだ。『呪い唄』……今年で最後となる『蛇鎮祭』を行うために、矢蛇湖に浮かぶ小島にあるという村の祠の掃除を行った所、祠の中から偶然、桐箱が発見された。その桐箱の中を改めたところ、『奇妙』な『唄』がしたためられた古い紙が入っていたのだという。

 

村の人間は、その中の不穏な内容を見て『呪い唄』ではないかと噂し合ったのだ。この『呪い唄』が露伴の取材のお目当てであった。

 

「あんたさんはそれがお目当てなんやろ? 見るまで帰らんみたいな顔が貼りついてますわ」

 

 そういうと千代は、はぁ……とため息をついて写真をいくつか畳の上に置く。それらは、『呪い唄』のしたためられた紙を撮影したもので、本物は桐箱に収めもとの場所に置いてあるのだそうだ。

 

「『どく』『へびははい』『わきあがる』『さる』『や』『によって』『いつか』『ほろび』『とかし』、『楠太門』、『33』『134』『50』『55』『06』『37』……どういうことでしょうね……『ほろび』とか『どく』とか……不穏な用語がありますが……」

 

 カフェは、興味深そうに……写真の中の『呪い唄』なるそれを読み上げる。『呪い唄』と言っても長い歌詞があるわけでもなく、短いひらがなを描いた紙が何枚もあるといったもので。とりあえず『毒蛇は這い、湧き上がる猿、矢に酔って五日。滅びとかし』と読んだ。数字に関しては法則性を探したが、特に見いだせずううん、と唸るばかり。

 

「……『楠太門』……これは詠み人の名前っぽいですよね」

 

「『太門』さんは、昔この村に駐在しとった兵隊さんの名前よ。私が子供のころ遊んでもろたのを少しおぼえとる」

 

「何を思って彼は、このような物を残したのでしょうか?」

 

「しらんわ」

 

 興味津々という風のカフェの問いに、ぴしゃりと答える千代。

 

「フン……まあええわ。すきにしたらよろし。『蛇鎮祭』も今年で最後じゃ。妙なことだけはなさらんようにね」

 

 そういうと、千代はこれ以上顔を合わせるのもイヤだ、という風に再び引っ込んでしまった。

 

「……嫌われてしまったものだねぇカフェ」

 

「そうみたいですね……」

 

 露伴。そしてタキオンとカフェは、キツイ態度であたった千代の行動をごまかすように味噌餅を勧めてくる健一・幸夫婦に断りを入れ一旦、貸し出されている空き民家へと戻り、夜――『蛇鎮祭』を待つことにした。

 

「……ふむ」

 

 その間、カフェは取材をするにあたってT県から貸し出されたいくつかの資料に目を通していた。もともとこの一帯には『大蛇伝説』があり、1973年には全長10Mあまりの蛇が目撃されたという記録もある。矢蛇村という名前の由来も、この『大蛇伝説』に由来があるのではないかと考えられているらしい。また『安徳天皇の剣』が山の山頂に奉納されたという伝えも残っているそうだ。

 

 そして『蛇鎮祭』は、『矢蛇村』に古くから残る祭りで『村に現れた大蛇を退治したところ、毒気を噴き出し多くの村人を死に至らしめたため、村人たちは矢蛇湖の真ん中にある小島に逃げた。そして蛇の鎮魂のためそこに祠を立てると毒気は消え去った』という言い伝えを戯劇化したものなのだという。

 

「おーい、カフェ! そろそろ出発しよう! 露伴君はもう先に出発してしまったぞ」

 

「あ、はい!」

 

 資料を読み込んでいるうちにだいぶ時間が過ぎてしまった。カフェは充電しておいたカメラを持ち、『蛇鎮祭』が行われる村中心の広場へと向かった。

 

「カフェさん、タキオン君、ちゃあんと資料になる様に撮っておいてくれよ。僕はスケッチに集中するからな……」

 

「はいはい」

 

「わかりました……!」

 

――どぉん、どん、どん、どん、どん、どん……

 

