マンハッタンカフェは動じない   作:むうん

34 / 44
#016『闇にうごめくもの』

 S県東部。東京都と間にまたがる秩父山脈に『平間山』という山が存在する。高さは609m、名前の由来は頂上部が平らであるからというシンプルなもので、『平間高原』と呼ばれることもある。主な施設は中腹にある平間山神社と江戸時代の銅山跡。この山の登山道を、3人の登山客が登っていた。

 

「ふぅ……タキオンさん、露伴先生、見てください。いい景色ですよ!」

 

 先頭を上るのは、黄色と黒の登山ウェアに身を包んだマンハッタンカフェだ。彼女は登山が趣味であり、今日はレース直後の休養期間ということもあって気分転換にこの平間山にやってきていたのだ。

 

「カフェ~、待っておくれよ~……」

 

「ハァ……ハァ……それなりに体は鍛えているつもりだったが、登山は慣れないものだな」

 

 それよりも後に続くのは、ピンクのウェアに身を包んだアグネスタキオンと、水色のウェアの岸辺露伴。登山初心者の二人はさすがにカフェのようにはいかず、息を荒げながら一歩一歩踏みしめるように、登山道を登る。

 

「まぁ……何事も経験というやつだな……」

 

 秩父山脈南東部は修験道の霊場であったことから『天狗伝説』があり、露伴にとっては、登山は『ついで』であり、本来、この山の中腹にある神社にある『天狗のミイラ』を取材に来たのだが……正直それは期待外れであった。どうみても、魚や動物の骨と皮、粘土を組み合わせて作られた『フェイク』。おそらく、見世物小屋などで見せるために江戸時代あたりにつくられたものだろう……現存する『人魚』だとか『鬼』のミイラなどもそんなものが多いと聞くが、まさしくそれにぶち当たった形だ。

 

 一方、タキオンは最初全く登山に興味を示さなかったが、露伴が行くとなるとカフェを守るぞ。などと言っていつもの如くついてきた格好だ。

 

「お二人にペースは合わせますから、ゆっくり登りましょう。

 大体慣れてる人だと一時間半程度で山頂まで登れる山なのですが、この感じだと休み休み、下山までにあと三時間がめどですね……」

 

 

「三時間かぁ~~~~……」

 

 タキオンが思わず声を上げる。この『平間山』登山道は比較的初心者向けのコースではあるが、それでも高低差が少ないとは言えない。ちゃんとした登りがいのあるコースで、カフェはそれゆえに二人をここに連れてきたのだ。十時頃から登って、今はちょうど正午。頂上まではもう少しだし、山頂で長めに休憩しても三時すぎには下山できる。

 

「ふふ、登ってる最中は苦しいですが、登り切った後の爽快感を味わえばタキオンさんもやみつきになりますよ。あ、スミレが咲いている」

 

 こういう小さな楽しみを見つけるのも登山のおもしろさのひとつです、などといいつつ、すれ違う登山客に一礼しつつ登っていくカフェ。タキオンと露伴もかろうじて一礼をしてどうにかこうにかカフェに追いすがっていく……

 

 

 

◆◆◆ マンハッタンカフェは動じない #016 『闇にうごめくもの』 ◆◆◆

 

 

 

「ついたぁ~~~~!!!!」

 

 平間山山頂にたどりついたのはそれから三十分後の12時半ごろであった。タキオンは最後の一歩を登りきると、よろよろと近くにあったベンチに腰を下ろし、一息つく。露伴も、体力を使ったのかやや息が荒い。

 

「ところでカフェ……山頂についたら売店でお茶でも買おうかと思ったんだが…………?」

 

 きょろきょろと周囲を見渡すタキオン。しかし、平坦な砂地と岩肌が広がるばかりで売店どころか自販機すらない。

 

「そんなものないですよ……事前に説明したじゃないですか。山頂にあるのは仮設トイレぐらいだって……」

 

「ええーっ!? そんなの言ってたっけ?」

 

