マンハッタンカフェは動じない   作:むうん

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#038『イシガミサマ』

「にしてもなんだな、昨日食べた椿のてんぷらっていうのは珍しいものではあったが正直……よく味がわからなかったな。微妙に花の香りとか味がしないでもなかった気はするが……」

 

「まぁ、たしかに……でもああいうのは多分、いわゆる花鳥風月……風流とか季節感とかを味わうんじゃないでしょうか」

 

「ふぅン、椿ってのは春に咲く花だ。今は季節じゃないから冷凍されてた花を揚げたやつだろう。それで季節感といわれてもなあ~」

 

 マンハッタンカフェとアグネスタキオンはややラフな秋の装いで歩きながら、昨日の旅館で出された食事の話に花を咲かせていた。N県G島地方。九州西部に位置し、韓国の済州島にもほど近い152もの島々で構成されるこの群島地域は、旧石器時代から人の営みがあり、石器・貝塚・遺跡などが見つかっている他、古事記における『国産み』のくだりや日本書紀にも記述が見られる。日本と大陸および東南アジア方面への貿易の要衝でもあり遣唐使の停泊地として使われたほか、戦国時代には世界の貿易史で『海賊』として扱われることもある貿易商人『王直』の活動拠点ともなっていたと言われている。

 

「……ここのようだな。取材の約束をした公民館は。カフェさん、タキオン君、先方が待っているはずだ。『語り部』の岐部さんがな」

 

 と、地図を見ながら先導するように二人の前を歩いていた岸辺露伴が顔を上げて振り返り、二人に対して呼びかけた。今回、露伴がこのG島地方にやってきた目的は、この地に伝わる『隠れキリシタンの伝承』を調べるためである。

 

 G島はもともとイエズス会の洗礼を受け、時の領主がキリシタンに改宗するなどした文化があり、その後の禁教令下では九州から潜伏キリシタンたちが移民として移り住んだこと、本土よりもさほど強い取り締まりが行われなかったことなどもあり、密かに信仰を守り続けた人々が多く、キリスト教の信仰が認められた後などには多数の聖堂が建てられ、今をもって50以上のカトリック教会が存在しているという。

 

「ようこそおこしくださいました。G島隠れキリシタン語り部会の岐部と申します。よろしくお願いします」

 

「事前に取材を申し込みました岸辺露伴です、漫画家の。こちらは取材を手伝ってくれているマンハッタンカフェさんとアグネスタキオン君」

 

「マンハッタンカフェです。こちらこそよろしくお願いします」

 

「アグネスタキオンだ。私はカフェの付き添いできているだけなのでお気になさらず。さっさと取材とやらに入ろうじゃないか」

 

 G島の公民館で待ち合わせた語り部『岐部(きべ)』さんは、少し恰幅のある壮年男性で、秋だと言うのに今なお暑い昨今の気温のせいか、ひどく汗をかいていた。彼は露伴に差し出された名刺を興味深そうに眺めてから、「どうぞ」と奥の談話室に案内してくれて、茶などを出してくれた後話し始める。

 

「G島のキリシタン文化はN県にも数多く残るそれらと一緒に、ユネスコの世界遺産に登録されていましてね。観光客も増えた。ですから、この地に伝わる文化解説のために我々のような『語り部』がボランティアで説明をさせていただいているんです。今なお、G島では10人に1人がキリスト教徒と言われています」

 

 かくいう私もカトリックでして、といって岐部さんは冷たい茶を一口含んでふう、と息をついて話し始めた。G島におけるイエズス会のキリスト教布教にはじまり、豊臣政権および江戸幕府による弾圧、さらにはもっとも弾圧がこの近辺で酷かったという幕末・明治期の話などがなされた……が、正直言って露伴にとってそれは物足りなかったし、最初からあまり興味のなさそうなタキオンなどは露骨に退屈というふうを隠さぬ始末であった。なぜならこれらは資料にそのままで、この『語り部会』のホームページに有るpdfファイルなどに載っている文言と大差がなかったからだ。

 

「ふぅン、宗教ってのは興味深いよ。信じるって行為が、人間の生理をも変えるんだから。この点については私の研究にも似通うところがある……とは思うんだがねェ~」

 

「……タキオンさん、そういう割にはあくびをして。失礼ですよ」

 

「わかってはいる、わかってはいるんだがなあ~~~。どうにも……こう……ねェ」

 

