マンハッタンカフェは動じない   作:むうん

42 / 44
#肉『マンハッタンカフェ焼肉に行く』

 ……私、マンハッタンカフェはある日、神保町に出かけた。古書店街として知られるこの街はさりげなくスポーツ用品店や登山用品店が多く、さらには喫茶店まであるという本も登山も好きな私にとってはなんとも都合のいい場所で、たまの休日、外出したいなと思った時にはよく足が向く場所なのである。

 

 スズラン通りあたりをふらふら探索するうちに、私は司馬遼太郎の紀行文の古本、その状態のいいものを見つけたのでそれを購入した。まだ、司馬遼太郎の本を読んだことは恥ずかしながらないのだが、司馬遼太郎は登山好きという逸話があるそうなので、興味は以前からあり、いい機会だと思ったからだ。

 

 他にも、ついでに池波正太郎の随筆だとかをなんとなく買う。そういうのが好きなら、藤沢周平なんかもどうですか、と店員のお婆さんから勧められたので更にそれも買ってしまった。とはいえ、文庫本なのでかさばらず、バッグに入れて持ち運べる。こうした本はコーヒーと共に、私の夜更かしのお供になるのだ。

 

「……結構歩きましたね」

 

いつのまにか、私は古書店街を抜けてスポーツ店街のほうにまで足を延ばしていた。この辺はスキー用品や登山用品がよくあるエリアで、少しではあるがウマ娘用のスポーツ用品店などもある。そういえばトレーニング用の蹄鉄がストックがもうあまりなかったか。そういうのを補充しておこうかな……とも考えたのだが。

 

「さすがにおなか減っちゃいましたし、スポーツ用具は嵩張りますから後にしますか……」

 

 そういえばまだ昼食を食べてないなあ、と気づく。神保町は2000年頃からカレーで売り出しており実際その戦略は成功して今ではカレー激戦区とすら呼ばれているらしい。たしかに先ほど歩いていた時にも一軒スパイスカレーのお店を見かけた気がする。それに、先ほど触れたように神保町には喫茶店も多い。コーヒー好きを自認する私にとっては、やはりコーヒーも飲める喫茶店に行くべきだろうか……。

 

 コーヒー。カレー。コーヒー。カレー。コーヒー。カレー。頭の中で二つがぐるぐると回り出し、喧嘩をし始める。悩んでいるうちに、ぐう、とお腹が鳴ってしまい私はとにかく、適当に歩いて最初にあったところに入ろう、と決めた。

 

てくてくてくてく。評判のよさそうなカレー屋さん。あるいは路地裏に雰囲気のいいカフェでもないものか。私はそう思い神保町をさまようも、こういう時に限ってうまくはいかないもので……

 

「焼肉幸味苑……」

 

私が最初に行き当たった飲食店は『焼肉屋』だった……

 

 

 

◆◆◆ マンハッタンカフェは動じない #肉 『マンハッタンカフェ焼肉に行く』 ◆◆◆

 

 

 

「焼肉屋さんですか……うーん……」

 

これは予想外だった。神保町と言えば喫茶店かカレーだという自分の常識の狭さを思い知らされたと同時に、本当にどうしようという感想しかない。一人焼肉は……さすがにハードルが高いのである。それに、店の外観。いかにも昔から営業しています、と言う風のところどころ破れた布製の軒。看板には焼肉・ホルモン・ビール・焼肉幸味苑とあるだけでどんなメニューがあるのかわからない。増設されて三つ並んだ、油汚れで真っ黒になった換気扇はもうもうと白い煙を店内から外に排出している。そして入り口は自動ドアではなく、横にガラガラ引くタイプの奴だ。常連さんなら、よう大将やってる?といって中に入れるのだろうが一見さんである自分にはかなりハードルの高いタイプのお店……

 

しかし……ぎゅるる、と無情にもお腹はなる。正直、もう限界だ。さっさと飲食店があるなら入りたい……私はこの店の評価はどうかな、と気になりスマートフォンで『うまログ』を開き検索してみるも、古すぎるせいなのか焼肉幸味苑と言うのは検索でヒットしなかった。

 

「う……いけないいけない……」

 

ここまでかんがえて、ふと自分がこの店に入らない理由を探してしまっていることに気づく。こういうのは、だめだ。露伴先生も以前『経験が大事だ』とかそんなことを言っていた気がする。うん。何事も経験だ。こうなれば……入ってしまおう!