 まず太鼓が勇壮に立ち鳴らされ、『勇者』の登場のシーンから祭りは始まる。昼に最初自分たちを応対してくれた蘿蔔さんが古風な髷を結い、顔には隈取めいた墨で描いた化粧をし、帯刀して登場する。最も若い彼が『勇者』を演じる役目なのだそうだ。そして剣を抜き放ち、ゆっくりと剣舞めいた動きをしながら村の中心へと歩んでいく。

 

村の中心部の井戸のほとりでは、健一と他の住人二人の合計三人がかりで獅子舞のように動く『大蛇』の姿。『勇者』を待ち受けていたそれは激しく戦う。

 

「ふむ……」

 

 露伴はその一連の戯劇をすさまじいばかりの速さの手の動きでスケッチしていた。カフェとタキオンも手持ちの機材で『蛇鎮祭』を余さず録画しようとカメラを回し続ける。

 

「うおおおおお!!!」

 

『勇者』が叫び、『大蛇』の喉笛を貫いた。これにて『蛇鎮祭』の第一の舞が終了し、第二の舞……蛇の亡骸から、毒が噴き出し村人の多数が死に絶えるという場面が進行していく、はずであった。

 

――『ギャオオオオオオオオッ!!!!』

 

蛇の断末魔が、山を揺らしたかと一瞬カフェは錯覚した。同時、井戸から爆発するかのように、水が噴き出しびしゃびしゃと『大蛇』そして『勇者』を濡らした。

 

「ぎゃあっ!? 熱いッ!!?」

 

途端、大蛇を演じていた健一さんほか二人、『勇者』を演じていた蘿蔔さんが苦しみながら地面を転げまわる。

 

「えッ……!?」

 

「な、なんだァ―ッ……!?」

 

露伴たちは、数秒何が起こったかわからなかった。が、苦しみ悶える蘿蔔さんたちを救出するべくカフェと露伴が彼らに駆け寄ろうとしたその時、タキオンが叫ぶ。

 

「みんな、不用意に近寄るな……『酸』だッ……! 蘿蔔さんたちには『ペットボトル』の水を掛けろッ!早くッ!」

 

 タキオンはその化学知識をもって、『熱い』という発言。『勇者』や『大蛇』の衣装だけでなく、周囲の石や金属までがしゅうしゅうと音を立てて融解している様を見て総合的に判断し、先ほど井戸から吹き出たものは……『強い酸性』を持つ……おそらく『硫酸』であることをいち早く感づいたのだ。

 

「『ヘブンズドアー』ッ!!!蘿蔔さんたちの体はこちらに吹っ飛ぶッ!」

 

「『おともだち』ッ……頼みます!」

 

 露伴は、近寄るなというタキオンの発言を受けて『ヘブンズドアー』を発動させ、命令を書き込んで4人の体を引き寄せた。同時、カフェはふっとんでくるそれらを『おともだち』に受け止めてもらう。タキオンは、それに手持ちのペットボトルの水をとにかく大量にかけていく。幸い、村には井戸水だけでなく冷蔵庫でペットボトルに入れられ保管されていた以前にくみ上げた水も大量にストックされており、それらをとにかくかけることでまず『酸』を洗い流す。

 

「重曹……入浴剤でもホットケーキミックスでもいい……そういうの、ないか! 炭酸水素ナトリウムだよッ……なんでもいい!」

 

「あ、ありますッ……重曹ッ……ワラビとか、タケノコの灰汁抜き用の奴ッ!」

 

「いいぞッ!ぶっ掛けて、また洗えッ!!!」

 

 幸さんが、急いで自宅の台所から重曹を持ってくる。重曹は酸の中和剤として使われるのだ。この際には熱が発生することがあり、先に『酸』をできるだけ洗い流しておかなければならない……

 

……こうしてタキオンの知識により、蘿蔔さんたちはほんの軽いやけどで済んだ。それはよかったのだが……翌日。

 

「なぜだ? 自然界には硫酸なんてものは自然発生しないはず……」

 

「そうなんですか……?」

 

「ふむ……」

 