「……はは、やはり都会の方から来た人にとっては少々退屈でしたかねェ~~~……どうしましょう、ダイビングですとか地元農家の作った果物のスムージーとか、各種アクティビティとかもご案内できますが……」

 

 岐部さんもこちらの退屈や肩透かし感を感じたようで、困ったように笑いながらそう提案する。その時だった。

 

「別段僕は『歴史』を軽く見ているわけじゃあない……そこにはたしかに『犠牲』になった人々がいて、そういった人たちに対する『尊敬』を忘れることは、自分たちを軽視することにつながるからだ……だが、当然この岸辺露伴はそういった知識を既に頭に叩き込んでいる。単刀直入に言うが、あなたに聞きたかったのは『別』のことなんだ」

 

「というと……?」

 

 露伴は、困惑気味の岐部に向けてトン、とメモ帳にペンを立てて切り出す。

 

「『イシガミサマ』という単語に心当たりは?」

 

 

 

◆◆◆   マンハッタンカフェは動じない #038 『イシガミサマ』   ◆◆◆

 

 

 

「『イシガミサマ』……」

 

「この岸辺露伴の調査に依ると……G島のごく僅かな地域に『イシガミサマ』と呼ばれる土着の信仰があると聞いている。江戸時代の隠れキリシタン……最近では潜伏キリシタンともいうんだったか。それの日記だとか、ごく僅かな文献にのみ登場する文言だ。推測だが、宣教されたキリスト教がこの近辺の文化と混じり合ってできたものではないか、と思うんだがね……日本の隠れキリシタン信仰では日本神話の影響が見られたり、独特の信仰として聖画を御前様、聖水をサンジュワン様といって信仰対象にするということがあったそうだし」

 

「イシガミサマ、イシガミサマですか……」

 

 岐部はやや歯切れの悪い態度で2度、繰り返した。『イシガミサマ』。露伴の解説通り、この近辺の隠れキリシタンの日誌にのみごくわずか登場するなんらかの『神性』あるいは『信仰対象』であり、ある種、文化人類学的な観点と相性がいい『ピンクダークの少年』のネタにできないかと取材にやってきたというわけだ。

 

「……イシガミサマ信仰は私も聞いたことがあります。といっても、この件については残念ながら詳しく存じ上げないんです。なんというか『物忌』とでもいいましょうか。『イシガミサマ』についてはあまり話してはならない、という雰囲気が年長者にはありまして……私も特段詳しく聞こうと思わなかったものですから」

 

「部外者には話せない、と?」

 

「いえ、そういったものでもないとは思うんですけど……なんだろうな、どうしてもというなら……富美さんならなにか知ってるかもしれないです」

 

「富美さん?」

 

 若干、都合の悪いことを聞かれたので他に丸投げしたような風もあったが、岐部は『富美』という人物のことを語り始める。露伴の視線が喜色を帯びた。おもしろい、と。

 

「……ええ、もう90歳越えたおじいさんなんですけれど……この辺のことに詳しいんですよ。もともと『隠れキリシタン』の中でも禁教令が取り消されたあとにもカトリック教会に合流せず、独自信仰の混じったものを信じ続けた人たちもいまして、富美さんはその末裔だったんです。ですからわたしたちの知らないこともよく知っていて」

 

「では、その富美さんに連絡を取れたりできますか? 実際、会って話を聞いてみたい」

 

「ええ、では……この近辺にお住みですから、今からこちらにこれないか聞いてみますので少々お待ちを」

 

 そう言って一度岐部さんは奥に引っ込み、かすかに電話の声が聞こえた。タキオンなどはその隙に出された茶菓子をもそもそと口に運び、露伴は所感をメモに書き込みながら呟く。

 

「……予想以上に面白そうだ。人は『隠されたこと』『秘密』を『暴く』事に楽しみを覚えるからな。これはもっと掘り下げる価値がある」

 

「まったく、出歯亀根性がすさまじいな……露伴くんのそういうところちょっと気持ち悪いよ」

 

「フン、『探究心』と言ってほしいな。君の科学に対する『探究心』と何ら変わらない……いや、君のほうが大概気持ち悪いと思うがね。この前も君専属のトレーナー。なんだいありゃあ。君の調合した薬剤を飲んで、なんか一時的にねちゃねちゃどろどろになっていただろ。どういう効能なんだ?」

 

「あのねェ、私は君といっしょにされたくないんだが……あれは受容体型チロシンキナーゼのErbBファミリーがだな……」

 

「あーあーもう、岐部さんが戻ってきますよ。喧嘩やめ! 居住まい正す!」

 