 

――ガラガラガラガラ

 

「……ごめんください。一人なんですけど」

 

「しゃーせー!カウンタどぞー!!!」

 

 店内はあまり広くなく、カウンター席とお座敷テーブルが三席という構造。そのお座敷テーブルには家族連れがおり、それが何となく家族でも来れるお店なんだなと私を少しだけ安心させた。カウンター席には中年の男性が数人おり、黙々と小さな網の上……一人用ロースターと言うのだろうか。そういうので肉やキャベツを焼いては口に運び、ビールで流し込んでいる。なるほど、そもそもここは基本的に『一人焼肉』をするお店なんだな……

 

「注文うけたーりまさぁー」

 

 私は、ほんの少しだけきょろきょろとしたあと空いているカウンター席に着く。するとすぐさま、店員さんがカウンター越しにお冷とおしぼりを持ってきて、注文を聞いてきた。私は焦りとりあえずメニューを開いて……サラダとか……まず軽いものを注文しようと思った。

 

「すいません、とりあえず千切りキャベツサラダお願いします……」

 

「あざぁーす千切りはりまァー!」

 

 よし。なんとかまずは注文に成功したぞ。この隙に、肉類とかサイドメニューを見てキャベツが来たタイミングでそれを――

 

「千切りーす!!!!それとお通しのキャベツ盛りになりまーす!!!」

 

「あ、はい……」

 

 予想以上に早く千切りキャベツサラダが出てきた。しかも、お通しとしてキャベツ盛りもついている。しまった。こういうお店はたまにお通しとしてサービスの小鉢とかがあるものだが、まさかキャベツ盛りとは……

 

(いきなり目の前がキャベツまみれになっちゃいましたね……)

 

 しかも……量が多い! 特にキャベツサラダなどは確実にシェアして食べる用のやつだ……

 

「うう……いただきます……」

 

 とにかく、まずはキャベツを減らそう……そう思って私は、キャベツサラダから口をつけたのだが……これが予想外の伏兵だった。

 

「おいしい……」

 

 そうつぶやいてしまう程に。キャベツには塩味のたれがかかっており、これがなんとも食欲を誘うのだ。塩と……酸味。少しにんにくも効いているか? それに触感もキャベツが新鮮なのか、シャキシャキとしており噛むたびに音が口腔の中で響くよう。これはうまい。それに……『肉』と合うタイプの味だ。何口か食べているうちに私は、折角焼肉屋に入ったのだから肉を頼んでキャベツと共に食べようと考えてメニューを再び開く。

 

「……なんだろうこれは……さすがにカルビとかロースはわかりますけど……

 ギアラ、シビレ、コプチャン……」

 

 いわゆるホルモンというモノなのだろうか? だが、名前からは全くどの部位なのか想像がつかない……

 

「すいません……まず、牛タンの塩ください……」

 

「あーい、タン塩あざーす!!!!」

 

 かなり無難に、まずタン塩から始めてしまった。先ほどのキャベツと同じく、すぐさま運ばれてくる薄く切られたタン塩。ネギものっているのが少しうれしい。よく付け合わせにされるレモンなどはついていなかったが、卓の割りばしの隣には牛タンにどうぞ、と書かれた瓶がいくつか。自家製抹茶塩や梅塩と書いてある……

 

 とりあえず、私はタン塩をロースターにのっけた。瞬間、じゅわあと良い音が響き、肉汁がしたたり落ちていく。さすがの私もやはりこれにはつばを飲み込んでしまった。キャベツをもそもそと消費しつつも、薄切りの牛タンが焼けるまでには時間はそれほどかからない。私は肉は良く焼いて育てるほうなのだが(ちなみにタキオンさんは他人の育てた肉を食べるタイプだ)、もはや食べごろになった肉を小皿に移し……ここはまずそのまま口に運んだ。

 

 ああ、おいしいなあ!というのがちょっと語彙力がなさすぎる気もするが、第一の感想だった。軽い食べ味のタン塩だがしっかりと肉の味を感じられ、タン独特の触感も良いアクセントになっている。二口目。今度は自家製の抹茶塩とやらを少し掛けてみる。これは……なるほど、塩気に抹茶の上品な苦みが足されている! それがあっさりとした牛タンに絡み……うまい!苦みが苦手な人は苦手な味かもしれないが、私はこれは大好きだ。ああ、ごはんがほしい!いやまて、そもそもなぜごはんを頼んでいないんだ?