 『蛇鎮祭』は当然中止になり、露伴、そしてタキオンとカフェは昨日事件の現場となった村の中央広場の検分を行った。手持ちの実験キットを使い、慎重に溶けた鉄などの成分を分析する。やはり、タキオンの見立て通り噴き出したのは『硫酸』であったが、おかしいのだ。硫酸は空気中の水蒸気と容易く混ざり合うため、自然界には存在しない。それがこんな山奥でいきなり噴き出すなんてありえない事だ。

 

「や、やっぱり……『呪い唄』が……『太門さん』の……」

 

 と、それに声を掛ける者があった。千代さんである。昨日の凛とした様子から一転、怯えたように震える千代はその場にうずくまる。

 

「千代さん……何か知っているなら、話してください」

 

 カフェは、千代に駆け寄ると背中に手を当て擦りながら落ち着かせようとする。

 

「ええ……ええ……もう80年も前のことになります。『戦争』が終わりに近づいていたころ……『太門さん』は言っていたんです。この村は、毒によって滅びると。ああ、おそろしい、太門さんはきっとこのことを言っていたんじゃ。『蛇鎮祭』も中途半端……きっと『大蛇』のたたり――」

 

 恐れからか、まくしたてるように言葉を吐き出す千代。その光景を見て、カフェは落ち着いてください。と背中をさらに撫でたが露伴とタキオンは、顔を見合わせてうなずきあい。

 

「『ヘブンズドアー』ッ!!!」

 

「わ!」

 

「う……」

 

 露伴はやはり不意打ち気味に千代を本にした。やるなら先に言ってください、とばかりにジト目になるカフェ。

 

「……すまないね。千代さんはだいぶ動揺しているみたいだったからな。こっちの方が早い」

 

「これに関しては私も同意見だ。こっちの方が早い」

 

「むう」

 

 露伴たちは、千代を寝かせるとその周囲に集まり記憶を読み漁り始める。

 

「米栂千代。92歳。T県M市矢蛇村生まれ。夫、正蔵とは10年前に死別。弟夫婦とは仲が悪い。……この辺は関係ないな。ええと、80年前とか言ってたか、その辺まで適当にページをめくるぞ」

 

 露伴はぺらぺらとページをめくっていく。しかし、ページが古くなっていくにつれてだんだん古い紙が如く黄ばみがひどくなり、記述量も少なくなっていくように感じられた。

 

「……まずいな。さすがに80年前ともなると、完全に本人の中からも忘れ去られて読み取れる記述が少なくなっている。太門さんという人物についても、ほんの少し覚えている程度みたいだ。旧日本軍の軍人で……よく遊んでくれたが、工廠を覗こうとすると怒られた……まて、工廠だって?」

 

 工廠。つまり軍需品を作ったりする工場の事だ。こんなT県のこんな山奥に工廠があったのだろうか?

 

「怪しいな……『硫酸』というのは工業製品などの加工精製には一般的な材料だ。本当に工廠があったとして……それが置かれていた可能性は否定できない。完全に推測の域を出ない仮説だが、昨日のは容器の経年劣化によって地下にある工廠から流れ出た硫酸が噴き出したとか……」

 

「村のためにも、その『工廠』を探してみる必要がありそうですね。となると……例の『呪い唄』。あれがやっぱりなにか、関係あるのでは……?」

 

 3人は、目を合わせうなずき合った。『楠太門』――この昔の軍人がおそらくこの事件のキーだ。露伴たちは、米栂家まで千代を運ぶと、幸に昨日の事件を思い出し、取り乱して気を失ってしまったからしばらく面倒を見てやってくれ、と頼み込み千代を布団に寝かせてから、囲炉裏の周りに集まって例の『呪い唄』の写真を広げる。

 

「『どく』『へびははい』『わきあがる』『さる』『や』『によって』『いつか』『ほろび』『とかし』『33』『134』『50』『55』『06』『37』」

 

 カフェが写真の中の『呪い唄』を読み上げていく。

 

「……毒蛇は這い……毒矢……毒と化し……毒湧き上がる……それっぽいが……具体性には欠けるか?」

 

 露伴はどうやら単語の組み合わせを試しているらしく、まず『毒』という単語を起点に様々な文章を作ってみる。たしかにそれらしき単語は出来上がるが、それが『工廠』と関係があるかというと疑問に思わざるを得ない。

