マンハッタンカフェは動じない   作:むうん

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閑話・その他
#!『奇妙な部屋からの脱出』


「トレーナーくーん! さっさと目覚めておくれよぉ~~~!」

 

 ふいに、ゆさゆさと『あなた』の身体が揺さぶられる。聞こえたのはあなたの担当ウマ娘……アグネスタキオンの声だ。今日はトレーニングは休みのはず。弁当も事前に作ってタキオンに届けてある。となるとなぜ? あなたは未だ眠い目をこすりながら、ゆっくりと覚醒した。

 

「どうも……」

 

 そこには、タキオンの親友であるウマ娘マンハッタンカフェの姿と……

 

「どうやら我々は困ったことになっていてね……

 今は一つでも多くの『頭脳』が欲しいんだ。三人寄れば文殊の知恵というだろう?」

 

 タキオン、カフェに密着取材をしているという有名な漫画家『岸辺露伴』さんの姿があった。困ったこと? はて。露伴さんの言葉に『あなた』は疑問を覚えたが、その疑問はすぐに解消された。

 

「トレーナー君。この部屋に見覚えは?」

 

 さすがのタキオンも困惑したように眉を八の字にして『あなた』に問いかける……『あなた』達は……見覚えのない『真っ白な部屋』の中にいつのまにか閉じ込められていた。

 

 

 

◆◆◆ マンハッタンカフェは動じない #! 『奇妙な部屋からの脱出』 ◆◆◆

 

 

 

 『あなた』は周囲を見回す。前後左右上下どこを見回しても、目が痛くなるような真っ白な壁に囲まれており遠近感がおかしくなってしまいそうだ。いつからここにいるのか。どうやってここにきたのか。『あなた』は思い出せなかったし、カフェ、タキオン、露伴も同様だという。

 

「私は昨日の夜、寝る前にストレッチと足の爪のケアをして……それから今日の授業の確認を少ししてから、寝床に入りました」

 

「私は実験がひと段落付いたから、少し仮眠を取ろうと理科室の机に突っ伏したところまでは覚えている」

 

「僕もこのところ行っていた取材のメモをまとめ終わったので、午前1時ごろに床に入った。特別普段と違う事はしていないはずだ……」

 

 『あなた』達はとりあえず、昨日眠る前の行動を振り返ってみる……だが、やはりいつも通りでおかしい点や共通点などは見つけられなかった。『あなた』も特段、普段と変わった行動はとっていないはずだ。

 

「……君が起きる前に、カフェや露伴君、私でなんとか壁を壊そうとしてみたが……ダメだった。ウマ娘のパワーでも。露伴君の『特別な力(スタンド)』でも……この壁は破壊できない。まるで粘土のやわらかさと、鋼鉄の固さを併せ持っているようにパワーを分散させてしまう……」

 

 タキオンが腕を組み、困ったように今の状況を知らせる。

 

「海外では最近『バックルーム』という『都市伝説(クリーピーパスタ)』が流行っていると聞いたがまさにそれだな……異次元だか次元のスキ間だかの異空間に迷い込んでしまうというモノだが……」

 

「とにかく、どうにかこの『奇妙な部屋』から脱出する方法を考えましょう……」

 

 露伴とカフェが、ううん、と首をかしげながら呟いたその時だった。

 

「あ!」

 

 タキオンが突然、驚いたような声を上げた。

 

「見ろッ! 扉だ! いつのまにか扉が出現しているぞッ!」

 

「何ッ!?」

 

 タキオンが指さす方向には、今までにはなかった鉄製の扉が出現していた。

 

「いかにも出口ですって感じだな……怪しいぞ……まるで誘導しているかのようだ」

 

「ですね……」

 

「だが、ようやく出てきた脱出の糸口……だ……ここは『僕』が行こう。

 カフェさんたちはそこを動かず、僕の周囲を警戒して危険があるようなら警告してくれ」

 

 タキオンとカフェは、その扉に警戒感をあらわにする。しかし露伴は、ずかずかとその扉に近づくと……一息にドアノブに手を掛け、ガチャガチャとそれを動かした。

 

「ダメだ……鍵がかかっている……『ヘブンズドアー』ッ!」

 

 露伴は何かしら、呪文のようなものを叫ぶ。するとガンッ!ガンッ!と扉が殴りつけられたような音をたてて殴りつけられているかのように二度、三度と震えた。

 

「破壊も不可能か……いや待て、ドアに何かレリーフのようなものが彫ってあるぞッ!

