マンハッタンカフェは動じない   作:むうん

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#029『鏡屋敷』

「さて、鋼田一さん……今回の取材はこんなところで終了とさせていただくよ。取材料の振り込みは予定通り編集部の方から追って連絡があると思う」

 

「いやあ、助かるねぇ……最近はスマホ一つあれば銀行決済できるしなんでも取り寄せられるから、自給自足の鉄塔生活もラクになったよ」

 

 岸辺露伴の地元、S市杜王町には『廃鉄塔に住み着く男』というのがおり、時折テレビの取材を受けるなどして一種の観光名所として扱われている(最近はどうやってかスマホまで手に入れたようだ)。当然、露伴は既にその男――鋼田一豊大にはインタビューもしているし、記憶だって読んだのだが今回、杜王町の広報部から地元の有名人であり漫画家である露伴に『町のPR漫画を作ってほしい』という依頼が来たことで露伴は杜王町の名所や旧跡を改めて訪ね、なにかしらのインスピレーションを得ようとしていたのだが。

 

 まず……『トラサルディー』……これはわざわざ日本で店を出している点が気に入らないが、いい店だ。露伴自身も気に入っており、あまり知られたくないし、そもそも町ではなく『トラサルディー』そのもののPRになってしまいそうなのでこれは没にした。『アンジェロ岩』……ただの待ち合わせスポットで没。『ボヨヨン岬』。最近では恋人岬だとか言われており、カフェ・ドゥ・マゴのチョコレートパフェを食べた後にここに来るのが金のない学生カップルには人気らしい……最初の由来が自殺者を跳ね返したというのは多少おどろおどろしさがあるが、ガキくさい手垢がついてしまったのはマイナスだ。ネタとしてはストック。『ジョースター地蔵』。地味すぎる。没。

 

 そして今回の『鉄塔に住む男』も正直没だ。先述の通り既に何度かTVにも取り上げられており、知名度はいくらかあるが結局は変わった個人の『家』であり町のPR漫画にはそぐわないだろう。ハーネスまでつけて地上20mまでわざわざ上ってきたというのに、と露伴は内心悪態をついた。

 

「……あの~、これつまらないものですが。お菓子とかお好きだと聞いて作ってきたのでよかったら」

 

と、今回の取材に助手として付いてきていたアグネスデジタルが可愛らしくラッピングされた包みを取り出し、僭越ながら……とへりくだりながら鋼田一にそれを手渡す。

 

 今回、マンハッタンカフェとアグネスタキオンは付いてきていない……というより、サマードリームトロフィーに出る関係上、さすがに府中を離れるわけにもいかず、広瀬康一――露伴が親友と言ってはばからない彼も、なんでも山岸由花子と一緒にサマーキャンプに行っているらしくこれまたハズレ。代わりにと言っては何だが夏季合宿で杜王町にやってきていたデジタルが露伴を手伝ってくれているのだ。彼女はウマ娘としては第一線のG1ウマ娘であり、それでいて熱烈な露伴ファンだ。彼女自身も同人誌などを執筆することから漫画文化にも造詣が深く、『波長』が合うかもしれないが下手に本にして読むとあとでタキオン君がぶーぶーと文句を言うので、気づかれないようにしなければならない。などと露伴が考えているうちに、鋼田一はそれを受け取ってあっという間に、袋からチョコクッキーを取り出し食べていた。

 

「あぁ~、女の子からさァ……『お菓子』プレゼントしてもらった事なんて初めてだよ……俺……くぅー……生きててよかったァ……」

 

「あはは……そこまで嬉しがられるとそのう……こっちまで恥ずかしいというか……」

 

 ぼりぼりと涙を流しながらデジタルのクッキーを食べる鋼田一。デジタルはその喜びように少々困ったように、頬を掻いていた。

 

「そういえば露伴さん……漫画のネタになるかどーかはわかんないけどさ……最近この鉄塔から変なモンが見えるんだよね。クッキーのお礼に教えとくけど」

 

「変な物?」

 

「高い所から町を見渡してるとよォー……移り変わりってのがよくわかるんだが……2,3カ月前にさ……いきなり『屋敷』ができたんだよ。ほら、あそこ……見えるかな」

 