 露伴とタキオンの喧嘩と科学解説の入り混じっためんどくさい話が始まりそうになった時、岐部の戻って来る足音を聞き取ったカフェはそう言って強引に話に割って入り、消化不良めいて睨み合う二人の話を終わらせた。

 

「富美さんなんですが、昼間は用事があるので夜なら会えるとの事です。どうしますか?」

 

「さすがにここで夜まで時間を潰すのは嫌だぞ露伴くん。そうだなあ、さっき言ってた……アクティビティにでも連れてってもらおうか。お腹が減ったので食事系がいいな」

 

「でしたら地産の食材で料理をする島料理の店が近くにございますので……そこで食事をして一旦解散ということにしましょうか。夜、もう一度ここに来ていただければ」

 

「こればかりは仕方ないな……こちらから無理を言っている形だしな」

 

「では一度御暇しましょう」

 

 こうして、一度露伴たちは時間を潰し、再度、夜になってから例の公民館へと訪れる。部屋で待っていたのは小柄だが元気そうな――それでいて眼はやや濁っていて、ほぼほぼ禿げ上がった頭という歳不相応にエネルギッシュであるのに、『枯れ』を感じさせる奇妙な印象の老人だった。

 

「今回は急なお話で申し訳ない、ご多忙の中、お越しいただいてありがとうございます。岸辺露伴です」

 

「オイも暇しとったけんね、家ん中おってもしゃあなか思て。でぇ、『いしがみさん』のこっ聞きたいっつはあが(あなた達)か? オイはフミいっます。よろしくおねがいしまァ」

 

 九州方面の訛りが強い富美老人はそう言って、じろりと露伴たちを見渡してソファに収まった。露伴たちは、早速というふうに話を切り出す。

 

「岐部さんのお話によると、富美さんはこの辺の歴史に詳しいとか。『イシガミサマ』についてもご存知なのですか?」

 

「知っとーよ、『いしがみさん』はこれよ。これ。見せたほうが早かね」

 

 知っていると言うが早いが富美老人は持ってきていたビニル袋の中から雑に木製の面を取り出した。日本の能面だとかとは違い、東南アジア風のやや縦に長く、彫りが深いというよりは眼や鼻、口の部分に切れ込みが入ったのっぺりとしたもの。しかし額部分には十字を模したと思われる文様が刻まれている。これが『イシガミサマ』……?

 

「オイも成り立ちがどっとかはしらんけれど、『いしがみさんの歳』になったモンはこつ被って長寿を願うンだわ。オイのオヤジは六十くらいで被っとーけども、三十や四十で被るモンもあったが、どげんふうに『いしがみさんの歳』が決まるかは知らん」

 

「ふむ……?」

 

 しかしその時、興味深げに『イシガミサマ』の面を見つめていたカフェの表情がやや怪訝になり、同じ色の濃い困惑の声を出した。

 

「カフェさん、何か感じるところがあるのかい?」

 

 露伴は来た、というふうにやや食い気味にカフェに話しかける。タキオンはそれを見て、不機嫌そうに眉根を寄せた。前々からたびたび思っていたが、この男はカフェを便利な探知機や判別機のようにつかっているのではないか、と。

 

「いえ、なんというか……こういった……いわゆる『呪物』の類……そこまでいかなくても、古くから伝わる物品にはなんらかの『思い』『執着』が宿っているものです。というより、だから『呪物』と言われる代物になる。これは……それを感じません」

 

「つまり……?」

 

「あの、気を悪くしないでほしいのですけど、これは……なんというか、『偽物』とか『レプリカ』というか……」

 

「なんね、あがァ、オイが嘘ついとーと? 折角『いしがみさん』見せてやったのに……」

 

 恐る恐る、言葉を選びようがないというふうに述べたカフェに富美老人は露骨に機嫌を損ねた。怒気というよりは嫌悪と、どことなく焦りを感じる所作ですぐさま『イシガミサマ』の仮面を風呂敷に包み直し、席を立つ。

 

「そうまで言うならアガァで勝手に調べェ。オイは知らん」

 

「す、すいません。でも……」

 

「ちょっと待ち給えよ、別段カフェはあなたを非難した訳じゃあないだろ。少し気が短すぎやしないか?」

 

「知らんいうとーがッ!」

 

 カフェは謝意を伝えるも、取り付くシマもなく富美老人はこの場を去り、短く、気まずい沈黙が流れたが……不意に、タキオンが口を開く。

 