 

「すいませーん……ええと、カルビと……めし……大! それと……ギアラお願いします!」

 

 タン塩はすぐに食べ終わりそうだったので、私はとりあえずカルビと……ほしくなったごはん、しかも大を頼んだ勢いでさらに冒険してよくわからないがギアラというモノを注文してみた。

 

「カルビとめし大、ギャラ入りまー!!!」

 

 これもすぐに来るんだろうな……と思っていると、やはり。まずは茶碗にこんもりと盛られためし大が到着してドン、とカウンターに置かれ……その後に来たのはカルビだ。デカい!肉の塊か……いや、本当に肉の塊だ!

 

「ハサミで切ってお召し上がりくだしゃ」

 

 店員さんの言う通り、肉の塊にはカット用のはさみがついており、これで自分好みの大きさにカットしてからロースターで焼く方式らしい。肉は既につけダレに漬け込まれているのかやや色が黒く、ごまなども表面についている。私はとりあえず小さくしようと、それにハサミをいれたのだが……あまりの柔らかさにびっくりするほどだった。どうすればこの肉の塊がこれほど柔らかくなるのか……わからない。果物などと一緒に漬け込んでいるのかな……そう考えると、ちょっとフルーティーなにおいがする……気もする。

 

 一通りカットし終えると。それをロースターの上にのせて、ついでにお通しで来たキャベツ盛りも少し乗せて焼いていく。じゅうじゅうと、肉の焼けるいい音。同時に、余分な肉の脂が流れ落ちてロースターの炎に落ち、じゅっと蒸発していく。じっくりじっくり、焦らない焦らない……私はカルビの両面をしっかりとやいて……それから、小皿に取って。卓上備え付けのたれもあるが、すでにタレに漬け込まれているようなのでまずこのまま食す。

 

「わあ……」

 

 一口噛むと柔らかい肉からじゅわあと肉のうまみが染み出してくるようだ。ああ、幸せだなあ。これこれ。これだ。肉を食べるっていうのは、こういうことなんだ……特筆すべきは、漬け込まれたタレのバランスである。決して肉のうまみを邪魔せず、かといって味気ないわけでもなくちゃんと甘辛く、そして果物のフルーティーさも感じられてそれが肉の臭みを消し、それでいてうまみを際立たせている! そして、これは肉だけでなくごはんも進む味だ。肉、ごはん、肉、ごはん、肉、ごはん、あ、キャベツも……

 

 肉とごはんがのどを通りすぎるたびに幸せを感じる。そしてそこへ最初の意外な伏兵である千切りキャベツサラダ!これまた酸味としゃきしゃき触感がさわやかで、口の中をリセットしてくれる! さらにお冷!

 

 焼肉の時のお冷やウーロン茶は焼肉の一部と言って過言ではないくらい美味しい。私は未成年なのでお酒は飲めないが、大人の人がお酒が進むというのは何となくわかる気がする。

 

「はァい、ギャラでーす!!!」

 

 と、そこに店員さんが持ってきてくれたのは例の謎の部位……ギアラであった。後から知ったのだが、これは牛の第四胃に相当する部位であったらしい。ピンク色で、小さくカットされており、食べやすそうだ。私はそれらもロースターの上に乗せ、どんな味がするんだろうなあ、と思いながら育てていく。しかし、これはアタリかもしれない。変なのが来ても『体験』だと思って頼んだのだが、見た目は普通の肉に近い。少なくともレバーなどよりは食べやすそうだ。

 

「では……」

 

 十分に肉を育て切ると、私はそのギアラに口をつける……なるほど、これは……溶けるように思えてそれでいて芯には歯ごたえがあり、脂肪の甘さがある……これは大好きかもしれない……とても食べやすい……だが牛タンとくらべると段違いに肉感があるので満足感もスゴイのだ。なんだろう、食べるたびに大好きな物が増えていってる気がする……!