 鋼田一はそう言って、町の西側に広がる丘陵地帯を指さした。たしかに畑などの中にぽつんと古めかしい『屋敷』がある、が……

 

「新築にしては古そうなお屋敷ですね……いかにも何か『出そう』な」

 

「あれが何か?」

 

 正直、露伴は興味も湧かなかった。変な物というと、もっと……例えば岡本太郎やガウディ作の作品のような奇抜な物を想像したのだがあまりにも光景が普通過ぎたからだ。デジタル君の言うように、2,3カ月前にできたにしては古く見えるが、最近では古民家風とか言って敢えてああいう風に建てたりもするだろう。

 

「『鏡屋敷』って言ってな……ぶどうが丘高校のガクセーの間なんかで今話題のスポットらしいぜ。外から見た限りは普通の『空き家』だが、近くに行って窓から中を覗き込むとよ……大量の『鏡』があるらしいんだ。で、面白半分に中に入ったやつもいるらしいが、戻ってこないらしい」

 

「……ありがちな『いわくつきの屋敷』の『怪談』だな……だが、僕が頼まれてるのはこの町の『PR漫画』だぜ……さすがに『空き家』なんかを取り上げちゃ先方に怒られてしまうかもしれない……わざわざ教えてくれて申し訳ないが没だな」

 

「ふーん、そっか。まぁ……それもそうだな。クッキー、おいしかったよ。デジタルさん、秋の天皇賞出るんだって? 応援してるからね」

 

「あ、ありがとうございます! ……うわあ!」

 

 ……基本的には人がニガテらしいデジタルが、取材に来ているという緊張もあり勢いよく頭を下げた拍子におっこち、ハーネスで宙ぶらりんになるなどしたが、今日の所はこれでおおよその取材は終了した……

 

 

 

◆◆◆ マンハッタンカフェは動じない #029 『鏡屋敷』 ◆◆◆

 

 

 

「で、露伴先生……『鏡屋敷』は没だったはずでは?」

 

「ああ……町の『PR漫画』としてはね……だが、『ピンクダークの少年のネタ』としては悪くない……実際、昨日杜王グランドホテルの部屋に戻ってから不動産屋に連絡して色々聞いてみた。ここは元々耕作放棄地で、こんな『屋敷』が建ってるなんてのは、不動産屋も寝耳に水で、現在行政と対応を協議中らしい。だからこれは法律上、『不法建築物』って扱いになるな……だからおそらくは取り壊しになるんじゃあないかと言う事だが」

 

 二人の目の前には、古風な……といっても純日本建築ではなく大正初期に流行ったようなやや洋風を取り入れた館がどうどうと建っていた。表札などはなく、庭などもかなり荒れているように見える。確かに人の手は入っていないらしい。

 

「勝手に立ち入ると僕たちも不法侵入になるからな、とりあえず、取材と言う事でこの土地のもともとの権利者には話を通してもらった。別に土地に立ち入ること自体は問題ないが、屋敷内の出来事に関しては何が起こっても責任は持てないそうだ。まぁそうだろうな」

 

 そう言って露伴はさっそく、ペンとメモ帳を取り出し外観をスケッチしていく。

 

(ろ、露伴先生のスケッチ! す、すご~……アタリも下書きもなしですごい勢いで描いてるのにあのクオリティ!? 神!? 私の目の前で『神の御業』がなされてる!?)

 

 趣味で同人誌を執筆するデジタルからすれば、すさまじいまでの超絶技巧を目の前で見せつけられる形であり畏敬……崇拝……しかなく……あやうくここに神殿を立てよう、などと口の端から言霊が漏れ出るところであった。

 

「デジタル君? そろそろ敷地内を見て回るぞ。デジタル君?」

 

「ぁ……あ、はい! 敷金礼金ですか!?」

 

 思わず見とれていたデジタルは素っ頓狂な言葉を返し、何を言っているんだ? と言う風の露伴。妙な沈黙が流れたが、露伴はこほん、と咳ばらいをすると門を開けて敷地内へと入って行く。さびついた門は、まるで侵入者を拒むかのように軋んだ。

 