「……で、露伴くん。君のことだ。いつもなら老人の意思など知ったものかと例の『ヘブンズドアー』を食らわせているところだと思うんだが、妙にすんなり帰したな」

 

「…………」

 

 しかし、タキオンが声をかけた時、露伴はじっとりと汗をかきながら富美老人の去った後を見つめていた。どうしたことか、メモ帳の上で時間が停止したかのようにペンは止まり、それを持つ指は力が込められているのか白くなっている。

 

「露伴くん?」

 

「……当然『ヘブンズドアー』をあの老人に食らわせようとしたさ。だが……あの老人には『書き込めなかった』。あの老人には書き込む余地がない。なぜなら、もうあの老人は『死んで』いるからだ……確かに『死んでいる』んだ、あの老人は」

 

 ヘブンズドアーの能力は無機物には効果がなく、たとえばそれが生物の死体であれば……生前の記憶を読み取れたりもするが、新しく書き込んで命令を行わせることはできない。死者はもう既に『経験』や『記憶』を新しく増やすことができないから。だが。あの老人はたしかに『生きて』、動いていた。息遣いがあった。たしかな意思があった。

 

「……コレもコレでおかしな話だが、肉体的に何らかの『仮死』状態だとか……そういったものでもないということか?」

 

 タキオンはその言葉を聞き、科学的見地から意見を述べようとしたがそれも露伴からの前述の説明で否定される。

 

「繰り返すようだが、あの老人が確実に『死んでいる』ことは事実だ。一体……?」

 

「……しかし、私は富美さんが死んでいる、とは思えませんでした。霊ですとか……怪異であれば……私も『おともだち』も確実に気づく。訳が分からない……あの『仮面』も、『富美さん』も……!」

 

 ……カフェも自分の感じたことを述べる。そう、もし彼が何かしらの超常的存在であれば……タキオンにとっては癪だが、カフェが探知機めいてそれを感じ取るはずなのだ。だが、カフェはあの老人を普通の人間だと思った。

 

「オイオイオイ、なにか『矛盾』してるぞ。露伴くんの『ヘブンズドアー』はあの老人が『死んでいる』という。しかしカフェの霊感はあの老人が『霊的なもの』ではない、と言っているッ!」

 

「状況を……整理しよう。いや、現状わからないことだらけではあるが一つ確かな事がある。あの『富美老人』はなぜ、『偽物』の『イシガミサマ』を出した?」

 

 そう、富美老人が最初に見せた『イシガミサマ』の仮面。あれは『偽物』だ。おそらくは比較的新しく、実際に使われたものではない。いいとこカフェが言ったように『レプリカ』のたぐい。

 

「ふぅン、もしレプリカを持ってきていて、レプリカだ、と言われて怒るのもよくわからないしな。ああそうです、これはレプリカなんですと認めればいいだけの話だ。つまりあの老人は私達にあれを『本物』だと思わせたかった……つまり、『イシガミサマ』を隠したかった、ということなのか?」

 

「『イシガミサマ』は『物忌』だと岐部さんがおっしゃっていましたね。なら、私達のような『部外者』には『偽物』を掴ませて、穏便に帰ってもらうためのもの……ということ……?」

 

「かもしれないな……だが、面白いぞッ……隠されるものには隠されるだけの理由がある。つまりそれだけの『ネタ』なんだ。危険かもしれないが、僕の作家としてのセンサーは『行け』と命じているッ! 見てみたいッ! 『隠された禁忌』をッ!」

 

 はぁ、とタキオンはため息をついた。露伴のこういうところが、毎度毎度危険な事に我々を巻き込んでいるんじゃあないのか、と言いたかったがこうなった露伴は止まらない。カフェも露伴先生だけにしておくと心配だ、と言ってついていくのは見えている。

 

「また危ないことに巻き込まれるのか……」

 

……次の日。

 

「ヘブンズドアーッ!」

 

 例の公民館。岐部さんがバラバラと音を立てながら、『本』と化し、ぐったりと応接室のソファに背を預けた。富美老人にヘブンズドアーが効かないなら、と一旦日を改めた露伴たちがターゲットにしたのは語り部会の岐部であった。

 

「なんだかもう、完全に我々はコレに慣れてしまったがだいぶ犯罪的な気がするんだよな……」

 

「ま、まぁ、その、はい……」

 

 露伴に敵対的なタキオン、そして擁護するにも言葉をつまらせるカフェを尻目に露伴は岐部の記憶を読むべくページを繰る。

 