 いいましたよ、とカフェは譲らず、ジト目でタキオンを見る。既にお茶を完全に飲み干していたタキオンはつらそうに顔をしわしわにしていた。さすがに登山初心者がさらに数時間、水分補給なしで歩き続けるのは無理があるので、カフェは自分の分を分けてあげますよ、とだけ言って。

 

「とりあえずご飯にしましょう……」

 

「うむ、気を取り直してそうしよう……なんだかんだ、山頂まで登ってみると空気も澄んでいるし景色もいいものだねェ……」

 

「まったく、君はたまに抜けてる時があるな……」

 

 タキオンは、トレーナー君から預かった弁当を二人にも配る。今回の登山は山岳での心肺トレーニングも兼ねており本来であればトレーナーも同行の予定だったのだが、急な用事で行けなくなってしまったため、代わりに弁当だけをお詫びとして託した形だ。

 

「はァ……」

 

 こうして、山頂で弁当を食べて休憩し、やる気と体力を充填した三人は頂上にある神社の分社に記念参拝すると、1時ごろにはもう山頂を出発した。おおよそ一時間歩き、タキオンが帰りたいよーなどと言い始めた頃……。

 

「……まずいです、霧が出てき始めました。天気予報では霧の発生確率はほとんどなかったはずですが……よく言われる格言の通り、山の天気は変わりやすいですからね……」

 

 カフェの言う通り、辺りに急速に霧が立ち込めてきていた。視界は2~3mといったほどで、タキオンと露伴はカフェの周りに集まり、どうするかを相談する。といっても、ここは山に慣れているカフェだよりだ。

 

「実際に出始めている以上、どうもこうもないな……こうした場合はどうするんだい、カフェさん」

 

「……そうですね。たかが霧と言っても、無理な行軍は体に雨粒の様にまとわりついて体力を消耗します……かといって夜になるとさらに気温が下がって体温が下がりますので……」

 

 実際、山歩きでは様々なアクシデントが想定される。特にこうしたケースは下手に動けばルートを誤っての遭難や道を踏み外しての滑落が予想されるのだが……だからといって下手にとどまって夜を待ち、寒さで低体温症となるケースもあり得る。遭難時に『こうすればよい』という決まった行動はあまり存在しないのだ。だからこそ、カフェは今回二人が山歩きについてくるにあたって、装備に関しては万全のものを選ばせた。皆の登山ウェアが派手な色なのも、万が一遭難したときに発見されやすくするためだ。

 

「近くに山小屋でもあればいいのですが……」

 

 幸い、スマートフォンのWi-Fiは問題なくふもとと繋がる。山のプロである山岳ガイドなどと連絡を取り合いつつ対策を練ることもできよう……そう思い、カフェがスマートフォンを取り出した時だった。

 

「あれ、山小屋じゃあないか……?」

 

 カフェから分けてもらったお茶を暢気にすすりながら、石に座って休憩していたタキオンがふと指をさす。そこには、霧の向こうにうっすらとだが、確かに山小屋があり……と言ってもかなり古い。事前に貰った山岳マップにもこんなところに山小屋があるとは記入されていないことから既に廃止されているものかもしれない。そんな山小屋が霧の中にぼんやりと窓から明かりを放ちながら浮かび上がっているのだ。

 

 ……もしかすると自分たちと同じく霧で困った登山客が逃げ込んでいるのかも。これはありがたい。休憩するぐらいのことはできるし、もしも霧が晴れず下山できなくなったとしても眠ることはできる。最悪救助される際の目印にだってなるのだ。

 

「……そうみたいですね。あそこで休憩していきましょう。このまま霧が晴れなければ、今夜はあそこで一泊です」

 

「ええーっ……まぁ、仕方ないな……」

 

「月並みなセリフだが山を舐めるな、という教訓だな今回は……何か漫画のネタにできないものか」

 