「とりあえず、まずは玄関からだな……外観はそこそこいい資料になりそうではあるが、中に入ってみない事にはどうにもならない」

 

「あ、では私が……」

 

 本当なら、門も自分が開けるつもりだったのだが、あきれられているうちに露伴が入って行ってしまったので今度こそはとデジタルは気合を入れ、ドアノブをひねる……

 

 ――ばきん。

 

「あ!」

 

 ドアノブ自体が既に痛んでいたのか、金具が取れてしまった。やれやれ、と言う風な露伴。今日のデジタルはどうにもついていないというか……とにかく、鍵はかかっていないようなのでドアを押して中に入った。

 

「うひゃあ……さっそく鏡だらけですよ……な、なんなんでしょうかね?」

 

「聞いていた通りだが、ここまで大量に鏡があると偏執的で気味が悪いな……」

 

 『鏡屋敷』の名前通り、玄関は広い吹き抜けホール状になっており、大小様々な形状の鏡が露伴とデジタルを出迎えた。壁や天井にもところどころ鏡が貼り付けられ、どれも曇り止め加工でもされているのか、あるいは何者かがこれだけは手入れをしているのか埃などで曇っている鏡は見受けられない。が、どれもバラバラの方を向いていて統一性などがなく、『奇妙』な非人間性を感じられた。二階への大きな階段の一段一段にまで、小さな鏡が置いてある始末だ。

 

「さて、お邪魔させてもらおう……この埃のつもり具合……これも情報通り『空き家』だ。何があるかわからないし、土足のまま上がらせてもらおう。どうせ取り壊すみたいだしな……」

 

「あ、ハイ……」

 

 律儀に靴を脱ぎかけていたデジタルは、ずかずかと踏み込んでいく露伴に倣って急いで靴を履き、中に入る。歩くたび、ぎいぎいと音を立てる廊下はやはり新築ではなく、かなり古いもののように思えたし蜘蛛の巣が張っている箇所や外から入ってきた蔦などに侵食されている場所すらあった。そのいずれにも鏡がやたらめったらに置いてあるのは変わらなかったが。

 

「おかしい……」

 

「確かにそうですね。人の手が入っていないとはいえ、三カ月そこそこで新築がこんなに埃が積もったり、荒れたりするものでしょうか? そもそもどうやって建てたのでしょう、他の場所から運んでくるにしても、こんなそこそこ大きな建物……」

 

「いや……そうじゃない、何かがおかしいんだ……と言っても、感覚的な物で、僕としたことがうまく言い表せないんだが。重苦しい。息苦しさを感じないか?」

 

「え……うーん……?」

 

 正直、デジタルは露伴の言う『重苦しさ』や『息苦しさ』という物を感じていなかった。たしかに無秩序に置かれた大量の鏡や打ち沈んだ静寂には不気味さを感じるが……それよりも、寧ろ今は冒険めいた取材中の高揚感の方が強く感じられていた。

 

「いえ……私は特に……あ、あぁ~そうだ。露伴先生は私なんかよりも圧倒的に繊細なので! もしかしたらそういうのが感じられるのかもしれません」

 

「……そうだといいが」

 

 その時は、露伴とデジタルはそんなやり取りをしつつ奥へと進んだのだが。露伴は取材を続けるにつれてじっとりと汗をかき始め、次第次第に『咳』をし出した。デジタルは屋敷の一階奥を探索しているさなか、露伴を気遣い切り出す。

 

「露伴先生、体調が悪そうです。一度出直しませんか? 息苦しいって言ってたの、体調が悪いせいかも。あるいはハウスダストとか……私もだんだん気分が悪くなってきた、ような……」

 

「ああ……ゴホッ……その方がよさそうだな」

 

 さすがの露伴も体調が悪ければよい仕事はできなかろう、と素直に引き返そうとした。が。

 

「……オイオイオイオイ……クソ、どういうことだ? なんなんだ『これ』は」

 

「ひっ……」

 

 玄関ホールまで戻ってきたところで、露伴とデジタルは立ち止まり、恐怖した。ホール中に無作為な方向を向いておかれていたはずの鏡が、いつのまにかまるでオペラホールに集った観客が騒ぐ客に向けて視線を向けたかのように……すべて露伴らの方向に向けられていたからだ。