「やっぱりな。昨日推理した通りだ。見ろ、この記述。『またイシガミサマのことを調べるライターだかなんだかがやってきた。私もまだ本物を見ることを許可されていないのに部外者が簡単にイシガミサマを見られると思うなよ。いつも通り、適当な作り話でご退散願う』……だとさ。まったく、僕はライターじゃなく漫画家だってのに……」

 

「怒るところはそこなのか……いいから、もっと重要そうなところを探し給えよ」

 

 タキオンの小言にうるさいな、とこぼしながら露伴はページを繰る。繰る。繰る。しばらくは、どうでもいいような普段の生活の記憶が続いた。岐部義弘49歳、本業は建築会社の経営。子供は二人いるが数年前に別れた妻に親権は取られていて、月に1度会うのが人生の楽しみ……

 

「あった。『イシガミサマ』の村……? という記憶があるぞ。読もう。『今日はイシガミサマの村で一人『墓所』へ『下る』人が出た。ようやく『空き』が出たということだが、私の席はいつ空くのだろうか。私は怖い。もう五十で昔のような無茶はできない。このままずっと空きがでなければ不老不死になったとしてもあまり意味がないような気がしている……あと数年のうちに2、3人下る人がでないものか』」

 

「イシガミサマの村……不老不死……イシガミサマは『長寿』を願う儀式だ、ということを富美さんが言っていましたね。イシガミサマは『不老不死信仰』のようなニュアンスで間違いなさそうですが、墓所とか、なんだか記憶がチグハグなような……墓所に下る、というのは亡くなる、の言い換えですよね……?」

 

 露伴の読み上げた記憶の内容に、カフェは疑問を呈した。不老不死信仰自体は珍しいものではない。我々が幼い時から親しむ『かぐや姫』の中にだって、時の天皇がかぐや姫から送られた不老不死の薬を山の山頂で燃やし、それがきっかけとなってその山が富士(不死)山とよばれるようになった、というエピソードが出てくる。だが、そういう信仰があったとして、岐部の記憶では『不老不死』になることがおとぎ話ではなく当然の知識のように扱われていた……が、人はなくなっているふうに受け取れる記述もある。

 

「イシガミサマの村……面白そうだ。記憶を読む限り、だいたいの位置もわかりそうだが……ふむ、地図アプリで調べたところ数件の家屋と……これは神社、いや小さな教会か? そんな感じの建物があるだけで、正確な市町村の種別的にはG島市に属する辺鄙な集落のようだな……ここからも車でだいたい30分か、かかっても1時間の距離だ」

 

「つまり、そこに行って調べる、と。君の行動パターンも大体わかってきたよ」

 

「そういうことだ。取材は足が基本だからね。実際に体験し、自身の血肉としてこそ『本物の質感』――リアリティが描写できるのさ。ということで、既に配車アプリでタクシーを呼んである」

 

 こうして、露伴たちは一路G島市の橋にある辺鄙な集落へと足を運んだ。あたりにはスーパーやコンビニどころか、自販機すらなく道路脇にぽつぽつと立っている電柱だけが文明とのつながりのように見えた。

 

「……こいつはどういうことだ?」

 

 だが、1時間もしないうちに露伴たちは調査に行き詰まる事になる。なぜなら、どの家を訪ねても『留守』であるからだ。いや、『居留守』を使われている。わかるのだ。どこの家にも『人の気配』があるが門戸を叩くと、TVを消し、音を立てないように家の中で息を潜める感覚がある。それどころか……感覚鋭敏なカフェには早くでていけ、という敵意のようなものまで感じ取れる気がした。

 

「ふぅン……こりゃあ空振りだな。露伴くんのヘブンズドアーを食らわすにしても、こうも閉じこもられるとどうしようもない。さすがに家の中にまで踏み込むわけにもいくまいね……」

 

「それだけじゃありません、今気づいたのですが……妙じゃないですか?」

 

「妙?」

 

 腕組みをして考え込むタキオンにふと、カフェが民家の窓を指した。分厚い遮光カーテンが掛かっていることが外からでもわかるが、言われてみれば全ての窓がカーテンで覆われたり、段ボールとテープで塞がれたりしているのだ。小規模な集落ゆえ、少し見渡すだけで他の家の様子も見て取ることができるが、どの家も似たりよったりである。

 

「……たしかに、我々が来たからさっとカーテンで窓を覆ったって感じじゃないな。『ずっとこう』なのか? この集落は……」

 