 『標は水面に漂う』……?」

 

 特に危険などはないと判断した『あなた』たちは全員、ドアの前に集まった。たしかにドアにはレリーフのようなものが彫ってあり、よくよく見るとダイヤルロックのような4桁をそろえるダイヤルがドアに設けられている。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「なるほど……脱出するには『謎を解け』ってことか……だんだん分かってきたぞ」

 

 露伴が顎を擦りながら、彫刻を観察する。『あなた』も同様に彫刻を観察しながら考え込んだ。『標は水面に漂う』……

 

「『ホラティウス兄弟の誓い』……『ソールベイ海戦におけるロイヤル・ジェームスの炎上』……『正義と復讐に追われる罪』……どれも絵画のタイトルだな。テオドール・ジェリコーの『メデューズ号の筏』なんかは学校の美術の教科書で見た人もいるんじゃあないか?」

 

 流石に漫画家だけあって、この分野は露伴が詳しそうだが……

 

「数字と、何か記号のようなものも彫り込まれていますね。αとかβとか……」

 

 カフェも興味津々と言った風に、彫刻を見やり考え込む。

 

「ふぅン……なるほど、簡単じゃあないか。とある法則に従って記号に数字を合わせて4桁の数字を作ればいいわけだ。トレーナー君。もうわかったね? 答えを入力してみたまえ」

 

『あなた』はダイヤルを回し答えを入力した。答えは『39,81』だ。

 

 ――カチッ!!!

 

 小気味良い音と共に、ドアのかぎが外れてひとりでにきぃ……と擦れながら開く。

 

「やったぞ!さすがは私のトレーナー君だ!君にも論理的思考力というものがついてきたのではないかね?」

 

 タキオンは『あなた』に飛びついて喜ぶ。『奇妙』な状況とはいえ、担当ウマ娘の前でいい格好をできたのはうれしいことだ。カフェも感心したように、開いたドアを見ていた。

 

「なるほど……『標は水面に漂う』……つまり、水に関係のある絵画がヒントだったんですね」

 

「ああ、あとは上の記号表にそれにひもづいた数字を入力してやればいいだけさ」

 

「よし、さっそく脱出だッ、こんなところにとどまっていると何が起こるかもわからないからな……」

 

 そう言って、露伴が扉を開ける。すると……そこに広がっているのは、同じような『真っ白な部屋』であった。今度は最初から、向こう側の壁に『鉄の扉』がある。

 

「なるほどな……何が目的かはわからないが、この『部屋』はタダでは私たちを外に出す気はないらしい……」

 

 厳しい顔を作り、まったくなんなんだという風に肩をすくめてみせるタキオン。とりあえず警戒しながら二番目の部屋に入り扉に近づいてみると、やはり扉にはレリーフとして問題文が彫り込まれており第一問と同じようなつくりのダイアル式入力機構がドアに備え付けられている。

 

「『十二星座の導きに従いて座標を得よ。天秤は羊に向かい、蟹は山羊へと向かう』……?」

 

カフェが問題文を読み上げる。彫り込まれたレリーフは一問以上に複雑そうでこれは手間がかかりそうだ。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「これは……中々手ごわそうな問題だ……」

 

 さすがの露伴も難しい顔をして、レリーフに書いてある事柄を必死に読み解こうとする。

 

「39,81ってのは一問目の答えだな……天秤は羊に向かい蟹は山羊へと向かう? どういうことだ?」

 

「右の丸の中に書かれているのは十二星座ですね。第一宮のおひつじ座♈から順に、おうし座♉、ふたご座♊、かに座♋、しし座♌、おとめ座♍、てんびん座♎、さそり座♏、いて座♐、やぎ座♑、みずがめ座♒、うお座♓の順番になっているんですが……これも同様に1~12までの星座のゾディアックシンボルが時計のように書き込まれている……」