 

「ゴホッ……ゴボッ……」

 

 と、露伴がその場に手を突いて激しくせき込み……微かに血を吐いた。

 

「ハァーッ……ハァーッ……な、なにか『ヤバイ』……この場所、いや『鏡』か?」

 

「露伴先生、あれッ!!!」

 

露伴を助け起こそうとしたデジタルが、何かに気づき近くの小さな鏡を指さす。そこに映っていたものは……ほとんど骨と皮めいてやせ細った『男』……いや、あれは『露伴』だ。『露伴』の服を着ているッ! そして、デジタルの姿もすこしげっそりとして顔が青ざめているように見える……

 

「ま、さか……なにかしらの『スタンド』……なのか? しまった……気づかなかったが『攻撃』を受けているッ……!」

 

「ッ!?」

 

デジタルは露伴の言うスタンド、というのは分からなかったが『攻撃』を受けているというのは理解できた。まるで漫画に出てくるような超常的ななにか……悪霊とかそんなものかッ!? 今思えば、空き家に赴いてその家にとりついている霊に攻撃されるとかはホラー映画の鉄板! 先日取材をした鋼田一という人物も行方不明者が出たという事を言っていた。もしそれが『真』ならば……!

 

「とっ、とにかく……ここを出なければッ! 露伴先生、歩けますかッ!?」

 

「ぐ……」

 

 たとえ露伴が歩けなくとも、ウマ娘の怪力があれば背負っていける。最悪、窓をぶち破って外に飛び出してもいいッ! そう思ったその時だった。ぎち、という音と共に乾いた床材が剥がれ……宙にひとりでに浮く。ポルターガイストと言う奴なのか? デジタルはその光景に絶句したが……

 

「う、うあああああああ!!!」

 

 次の瞬間、宙に浮かんだそれが高速で露伴とデジタルに突っ込んでくる。乱雑にはがされ鋭くとがった断面が突き刺さればただでは済まない! 実際デジタルは、とっさに自分のカバンで床材を防御したが、カバンに突き刺さったそれは、容易にプラスチック合成革を貫通し、中のオタ活用のペンライトや気合を入れてライブに行く際のコスメ類、スマートフォンやペンタブなどまでをも破壊するほどの威力!

 

ガタガタガタガタッ!!!バリンッ!!!

 

 さらには、棚に置かれていた高価そうな陶器が砕け、破片がふわふわと震えながら空中に浮かび上がる。戸棚の中からも何かが出ようとしているのかがしゃんがしゃんと音が響いているッ!

 

「ハァーッ……ハァーッ……ほ、本当にや、『ヤバイ』ッ! 露伴先生、シツレイしますッ!」

 

 デジタルは、露伴を担ぎ上げるととっさに廊下を奥へと走った! だが、体が重いッ! 露伴の体重のせいではないッ! これはッ!

 

「もしかして私にもなんらかの『不調』がではじめてるんですかァーッ!?」

 

 人間以上の体力があるウマ娘の事。どうやら自覚するのが遅かったようだが、デジタルも露伴のように『不調』による攻撃を受けていたらしい。だが、後ろからは無数の陶器の破片がまるで弾丸のように飛び来る! 止まれば、文字通りハチの巣ッ!

 

「うおおおおおああああッ!!!」

 

 露伴を担ぎデジタルは必死になって逃げる。しかし……どこへ逃げるッ!? 恐らく、だがもろもろの映画などではだいたい『屋敷』から脱出しなければ『攻撃』は止まらない。この調子であればデジタルも走れなくなる可能性もあるし、そも廊下はそこまで長くない。適当な窓から飛び出すしかないッ! ないのだがッ!