露伴は村落の様子をスケッチしつつ……奥へと進んでいく。

 

「何処へ行くんです?」

 

「いや……地図アプリの空撮写真でこの集落を見た時……少し奥に『神社』か『教会』のような建物があったんだ。こっちにあるはずだが……妙だな、ちゃんとした道がないのか?」

 

 そう言って露伴がずかずかと踏み入っていくのは、小さな畑の脇の農道というにも心もとない盛り上がりだ。が……人の通った気配はある。獣道めいて、草木が踏まれ、土が露出している部分がある。そうして数分もしないうちに見えてきたのは、小さな『教会』だった。古神道の流れをくんで、『神社』が『鎮守の森』に囲まれているように……まるでなにか、後ろめたいものを隠すかのように……集落の中心ではなく、少し離れた森の中に建築されたそれは、年季の入った石造りの建物で、鐘楼などはなかったが十字架が掲げられていたので『教会』と称したものの、建築様式としては日本風の要素が見られる。だから上空から撮ったアプリの写真では『神社』のようにも見えたのだ。

 

「立入禁止……とも書いてないということは入っていいってことだ。教会ってのは基本的に寄り合い所も兼ねているからな……」

 

 そう言ってズカズカと入っていく露伴。タキオンもそれを追って入り、カフェは小声で失礼します、と断って中へ。森の中にあるためかクモの巣などが張ってはいるが、よく教会内部にあるような壇と長椅子数脚があり、どれも時たま使用されているような風でホコリなどは積もっていない。とはいえ、だいぶ簡素で、それ以外のものはなにもない。

 

「ヴェネツィアで見たものとは大違いだな……いや、比べるのも間違いか」

 

「ですが……ここは、なにか……『微か』ですが、感じます。違和感がある。これは……『死』です。微かに『死』が香っている……」

 

 露伴は周囲を見渡し、そうつぶやきながらスケッチ……をしようとして、やめた。カフェの言葉を聞きながら壇上へと歩むと、壁に手を当てる。

 

「ここにレリーフがある。額に十字の描かれた顔……なるほど、あの『イシガミサマ』もあながち嘘だけじゃなかったということみたいだが……どうやらこれは押し込めるようになっているな……」

 

 そう言って、親指でレリーフを押し込む露伴。ガコン!

 

「うわ! またきみは無警戒に変なものをさわる!」

 

 ゴコココココ、という錆びた歯車が回るような音。タキオンは驚き周囲を見渡すと、何らかの機構が動いて、教会の隅の床が少し浮いた。分厚い跳ね扉の鍵が外れたのだ。内部は……地下へと下っていくハシゴが見えるが、先は闇だ。完全な闇がぽっかりと口を開けている。内部は見通せない。

 

「……露伴先生。この先からは『亡者』の匂いがします。ですが……薄い? 死と生が入り混じっている?」

 

 地下からコオオオ、と吹き出してくる黴びたような空気。カフェは闇の中を睨みながら、警戒したように露伴に声をかけたが、既に露伴はハシゴに足をかけている。その顔には興奮の色が浮かび、『ネタ』をモノにしてやる、という考えがありありと見て取れた。

 

「露伴先生、気を付けて」

 

「あー……やっぱりな。やっぱり行くんだろうな。クソッ!」

 

 露伴に続き、地下へ通りていくカフェ。悪態をつきながらカフェを守るためにそれを追うタキオン。ハシゴは7、8mはあって、降りた先ではさらに緩やかに地下へと傾斜した道が続いている。露伴はライターで火を灯し、先頭を切って興奮に任せてずんずんと進んでいく。

 

「ここが例の『墓所』とやらかもしれないな……『死』『亡者』の匂いがするんだろう?」

 

「はい……本当に微かですが……」

 

「私なら『死』の匂いがする場所に喜んで立ち入ろうとは思わないがねェ……」

 

 ……先頭を進む露伴の足が止まった。開けた『部屋』にでたのだ。地下室にしてはかなり広い。テニスコート1面分くらいはあるだろう。そしてそこには、無数の『石棺』が鎮座している。20か、30か、整然と。それぞれ蓋はなく、中には半ばミイラ化した遺体が祈りの姿勢めいて手を組み、安置されている。

 

「やはりここは『墓所』だ……しかし何故だ? 何故こんなふうに墓所を地下に隠しておく必要がある? パリにあるカタコンベのようでもあるが……」

 

「待て、露伴くん……なにか聞こえないか?」

 

「え?」

 

 露伴はタキオンから呼びかけられて耳を澄ます。何も聞こえない。

 

「聞こえる……ここには……人がいる? 『死』がかすかにある、のに、人の『息遣い』がある……! いえ、『墓所』にしては『死』の気配が『薄すぎる』……!」

 

 タキオン、そしてカフェの……ウマ娘の鋭敏な『聴覚』は露伴には聞き取れない『息遣い』を捉えていた。バカな、露伴は……近くにある『石棺』に安置されている死体を……いや、『死体』ではない。見た目は完全にミイラ化しているが、一定のリズムで胸が上下している。唇が微かに動いている。息をしている。『生きている』……!