 

 おっと、しかしここで問題発生だ。あまりにもごはんが進んでしまい。大をたのんだのに、ごはんが尽きてしまった。これは……『追加』しなければならないだろう。ということで。

 

「すいませーん! めし小と……ナムル、テールスープお願いします!」

 

「はあい、めし小とスープね!」

 

 私はぽりぽりとロースター上でやけたキャベツを美味しく食べながら、肉を育てつつごはんの到着を待つ。ついでに頼んだテールスープはシメとして頼んだ。既に満足感がすごいのだが、まだまだお腹は食べられそうなので……。

 

「おまたせしゃたー!」

 

 小といってもそれなりに盛られたごはんに、箸休めとして頼んだナムル。そしてテールスープ。牛テールはコラーゲンが多く、お肌に良いらしいので……肌荒れが大敵の女子にとってはうれしいし、なによりおいしい。最高の食材なのでは。

 

「ふふっ……」

 

 思わず笑みをこぼしながら、まず小鉢のナムルを口に運んだ。モヤシがメインだがホウレンソウやぜんまいが入っており、ごま油のスパイシーさを感じられる立派な副菜だ。これだけでもごはんたべられるなあ……と思いつつ……残っていたカルビ! ギアラを次々と口に放り込む! うんまーい! 特にギアラは今日イチバンのあたりかもしれない。これに関しては冒険して本当に良かった……などと思っているうちに。

 

「あれ……こんどは、お肉……なくなっちゃいましたね……」

 

 今度はごはんをのこして、肉がなくなってしまった。失態である。どうする? 肉を頼むか? まだ多少胃には余裕があるが……財布が少し心許ないか。それにあまり食べすぎても、体重が乱高下しやすい私の体質のこと。不安がないとは言えない。結局私はここで注文をストップし……

 

「こうしちゃいましょう。えいっ」

 

 残ったライスをテールスープの中に入れて、即席のおじやめいたものにした。韓国料理風にいうとクッパになるのだろうか。

 

 テールスープのだしは肉とは思えないほどさっぱりしていて、飲み口がさわやかだ。中に入っているミツバもうれしく、スープと言うよりは日本のお吸い物のような気もしてきたが、ちゃんと肉の風味もありそれに混ぜたごはんががっつりと腹にたまる。

 

「ふぅー……ごちそうさまでした!」

 

 最初の不安感はもはや完全に吹き飛んでいた。一人焼肉、いいじゃあないか。たまには、こうしたところでがっつりとご飯を食べるのもいいものだと新たな学びがあった。そう、人生何事も学びなのだ……きっと。地球上のどこかの哲学者がそういっているはずだ。

 

「あざーしたァー!」

 

 会計を済ませた私は、大満足で店を後にする。やはり焼肉だけあって、お財布には大打撃だ。今日はこのまま帰って、蹄鉄などの補充はまた今度にしよう……。

 

 そう思って、神保町をゆったりとトレセン学園方向に戻っていく。と、見かけたのは……これまた小さな個人経営の商店でこんな古風な店が残っているのか、とも思ったがその店先にあるアイスの自販機が私を引き寄せた。あのお店にはデザートがなかったから、ここでアイスを買って食べるのは……いいな。

 

 既に私の指は一度バッグにしまった財布に伸びており、百円玉を二枚取り出して自販機に入れる。バニラ、チョコ、パッションフルーツ、ストロベリー、ミント、黒糖きなこ、ラムレーズン……ここはストロベリーにしよう。

 

 ――ガコン!

 

ボタンを押すと、すぐに取り出し口にアイスが落ちてくる。私は包装紙を自販機すぐ横のゴミ箱に捨てストロベリーアイスに口をつけた。さっきは体重を気にしてしまったが……今日は、そう。チートデイというやつだ。

 

「甘い……懐かしい味です」

 

 何が懐かしいのかはよく自分でもわからないが。昔からある味のように思えて、そうつぶやく。やや酸味の強いストロベリーアイスは焼肉のがっつりした後味を優しく消してくれる。今日は、日差しも穏やかで温かい。いい日を過ごしているなあ、と私は思うばかりだった。

 

 その後、私はもう一度古書店街へと入ると……わずかな時間、古書店街を散策しそのまま神保町駅から府中へと帰る。明日からは、またトレーニングの日々が始まる。だけど、こういう穏やかな日があるから、厳しいトレーニングも頑張れるというモノだ……

 

「トレーナーさんのためにも、がんばるぞ……」

 

 私は気力を充填し直し、明日も走るのだ。オチ無し、山無し。でもいいじゃないですか。これはただ私のとある一日を切り取っただけのお話ですから。

 

←To Be Continued?

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。