 登山初心者の二人にとっては、かなりハードな初登山となってしまった。カフェはなんだかすいません……と謝りつつ山小屋を目指した。

 

「カフェのせいじゃあないさ……ま、たまには研究室を飛び出てのフィールドワークも……」

 

 そう言いながら、少しさびたドアノブを捻って扉を押し開け、中に入るタキオン。その時だった。タキオンはけげんな顔をして、言い放った。

 

「っと、やっぱり、誰か既にいるぞ……」

 

 古い電球がジリジリと音を立てて、光を発する小屋の中。その隅に一人、いや二人の人物がいる。一人は男で、完全に隅に収まるように座り込みブツブツと下を向いて呟いている。もう一人は……毛布を掛けられたまま、眠っている……?

 

「すいません、私たちもここに避難をしてきまし……」

 

 カフェがとりあえず男たちに声を掛けたその時だった。

 

「ひいっ!?」

 

 ブツブツと呟いていた男は、今になってカフェたちに気づいたようで驚きの声を出すと同時に、何かを恐れさらに逃げようとして壁に張り付きながら、叫ぶ。

 

「早く閉めろッ! ドアをッ! 『やつら』が来るッ!」

 

「え、は、はい……!」

 

 カフェは男に気圧され、タキオンと露伴が入ったのを確認するとドアを閉めた。男は、それを確認すると荒い息をしながら、再び部屋の隅で座り込み、ぶつぶつと何かを呟き始める。ウマ娘の聴覚は、それが『念仏』であることを聞き取った。

 

「なんだね、少し『無礼』じゃあないか……? カフェさんが礼儀正しく挨拶をしようとしたのにその態度は……『礼』というのを親からならわなかったのか?」

 

(待て、露伴君……たぶんありゃあヤバい奴だぞ……下手に関わらない方がいい)

 

 露伴にひそかに耳打ちをして、釘を刺すタキオンであったが露伴は二人の方に歩み寄り……そして気づく。

 

「待て……何かおかしいぞッ……そのシーツで寝ているヤツ……ッ!」

 

 シーツからはみ出した寝ている人物の掌。あからさまに、まるで古い仏像のように黒く変色し、皺も老人のそれよりひどい。

 

「し、失礼……」

 

 露伴はシーツをめくり、寝ている人物の様子を確かめる。その間も座っている男はブツブツと念仏を唱えており特に干渉してくることはなかったが……

 

「こッ……これはッ!? 」

 

 そこにいたのは、全身が黒く変色しまるで骨と皮だけになった人物。来ている登山ウェアのデザインなどから、辛うじて女性と分かるが……その姿は全身が黒く変色した妖怪の『塗仏』を連想させた。だが、こんな状態でも……いや、どうすればこんな状態になるのかわからないが『女性』は生きていた。微かに胸を上下させ息をしている。喉からひゅうひゅうという音も聞こえる。そのショッキングな姿にカフェとタキオンは言葉を失い、立ち尽くしてしまった。

 

「『ヘブンズドアー』ッ!」

 

 露伴は、部屋の隅の男にヘブンズドアーを発動する。この異常な人物……ここに一緒にいたのはこの男だ。何か知っているはずッ!

 

「……松岡淳平太、24歳……趣味は登山で、尻に大きなほくろが3つあるのがコンプレックスでそのうち切除したいと考えている……恋人の鎌田えみりとさらに友人の田中五郎と共に平間山に登山にやってきた……」

 

 鎌田えみりとはこの寝かされている女性のことか……露伴はちらり、とそちらの方を見やる。

 

「……まってください、松岡淳平太さんって……捜索願いが出ています……!」

 

 カフェが、山岳登山アプリで平間山の情報を表示する。そこには『遭難者』の欄があり、松岡淳平太および鎌田えみり、田中五郎の三名昨日悪天候のため下山できず、山小屋で一夜を過ごすと連絡があるも本日も下山確認できず。山岳救助隊が出動し、ヘリで捜索するも突然の濃霧のため捜索中断とある。