 

「な、なんだァーッ……!?」

 

「『イシガミサマ』ですよ。露伴さん」

 

 その時、ふと背後から声がかけられた。咄嗟に露伴がライターの灯火を向けると、ひんやりとした地下であるというのに、ハンカチで汗を拭きながら『岐部』……そして『富美老人』が立っていた。露伴、そしてカフェとタキオンは、その剣呑な雰囲気にやや距離を取る。

 

「『イシガミサマ』はね……『宣教師が持ち込んだ』んです……『イシガミ』とは『イエス』そして『カミ』が合わさり、訛ったもの……ココにいる人達は『イシガミサマ』となり、『イエス様』のように『復活』を待っている。そして」

 

 岐部は露伴達を回り込むように、部屋の奥へ。そこには祭壇があり……『石で作られた仮面』が安置されていた。

 

「あなた達には感謝していますよ。あなた達が調べ回ってくれたから……『イシガミサマ』たちは、対抗するために私に『仮面を被る』許しを与えてくれた。私は不死になる、ですが……不老ではない。いつか『イシガミサマ』たちのように闇の中で完全なる復活の時を待つ……」

 

 岐部は恭しく仮面を手に取ると、それを被り……祭壇に同じく安置されていた、祭祀用と思われる装飾された短刀で指先を裂く。

 

「血は命なり!」

 

 そして血が滴る指先を仮面に押し付け、一文字を書くように横にすべらせる! するとどうだ。仮面から奇妙な骨針が瞬く間に伸びて、頭蓋に突き刺さったではないか! おおお! しかし岐部は死なず、恍惚めいたうめき声を漏らし、体を硬直させる。『奇妙』……実に『奇妙』な光景だった。

 

「ッ……」

 

 露伴達全員が、目を見開いた。ボロボロボロボロ。仮面が崩れ、中から現れたのは……若い男の顔だ。しかし……そのところどころに『岐部』の特徴がある。若返っている……!

 

「あれは……『死』と『生』の間にいるモノです。死んでいるのに、動いているのに……『止まっている存在』なんだッ……! 『死者』でも『生者』でもない……ココにいるのは皆、アレの成れの果て……!」

 

「URY……」

 

 岐部、そして富美老人が奇怪な唸り声を零し……地面をえぐるほどの勢いで踏み込みながら、飛びかかってくるッ!

 

『ヘブンズドアーッ!』

 

 露伴は咄嗟に、ヘブンズドアーで防御を試みたが……速い!地面を蹴り、天井まで飛びかかった岐部が上から襲いかかってくるッ! 背後からは富美老人! 防げるのはどちらか一方かッ!

 

「……危ないッ!」

 

 咄嗟に、カフェがタキオンと露伴を引っ掴み横っ飛びした。上空から振り下ろされた拳はめちゃくちゃに砕けながらも、圧倒的パワーで地面を砕いてクレーター状にヒビを作り、さらにめり込む!

 

「……自分の体すら反動で破壊してしまうほどの破壊力を出せるのかッ! ヘブンズドアーで受け止めようとしていたら、そのまま押し切られていたッ!」

 

「これが『イシガミサマ』の力かァ~……イヒヒ、いいぞォ、てめえらを始末して軟骨をバリバリ噛み砕いてやるゥゥゥゥ……!」

 

 『おともだち』が空間を捻じ曲げたのか、かろうじて軟着陸した露伴たちはなんとか立ち上がり、後ずさる。しかし岐部、富美老人二人はそろりそろりと、飛びかかる隙を伺うように近づいてくる。逃げ場がない。勝機は!? ここからどうやって逆転するッ!? 逃げ延びるッ!?