 

「ふぅン……十二星座ねえ……」

 

 『あなた』たちは頭を突き合わせて考え込む。

 

「この右下のは何だろうね。四角の左上に0、右下に99,99とある」

 

「さあ……わたしにはさっぱり……」

 

「とりあえず一番大きなヒントは左の指示だろうな。7→1に12進む……」

 

 タキオンとカフェ、露伴はううん、ううん、唸りながらああでもないこうでもないと考察を繰り返す。

 

「待て、これ経度と緯度っぽくないか……? 『座標』なんだろう、これは」

 

 と、露伴が声を上げる。たしかに問題文には『座標を得よ』とある以上、その気づきはまっとうに思えた。

 

「あぁ、なるほど……ではもしかして、この1→7というのは方角では?

 てんびん座は七宮目、おひつじ座は一宮目の星座ですからつまり……1→7に12進めと言うのは北に12度ということなんですかね。で、初期の経度と緯度は39.81……一問目の答えが入るみたいですからつまり……」

 

「ナルホド分かりかけてきたぞッ……トレーナー君、とりあえず君も入力してみたまえ。

 ……とにかく頭を働かせて、答えであろう数字を入力してみるんだ」

 

『あなた』は露伴に促されて、例のダイヤルキーに手を伸ばす。答えは……『26,65』だ!

 

 ――カチッ!!!

 

 数字を入力すると鍵が外れた音と共にやはりひとりでにドアがゆっくりと開いた。

 

「ふふふ……私のトレーナー君がまさかこれまでに柔らかい頭脳を持っているとは思わなかったよ。君は狂った瞳をしているが、数学的才能も持ち合わせているようだね」

 

「すごいですね!ちょっと感心してしまいましたよ……」

 

 タキオンは鼻高々、カフェもすごいなぁという風の表情。

 

「だが……問題はまだまだ続くようだぞ、諸君」

 

 扉の先を確認していた露伴は、忌々しげにつぶやく。やはりそこには今までと同じような『白い部屋』と鋼鉄の扉が一つ。

 

「どうせ、扉に問題文が今回もあるんだろう。手早く確認して次に進もう」

 

露伴はそう言ってずかずかと先陣を切り、扉に近づいていく。実際露伴の言葉通り、扉にはレリーフとして大量の文字が刻み込まれていた。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「et in Arcadia ego. これ、どういう意味でしょうか……」

 

「『エト・イン・アルカディア・エゴ』。アルカディアにも私はいる……ラテン語で、古代ローマのことわざだな。ルネッサンス期の画家『二コラ・プッサン』の絵で『アルカディアの牧人たち』という絵があるんだが……それは楽園と称されるアルカディアで墓石のそばにたたずむ4人の男女の姿が書かれたものだ。転じて、楽園にも『死』は存在する。すなわち『死を忘れるな』……そういった解釈ができる」

 

 カフェの問いに答えてやる露伴。やはり、芸術分野に関しては露伴の知識は強い。すらすらと単語の解説をされてしまった。

 

「どうやら今回の問題文には……世界各国の『生』や『死』、『人生』に関する言葉が大量に彫られているようだ。『人生は素晴らしい。戦う価値がある』は文豪ヘミングウェイの言葉だし、『君死に給う事なかれ』は与謝野晶子だろ」

 

「つまり、一問目のようにまたヒントをもとにして、答えを作ってやればいいわけだね。

 今回の答えは……『五文字の英単語』のようだよ。トレーナー君」

 

 タキオンの言う通り、今回もダイヤル式ロック機構が扉には備わっていたがそれらは今回は数字ではなく『英字』であり5桁であった。

 

「今回はさっきのよりは簡単そうだな。タキオン君の言う通りヒントをもとに言葉を選び出して、それにくっついている英字を入力してやればいいんだろう。僕はもうわかったが……そうだな、トレーナー君。君がまた入力してみたまえよ。君はなかなか頭の切れる人物のようだしね」