 

「あきらかにこの二人のことだな……だが……これは異常だぞ。何かがあったに違いない、もう少しページをめくってみよう」

 

 露伴は緊張した様子で、ページをめくっていく。すぐさま、その異常な記述が見つかった。

 

「『やつら』が襲い掛かってくるッ! えみりが、えみりがこのままでは死んでしまう。辛うじてやつらの弱点を見つけたが……どうすればいいんだ? えみりを見捨てて俺だけでも下山すべきか? だが、いつまた『霧』が発生するかわからない……どのタイミングで下山すれば……そもそも先に助けを求めに行った田中は無事に下山できたのか!?」

 

「『やつら』? 何かに襲われたらしいな……熊……とかか……? だがッ……このえみりさんとやらの異常な状況の説明にはならない……ッ!」

 

 そんな中、露伴は気づく。ページの中の記述にとある『単語』が多い事を。

 

「『光』……『光』をともし続けなければ。だがこの電球はいつまで持つ? 『光』が時折点滅している。寿命が近い……スマホはもうライトの使い過ぎで電池切れだ。とにかく『光』を……手回し発電機でも持ってくればよかった」

 

「こいつ……やたら『光』を灯すことにこだわってるな……」

 

 その時だった。チカ、チカと電球が明滅したかと思えば……そのまま光が途絶えてしまった。

 

「あ……カフェさん、タキオン君……すまない、その辺に換えの電球なんてないか?

 山小屋だし、ストックの一つぐらいあるかもしれな……」

 

 露伴が振り向き、カフェとタキオンの方を見た瞬間、凍り付いた。不安げな表情を浮かべる二人の後ろ。山小屋の窓の外に。なにか。真っ黒い肉がぶくぶくとふくらんだような、それでいて人間に冒涜的なまでに酷似した手足と歯茎をむき出しにした巨大な口を持つ『なにか』が佇んでいたのだ。

 

「ハッ……!」

 

 霊感を持つカフェも、それに気づいたのか咄嗟にタキオンの手を引き、逃げるために露伴の方による。

 

「い、いけません……あれは、『あやかし』の類ですッ……しかも、かなりヤバイッ……

 あれはいけないものです。絶対に近寄っては……!」

 

 ぬちゃ、ぬちゃと粘着質な音を響かせながらあきらかに『なにか』はドアの方に近寄っていく気配がある。入って来る気かッ! 実際、きぃ、と音を立ててさび付いたドアノブが回される……!

 

「お、お前たちッ……『光』を消したのかッ!?

 なんてことをッ……なんてことするんだッ!!!」

 

 いつのまにか、本になっていた状態から復帰していた隅っこで念仏を唱えていた男――『松岡』は光が消えていることに狼狽し、それを電球の寿命が切れたことではなく露伴たちが消したと誤認すると、咄嗟に入り口横にある照明のスイッチを押しに行った!

 

「ま、待てッ!!!」

 

「あ! ぎゃあーッ!!!」

 

 松岡がスイッチを押そうとした瞬間、わずかに開いたドアからぬうと差し込まれた極度肥満体めいた真っ黒な腕が彼の右腕を掴む! すると、なんということか! 松岡の右腕が真っ黒に変色し、しわしわに干からびていくッ!!!

 

「な、なんだァ―ッ!?」

 

「お、『おともだち』ッ! 彼を助けてッ!!!」

 

 狼狽するタキオン。カフェは咄嗟に『おともだち』に助けを求めた。すると、ひとりでにカフェの登山ウェアのポケットからスマートフォンが浮き上がって……ライト機能を起動。そのぶくぶくと肥え太った腕に対して光を照射したッ!

 

「おあぁぁ~」

 

 すると、光を受けた部位はまるで影が光に照らされるが如く消え去り、松岡はその場に荒い息をつきながら、尻もちをつく。

 

「君ッ、大丈夫かッ……!」

 

 タキオンは、その一瞬のスキを突き、ドアを蹴り閉めると松岡を引っ張って露伴たちに寄せた。

 

「ハァーッ……ハァーッ……『やつら』とはさっきの『化け物』のことかッ!