 

「ふぅーッ……少々ヘヴィーな状況だが! 僕が少年漫画の主人公ならどうするか……そうだな、友情、勝利、努力でうちの会社は売ってるんだぜ。そのうちの『友情』ってやつを利用させてもらうとするかな」

 

「ふぅン……『友情』を『利用』ってこれまた嫌な言い方だな……だが、ま、私だって命は惜しいからね……それにカフェのためだ。私はこういう時頼りになるだろうカッフェ~~~」

 

「こういう時にダル絡みするのはやめてください……まじめに。ほらやる」

 

「つれないねェ……」

 

 吐息を一つ。タキオンはそういうとどこからともなく試験管を取り出し……ガシャンとそれを地面にぶちまけた!

 

「URY? ……ァアアァァ!!!」

 

 瞬時、強烈な『光』が発生し、それを受けた岐部、富美老人の体を焼いていく。

 

「光! 太陽の、ヒカリィィ……ひかり、あれ、ひかり……ふたたび、ひかりのなかに……いし、がみ……さ……」

 

 すべてが終わる。岐部、富美老人は、奇妙な祈りの姿勢めいた姿を光の中で取り、そのまま焼けていった。棺の中の『屍生人』たちも、動けぬままチリに変わっていた。

 

「かつて僕が杜王町にいた頃……ある『奇妙』な『老人』の記憶を読んだことがあってね……驚嘆したよ。『波紋法』『石仮面』『吸血鬼』『屍生人』『柱の男』……それら怪物たちとの戦いの記憶……だが、そいつらは一様に『弱点』を持っていた……『太陽光』に弱い、という弱点を……」

 

「太陽光といっても結局は電磁波だからね。そしてマクスウェルの方程式によれば波長の性質を持つ。私だって何も、無為に被検体を『光らせてる』わけじゃない。元は効果の可視化なんかのためだが、波長を多少調整して『太陽光』を擬似的に再現するくらいはできるさ……いきなりさっき『太陽光』を再現できるかと言われた時にはびっくりしたが」

 

 そう、露伴はカフェに掴まれてタキオンとともに横っ飛びした後、密かに『弱点』をタキオンに伝えていたのだ。太陽光スペクトルは当然、現代では解析されており工業用でなくとも、太陽光に近い光を作り出すライトなどもちゃんと存在するし、農業などでは人工光合成として立派に運用されているのだ。あるものなら、作れる。ある意味では天才科学者であるタキオンを信頼した作戦ではあった。

 

………………

 

…………

 

……

 

「で、露伴くん。例の屍生人とやらのデータを私にも教えてくれたまえよ。危ない目に巻き込んだんだ。それぐらい良いだろう?」

 

「なんでそんなことを一般人の君に知らせないといけないんだ? 君はただの女学生だろ。やけどするだけでは済まないからやめておいたほうがいい」

 

「あのねェ、そのやけどするだけでは済まないものに巻き込んだのが君だろーがッ!」

 

 いつもの理科準備室。今日のカフェの挽いた豆はニカラグア、ヌエバ・セゴビア。あれから、露伴先生はSPW財団というパリの時に一悶着あった財団の知り合いに連絡して、例の集落や教会を調査してもらったそうだ。結果は、例の『イシガミサマ』は『石仮面』というメキシコで出土したある種のオーパーツの『模倣品』……いや、それを『劣化コピー』した不完全な代物で、不死をもたらすが不老ではなく、やがて死ねないまま動けなくなってしまうというものだったようだ。

 

 『キリスト教』が現地の宗教と習合されることがあるように、おそらくメキシコに宣教に赴いた宣教師が、現地で見つけた『石仮面』とその不死の力に影響を受け、キリスト教に取り入れたまま本国へと帰ったとしたら。その信仰が形を変えながら受け継がれ、それが偶然G島のとある集落で生き延びていたとしたら……

 

「私は脳科学だって齧ってるからね……アレは明らかに『脳』に作用していた。研究者としての単純な興味ってやつで百歩譲っても悪用する気なんてないぞ。だから情報を出すんだよッ」

 

「全くうるさいな……科学は新たな信仰だが、君は少々その信仰にのめりすぎじゃあないか?」

 

 情報をよこせと騒ぐタキオンにくるりと背を向け、露伴は原稿用紙上でGペンを滑らせる。

 

(今思えば、光の中で屍生人となった岐部さんたちが取ったのは祈りの姿勢だった。太陽に対する憧憬……なんらかの信仰だったんだろうが、キリスト教の祈りの仕草にしては、何もかもがチグハグで間違っていた)

 

「せいぜい、君は信仰の形を間違えないようにしてくれよ」

 

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