 

「ふぅン……私はこっちの数字が気になるな……数字ってのは普遍性があるものだろう。何らかの数列や数式かもしれない……」

 

 といっても、タキオンの頭に入っている様々な数式と照らし合わせてみたところで有意な結果が導き出せない。数式ではない? タキオンが、ううむ、と唸ったその時だった。

 

「あ……これ、もしかして……経度と緯度では……?」

 

カフェがぽつり、とつぶやき……

 

「あーっ!!! そうだ、これは経度と緯度だッ!!! 並び替えるとT県M市南方の山岳地帯のそれにぴったりとあてはまるッ!!!」

 

「なんだってッ!?」

 

 タキオンがやったなカフェ!とばかりにその首根っこに飛びつき、くるしいです……とカフェがぼやいた。

 

「しかしよくすぐにわかったなカフェ……」

 

「確かに言われてみると経度と緯度にしか見えないな。さすがはカフェさんといったところだね」

 

「そのう、私、登山が趣味なもので地図はよく見るんです。だいたい地図には経度と緯度がかいてありますから、もしかしてそうかな、と……」

 

 カフェは登山が趣味であり、地図を見る機会が多く経度と緯度という概念に触れる機会が多かったのが生きた形だ。カフェはタキオンと露伴に絶賛され、少しだけ嬉しそうに顔を赤らめた。

 

「とにかく、この経度と緯度には何らかの意味があるッ! 恐らくは工廠の位置を示す物だろう……『呪い唄』の方も気になるが、先に工廠を確かめよう。さっそく出発しようか」

 

「そうだな、そうしよう」

 

 こうして、露伴達一行は導き出した経度と緯度を目指してみることにした。そこは村からさほど遠くないが、完全な山の中で、近くまでは山道を通っていくことができたものの途中からはほとんど崖のような急斜面を降りていかなければならなかった。しかし……

 

「見ろ……これ、旧日本軍の水筒じゃあないか? 戦争映画とかでみたことがあるぞ」

 

 割り出したポイントに近づくにつれて、何十年も前の遺物めいたものが増えていく。水筒。ブーツ。缶詰の缶。それらを見るたび、露伴たちはこの先に工廠があるという思いを強くした。そして……

 

「明らかに怪しいですね……」

 

「ああ……」

 

 例のポイントには、ぱっくりと口を開けた大きな洞窟。露伴はたちはスマートフォンのライトを頼りに、中に入っていく。すると、すぐさま洞窟は人工物めいたコンクリート打ちっぱなしの空間に様変わりし、トロッコのレール跡や、もはやさび付いてなんなのかわからなくなった鉄骨資材などが置きっぱなしになっている。

 

「……間違いない。ここが工廠だな……調べてみよう。だが、何があるかわからない、件の『硫酸』が漏れ出している可能性もある。十分に注意してくれよ」

 

露伴の言葉にカフェとタキオンも静かに頷く。

 

 『工廠』は一見曲がりくねって複雑そうに見えたが、基本的に一本道で時折空き部屋があるだけであった。そしておおよそ、工廠内を100Mほど進んだころであろうか? 『庫蔵貯物険危』という標識がある分厚く、巨大な鉄の扉に出くわした。扉には四角い覗き窓があり、扉の向こうを覗けるようになっている。

 

「ふぅン……さび付いて開きそうにないな……露伴君、君の『ヘブンズドアー』でなんとかならないかい?」

 

「いや、無理だ……『ヘブンズドアー』は無機物には効果がない。破壊力自体もさほどではないからな。これほど分厚いドアをぶち破れるほどのパワーはない」

 

「となると、ここで実質行き止まりという訳か。カフェ、中には何がある?」

 

 露伴とタキオンがドアを開けようとしている間、窓から中を覗き込んでいたカフェは……震えていた。

 

「マズいです……み、みてください!」

 

「「え」」

 

 カフェに促され、急いで覗き窓から内部を見やる露伴とタキオン。

 

 そこには――『大量』という言葉で片付けるにはあまりにも無数の『錆びたドラム缶』があり、一本一本に『酸硫』という記述がある。おそらく、ここにある『硫酸』は1トンとかそういう類で済む量ではない。数千トンの『硫酸』がこんな山奥の中で人知れず眠りについていたのだ。しかも――

 

「ほんとだ、ま、まずいぞ……『硫酸』のドラムがッ!」

 

 ドラム缶の大半はすでに経年劣化が進んでおり……いや、もはや耐久年数を超えて、中身の硫酸が噴き出し始めていた。

 

――バシュンッ!!!!