 クソ、えみりさんはあれにやられたというわけだ……!」

 

 タキオンは、松岡の黒く変色し皺だらけになった右腕を見やる。まるでその部位から『生命力』が吸い取られてしまったかのようだ。

 

「……み、右腕が、畜生ッ……もう、夜が来るッ! 『やつら』が来るぞッ!

 電球が切れたのなら、は、早く探せッ! 取り替えろ! どこかに、ないのかッ!

 やつらは『光』に弱いんだッ!!!」

 

 松岡は、右腕を押さえながら半狂乱で叫ぶ。

 

「……さがすんだッ!!!」

 

 その声を聴き、露伴たちも換えの電球を探し始める。幸い……電球のストック自体は、いくらか見つけることができた。もう古そうだが、とにかく例の『化け物』がまた来る前に急いで交換を行う。チカ、チカ、と二、三度明滅したのち再び灯りがともされる山小屋。これで、一安心……なのか?

 

「松岡さん……だったね。いったい『あれ』はなんなんだ……?

 『光』に弱いというのは分かったがッ……」

 

「え……なんで俺の名前を……そもそもわかんねえ、わかんねえよ……

 霧に包まれたかと思ったら、いきなり現れて……えみりが……えみりを……」

 

 松岡という男は、露伴に名前を呼ばれてやっとまともな反応を返した。しかし、男も詳しい事は知らないのかわからない、と繰り返すばかりで役に立ちそうにはない。

 

「露伴君、まずいぞ……そろそろ日没の時間だ……!」

 

 窓の外を見ていたタキオンは冷や汗をかきながら露伴に警告した。そもそも霧で光がほとんど入ってこない以上、外に出ればあの怪物に出くわす。この山小屋で一晩を過ごすしかないのか? あの『化け物』の襲撃におびえながら。

 

「……はぁ、はぁ」

 

「カフェ? 大丈夫かい?」

 

 カフェは胸を押さえ、動悸を鎮めるように荒い息をついていた。それに気づいたタキオンはカフェの様子を見るが……その顔面は蒼白で、震えが止まらないという風。

 

「……『やつら』が来ます……すごい数です。百近い気配がします……!」

 

「な、なんだって……!」

 

 強い霊感を持つカフェは、『やつら』の接近に気が付いていた。タキオンは霧で見通せない遠くから、耳を使って『怪物』の足音を聞いた。それはひたひたとゆっくり、それでも着実にこの山小屋を目指して歩いてきているッ!

 

「完全に包囲されているぞッ……!」

 

 四方、どの窓からも近づいてくる『怪物』の群れの動きが聞こえる。だが、動きは遅そうだ。ウマ娘のスピードなら……とも考えたが、一体相手はいくらいるかわからない。完全に包囲されてしまえば終わりだ。

 

「落ち着け……やつらは光の中に入ってこれない……それは確かなことのようだ。見ろ、やつらは霧の中や……影、暗闇の中でしか活動できないみたいだ」

 

 同じく窓から外を見ていた露伴は、『化け物』が窓から漏れ出る光に決して近寄らないようにしていることや、霧の中でもより仄暗い木陰などにこのんで佇んでいることを観察から見抜く。

 

「大丈夫だ。電球も換えたばかり……どれだけ古い物とはいえ、一日ぐらいは持ってくれるだろう。問題はない。僕たちはただ、粛々とこの『山小屋』の中で過ごせばいいだけだ……!」

 

 ……それから6時間が経った。露伴たちは、遭難時用のチョコバーやエナジーバーと言った緊急時用のハイカロリー食品を持っていたのでそれを齧りつつ、何らかのアクシデントに警戒しながらピリピリとした空気感の中時間が経つのを待っていた。

 