 

「ま、窓に『鉄格子』が嵌ってるゥ~~~~ッ!? さ、さすがにこれじゃあ!!!」

 

 ウマ娘の怪力でも、鉄格子を無理やりひん曲げるのは時間がかかるだろう。足を止めれば、その間にポルターガイストに追いつかれて終わりだ。甘く見ていたッ! とにかく、今は背後から来る破片から逃れることを考えなければ……そう思ったデジタルは、扉の開いていた適当な部屋に飛び込むと扉を閉めて鍵を閉める。ガガガガッ! とまるでマシンガンのような音共に、扉に破片が刺さる音が聞こえた。

 

「ハァ、ハァ、ハァ……!」

 

 だが、この部屋にも無数の鏡がありそれらはデジタルと露伴の方を向いている!

 

 ガタガタガタガタ……どうやらここは『食堂』のようで、戸棚に銀のフォークやナイフなどが置かれている。しまった。ここには破片だとかよりも鋭利な物が大量にある……館の『悪霊』に……誘い込まれたッ! といっても、未だドアの外では何かが動く音がしている。ここで踵を返しても、恐らくそれにやられるッ! もはや選択肢はない。覚悟を決めるしか……ないッ!

 

「……スゥーッ、フゥーッ……スゥーッ、フゥーッ……うりゃあーッ!!!」

 

 デジタルはほんの少しだけ息を整えると、おもむろに床を思いきり踏み抜いて破壊した! すでに古く、脆い床材はウマ娘の全開の脚力を当然受けきれず粉砕、抜けるように下の部屋へと落ちていくデジタルと露伴。床の軋み具合から『地下室』か『空間』があると勘づいたデジタルは床をぶち壊しぬいてとりあえず、当座の危機を乗り切ったのだ!

 

「わぷっ……だ、大丈夫ですか露伴先生……って暗ッ! なんですかここ!」

 

 どうやら二人が落ちた部屋は、倉庫のようで電気がついていないせいか、暗く、ここには鏡がなかった。大きなワイン樽めいたものもいくつか置かれており、棚には古いワインのボトルが置かれている。ワインセラーというやつだろうか?

 

 しかしグズグズしてはいられない、すぐさまワインボトルやらが再び攻撃してくるに違いない……違いない……いや、攻撃が、来ない? デジタルは意識が既にない露伴を担いでとりあえず壁際まで移動する。背後から攻撃されない分安全……なような気がしたからだ。だが、すぐさま上の破砕した部分からナイフがふわふわと何本か入り込んでくる。

 

(も、もう逃げ場がないッ……ど、どうする、デジたん……考えろッ、こういう時、私が漫画の主人公ならどうするかッ!)

 

 そこで問題だ!この状況でどうやってあのナイフの追撃をかわすか?

 

3択――ひとつだけ選びなさい

 

答え① デジたんは突如反撃のアイデアがひらめく

答え② 仲間がきて助けてくれる

答え③ かわせない。現実は非情である。

 

「ハァーッ……ハァーッ……!」

 

 デジタルは、ひたすら頭を回転させた。が……現実は非情である。追い詰められた状況でそう都合よく反撃のアイデアなど思いつかないッ! ゆらゆらとまるで蝶めいて、ナイフが揺れながらデジタルに迫ってくる……!

 

(や、やられる……ッ!)

 

答え――③ 答え③ 答え③

 

 露伴をかばいながら、思わず目を閉じるデジタル。しかし。

 

(あれ……?)

 

 ナイフはデジタルを素通りした。そのまま部屋中を『捜索するように』ふわふわと漂い時折壁やぶつかった物を攻撃したりしながらも、しばらくすると興味を失ったようにからん、と床に落ちて。

 

「もしかして……」

 

 デジタルは、周囲を見回し落ちていたコルクをナイフにぶつけてみる。するとどうだ。ナイフは弾かれたように再び宙に浮きあがり、そのコルクを攻撃した。

 

「見えてない……んだ。ここには『鏡がない』から……ッ!」

 

ワインセラーは基本的に冷暗所が基本……故に恐らくここは本来、暗くてそもそも『何も鏡に映らない』ので鏡が置かれていないのだろう。やつらは『鏡』を眼の代わりにして攻撃してくるッ!

