アメリカ、ワシントンD.C。正式にはコロンビア特別区と呼ばれるということは案外知られていないこの人口百万人都市は、ホワイトハウス、連邦議会、最高裁判所などといったアメリカの政治中枢が置かれる同国の首都だ。
「『スミソニアン博物館』と一口に言っても、アメリカ歴史博物館や航空宇宙博物館、自然史博物館にハーシュホーン美術館、アーサー・M・サックラー・ギャラリーその他もろもろの施設群でだいたいスミソニアン博物館の『半分ぐらい』がこの『ナショナル・モール』にある」
ワシントンD.Cの中央にはナショナル・モールと呼ばれる国立公園があり、その中には多数の博物館、美術館、記念碑などが建設されている。露伴はマンハッタンカフェとアグネスタキオンに説明しながら、これまた有名なリンカーン記念塔のスケッチを行った。カフェなどは完全に観光客と化し、リフレクティング・プールと記念塔というお決まりの光景をスマホで写真に収めていた。
「ふぅン……で、今回わざわざアメリカくんだりまで取材に来た例のアレ、『化石』だか言うのはどこにあるんだい」
タキオンは時差で眠いのか、ふぁぁとあくびをしながら露伴に問いかける。
「……『神の化石』は自然史博物館で公開されているはずだ」
ロサンゼルスにあるラ・ブレア・タールピット……ソルトレイク油田から地下断層を通って水と共に湧き出た石油が天然アスファルトと化したタール沼のことで、ここでは水を飲もうとして転落し、アスファルトに飲まれた動物の化石が非常に良質な状態で見つかるのだが……数か月前にとある『ミイラ』がこの沼の発掘現場で見つかった。それは『ウマ娘』のものであり――通常タールピットで見つかる他の化石とは異なり『棺』に入れられていたほか、多数の副葬品と恐らくは人身御供として共に沈められたと思われるヒトのミイラ4人と共にあった。それだけなら未だ謎が多いウマ娘と人類の古代よりのかかわりの重要なヒントとして考古学や文化人類学界が騒ぐだけに過ぎなかったが。問題なのはその『ウマ娘のミイラ』の身長が30㎝ほどしかなく、手の指は4本、足の指が3本であるということ。
DNA鑑定の結果、奇形や欠損などは認められず――さらにはこのミイラは『れっきとした成人』であることが判明する。発見者の手記の記述から、通称『神の化石』と呼ばれるようになったそれは、学会だけでなく、宗教界までにも大きな論争を巻き起こしたのだ。
「……ワクワクしないか? 人間とウマ娘の関係には謎が多い。一説によれば、ウマ娘は異世界の生き物の魂と名を受け継ぐ存在であるというがそんなのは明らかに『非科学的』だ。なぜ人間から時折突然変異的にウマ娘が生まれるのか? それは未だに解明できない神秘だが、このミイラはもしかすればその『ミッシングリンク』になるかもしれないそうだ」
「……私も学術的興味がないとは言えないな。今回については。『神の化石』とは少々大仰だが、ウマ娘の神秘に迫るというのは私の追求する命題の一つだからね」
「たしかに、タキオンさんが自発的に露伴先生の取材についてくるのは珍しいですよね。いつもはお目付け役だから仕方なく、って感じなのに」
写真を撮り終えたカフェが、露伴とタキオンの下に戻ってきてそう言う。今回のネタは『ウマ娘』に対して生物科学的分野からメスを入れるタキオンにとっても興味深い物だったらしく、いつもは嫌々という感じのタキオンも乗り気であった。
「その調子で、今回は喧嘩しちゃだめですよ」
「失敬な。いつもタキオン君がつっかかってくるんだろ。僕は『大人の対応』をしているだけだ」
「なんだと~!? 君ほど子供っぽい大人は私は知らないがね……!」
「あちゃあ……」
カフェは、取材の行く末にさっそく頭を抱えた。
◆◆◆ マンハッタンカフェは動じない #28 『神の化石』 ◆◆◆
国立自然史博物館はワシントンD.Cのナショナル・モール内にあるスミソニアン博物館群の一つで、主にアメリカに関する自然史――毛皮、化石、動植物標本、隕石などの資料を収集・展示している施設であり、触ると呪い殺されるという伝承のある『ホープ・ダイヤモンド』があることでも知られる(当然露伴はこのダイヤモンドも許可を得てスケッチした)。
「これが『神の化石』か……聞いていた通り、小さな物だな……」
「えぇ。でもこの小さい身体の中に、ウマ娘のすべてが詰まっているかもしれないんですよね……」