 

 奥の方でひとつのドラム缶のふたが吹き飛んだ。それだけではない。バシュン!バシュン!バシュン!それに呼応するように、いくつものドラム缶のふたが吹き飛んでいくッ!

 

「や……ヤバイぞッ!逃げろッ!!!」

 

 瞬間、露伴たちは身をひるがえし、扉から離れる。しゅわしゅわしゅわしゅわ。背後から鉄の分厚い扉が融解する音。そして……バシャアッ!!!川のように『硫酸』が扉を突破して追いかけてくるッ!

 

「う、うおおおあああああッ!!!」

 

 超一流のウマ娘であるカフェ、タキオンは全速力までギアをあげようと、足に力を込めたが……露伴は!人間である露伴はそうはいかない!ウマ娘と人間……その走力は絶望的な差があると言ってよく、このままでは露伴が硫酸に飲まれてしまうッ!

 

「……しかたないなッ! 貸しだぞッ!」

 

「な、何ィ―ッ!?」

 

 と、タキオンが露伴の腕を思いっきり引っ張り引き寄せるとそのまま露伴を担ぎ上げるッ!

 

「漫画家の腕を粗雑に扱うなッ!」

 

「そういうことを言っている場合かッ!」

 

 ガシャン!ガシャン!グシャァッ!!!ズドドドドッ!!!!

 

 ついに工廠全体が溶融しはじめたのか、背後から崩落!落盤!危ない!

 

「タキオンさんッ!露伴先生ッ!」

 

 一足早く、外に飛び出たカフェが手を伸ばす。タキオンはそれを掴み、三者は半ばもつれ合うように抱き合いながらゴロゴロと転がった! それから数秒遅れて……ガゴオオオオオオッ!!!! 崩落する洞窟入り口!

 

「ハァーッ……ハァーッ……!」

 

「あ、危なかったッ……!」

 

3人大の字になり、空を見上げながら胸で息をする。事件は終わったかに見えた。が……

 

「「「そうだッ! 矢蛇村がッ!!!」」」

 

 昨日、井戸から硫酸が噴き出したという事は……位置的にあの大工廠の真上に矢蛇村が建っていることになる。何らかの被害を受けているかもしれないッ!3人は急いで立ち上がり、露伴はカフェとタキオンの力も借りて急斜面を駆けあがり、矢蛇村を目指す。

 

「村がッ……!!!」

 

 案の定、矢蛇村は……地面のあちこちが大きく陥没し、そこかしこから『硫酸』が噴き出していた。

 

「絶対に気化したのを吸い込むなよッ! 体の内部からやられるぞッ!」

 

 タキオンの指示に従い、全員口をハンカチで覆い隠して『矢蛇村』に誰か残っていないかを探す。と、おーい、おーい、と遠くから声がした。蘿蔔さんだ。どうやら村の住人は村役場である彼の家に避難しているようで、数人の姿が他にも見える。露伴たちは吹き出る『硫酸』を巧みによけながら、蘿蔔さんの家を目指した。

 

「……露伴センセイ!ご無事でよかった!一体どういう事なんですかこれはッ!?」

 

「説明は後だ! とにかくここから避難するぞ……全員下山するんだッ!」

 

「いや、間に合わない……」

 

 村に車などは残ってないかッ!?と蘿蔔さんに問いかける露伴をしり目に、冷静にタキオンが呟く。

 

「そのようです……聞こえる……これ、山頂の方からも……『山雪崩』が来る……!」

 

「な、何ィーーーーッ!!!?」

 

 タキオンに同調し、カフェが放った言葉に露伴は戦慄した。矢蛇村地下で起きた硫酸噴出と巨大大工廠崩落は、山全体に影響を与え大規模な『山雪崩』を引き起こそうとしていた。ウマ娘であるタキオンとカフェはその鋭敏な聴覚でその前兆を聞き取っていたのだ。

 

 『酸』そして『山雪崩』ッ! どうすればいいッ!!! いつまで時間が残っている!? とにかく動くしかない! どこにッ!? 露伴は……頭の中で『生き延びる方法』を模索し続ける。その時だ。

 

「ありますッ……逃げられる場所がッ!!!」

 

 カフェが、黄金の瞳を瞬かせながら力強く言い放った。

 

――グゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッ!!!!!!!