 

「……もう一度、考えろ……デジたん……デジたんはやればできる、やればできる子……! 中世の哲学者も『勇気を持ち、自身の知性を役立てろ』と言っている……ッ!」

 

 デジタルは、そういって再び思考を巡らせる。露伴を護り、この屋敷から脱出するにはどうすればいいのか? 恐らく時間はそこまでない。ポルターガイストが小さな鏡を持ってくればこのつかの間の安全地帯もあっさり終わりを迎えるからだ。とにかく敵の弱点は鏡だ。なら、片っ端から鏡を割って脱出するか? いや、露伴をかばいながらろくに武術の経験もない自分が勇者のように無双するなどというのは流石に不可能だ。では、何か道具を使うか。いや、自分の手持ちはポケットに入っていたヘアピンぐらいのものだ。大半の荷物を入れていたカバンは、最初の攻撃で破壊された際に捨ててしまった。アニメや漫画の主人公ならあのカバンの持ち物さえあれば、なにかすさまじい判断力で武器を作り、脱出できるのかもしれないが、それも……

 

「あ……」

 

 と、その時デジタルはあるものを思いつく。自分のカバンに入っていた、あるもの。

 

「整いました」

 

デジタルはスゥーッ、フゥーッと息をして、決意で心を満たした。

 

「…………やあやあやあ、我こそは勇者アグネスデジタルーッ!!!」

 

 露伴を背負いながら、アグネスデジタルは通常の階段を上がり、再びキルゾーンめいて刃物が大量にある『食堂』に姿を現し、大声で叫んだ。あれから15分ほど。結局、ポルターガイストは手鏡などを浮遊させて中を覗こうという事はしなかった。デジタル、そしてとくに露伴は体力の消耗が酷い。おそらく、じわじわと『吸い殺す』つもりで放置していたのだろう。

 

 そして、こうしていぶりだされるように地下から出てくれば一思いに殺してしまえばよい……そうとでも考えていたのか、大量の銀食器が棚などから床にぶちまけられておりナイフやフォーク、包丁などがふわり、ふわりと空中に浮遊する。

 

「攻撃してくる前に、ひとつ、いいですか……?」

 

 デジタルは、答えが返る保証などないことは承知で、言い放つ。

 

「あなたたちは、いったい何者なんでしょうか? 普通の幽霊とはちょっと違う気がしますし、露伴先生の言う『スタンド』というものなんですか?」

 

 当然、ポルターガイストは答えない。一定の思考は存在するようだが、言語機能は存在しないのか。その時だった。ナイフの一つが壁をがりがりと削り、一つの英単語を刻む。

 

Massacre(皆殺し)!」

 

「……わかりました。とりあえず、話は通じないという事が」

 

 デジタルは目を閉じ、再び息を大きく吸い込む。そのデジタルにもはや言う事はないという風に、ナイフが殺到した。

 

 ――ガラン、ガラン、ガラン、ガラン。

 

 コンマ一秒後。あやまたずデジタルの身体を貫くはずであったナイフはすべてひしゃげて地に落ちる。

 

「そっちがその気なら、私も罪悪感はありません……それに、私が無策で姿を現すと思いましたか。もう、半分『勝っている』から姿を現したんですよ。私は」

 

「やれやれ、この杜王町にはまだ邪悪なスタンド使いが……いや、スタンドそのものが潜んでいたか」

 

デジタルの真横には、いつのまにやら白いコートを着た190㎝はある大柄な白いコートの男が立っていた。

 

「その通りっスね~、『承太郎』さん。兄貴の弓と矢は回収したと思ってたんだがよォ~~~ッ」

 

「こういう状況だけどよォ~~~……ちょーっとだけ気分いいぜ。あの『露伴』に明確に貸しつくれるからなぁ~~~」

 

 そして、服に奇抜な$や\マークを付けた如何にも不良と言う風なこれまたガタイのいい男と、時代遅れのリーゼントヘアをした古風な不良少年と言う風のやっぱりガタイのいい男が、いつのまにか音もなく完全破壊された壁をよっこいしょと潜って室内に入ってくるところだった。この二人はたぶんではあるが、ぶどうが丘高校の制服だ。デジタルもランニングの際に見かけたことがある。

 

「アグネスデジタル君といったな……鋼田一から連絡を受けてきた……空条承太郎という、災難だったな……今回は」

 

「東方仗助っス……へぇ~、最近じゃウマ娘さんってよく見かけるけど、こんだけ近くで見たのは初めてだな……」

 