露伴たちは『神の化石』が展示されている部屋に通された。そこは薄暗い部屋で、中央にガラスケースが置かれており、その中に『神の化石』は安置されていた。『神の化石』はまるで人間の胎児のように丸まって横になっており大きさはちょうど30センチほど。タールがしみ込んでいるため全身はどす黒いが、皮膚や尻尾の毛などはかなり良質な状態で残っている。露伴たちはごくり、と唾をのんでそれを観察した。
「……確かにこれは、ウマ娘そのものですね」
カフェはその小ささに驚いたようで、まじまじと眺めている。
「ふぅン……こんなに小さくても、やはり『骨格』『筋肉』はしっかり人間の大人と同じだ。手の大きさ、足の長さ……だが、指の数が4本。足の指は3本。これは仮説だがウマ娘の先祖は人間ではなく『別の何か』だったのだろうか? 例えば人間と別の何かが交雑したことによってウマ娘は生まれ、まれに先祖返り的に生まれてくるとか……うーん、こじつけの域を出ないな」
タキオンは『神の化石』を観察しながらぶつくさと呟いている。
「しかし、不思議な感覚です。まさか自分の祖先がこのような姿だとは」
「まぁ、僕たち人間は『猿』から進化したと言われているからな……『ヒト科』とまとめても、進化の仕方や分岐の順序などで様々な説が提唱されている。『神の化石』がもし本当にウマ娘の先祖なら、それは何なのか、そもそもウマ娘のルーツはどこにあるのか……このミイラはきっと、我々人類にとって非常に重要な意味を持つんだろう」
「……」
カフェは『神の化石』を見つめたまま黙っている。
「……どうしたんだい、カフェ?」
「いえ、ちょっと気になることがあって……」
「なんだい? 言ってみたまえよ」
「はい。ただ、あくまで『私のカンのようなもの』なのですが……」
カフェは少し口ごもりつつ、その『違和感』を口にする。
「この『神の化石』からなにも『感じない』んです。私の『おともだち』もこれに関しては何も言わない。『霊的な物』を感じない。なんというか、作り物と言うか……でもこれは人間と同じ組成のDNAが含まれているから本物なんですよね?」
「ほう、これはおもしろいな……」
露伴は不意ににやりと笑みを浮かべた。
「『フィージー人魚』って知っているかい? 簡単に言えば、サルと魚の骨を組み合わせて人魚の化石だと言い張る一種のペテンなんだが。そして日本各地にあるカッパや鬼のミイラなんかも大抵はそういう類ではある」
「つまり、『神の化石』も作り物、だと?」
カフェはええ……と言う風に露伴を見たがここでタキオンがあっはっは、と声を上げて笑った。そして今回ばかりは私の勝ちだ、とばかりににやにやとしながらスマートフォンを取り出して……
「この件に関して学術誌やらを多少調べてみていたんだが、露伴君の言う『フィージー人魚』の可能性は薄いな。『神の化石』そのものは既に年代測定にかけられているが、だいたい5000万年前。始新世期ごろのもので間違いない。つまりはこれは『作り物』じゃあないんだよ」
しかしそこで、だが……とタキオンは一拍置いて。
「私もカフェと同じように『神の化石』からは何も感じられないのも事実だよ。だからカフェのその勘には賛同する。私の研究においてはウマ娘は想いだとか人の感情だとか……そういったものに強く呼応するという性質があることは、スピリチュアルな感もあるが、恐らく真であろうと思っているんだがね、繰り返すように『これ』からは何も感じられない」
露伴はなんともロマンティシズムが過ぎるな、とは思いつつも当のウマ娘である2人がそう言うのならばなにかしらあるのかもしれない、と考える。
「さて……だいたいの観察は終わったしな。そろそろやるか」
「え」
「まさか」
二人は、露伴の言葉に驚く。
「『ヘブンズドアー』ッ!!!」
そして止める間もないまま、露伴はケース内の『神の化石』に対して『ヘブンズドアー』を発動させた。ヘブンズドアーは無機物などには効果が薄いが、かつて杉本鈴美に対して行ったように――それが死体などであれば生前の記憶などをある程度読み取れるのである。バラバラとミイラの顔面が古文書めいて開く。
「わああっ、だ、大丈夫なんですかこれ!」
「大丈夫だよ……別にミイラを損壊しているわけじゃあ――」
露伴はそこまで言って、何かに気づいたように言葉を止めた。
「…………これは、なんだ?」
「どうした、露伴君」
タキオンがただならぬ雰囲気に思わず声をかける。