 

 巨大な地鳴りと共に、山雪崩が矢蛇村を飲み込んでいく。その光景を、矢蛇村の傍らにある『矢蛇湖』の真ん中にある島の祠まで避難したカフェたちは、呆然と眺めていた。

 

「まさか、伝承に倣うことになるとはな……」

 

 命からがら、島までたどり着いた露伴は荒い息をつきながら湖に流れ込んでいく大量の酸と土砂のブレンドを見やる。

 

 ――『村に現れた大蛇を退治したところ、毒気を噴き出し多くの村人を死に至らしめたため、村人たちは矢蛇湖の真ん中にある小島に逃げた。そして蛇の鎮魂のためそこに祠を立てると毒気は消え去った』

 

 村に伝わった伝承は、運命か。あるいは偶然か。住人たち全員の命を救った。

 

「『硫酸』は水和性ではあるが、大量に水と混じると高熱を発して……そのうち『気化』する……ここまでは『硫酸』も、『山雪崩』も届かない……」

 

 そうつぶやくタキオン。タキオンの言葉を聞き、『硫酸』が水蒸気と混じると知って、さらには熱心に矢蛇村の伝承を復習していたカフェならではの発想だった。

 

それから……

 

「ハァーッ……文明があるッ! 機械があるッ! 電気が! 水道がある! 人がいるッ!」

 

 タキオンはT県の空港にたどり着いて、一息ついたとばかりに叫んだ。露伴も、カフェも同様だ。矢蛇村で経験した事柄はまさしく『九死に一生』というもので、ようやく生きた心地がしたというのが本音だ。トレセン学園までの帰りの便は出発まで余裕がある。そういえば干し柿を齧った以降、何も食べていない。何かおなかに入れよう……カフェはそんなことを考えているうちに、ふと『呪い唄』の意味を解いていなかったなと思いだした。

 

「なんだったんでしょうね、『呪い唄』って……」

 

カフェがそうつぶやくと、露伴はあぁ、あれかと反応した。

 

「あの後もいろいろと文字を入れ替えてみたんだが……なんとなくは分かった。多分こうだ。『湧き上がる』『毒』『によって』『矢』『蛇は灰』『とかし』『いつか』『滅び』『去る』」

 

 岸辺露伴は、こう推測する。おそらく『楠太門』という人物は、矢蛇村の地下に作られた『硫酸』を製造する『秘密工廠』の管理をするために矢蛇村に派遣された人間だ。だが、『戦争』が終わり使い手もないまま大量に生産だけしてしまった『硫酸』をどう処理するか困った時の権力者は『工廠』が公式記録にも秘密裏につくられていたことを利用し、『見て見ぬふり』を決め込んだのだ。当然、『楠太門』にも『口をつぐめ』という指示が与えられただろう。だが、『楠太門』は保管しきれなくなった『硫酸』が矢蛇村にいつか害を及ぼすことを憐み、命令に背かぬよう誰かが気づくことを期待してあの『呪い唄』を残した……

 

 いわばあの『唄』は『呪い』ではなく『願い』が込められていたのだ……

 

「おぉーい、カフェ!もうおなかがぺこぺこだよぉ……空港のレストランで何か食べよう! 露伴君、今回の事件に巻き込まれたのは君の責任だぞ。おごってくれたまえ」

 

 思索にふける露伴を、タキオンの声が邪魔をした。だが、工廠で助けてもらった礼もある……ここはひとつ、大人の財力というモノを見せつけてやるのもいい。露伴はそう思いながら……最後に矢蛇村があった山の方に視線を向け、空港に入っていった。

 

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