「虹村億泰。アグネスデジタルさんですよねェ~ッ、こんな状況で何なんですけど後でサインもらっていいスか?」

 

「バカ! 億泰マジでそういう状況じゃあねーだろ!」

 

「いやでもよォ~~~、アグネスデジタルつったら『オールラウンダー』のユーメージンじゃねえかよ。サイン欲しいもんね俺-っ」

 

 そう、デジタルは露伴の持っていたスマートフォンで『助け』を呼んでいた。取材用に事前に番号を貰っていた『鋼田一豊大』に電話をかけ……そこから、さらに外部に助けを求めたというわけだ。鋼田一の言う所では助けに来る『東方仗助』、『虹村億泰』そして『空条承太郎』は『こういうもの』に対処するスペシャリストらしく、その到着を待っていたのだ。

 

「へ、へへへ……露伴先生、とりあえず、これで、助かったんですよね……」

 

 最初にデジタルが大声で叫んだのも、屋敷の外にいる三人に自分の位置を知らせるためであり……実際、何をしたのか分からなかったが……超スピードだとか催眠術だとかそんなものでは断じてない何かで空条承太郎なる人物は自分を護った。

 

答え――② 答え② 答え②

 

 味方が来たという安心感と、さすがに、ウマ娘とは言え体力の限界を迎えたデジタルはその場に膝をつく。

 

「おおっと」

 

 億泰の前の空間がガオン、と削れ気絶したデジタルと露伴が屋敷の外まで一瞬にして『瞬間移動』する。億泰は両手で二人を受け止め、地面に寝かせるとボキボキと拳を鳴らしながら、入れ替わるようにして屋敷内に入り。

 

「んじゃ、仗助、承太郎さん始めますかぁ……解体作業ってやつをよ」

 

「承太郎さん、別に後で『治す』必要ねーんですよね。ならひさびさに思いっきりブチかましますが……」

 

「あぁ、構わん……存分に叩き壊してやれ」

 

 こうして、『鏡屋敷』は一夜のうちに姿を消したことはもはや書くまでもない。

 

「……というわけで、露伴大先生のおごりで焼き肉に来てるわけなんですよね~、俺らは……くっくっくっ」

 

「いやぁ~、G1ウマ娘のアグネスデジタルさんとお食事ご一緒できるなんて光栄だぜェ~~~」

 

「い、いやあ~……露伴先生には悪いことしちゃいましたかね、なんか」

 

 それから数日後、仗助と億泰、そしてデジタルは露伴のおごり(露伴は仗助と顔も合わせたくないらしく、金だけ出して来なかった)でS市内の高級焼肉に訪れていた。承太郎があれからSPW財団の資料を調べたところ、露伴とデジタルが入り込んだ『鏡屋敷』は18世紀末から時折目撃される『独り歩きするスタンド』であるらしく、分かるだけで21名の人間を殺害している。知らずに入り込み、そして生還したのは露伴とデジタルが初めてのケースであり、今回はそのおかげもあって『鏡屋敷』を潰すことに成功したのだ。

 

「いいんスよ、露伴のやろ……先生は方々に取材しては痛い目に遭ってるみたいっスからね、これでいい薬になるってやつでしょ」

 

 ま、無事なのはよかった、と言いつつ肉を口に一気に2枚放り込む仗助と、うんうん、ピンクダークの少年おもしれーからな、と頷く億泰。こうして、事件は終わった。なお、今回はデジタルを危ない目に巻き込んだ露伴が後にタキオンから大目玉を喰らったのは言うまでもなく、今回は露伴にとっては終始いいことなしの案件であった。

 

←To Be Continued?




スタンド名:ハウス・オブ・ミラーズ(鏡屋敷)
本体:なし

破壊力:なし スピード:なし 射程距離:家の中全般
持続力:A 精密動作性:D 成長性:C

家そのものが独り歩きするスタンド。家の中に入った者から生命力をじわじわと吸い取り、脱出しようとすると家具や調度品を動かしてポルターガイスト現象の様に攻撃する。無数に存在する『鏡』を眼のように使って獲物を追い詰める。
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