「……僕のヘブンズドアーはウソ偽りなどは書けないはずなんだ。本人の記憶を読み取るからな……他にも『無駄な記述』とか……そう言ったものは普通、あるわけがないんだ。『本人の記憶』以外のものだとかが」
冷や汗をかきながらページになった『神の化石』を見つめる露伴。タキオンもそれを見やる。
そこには『露伴とカフェ、タキオンは神の化石を取材するためにスミソニアン博物館に行く。しかしそれには人類史を覆す秘密が眠っていた。←没。壮大すぎる。岸辺露伴シリーズはもっと日常に潜む怪異などが似合う』という簡単なメモ書きのような記述があるのみ。本人の生前の記憶などは一切ない。
「なんだこれ……没設定って……それに私たちの名前や、行動が記載されているぞ。どういうことだッ!?」
露伴は、冷や汗をかきながらヘブンズドアーにページを繰らせる。そこにはさらに別の脚注めいたものがあった。『せっかく神の化石という、それっぽい感じのフレーズを思いついたのだから何かに生かしたい。三女神などを絡めるのも面白いかもしれないが、公式で三女神の設定があまり出ていないため下手に記述することもできない。二次創作なので別に独自設定をつけてもいいがそれ相応の説得力が必要だ』とある。
「三女神、設定、公式、二次創作……おい……おい……ちょっと待て、これ……」
「まるで、何らかの創作物を作ろうとするアイディアノートみたいですけど……なんで、こんなものが……」
困惑する露伴とカフェ。
「ハァーッ……ハァーッ……」
その中でもタキオンは明らかに動揺して、荒い息をついている。これは……なにかまずい、我々は知ってはいけない事を知ろうとしているのではないか? いや、タキオンはおそらく『何かに気づいた』のか、ぽつ、ぽつと自分の思考をまとめるかのように、話し始める。
「カ、カフェ。露伴君。私は今――『恐怖』している」
それは、いつもの理知的なタキオンとは違い自らの中に広まりつつある困惑と恐怖を共有することでなんとか緩和しようとする試みにも見られた。そのただならぬ様子に露伴とカフェにも緊張が走る。
「露伴君。インテリジェント・デザイン説……君なら知ってるだろ」
「ああ、人間は知性ある何者かに作られた……というアレか。十年か前にアメリカを中心に論争になった……まさか……」
インテリジェント・デザイン説。露伴の言う通り、人間、ひいては宇宙全体がこれほど複雑かつ精密に作られているという事は何らかの高度な知生体の介入があった。あるいはそれらによって設計されたのではないか、とする宗教哲学の一説である。
「私は……物心ついてからというもの、ウマ娘に対して様々なアプローチから研究を行ってきた。物理学、生物学、薬学、心理学、スポーツ医学……だが、どうしても科学的に説明できない事象にときおり突き当たるんだ。この『神の化石』だってそうだ。おそらくは。だが、こう考えてしまうと筋が通ってしまうんだよ。この世界は『ウマ娘』というものが存在するという風に『つくられた』世界だとね。そのぐらい、ウマ娘と言うのは生物学的にも歴史学的にも古生物学的にも『異質』なんだ。どこからきたのか、わからないんだから」
それは、科学の常識に照らし合わせても非科学的な考え方だった。しかしタキオンは確信を持って、その『異質さ』について語る。
「ウマ娘の遺伝子には『ヒトゲノム』も含まれている。だが、ヒトゲノム計画は既に完了しているというのに、ウマ娘という存在との矛盾は解消されていない……異世界の魂と名前を受け継いで走る存在なんて伝承を信じてしまいそうになるくらいに、我々ウマ娘という存在は科学的に『脆弱』なんだ」
「……」
カフェは戸惑いながらもタキオンの言葉を聞いていく。露伴も同様だ。その額には汗が浮かぶ。
「つまり……なんだ? タキオン君、僕らは、知性ある生物によって意図的に作られたと言いたいのか? まるで『ゲーム』や『漫画』の登場人物みたいに、都合よく」
「……そう考えてしまいそうになるってだけの話だ。適当に聞き流してくれて構わない。だが……もし仮にこれが事実だとして、私達はどうなる?」
「……どうって」
「私たちは『造られた』ものなのか……? それとも『偶然生まれた』ものなのか……?」
タキオンは不安げに呟く。露伴は彼女の言葉に何も答えられなかった。
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