 既に辺りは暗闇に覆われ、窓の外を見やれば無数の『怪物』が光の届く範囲ギリギリまで近づいて直立不動の態勢で立ち並んでいる。

 

「しかしどうやら『やつら』は……我々の『生命力』を吸い取っているようだな……あんなにしわしわになっていた皮膚がもう回復している……」

 

 松岡という男にもエナジーバーを分け与えたところ、急速に右腕の黒ずみと皺が収まり元の調子とはいかないが、ある程度肌に張りが戻ってきた。だが、重症のえみりさんはそうはいかない。もはや咀嚼するほどの力もない彼女に無理やり食べ物を含ませても窒息するだけだ。早急に病院での点滴が必要だろう……。

 

 露伴はそう考えながら、手帳にメモを取ろうとしたその時だった。

 

――ヂッ!ヂヂヂッ!ヂッ……

 

 ……電球が激しく明滅し、消える!

 

「何ッ!?」

 

「バカな……夕方に換えたばかりだぞッ! クソ、誰かスマホのライトで手元を照らしてくれッ! 僕が新しい電球に交換するッ!」

 

「は、はいッ!」

 

 露伴は電球のストックからさらに一つをひっつかみ、カフェとタキオンのスマホライトの明かりを頼りに交換するが……無情にも電球は光を発しない!

 

「どういうことだ……も、もしかしてッ!!!」

 

 露伴は、窓から外を覗く。ひたひたとこちらにやってくる『怪物』ではなく、小屋から伸びていた『電線』を探して……あったッ! 小屋に入る前はぴんと張っていたそれが地面に垂れているッ!

 

「まずいぞッ! 『やつら』……『電線』を『切断』したんだッ!」

 

「何ィ―ッ!?」

 

 まずい、まずいまずいまずい……このままではあの物量に押しつぶされやられる。持っている光源と言えばスマートフォンのライト程度だ。それだけでどの程度身を守れる? あの数に抵抗できる? いつまで電池は持つ……?

 

 ひた、ひたという音が大きくなっていく中、露伴は考えた。

 

「仕方ない……この手段は使いたくなかったが……皆、これを飲むんだッ!」

 

 タキオンはどこからともなく、試験管に入った毒々しい水色の液体を取り出す。そして一息にそれを飲み干すと、また人数分のそれを取り出してとにかく飲めと勧めてきた。

 

「タキオンさん……これは……!?」

 

「早くッ!!!」

 

 いつもならばタキオンの薬品を警戒し、決して受け取らないカフェも、露伴もさすがにこの状況で妙なことはしないだろう、とその薬品を飲み干す。松岡もだ。

 

「いいか、この薬は……表皮近くでルシフェリン-ルシフェラーゼ反応を引き起こすものだ。健康には『ほぼ』害はない……」

 

「『ほぼ』!? というかその、ルシ何とか反応ってなんなんですッ!?」

 

 カフェが驚いたように、口を開いたその時だった。その体が、青白く発光し始めたのだ!

 

「こういうことさ。我々はこれから『発光』する!」

 

「ええ……」

 

「ど、どうなってんだァ―ッ!?」

 

 あきれた様子のカフェと、驚愕の松岡。そう、タキオンの薬剤はよく服用者が発光する。彼女のトレーナーなどはよく薬を盛られているのかいろんな色に発光するさまがよく目撃されているほどだ。

 

「こんなものがあるなら、早く出してくれよッ! これで解決じゃあないか!」

 

 露伴はややイラついた様子でタキオンに詰め寄る。しかし……

 

「……これには『副作用』がある。もっと機材の整った所であれば、そんなものは起きない薬剤を調合できたんだが、今はこれで精いっぱいでね……」

 

「ふ、副作用……?」

 

 それからさらに5時間ほどたって。

 

「ハァ……ハァ……」

 

「ゲホ……」

 

 タキオン、カフェ、露伴、そして松岡の四人はもはや息も絶え絶えと言う風に座り込んだり、倒れたりしていた。体の発光もかなり弱弱しく、元から弱り気味の松岡の物などは既に消えている。