 

 露伴は少し面白がるように、あなたに入力を促した。あなたが入力した答えは――『ALIVE』。

 

「その通りだトレーナー君。いいぞ、君のような人物は嫌いじゃあない。もしかすると君とは『波長が合う』かもしれないな……」

 

フフフ……と怪しげな笑みを浮かべる露伴。タキオンはあなたを守るように、彼を睨みながら『あなた』の前に立った。

 

「さて……ではドアを開けてみるか……そろそろ脱出させてくれるといいんだがな……」

 

 露伴は扉を開ける。やはり『白い部屋』と『鉄の扉』だ。もはや『あなた』たちは特段話すこともなく、次の扉に近づくと扉に彫ってあるであろう問題文を確認した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「Senatus Populusque Romanus 露伴先生、これは?」

 

 カフェはもはや当然の如く、露伴に問いかけ露伴もその問いに答えを返した。

 

「セナートゥス・ポプルスクェ・ローマーヌス……『ローマ元老院と人民』という意味で、古代ローマの……まぁ一種のスローガンだな。今でもローマ市民は誇りをもってこの言葉を使っていて、マンホールなんかにも略語のS.P.Q.Rが刻まれてるってのは有名な話さ」

 

「へぇー……」

 

 カフェはなるほど、と言う風に露伴の言葉に頷いていた。

 

「ふぅン……で、これはそれと共に何かの数字が刻まれているな。1.1.5.2.1.5.3.2.6……

 下にある数字は、一瞬フィボナッチ数列かと思ったが違う……が、なんとなく察しがついたよ。私は」

 

 ふふん、とどや顔をしてみせるタキオン。

 

「下の数字の法則性は1.1.5.2.1.5.3.2.6がヒントだ。で、先ほど露伴君が解説してくれたS.P.Q.Rというものを組み合わせてやれば……もうわかるね、トレーナー君」

 

数字を入力するのは君の役目だろー、とでもいうようにタキオンは君を見ている。露伴も、カフェもだ。では期待通り、数字を入力してしまうとしよう。

 

あなたが入力した答えは――『1916310』。

 

 その瞬間、世界は眩い光に包まれ。一瞬の浮遊感。そして、まるで無限に落ちていくような落下感と同時にあなたの意識も闇へと消えていった……

 

「トレーナーくーん! さっさと目覚めておくれよぉ~~~!」

 

 ゆさゆさと『あなた』の身体が揺さぶられる。聞こえたのはあなたの担当ウマ娘……アグネスタキオンの声だ。気が付けば、あなたは『白い部屋』ではなく、トレーナー室の机に突っ伏したまま、眠りに落ちていた。

 

「まったく、トレーナーくんもこんなところで寝落ちとは自己管理が甘いことだねェ……」

 

 タキオンは腕を組み、全くと言った風に話しかけてくる。『白い部屋』はどうなった……? あなたはタキオンに問いかけたが。

 

「なんだい? 寝ぼけているのかい? 『白い部屋』ってなんだ?」

 

 ……どうやら『あなた』は夢を見てしまっていたようだ。今思えば、『白い部屋』とはなんだったか。思い出せない。何かとにかく頭を使ったような記憶だけがあるが……

 

「そんな事よりトレーナーくん。今日の弁当は?

 全然届けに来ないから、わざわざ研究を中断して取りに来てやったんだぞ」

 

タキオンがさっさと渡したまえと言う風に手を差し出す。まずい……寝落ちしたおかげで『弁当』など一切作っていない……

 

「……もしかしてトレーナーくぅん、『弁当』を作ってないなどと言う事はないだろうね?」

 

ぎくり。タキオンのどすの利いた声に、思わず体を震わせる『あなた』。

 

「その反応! つくってないんだな! こうなったら今日は容赦しないぞ!

 実験開始だッ! 試験中の薬剤をすべて投与し、どうなるかみてやるッ!!!」

 

こうして『あなた』はタキオンの実験台にされてしまい、一週間ぐらい虹色に輝きながら耳から常に白くきらめく煙を出すという状態になったのだった。

 

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