 

「…………」

 

 タキオンがいう副作用とは……体内のATP――アデノシン三リン酸と呼ばれるヌクレオチドを大量に消費する事。つまり急速に『疲労』し『腹が減る』のである。

 

「さ、寒い……凍えそうだ……」

 

 生物発光は基本的にほぼ熱を生み出さない。夜の冷え込み、体力消耗により露伴や松岡は低体温症をおこしかけている。

 

(…………いつまで、持つ? せめて朝まで……そうすれば……)

 

 既に手持ちのチョコバーなどの食品は尽きた。タキオンも、疲労感で体が動かせない。その時だった。

 

 ――がちゃり

 

 さび付いたドアノブがゆっくりと回る。そしてきぃ、ときしみながら開き……『やつら』がこちらを覗いているのが見えた。『やつら』はひた、ひたとゆっくりゆっくり室内に入り込んでくる……

 

「ハァーッ……ハァーッ……!」

 

(……もう、光量を確保できないか……)

 

 『やつら』は力つきかけている我々を見下ろすように集まると……ゆっくりとその手を顔面に伸ばした。

 

(……ここまでか。トレーナー君……すまない……)

 

 タキオンはゆっくりと目を閉じ、そのまま意識を手放して冷たい闇の中に落ちていった。

 

 それから……

 

――バラバラバラバラ

 

「う……」

 

 タキオンは、すさまじい騒音にたたき起こされる。

 

「大丈夫ですかッ! 意識はありますかッ!」

 

 レスキュー隊員と思われるオレンジの制服。その呼びかけに、こく、こくと頷く。声は出せない。その気力もない。

 

(間に合った……か……)

 

 横目に稜線を見やる。そこには、昇り始めた太陽。我々は、何とか朝まで耐えきったのだ。それに、スマートフォンの充電を温存していたことも、幸運だった。夜中、山小屋にこもっているとき、既にふもとに連絡し明日の朝いちばんで山岳レスキュー隊に救助を頼んでおいたのだ。

 

(………………)

 

 こうして、カフェ、タキオン、露伴を含む5人はヘリでふもとの病院に搬送されもっとも病状の深刻だった鎌田さんも事なきを得た。

 

「……平間山で遭難、5人生存、1人行方不明捜索続く……ですか……」

 

 カフェは、病院のベッドで点滴を受けながら新聞を広げる。幸い、体力を消耗しただけで怪我などはなく、明日には退院していいそうだ。だが……先に助けを求めに行ったという、松岡さんたちの連れの田中さんはまだ見つかっていない。というより……おそらくは見つからない気がする。

 

 ……それと、これはあとから、露伴先生に聞いたことだがこの平間山は江戸時代に『銅山』があったそうなのだが……そこで『落盤事故』が起きたという記録があるそうだ。当時の技術ではすぐに助けることができず、2か月を要して岩盤を掘り抜いたものの、内部にいた人間は全員餓死。『共食い』の形跡すらあったその犠牲者は100余名にのぼった……という事故があったらしい。なんとなく、『やつら』はその『犠牲者』の怨念であったのではないかと言う気がしてならない。暗い場所で食べ物を求め、さまよう集団……それはきっと、江戸時代から平間山に登る人間を襲い続けているのだろう。既に肉も肥え、ぶくぶくと膨れ上がるほどになったというのに……

 

 だが、私にはどうしてやることもできない。私は霊の話を聞いて、満足させてやることはできる。しかし、敵意や悪意を持ち、明確に命を害そうとしてくる『話の通じない』相手はどうしようもないのだ。

 

……私は後日、既に朽ちかけた『平間銅山落盤事故慰霊の碑』を訪れ、そこに花を供えた。

 

 ざわざわと風になびくブナの木陰で、水膨れめいて膨らんだ手足が一瞬ちらと見えた気がした。

 

←To Be Continued?

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。